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私的コラム&雑記(&メモ)

WiiM Amp (3)

2024-11-09 | オーディオ

その(1) その(2) から続く

 前回の記事までは欧州の自宅で行っていたが、10月中旬~の日程で日本の実家に帰省した際に、リビングルームにWiiM Ampをセットアップしたので記録しておきたい。

スピーカー:Tannoy Mercury F2 vs Bowers&Wilkins DM601S3

 前回の記事までの予定ではWiiM AmpにTannoy Mercury F2(2004)を組み合わせる予定だったのだが、実際にセットアップしたところBowers&Wilkins DM601S3(2002)の方が音が良かったことからそちらを選択した。
 いずれも20年ほど前の骨董品モノのスピーカーであるが、筆者が日本でサラリーマンしていた時代の2007~2008年頃に生産中止→セールで購入→使用していたもので、筆者が渡欧してからは実家に放置されていた。今回、それら死蔵されていたスピーカーを復活させたわけである。


B&W DM601S3Tannoy F2
Tweeter25mm Metal dome25mm Soft dome
Mid/Woofer165mm Kevlar cone165mm Paper cone
Crossover4.0 kHz2.7 kHz
Freq Response (±3dB)60 Hz - 22 kHz48 Hz - 20 kHz
Impedance
Sensitivity88 dB88 dB
Price (when introduced)JP¥ 56,000JP¥ 42,000

 Tannoy Mercury F2とB&W DM601S3は一見すると両者は外観もスペックもよく似ているが、似て非なるスピーカーだと思う。
 似ている点といえば、例えば両者とも25mm径のトゥイーターと165mm径のミッドレンジ/ウーファーを組み合わせた2-way構成のスピーカーで、ブックシェルフ型としてはやや大型の部類に入る。これは、いずれも同じドライバーユニットを採用したフロアスタンディング型モデルをダウンサイジングしたブックシェルフ型モデルだからである。

 しかし、よく見るとTannoy Mercury F2とB&W DM601S3には決定的な違いがある。両者を決定的に特徴づけているのがミッドレンジ/ウーファーの位置づけで、この違いが周波数応答に表れている。
 Tannoy Mercury Fシリーズでは上位のフロアスタンディング型モデルでも全く同じドライバーユニットを2-Wayで構成しており、F2・F3では25mm径のトゥイーターと165mm径のミッド/ウーファーが各1ユニット、F4では25mm径のトゥイーター1ユニットと165mm径のミッド/ウーファーが2ユニットとなっている。言い換えれば、Tannoy Mercury Fシリーズのドライバーユニットは2-way構成のみを想定しており、25mmトゥイーターと165mm径のミッド/ウーファーだけで35 Hz~20 kHzという広い音域をカバーできる。

Tannoy MercuryF4F3F2
Frequency Response (±3dB)35 Hz - 20 kHz48 Hz - 20 kHz
Tweeter1x 25mm soft dome
(2.7/2.8 kHz - 20 kHz)
Crossover2.7 kHz2.8 kHz
Mid-range/Woofer2x 165mm
(35 Hz - 2.7 kHz)
1x 165mm fiber-paper cone
(35 Hz - 2.7 kHz / 48 Hz - 2.8 kHz)

 B&W DM600S3シリーズでは、DM601S3の上位のフロアスタンディング型モデルDM602.5S3こそ同じドライバーユニットを2-way構成で使用するものの、さらに上位のDM603S3やDM604S3ではウーファーユニットが追加される3-way構成となっている。言い換えればDM600S3シリーズでは165mmミッドレンジではせいぜい50 Hz~までで、それ以下の低音域は専用のウーファーを組み合わせる想定となっている(35 Hz~といった低音域を2-way構成で再生することは期待できそうにない)。

B&W DM600S3DM603S3DM602.5S3DM601S3
Frequency Response (±3 dB)44 Hz - 22 kHz50 Hz - 22 kHz60 Hz - 22 kHz
Tweeter1x 25mm Metal dome
(4.0 kHz - 22 kHz)
Crossover4.0 kHz
Mid-range1x 165mm
(150 Hz - 4.0 kHz)
1x 165mm kevlar cone
(50/60 Hz - 4.0 kHz)
Crossover150 Hz-
Woofer2x 165mm
(44 Hz - 150 Hz)
-

 このようにスペック表を見ていくと、Tannoy Mercury F2の方が低音~高音までカバーできそうに思えるが、WiiM Ampとの組み合わせではB&W DM601S3の方が良好な音質を得られた。より具体的にはオーケストラ作品などの楽曲を再生すると音の数が多く鮮明に感じられ、再生される楽器の音も本物の楽器の音に近く感じられた。

 B&W DM601S3の方が優れている点は幾つか考えられる。
 そもそもB&W DM601S3(発売当時56,000円)はTannoy Mercury F2(発売当時42,000円)よりもワンランク上の製品なので、音質で上回ること自体は驚くことではない。
 また、ソフトドーム・ファイバーコーンと樹脂製のダイヤフラムのドライバーユニットを使うTannoy Mercury F2と、メタルドーム・ケブラーコーンと金属・布製のダイヤフラムのドライバーユニットを使うB&W DM601S3とでは、約20年間(!)の歳月による劣化の程度に違いが出た可能性もある。
 逆に、B&W DM601S3の方が低音域が再生できないという欠点も、人間の耳が敏感なのはせいぜい100 Hz~だから、再生できる低音域が35Hz~か50Hz~かといった程度の違いは優劣に大きな影響を与えない可能性もある。

室内音響補正

 前回の記事でも取り上げた通り、MiniDSP UMIK-1測定用マイクロフォン・Room EQ Wizard(REW)・WiiM Home搭載のParametric EQを組み合わせて室内音響補正を行った。

 室内音響補正を行う前に調べたのが以下のスペックである。


B&W DM601S3B&W DM602.5S3Tannoy F2Tannoy F3
TypeBookshelf
Floor StandingBookshelfFloor Standing
Freq Response (±3dB)60Hz-22kHz
50Hz-30kHz (-6dB)
50Hz-22kHz48 Hz-20kHz35Hz-20kHz
Tweeter25mm Metal dome25mm Soft dome
Crossover4.0 kHz2.7 kHz2.8 kHz
Mid/Woofer165mm Kevlar cone165mm Paper cone
Impedance
Sensitivity88 dB90 dB88 dB85 dB

 スペックにおける周波数応答とは±3 dBといった歪みなく発音できる周波数の範囲なので周波数応答の範囲外が発音できないという意味ではない。同じドライバーユニットを使った上位機種の周波数応答を見ると、ミッドレンジ/ウーファーはDM600S3で~50Hz・Mercury Fで~35Hzまで再生できており、PEQで補正すればそれなりに低音を補強できそうに見える。実際、DM601S3の周波数応答は±6 dBの条件であれば50Hz-30kHzまで広がり、特に低音域(~50Hz)はDM602.5S3の周波数応答(±3 dB)に匹敵する。

以下が測定して得られた波形である(例:左側のみ)。60 Hzどころか100 Hzあたりから落ち込んでしまっているが、せいぜい10 dBほどなので補正可能と思われる。

 スピーカーのスペックを踏まえ、Room EQ Wizardの設定としては、LF Cutoffを50 Hz・LF Slopeを24 dB/octに設定した。また、ターゲットカーヴもFlatでは低音域の量感が不足してしまったためHarman Curveを選択した(そもそも人間の耳は20~100 Hzあたりの音質には鈍感なので、誤魔化し可能という判断。これはHarman Curveの本来の趣旨とは異なる使い方)。

以下が上述の方針で補正したシミュレーション結果である(例:左側のみ)。


WiiM Amp (2)

2024-09-14 | オーディオ

その(1) その(2) その(3)

WiiM Amp ファースト インプレッション

 Amazon.deからWiiM Ampが届いたため、とりあえず自宅のPolk Audio R700と繋いで使ってみた。

 WiiM Ampの外装はアルミニウムで安っぽくなく好印象である。入力インターフェースはRCAアナログ・HDMI ARC・S/PDIF(光)・USB Type-B・Ethernetが各1系統、あとはWi-Fi・Bluetoothのみ、出力はスピーカー出力のみとシンプルである。

 操作は基本的にすべてスマートフォン/タブレットのWiiM Homeで行うのが想定だと思う。付属するリモコンには液晶ディスプレイなどがあるわけでもないため現在の状態が分かり難い。あくまでも「楽曲を再生中」といったような現状が分かっていて、停止/スキップ等の操作をするためのものだと思う。

 ストリーミング再生する場合は入力をEthernetに切り替えてSpotify / Amazon Music等から選択・USB接続の外部ストレージから再生する場合は入力をUSBに切り替えて楽曲を選択することになる。いずれの場合も選択肢は膨大だろうから、CDやカセットと違いシーケンシャルに操作(メディアを入れる→再生ボタンを押す、早送りボタン/巻戻しボタンを押す、など)できないので、アルバムのアートワークなどを見ながらスマートフォン/タブレットで操作するのが直感的で簡単だろうと思う。

 USBメディアについてだが、WiiM AmpのUSBポートのバスパワーは最大5V / 650mAとのことである。USB2.0までは最大5V / 500mAだからUSB2.0でバスパワー駆動のデバイスならそのまま動作するはずであるが、USB3.0のバスパワーは最大5V / 900mAだからUSB3.0でバスパワーで駆動するデバイスでも電源不足になる可能性がある。
  筆者はSamsung T7 SSD 1TBを試用してみたが問題なく動作した。音楽CD1枚(16-bit / 44.1kHz、約60分)がFLACで約250MBと仮定すると約4000枚分を保存できる計算でオーバースペック気味である。仮にUSBメモリースティックだと256GB(音楽CD約1000枚分・24-bit / 96kHz HD音源 約250枚分)あたりが妥当ではないかと思う。

室内音響補正(予行練習)

 実家に導入する前に、自宅でセットアップを試行してみることとする。この場合、スピーカーも設置場所も室内音響も異なるので音響補正結果はまったく役に立たないが、手順の確認・機材の確認・予行練習できる。


