In the faith that looks through death 涯の時針
第75話 懐古act.6-another,side story「陽はまた昇る」
なぜお父さんって叫んだ?
問いかけられた言葉に鼓動そっと停められる。
あのとき自分は叫んでしまった、あの時間が記憶の底から赤い。
『お願い死なないでお父さんっ…っ僕が待ってるからいかないで!』
首あふれる赤色は血、あの赤色が流れ出てしまったらいってしまう。
それを自分が知ったのは10歳になる前だった、あの春の記憶が自分を突き飛ばして叫んだ。
今日タイルに倒れていたのは同僚の一人、そう解っているのに呼んでしまった記憶の涯を今、尋ねられている。
―訊くってことは伊達さんは知らないってこと?それとも…試されているの?
銃に撃たれた制服姿、血塗れの警察官、あの姿に自分がなぜ父を叫んだのか?
それは経歴書を見られていたら直ぐ解かるだろう、けれど伊達は訊いてくれた、でも本当に知らないのだろうか?
むしろ知らない方が不自然かもしれない?それとも伊達自身が言うように同僚の事情は敢えて何も知らないのだろうか。
今なんて答えたらいい?
味方?敵?それとも今は未だ、
「湯原、おまえは勝山さんの事情を知っていたのか?」
勝山さんの、ってどういうこと?
「え、…」
いま訊かれた言葉に想定がストップする。
何を伊達は訊こうとしているのだろう、なぜ今その名前を出すのだろう?
解らなくてタオル被った影に思考めぐらせて、その途惑いに低い声ふっと笑った。
「やっぱり知らないで言ったのか、湯原は勝山さんと話したことあるのか?」
「…訓練のとき少しだけ、」
ありのまま答えながら緊張まだ竦む。
なぜ伊達はこんなことを訊くのだろう、なにが意図だろう?
今この状況ごと真意も何も解らなくなる、それでも信じたい率直に周太は振り向いた。
「伊達さん、今夜ここに来たのは僕を尋問するためですか?」
ストレートに尋ねて見あげた先、シャープな瞳すこし大きくなる。
見つめてくれる瞳は驚いても怯んではいない、その澄んだ眼差しが笑ってくれた。
「尋問なんて器用なこと出来たら俺は、SATに入っていない、」
今なんて言ったのだろう?
「…どういう意味ですか?」
「言ったままだ、深い意味なんか無い。よし、だいぶ乾いたな、」
低い声が笑ってタオルが外される。
遮るもの消えた視界、生真面目な貌やわらかに笑った。
「食いながら話そう、うどんが延びる、」
ちょっと待って、こんな時うどんなの?
「っ、ふっ、」
つい噴きだして笑ってしまう、だってこんな場面でうどんを気にするなんて?
しかもあの伊達がなんて意外すぎる、それが可笑しくて笑った真中でシャープな瞳ほころんだ。
「ほんと笑うと若くなるな?2歳下って思えない、」
「よく言われます…伊達さんこそ2歳しか違わないんですか?」
笑い納めながらつい訊き返してしまう。
そんな年齢差に意外な貌は向かいに座り笑ってくれた。
「大卒で2歳上だ、インカレで湯原を見たことがある。ほら、延びないうちに食え、」
また意外な事を言われてしまった?
