集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

「岩国の隠れた?忘れられた名将」と黒獅子旗(その5)

2018-01-13 10:20:53 | 周防野球列伝
 8月1日の開幕に向け、岡村さんら永幸からの補強選手が専売に合流したのは「7月の半ばを過ぎた暑い日の朝」であったと「青春」にはあります。
「私たちはシメナワにつれられて、千葉街道の稲毛にある『専売公社千葉』のグラウンドにいった。特別な儀式もあいさつもなく、練習がはじまった。」(「青春」より)
 当初は補強選手の気安さから?、中途の段階までは「私はまだお客さんの気分だった」「だからのん気に評論家のような気分でチームを見ていた(「青春」より)」岡村さんですが、専売の正捕手から、驚くようなことを告げられます。
 専売の正捕手は、岡村さん(当時20歳)からひと世代離れた、大連中学出身のベテラン捕手でした。

 確かに岡村さんも不思議に感じていました。
 全体練習は日に日に厳しくなり、当初は柔和だった宮武三郎監督の顔が徐々に険しくなっていく。おなじ永幸から参加した坂本、松本両選手も専売の選手同様、容赦なく叱責される。そんな中、宮武監督はなぜか岡村さんだけには「ヘーイ、ミスターハチロオオオ」と、いつもふざけた顔で近寄ってくる。なぜ?
 この問いに、専売の正捕手はこう答えます。
「監督さんは、お前を使うつもりなんだ」
「だから、お前の一番の武器の、ものおじしない不敵なところを、潰したくないんだろう。」(ともに「青春」より)。

 さすがの岡村さんも、さすがにこの一言は大いにプレッシャーを感じたようです。
 大会を控えて選手は総員合宿となります。岡村さんはその他大勢の部屋で雑魚寝ではなく、専売のエース小宮圭三郎と同室の二人部屋をあてがわれるという最高の待遇…なのに岡村さんは「専売の守備の要を任される」というプレッシャーにむしばまれ、「私は寝つきが悪くなった。食欲もなくなった。」「打撃の調子も悪くなった。初日に宮武監督をよろこばせた打球はどこかに行ってしまった」(「青春」より)と、コンディション最悪のまま、抽選会の日を迎えます。
 抽選の結果、専売は3日目の第3試合となりました。相手は吉原市(現・静岡県富士市)代表・大昭和製紙。
 吉江英四郎投手、海部和夫内野手、石井藤吉郎・荒川宗一外野手といった早大OBで固めた大昭和製紙は、この前々年の昭和28年に行われた第24回都市対抗を制した強力チーム。早大閥以外にも若きエース黒柳巽、プロ野球・東急フライヤーズから転向の強打者・北川桂一郎といった強力選手を擁し、「山静の暴れん坊」と恐れられ、この大会も大阪市(全鐘紡)、八幡市(八幡製鉄)、横浜市(日本石油)などと並び、優勝候補の一角と目されていました。

 いきなり大昭和との対戦!「この報せは、ほかの選手たちも落胆させた。優勝候補を喰ってやろう、ヒトアワ喰わすか、というほどのチームではないことを、誰もが知っていたからである(「青春」より)。」
 ところが宮武三郎監督はひとり「人気チームが相手だ。おまけにナイターだ。後楽園は満員になる」と喜んでいたそうです。さすが大物…!
 第26回都市対抗野球の開催は、翌日に迫っていました。

【参考文献】
・「青春・神宮くずれ異聞 宮武三郎と助っ人のわたし」 大島遼(岡村寿)著 防長新聞社
・「都市対抗野球60年史」 日本野球連盟 毎日新聞社

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