萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

萬紅 、第一夜―side story「陽はまた昇る」

2011-11-13 21:41:02 | 陽はまた昇るside story
※後半部R18(露骨な表現はありませんが念の為)
約束を、つないで、むすんで




萬紅 、第一夜―side story「陽はまた昇る」

御岳駐在所での日勤を終えて、英二は青梅警察署に戻った。
いつものようにロビーの自販機へ向かうと、吉村医師が指定席のベンチで微笑んでいる。
その隣には、なつかしい笑顔が楽しげに座っていた。
うれしくて、英二は笑った。

「周太、」
「あ、宮田、お帰りなさい」

見上げてくれた顔が、きれいで明るい。
明日は雲取山へ行く、約束した通りに。
そのことと、またここで会えた人が嬉しくて、明るい笑顔になっている。
その横で、吉村医師が穏やかに微笑んで、立ち上がった。

「お帰りなさい、宮田くん。今ね、コーヒーを淹れようかと話していました」
「お、いいですね。周太が淹れてくれるのか?」

笑いかけた隣は、気恥ずかしそうに微笑んだ。

「ん、そのつもりだけど」
「嬉しいな。じゃ俺、仕度したら診療室に迎えに行くから」
「ん。解った」

また後でと別れて、英二は急いで寮へ戻った。
さっと汗を流して着替えて、仕度しておいた荷物を登山用ザックに入れる。
それを担ぐと、吉村医師に借りていた本を携えて、自室の扉を開けた。
申請書はもう提出してあるけれど、担当窓口に念のため声をかける。

「今夜からだね、日原林道の確認だろう?」
「はい、台風後の状況確認をして来ます」

明日は周太と雲取山へ行く。
そのルート設定は、山岳救助隊副隊長の後藤と相談して決めた。
雲取山は9月の台風で、いくつかの登山道はまだ閉鎖されている。
初雪が降る前に、それらの現況確認をする必要があった。
だから明日は、任務も兼ねての登山になっている。

「仕事熱心だね、くれぐれも気をつけて。それから休日も楽しんでおいで」

仕事とはいえ本当は、後藤の粋な計らいでもある。
それになにより、明朝出発の時間が早まったおかげで、周太は前泊の為に今夜来てくれた。
会える時間が長くなった、それが嬉しい。英二は笑った。

「はい、楽しんできます」

そんな会話を交わしてから、英二は診療室へと向かった。
ノックして扉を開けると、いつものように吉村の温かい笑顔が振向いてくれる。

「失礼します、」
「ああ、待っていましたよ」

ふっと芳ばしい香が頬をかすめた。
香に微笑んでふと見ると、サイドテーブルにマグカップが4つ並んでいる。
1つ多いなと視線をあげると、困った顔の周太の前で、国村が涼しい顔でコーヒーを啜っていた。

「よお、勤務おつかれさまだね、宮田」

今日の国村は非番で、実家に帰っていた。
明日は本来週休の国村だけれど、英二とのシフト交換で出勤になっている。
実家に帰ると国村は、夕食を済ませてから帰寮する習慣だった。
けれど今はまだ18時半、国村にしては帰りが早い。

「今日は実家で夕飯、食わなかったんだ?」
「いや。今日はウチさ、夕飯早かったんだよね」

言っている国村の唇の端が、すっと上がっている。
たぶん周太をからかおうと、早めに夕食を済ませたのだろう。
可笑しくて、英二は笑ってしまった。

「早かった、じゃなくて、自分で早くしたんだろ?」
「どうかな。ま、やけに腹減ったなぁってさ、祖母ちゃんには言ったね」

国村は中学1年の春、トップクライマーの両親を山で亡くし、祖父母に育てられた。
その祖父母から家業の農家を継ぎ、兼業農家で山ヤの警察官となっている。
地所の山林と農地をみるため、休日は実家へ帰っていた。
そんな国村は、農閑期が山ヤの本領発揮となるらしい。

からっと国村が、周太に笑いかける。

「湯原くんの淹れるコーヒー、ほんと旨いよ。食後のコーヒーがさ、旨いと嬉しいよね」

国村に言われて、素直に周太は微笑んだ。

「そう?じゃあ良かった、お替りあるよ」

先週末に、国村と周太は初対面をした。
そのときの国村の感想は「ああ、まじ驚いたよ。かわいい玩具でさ」
そんな感想の通りに、初対面から周太をさんざん転がして楽しんでいた。
文学青年ふうの上品な風貌の癖に、国村は結構オヤジでえげつない。