けれど考えたら当然かもしれない。
―伊達さんもSATの狙撃手なんだ、指名されるだけの実績も実力も…適性も、
SATの入隊は指名への応えとして志願する。
本人が志望したくても指名されなければ入隊テストも受けられない。
そんな事情から思い出したことを箸動かしながら呼吸すこし整え、問いかけた。
「あの、除隊になるのか訊いたとき、普通じゃない理由は適性だと仰いましたよね、それって僕が狙撃手である適性が高いってことですか?」
普通ならそうだ、でも解らん、適性だ。
そんなふう答えてくれた意味に低い声は明確に告げた。
「逆だ、適性が無さすぎる、」
適性が無い、
そんな答は自分自身で解かっている。
それでも面と向かって告げられた鼓動は軋みだす、その傷みに沈毅な声が続いた。
「湯原は知能テストも体力テストも優秀だ、狙撃の技術もメンテナンス技術も最高ランクだろう。でも性格が優し過ぎる、見捨てる判断が足りない。
入隊テストから2ヶ月半で俺が見ている限り、狙撃手の性格適性が無い。だから気になっていたんだ、適性が無いやつが入隊許可されたら普通じゃない、」
淡々と告げられる言葉には反論ひとつ出来やしない。
それは現職にあって恥じるべき事なのだろう、けれど自分には誇らしいまま微笑んだ。
「テストの時、他のテスト生を援けたからですか?命令違反までして、」
「そうだ、落ちるのが普通だ、でも湯原は入隊した、」
明確に言われて違和感すこし軽くなる。
あの合格を異様だと思ったくれた、それが信頼のために嬉しい。
―僕の合格を普通じゃないって本気で思ってくれてる…きっと嘘は、無いね?
テーブル越し向きあったワイシャツ姿は袖捲りして、ネクタイ外した衿のボタン一つ開けている。
そんな姿は隔てが無い、なにより見つめてくれる瞳は鋭利なまま澄んで自分を映す、その真直ぐな鏡が静かに言った。
「あの場所は適性が無いやつは死ぬ、性格と能力の両方で適性が無ければ死ぬ、訓練か現場で事故死するか、自殺する、」
事故死、自殺。
こんな言葉にある現実は重たい、それを安易に口にする事など伊達はしない。
そういう謹厳な男だともう知っている、だからこそ現実なのだと認めるまま言われた。
「だから銃声を聞いた時、湯原だと思った、」
銃声を聞いた時「なにを」自分だと思われたのか?
その推定に碗ひとつ空にして箸置いて、真直ぐ見つめて尋ねた。
「だから今夜も付添うって言ってくれたんですか?勝山さんのこと見たショックで、僕が自殺する可能性があるから、」
「ああ、」
頷いて茶碗を呷り、ほっと息吐いてこちら見る。
見つめる瞳はシャープでも温かい、その温もりに呼吸ひとつ呑みこみ口開いた。
「あの、勝山さんはどうなるんですか?」
拳銃自殺を謀った青年は、どうなるのだろう?
こんなこと自分が訊くべき事じゃないかもしれない、けれど他人事だなんて想えない。
あのとき倒れこんだ横顔の瞳が自分を見あげた、あの眼差し鮮やかなまま低い声が告げた。
「除隊だろう、自殺未遂する精神力では務まらない。警察官も辞めると思う、」
これが現実だ、そう納得できる。
それだけの厳しい日常と想定を責務に立つ、そんな現実に問いかけた。
「こういうことは少なくないんですか?」
「ああ、」
短く応えてくれる肯定に鼓動また重くなる。
今日に見てしまった姿は哀しくて、だからこそ周太は訊いた。
「少なくないのに報道を見たことはありません、機動隊や所轄のはニュースになっても…このまま、守秘義務のまま無いことになるんですか?」
現実に起きたこと、けれど無かった事にされてしまう。
それはSAT自体が秘密裏の存在ゆえに仕方ないのかもしれない、けれど納得しきれない過去に先輩は言った。
「隊内で起きた事は全てが守秘義務にある、それだけだ、」
それだけだ、
そう断言した声はいつもと変わらない。
告げて両掌を組んで口許を支えこむ、この思案顔になった話題はもう口開いてくれない。
そんな仕草ごと変わらない程に「こういうこと」は少なくない?そんな推論に見つめた先に一瞬、停められた。
「…、」
ワイシャツ姿は袖捲り、時計も外して両の手を組ます。
露わな腕は筋張らす肌あざやかに逞しい、その手首こちらに少し向いて両手組む。
この仕草は2ヶ月で見慣れている、けれど腕時計の無い左手は見慣れない赤色が一閃奔らす。
あれは、なに?
