萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第76話 霜雪act.6-side story「陽はまた昇る」

2014-05-22 12:10:58 | 陽はまた昇るside story
testimonial 証、罪と継承



第76話 霜雪act.6-side story「陽はまた昇る」

声は、扉の向こうでしか聞こえない。

見つめる画面のファイル名は無音で、けれど事実の在処を示す。
このファイルを開けば自分の推定が正しいと知らされる、そして岐路ひとつ選ぶ。
選ぶ、というよりもう選んでしまったかもしれない、そんな諦観と可笑しさに英二は微笑んだ。

「…ふ、」

笑い短く零れたデスク、重厚な机上にノートパソコンがこちらへ開く。
羅列するファイルたちはアルファベットと数字を組まれて名付けられ記される。
この選ばれた単語と数字の組み合わせは意味すこし考えたなら開封しなくても中身を示す。

“ Fantome 1943 ”

ファイルのひとつ、この名前は畸形連鎖の起点。
この名前を隠したかった、消したかった壊したかった、そう願った人がいる。
その人が愛する家の合鍵は今この懐で体温に馴染む、そして彼の家の書斎には願いが名残る。

―だから本を壊したんですね、馨さん?

Gaston Leroux『Le Fantome de l'Opera』

フランス文学の名著は馨の父親、晉の蔵書だった。
父親の遺蔵書を馨は大切にしていただろう、けれどページの大半を大きく切りとってしまった。
そうして残されたページには出てこない単語、そして切りとられたページには画面の単語が綴られていた。

“ Fantome ”

亡霊、有名無実の存在、過去の幻影、追憶、妄想 

そんな意味のある単語は何を示すのか?それはもう解っている。
この単語を被された二人のファイルはもう見てしまった、そして今その起点を開く。

起点、それは原罪の記録でもある?

そう解かってしまうから開くことが哀しい。
だって記録を読んでしまったら自分はまた秘密ひとつ、大切な人に隠しこむことになる。

―ごめんな周太、

独り微笑んで感染防止グローブはめた指キーボードふれる。
ファイルを開くには数字10桁の要求に応えなくてはいけない、さっきのIDで承認される。
承認されたなら自分は証拠ごと大嫌いな立場を掴むだろう、この現実ごと「2」を押しかけて止めた。

“ 2151194540 ”

同じ数字を今また入力すればファイルは確実に開かれる。
けれど同じ数列で入れるよりも今、あの男のIDで入れてやれば面白い?

「ふ…、」

独りまた笑い零れて扉を見る。
閉じられた空間は廊下の声まだ話す、時間は予定通りあるだろう。
そんな想定に微笑んで両手軽く組ますと脳は11月の記憶と数列を追いかけ始めた。

『私は1945年に入省だ、上に3人もいたことは気に障るがな。だからIDは215119454となっている、英二なら規則性が解かるだろう?』

鷲田克憲 Katsunori Wasita 215119454

このIDにある法則性と祖父の経歴、この2つで求める数列9桁は導き出せる。
けれどパスワード最後10桁目は法則性と経歴情報だけでは解らない、しかも可変性を持っている。

『最後の一桁は任意数字だ、変更も各自のタイミングだが最低でも月一回は入れ替える。選択も変更も本人次第の不規則性でセキュリティを保っている、』

可変性の任意数字はタイミング無制限で選択できる、それは規則性が無い。
けれど「自己都合」ならば各自の法則性は必ずある、その判断基準を考えればいい。

“ 2151194540 ”

この数列は9桁が不変、それなら9桁は解くことが出来る。
それを祖父も解いたから「解かるだろう?」と笑っていた、その解に英二は微笑んだ。

―名前と経歴が規則だ、21と5と1、1945と4、

Katsunori Wasita 1945年入省、上に3人いた。

この情報から数字は2桁、1桁と1桁、4桁、1桁を作る。
解いてしまえば単純な公式であり同じ数値は成り立ち難い。
これに最後一桁「自己都合」を決めているのは祖父の気質だ。

『原点の数字だからだ、あの戦争で最も愚かだった記憶だよ、これの次に腹立たしい4を交互に入れ替えている、変更日も同じ理由で2つだ、』

記憶に残っている数字と日付を2つ選んで祖父は使っている。
それなら、あの男なら数字10桁と変更日に何を選びたがるだろう?

『観碕征治は1942年3月東京帝国大学法学部卒、1942年4月に内務省に入り警保局へ配属されている。高等文官試験は首席合格だ、』

祖父が与えた情報データは9桁を教えてくれる。
最後の一桁はデータだけでは解けない、けれど自分は観碕を知っている。

―1942年の首席なら592119421だ、でもラストの数字は観碕なら、

Seiji Kanzaki 観碕征治 

1942年の首席だった男は最後一桁に何を選ぶ?
可変のタイミングには何を遣いたがるだろう?