筆者自宅両親宅
Integrated AmplifierWiiM Amp
SpeakersPolk Audio Reserve R700Tannoy Mercury F2 or F3
StorageSamsung T7 SSD
MicrophoneMiniDSP UMIK-1
MesurementRoom EQ Wizard / WiiM Home

 WiiM Homeに搭載の室内音響補正機能は現時点では「なんちゃって」レベルなので、今回はRoom EQ Wizard(REW)で測定・解析しParametric Equalizerの補正値を生成し、その補正値をWiiM HomeのParametric EQに入力することで室内音響補正を行うことになる
 前回、筆者自宅のオーディオ=通称SchilthornシステムではDirac Liveで室内音響補正を行ったが、REWは操作の多くがマニュアル操作となるため操作に慣れておきたいところである。

 Dirac LiveとRoom EQ Wizardの音響補正の違いを説明すると
 Dirac Liveでは、まず測定前に測定範囲を指定し、ワイドエリアの場合で計17箇所で測定した結果を基に計算する。測定結果はクラウドでシミュレーションされ、補正結果をマニュアル操作で好みに調整し、保存・反映させる。
 他方、Room EQ Wizard・WiiM Homeの測定は基本的に1箇所のみで、1回または左右で分けて測ることができる。

 ちなみに、筆者宅のオーディオ=Schilthornシステムで使用しているMiniDSP Flexに搭載のAnalog Devices SHARC ADSP-21489(2.7 GFLOPS @ 450MHz)でDirac Liveのフィルターを実行しているが、WiiM Pro / WiiM Pro Plus / WiiM Ampは、LinkPlay A98モジュールに搭載されているAmlogic A113X内蔵のDSPで処理することになる。
 Amlogic A113XはAmazon Alexa対応スマートスピーカー用のアプリケーションプロセッサーで、ボイスコマンドを処理するためにTensilica HiFi 4 DSPが搭載されている。 Amlogic A113Xの公式ページを見てもDSP性能に関する情報は無いが、HiFi 4 DSP自体は300 MHzで2.4 GMACS(固定小数点か浮動小数点かはオプション)なので同等の演算性能はあるのではと思われる。

Room EQ Wizard(REW)による測定・補正

 REWを最適な方法で使用する場合、PCとUSB接続されたオーディオ機器をUSB接続された測定用マイクでの計測が理想で、それ以外の場合は色々と面倒になる。例えばマイクがアナログ接続の場合はキャリブレーションする必要があるし、接続にアナログ接続が含まれる場合はインターフェースの特性も考慮に入れる必要が出てくる。
 WiiM AmpはUSB Type-BインターフェースしかなくPCとUSBで直接接続できない。このため、S/PDIF(光)接続かHDMI ARC接続で接続することになるが、どちらもPCで一般的なインターフェースとは言い難い。理屈の上ではアナログ接続・Bluetooth接続も可能だが音響的にフラットでないため測定に適さない。そこでUSB接続でSPDIF出力対応のDigital-to-Digital Converter(DDC)が必要になる。

 とりあえず接続できれば良いのであればBehringer UCA202/UCA222(3000円ぐらい)の入手性が高い。Audio Science Reviewのレビューを見る限り造りは悪そうであるが単にDDCとして使うのであればPCM 16-bit / 44.1/48 kHz出力が可能なので測定する分には最低限のスペックを満たしている。その他に比較的入手し易そうなオーディオインターフェースとしてはESI U24 XLがある。
 筆者は豊富なデジタルインターフェースのあるDDCが欲しかったためDuok Audio U2 Proを入手した。ちなみにDuok Audio U2 ProはLeaf Audio CMD-17のOEM製品である。

 PCとWiiM AmpをDDC経由・S/PDIF(光)で接続して測定することになるが、ここで昨今で特有の問題がある。
 筆者は最近ASUSTeK製PCを入手して試用中だが、ASUS製MyASUSユーティリティー・Windows 11のSound > Enhance機能・Realtekドライバー付属ユーティリティーの自称「音質向上」機能でオーディオ入出力が勝手に改変されてしまい、測定がうまくいかない。
 特にMyASUSとRealtekユーティリティーはAIベースのノイズ除去機能で非常に相性が悪い。そもそも音響測定はピンクノイズやホワイトノイズを使用するためノイズは除去されてしまう。また、10 kHz~20 kHzは電気的にノイズが乗り易い一方で人間の声(約100~1000 Hz)からかけ離れているため、COVID-19以降で一般的なリモート会議用の設定ではノイズと見做され除去されてしまう。
 筆者の場合は、測定→異常なグラフを目撃→原因らしき機能を無効化、という操作を3回以上繰り返してようやく正常なグラフにすることができた。ただし、1度無効化しても、デバイスを抜き差しした場合などに有効化されてしまう場合がある。こういった元データを改変してしまう「お節介な機能」は標準で無効化されているべきだと思う。

以下はMyASUSの設定項目である。

 ここまでやって、ようやく本題の音響測定・補正に辿り着くわけだが、REWの使い方はネットを探せば手順を説明したページが大量に見つかるため割愛する。

補正前

補正後。まだまだ補正し足りないが、ワークフローの確認・様々な制約が確認できたので今回はここまでとする。

REWからWiiM HomeにParametric Equalizerの値を設定する上で以下の制約がある。

  • Parametric Equalizerの設定値が10バンドしかない
  • 設定値のうちGain値が-12.0 - 12.0 dBの範囲で、これはREWの出力の範囲と異なる
  • 設定値のうちQ値が0.1 - 24.0の範囲で、これはREWの出力の範囲と異なる

 実際に測定・補正してみて思ったのは、使用するスピーカーの仕様は把握しておいた方が良いということだ。
 筆者は自宅ではPolk Audio R700を使用・実家ではTannoy Mercury F2またはMercury F3を使用予定だが、そのスペックが以下の通りである。


TweeterMid-rangeWooferCrossoverFreq Response
(±3dB)
Sensitivity
Impedance
Polk Audio R7001x 25 mm1x 165 mm2x 203 mm350 Hz, 2.7 kHz38 Hz - 38 kHz88 dB8Ω / 6Ω / 4Ω
Tannoy F31x 25 mm1x 165 mm-2.7 kHz35 Hz - 20 kHz89 dB
Tannoy F21x 25 mm1x 165 mm-2.8 kHz48 Hz - 20 kHz88 dB

 例えばFrequency Responseは±3 dBの範囲だが、「その範囲は±3 dB以内に収まる」わけなのでシステム全体・室内音響を加味するとイコライジングは± 3dBを超えるかもしれないがイコライジングは相対的に小さくて済む可能性がある。逆に「その範囲外は± 3dB以内に収まらない」ので測定してみないと判らない。単にその範囲を超えるだけ(± 6dBとか)でイコライジングの幅は相対的に大きくなるかもしれないし、補正が不可能な歪みがあり補正を諦めるべきかもしれない。その判断の基準としてスピーカーのスペックは参照されるべきだろう。
 もっとも、業界の標準としてスピーカーのスペックは無音響室でスピーカーユニットから1m離れた位置で計測するのに対し実環境ではそうとは限らないからスペックの値と大きく異なる可能性がある。具体的には、低音域は壁など室内で反射されてで増幅されるし、高音域は距離に応じて減衰しやすい。

音響補正後の音

 音響補正前は低音過多・高音過少だったせいだろう、籠もったような不明瞭な音で聴き取り辛く絶対にコンサートホールで聴こえるような音ではなかったが、音響補正後は見通しが良いスッキリした音になりリアリティーが増した。

 もっとも…筆者自宅のオーディオシステム=Schilthornシステムと比較すると、性能差なりの音質の差はあるが、もしかすると何も知らない人を連れてきて聴かせてみるとWiiM Ampの方が高音質と感じる人がいても不思議でない。再生される音は悪く言うと歪んでいるが良く言うと艶があり非日常的で耳あたりが良い、オーディオ的な音である。それに対してSchilthornシステムは音の正確さを狙って構築しているので、再生される音はリアリティーは高いが艶が無く日常的で耳につく音ではない。


WiiM Amp (1)

2024-08-31 | オーディオ

その(1) その(2) その(3)
続編記事 Wiim Amp (2)に合わせ一部加筆

動機

 10月の一時帰国に合わせ、実家用にWiiM Ampを発注した。
 WiiMはAmazon Music・Spotify等に対応したミュージック ストリーマーを製造・販売しており、WiiM AmpはDクラスパワーアンプを統合したモデルである。

 以前も書いたが、筆者自身はWiiM Pro Plusを使用しているし、アンプ統合製品であれば欧州の著名オーディオショップAudiophonicsがHypex製NCore Dクラスアンプを統合したDAW-S250NCを導入するところだし、あと1~3カ月ほど待てば音質が改善されたWiiM Amp Proが発売されるので、そちらでも良いだろう。
 ただし、今回は「10月に実家に導入する」という制約があるので話は少し違ってくる。音質は良いに越したことはないが (1) 省サイズと物理的・操作性のシンプルさが重要で本体ですべて完結しており、(2) 10月に導入できる必要がある。よって、WiiM Pro Plus(別途アンプが必要)もDAW-S250NC(サイズが大きい)もWiiM Amp Pro(10月に入手できるか不確実)も候補としては不適格、ということでWiiM Ampが最適という結論に至った。
 さらに、Amazon.deの特価販売でEUR 265とかなり安価で購入できたことも大きかった(欧州人の感覚では26500円・円安下の為替レートでは43000円ぐらい。価格コムでは52000円~)。

 筆者の自宅ではなく両親宅にWiiM Ampを導入する理由は、両親にCD等のレガシーなメディア・レガシーなオーディオ装置から現代的な方式に移行してもらいつつモノと占有スペースを削減するためである。
 特に母親はモノを廃棄・整理してシンプルなリビングルームを目指しているが、利便性を損ねるわけにもいかない。WiiMを用いることで、既にCDで所有している楽曲はFLACファイルに変換してUSBメディアで・最近の楽曲はストリーミングで聴くことで、巨大なCDラジカセから小型なWiiMに移行し、嵩張るCD等のレガシーメディアを処分できる。これにより物質的にも管理的にもシンプルになる。

