萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

萬紅、初暁act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2011-11-19 23:59:33 | 陽はまた昇るanother,side story
もうひとつの場所、迎えるとなり




萬紅、初暁act.2―another,side story「陽はまた昇る」

青梅警察署の診療室は、まだ明りが灯っていた。
ノックして扉を開けると、ロマンスグレーの横顔がゆっくり振り向いてくれる。
周太を見て、吉村医師は穏やかな微笑で迎えてくれた。

「こんばんは、またお会いできましたね」
「はい、」

穏やかな微笑みが、温かい。
またこの微笑みに会えた。うれしくて、周太も微笑んだ。

「急で申し訳ありません。あの、お邪魔しても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。もう診療時間も終わります、遠慮しないで下さい」

白い診療室は、蛍光灯の下でいっそう白く眩しい。
吉村医師は器具を消毒している、一日の終わりの手入れなのだろう。
まだすこし残っている様子だった、周太は訊いてみた。

「お手伝いを、させて頂けますか?」
「ああ、それは助かります。すみませんね」

周太は洗面台で消毒をすると、吉村医師を手伝って手を動かし始めた。
手際よく作業しながら、穏やかに吉村医師が話してくれる。

「明日は雲取山へ行くのでしたね、宮田くんから朝早いと伺いました。」
「はい。林道の巡視を兼ねることになって。それで俺、前泊になりました」
「ほんとうに彼は仕事熱心ですね。お蔭で今夜は、こうして君とお会いできました」

うれしいですね。そう言ってくれる吉村医師は温かい。
吉村医師には温かな包容力がある。繊細な性質の周太でも、気楽に寛ぎやすかった。
またこの笑顔に会えて、素直に周太はうれしかった。

「はい。先生にお会いできて、うれしいです」
「そう、それは光栄ですね。ありがとう、」

穏やかな微笑みが受け留めてくれる。
吉村医師は絶対に相手を否定しない。そんな温もりが周太に伝わってくる。
大きな人なのだな、思いながら周太は吉村医師の手を見た。
大きい手。けれど細く長い指が器用に動いている。あの大好きな隣の、長い指の掌と似ていた。
会いたい面影を見つけて思わず、周太の口から言葉が零れた。

「先生の手と宮田の手は、よく似ていますね」
「おや、そうですか?」

ふっと手を止めて、吉村医師は自分の手を眺めた。
それから優しい笑顔になって、周太に教えてくれた。

「息子は妻似だったけどね、手だけは私と似ていたんですよ」

はっと周太は息を呑んだ。
吉村医師は次男を、山の遭難死で亡くしている。

―息子は妻に似て、我が子ながら美形でね。そして同じ山ヤで。どこかね、雰囲気が似ています

彼は医学部5回生の時に、長野の高い山で不運な滑落事故に遭った。
いつも持っている救急用具を、その日だけ偶然に置き忘れていた。
そして骨折した足を処置できずに彼は、身動きが不可能なまま山の寒気に抱かれて眠りについた。

周太は吉村医師のデスクをそっと見た。
デスクには、山に立つ彼の写真が微笑んでいる。
端正な顔立ち、穏やかで健やかな優しい笑顔。どこか宮田と似ている、そう周太も思う。

医学部5回生、今の自分達と同じ年。
亡くなった息子と同年で、同じ山ヤで、そしてよく似た手を持った、きれいな笑顔の宮田。
吉村医師が、宮田と息子を重ねて見つめることは、当然だと周太も思ってしまう。

いま、この医師に自分は、どの言葉を掛けるべきなのか。
ゆっくり周太は瞬いて微笑んだ。思った通りを言えばいい、そう素直に口を開いた。

「先生、俺ね、宮田の手が大好きです。あの手で宮田は、いつも俺を救けてくれます」
「うん、彼らしいな」

穏やかに吉村医師が頷いてくれる。
はいと頷き微笑み返して、周太は続けた。

「宮田の手は本当に、きれいな手です。そして先生の手も、きれいだ好きだなって俺、いま見ていました」
「おや、光栄ですね、」

吉村医師は目を細めて、嬉しそうに周太を見つめてくれる。
その眼差しを見あげながら、すこしだけ周太は迷った。
こんなこと言っていいのかな、でも伝えたい。すこし息を吸うと、思いきって周太は口を開いた。

