萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

萬紅、叔暁act.3 初雪―another,side story「陽はまた昇る」

2011-11-25 23:10:22 | 陽はまた昇るanother,side story
※後半1/2R18(露骨な表現はありません)

初雪、このいまに約束を




萬紅、叔暁act.3 初雪―another,side story「陽はまた昇る」

料理と焚火を囲んで座ると、さっそく国村は地ビールの栓を抜いた。
国村に目で促されて、英二もトラベルナイフで栓を抜く。

「はい、乾杯、」

乾杯をした端から国村は、もう次の酒の話を始めた。

「これ飲んだらさ、あの酒を飲もうな」
「ああ、いいよ」

機嫌良く国村は、さっさとビールを飲み干して、一升瓶の栓を開いた。
英二も飲んでしまって、笑って国村を見ている。
お互いにコップに注ぎ合って、また乾杯と言って啜った。

「奢られた酒をさ、焚火を見ながら山の冷気と一緒に飲むのは、まじ旨いね」
「じゃあさ、今度は俺のも奢ってよ」
「ああ、いいよ。もし俺が奢りたくなったらね」

そうして楽しそうに、二人で日本酒を飲み始めた。
周太もビールを渡されたけれど、とても二人のペースには着いていけない。
同じ年で同じ男で、同じ警察官。けれど二人は山ヤだ、周太とは性格のタイプも全く違う。
なんだか不思議で、おもしろい。ビールに口付けながら、周太は二人を眺めた。

「雪が降ったらさ、雪山でビバークしような」
「おう、楽しみだな。またさ、いろいろ教えてくれよ」
「雪山のこと?それとも夜の話?」
「ははっ、うん、どっちも?」

焚火に照らされ、酒傾けながら、薪を上手にくべている。
飄々と笑う国村と、きれいな温かい笑顔の英二は、好一対だった。
楽しげな二人の様子は、見ていて嬉しくなる空気がある。

英二は、周太の隣を選んだ。
そして実直な英二は堂々として、自分たちのことを隠すつもりが無い。
そのことは、英二の交際範囲にも、当然影響するだろう。
自分達の関係を受入れない。そんな考えの方が、今の日本では主流になっている。
そして現実に、英二は実の母親に拒絶された。そのことは周太にとって、本当に哀しい事だった。

だから周太は、国村の存在が嬉しい。
全てを理解して、心から英二の友人でいてくれる。
そういう存在は英二にとって、大きな救いに、人生の財産になるだろう。
国村と英二が出会えて、本当に良かった。周太は微笑んで、ビールを一口飲みこんだ。

「あのさ。その登山ジャケット、色違いのお揃いだよな」

眺めていた秀麗な顔が、こっちを向いて笑っている。
そのはす向かいで、英二が可笑しそうに笑って答えた。

「そうだけど?」

それって今着ているこれのこと?
意外だった。

周太は全く気が付いていなかった。
周太と英二のウェアは、印象が全く違う。あわいブルーと深いボルドーと、正反対の色だった。
でも言われてみれば、腕のラインの入れ方が似ている。
隣を見あげて、周太は訊いてみた。

「…そうだったのか?」
「うん、なんか良いなって思ってさ」

ほら、こんなふうに隣は、正直に白状してしまう。
こういう正直さは、好きだ。けれどちょっと困る時もあるのは、許してほしいなと思う。
困っている向かいから、からりと国村が笑って言った。

「あれ、気付いていなかったんだ?せっかくのペアルックなのにね、勿体無いな。ねえ?」
「…っ、」

ほら、やっぱり、また首筋が熱くなる。きっともう赤い。
なんて答えて良いか解らない。
俯いていると、英二がそっと覗き込んでくれた。

「周太、…もしかして、嫌だった?」

切長い目は、微笑んでいるけれど、寂しそうだった。
傷つけてしまう。そう思った途端、周太は微笑んだ。

「嫌じゃないんだ。ただ、ちょっと途惑っているだけだから」
「俺、やっぱり困らせた?」

きれいな目が困っている。なんだかちょっと、かわいい。
そんなふうに思えてしまって、周太は英二の目を覗きこんだ。

「ん、あのね、俺、誰かと同じ物を持つとか、したことないから。だから驚いたんだ」

一瞬、英二の目が哀しそうになった。
きっと自分の13年間の孤独を想ってくれた、それが周太には解る。
でも今が幸せだから。そう目だけで周太は、切長い目に微笑んだ。
見つめた切長い目は、すぐに明るくなって嬉しそうに笑ってくれた。

「じゃ、これも“初めて”なんだ、周太」
「ん、そうだね、英二」

“初めて” ほんとうに初めてが、いっぱいある。
どれも気恥ずかしくて、ほんとうは嬉しい。うれしくて、隣を見あげて、周太は英二を見つめた。
その横顔に、賽を投げるよう声が懸けられた。

「ふうん、名前で呼ぶんだね。なんか良いことあったんだろな。ねえ?」

日本酒のコップ片手に、国村が細い目を笑ませている。
いつもなら、自分はここで真っ赤になるだろう。
けれど今はもうすでに、アルコールの酔いで赤くなっている。
それに何より、自分はもう決めている。きれいに笑って、周太は答えた。

「…ん、そうだな。良いことはね、たくさんあったよ」

細い目が、ちょっと驚いた。
けれどまたすぐに、楽しそうに微笑んで、国村は言った。

「うん。いいよね、そういうのはさ」

国村の微笑みは、温かだった。
いつも飄々と笑う国村、その温かい懐は大きい。
やっぱりこのひと好きだな、うれしくて周太は微笑んだ。

「ん、いいね。ほんとうに、そう」
「だね、」

やさしく温かい頷きを、国村は返してくれた。
コップ酒をひとくち啜って、細い目で英二を見る。
その唇の端が、すっと上げられた。

「で、宮田さ、山では“あの時”に何回なったの? 昨日今日はさ、雲取山は人気少なかったろ」

一昨日の夕刻。青梅署診療室で、国村から言われたこと。
「山は人気が少ないからね、宮田が“あの時”になりやすいかもよ?」
その“あの時”が何の事なのかまで、国村は吉村医師の前で言ってくれた。
ほんとうに恥ずかしくてたいへんだった、思い出すとまた恥ずかしい。
そう困っている隣で、英二が不思議そうに微笑んだ。