そんな国村は、冷静沈着だけれど自由人で、山ヤの純粋さが快活だ。
そして思ったことしか言わない、やらない。けれど、底抜けに明るい性質で厭味が無い。
そういう国村が、英二は好きだった。

でも、あまり、周太の事は苛めないで欲しい。
だってその権利は、隣にいる自分だけで独占していたい。
けれど、そう思っているはしから、国村は唇の端を上げた。

「今夜は背中の居心地が良いね、湯原くん。良かったな、ねえ?」

国村は飄々と周太に笑いかけている。
笑いかけられた方は首筋を赤くして、マグカップを見つめてしまった。

「…あんまりそういうことは、ここではさ…」

年齢よりだいぶ初々しい周太は、いちいち反応が可愛い。
そんな可愛い反応を見たくて、つい英二もからかってしまう。
ただでさえ、人を転がす癖がある国村は、周太をからかう事が楽しくて仕方ないらしい。

「ほんとさ、まじ驚かされるよね。湯原くんには」
「なんで驚くんだ?」
「可愛くってさ。同じ年だなんて驚くよ、ねえ?」
「…そんなにかわいいとか言われると、ちょっと…」

けれど国村は、生真面目で純粋な周太を、真直ぐ見て気に入っている。
そんなふうに、ただ純粋に楽しんでいる国村には厭味が無い。
仕方ないなと英二は微笑んだ。

「あんまりさ、周太を苛めないでくれよな?」
「苛めたことあったかな?かわいがった事はあるけどさ」

そんなことを言って、からりと国村は笑っている。
その向こうの困った顔が、かわいくて英二は微笑んだ。
あのさと、いつもの素知らぬ顔で国村が言った。

「明後日さ、飲む場所って河辺でいいんだろ」
「おう、18時半で良かった?」
「いいよ。あ、ちょうど初雪が降るかもな」

そう言って立ち上がると、温かく笑んだ細い目で、ちらっと英二を見た。

「今夜もさ、幸せに笑わせてやんなよね」

言ってからりと笑って、マグカップを洗うと国村は寮へと戻っていった。

本当に国村は面白い、そして良い奴だ。
そんな事を思いながら英二は、借りていた本を書棚に戻した。
その傍らで、周太は吉村医師と、和やかに話している。

「俺、この間もココア飲んだんです」
「そうか、温かかっただろう?」
「はい、温かくて、落着けました」

息子を亡くした吉村医師と、父親を亡くした周太。
相対する立場の二人は、同じように、亡くした人への想いの為に道を選んでいる。
そんな二人はきっと、解りあうものがあるのだろう。
楽しそうな二人の様子がうれしい、引き合わせて良かったなと思える。
きれいに微笑んで英二は、周太のコーヒーの最後の一口を啜った。


河辺駅近くのビジネスホテルで、英二はチェックインの手続きをする。
周太は先に済ませていたから、預けていたカードキーだけを受け取った。
田中の葬儀の時にも泊っているから、周太は自分で手続きが出来たらしい。
英二はフロント担当と、明日の確認をした。

「明日の出発は5時前を予定しています、チェックアウト手続きは大丈夫でしょうか」
「かしこまりました、その時刻には待機するように致します。お戻りは、翌金曜の午後でよろしかったですか?」
「はい、16時前位かと思います」

明日は林道や登山道の、状況確認を務めながらの登山になる。
そのため、早朝からの入山予定だった。
当日に新宿からでは、早くても7:30奥多摩到着になる。それで周太は前泊する事になった。
そして雲取山上での一泊後、後泊もここにしてある。同じ場所の方が、荷物預かりに便利だった。

部屋に荷物を置くと、周太が言ってくれた。

「あのさ、夕飯、すぐ食べるよね?」
「うん、俺、腹減ってるんだ」

そう、と呟くと、周太は冷蔵庫から皿を取出した。
その皿には、きれいにカットされた野菜と、コールドミート類が鮮やかに並んでいた。
野菜の端正なカッティングに見覚えがある。嬉しくなって、英二は微笑んだ。

「これ、周太が用意してくれたんだ?」
「ん、そう…でも台所じゃないし、本当に切って並べただけ」

恥ずかしげな困ったような顔で、隣は英二を見あげている。
こういう顔もかわいい、嬉しくて英二は笑いかけた。

「でもすごく、きれいに作ってある」
「…ごめん、包丁も無くて、トラベルナイフで作ったんだ」

周太は料理が上手い。父を亡くし仕事に出た母のために、周太は家事全般を身につけた。
元来が端正な性質だから、料理も掃除もきれいにこなす。
そんな周太はきっと、間に合わせの料理では不本意なのだろう。
それでも英二には、周太の心遣いが嬉しい。うれしくて、英二は笑った。

