社会・会社での流行りものに対し、流行に疎い兵隊がイチャモンをつけるという企画。第1回目は「コンプライアンス(法令順守)」についてです。
スマホの発達に伴い、いまや素人さんがどこでも映像や音声を記録でき、「一億総監視社会」になっている昨今、コンプライアンスを踏み外した行為をすれば、スマホにより即座に証拠化され、さらし者にされます。
そうなれば社会や組織に大きなダメージが来て、社会的な信用が台無しになりますし、それよりなにより、複数以上の人間が面突き合わせていくうえで、自分勝手な動きを防ぎ、円滑な業務・人間関係を構築する上で、コンプライアンスというのは重要である…この辺の理屈は私でもわかります。
ただ、各会社や組織において、その「コンプライアンス」なるものが仕事の活力を生み出したとか、高いレベルでの綱紀の粛正を生み出したとか、高い業務成績を生み出した、なんて話は一切聞きません。これはうちの会社でもそうですし、その他の会社でもそうだと思うのですが…
コンプライアンスというものが会社や組織において、健全な活力や綱紀粛正になかなか効果を発揮しない(あるいはうわべだけ、発揮しているように見せかける)理由ですが、私がうちの会社を定点観察し続けて出した結論としては「コンプライアンスを守らせる人間の精神・頭脳のレベルが極めて低劣」ということに集約されると思います。
何事にもよらず、物事を完遂する上で、やらされる方の辛苦は半端ないものがあります。そしてやらされる方は、その労苦から逃げることはできません。ひとこと「強制」といっていい。
問題なのは、これを命じ、やらせる方の人間が「手下にやらせるミッション」に対し、当事者意識と高い責任意識を持って見守ることができるかできないか、という点になります。
高い当事者意識を持つ人間は、物事を完遂させるため、手下を使う労苦と責任から逃げない。当然共用しあう。しかし、無責任でバカな奴は、その責務をへ弊履の如く打ち捨て、自らは決して傷つくことのない高みから「ヤレ!ヤレ!」とだけ言う。
こうしたヤツは「クソ管理職」のレッテルを貼られても文句をいうべきではないでしょうが…現実にはこんな上長のほうが多いのが実態です。
手下にはアレを守れ、これを守れ、何かが起きれば再発防止策を出せとイキりつつ、田舎の中学校の校則も真っ青、社会人に成文化して守らせることが恥ずかしいような内規を頑迷に押し付ける。そのくせ自分はそれらを守る気もなく、何かがあれば「オレの仕事はコンプライアンスを手下に守らせることだ」などと開き直る。
これはあくまで余談であり、世代で人をくくってはいけないのですが、現在管理職を務めている人間はかつて「新人類」などと呼ばれ、バブルの恩恵を全身に受けた無責任世代です。そんな奴らが「コンプライアンス」…笑わせてくれます。だいいち、この程度の倫理観しか持たない野郎の下で、法令順守なんかできるでしょうか??????バカバカしくて無理ですね(-_-;)。
もっと面白いのが、そうした無責任上長の腰ぎんちゃくとなって、私たち兵隊に「コンプラ研修」と称し、偉そうに研修資料のペーパーを読んでいるザコ野郎です。金魚グソ人間はいつの時代も見苦しく生息していますが、本当に噴飯の念を禁じ得ません( ´艸`)。
逆説的にいえば、コンプライアンスを守らせるのはとても簡単です。上長が手下に対し、自分の行動で「正義」「誠意」「責任」「高い倫理観」を見せることです。それができないヤツが人の上に立つ地位を目指してはいけないし、人の上に立ってもいけない。しかし、残念ながら今も昔も、自己制御への倫理観の低い受験秀才が、自分ができもしない「コンプライアンス」を振り回し、手下に押し付けている…これが実態なのではないでしょうか。少なくともうちの会社は、間違いなくそうした状態にあります。
今一つ、「コンプライアンスバカ」を生み出す土壌についてお話ししますと「命をかけて体得する技術が尊ばれる職場には少なく、そうでない職場には多く跋扈する」という点です。
消防、自衛隊、警察などは何にせよ「体と命を張った技術」がウリであり、どんなゴマスリ野郎でも、この大原則を崩すことはできません。私も仕事柄、自衛隊や警察の優れた方とお会いする機会がありましたが、辺りの人を払うような殺気と雰囲気があり、積んできた修練の数々が語らずともわかるような雰囲気がありました。こういう方なら、つまらない「コンプライアンス」を喧しく唱えずとも、手下が勝手に守ってくれるでしょう。
ただうちの会社は、そうした「命を懸けて体得する技術」が常にごみのように粗略に扱われ、その技術者は隠れキリシタンのように弾圧されるというなんとも腐った会社風土があります。こんな土壌から「背中で語る上司」は、絶対に出ることはないでしょう。
コンプライアンス。なんとも罪深い言葉に思えてなりません。
スマホの発達に伴い、いまや素人さんがどこでも映像や音声を記録でき、「一億総監視社会」になっている昨今、コンプライアンスを踏み外した行為をすれば、スマホにより即座に証拠化され、さらし者にされます。