「うん?“あの時”ってさ、何の時だよ国村?」

やめてそんな質問しないでかんべんして。
いま、きっと顔は真っ赤だろう。でもこれはビールのせいなんかじゃない。
どうしようもなくて見ていた周太の向かいで、国村の唇の端がまた、すっと上げられた。

「ほら、宮田ってさ、“山っていいなあ”ってね、ボケっと山でなるだろ?人気が少ないと特にさ」

肩透かし、もろに喰らってしまった。
どっと周太の肩が落ちる、国村以外は気がつかないだろうけど。
細い目が本当に楽しげに「今さアレ考えたんでしょ?ほんとかわいいよね湯原くん」こんなこと言ってくる。

なんだかもうほんとにって思う、けれどやっぱり国村は憎めない。
ただ純粋に楽しんでいる、そういう明るさが、厭味の暗さを少しも作らないから。
こういう国村には、ずっと英二の友人でいてほしいな。素直にそう思えてしまう。
そう思う隣から、きれいな笑顔が笑いかけてくれた。

「おう、今日も昨日も、ボケっとしたよ。何回くらいかな、周太わかる?」
「…ん、…1回は俺も、気がついたけど…」

なんとか隣へと顔を上げて、周太は答えた。
その横顔を、楽しげな細い目が眺めてくる。やっぱり今夜も、玩具にされてしまった。
こういうのって、国村の彼女としてはどう思うのだろう。
横を見ると、楽しそうに美代が、オレンジエールを渡してくれた。

「はい、どうぞ」

ようやくビールが空いて、ちょっと良い気分になっていた。
登山の後、しかも昼間に水割りを呑んでいる。少しだけ、酔いやすくなっているかもしれない。
ちょうど、酔いざましが欲しいなと思っていた。

「ありがとう、」

受けとって、瓶のふたを周太は開けた。
ふっとオレンジの香がたつ。馴染んだ香に、ほっと周太は息をついた。
すこし遠慮がちに笑いかけ、美代が周太に教えてくれた。

「あのね、これ、宮田くんが選んだのよ」
「英二が?」

いつの間に選んでくれたのだろう。
よく英二は「周太はオレンジの味が好きだな」と言って選んでくれる。
いつも見ていて、周太の好みを把握してくれていた。
だからきっと、これも選んでくれたのだろう。微笑んで、周太は瓶に口をつけた。

「ん、おいし」

ひとくち飲んで、オレンジの香が嬉しかった。
なにより選んでくれたひとの、気遣いが嬉しい。
いつも英二はこんなふうに、周太を見つめて幸せをくれる。そのどれもがいつも、愛おしい。

「あのね、湯原くん」

並んで座った美代が、焚火を見つめながら、ふっと口を開いた。
なんだろう、周太が振向くと、きれいな瞳が真直ぐに周太を見ている。
訊いても良いのかな、そんなふうに美代の瞳が言っている。
なんだか自分とちょっと似ているな。思って周太は微笑みかけた。

「ん、なに?」

うん、と頷くと美代は口を開いた。

「湯原くんはね、宮田くんの恋人なの?」

つきんと周太の心が刺された。
こんなふうに率直に、英二との関係を訊かれたのは、初めてだった。
そっと右掌を頬にあてると、周太は首を傾げこみ呟いた。

「…恋人?」

恋人はきっと、恋をした相手の事だろう。
そう自分はきっと、英二に恋?をしている、と思う。
けれど本当は、それだけでは済まされない。

唯ひとり、唯ひとつだけの想い。そんなふうに、愛している。
英二だけ。きっとずっとそうだった。それをどう言えば、いいのだろう?

ああ、そうか。ふっと想って、周太は唇を開いた。

「美代さんは、人間なら誰でも、ずっと一緒にいたいって思える?」

訊かれて、美代は少し考えて、答えた。

「ううん、光ちゃんだけ。光ちゃんとは、ずっと一緒にいる」

やっぱり自分と同じなんだ。なんだか嬉しくて、周太は微笑んだ。
微笑んだまま、きれいな瞳を真直ぐ見て、周太は言った。

「俺もね、英二だけ。代りなんて、いない」

きれいな瞳が微笑んで、ゆっくり頷く。
解ってくれたのかな、そう思う周太の横で、そっと美代が言ってくれた。

「うん、そういうの、幸せだよね」

やっぱり解ってもらえた。
うれしくて周太は、きれいに笑った。

「ん、…幸せだよ、俺」
「うん、幸せだね?私も、湯原くんも」

率直な笑顔が、きれいな瞳に微笑む。それが周太には、うれしかった。
美代と自分は、違う性別、違う職業、違う環境で生きている。
けれどこんなふうに、同じ想いを抱いて生きている。そういう人と出会えるのは幸せだ。
思う横で、きれいな瞳は微笑んで言ってくれた。