選択と可変に観碕なら何を「好む」のか、その解答に英二は微笑んだ。

―観碕なら変えない、全て、

可変性がある、でも観碕なら変えない。
これまで見た観碕の軌跡は「不変」にある、それが50年の束縛も生んだ。
半世紀も拘り続けて離さない、そんな執着心はきっと「変える」など好まないだろう?

あの男ならこの数字しか遣いたがらない、そのプライド見つめて感染防止グローブの指は10桁うちこんだ。

“ 5921194211 ”

『私のIDとパスは全てを開ける、但しミス1回でアウトだ、ガードが閉じられ追跡される。機密に近い者ほどガードも権限も強い、内務省の者は特にな、』

自分のIDを間違うような無能者はいない。
そんな前提で定められた集団が創りあげた壁を推定で破ろうとしている。

―もし間違ったら蒔田さんにも迷惑かかるだろうな、このパソコンに追跡されて、

このIDは何なんだ、この画面は俺も知らないぞ?

そう言った蒔田の眼差しは途惑っても揺れていなかった。
たぶん嘘を吐いていない貌、それなら「機密に近い立場」からは遠いのだろう。
そんな男のパソコンからIDとパスワードを破られる想定は多分していない、そう測るまま英二はそっと微笑んだ。

「…勝負だ?」

かちり、

エンターキーに感染防止グローブの指そっと捺しこます。
この痕跡が万が一の時も蒔田を護るだろう、その痕に微笑んだ前ファイルは開かれた。

「ふ…、」

笑いかけたパソコン画面、開かれた証拠に貌ひとつ見てしまう。
あのプライド高い男が知ったなら?そんな推定にただ可笑しい。

―自分のIDで破るやつなんて居ないって想ってる、気づいても隠すだろうな、

『あれは警保局で全てを知っている男だ、それがどういう意味か英二なら解かるだろう?』

そんなふうに教えてくれた祖父自身、あの男と同類でもあると知っている。
だから祖父が自分に告げた意志は多分あの男にそのまま当て嵌まるだろう?

『機密に近く権限が強い分だけ勝手に使われたなら恥も大きくなる、それが周囲にバレ無くても自尊心が許さんだろう、』

観碕のIDとパスワードでファイルが破られる、それが五十年の執着に絡まるプライドをどんな貌に壊すだろう?

その貌を見たい、けれど見ることは難しいだろう。
それが残念だと想っている自分に笑って小さなデジタルカメラ袖から出し、シャッター押した。

かちり、

かすかなシャッター音にパソコン画面は撮られてゆく。
敢えて背景も入れながらデータを映す、その同時にUSBメモリー挿しこんだ。

―普通なら引っ掛るだろうけど観碕のIDなら、

ファイル管理者本人のIDで開封した、それならデータ取得もフリーだろう?
この推定に操作したままデータ保存されてゆく、そんな向こう廊下の話し声は終わらない。
けれど制限時間はもう迫っている、その想定に左腕の文字盤を眺めながら贈り主へ微笑んだ。

「…ごめんな?」

ごめんな周太?

そう心だけ呼びかけて今と去年の落差を見てしまう。
この腕時計を贈ってくれた一年前は約束をしていた、あの約束を今年は出来ない。

―去年のクリスマスは幸せだったな、今まで一番、

幸せだった、今年も約束したかった。
本当は毎年ずっと一緒に過ごしたい、そう去年に願って約束した。
それでも今年は離れていることが来年も先も約束させてくれる、その可能性を信じていたい。

「よし…」

データ落したUSBとデジタルカメラ仕舞ってファイルを閉じてゆく。
閉めるIDも選ぶ方は決まっている、その数列に微笑んでパソコンの蓋を閉じた。

―あとは脱出だな、

この部屋をどう出るのか?

算段めぐらせながら感染防止グローブを外して肘で冷蔵庫を開く。
置かれた袋入りの缶コーヒー6本を素手でとる、そしてまた肘で扉閉じた。
これなら指紋の痕跡が残らない、そうしてクライミンググローブ嵌めると角の窓に微笑んだ。

「…いけるかな、」

アイガー北壁ヘックマイアールートは高低差1,781mある。
そして庁舎は最後部の高さ83.5m、そこから地上まで降りても二十分の一に満たない。
この高度に考えた通りに経路ひとつ開錠してある、そこに降りるくらいは自分なら可能だろう。

―やっぱり取っ掛かり少ないな、でもワンフロアなら、

見下ろす窓は通りから死角、壁面も星霜の経年に小さなクラックを作っている。
なによりこんな所から降りる者など普通はいない、その予想外が人目も惹かないだろう。
それでも失敗すれば代償は大きすぎる、けれど自分には登攀技術と、それから運もあるだろう?

―蒔田さんも予想外だろな、こんなことは、

誰もが予想していない、だからやる価値はある。
そう決めてきた通り窓を開くと腕にコンビニ袋ひっかけ窓枠を掴み、その手首のクライマーウォッチに微笑んだ。

「ごめんな、」

きっと知られたら怒られる?そんな想い笑って英二はスーツ翻し、窓の外へ出た。



(to be continued)

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