WiiM Amp

 WiiMに関しては以前の記事で紹介した通り。Amazon Music・Spotify等に対応したストリーマーだが、対応するサービスが豊富で本体の価格も安価なのが魅力である。それでいて音質についてはモデルによるが概ね必要十分な水準を達成している。
 WiiM Amp/WiiM Amp Proに類似の製品としてはMarantz M1(Heos・2x 100W @8Ω・EUR 1000)・Denon Home Amp(Heos・2x 100W @8Ω・EUR 800)・Sonos Amp(2x 130W @8Ω・EUR 800)・NAD M10(BluOS・2x 160W @8Ω・EUR 2500)、あとは販売終了済だがHarman/Kardon Citationなどが存在する。対応するフォーマット・ストリーミングサービスやアンプの出力なども異なるため単純に比較できないが、いずれも価格は2倍以上になる。
 ここで「単純に比較できない」といってもWiiM Amp/WiiM Amp Proが音質が劣っているわけではない。例えばWiiM Amp SINAD 89dBに対しNAD M10 SINAD 86dBと上回っているし、Marantz M1・Denon Home Ampに採用されて話題のAxign製コントローラー(※)の特徴はPFFB回路による高SNR・THD+Nだが、WiiM Amp ProにはPFFB回路が搭載されており高SNR・THD+Nを実現している。
※余談だが、Axign製AX5688AX5689はPFFB・アンプ制御・PWM変換だけ・PWM出力するICなので、増幅段は別のDクラスアンプを使用しているはずで、Axign AX5689採用のSabaj A30の場合は増幅段にST Microelectronics STA516Bを搭載している。

 WiiM Amp ProではWiiM Ampで優秀とは言い難かったSNR・THD+Nが劇的に改善されている。DAW-S250NCも含めたスペックは以下のようになっている。


WiiM AmpWiiM Amp ProDAW-S250NC
ASR ReviewWiiM AmpWiiM Amp ProDAW-S250NC
MSRPEUR 369
USD 299 (excl VAT)
EUR 449 ? (estimate)
USD 369 (excl VAT)
EUR 899
LinkPlayLinkPlay A98MLinkPlay A98M ?LinkPlay A98M
DACESS ES9018K2MESS ES9038Q2MESS ES9038Q2M
Supported
digital format
USB-B, DLNA
MP3, AAC, ALAC, APE, FLAC, AIFF, WAV, WMA, OGG, DFF, DST
USB-B, DLNA
MP3, AAC, ALAC, APE, FLAC, AIFF, WAV, WMA, OGG, DFF, DST
DLNA
MP3, AAC, ALAC, APE, FLAC, AIFF, WAV, WMA, OGG, DFF, DST
Digital inputSPDIF Optical:
PCM up-to 24bit 192kHz
SPDIF Optical:
PCM up-to 24bit 192kHz
USB-A:
PCM up-to 32bit 768kHz
DSD DoP up-to DSD256

SPDIF Coaxial/Optical:
PCM up-to 24bit 192kHz DSD DoP up-to DSD64
NetworkWiFi 5
Bluetooth 5.0
1x Ethernet RJ45
WiFi 6E
Bluetooth 5.3
1x Ethernet RJ45
WiFi
Bluetooth 5.0
1x Ethernet RJ45
Supported
network protocols
AirPlay 2
DLNA
Chromecast
AirPlay 2
DLNA
Chromecast
AirPlay 2
DLNA
Chromecast
Inputs1x Stereo RCA
1x SPDIF Optical
1x HDMI ARC
1x USB-A
1x Stereo RCA
1x SPDIF Optical
1x HDMI ARC
1x USB-B
1x SPDIF Optical
1x SPDIF Coaxial
AmplifierTPA3255TPA3255 with PFFBNCore NC252MP
OutputsStereo Speaker
1x Subwoofer output
Stereo Speaker
1x Subwoofer output
Stereo Speaker
1x RCA Pre-Out
Output power2x 120W @4Ω
2x 60W @8Ω
2x 120W @4Ω
2x 60W @8 Ω
2x 250W @4Ω
2x 150W @8Ω
SNR98 dB120 dB121 dB
THD+N0.002% (-92 dB)0.0005% (-105 dB)0.0015%
Control appWiiM HomeWiiM HomeWiiM Home
Compatible voice assistantsAmazon Alexa
Google Assistant
Siri
Amazon Alexa
Google Assistant
Siri
Amazon Alexa
Google Assistant
Siri
Dimensions190 x 190 x 60 mm190 x 190 x 63 mm3000 x 2950 x 60 mm

現行製品ではWiiM AmpをDAW-S250NCが全面的に上回っており、WiiM Amp Proはその間に割って入る形になるが…いかんせんDAW-S250NCが高価なのでWiiM Amp Proは性能の割には割安に思える。

 構成部品だけで見ればWiiM Amp ProとWiiM Ampの違いは大きくない。
 Wi-FiやBluetoothのバージョンが更新されていたり、DACチップが更新されていたりと細かな違いはあるが、それだけで劇的に音が変わる種類のものではない。本命はDクラスパワーアンプで、チップ自体はTexas Instruments TPA3255と同じだが、PFFB = Post-filter Feedback回路が追加されSNRとTHD+Nが劇的に改善されている。
 ちなみに、2x 120W @4Ω・2x 60W @8Ωというスペックは少し不可解である。TPA3255なら2x 260W @4Ω・2x 150W @8Ωが可能だし、このクラスならTPA3255ではなく低出力だが低歪率のTPA3251がある。同じ200-250WクラスでTPA3255採用パワーアンプだとTopping PA5 II(2x 100W @4Ω)やFosi Audio V3 Mono(1x 240W @4Ω)があるのでWiiMが特殊というわけでもないが、Topping・Fosi Audioの場合はさらに高出力な製品Topping PA7 II(2x 200W @4Ω)・Fosi Audio V3 Stereo(2x 300W @4Ω)でも同じくTPA3255が採用されているので、単純に部品の共通化・調達や設計の効率化を狙っている可能性が高いが、WiiMはそういった形のファミリー展開は見られないので、なぜTPA3251ではなくTPA3255なのか不明である。
 ところで、Topping PA5 IIやFosi Audio V3 Monoは同じTPA3255採用パワーアンプで非常に優秀なSNR・THD+Nを達成しているが、その理由の一つがPFFB回路の採用である。

 もっとも、PFFB回路による「劇的に改善」というのはスペック表での机上の話なので、人間の聴感で違いがあるかは判らない。PFFB回路非搭載のWiiM AmpでもSNR・THD+Nは人間の聴力の限界と同等かそれ以上の性能を達成しているし、SNR 92~105 dBで実用上でノイズを聴き取れるほど大音量で再生するとは考え難いからである。
 DAC等の装置あるいはパワーアンプ単体でSNR 100 dB以上・THD+N 0.0001%以下といったようなハイスペックが好まれるのは、複数台の装置を組み合わせたシステム全体で高いSNR・THD+Nを得るためである。これは高度に統合済のWiiM Ampの場合、後段にはスピーカーしかないためSINAD 89 dB・SNR 98 dB・THD+N 0.002%というスペックでも問題になるとは考えられず、あとはスピーカー次第だろう。

室内音響補正

 実は以前の記事を書いてからの更新として、WiiMがiOS/Androidアプリに室内音響補正機能を追加した。

 実のところ、この可能性についてはWiiM公式発表前の前回の記事でも触れている。WiiMの装置は構造的に (1) アナログRCA入力はADCでデジタル信号に変換され、デジタル入力と共にDSPを通ってからDACで出力される構造になっており、(2) DSP機能としてParametric Equalizerが搭載されているので、マニュアル設定での音響補正は以前から可能だった。もっとも、補正値を自分で測定して入力する必要があるから、ユーザー側の難易度からすると容易とは言えなかったが…。

 今回追加されたのは、WiiM Homeアプリに室内音響補正のウィザードが組み込まれ、iOS/Androidデバイスのマイクでの集音・測定からParametric Equalizerの補正値を作成・適用までを一連の流れで実行してくれるという代物である…。問題は、iOS/Androidデバイスのマイクの性能は高くない上にキャリブレーションされておらず、補正値が正しいか怪しい点である。
 そもそもiOS/Androidデバイスのマイクの本分は電話なので人間の声の周波数帯に最適化されている可能性が高い。例えば可聴域全域20 Hz~20 kHzがフラットである(オーディオとして科学的に音が良い)ことよりも人間の話し声100 Hz~1 kHz付近が高音質である方が重要で、むしろ10 kHz以上は電子機器のノイズの可能性が高いためカットした方が電話のマイクとしては音が良いかもしれない。

 では外部のマイクを使えないか?というと、それはそれで問題がある。
 まず、3.5mm音声端子が省略された時点でマイクのアナログ音声入力が行えないが、仮にマイク入力があったとしても特性がフラットとは限らない。ではBluetoothはというとBluetoothはaptX・AAC等のCodecで人間が聴こえ難い帯域をカットされる(恐らくAACなどのファイルを見れば14kHzあたりでLPFが入っているはずである)。
 結論から言えば、唯一の選択肢はUSB接続のマイクが最適ということになり、有名どころではMiniDSP UMIK-1がある。実際、AndroidスマートフォンのUSB端子にMiniDSP UMIK-1を接続してみると、WiiM Homeでの自動室内音響補正で使用することができた。ただし、WiiM Homeにはキャリブレーションファイルを取り込む機能は無いので測定用マイクのキャリブレーション結果は反映されないことになる。

 今回追加された室内音響補正機能はともかくParametric Equalizerは筆者としては是非とも活用したい機能である。
 筆者の自宅の場合は音響補正は(WiiMの簡易機能ではなく)MiniDSP Flex搭載のDirac Liveと専用の測定用マイクでオーディオシステム全体を対象として行うため問題無いが、実家でWiiM Ampで行う場合はREWでの測定・補正値出力とParametric Equalizerによるマニュアル補正だけでも便利である。


WiiM Pro Plus

2024-03-30 | オーディオ

WiiM Pro Plus

 以前、自宅オーディオシステム=通称Schilthornシステムを構築した際に残課題(?)となっていた、オーディオストリーマーとしてWiiM Pro Plusを選定した。Amazon.deで値下がり時に購入してEUR 178だった。