「あのね、きれいね。湯原くんは」

また言われた、でも今は素直に認められる。
だって自分を充たす、唯ひとりへの唯ひとつの想いは、きっと、きれいだ。
周太は微笑んで、そっと美代に訊いた。

「…そう?」
「うん、そう。だからね、きっと湯原くんと宮田くんのね、想いは、きれいね」

そう言って、きれいな瞳が、笑ってくれた。
実直な美代、きっと思ったことしか言わない。
それが周太には、嬉しかった。きれいに笑って、周太は言った。

「ん。英二はね、いつも本当に、きれいなんだ。…ありがとう、美代さん」
「こっちこそね、湯原くんが話してくれて、うれしいの。ありがとう、ね?」
「ん、」

そう、愛する隣は英二は、いつも本当に、きれいだ。
健やかで穏やかで、真直ぐな心。きれいな笑顔のままに、実直に生きている。
だから自分はいつも誇らしい、この愛する隣に座れること。


ビジネスホテルに戻ると、また周太は先に浴室へと送られてしまった。
どうしていつも、こうなるのだろう?思いながら栓を開けると、温かい湯がふり注いだ。
湯の熱に、ほっと息を吐くと、ふっと美代の言葉が蘇った。

―あのね、きれいね。湯原くんは

月明かりの下、河原で言われた言葉。きっとそうだろうと、自分でも想う。
だってもう、心満たす想いは、唯ひとつ。それだけだから。

湯気に透けて、自分の体が周太の視界に映る。
決して大きくはない小柄な、そして本来は華奢な体。
自分が愛する人は、ずっと自分より大きくて、力強い端正な美しさに充ちている。
自分よりずっと強い、愛するあの隣。
それでも、自分こそが守りたい。ずっと守って生きていきたい。

「…ん、」

ひとつ頷いて、周太は両掌で髪をかきあげた。

いま、自分が出来ること。
あの隣を守るために、今の自分が出来る、せいいっぱい。
それを今夜、自分から望める勇気が、今この時、ほしい。
だって今日はもう、初雪が、愛する隣の立つ山に、降ってしまったから。

ふりそそぐ湯に、顔を仰向ける。
温かい湯が頬を撫でる。ゆっくり閉じた瞳から、そっと涙が湯にとけていく。

湯の温かなふれる涙、どうかこのまま、弱い自分を流れ落としてほしい。
いつも恥ずかしさに閉じこもって、告げたい言葉にも口噤む、弱い自分を零し去りたい。
そうして全て伝えたい、自分の想い、想いの真実、そして心からの願い。

今日、初雪が降った。だからもう、今夜しか時がない。

大きく、ひとつ息をつく。
それから湯の栓を止めて、周太はシャワーカーテンを開けた。

髪を拭きながら、ふと見た鏡に、黒目がちの瞳が映った。
今までに見たことのない瞳、不思議な想いが艶めいている。
こんな瞳を自分がしている。

よく解らない、けれどこれで良いのかもしれない。
これから自分は、今までにした事のない望みに、初めての勇気をつかう。
そんな想いがきっと、瞳に透けるのは、自然なこと。

白いシャツの袖に、赤い痣の右腕を通す。
きちんと着替えて、もう一度だけ鏡を覗きこむ。
黒目がちの瞳に微笑んで、周太は浴室の扉を開いた。

「お先に、ごめんね」

登山地図にメモを書き込む、仕事をする横顔。
端正な横顔の、長身の背中が静かにふりむいてくれる。

「周太、ちゃんと温まった?」

きれいな笑顔、やさしい英二。この笑顔を、どうか自分に守らせて。
微笑んで周太は、素直に頷いた。

「ん、ありがとう。温かいよ、」
「そっか、良かった。今朝さ、周太ちょっと咳したろ?気になっていたんだ」

見つめる想いの瞳、穏やかに笑いかけてくれる。
きれいな長い指が、登山地図と鉛筆と、手帳を片付ける。

「ん、平気。だいじょうぶ、」
「うん、なら良かった」

すっと立ち上がると英二は、やさしく笑って周太を覗きこんだ。
そして周太が持っていた、脱いだばかりのニットを、大きな掌に取ってくれる。

「寒くないようにしていて?」

言いながら、そっと白いシャツの肩を包んでくれた。
いつもこんなふうに、やさしい英二。いつもこうして、幸せをくれる。
幸せが周太を、微笑ませてくれる。そして英二も微笑み返してくれた。

「じゃ、俺も風呂つかわせてもらうな。ゆっくりしていて」
「ん、ありがとう、」

周太は少しだけ窓を開けた。
冷たい山の空気が、そっと森の香をふくんで、部屋をひたしていく。
ほっと息を吐いて見上げた空は、星がよく見えない。

「あ、」

呟いて周太は、ルームライトをダウンライトに替えた。
部屋の照明を落としてから、もう一度空を見あげると、星はきちんと輝きを見せた。
やっぱり綺麗だ。そんな想いに見上げる空は、青紫色を抱いた夜闇が透けるように見える。
山近く、覆う大気の澄明さが瞳にしみる。

今夜は3つめの夜。
明日にはもう、新宿へと帰らなくてはいけない。
このままここで、あの隣から離れずに、ずっと生きていきたい。
ほんとうはもう、おととい1つめの夜から、ずっと、そう思っている。

今夜のときがながれ、暁を迎えたら。次はいつ、会えるのだろう。
それすらもまだ、解らずに自分達はいる。
警察官として危険に向かう、そんな日々がまた始まるから。

唯ひとつの想い、けれど。
その想う相手は、明日すらも、この一秒後すらも、危険と共に生きている。
想いの人は、英二は、山岳救助の警察官。非番でも遭難救助の召集で、救いの為に駆け出す人。
この一秒後すら、確かに生きて無事に傍にいてくれる、そんな保障はどこにも無い。

そんな自分達には、確かなものは、何も無いのかもしれない。
それでもひとつだけ、確かなことは。きっとずっと、自分はもう唯ひとり、英二しか想えない。

いま見つめる夜の山。
奥多摩の山嶺、愛するひとが危険に立つ場所。
見つめる奥多摩の山嶺へ、祈ってしまう、願ってしまう。
どうかずっと無事に、あのひとを帰して下さい、冬の雪山になっても。