「だからね先生、きっと俺、息子さんの手も好きです。会ったらきっと、好きな人です」

すこしだけ、吉村医師の目が大きく見開かれた。
こんなこと言って失礼だったろうか、周太は少しだけ哀しくなった。
けれど心から思ったことを伝えてみたかった。だって自分は本当に、彼の笑顔を好きだと思ったから。
こんなふうに誰かを好きだと思うことは、周太には少ない。

小さな嘘、ほの暗い思惑、かすかな虚栄、無神経な好奇心、傲慢な憐憫。
そうしたものに気付かず済ませられない、繊細すぎる自分を周太は解っている。
そうした暗さを感じるたびに、心が竦んで動けない。
そして自分が抱いている、運命と痛みの重さも辛さも、よく解っている。
それはそう簡単に、誰かに見せて負わせて良いほどには、容易くははない。

相手に見えてしまう暗さが痛い、自分が与える痛みが辛い。
だからいつも周太は、簡単には人に心を開けない。
だからいつもどうしても、誰かを好きになることに臆病になっている。

けれど宮田だけは違った。

最初は大嫌いだった。
けれど大嫌いな顔は、無理に宮田が作っていた仮面だった。

素直になった宮田は別人だった。
思ったことしか言わない、出来ない、やらない。
何も隠さない宮田には、暗さの痛みは少しも感じられなかった。
そうして気付いたら、隣にそっと佇んでいた。きれいな笑顔で笑いかけて、大丈夫だと抱きとめてくれた。

そんな宮田と似た彼を、好きだと素直に周太は思える。
宮田とは違う人、宮田のように想うことは決してないだろう。
それでもきっと会えたなら、吉村医師を好きなように、彼のことも自分は好きなる。
そんなふうに好きになることは、周太にとって本当に幸せで嬉しいことだった。
だから伝えてみたかった。

「ありがとう、湯原くん」

穏やかに、けれど心から嬉しそうに、吉村医師が笑った。
明るい目で吉村医師は、周太を真直ぐ見て微笑んだ。

「ああ、うれしいですね。きっと雅樹もね、湯原くんのことは好きです」

受け留めてもらえた。その温もりが、そっと周太の心に添ってくれる。
うれしくて微笑んで、周太は訊いてみた。

「まさきさん、とおっしゃるんですか?」
「はい。私の名前とね、奥多摩の山に茂る樹木。そんなふうに名づけました」

吉村雅也、それが吉村医師のフルネームだった。
自分の一字と、自分の愛する故郷の山に因んだ名前。
吉村の息子への深い愛情が感じられて、そっと周太の心が温かく締められる。
父と同じ医者を志し、父の愛する山に登る。そんなふうに彼は名前の通りに生きた。
吉村医師の目を見つめて、周太は微笑んだ。

「雅樹さん。とても相応しい、良いお名前ですね」
「そうか、うん。ありがとう」

頷く吉村医師の目が、すこし光って見えた。
けれどその笑顔は嬉しそうで、穏やかに幸せが温かい。
心の中でそっと周太は呟いた。

…よかった、

いつも宮田は人を笑顔にしている。自分もそう出来たら良いと、ずっと思っていた。
あの隣のきれいな笑顔に、少しでも相応しい自分になりたい。そう思っている。
今きっと、吉村医師を笑顔にすることが、少しだけど自分も出来た。
自分が好きな人を笑顔に出来た、そうして少しでも宮田に相応しくなれたこと。
どちらも温かくて、うれしくて、そっと周太は微笑んだ。

