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ダッサム小説の没ネタ

2016-07-18 21:29:29 | その他・お知らせ
「アッサム、あなたの淹れてくれる美味しい紅茶が飲みたいわ」
 午後3時。紅茶の園でお茶会をするからと、呼び出されていた。先に部屋に入ってお姉さま方を待っていると、アールグレイ様は重苦しい扉を開けて早々、挨拶抜きにリクエストをされる。
「それがいいわね。ダージリンが淹れるものよりもおいしいわ」
「あら、バニラが淹れるよりはダージリンの方がいいわよ」
 隊長の後を、バニラ様とオレンジペコ様が付いてきて、お3人方は綺麗にテーブルクロスを敷いて、お茶会の準備の整ったお席に腰を下ろした。家政科から差し入れられたお菓子と、アッサムが丁寧に紅茶を注いだティーカップをお姉さま方の前に並べて、ダージリンも定位置の席に腰を下ろす。

「みんな、今日の訓練お疲れ様。それではいただきましょう」

 夏の大会が終わり、お姉さま方は第一線を退かれたが、ダージリンが乗り始めたばかりのチャーチルの中で指導をしてくださったり、こうしてお茶会を開いて隊長としての心得などを教えてくださったり、変わらず傍にいてくださっている。まだまだ未熟なダージリンにとって、アールグレイ様は目指すべき道を照らしてくださる光のような存在。追い求めるのではなく、自らが光り輝けと指導してくださる毎日。その光はとても眩しい。

「アッサム、今日は何を淹れたの?」
「アッサムティーを」
 たっぷりのミルクが注がれた紅茶。
ダージリンは一口飲む前に、深く息を吸って香りや色を楽しもうとしたけれど、何かいつもと違う。何となくそんな気がした。隣のアールグレイお姉さまは、アッサムに確認を取ってから、口の中に一口入れる。
「そう」
 呟かれたアールグレイ様と目が合って、ダージリンは少し首をかしげて見せた。手にしたままのティーカップ。視線を逸らして一口飲むと、ミルクの味が広がった。いつも必ず舌に纏わるような、独特の苦みがない。蒸らす時間が足らなかったのか、茶葉の量を間違えたのか。隣に座るアッサムは、何食わぬ顔で紅茶を飲んでいる。味に敏感な彼女はいつもと変わらぬ表情。もしかしたら、ダージリンの舌が何かおかしいのだろうか。もう一度アールグレイ様と視線を合わせてみようと思ったが、ミルクの味しかしないはずの紅茶を味わうように、落ち着いた表情で飲んでおられた。


 気のせい、なのだろうか。


「ん?……あら?アッサム、ずいぶんと薄味だわ」
 オレンジペコ様が2口3口と紅茶を飲まれて、明らかに眉をひそめてアッサムに訴えた。
「はい?」
キョトンとした綺麗な瞳がオレンジペコ様を見つめたあと、その手にあるティーカップ
へ視線が落ちる。確認するように一口飲んだアッサムの喉が鳴る音。一瞬の静寂。固唾を飲むように見守られているアッサムは、眉間にしわを寄せて、オレンジペコ様を不思議そうに見つめ返した。
「……美味しいと思いますわ」
「え?」
「え?私も薄いって思ったわよ?」
 すかさずバニラ様が突っ込みを入れるので、思わずダージリンもうなずいてしまう。自分だけの気のせいではない、と言う証拠が揃ったのだ。お姉さま方にこんな薄いものを飲ませるわけにはいかないから、ちゃんと淹れなおした方が良い。

「アッサム」
「はい、お姉さま」

 熱くて薄い紅茶を半分ほど飲んだアールグレイお姉さまは、そっと立ち上がってアッサムの座るすぐ傍で、腰をかがめて顔を覗き込んだ。怒られてしまうのかしらと一瞬、クラスメイトとして、どういう対応をすればいいのか悩むわずかな秒数。
「訓練中も、ちょっとおかしいって思っていたの」
「えっと……お姉さま?」
「あなた、具合が悪いのを我慢しているんじゃない?」
 確信を持った言葉と共に、その右の手のひらがアッサムの額に触れる。