「周太、」

呼ばれた名前、うれしくて。
振返ると、きれいな笑顔が佇んで、笑いかけてくれていた。

「おいで、」

呼んでくれた隣に、周太は静かに座った。
ソファに並んで落着くと、英二は胸ポケットからオレンジ色のパッケージを出した。

「はい、周太これ」

はちみつオレンジのど飴の、半分減ったパッケージ。
さっきブナの木の下で、最後のひと粒だった飴と同じものだった。
買ったばかりなら、こんなふうに減っている訳はない。
またきっと、この隣の罠へと自分は墜ちたのだろう。想いながら、周太はそっと首をかしげた。

「…もしかして山でもずっと、英二、これ持っていた?」
「持っていないなんて俺、一言も言わなかったけど?」

ほら、やっぱりそうだった。

「周太、」

名前を呼ばれて上げた顔に、そっと唇がよせられた。
移しこまれる、オレンジの香。いつもよりなぜか、ずっと甘い。
きれいな唇が静かに離れて、瞳を覗きこまれた。

「ちゃんと返したからな、」
「…っ」

たしかに、返してもらった。
けれど。こんなふうにかえされたら、どうしていいのか。
わからない、だって全てが初めてのこと。わからなくて当然だ。
そう、ほんとうにわからない。だから何でも訊いてしまえばいいい。
周太は唇をひらいた。

「あのさ、どうして隠していたんだ?」
「飴のこと?」
「…そう、」

あのブナの木の下。どうして飴を隠し持っていたのか?
たぶんもう、答えは解っている。それでも訊いてみたかった。

首筋もう赤い、訊くのも本当は恥ずかしい。
恥ずかしいのは、あの時に、自分が唇を寄せてしまったこと。
あんなふうに自分がしてしまうなんて自分でわからないこんなこと初めてのこと。

きれいに笑って、英二は言った。

「周太からね、俺のことを求めている、って感じたかったから」

ほら、やっぱりそう。
だってもう知っている、この隣はもう、自分を求める為には、手段も選ばない。
きっとほんとうに英二は、自分から、そう求めて欲しかったのだろう。
周太は右掌を、そっと自分の頬にあてて、首を傾げた。

「…俺から?」
「そうだよ、」

英二は周太の瞳を覗きこんだ。
そうして、きれいに笑いかけていってくれる。

「深いキスって、求められている感じするだろ?だからね、してほしかったんだ俺」

求めている。

ほんとうはもう、ずっと求めている、
卒業式のあの夜よりも、ずっと前から、そう、もう前から。
きっと、たぶん、出会った時。悔しさに髪を切り落としてしまった、あのとき。

―こんど会う時まで、その無愛想なんとかしとけよ。結構かわいい顔、してんだからさ

冷たい嘲笑、端正で冷酷な目、大嫌いだった。
無駄な努力は愚かだと、見下す眼。父の殉職の為だけに、努力だけで生きてきた自分の孤独に冷たく刺さった。
けれど、あのとき。
そう、あの時にもう、ほんとうは。
端正で冷酷な目の、その奥底に眠る想いを、心、真実の姿を、あのとき見つめてしまっていた。

実直で温かい、やさしい穏やかな静謐。それが英二の心、真実の姿。

嘲笑の仮面で冷たく覆っても、切長い瞳の底からは英二の想いの真実が、自分を見つめ返していた。
あのとき、英二の素直な心の想いが、ひそやかに自分に問いかけた。

―ほんとうは、率直に、素直に、生きていきたい。生きる意味、生きる誇り、ずっと探している―

きっとたぶん、もう、好き、になったのは、あのとき。

そして密やかな願いが、そっと自分のなかに座りこんだ。
その問いかけには、自分こそが答えたい。
このひとの、真実の姿、ほんとうの笑顔を、見てみたい。
そんな願いが、自覚も出来ないほど深く、深い想いの奥底に、そっと生まれていた。

その願いの息づきを、今はもう知っている解っている。そして望んで今この時、この隣で見つめている。

周太は頬にあてた右掌を、そっとおろした。
そして静かに瞳を上げて、隣を真直ぐに見つめて言った。

「英二、…俺はずっと、英二のことを求めている…もうずっとそう、学校の時から、そうだったんだ」

こんなふうに、ずっと告げたかった。
こうして想いを告げて、自分の想いを受けとめてほしい。そう願っていた。
そうして自分が抱いている、想いも心も、この身体すら、全てを差し出しても、求めたかった。

「どんなふうに?」

きれいな切長い目。訊いて、瞳を見つめてくれる。
あのとき、出会った瞬間の願い ― このひとの、真実の姿、ほんとうの笑顔を、見てみたい
そして今こうして、真実の姿のままで、美しい心のままの、きれいな笑顔で、見つめてくれる。
願っていた、こうして今あることを。
そしてずっと告げたかった、そんな自分の想いも願いも。
だから今も、告げたい。そっと周太は唇をひらいた。

「…英二の、きれいな笑顔を、…ずっと見ていたいって、想っていた…警察学校の時から、ずっとそう」

やっと、告げられた。

きっと、て、想う。
きっと英二は、英二が片想いをしていた、そう想っていただろう。
でも、ほんとうは違う。
ほんとうに、片想いをしていたのは、自分の方。
心の深い奥の底、自覚も出来ないほどの深い、本当の想いの場所。
そんな大切な想いの場所から、ずっと想い続け、求め続けていた。
だから、
だからこそ、英二が脱走した夜に、初めて自分から、ひとの扉を、叩いてしまった。