作業が終わって、片付けると吉村が微笑んでくれた。

「さあ、では宮田くんを、一緒に出迎えに行きましょう」

ストレートに言われて、周太は気恥ずかしくなった。
吉村医師は、周太と宮田の関係を知っている。

―宮田くんと湯原くんが寄り添う姿は、とてもきれいでした
 だから私には解ります、君たちの心の繋がりは、とても美しいです

真直ぐに見つめて理解して、きちんと肯定してくれた。
それが嬉しくて、温かくて、この医師への信頼になっている。

けれどこんなふうに、微笑んで言われるのは、やっぱり気恥ずかしい。
でも今日の午後、もう胸を張ろうと自分は決めた。
だってこの想いは、唯一つのもの、大切な壊したくない想い。
赤らめた頬のまま、周太は微笑んだ。

「はい、ご一緒させて下さい」

うんと頷いて、吉村医師が微笑んでくれる。

「たいへん良い顔をね、していますよ?
 何かしっかりとした、きれいな勇気があふれている。こういう顔は素敵です。
 そして君がね、こんなふうに微笑む顔を、私にも見せてくれた。それが嬉しいです。」

こんなふうに真直ぐに、認めてもらえること。
ここへ来られて、この医師に会えてよかった。
そしてここへ連れてきてくれた、大切なあの隣にもうじき会える。
きれいな笑顔のあの隣、想うといつも、きれいな想いが自分にもあふれてくれる。

「ありがとうございます、」

赤らめた顔のまま、きれいに周太は笑った。
それから思い出して、吉村医師に持ってきた袋をみせた。

「コーヒーを買って来たんです、」
「ああ、うれしいですね。最近は宮田くんもね、上手に淹れてくれます」
「よかった、」

そんな話をしながら、ロビーの自販機のベンチへと向かった。
こちらへと、吉村医師が勧めてくれる。
並んで座ると、楽しそうに吉村が教えてくれた。

「いつもね、同じ場所に私は座って、待つんです」
「この場所ですね?」
「はい、そうです。こうね、『いつものように』という習慣が、うれしいんです」

『いつものように』という習慣。
習慣は毎日続いていくこと。そうした事への気持ちは、周太には解る。
父との夜の読書も『いつものように』だった。
吉村医師は亡くした次男とも、きっと『いつものように』があった。

息子との『いつものように』を、息子を重ねる宮田を通して、積み重ねたい。
そんな痛切な願いは、吉村医師の微笑みを、より温かくしているのだろう。
それをきっと宮田は、きれいな笑顔で受け留めている。
その手助けをすこしだけ、自分もしたい。周太は微笑んだ。

「先生、宮田が帰ってきたら、コーヒーを淹れさせて下さいね」
「ああ、それは嬉しいです。おいしいお菓子を開けましょう」

そんなふうに話している隣から、なつかしい声が呼んでくれた。

「周太、」
「あ、」

いつも想うひとが、活動服姿で立って、きれいに笑っていた。
無事な姿がうれしい。
無事に会えた、きれいな笑顔が見られた。全てがこんなに、うれしい。
きれいに笑って、周太は迎えた。

「宮田、お帰りなさい」

明日は雲取山へ行く、約束した通りに。
その約束を果たすために、今日も無事に帰ってきてくれた。
きっと今、うれしくて幸せで、きっと良い笑顔になっている。

「お帰りなさい、宮田くん。今ね、コーヒーを淹れようかと話していました」

立ち上がった吉村医師が、穏やかに立ちあがった。
その言葉に、うれしそうに隣は周太に笑いかけてくれる。

「お、いいですね。周太が淹れてくれるのか?」
「ん、そのつもりだけど」

もちろん周太は、そのつもりだった。
―俺にはさ、一生ずっと周太が淹れてくれること。それなら覚える―
そんなふうに、宮田は言ってくれた。一生ずっとだなんて気恥ずかしい、けれど嬉しかった。
宮田は周太に、きれいに笑いかけてくれる。