「充分だよ周太。こういうの俺、すげえ嬉しいんだけど」
「…そう?」

そうだよと頷いて、きれいに笑って英二は言った。

「周太が作ったものがさ、俺、いちばん好きだから。だから嬉しい、ほんとだよ」
「よかった、」

きれいな素直な笑顔が、周太の顔に咲いた。
あ、こういう顔を、自分は見たかったんだな。
そう思ったとき、きれいに笑う隣の唇に、そっと唇を重ねていた。
すぐに静かに離れて、覗きこんだ黒目がちの瞳は、恥ずかしげに幸せに微笑んだ。
うれしくて、英二は笑った。

「俺ね、今、すごい幸せだ」

周太が浴室を使う間、英二はパンのカッティングをした。
いつもの新宿のパン屋で、周太が買ってきてくれた。
袋からクロワッサンを取出して、慣れた手つきで切り込みを入れる。
さくりと音を立てて、香ばしさと一緒に、生地が刃面に分かれていく。
この1ヶ月半で、英二もトラベルナイフに慣れていた。

「山ではさ、必要になるよ」

そんなふうに国村に、これ良いよと言われたものを買い、練習してある。
ナイフ捌きの手本は国村だったから、すぐ上手に使えるようになった。
一袋6個全部を切り終えて、ナイフを拭って片付ける。
終って登山地図を眺めていた英二は、かすかな軋音に振返った。

「お先に、ごめん」

浴室の扉が空いて、湯に上気した頬が現われた。
さっぱりして気持ちいいのだろう、黒目がちの瞳が快活に微笑んでいる。
あわく赤く染まった肌が、白いシャツを透かすようで、きれいだった。

見惚れてしまう。
このまま抱きしめて、ずっと見つめていたい。そんなふうに思ってしまう。
けれど仕度してくれた食事がある、そう思いだして英二は微笑んだ。

「大丈夫だよ。俺、着替えた時に風呂はさ、済ませてあるんだ」
「あ、それなら、よかった」

ほっとして笑ってくれる顔が、素直で明るい。
この隣はまた、きれいになっている。なんだか眩しくて、英二は少し困った。
腹は減っているのに、つい見惚れてしまう。でも、腹は満たさないと、困るだろうに。
皿に盛ったクロワッサンに、気付いて周太が訊いてくれた。

「これ、宮田が切ったのか?」
「そうだけど?」

訊いて、隣は微笑んでくれた。

「きれいに出来てる、料理もやれば出来るんじゃないか」
「周太と暮らし始めたら、やってみる」
「…うれしいけどそういうの恥ずかしいから…」

そんなふうに笑いながら、ソファに並んで座った。
食べている口許を、隣から微笑んで見上げてくれる。
こういう顔もかわいいなと思いながら、英二は微笑んだ。

「うまいよ、周太。ほんと、ありがとうな」
「そう、良かった。うれしいな、」

気恥ずかしそうに、幸せそうに周太が微笑んだ。
好みかなと見つけてきた、オレンジビールは口に合うらしい。
うれしそうに、缶に口を付けてくれている。

「これ、うまいな」

その所為か、その頬があわく赤くなっている。
けれど口調はいつものように、周太は話してくれた。

「昨日は特練の練習の後、俺、実家にすこし帰った」
「お母さんに話せたんだ、あの店のこと」

そうと頷いて、黒目がちの瞳が微笑んだ。

「良かった、って、明るく笑ってくれた」
「そうか、」

あのひとらしい、そんなふうに英二は思った。
きっと彼女なら、解っていただろう。そんなふうにも思う。
隣を見ると、嬉しそうな微笑みのままで、オレンジビールを啜っていた。
その口許の、きれいなほくろが気になってしまう。

この隣はほんとうに、呼吸するごとに、きれいになっていく。
そんなふうに1ヶ月半、ずっと見つめている。

田中の通夜の夜に、この部屋で抱き寄せた。

―約束通り…シャツ着て、会いにきた…だから、…このままどうか浚って…幸せを俺に刻みつけて

そんなふうに告げて、周太は初めて自分から望んで、抱かれてくれた。

卒業式の翌朝も、きれいになったと感じた。
けれどあの通夜の夜から、突然に、きれいになってしまった。
それからずっと、会うたびに、この隣は、きれいになっていく。

見つめるたびに、新ためて恋をする。そんな感覚だろうか?