「ずっと見ていて、周太。笑顔もね、なにもかも。俺は全部、周太のものだから」

ほんとうに?
きれいな笑顔が告げてくれる、ことば想いが、うれしくて。
うれしくて、確かめてみたくなる。

「…俺の?」
「そうだよ、」

長い腕が、自分へと伸ばされる。
やさしく抱き寄せてくれて、きれいに英二が笑ってくれる。

「言っただろ?周太への想いがね、俺の生きる理由と意味。だから俺は全部、周太のものだよ」

うれしい。
だって、自分の願いは、願った以上に叶ったと、言ってもらっている。

初めて出会った時の、英二の問いかけ「生きる意味、生きる誇り、ずっと探している」
その問いかけには、自分こそが答えたい、そう願っていた。
その答えの、全てが自分だったと、こんなふうに告げてくれる。それは、ほんとうに、幸せなこと。

幸せで、けれど少し気恥ずかしい。周太は微笑んだ。

「ん、…うれしい。俺のものでいて英二。…俺もね、同じだから。だから…」

だから今夜、自分を、あなたのものに、してほしい

こんなこと、告げるのは、恥ずかしすぎて。
恥ずかしさにもう、息が止まる、心臓も止まって、時が終わりそう。
それでも今、この時に、どうしても伝えたい。そう、さっき、温かな湯のなか決めたこと。

自分は望む、あなたのもので、ずっといたい

今夜は3つめの夜。
明日の夜にはまた、離れて暮らす日々が始まる。
その日々は、警察官として生きる、危険へと向かう日々。
だからいつだって、危険に斃れる可能性が、自分たちには寄り添っている。

そして今日、初雪が降った。山の霜柱は10cmもあった。
零下の低温、冷たく重たい雪の足許、凍てつく滑る氷の地面。
凍死、凍傷、滑落、そして雪崩。冬山には死の罠が、密やかに息づいていく。
初雪の報せ、それは。冷たく抱かれる冬山の死が、厳然と起きあがる季節を迎えたこと。

そこへと英二は、初めて立つことになる。
自分と同じ警察官。けれど山ヤとして生きる、山岳救助隊員の英二。
初雪の報せは、英二にとって初めての、雪山に立つ任務が始まる報せ。
初めて立つ、それは危険が多いこと。
危険の多さが哀しい、けれど避けられない現実。
だってこの隣は、その危険を知ってすら、その任務に立つことを望んでいる。
警察学校で一緒に過ごした、その日々に、英二の望みをもう、知りすぎるほど知っている。

そうして自分の望みは、英二の望み全てを、叶えて見つめ続けること。
そうして見せてくれる、きれいな笑顔が輝いて、いつも隣で咲き続けてくれること。
だから自分は止められない、英二が望みのままに、その危険にも立ち続けること。
だからどうか、
これから降りつもる雪、この愛する隣に、その美しい姿を見せて。
けれど雪山、どうか英二を浚わないで。必ず自分の隣へと、無事に帰して、この笑顔を見させて。

訪れてしまった初雪。
この愛する隣の、さらに無事を祈る日々が始まった。
きっと大丈夫、もう信じている。だって約束は、全力で守るひとだから。
だからこそ、いま今夜。また約束をしてほしい、自分の隣にずっと帰ってくること。

初雪が降ってしまった。
もうじき雪山の危険は、この隣に寄りそってしまう。それはもう、明日かもしれない。
だから今。
約束を結べる時、今しかない。
今夜のあとはもう、いつ逢えるのかも解らない。
だから今すぐに、いま今夜、約束がほしい、生きて隣にいるために。
全力で約束を守る英二、だから約束を結べば、きっと英二は生きて無事に帰ってくる。

だから英二、いま今夜、自分のすべて、あなたのものに、して

この心も体も全て、あなたのもの、だから自分の隣にずっといて。
そうして自分の隣に、ずっと帰ってくる約束を、この心と体を全て懸けて、結ばせて。

初雪、始まった不安の季節。
不安に自分は克ちたい、あなたを愛して見つめ続けるために。
だからお願い、約束を結んで、必ず帰る約束を。
きれいな笑顔を見つめて、あなたを愛し続けられる、その約束が、ほしい。

だからお願い、今夜すべての約束を、身体ごと心ごと、刻みつけて。そうしてずっと、隣で生きて、笑っていて。

「周太、求めて?」

想いに見つめる真ん中で、きれいな笑顔が笑いかける。そう、この笑顔を見つめ続けて、守り続けたい。

13年前の桜ふる日、帰ってこなかった、大切な父の笑顔。
あの日だって信じていた、帰って本を読んでくれる約束を、信じていた。
それでも父の笑顔は、帰ってこなかった。
あの日を想うと、本当は不安で哀しくて、今もう、崩れてしまそうになる。

けれど今の自分は、あの日には出来なかった約束を、英二と結ぶことが出来る。
唯ひとり、唯ひとつの、この想い。
自分の全てを掛けて、告げる願い、刻む想い、心ごと体で繋げて約束を結ぶ。
それを英二も、望んでくれる、だからきっと帰ってくる。
これからの雪ふる日、それでも必ず帰って来る、大切な愛する英二の笑顔。

いつも弱くて、恥ずかしさに閉じこもる自分の心。
けれどもう、想いの熱は心に充ちて、閉じこめることなんか出来ない。
ほら、想いの熱は、心から迫り昇って、瞳にふれる。
もう、想いの熱さが心から、音を持って声になって、唇をふるわせる。