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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第75話 懐古act.6-another,side story「陽はまた昇る」
なぜお父さんって叫んだ?
問いかけられた言葉に鼓動そっと停められる。
あのとき自分は叫んでしまった、あの時間が記憶の底から赤い。
『お願い死なないでお父さんっ…っ僕が待ってるからいかないで!』
首あふれる赤色は血、あの赤色が流れ出てしまったらいってしまう。
それを自分が知ったのは10歳になる前だった、あの春の記憶が自分を突き飛ばして叫んだ。
今日タイルに倒れていたのは同僚の一人、そう解っているのに呼んでしまった記憶の涯を今、尋ねられている。
―訊くってことは伊達さんは知らないってこと?それとも…試されているの?
銃に撃たれた制服姿、血塗れの警察官、あの姿に自分がなぜ父を叫んだのか?
それは経歴書を見られていたら直ぐ解かるだろう、けれど伊達は訊いてくれた、でも本当に知らないのだろうか?
むしろ知らない方が不自然かもしれない?それとも伊達自身が言うように同僚の事情は敢えて何も知らないのだろうか。
今なんて答えたらいい?
味方?敵?それとも今は未だ、
「湯原、おまえは勝山さんの事情を知っていたのか?」
勝山さんの、ってどういうこと?
「え、…」
いま訊かれた言葉に想定がストップする。
何を伊達は訊こうとしているのだろう、なぜ今その名前を出すのだろう?
解らなくてタオル被った影に思考めぐらせて、その途惑いに低い声ふっと笑った。
「やっぱり知らないで言ったのか、湯原は勝山さんと話したことあるのか?」
「…訓練のとき少しだけ、」
ありのまま答えながら緊張まだ竦む。
なぜ伊達はこんなことを訊くのだろう、なにが意図だろう?
今この状況ごと真意も何も解らなくなる、それでも信じたい率直に周太は振り向いた。
「伊達さん、今夜ここに来たのは僕を尋問するためですか?」
ストレートに尋ねて見あげた先、シャープな瞳すこし大きくなる。
見つめてくれる瞳は驚いても怯んではいない、その澄んだ眼差しが笑ってくれた。
「尋問なんて器用なこと出来たら俺は、SATに入っていない、」
今なんて言ったのだろう?
「…どういう意味ですか?」
「言ったままだ、深い意味なんか無い。よし、だいぶ乾いたな、」
低い声が笑ってタオルが外される。
遮るもの消えた視界、生真面目な貌やわらかに笑った。
「食いながら話そう、うどんが延びる、」
ちょっと待って、こんな時うどんなの?
「っ、ふっ、」
つい噴きだして笑ってしまう、だってこんな場面でうどんを気にするなんて?
しかもあの伊達がなんて意外すぎる、それが可笑しくて笑った真中でシャープな瞳ほころんだ。
「ほんと笑うと若くなるな?2歳下って思えない、」
「よく言われます…伊達さんこそ2歳しか違わないんですか?」
笑い納めながらつい訊き返してしまう。
そんな年齢差に意外な貌は向かいに座り笑ってくれた。
「大卒で2歳上だ、インカレで湯原を見たことがある。ほら、延びないうちに食え、」
また意外な事を言われてしまった?