食事を終えた皿を、洗面台で英二はきれいに洗った。これくらいなら、英二も出来る。
自分がやると周太は言ってくれたけれど、ちょっと譲れないなと英二は笑った。
だってこの皿は、周太の心づくしが載せられていた。だからきちんと全部、英二が受けとめたかった。

皿を片付けて部屋を振り返ると、窓辺に小柄な背中は立っていた。
少し開いた窓から、夜の森の香がそっと、部屋へとけこんでくる。
すこし落としたルームライトの下で、白いシャツ姿が穏やかだった。
見つめる気配に気がついて、黒目がちの瞳が振り向いてくれる。

「月がね、すごくきれいなんだ」

隣に並んで見上げると、半月に近い。
あの卒業式の夜に見たときは、月は満月に似ていた。
静かに英二は訊いた。

「卒業式の時は、いざよいだったな」
「ん、そう。不知夜月はね、一晩中月が出ている」

そんなことを前にも聴いた。あと、と英二は思いだした。

「いざよいは、ためらう、って意味だったな」
「ん、」

あの卒業式の夜、月を見て、ためらっていた。
この隣を抱いて奪ってしまいたい、そんな想いに引き摺られそうで耐えていた。
けれど今はもう、ためらう事なんて無い。

「周太、」
「ん、?」

名前を呼んで、隣が見上げてくれる。
その瞳がいとしくて、唇にそっと唇でふれた。

「…っん、」

よせた唇、かすかな吐息。
小柄な肩を抱き寄せて、細い腰を抱いて、そっと抱き上げる。
前には重たいと感じた体、今はもう、軽々と抱き上げられる。

「…あ、」

白いシーツの上に横たえて、そのまま腕の中に抱き込める。
見つめる瞳が、すこし不思議そうに見上げてくれる。
いとしくて、英二は微笑んだ。

「好きだよ、周太」
「…ん、うれしい…俺も、好きだ」

告げられる言葉が嬉しい。こんなにも素直に、言ってもらえて嬉しい。
本当は明日は朝早くて、だから寝ませてあげたいと思う。
けれどやっぱりもう、どうしても、離せそうにない。
許してほしい、

「大好きだよ、周太。だから今も、抱かせて繋がらせて?」
「…っ」

ほらこんなふうに、顔を赤らめてくれる。
恥ずかしがって困っている、そんな心がにじんだ紅潮は、透明にきれいだった。
あわい紅は、初々しい艶をあざやかにして、なおさらに惹きつけられてしまう。
だからもう今、この腕を止めることなんて、出来ない。

「きれいだ、」

ささやいて、唇をよせる。
喘ぐように唇がふるえる、けれどそれも、心を惹きこんでしまう。
襟元から指をおろして、ひとつずつ外して、肌にふれていった。
一瞬のこわばり、それもすぐとけて、ゆるやかに肢体が添われてくれる。

そっと白いシャツの袖を、ぬいて脱がせた右の腕。
やわらかに白い肌裡に咲いた、赤い痣がある。
いつものようにその赤に、唇をよせて口づけた。

「…っ、ん、」

吐息が自分の髪にふれる。
すこし強く口づけすぎて、歯の跡をつけたかもしれない。
けれどこの赤い色は、自分のものだと言う標。他の誰にもこの隣は、渡さない。
ようやく唇を離した肌は、あざやかな赤い花びらが刻まれたように見えた。
そっと長い指でふれると、赤い色の奥には熱を感じられる。
また痕をつけられた。そんなことでも嬉しくて、英二は微笑んだ。

「きれいだね、周太」

見おろす唇は、もう言葉を奪われている。
見おろす体はもう、あわく赤い透明に、艶やかな肌をさらして魅せる。
見つめてしまう、黒目がちの瞳には、ただ受け入れる純粋な艶が、透明にきれいだ。
きれいで嬉しくて、きれいに笑って英二は訊いた。

「周太、好きにして、いい?」

「…、」

ほら訊いても、もう、言葉なんか言えない。
見おろしながら、首に掛けた鍵を、そっと外してベッドサイドへと置く。
自分の白いシャツに手をかけて、脱ぎ捨てると床へ、さらりとおちた。

「明日が辛くないように、しすぎないから、許してよ」

そんな一方的な約束をして、きれいな頬に頬寄せる。
そのまま艶やかな肌に、静かに肌を重ねて抱きしめた。
一瞬こわばって、少し腕に力をこめると、やわらかく添ってくれる。