ひとしずく、熱が周太の瞳から零れた。
かすかで空気に溶けるほど、ちいさな声で、想いが唇から零れた。

「…抱いて、英二…」

告げられた、約束を結んで求める願い。
告げたひと、見つめて微笑んで。ほら、きれいに笑ってくれる。

「おいで、」

きれいな笑顔、うれしくて。
抱きしめてくれる背中に、自分から腕をまわしてしまう。
隣は笑って抱きしめて、抱き上げて。そっと額を合わせて、微笑んでくれる。

「かわいい、周太」

最初に言われた時は、嫌だった。
けれど今はもう、素直にうれしいと思ってしまう。
うれしくて、周太は微笑んで、英二を見つめた。

「ん、だって、…英二のことが、好き、だから…」

静かにベッドへおろされて、そのまま見下ろされる。

「そういうこと、言われるのってさ、うれしいよ」
「…ん、そう?」

見つめる瞳が熱い、なんだかいつもより熱くて、どうしていいのか解らなくなる。
それでも笑顔、見つめていたい、周太は真直ぐ見つめ返した。

「周太、」

そっと呟いて、端正な顔が近寄せられる。
ゆるやかに抱きしめられながら、伝わる鼓動がすこしだけ早い。
見つめる瞳、温かな唇ふれそうに、吐息がそっと唇にかかる。
キス、したい。

近寄せられた端正な頬に、そっと周太は右掌でふれた。
なめらかな温もりが、ふれる掌をやさしく受けとめてくれる。
温もりがうれしくて、左掌も頬へと添えた。
温かな両掌がうれしくて、くるんだ顔が愛しくて、そっと周太は唇をひらいた。

「…英二、」

そっと名前を呼んで、両掌で惹きよせる。
名前を呼ばれて微笑んで、きれいな笑顔が咲いていくれた。

愛している、ずっと

そんな想いのままに周太は、きれいな笑顔の唇へと唇を寄せた。

「…ん、…」

重ねた唇がうれしくて、重ねた熱が愛しくて、あざやかな熱に心とけていく。
そっと重ねただけのキス。それでも心が揺らされて、静かに想いへ墜ちていく。

「…周太、」

静かに離れた唇が、静かに名前を呼んでくれる。
呼ばれた名前がうれしくて、周太は微笑んだ。
この喜びをどうか、この隣へも伝えたい。想いのままに周太の唇がひらかれた。

「英二、愛してる…だから愛して?そして、ずっと帰って来て、」

きれいな笑顔が、大好きな声で応えてくれた。

「必ずね、俺は周太の隣に帰るよ。それくらいもう、周太を愛している」
「ほんとうに、必ず?」

確かめさせて、そんな想いに訊いてしまう。
きれいに笑って、静かに英二は、受けとめ応えた。

「ほんとうだよ、周太。絶対の約束。だって俺、愛しているから」

うれしい、

「…ん、約束。うれしい、」

伝えられた想い、受けとめられた想い、うれしくて。
両掌でくるんだ愛しい顔を、また惹きよせ唇を重ねた。

「英二、」

重ねた唇、さっきより熱い。
熱い甘やかな感触が、押しひらかれ唇から入りこむ。
重ねた端正な唇、熱い。重ねて入りこむ想い、熱くて甘やかで愛おしい。
されるがままに、周太は唇をひらかれる。ただされていく、けれど自分も想いを伝えたい。
重ねた唇へ応えて、周太も想いを入りこませた。

「…ん、周太、」

零れた吐息よせられる、唇も想いも熱くて、頭ぼうっとする。
想いを重ねあう、重ねるほどに熱くなるままに、深いキス。
与えられる熱、与えてしまう熱。深く重ねあう唇。熱くて狂おしい甘さが、心浚って惑わせる。
熱くて甘くて、解らない。途惑いと混乱と、それでも止まらない想い。

オレンジ色の飴を探した、あの時とは全く違う。
初めての感覚に、心ごと喘いで、吐息が零れていく。

「…っ、」

ようやく離れて、ひとつ大きく息をついた。
こんなことは初めてのこと、自分のしてしまったことが、自分で解らない。
途惑いは熱くて、首筋に頬に昇ってそまる。
気恥ずかしい。けれど、これでいい。だって今から望んで、絶対の約束を、結ぶのだから。

「きれいだね、周太、」

きれいに笑って、英二が言ってくれる。
そんなふうに言われると、余計に恥ずかしい。
けれど微笑んだまま、きれいな笑顔がねだってくれる。

「周太、今夜はね、…好きなだけ、抱かせて?」

好きなだけ。
それはどれくらいなのだろう?
いつもの夜と比べたら、どんなふうに違うの?
わからない。だって自分の初めては、この隣が全て。こんな願いも初めてのこと。

そして“初めて” に。
初めての夜と朝、あの卒業式の夜と翌朝が、思い出されてしまう。
あの夜は、何も解らないままに、痛みも温もりも、甘い切なさも、全てを受け入れた。
そうして迎えた翌朝は、ただ一夜で変えられた、声と体と心が残されていた。
重ねられた肌の記憶と、重ねた想いの記憶。その全てが、あざやかに刻みこまれていた。
もう、ずっと想っていた、愛していた。
離れたくない、笑顔見つめていたい、どうかお願い離れないで。
そんな想いと記憶が全て刻まれて、一夜で変えられた声、体、心。
変えられた全てを見つめる時、刻まれた記憶と想いの痛切に、独り見つめる孤独を思い知らされた。
孤独、置去りにされる想い、哀しくて。途惑いばかりに涙になった。
想いを独り抱きしめる現実が、哀しくて苦しくて、崩れ落ちそうだった。

そうして今夜3つめの夜、明日の夜には離れなくてはいけない。
そうして明日の夜からは、あの時と同じように、想いを独り抱きしめる現実が待っている。
もしまた、あの時のように変えられてしまったら。あの時より想いが深いだけ、きっと孤独はより辛い。
あの日の痛み。思い出すだけで、呼吸も心臓も止まりそうになる。