 実はオーディオストリーマーを所有していなかったこともあり、サブスクリプションに加入しているのはAmazon Primeだけだったりする。ただ、筆者はクラシック好きなので他に以下のようなサービスに対応している事も重要だった。

  • Qobuz
  • Tidal
  • Spotify

 機種選定にあたって当初はFiiO R7なども検討していたのだが、FiiO R7が約US$ 700・WiiM Pro Plusが約US$ 200ほどで、筆者個人の使い方ではFiiO R7でないとできない事があるわけでもなくWiiM Pro Plusで十分と判断した。
 筆者はストリーマー ー MiniDSP Flex間をアナログ接続を想定したためWiiM Pro Plus(US$ 220ほど)を採用したが、もし、デジタル出力が前提であればWiiM Pro(US$ 150ほど)やWiiM Mini(US$ 110ほど)でも良いかもしれない。また、スピーカーと直接接続するためパワーアンプが必要であれば、WiiM Amp(US$ 300ほど)もあるが、欧州在住ならAudiophonics DAW-S250NC(EUR 900ほど)が御勧めである。ESS ES9038Q2M DACとNCore NC252MP D級パワーアンプとを組み合わせたAudiophonics DA-S250NCに、WiiM Proと同じLinkPlayモジュールを組み込んだ製品である(後述)。
 WiiM Pro・WiiM Pro Plus・WiiM AMP、さらにAudiophonics DAW-S250NCはいずれもAmlogic A113XベースのSoMモジュール=LinkPlay A98Mをベースとしてデジタル段以降を別基板にした派生製品である。デジタル出力なら基本的に同じと思われ、デジタル出力やMP3音質のRCA出力ならWiiM Pro、HD音源のアナログ出力ならWiiM Pro Plus、スピーカー出力ならWiiM Ampという棲み分けだろう。一応、Bluetooth入力/出力も可能なのだが、対応コーデックがSBC・AACのみでLDACやaptX HDなどには未対応のため使う気にはなれない。

 後述するが関連会社のArlyicブランド製品も同じLinkPlay製モジュールを使っているので使い勝手は概ね同じと思われるが、搭載するSoMモジュールはLinkPlay A31で、これはMediaTek MT7688ベースなのでWiiM Pro系のAmlogic A113Xと比較すると処理性能が低い可能性がある(未使用のため推測)。
 Amlogic A113XはArm Cortex-A53 1500 MHz x 4-core・MediaTek MT7688はMIPS24K 580 MHz x 1-coreなので性能的には比較にならない(ざっくり24倍ぐらい?)。オーディオストリームをデコードするだけでは高い処理性能は必要ないが、アプリ操作やAlexaの音声認識など一部の処理ではMIPS24K 580 MHzでは処理が追い付かない可能性がある。例えば初代Amazon EchoではArm Cortex-A8搭載のTI DM3725を使用していたし、あるいはWiiMに似たVolumioの場合もRaspberry Pi Zero(性能的にはMediaTek MT7688に近い)ではなくRaspberry Pi 3/4(性能的にはAmlogic A113Xに近い)を推奨している。

 WiiM Pro/Pro Plusの不思議な特徴としてアナログ入力がある。
 アナログ入力するとADCでデジタル信号に変換された後、DACでアナログ信号に変換されて出力される。一見すると存在意義が謎だが、WiiMにはスマートフォンのアプリから操作するイコライザー機能が存在しており、入力したアナログ信号をWiiM内蔵のイコライザーで調整して出力できる。
 機能だけを見るとMiniDSP等のアクティブクロスオーバーに似ていなくもないが、音響測定して解析した結果をUSB接続のPC経由でDSPにフィードバックして補正するMiniDSPと違い、WiiMのイコライザーはユーザーの聴覚頼りになる上、入力されるアナログ信号の周波数特性がフラットであるという保証も無いので、やはりMiniDSPとは似て非なる変な機能である(一応、測定用のキャリブレーション済みマイクで測定・DEWで解析して、スマートフォン上のアプリのパラメトリックイコライザーでマニュアル補正というのも理屈上では可能だあろうが…WiiM Pro Plus約3万円のユーザーでそういう発想・技術のある人はどれだけいるのだろう?)

音質

 WiiM Pro PlusはさすがにS/N比が高く明瞭な音が出る。
 US$ 200程度と安価なクラスとしては周波数特性も優秀でSINAD 114dBに達する(参考:Audio Science Review)。DACはAKM AK4493Sであるが、Op-ampは驚くべきことにTI SA5534Aが使われている(1979年からある有名なNE5534と同等品。1回路内蔵)。同じDACを搭載していて評判の良いS.M.S.L SU-1(参考:Audio Scieonce Review)には若干劣るが、人間が聴き分けられるほどの差があるか疑わしい。高性能DACと接続する場合はともかくS.M.S.L SU-1のような低価格DACを組み合わせるぐらいなら音質面でも使い勝手の面でもWiiM Pro Plus内蔵DACで十分ではと思う。

 WiiM Pro Plusが優秀な一方で、WiiM MiniWiiM ProWiiM Ampは人間が聴き取れるレベルで測定値が良くない。ノイズフロアは可聴域ではないが高め(約-120 dB)で、ノイズの一部は可聴域(約-90 dB)に達する。デジタル出力専用で使うのが妥当と思う。スピーカーに出力するのであればAudiophonics DAW-S250NCがオススメだが、LinkPlayモジュール無し版のAudiophonics DA-S250NCだとSINAD 104 dBでWiiM Ampとは別次元の性能である。

 QobuzのHigh Resolution音源24-bit / 192kHzを再生してみたが、音質は良好でスマートフォン上のアプリから快適に使用できる。MiniDSP Flex側のデジタル入力が既に埋まっている都合でアナログ入力しているが、Bluetooth以外でデジタル入力する方法を考えたいところ。

蛇足

 WiiMはLinkPlay社のオーディオブランドでLinkPlay社は米国カリフォルニアに本社を構える米国企業である。もっとも、LinkPlay社・Rakoit社・Arlyic社の創業者・CEOは同一人物と見られ、創業者と幹部は中国系である。Rakoit社・Arlyic社製品はいずれもLinkPlay社製モジュールが中核を担っている。上述の通りLinkPlay社は米国に本社を構えるが出資者にはBaidu(百度)・Edifierなど中国企業が並ぶ
 LinkPlay社製モジュールは他のブランドでも採用されているようで、LinkPlay社サイトの採用事例を御覧頂ければ解るが、ヤマハ・Samsung傘下HarmanのブランドHarman KerdonJBL・ギターアンプで知られるMarshallなどが含まれる。

 核となるLinkPlay社製モジュールはアプリケーションプロセッサーSoCとWi-Fiモジュールとソフトウェアを統合したSoM(System-on-Module)で、これとAndroidアプリ/iOSアプリが通信することでストリーミングコンテンツを操作する。このソフトウェアはWiiM製品もArlyic製品も共通のようである。


オーディオシステム 2023

2023-10-15 | オーディオ

2023.10.27 - 一部修正・更新。
2023.11.04 - 蛇足の追加

動機・概要

 スイスで長期契約のアパートに引越したので、2009年以来14年ぶりにオーディオ システムを構築したのだが筆者なりに試行錯誤して構築し概ね満足できる結果となったため、備忘録として記録しておこうと思う。

 なお、コンサートが基準の筆者にとって「音の良さ」とは「コンサートホールの演奏の再現度の高さ≒音の正確さ」であって、主観による「音の良さ」はほとんど考慮しておらず、あくまで最終段階の調整時に実際の楽器の音・コンサートホールの音に近付ける際の判断しかしていない。
 これは、例えばオーディオ売り場で「良い音!」と思うような装置は往々にして色付けがされた艶のある音であるが、それを正確か否か判断できるほど人間の耳は正確ではないからである。しばしばレビューで「暖かい」とか「分析的」とか評されるオーディオの音とは、筆者に言わせればライブ演奏には存在しない、オーディオ特有の歪みやノイズなどで音が劣化させられた結果なので好感は持てない。
 理想を言えば、正確な音を出すオーディオは、天然自然界で聴こえたまま(平凡な音を平凡に・耳が痛くなる音を耳が痛くなるように)再生できるべきだが、現代の技術では天然自然界の音を忠実に再生できるほど高性能ではないので、その中から相対的に正確な音で再生できるオーディオを検討することになる。問題は「何をもって正確と判断するか」という部分である。オーディオコンポーネント選びについては、基本的に特性/測定値に頼って候補を絞り込んだ後でネット上のクチコミ情報を参考に選考している。実製品を置いてあるショップが限られるため、生憎とスピーカー以外は事前に試聴できなかった。

 今回構築したオーディオ システムについて、本稿では便宜上「Schilthorn」システムと呼称する。スイス アルプスの一角を占めるSchilthornはケーブルカーで上れる山頂の展望台からEiger・Mönch・Jungfrauのパノラマが広がる隠れた名所である(筆者が初めてケーブルカーで上ったスイスアルプスでもある)。


アーキテクチャー

 Schilthornシステムのアーキテクチャーは、DSP搭載アクティブ モニター スピーカーのアーキテクチャーを、複数の家庭用オーディオ機器の組み合わせで模倣・再構成したものである。

 音楽制作のフローと音質について考えてみると、上流=録音から下流=再生にかけて音質は河の流れのようにどんどん汚染されていくことが解る。途中で汚染を防いで質を維持することはできるが、一度汚れたら元に戻すことは困難である。例えば、ライブ演奏を収録し家庭で再生するまでの過程を簡略化すると以下のようになるが、音質は1.→ 4.の順にどんどん劣化していく。

  1. コンサート会場やレコーディングスタジオで演奏を行う
  2. 1. を録音した音源をミキシングおよびマスタリングする
  3. CD等にプレス・Spotify等のサイトに登録などして配信する
  4. オーディオ装置で再生する