そうなれば社会や組織に大きなダメージが来て、社会的な信用が台無しになりますし、それよりなにより、複数以上の人間が面突き合わせていくうえで、自分勝手な動きを防ぎ、円滑な業務・人間関係を構築する上で、コンプライアンスというのは重要である…この辺の理屈は私でもわかります。
ただ、各会社や組織において、その「コンプライアンス」なるものが仕事の活力を生み出したとか、高いレベルでの綱紀の粛正を生み出したとか、高い業務成績を生み出した、なんて話は一切聞きません。これはうちの会社でもそうですし、その他の会社でもそうだと思うのですが…
コンプライアンスというものが会社や組織において、健全な活力や綱紀粛正になかなか効果を発揮しない(あるいはうわべだけ、発揮しているように見せかける)理由ですが、私がうちの会社を定点観察し続けて出した結論としては「コンプライアンスを守らせる人間の精神・頭脳のレベルが極めて低劣」ということに集約されると思います。
何事にもよらず、物事を完遂する上で、やらされる方の辛苦は半端ないものがあります。そしてやらされる方は、その労苦から逃げることはできません。ひとこと「強制」といっていい。
問題なのは、これを命じ、やらせる方の人間が「手下にやらせるミッション」に対し、当事者意識と高い責任意識を持って見守ることができるかできないか、という点になります。
高い当事者意識を持つ人間は、物事を完遂させるため、手下を使う労苦と責任から逃げない。当然共用しあう。しかし、無責任でバカな奴は、その責務をへ弊履の如く打ち捨て、自らは決して傷つくことのない高みから「ヤレ!ヤレ!」とだけ言う。
こうしたヤツは「クソ管理職」のレッテルを貼られても文句をいうべきではないでしょうが…現実にはこんな上長のほうが多いのが実態です。
手下にはアレを守れ、これを守れ、何かが起きれば再発防止策を出せとイキりつつ、田舎の中学校の校則も真っ青、社会人に成文化して守らせることが恥ずかしいような内規を頑迷に押し付ける。そのくせ自分はそれらを守る気もなく、何かがあれば「オレの仕事はコンプライアンスを手下に守らせることだ」などと開き直る。
これはあくまで余談であり、世代で人をくくってはいけないのですが、現在管理職を務めている人間はかつて「新人類」などと呼ばれ、バブルの恩恵を全身に受けた無責任世代です。そんな奴らが「コンプライアンス」…笑わせてくれます。だいいち、この程度の倫理観しか持たない野郎の下で、法令順守なんかできるでしょうか??????バカバカしくて無理ですね(-_-;)。
もっと面白いのが、そうした無責任上長の腰ぎんちゃくとなって、私たち兵隊に「コンプラ研修」と称し、偉そうに研修資料のペーパーを読んでいるザコ野郎です。金魚グソ人間はいつの時代も見苦しく生息していますが、本当に噴飯の念を禁じ得ません( ´艸`)。
逆説的にいえば、コンプライアンスを守らせるのはとても簡単です。上長が手下に対し、自分の行動で「正義」「誠意」「責任」「高い倫理観」を見せることです。それができないヤツが人の上に立つ地位を目指してはいけないし、人の上に立ってもいけない。しかし、残念ながら今も昔も、自己制御への倫理観の低い受験秀才が、自分ができもしない「コンプライアンス」を振り回し、手下に押し付けている…これが実態なのではないでしょうか。少なくともうちの会社は、間違いなくそうした状態にあります。
今一つ、「コンプライアンスバカ」を生み出す土壌についてお話ししますと「命をかけて体得する技術が尊ばれる職場には少なく、そうでない職場には多く跋扈する」という点です。
消防、自衛隊、警察などは何にせよ「体と命を張った技術」がウリであり、どんなゴマスリ野郎でも、この大原則を崩すことはできません。私も仕事柄、自衛隊や警察の優れた方とお会いする機会がありましたが、辺りの人を払うような殺気と雰囲気があり、積んできた修練の数々が語らずともわかるような雰囲気がありました。こういう方なら、つまらない「コンプライアンス」を喧しく唱えずとも、手下が勝手に守ってくれるでしょう。
ただうちの会社は、そうした「命を懸けて体得する技術」が常にごみのように粗略に扱われ、その技術者は隠れキリシタンのように弾圧されるというなんとも腐った会社風土があります。こんな土壌から「背中で語る上司」は、絶対に出ることはないでしょう。
コンプライアンス。なんとも罪深い言葉に思えてなりません。
えーと、本件に関してはワタクシの上をある意味「通り過ぎた問題」であり(当事者のままであったら、もっと支離滅裂なことを書いていたかもしれません(~_~;))、ある種のよくない悟りを開いた後でございます。今は老骨武道オヤジさまのアドバイスと同じ悟りを開き、なんとなく平穏に生きておりますので、ご心配なきようお願いいたします。
以後、社会や会社の理不尽で「これはバカバカしい」と思うことについて、一般的に見れば激越な表現?で記載することがあると思いますが、弊ブログに文章でまとめ、人様の目に触れる形で記載できるということはある意味、自分の中で通過・咀嚼できた出来事と感じて頂けますれば幸甚に存じますm(__)m
この度はご心配をかけすみませんでした。以後も弊ブログをよろしくお願いいたしますm(__)m