「お願い、周太…わがまま、訊いてよ」

きれいな笑顔、きれいな瞳。素直に言葉にする願い、甘い切なさに誘う。
見つめる想いは穏やかで、やさしく静かで、けれど熱い。

あの夜もそうだった、卒業式の夜。
この美しい、きれいな笑顔が、あの夜に自分を誘った。
今この時だけしかない、与えられたこの時に、想いも記憶も確かめたい。
重ねて繋いで結んで、心に体に痕を遺して、永遠にしたい。求める心も体も、全てでふれて、確かめさせて。
そんな願いが真直ぐに、覗きこまれた瞳から心に返響した。そして自分は、応えてしまった。

そして変えられた全てが、壊された孤独が、痛くて。けれど後悔なんて出来なかった。
そして一緒にいることを選べた。そうして掴まれていった、心も体も時間も、温かで幸せだった。

だから今も、応えてしまいたい。
唯ひとり愛する人が、求めてくれる願いなら。
もう愛している、だから孤独が今は、こんなに怖い。もう離れられない、ずっと隣に帰って来てほしい。
必ず隣に帰って来てほしい、その約束がほしくて、今夜を自分から望んだ。

だからもう、愛するあなたが、約束をくれるなら、変えられても、構わない。
愛するあなたが望むなら、どんなことでも、構わない。

「…周太、愛してる。だから、この想いを、刻ませてよ」

きれいな笑顔、望んでくれる。この愛するひと。

初雪がふった、雪山の初め。
雪山の危険にこれから立つ、この愛するひと。
雪と氷の自然の掟、命の生死が廻る山の冬、広やかな自然の摂理は深い。
その摂理の前には、人間の想いなんて、きっと小さすぎて、敵わないだろう。

でも今、呼ぶ名前のひとは、

「…英二、…」

実直に生きるこの人は、きっと約束の為になら、自然の摂理にだって愛される。
だっていつも全力で、自分の全てを懸けたって、約束を守る人だから。
だからきっと、山だって。
全てを懸けるこの人なら、山が抱く想い全てを懸けて、この人を帰してくれる。

「お願い、周太…わがまま、訊いて? 
周太をね、愛している俺の想い、ぜんぶ周太に刻ませて。そして約束を、刻ませてよ」

愛するあなたの願いを、どうしたら拒めると言うの?

想いを全て刻んで、約束を刻んで。そう願って、今夜を望んだのは、自分。
微笑んで、周太の唇がそっと披かれた。

「英二、想いと、絶対の、約束を、刻んで、」

そう。想いを、約束を、あなたに刻まれてしまいたい。
瞳に熱がこみあげる、想いがこうしてあふれだす。
周太の唇から想いが零れていく。

「…英二、お願い。全て、刻んで、」

そして自分も。あなたに、この想いを、刻んでしまいたい。
その願いはもう、告げないではいられない、だって想いは、こんなに深い、熱い。
見おろしてくれる瞳、真直ぐに見つめて微笑んで、いま想いを告げる。

「愛している…この想いを俺も、英二に、刻みたい」

お願い動いてと願うままに、そっと両掌が愛する顔をくるんでいく。
見つめる瞳、微笑んで。見つめあう視線に結ばれて、両掌で惹きよせられる。
ふれる吐息うれしくて、近寄せた瞳に映るのは自分だけ、それも幸せで。
幸せが温かい、そんな想いに周太の唇が微笑んだ。

「愛してる、英二、…好きなだけ、抱いて、想いの全てと、約束を刻んで、」

ひきよせた唇に、そっと周太は唇を重ねた。
深く甘やかな熱が、穏やかに静かに充ちて、ただ幸せに心も体も浚われていく。

“And the groove tonight Is something more than you've ever seen
 The stars and planets taking shape A stolen kiss has come too late
 In the moonlight Carry on, keep romancing, 

“そして今宵の狭間 今まで見つめたよりもっと、君はなにか大きな存在となる
 星や惑星が姿現して盗まれたキスは、盗まれ止められても手遅れ、それほどに想いが深い
 月光の中で、止めないでいて、愛をささやき続けること 

一昨夜、1つめの夜。
英二がくれた曲を訳してみた。その詞が歌う激しい想いに、驚かされて恥ずかしくなった。
けれどあの歌は、今夜3つめの夜を迎えて、気づかされる自分の本音。
初雪、ふる初雪に、あらためて見つめた、想いと願い。
もう離れることは手遅れ。自分の想いの深さ、そして寄せてくれる英二の想い。
もう願わずにはいられない。ずっと隣で寄り添って、ふたり見つめあい生きる道。

初雪、雪が山にふりつもる。
凍らす風、沈ます雪、滑らす氷。生命の自由を奪う、冷厳の雪山の掟。
この愛する隣。その雪山に笑って立って、生命の救いに全力を懸けていく。
その危険を想うと心が凍る。どうか行かないでと、縋って止めてしまいたい。

けれど、その場所に立ちたいと、願って望んで道に立ったこと、自分が一番知っている。
そして自分は解っている。その危険な冷厳に立つことで、愛する隣は更に育まれ、真直ぐに輝くこと。

きれいな笑顔、ずっと隣で見つめていたい。その為に、止めない。

だから自分は、信じて見つめて、微笑んで待つ。そう、決めた。
だからお願い、信じて待つための、絶対の約束を刻んで、結んでほしい。
どうかお願い、絶対の約束で、自分を繋いでおいて。愛するあなたの隣から、離されてしまわないように。

「…周太、きれいだね、」

白いシャツを透して、見つめられる肌。
白いシャツに大きな掌がかかる、心ごと、シャツが絡めとられていく。
そして曝される、想いの熱が顕れた、あわく赤い、この想い自分の肌。
想いうかぶ肌へ、きれいな長い指がふれる。

「きれいだ、」

きれいな唇、想いの肌にふれる。唇の想いが、想いの肌へと刻まれていく。
あかい痕、花のように肌に浮かびあがる。
愛するひとの想い、自分の想い。想いの深い分だけ、あかく熱く花うかぶ。