「嬉しいな。じゃ俺、仕度したら診療室に迎えに行くから」
「ん。解った」
「じゃ、またすぐに、後でな」

きれいな微笑みを残して、宮田は急いで寮へ歩いていった。
その背中がまた、なんだか頼もしくなっている。

―大切な人を背負える、大人の男の背中―

昼間に深堀に言われた、瀬尾の言葉。
瀬尾は絵を描く。その絵は繊細だけれど適確で、きれいな描写力がある。
誕生日に贈ってくれた絵は、周太と宮田が寄り添う姿が、やさしい穏やかな空気で描かれていた。
そういう観察眼を持った瀬尾が、宮田の背中をそう言ってくれる。
こういうのは、きっと、すごく幸せなことだ。

診療室でコーヒーを淹れる準備をする。
マグカップを3つ並べて、買ってきたドリップコーヒーをセットした。
湯を少しずつ順に注ぎ始めた時、扉がノックされて開いた。

「こんばんは、良い香りですね」

飄々と笑って国村が立っていた。
ペインターパンツに長袖のTシャツと、Gジャンのラフな格好をしている。
今日は宮田が日勤だから、交替の国村は非番だったのだろう。
吉村医師が微笑んで、国村を招じ入れた。

「こんばんは。ご実家からの帰りですか?」
「はい、山林の手入れをしてきました。よお、湯原くん。何時頃に着いたの?」

気さくに国村は、笑いかけてくれる。
周太も微笑んで国村に答えた。

「こんばんは。河辺には16時前位かな」
「ふうん、じゃあ夕焼けみられたね、きれいだったろ」

馴れた顔で国村は、椅子を隅から出してきて座る。
吉村医師も菓子をひとつ取出した、きっと国村に勧めるのだろう。
周太はもう1つマグカップを出して、ドリップコーヒーをセットした。

「湯原くんのコーヒー、旨いよね。好きだな、俺」
「そう?なら、良かった」

何気なく答えた周太に、国村が唇の端を上げた。

「コーヒーも好きだけどさ、湯原くんも好きだね。かわいくってさ、」
「…そういうこといわれるの、なれていないから…」

こういうことを平気で、国村は笑って言ってくる。
ちょっと困るなと周太は、この間も思わされた。
けれどまったく意に介さない顔で、国村は話しかけてくる。

「雲取山のさ、明日のルート俺も見たよ。たぶん紅葉が良いんじゃないかな」
「そうなんだ、うれしいな」

国村は奥多摩の地元っ子で、兼業農家の山岳救助隊員だから、奥多摩に詳しい。
幼い頃から山を歩き、心から山を愛していると、宮田から聞いた。
そんな国村の畏敬は、山と自然へ純粋に向けられる。だから人の作ったルールには縛られない。
そういう国村がくれる山の情報は、とても適確だと宮田も言っている。
紅葉が楽しみだなと想いながら、周太は4つのマグカップにコーヒーを淹れ終えた。

「どうぞ、」
「ありがとう。うれしいですね、湯原くんのコーヒー」

受取って吉村は、ひとくち啜って微笑んでくれる。

「おいしいです、何か工夫があるのでしょうか」
「いえ、ふつうに淹れるだけですが…」

そう、いつも普通に淹れている。
けれどなぜか、淹れると飲んだ人は褒めてくれる。
でも喜んでもらえると、うれしいなと思える。
国村も啜って、細い目を満足げに笑ませた。

「うん、湯原くんのコーヒー、ほんと旨いよね」
「そう?なら良かった、」

宮田の分も、一緒に淹れて置いてある。
冷めないうちに飲んでもらえるといい、そろそろ来るころかな。
そんなふうに思っていると、からり笑った国村が唇の端を上げた。

「その宮田の一杯はさ、特に旨いんじゃない?想いをこめてあってさ」
「…おなじようにいれただけだよどれも」

また玩具にされるのかな。
すこし困りながら周太は、マグカップに口をつけた。
そんな周太の様子を、機嫌よさげに眺めながら国村は、口を開いた。

「明日のルートはね、混まなくって良いよ。まだ閉鎖のところもあるからさ、人も少ないし」
「9月の台風の影響らしいな、でも人ごみが無いのは、うれしいかな」

何気なく答えた周太に、国村は唇の端を上げた。

「まあね、人気が少ないとさ、背中でのんびり出来て、良いんじゃない?」

また「背中」だ。今日はなんだか背中の話が多い。そして気恥ずかしくさせられる。
なんとなく気恥ずかしくて、なんて答えて良いのか困る。
困ったままの周太に、国村は笑いかけた。