何を悩んでいたのかわからなくなった数秒間、その展開をまったく想像すらしなかったダージリンは、ティーカップを手に持ったまま、固まった。

「大丈夫、ですわ」
「いいのよ。気が付いてあげられなかった私のせいね。行きましょう、寮まで送るわ」
「あの、ですが……」
 さっきまで、いつもと変わらないはずのアッサムだった。朝の挨拶から、つい数十秒前まで、アッサムはダージリンの知るアッサムだった、“はず”だ。
「いいの。我慢したまま、いきなり倒れる方が周りは大変よ。聞き分けなさい」
「…………ですが」
 普段通りだったはずのアッサムは、良く見れば縋るようにアールグレイ様を見上げている、そのまつ毛は震えている。瞳の色は明らかにさっきまでとは違う。隠そうとしていたものが見抜かれた瞬間に変わった瞳の色。そこに感じる、絶対的な信頼感。


気が付いてあげられなかった。
 何も、何一つ、アッサムの様子がおかしいなんて思わなかった。
 同じチャーチルに乗って訓練をして、同じ教室で授業を受けて、隣で朝食もランチも取っていたと言うのに。

 ちらりと、アッサムがダージリンを見つめてくる。何か声を掛けなければ、と思っても言葉が見つからない。気が付いてあげられなくてごめんなさい、と、口にしようとしても、アールグレイ様が同じ言葉を使われた後。昨日も今日も、一日の多くを誰よりも傍で過ごしたのは、ダージリンのはずだ。どう、謝ればいいのだろう。いや、あるいは体調不良を訴えることができない相手だと、そう思われているのかも知れない。何も言えなくて、そっと視線を逸らした。

「ほら、立って」
 腕を取られて、優しく、それでも力強く引っ張るようアッサムを立たせたアールグレイ様。送ってくる、と一言告げられて、オレンジペコ様にひらひらと手を振ると、アッサムの肩を抱いてお部屋を出ていかれてしまった。




「………どうして気が付かないの、ダージリン」
 バニラ様はティポッドの蓋を開けて覗き込むと、ため息をその中に追加させた。明らかに茶葉の量が少ないようだ。ダージリンはそのティポッドを受け取り、新しく紅茶を淹れなおした。さっき計量していたアッサムの後姿。思い出しても、いつもと何も変わらない印象しか持たなかった。
「申し訳ございません」
「朝も昼も一緒に食事を取っていたのでしょう?」
「はい」
「アールグレイは訓練中から、様子がおかしいとわかっていたみたいよ」
「気が付きませんでした」
「しかも、同じ車両内にいるにもかかわらす」
「はい」
 熱いお湯を注ぎ、砂時計をひっくり返した後、ダージリンはバニラ様に頭を下げた。何も言い返せなかった。その通りとしか言えないのだ。
「言わないアッサムが悪いって思っているの?」
 オレンジペコ様は、残っておられる薄い紅茶を飲み干して、空いたカップにご自分でミルクを注がれている。砂が完全に落ち切った紅茶をその上にゆっくりと注ぐと、綺麗なミルクティの色が広がった。本当は、これくらい香りが漂うはずだったのだ。
「いえ。言えない関係を作っている私に問題があります」
「まったくもって、その通りよ。あなたが悪いわ、ダージリン」
「はい」
 香りを楽しみながら、オレンジペコ様は熱い紅茶を一口飲む。舌に広がる苦味を想像しながら、ダージリンはバニラ様のティーカップに紅茶を注いだ。自分のティーカップにはまだ、ミルクの味しかないものが残っている。それを飲み干す方が先だ。アッサムの体調が良くないと言うサイン。アッサムは普通に味の変化に気づくことなく飲んでいた。
「アールグレイは、ダージリンが対処するのを少し見守るって言っていたけれど、我慢ならなかったみたいね。ほら、アッサムのことを可愛がっているから」
「……具合が悪いのに、見ていたんですの?」
「隊長はあなたでしょう、ダージリン。そこであなたがムッとするのはお門違いよ」
 オレンジペコ様、バニラ様。真っ直ぐに見つめられてふて腐れたい感情は、小さく折りたたまれてしっかりと折り目も付けて心の隅にしまい込んだ。何をどういわれても、チャーチルの車長でもあり隊長であるダージリンが、隊員の体調不良を見逃した事実を変えることができない。
 誰よりも傍にいるはずの、アッサムのことなのに。




ここまで書いて、あ、バニラのキャラもアールグレイも何か違う。って思いましたので、没。

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