「…英二、」

名前を呼んで、腕を伸ばして、愛する頬を掌でくるんで。
言葉なくても、眼差しだけで、想いを告げて惹きよせる

“Move. Closer. Passion. Stronger 来て、もっと近くに。激しい情熱に。激しく強い想いに”

近寄せられる唇、愛しくて。
すこしだけ、くちもと仰むけて、愛しい唇に唇そっと重ねる。
どうかこの想い、刻み込まれて。そんな想いに静かに、深く重ねてしまう。
深い想い、深く刻む熱、熱くて甘くて。こんな想いは、初めてのこと。

「周太、…愛してる、ずっとだ」

重ねられる肌。温もりは穏やかで、愛しい。
刻みこまれる想い。熱くて、切なさが痛くて、そして甘やかで、愛しい。
愛しくて、うれしくて、想いが心を充たして、あふれだす。

今までずっと、出来なかったこと。
そう、自分から。自分から想いを示すこと。
唇から想いを告げて、腕伸ばして抱きしめて、そうしてキスをして…もうきっと、今夜は出来るはず。

だって今しかない、約束を結ぶ時。
もう今しかない、想いを示すこと。
だって今日、初雪が降ってしまった、だから今夜この今しかない。

だってもう、次はいつ逢えるの?
約束を結ぶ時、どれくらいあるの?

だからもう、この今こそ勇気がほしい。
どうか今夜は今は、唇、腕、声、この身体、みんな自由にさせて?
どうか今夜をずっと、この隣に、自分の想いを伝えさせて?
そうしてどうか、約束を。必ず隣に帰ってくる、絶対の約束を結ばせて。

さあ勇気、心に充たされた想い、想いのままに、顕れて。

「…えい、じ、」

声、名前が呼べる、唇ふるえる。
瞳、きれいな切長い目と、見つめあって眼差し絡む。

腕、伸ばして、きれいな白皙の首筋を抱く。
体、ゆるやかにほどかれて、想いのままに添えばいい。

想い、心を温かに充ちて、そのまま言葉に咲いて、唇、告げて。

「…英二、愛している…だから、ずっと隣、帰ってきて」

告げられる。

告げて見つめる瞳、きれいに笑って、見つめ返してくれる。
告げられて微笑む唇、静かにそっと、名前を呼んでくれる。

「ん、…周太、」

きれいな笑顔が、頬寄せられる。
穏やかな温もり、頬からふれて、こぼれた涙も温もりにとける。

「周太、必ず…ね、俺は、隣に帰ってくる。だって…周太の隣は、俺だけのもの、」
「ん、そう…英二だけ、俺の隣は、英二だけのもの…だから、帰ってきて」

頬ふれる頬を、そっと右掌で惹きよせる。
静かに周太から、唇に唇を重ねて、ゆっくり深く重ねていく。

「…っん…、…」

こぼれる吐息、熱くて、愛しい。
甘やかに想いが心に充ちる、そうしてまた、ひとつ勇気がうまれていく。
うまれた勇気、言葉を告げて、想いを伝えて。

「…かえって、きて、必ず」
「ああ、必ずね、帰る…だって周太の隣だけ…俺の、帰る場所」

抱きしめてくれる腕、力強い。
いつだってそう、掴んで離してくれない強い腕。
この腕に掴まれて、こうして自分は幸せの温もりを知った。
お願いもう、この腕から自分を離さないで。ずっと、約束を守って。

「ん、…約束を、守って?」

いつもなら言えない、甘えと約束。
けれど今は言える、だってもう今しか時がない。
そうして愛する瞳は微笑んで、きれいに笑って受けとめてくれる。

「ああ、守るよ。約束も、周太のことも、…全部ね、必ず俺が守るから」
「…うれしい、…俺も、そう…必ず、守る、から」

そう、自分だって、守る。
この隣を守りたい。そのためになら、何だって出来る。あなたの為に。

「周太が、俺を、守ってくれる…うれしいよ。俺だけをね、守ってよ?」
「ん、英二だけ、…守らせて、俺に…だから、帰ってきて」

だからお願い、止めないでいて。
ずっと、必ず、あなたを守る。だからお願い、止めないで。

“Carry on, keep romancing,
 Carry on, carry on dancing…Moving on…Moving all night
“止めないでいて、愛をささやき続けること 
 止めないでいて、抱きあげ揺らめき続けること…超えてしまおう…涙あふれる想いの今宵すべて

切長い目の眼差し、熱い。
肌ふれる肌、熱い。
抱きよせる腕、やさしくて力強くて、熱い。
そっと告げられる、言葉にも、どこか熱がこめられ響く。

「周太は、きれいだ、」

抱き寄せる英二の肩が、周太の口許にふれる。
右掌は静かに、しなやかな肩を抱きくるんだ。
右掌にくるんだ肩の、白皙の肌に、穏やかに周太は唇でふれた。


暁時、ふっと周太の瞳が披いた。
気怠さにくるまれて、けれど瞳に隣が映りこむ。
抱きしめてくれたまま、まどろんでいる愛しい隣。
まどろみ燻らす端正な顔に、周太は微笑んだ。

「…愛している、」

とけるようにちいさな声でささやいて、静かにキスをした。
ゆっくり離して、瞳に白皙の左肩が映りこむ。
その左肩へ、かすかに開いたカーテンから、陽光が射しこんだ。

英二の白皙の肩に、赤い花の痕が刻まれていた。

そう、この赤い花は、自分が刻みつけた想い。
絶対の約束と、唯ひとりへの想い、見つめ愛し守り続けること。

静かに周太は微笑んで、まどろみに瞳を閉じた。





【歌詞引用:savage garden「carry on dancing」】


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