「湯原くんてさ、ほんと初々しくて可愛いな。いつもこんな感じなの?」
「…どうだろう?仕事の時は違うと思うけど、」

なんとか普通に答えられて、ちょっと周太はほっとした。
国村はまた、周太に笑いかける。

「いろんな顔があるんだね。じゃあさ、あの時も顔、違うのかな?」
「あのとき?」

何気なく訊き返すと、国村は周太へ唇の端を上げた。

「白妙橋で話した“初めて”」

先週に周太は「白妙橋」の岩場で、宮田と国村の訓練に少し参加した。
救助者を背負うザイル下降訓練で、周太は救助者役で2人に背負われた。
そのときに国村は、背負った周太に言った。

―俺が訊いたのはね、キスとさ、ベッドの中ふたりでする “初めて” のことだけど?-

「…っ」

たった一言「白妙橋で話した“初めて”」それでも周太を、充分に真っ赤にさせる。
こんなに困っている自分と、こういう国村が同じ年だなんて、なんだか狡い。
そんなふうに思いながら周太は、涼しい顔の国村を見た。
そんな国村は、唇の端を上げると楽しそうに言った。

「まあでもさ、可愛い顔なんだろね。宮田を見てるとさ、そんな感じだよ。ねえ?」

恥ずかしすぎて声も出ない。
どうしていつもこのひとってこういうことばかりいうんだろう?
ほんとうに困ってしまう、だって今ここには吉村医師もいる。
そう思って周太は、そっと横の吉村医師の顔を見てみた。
その目と吉村医師の目が合って周太は困った、けれど吉村医師は穏やかに笑いかけてくれる。

「湯原くん。この焼栗きんとんはね、今の季節限定なんです。いかがですか?」
「あ、…はい、おいしいです」

周太は手もとの皿に目をおとした。
吉村が供してくれるこの菓子は、とてもおいしい。
けれど今は、食べても味が解らないかもしれない。
そうに困っている周太の前では、涼しい顔で国村が菓子を口に放り込んでいる。

「うん、うまいな、」

細い目を満足げに細めて、国村は笑っている。
この間も今日も周太は、国村には困らされた。けれどなんだか国村は憎めない。
それも仕方ないかなと周太は思う。だって国村の目は、とてもきれいで暗さが無い。

真直ぐで思ったことしか言わない、出来ない。
冷静沈着だけれど大胆で、山と自然への畏敬に生きている。
そんな国村には人間の枠は小さすぎ、だから執われずに自由人でいる。
そういう国村の目は、底抜けに明るくて、誇らかな快活が美しい。

だから納得できてしまう、宮田と国村が友達になっていくこと。
宮田はいつも、きれいな笑顔で穏やかに佇んで、全てを真直ぐ見つめて温かく受け留める。
そんな宮田には、国村は良い友人になるだろう。そういう友人と宮田が出会えてよかった。
そう思いながら微笑んで、周太はマグカップに口をつけた。

「失礼します、」

なつかしい声に、周太は顔を上げた。
がらりと開いた扉から、きれいな笑顔が笑いかけてくれる。
さっき会ったばかり、けれど顔を見れば嬉しくて、周太は微笑んだ。
そう見ている顔が、サイドテーブルを見て少し怪訝な顔をした。

「よお、勤務おつかれさまだね、宮田」

コーヒーを啜りながら、国村が涼しい顔で宮田に声を掛けた。
きれいな笑顔が、可笑しそうに国村に笑いかける。

「今日は実家で夕飯、食わなかったんだ?」
「いや。今日はウチさ、夕飯早かったんだよね」
「早かった、じゃなくて、自分で早くしたんだろ?」
「どうかな。ま、やけに腹減ったなぁってさ、祖母ちゃんには言ったね」