「大好きだ、」

肌と肌にうまれる温もりが、いとしい。
よせる唇の熱がいとしくて、涙が零れそうになる。
やわらかな髪に埋める顔を、そっと迎える香が、穏やかで幸せで。

失うことが怖くなる。

だって本当に寸でのところで、失うところだった。
だからこんなふうに、抱きしめられる時を、与えられてしまったら。きっともう、諦めるなんて出来ない。

「俺だけの隣でいて、周太、」

ささやいて口づける。
唇に、うなじに、肩へ胸へ、腕へ腰へ、脚へ、全てへ。
唇をおとしながら少しずつ、洗練された肢体を絡めとっていく。
なめらかな肌いっぱいに、赤い花びらが咲いていく。

肩を抱きよせて、左の肩へと強く、くちづけて深く痕を刻む。
右の腕は会うたびに、左の肩へはこんなふうに肌を重ねるたびに、赤く花のように標を刻んでしまう。
肌と肌のあいだをうずめる、穏やかな温もりと熱が、いとしくて幸せで。
つっ、と涙がひとすじ、白い頬を伝って零れて砕けた。

心から言葉が、あふれるように、英二の口を開かせた。

「お願い、周太、俺だけの隣で、いてよ」

見つめる想いの真中で、黒目がちの瞳が見上げて、吐息をついた。
それから少し見つめて、そうして微笑んだ唇がほころんだ。

「…ん、隣で、いさせて…」

切長い目から、ひとしずく、また零れて砕けていく。

「約束してよ、周太。もう、離れていかないで…俺の隣から出ていかないで、俺を、置いていかないで」

ほんとうは、ずっと、怖かった。
どんなに努力しても、掴もうとしても、叶わないのかもしれない。
そんな不安と闘って、自分の弱さと向き合って、自分は出来ると信じてきた。
ほんとうは、いつだって怖い。それでも手放したくなくて、必死にいつも、もがいている。

「俺にはね、周太、帰る場所はもう、ここしかない…だから周太、いなくならないでよ…俺の隣にいて」

黒目がちの瞳が、水漲って見つめてくれる。
きれいな右腕が、そっと英二の首元へとのべられた。

「…俺の隣で、いいの?」

のべられた右腕の、右掌が白い頬にふれる。
ふれられた頬に、眦から熱が零れておちる。切長い目からまた、透明に一滴、こぼれて砕けた。
きれいな低い声が、微笑むように告げる。

「周太の隣がいい、周太の隣だけに、いたい」

濡れた頬をそっと、すこし小さな右掌が拭う。
それを追うように、左腕ものべられて、左掌がもう片頬にふれる。
頬を包む温もりが、そっと英二の心にふれて、温かい。

「大好きなんだ、周太。息をするたびごとにね、周太のこと好きになってる」

頬にふれる掌が、温かくて嬉しくて、きれいに英二は笑った。

「もうずっと周太だけ、ずっと想い続けていく」

「…うれしい、」

黒目がちの瞳が、きれいに笑って、涙がこぼれて落ちる。
見つめる想いの真中で、静かに唇が微笑んで、言葉が零れおちた。

「こっちに、きて…」

頬をくるんだ掌の、温もりがそっと惹きよせる。
掌の温もりに導かれるままに、唇に、唇を重ねた。
重ねる想いのはざまから、恥かしげでも、迷わない声が告げてくれる。

「くれる初めての、全部が、うれしい…だからお願い、ずっと心ごと繋いで…隣にいて」

ああ、もう、自分は、捕まる。
こんなに想う相手から、こんなふうに告げられて、捕まらないわけがない。
けれどそれは幸せだ、だってずっと自分から、望んで叶えたかったことだった。

「ああ、ずっと隣にいる、繋げて離さない」

きれいな腕が、ぎこちなく英二の頭を抱き寄せてくれる。
ぬくもりは穏やかで、幸せが心にそっと、温かに熱くはいりこむ。
黒目がちの瞳が、きれいな涙と微笑んだ。

「もうずっと本当はね、…好き、」

もうずっと本当は― その想いはもう、とっくに解っていた。
それでもこうして、言葉にして告げて欲しかった。
それでもきっとどうしても、自分の方が深く激しく、想っている。
けれどそれは仕方ない。自分はいつも、あんまり正直すぎるから。なおさら想いは誤魔化せない。
うれしくて、幸せで、きれいに英二は笑った。

「これからもっと、好きにさせるから」

きれいな笑顔が、見つめ合って、ふたつ咲いた。

もう離さない、離れない。



(to be continued)


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