 ここで、1. の音が最高音質なのは当然ながら 4. の段階での再現は現代科学では不可能なので、4. の音質を 2. の音質に近づける方法を考えることにより高音質を達成する。
 この観点で言えば、楽曲データ=ソフトに関しては近年のHigh Resolutionフォーマットの普及は 2. → 4. の劣化を極めて小さくすることに成功している。というのも、昨今のデジタル録音は24-bit / 192 kHzマルチトラックが主流のはずで、ミキシングおよびマスタリングが完了したマスター音源とダウンロード販売サイトの24-bit / 192 kHz音源はほぼ同じはずだからである。あとは 4. の装置=ハードを 2. に近付けることができればスタジオに近い音質が得られるかもしれない。
 装置に関しては、スタジオと同等の設備で再生できるのがベストなのだろうが恐らく現実的ではない。著名なレコーディングスタジオの装置は公式ページ上で公開されている(例:英Abbey Road Studios、独Emil Berliner Studios)ため、システムの構築を表面的にマネることは可能だが、実際にシステムの性能を引き出すには建物の建て替えが必要だったりコスト的に困難だし、仮に導入しても一般家庭ではユーザーの技術的にも装置の性能的にも扱い切れないからである。
 そこで、スタジオにハード的・ソフト的に近い構成を家庭用の音響機器で、技術的にも容易に実現する方法を考えることとする。

 以下はレコーディングやマスタリング時にスタジオで使用されるDSP内蔵アクティブモニタースピーカーの構造の模式図である。
 ここでは解り易いようにDSP内蔵アクティブモニタースピーカーを例にしているが、ミキシングコンソールにパワーアンプとパッシブ駆動のスピーカーを接続した場合でも音響エンジニアが室内の音響や位相を調整するため、やっていることは同じである。

音楽データをアナログ信号またはデジタル信号で入力し、アナログ信号の場合はA/Dコンバーターでデジタル信号に変換した上で、デジタル信号をDSPで音響補正する。これをDACでD/A変換し、それぞれ内蔵のパワーアンプで増幅して各ドライバーユニットを駆動する。ここで、DSPの処理内容であるがスピーカーからの出力をマイクで収集してSonarWorksRoom EQ Wizard(REW)等のソフトウェアで音響解析・補正した結果をDSPにフィードバックして入力信号を補正する。音響解析には装置全体の音響特性のほか設置場所の音響特性の両方が含まれる。

 Schilthornシステムではクロスオーバー・パワーアンプ・スピーカーユニットの組み合わせによりアクティブ モニター スピーカーをシミュレーションする。音響補正にはDirac Live対応の装置を利用する。

構築後に知ったのだが、この構成はモニタースピーカー大手の瑞Genelecの8381Aの構成に酷似しているので比較してみたい。


Genelec 8381A"Schilthorn"
Speaker UnitGenelec 8381APolk Audio Reserve R700
Frequency Response20 Hz - 35 kHz (-6 dB)35 Hz -38 kHz (-3 dB)
Tweeter25 mm x125 mm x1
Mid-range127 mm x5165 mm x1
Woofer381 mm x3203 mm x2
Power AmplifierGenelec RAM-81 (Class-D) x2
Bi-amp 5,926W
Hypex NCX500 (Class-D) x2
Bi-amp 1,200W
CrossoverGenelec SAM, GLMMiniDSP Flex Balanced
CalibrationGenelec AutoCal 2, WooferCalDirac Live

 似ているならば「なぜアクティブモニタースピーカーをそのまま使わなかったのか?」という疑問もあろうが、その理由は (1) 入出力インターフェースの互換性と (2) コストパフォーマンスである。
 まず入出力だが、Genelec 8381Aの入出力はスタジオでの利用を想定したモニタースピーカーのためアナログ バランスXLR・デジタル AES/EBUに対しSchilthornシステムの入出力はMiniDSPによるアナログ バランスXLR・USB-B・SPDIF(Coaxial・Optical)・Bluetoothと家庭のAV機器と親和性が高い。
 次にコストパフォーマンスだが、Genelec 8381Aは約400万円に対しSchilthornは70万円強(過度な円安を考慮しない仮定で1.00 EUR=120 JPY換算)でしかない。もちろん前者と後者とではクラスが異なるため単純比較はできないが、例えばGenelecで70万円だと8350A8351クラスとなり用途に適さない。こうしたコストパフォーマンスの違いは、プロ用/企業用のモニタースピーカーと民生品の流用の違い、少量生産製品と大量生産製品の違いに起因するところが大きいと思われる。


スピーカー:Polk Audio Reserve R700

 スピーカーには米Polk Audio Reserve R700を選択した。
 Polk R700は有名メディア・クチコミを問わず各所のレビューで絶賛されているUS$ 1,000クラスとしては非常に優秀なスピーカーである。なにせUS$ 2,000クラスのPolk Legend L600の外装を除く構成部品・技術で構成されているから他社の同クラス製品よりワンランク上になるのは当然であろう。


Polk Audio Lgend L600Polk Audio Reserve R700
Tweeter2.54 Pinnacle Ring2.54 Pinnacle Ring
Crossover Frequency2900 Hz2700 Hz
Midrange13.33 cm Turbine Cone16.51 cm Turbine Cone
Crossover Frequency410 Hz350 Hz
Woofer2x 17.78 cm Polypropylene2x 20.32 cm Polypropylene
Total Frequency Response28 Hz - 50,000 Hz30 Hz - 50,000 Hz
Frequency Response (-3 dB)34 Hz - 38,000 Hz38 Hz - 38,000 Hz
Sensitivity86 dB88 dB

 音はやや低音寄りだがほぼフラットでニュートラルという評価が多く、音場の距離感がやや後ろという意見もあるが、個人的にはコンサートホール(個人的には2階最前列中央がベストポジション)で10m以上は離れているのが理想なので気にならない。
 とはいえ、Polk R700に限らず物理的な動作を伴うスピーカーユニットは正確さを実現し難い装置である。DACやアンプなどであれば20 Hz - 20 kHzの間でほぼフラットな特性をSNR 120 dB超・THD+N 0.001%以下で実現できたりするが、Polk R700の場合でも周波数応答性能38 Hz - 38 kHz (±3dB) としつつもガタガタで一定ではない。ただし、これはUS$1,000クラスのPolk R700だろうが有名スタジオでリファレンスとして採用される、40倍高価な英Bowers & Willkins 801D4だろうが程度の違いはあれど同様である。

 Schilthornシステムではスピーカーユニット自体は不正確なものと割り切った上でシステム全体で補正・強制的に制動する戦略を取っている。


パワーアンプ:Apollon Audio NCX500ST (Hypex NCOREx NCX500)

 パワーアンプには蘭HypexのD級パワーアンプモジュールを搭載したガレージ オーディオブランドのApollon Audio NCX500STを選択した。
 Hypexは画期的なD級アンプモジュールのベンダーで、Hypex UcD以降ではA級・A/B級を凌駕する超高特性のパワーアンプを世に送り出している(参考:Audio Science Review)。D級アンプが登場した当初は高音域の歪みが忌避されたが、それも過去のこととなっている。

 D級パワーアンプの利点は大きく3点だろう。特性が非常に優れていること・非常にエネルギー効率が良いこと・安価であることである。
 そもそもD級アンプはオーディオ信号をPWMで表現しLPFでアナログ波形に変換するが、構造がスイッチング電源に酷似しておりスイッチングアンプとも呼ばれる。LPFでスイッチング電源のスイッチングノイズはカットされるため、一般的なA級/AB級アンプとは違い専用に設計したものであればスイッチング電源を使用してもノイズに悩まされることが無い。これは大容量のパワーアンプを高効率なスイッチング電源で駆動でき、低効率で高価なリニア電源を使用する必要が無いことを意味している。
 このことはA級・A/B級では到底真似できない性能をもたらしている。例えば著名なスタジオで使用されている加Classé Mono A級パワーアンプは非常に巨大な筐体をもち巨大な電源ユニットを搭載しているが1台約130万円・出力は僅か500Wでしかない。対してHypexやPurifiのD級アンプは片手で軽々と持ち上げられる底面30cm四方・高さ5cm程度・重量3kgの筐体で1台約10万円・出力1200Wを実現することができる。

 Hypex/PurifiのD級パワーアンプモジュールはMarantzTeacNADなど有名音響機器メーカーでも採用されているが、なにせ接続するだけで動作するパワーアンプモジュールが外販されているから、DIYやガレージ オーディオ ブランドでも取り扱われており、スロベニアApollon Audioのほか、英Nord Acoustics・仏Audiophonics・米VTVなどから完成品が販売されている。

Hypex NCOREx NCX500+Polk R700

 本稿で上流(プリアンプ)→下流(スピーカー)ではなく下流→上流の順に説明しているのには理由がある。巷では「スピーカーは装置の中で音質に最も影響が大きい」という意見も聞かれるが、筆者の考えではスピーカーの音質は単独では決まらずシステム全体でデザインされるべきで、Schilthornシステムにおいてもパワーアンプはスピーカー=Polk R700を完全に制動できることを前提に選定されている。スピーカーが音を決定する重要な装置であることは否定しないが、そのスピーカーの性能を活かし切るためにはスピーカーだけで議論するのは無理がある。
 喩えるならサッカーでFW=スピーカーの良し悪しを議論する前に、いかにFWを活かすパス=オーディオ信号をMF・DF=パワーアンプ・プリアンプで生み出せるかという話で、単にアンプと電気的に接続しただけのスピーカー単体で語るのは感心しない。

 もし最新のD級パワーアンプについて知っている人ならば、Hypex NCOREx NCX500よりもHypex Nilai500Purifi Eigentakt 1ET400の方を推奨する人が多いかもしれないが、Schilthornシステムではスピーカー=Polk R700を余裕をもって制動するためにNCOREx NCX500をステレオの装置をバイアンプで採用している(左右で各600W+600W 計2400W (4 ohms))。