国村はクライマーの両親を山で亡くし、祖父母に育てられた。そう周太も聴いている。
その祖父母から地所の山林と農地を継いで、国村は兼業農家で山ヤの警察官となっている。
同じ年だけれど、どこか国村は落着いているのは、そういう生立ちの為かもしれない。
そう思っている周太に、国村が笑いかけた。

「湯原くんの淹れるコーヒー、ほんと旨いよ。食後のコーヒーがさ、旨いと嬉しいよね」
「そう?じゃあ良かった、お替りあるよ」

コーヒーは確か8つセットだった、だから大丈夫。
そう考えている周太の前で、国村は唇の端を上げた。

「今夜は背中の居心地が良いね、湯原くん。良かったな、ねえ?」

国村は飄々と笑いかけてくる。
どうしてまたこういうこというのだろう、やっぱり玩具にされている?
首筋が熱い、たぶんもう赤くなっている。
さっきから続く気恥ずかしさに俯いて、周太はマグカップを見つめた。

「…あんまりそういうことは、ここではさ…」

人を転がす癖が国村にはあるからさ。そんなふうに宮田も言っていた。
ほんとうに自分は転がされっぱなしだ。
こういうことには慣れていない、だって以前の自分は怖がられていた。

13年間ずっと、どこでも首席で寡黙に閉じこもっていた。
だから人からこんなふうに、気さくに話してもらうことも無かった。
だから慣れていない、困ってしまう。でも困るけれど、孤独よりはずっと温かい。

それに国村は厭味がない、からっと笑って楽しんでいる。
だから周太には解る、国村は単に楽しいだけ。そしてたぶん、周太のことを気に入ってくれている。
そして周太も、国村のことは好きだなと思う。
国村の細い目の底には、明るい快活さ、温もりと底抜けの優しさが、いつも楽しげに笑っている。

そういう目のひとは、いいなと素直に思える。
そう見ていた細い目を、また楽しげに笑ませて国村は言った。

「ほんとさ、まじ驚かされるよね。湯原くんには」
「なんで驚くんだ?」

何気なく訊いた周太に、また国村は唇の端を上げた。

「可愛くってさ。同じ年だなんて驚くよ、ねえ?」
「…そんなにかわいいとか言われると、ちょっと…」

やっぱり困ってしまう、どうしたらいいのだろう。
マグカップを見つめていると、宮田が微笑んで国村に言ってくれた。

「あんまりさ、周太を苛めないでくれよな?」
「苛めたことあったかな?かわいがった事はあるけどさ」

そんなことを言って、からりと国村は笑っている。
かわいがるだなんてちょっとやめてそんないいかた。
よけいに困って周太は、マグカップに口をつけた。
コーヒーを啜り始めた周太の前で、国村と宮田が話し始めた。

「あのさ。明後日さ、飲む場所って河辺でいいんだろ」
「おう、18時半で良かった?」
「いいよ。あ、ちょうど初雪が降るかもな」

初雪が降る。
ちょっといいなと周太は思った。
山では雪は滑落の危険を増す。そう思うと宮田が心配になる。
けれど一緒にいる時に、初雪を見られるのは、きっと嬉しいだろう。

国村は立ち上がって、宮田と何か話して笑いあっている。
それから、きちんとマグカップを洗った国村が、周太と吉村医師を振返った。

「お邪魔しました。先生、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。明日の巡回も気をつけて下さいね」
「はい、ありがとうございます。あ、湯原くんも明日、気をつけてね」
「ん、気をつけるよ?」

山での足許に気をつけるのかな。
国村の言葉を考えていると、本人が周太に耳打ちをした。

「山は人気が少ないからね、宮田が“あの時”になりやすいかもよ?」
「…っ」

ほんとうにもういいかげんにしてほしいんだけど。
そう言いたいけど言えない、だって慣れていない。




(to be continued)


【歌詞引用:savage garden「carry on dancing」】


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