けれど考えたら当然かもしれない。
―伊達さんもSATの狙撃手なんだ、指名されるだけの実績も実力も…適性も、
SATの入隊は指名への応えとして志願する。
本人が志望したくても指名されなければ入隊テストも受けられない。
そんな事情から思い出したことを箸動かしながら呼吸すこし整え、問いかけた。
「あの、除隊になるのか訊いたとき、普通じゃない理由は適性だと仰いましたよね、それって僕が狙撃手である適性が高いってことですか?」
普通ならそうだ、でも解らん、適性だ。
そんなふう答えてくれた意味に低い声は明確に告げた。
「逆だ、適性が無さすぎる、」
適性が無い、
そんな答は自分自身で解かっている。
それでも面と向かって告げられた鼓動は軋みだす、その傷みに沈毅な声が続いた。
「湯原は知能テストも体力テストも優秀だ、狙撃の技術もメンテナンス技術も最高ランクだろう。でも性格が優し過ぎる、見捨てる判断が足りない。
入隊テストから2ヶ月半で俺が見ている限り、狙撃手の性格適性が無い。だから気になっていたんだ、適性が無いやつが入隊許可されたら普通じゃない、」
淡々と告げられる言葉には反論ひとつ出来やしない。
それは現職にあって恥じるべき事なのだろう、けれど自分には誇らしいまま微笑んだ。
「テストの時、他のテスト生を援けたからですか?命令違反までして、」
「そうだ、落ちるのが普通だ、でも湯原は入隊した、」
明確に言われて違和感すこし軽くなる。
あの合格を異様だと思ったくれた、それが信頼のために嬉しい。
―僕の合格を普通じゃないって本気で思ってくれてる…きっと嘘は、無いね?
テーブル越し向きあったワイシャツ姿は袖捲りして、ネクタイ外した衿のボタン一つ開けている。
そんな姿は隔てが無い、なにより見つめてくれる瞳は鋭利なまま澄んで自分を映す、その真直ぐな鏡が静かに言った。
「あの場所は適性が無いやつは死ぬ、性格と能力の両方で適性が無ければ死ぬ、訓練か現場で事故死するか、自殺する、」
事故死、自殺。
こんな言葉にある現実は重たい、それを安易に口にする事など伊達はしない。
そういう謹厳な男だともう知っている、だからこそ現実なのだと認めるまま言われた。
「だから銃声を聞いた時、湯原だと思った、」
銃声を聞いた時「なにを」自分だと思われたのか?
その推定に碗ひとつ空にして箸置いて、真直ぐ見つめて尋ねた。
「だから今夜も付添うって言ってくれたんですか?勝山さんのこと見たショックで、僕が自殺する可能性があるから、」
「ああ、」
頷いて茶碗を呷り、ほっと息吐いてこちら見る。
見つめる瞳はシャープでも温かい、その温もりに呼吸ひとつ呑みこみ口開いた。
「あの、勝山さんはどうなるんですか?」
拳銃自殺を謀った青年は、どうなるのだろう?
こんなこと自分が訊くべき事じゃないかもしれない、けれど他人事だなんて想えない。
あのとき倒れこんだ横顔の瞳が自分を見あげた、あの眼差し鮮やかなまま低い声が告げた。
「除隊だろう、自殺未遂する精神力では務まらない。警察官も辞めると思う、」
これが現実だ、そう納得できる。
それだけの厳しい日常と想定を責務に立つ、そんな現実に問いかけた。
「こういうことは少なくないんですか?」
「ああ、」
短く応えてくれる肯定に鼓動また重くなる。
今日に見てしまった姿は哀しくて、だからこそ周太は訊いた。
「少なくないのに報道を見たことはありません、機動隊や所轄のはニュースになっても…このまま、守秘義務のまま無いことになるんですか?」
現実に起きたこと、けれど無かった事にされてしまう。
それはSAT自体が秘密裏の存在ゆえに仕方ないのかもしれない、けれど納得しきれない過去に先輩は言った。
「隊内で起きた事は全てが守秘義務にある、それだけだ、」
それだけだ、
そう断言した声はいつもと変わらない。
告げて両掌を組んで口許を支えこむ、この思案顔になった話題はもう口開いてくれない。
そんな仕草ごと変わらない程に「こういうこと」は少なくない?そんな推論に見つめた先に一瞬、停められた。
「…、」
ワイシャツ姿は袖捲り、時計も外して両の手を組ます。
露わな腕は筋張らす肌あざやかに逞しい、その手首こちらに少し向いて両手組む。
この仕草は2ヶ月で見慣れている、けれど腕時計の無い左手は見慣れない赤色が一閃奔らす。
あれは、なに?
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