 インターネット上で見つかるPolk R700評には、鳴らし難くチャンネルあたり200W以上のパワーアンプを使用すべきといった主張もある。
 もしスピーカーユニットが効率的に動作する音域で音を鳴らすだけなら、それは間違っていないのだろうが、スピーカーの入力インピーダンスは固定抵抗ではないので周波数帯によって変化し、スピーカーの入力インピーダンスが変わるとパワーアンプの出力も劣化する点に留意すべきだと思う。
 Polk R700のインピーダンスの詳細に関してはAudioholicsの記事に測定値が掲載されているが、入力インピーダンスの平均は6 ohmsながら、800 Hz-2 kHz近辺で10 ohmsほど・50 Hz近辺で20 ohmsほど・20 Hz近辺で30 ohmsまでインピーダンスが上昇している。ここで4 ohms時に200W出力のパワーアンプを持って来ても20 Hz - 20 kHz全域で十分な出力を得られるとは考え難い。


Purifi 1ET400AHypex Nilai500Hypex NCX500
2 ohms450 W
500 W
700 W
4 ohms425 W
525 W
700 W
8 ohms227 W260 W380 W

 上の表はスピーカーのインピーダンスとパワーアンプモジュールの対応を表にしたのであるが、筆者がHypex NCX500を選択した理由は「4 ohms時に700Wの出力を得られるため」ではなく「10 ohms超時でも200~300Wの出力を得られるため」である。後述するクロスオーバーで音響特性を補正するため、当然「音圧レベルの下がる〇〇 Hz付近をブーストする」というような事態が発生するわけで、それが可能なパワーアンプとしてはHypex NCX500は最高の選択肢だろう。

余談:入力バッファー(Op-Amp)

 HypexやPurifiのパワーアンプモジュールには入力バッファー段が存在し、Op Ampを交換することにより音質を調整できる。
 なぜパワーアンプユニットにOp-Ampが必要なのかという疑問については、Hypexモジュールを採用している音響機器メーカー各社が説明してくれているので引用したい(※注:UcDはHypex製の旧世代のパワーアンプモジュールのことだが、Hypex NCOREやPurifi Eigentaktでも同様である)。

マランツ

実はこのUcD自体、ゲインをほとんど持っていません。パワーアンプの“終段だけ”というイメージで、プリアンプとパワーアンプの電圧増幅段を併せ持つくらいのゲインを持たせないと、UcDをドライブできないのです。

逢瀬オーディオ

…Ucdのパワーアンプ部はそのままではゲインが低いこと、入力インピーダンスが低いこと、これらの特徴があります。そのため汎用的なパワーアンプとして仕上げるためには、入力にもう一段バッファアンプを入れることが必要であり、これによりパワーアンプとして十分なゲインと入力インピーダンスの高さを確保しているのです。
 ですのでこのバッファアンプのクオリティが音質に与える影響は非常に大きいものがあります。アンプの半身はこのバッファアンプといっても過言ではありません。

上述のように十分なゲインと入力インピーダンスを得るために入力バッファーが必要で、例えばHypexの評価ボードではTI/National Semiconductor LM4562・Purifiの評価ボードではTI/Burr-Brown OPA1612がそれぞれ採用されているが、筆者はTI/Burr-Brown OPA828を使用している
 筆者は、某オーディオ機器メーカーが公開している回路図を流用したと思しき中国製ノーブランドDiscrete Op-Ampを見つけて試したところ、優秀だったため採用した。IC Op-Ampに比べると恐らく人間が知覚できないレベルで特性は劣化していると思われるが、音の分離が改善されクラシックやジャズの生楽器特有のノイズまで聴き取れるようになった。


プリアンプ アクティブクロスオーバー:MiniDSP Flex Balanced

 Schilthornシステムにはプリアンプ機能はあるが「プリアンプ」なる装置は存在しない。これはSchilthornがスタジオの機器を模しているため当然の結果である(スタジオの場合はワークステーション・ミキシングコンソール等の装置がプリアウト出力を持っているはずで、同様に「プリアンプ」なる装置は存在しない)。代わりにアクティブクロスオーバー=MiniDSPで入力のスイッチングを行っている。
 そもそも、レベルの補正が必要なVinylレコードやカセットテープが主流だった1980年代ならばともかく、デジタル全盛の現代では入力レベルはほぼ一定のため「プリアンプ」する必要が無い。今日の「プリアンプ」装置の主な役割とはDA変換だったり入力ソースの切り替えだったりボリューム制御で、それだけなら10cm四方・高さ3cmの中華DACですら可能であろうHypexのプリアンプは現時点で最高性能クラスだが、これもメイン基板は5cm x 20cmほどに過ぎない)。コントロール/ハブとなる装置が必要なのは理解できるが、筆者には現代の自称「プリアンプ」は2000年以前の価値観を引き摺った用途不明のレガシー装置にしか見えない。

 MiniDSP Flex自体はステレオ装置であるが4系統の出力を持ち、2チャンネルの入力を自由にルーティングして4系統で出力できる。後段にバランス入力しか持たないHypex/PurifiのD級アンプをバイアンプで接続する想定では、ステレオ音声を4系統でバランス出力できるMiniDSP Flex Balancedは非常に相性が良い。

 MiniDSPはDACとして見ても特性は優秀(参考:Audio Science Review)ながら、DSPによる音響補正を行うための装置なので一般的なDACとはカテゴリーが異なる。ちなみに、Audio Science ReviewではAVレシーバーの分類でランク付けされているが、一般的なAVレシーバーがSINAD 70-90 dB程度・一部の高性能モデルがSINAD 100 dB超程度に留まる中でMiniDSP FlexはSINAD 114 dBに達する。

 MiniDSP Flexは2021年12月頃に発表された製品だが、その構造を見てみると、まるで10年ほど前のDACのようである。もっとも、非常によく考えられた構成を取っているため問題は無い。
 MiniDSPの核はAnalog Devices SHARC ADSP21489 DSPによる音響補正のため、デジタル入力もアナログ入力もすべてLPCM 16~24-bitに変換された後、DSP内では32-bit / 96 kHzで音響処理され出力される。これをTI/Burr-Brown PCM1795 DACでアナログ信号に変換し、JRC NJM5532DでI/V変換・Burr-Brown OPA1632でLPF・増幅しバランス出力している。
 上述の構成部品はいずれも定評ある優秀な半導体製品ではあるものの、全体的に古い印象が強い。ADSP21489が2012年・PCM1795が2009年・OPA1632が2007年にそれぞれ登場したデバイスで、NJM5532Dの元となったTI Signetics NE5532に至っては1979年に登場したデバイスである。ただし、いずれもプロ用オーディオなどでは現役で使用されているデバイスであるし、そもそもDirac Liveによる音響補正は20 Hz - 20 kHzの可聴音域(LPCMで32-bit / 48 kHz)が対象だから必要十分ということになる。
 下の図は上でも示した図にMiniDSP Flexを構成するデバイスを書き足したもので、図の左下はDSP内で処理されるパイプラインである。DSPでは入力ソースの切り替えが行われた後、2チャンネルの入力に対しDirac Liveの補正処理が行われ、その出力が4系統にルーティングされる。2入力x4出力の組み合わせは自由だが、Schilthornシステムではスピーカーユニットのクロスオーバー周波数で高音・中音域と低音域に分割してからパワーアンプに出力している。

 ADSP21489はLPCM 32-bit / 96 kHzまで処理可能で、これはDirac Liveのライセンスの限界32-bit / 48 kHzの性能を100%引き出すことができる。入力はビット深度24-bitまで可能なので、そのまま音響処理するとビット深度24-bitを超えてしまう可能性があるが、ADSP21489では32-bitで処理するので桁溢れエラーを起こす心配が無い。

 PCM1795は一部で熱烈なファンの多いBurr-Brown MutliBit DACであるが、PCM179xシリーズではフラッグシップでこそないものの、シリーズで唯一32-bit入力に対応しており、ADSP21489の32-bit / 96kHz出力を無変換で入力・アナログ信号に変換できる。元の24-bit深度から補正したデータを小さい劣化で入力できる。
※初出自DSPの32-bit出力を32-bit対応DACに無変換で入力可能としたが、前者は32-bit浮動小数点・後者は32-bit整数のPCM信号で互換性がないため、DSPからの出力前に変換しているものと思われる。ただしダイナミックレンジでいえば32-bit浮動小数点>32-bit整数>24-bit整数なので、24-bit深度のデータを補正後に桁溢れする可能性は低くなるはずである。
 PCM179xシリーズは一般にはMultiBit DACとして扱われるものの、実態は6-bitのMultiBit DACと26-bitのΔΣ DACの組み合わせ、64段階のPWM信号として処理するAdvanced Segment方式を採用している(参考 (1) (2) (3))。ちなみに、PCM1795自体はDSDの処理に対応するもののMiniDSPはLPCMでの音響処理を前提とするため装置としてはDSD入力やDoP入力には対応していない。
 MiniDSP Flexでは2チャンネルの入力を4チャンネルにルーティング・音響処理して出力するため、ADSP21489以降はすべて4チャンネル対応となっておりPCM1795・NJM5532Dは2チャンネル×2個ずつ・OPA1632は4個搭載されているが、Schilthornシステムでは1・2チャンネルを右チャンネル(右高音域・右低音域)、3・4チャンネルを左チャンネル(左高音域・左低音域)とすることで左右チャンネルをデバイス毎に分割してクロストークの影響を抑えている。

 MiniDSPはLPCMで音響処理するため、アナログ信号入力はTI/Burr-Brown PCM4202 ADCでLPCM 24-bit / 216 kHz(PCM4202の限界)に変換してからADSP21489に入力される。
 ADSP21489の内部処理は32-bit / 96kHzなので入力後にダウンサンプリングされると思われる。この216 kHzという中途半端なスペックが設定された理由はよく解らないが、仮にサンプリングレート96kHzで処理するとしても、96kHzで入力するよりも高いサンプリングレートで入力してから96kHzにダウンサンプリングした方がビットエラーを除去できるため音は良くなる(例えば仮に96kサンプルに1度ビットが反転するエラーが発生する場合、サンプリングレート96 kHzの信号はエラーは修正できないが、192kHzのサンプリングレートの信号であればダウンサンプリング時にエラーは除去できる)。MiniDSPのAD変換→音響処理→DA変換というフローでの音質低下を最小限に抑えるため、このような処理方法になっているのだろう。

 MiniDSP Flex Balancedを設置する上で厄介なのがGND接続である。
 出力はバランスTRS出力なので当然GNDがあるが、電源はGNDの無いACアダプターでGNDケーブルも付属しない。ただし、Bluetoothアンテナ横にGNDケーブル用端子はあるので接続先さえ見つければ接地は可能である。
 もっとも、欧州・スイスでは3極のコンセントが一般的で日本の冷蔵庫用コンセントにあるようなGND接続用の端子のついたコンセントは存在しない。筆者の場合は偶然Pioneer製ユニバーサルプレイヤーにGND接続用「Zero Signal」端子があったためそこに接続したが、周辺装置にもGNDが無い場合は空いたRCA端子にでも接続するしかなく厄介である。PC用などに見られるGND端子付きのACアダプターにしてもらいたかったところだ。

音響補正:Dirac Live

 下のグラフはDirac Liveの測定結果(暗いピンク/シアン)・理論上での理想の波形(イエロー)・補正後の波形(明るいピンク/シアン)である。
 補正前の測定結果は30-60 Hz付近の低音域が過多・10 kHz - 20 kHz付近で減衰しているように見え、これに対し理想的な波形では20 Hz - 20 kHzにかけて+ 2.5 dB - -2.0 dBのなだらかな斜線になっている。周波数帯毎にDSPで音圧を調整する(要するにイコライザーをかける)ことにより理想的な波形に近づける。


 とはいえ、Schilthornシステムでは補正することを前提に、補正前でも特性が優れた装置を採用しているため、30-60 Hz付近を除けば(後述)、この種の無調整のグラフとしてはかなり健闘している方である。ピュアオーディオ愛好者など補正を嫌悪する人々が聴いているのは、これよりも不正確な音を聴いていることになる。

 10 kHz - 20 kHz付近で減衰している主な原因はPolk R700と推測される。
 MiniDSPは少なくとも0 Hz - 20 kHzはフラット、Hypex NCOREX500は0 Hz - 10 kHzはフラットで10 kHz - 20 kHzで減衰するもののTHD+Nは20 Hz - 20 kHzでせいぜい0.001%ほどなのでこのグラフのようにはならない。10 kHzあたりから減衰するPolk R700の周波数特性によるところが大きい。とはいえ、せいぜい-10 dBほどなのでイコライジング(パワーアンプの出力増)で十分に補える範囲である。

 30-60 Hz付近で低音過多になっている原因は壁際に置いてあるフロアスタンディングスピーカーで壁面で反響しているせいと推測できる。これはGenelcのマニュアルが解り易いが、音の放射の影響を受けないように壁面から60cmほど距離を空ける必要がある、逆に壁との位置関係(1面 / 2面 / 2面+床)により音圧レベルが上昇する(+6 / +12 / +18 dB)ことが示されている。  SchilthornシステムではPolk R700は設置場所の制約により壁面から30-50cmほど離してはいるのだが最大+17.5 dBほど盛り上がった結果となっている。

 60 Hz以下の低音域で過多となっているにも関わらず、50 Hz近辺と30 Hz以下での出力レベルの低下が著しい。推測するに、これはAudioholicsの記事で出てきたPolk R700のインピーダンスが高くなる周波数帯によるものであろう。50 Hz近辺で20 ohmsほど・20 Hz近辺で30 ohmsほどにまでインピーダンスが上昇してしまうためにプリ出力が同じであれば音量は小さくなってしまう。
 上述の室内音響による60 Hz以下の低音過多の抑制や、スピーカーのインピーダンスの変化に起因すると思われる出力レベルの減衰など、本来の音源に含まれない異常な周波数特性を補正するにはシステムレベルで測定・補正するしかない(補正ソフトがDirac Liveである必要はないが)。


 Dirac Liveはインパルス応答の位相も補正できるが、なかなか興味深い結果が得られた。測定結果(ピンク・シアン)・補正後の波形(赤・青)が示されるが、図中ではほとんど補正無し(!)となっている。
 実はこの部分はOp-Amp交換で大きく変動した部分である。例えばOPA627をテスト中は恐らく低音域が遅れたと思われ補正後のインパルス応答ではディレイを入れられていたが、Discrete Op-Ampのグラフでは補正前と補正後とでほとんど波形が変化していない。
 インパルス応答のグラフは本来は+方向の正相となるはずだが測定結果は逆相となっている。この理由は不明だがPolk R700のウーファーが逆相で設定されているためと推測している。


今後の課題

 以上のように、筆者の思想を盛り込んで構築したSchilthornシステムは音質に関しては概ね満足のいく性能を達成しているが、不満もある。
 最大の不満はMiniDSP Flexの入力フォーマットの乏しさで、ユニバーサルプレイヤーからのDSD(HDMI)入力を受けて処理できないほか、欲を言えばHDMI ARC入力できればなお良かったと思う。これらの問題についてはMiniDSP社か競合他社の次世代製品に期待したい。
 また、Spotify・Tidal・Qobuz・Amazon Music等に対応したストリーマーを追加したいところである。


蛇足①:Mola Molaのパワーアンプ

 Hypex NCX500搭載D級アンプの採用にあたり、D級アンプモジュール搭載アンプがどのように使用されているか調べた。

 Mola MolaはPhilipsでUcD・HypexでNCORE・PurifiでEigentaktを開発したBruno Putzeys氏による高級オーディオブランドだが、内部はモジュラー設計になっており、Hypex製汎用モジュール・Hypex製カスタムモジュール・Mola Mola独自モジュールの組み合わせでできていることが判る。
 Mola Molaの現行品では単体パワーアンプとしてモノラルKalugaとステレオPercaが存在するが、Kalugaは若干カスタマイズされているがほぼHypex SMPS1200A700電源とHypex NC1200アンプモジュールに対し、PercaはHypex製カスタムモジュールで該当・類似のモジュールはHypexの製品カタログに存在しない。構成としては電源・パワーアンプモジュール一体型のMains powerd NCOREファミリーやアクティブスピーカーに搭載するFusion Amplifierファミリーに近そうに見える。

 筆者の理解ではHypex/Purifiユーザーの間ではMains powerd NCOREファミリーのような電源・アンプ一体型モジュールはノイズで不利で廉価版的な位置付けに思えるが、高価なMola Molaの装置に採用されているのは興味深いところである。


蛇足②:逢瀬のインプットバッファー

 上述の通り、Hypex/Purifiのパワーアンプモジュールでは入力バッファーとしてOp-Ampが必要だが、筆者も入力バッファーの検討の一環として調査していた。ガレージメーカーはともかく、オーディオメーカー各社はDiscrete Op-Ampの採用例が多い。MarantzはHDAM系を使っていたりする。
 UcDの頃は逢瀬も独自にDiscrete Op-Ampを開発したとあったのだが、1ET7040SA(逢瀬モデルでいうとP952)のバッファーはOPA1656ではないかと思う(推測)。

 P952について逢瀬は「バッファの設計をローノイズ特化から過渡応答の再現性に変更しています。過渡応答再現のために特性を最適化された高速アンプを使っており、安易なオペアンプ交換やディスクリートを売りにはしません。」「高速広帯域差動バッファ設計」とIC Op-Ampを否定していない一方で、別記事の写真ではSOIC8のOp-Ampが見える。
 高Bandwidth・高Slew RateのIC Op-AmpとするならOPA1656(GBW 53 MHz・Slew Rate 24 V/μs)が該当する。OPA828(GBW 45 MHz・Slew Rate 150 V/μs)あたりも考えられるが、調べていると「高速=50 MHz以上」の意味でつかわれているケースが多そうだからOPA1656の方が条件に近い。実は条件だけで言えば例えば音が良いと評判のTI THS4631も該当するのだが、THS4631はユニティーゲインでは発振して使えないので別の理由で条件からは外れる。


Operational Amplifier (Op-Amp) の話

2023-09-16 | オーディオ

 以前から小出しに書いているが、筆者は新しい自宅用のオーディオシステムを構築中で、その部品のひとつであるOp-Ampについて悩んでいるのでメモ代わりに記録しておこうと思う。

2023.09.18
 記事を読み直してみて、目新しくもなく技術的でもなくつまらなかったので脱線したマニアックな話題(?)で内容を一部変更。

2023.09.23
 Burr-Brown OPA828が届いたため一部変更。

2023.09.25
 Burr-Brown OPA627について加筆

動機

 とある超高性能なパワーアンプを入手したのだが、同種のパワーアンプユーザーの間ではOp-Amp交換が流行っている(※この超高性能パワーアンプについては、筆者の新オーディオシステムについての別記事で説明する予定)。

 ただし、日本でも20~10年ほど前に流行った中華DACのOp-Amp交換とはやや様相(というか価格帯)が異なり、交換前の標準Op-AmpがTI/NS LM4562やTI/Burr-Brown OPA1612(※これらは普通)ながら、アップグレード先として話題に上るのがDiscrete Op-Ampの米Sparkos Labs SS3602(2回路入り US$ 80ほど)・Sparkos Labs SS2590(1回路入り x 2個 US$ 100ほど)・米Sonic Imagery Labs 994Enh-Ticha(2回路入り US$ 100ほど)・瑞Weiss Engineering OP2-BP(2回路入り US$ 340ほど)、ステレオ・バランス(計4回路)でUS$ 200~680コースといった具合で文字通り桁違いとなっている。
 それにも関わらず、ユーザーによっては「Op-Amp交換による、音の違いはほとんど無い」という意見も多い(※そもそものパワーアンプが超高性能なため人間に知覚可能なレベルの違いがほとんど出ない、という意味で一般論として差がでないという意味ではない)。

 超高価格製品の並ぶ(電源ケーブルが1万円/mとか)オーディオの世界なので、音のグレードアップのためUS$ 200~680というのはおかしな話でもないのだろうが、人間に知覚可能な差が得られないというのであれば投資の意味が無さそうに思える。

本当に「Op-Amp交換による、音の違いはほとんど無い」のか?

 まず「Op-Amp交換による、音の違いはほとんど無い」の部分について、筆者の機種で標準のBurr-Brown OPA1656と手持ちのBurr-Borwn OPA627・Burr-Brown OPA828を使って比較検証した。(2023.09.23追記:OPA828が入手できたため追加)

 OPA1656はBurr-Brownの最新のOp-Ampで、安価ながらOPA1612に匹敵・部分的には上回る高性能とも言われる。ニュートラルに低音域から高音域まで再生されており高性能だが距離が感じられ、個人的には音の生々しさに欠けると感じた。
 そもそも、筆者はクラシック音楽好き→コンサート好き→(コンサートでの体験の再現のため)オーディオ好きという経緯があるので、生粋のオーディオマニアとは視点や趣向が異なり「コンサートに近い音≒良い音」なのだが、その視点でOPA1656の音を評価するなら、「商業録音」的なキレイさは文句の付け所が無いものの、距離が遠く感じられ演奏者が目の前にいるような生々しさが感じられない。

 その意味ではOPA627AUの方が音が分厚く距離が近く感じられる。さすがにコンサートでのライブ演奏とは比較できないものの、演奏者が目の前にいるような感覚は得られる。
 ただ、中音域が目立つ一方で高音域の伸びが相対的に感じられず、あえて悪い言い方をすると1980年代の高級オーディオの音を聴いているような錯覚を覚える。本当に「音が良い」と言ってしまっていいのか躊躇われる。
 ついでに、これは筆者個人の問題だがOp-Ampが計8回路(2回路 x 4個)必要なのにOPA627AUは2回路化・DIP-8変換済モジュールを2個しかないためOPA627AUに統一することができていない。

 OPA828はOPA627とOPA827の後継と位置付けられたOp-Ampで特性もよく似ている。データシート上のスペックでは概ね全項目でOPA627を上回るほか、OPA627より入手性が良いのもポイントである。
 OPA828の音はOPA627とOPA1656の中間的に聴こえる。ニュートラルで低音域から高音域まで出ている一方で、楽器が前方のステージ上で鳴っているような感覚を得られる。ただ、OPA627のような中音域の迫力は無い。

 とりあえず個人的な結論としては超高性能パワーアンプでも「Op-Amp交換による、音の違いは」あるということで、 とりあえずOPA828に落ち着いた。
 そもそも筆者の使っているパワーアンプは特性が非常に良くニュートラルで色付けの無い音なのでOPA828の音質・特性に合致していると思う。

Burr-Brown OPA627

 Burr-Brown OPA627については色々と誤情報が錯綜しているように思われるためソースと共に加筆しておきたい(いずれも2023年09月現在):

  • OPA627は製造が中止されたとよく言われるが、選別品・DIP8パッケージOPA627BPや一般品・DIP8パッケージOPA627APについては製造中止の旨が見つかるものの、一般品・SOP8パッケージのOPA627AUについての製造中止の記載は見つからない。
  • 公式Texas Instrumentsサイトから1個US$24.705~1000個購入で1個あたりUS$16.147で購入することができるほか、2500個単位でも購入できる。公式の記載から推測するに在庫は潤沢にある。

ここで「潤沢にある」の根拠はOPA627AUに関しては「新規設計での使用を推奨しません(Not Recommended for New Design)」の表記が無く「アクティブ」表記だからである。「新規設計での使用を推奨しません」は、メーカー=TIが既存顧客企業(オーディオメーカーや計測機器メーカーなど)の既存設計に対する供給保証のための生涯分の在庫は確保しているが、新規顧客・新規設計のための在庫は無い場合である。言い換えればOPA627AP/BPの在庫はメーカーが確保済分のみだが、OPA627AUは新規設計に対応可能なほど供給可能できる。
 そうするとDIP8化して販売している業者が「ヴィンテージ」だの「中古」だの「計測機器からの再利用」だのと表現している点が不可解だが…。

 そんなわけで、OPA627は今後も入手可能なはずだが、OPA1656・OPA828が出た現在となっては個人的には価格ほどの価値は無いかと思う。OPA1656は1個あたりUS$1前後・OPA828は1個US$3前後で流通量も潤沢なのでニセモノを掴まされる恐れもない。OPA627の中~低音域の音質が好きであえて選ぶ人もいるだろうが、普通のオーディオ用途なら、低価格重視ならOPA1656・高性能重視ならOPA828で良いのではないか。

Discrete Op-Amp

 Discrete Op-Ampは高価だがデータシート上の性能はIC Op-Ampに劣ることが多く、何が優れているのか解り難い。著名な個人ブログで「音の分離が優れる」という意見もあるが、よく判らない。

 数値によらない違いとしては、Burson Audioの説明が解り易そうに思う。
 IC Op-Ampは容易に集積可能なことからDiscrete Op-Ampでは到底真似できない多数の電子部品を集積している(例:NE5534には53個相当の電子部品が集積されているが、Burson Audio HA-160の入力部は32個しか搭載していない)。ただ、これはIC Op-Ampはオーディオ専用ではないのでDiscrete Op-Ampでは搭載する電子部品を減らせるからでもある。Discrete Op-Ampの利点として、それらの構成部品を制作者が選べるため最適な部品で構成できる。 

 もっとも、筆者に言わせれば後半はともかく前半は眉唾である。Burson Audioの競合メーカーであるSparkos Labsの場合、下位SS3602は2回路で68個・上位SS2590に至っては2回路で144個もの電子部品を集積している。良好な特性や高い安定性のために物量を投入するというのはDiscrete Op-Ampだろうが普通のことのように思える。

 上述のDiscrete Op-AmpメーカーのSparkos Labsは周波数帯域によるGainの変化について、IC Op-AmpのデータシートのOpen-Loop Gainは低周波数帯(例えばOPA627のOpen-Loop Gain=120 dBは0-10 Hzでの数値)だが高周波数帯(例えば10 kHz)ではOpen-Loop Gainは著しく劣化するが、同社製Discrete Op-Ampでは劣化が小さいと主張している(参考)。


Open-Loop Gain
(1 Hz)
Open-Loop Gain
(10 kHz)

SS3602140 dB90 dB64.3 %
SS2590165 dB90 dB54.5 %
OPA627120 dB63 dB52.5 %
OPA828140 dB75 dB53.6 %
THS463180 dB80 dB100.0 %

 個人的に興味が出てきたので上述のSparkos・Sonic Imagery・Weiss以外のディスクリートOp-Ampで良さそうなものが無いか並行して調べた。
 結論としては、ある程度品質が確かで且つDIP-8接続だと豪Burson Audio Spreme Sound V6・英NewClassD Discrete Op-Amp・波Staccato OSH-DHAなど、日本だとFidelixなど他の選択肢も無くはないが、概ね同価格帯(2回路で概ね1万円~)なうえSparkos・Sonic Imageryの評判が高いため、強いて選択する必要性を感じられない。こうなると「音を良くする」云々よりも、ほぼ個人の趣味の領域である。
 DIP-8以外だとAPI(Automated Processes Inc)社製Op-Amp互換のものが幾つか存在する(Sparkos SS2590もそうである)が、巨大で物理的制約も厳しいためさらに難易度は高い。

 手頃な価格で入手可能と思われるのが中国製だが…スペックが掲載されていなかったり明らかに桁を間違っていたりするので「ネタ製品」としか考えられず御勧めできない。
 余談だが、興味深いことにこれら中華Discrete Op-Ampの多くがマランツ「HDAM」を謳っていることなのだが…実はこれは必ずしも虚偽や冗談とは限らない。実はマランツHDAMの回路図は昔のマランツ製品のサービスマニュアルで公開されており(簡易版の回路図はネットで簡単に見つけることができる)、恐らくはそれを流用している(もっとも、アナログ回路は回路図だけでなく、構成する電子部品やプリント基板の配線で音質が変わるため、回路図を流用しただけでHDAMを名乗るのもどうかとは思うのだが…)。
 中華系のDiscrete Op-Ampで比較的マシそうなのは有名なオーディオ機器メーカーAudio-GD製Op-Ampあたりだろうが、寸法が24mm x 24mm x 40mmという超力作である。もっとも、製品ページが作られたのは20年近く前のようで既に終息という噂もある。


HiFiMan HE-560 + iBasso DC04

2021-06-19 | オーディオ

 HiFiMan HE560iBasso DC04を導入したので、備忘録を兼ねて記録しておきたい。

動機

 そもそものきっかけは、HE560を比較的安価で入手する機会に恵まれたので勢いで入手してみたものの、組み合わせる適当なDAC/ヘッドフォンアンプが無いことに気が付いたのが事の発端である。
 結論から言えば、本格的なDAC/ヘッドフォンアンプは後日入手することとして当面はiBasso DC04を組み合わせることとした。

 HiFiManのヘッドフォンにDC04のようなUSBドングル型DACアンプという構成は珍妙に思われることだろう。
 HiFiManのヘッドフォンは一般に高音質だが感度が良くなくパワフルな据置型DAC/ヘッドフォンアンプが良くマッチする。実際、ネットでよく進められているのも独LakePeopleのサブブランドViolectricのヘッドフォンアンプである。LakePeopleはLexiconなどと並び欧州のレコーディングスタジオなどで採用されているプロからの評価の高いアンプのブランドである。もちろんViolectric製に拘る必要は無いが、後述する通りインピーダンスが高く感度が低く「鳴り」難いため、そういったチョイスになるのは妥当と言える。
 それにも関わらず筆者がHE560+DC04という構成になったのは、私的な事情による予算や設置スペースの制約からだが、そういう縛りで構成を考えてみるのも面白いと思ったからでもある。

 結果から言えばHE560+DC04という組み合わせは意外なほどに優秀であった。

HiFiMan HE560

 そもそもHE560を購入した動機としては、もともと筆者はSTAXの静電型ヘッドフォンを実家で愛用しており、一般的なダイナミック型以外を採用したヘッドフォンには興味があったためである。ちなみにSTAXは上記の私的な事情により実家に送還してしまってある。比較レビューもしたいところだが手元に無いので後日の宿題としたい。

 HiFiManの採用する平面磁界駆動型とSTAXの採用する静電型とは似て非なるものだが、詳細なメカニズムの解説は他誌(参考)に譲るとして、薄い膜のような平面のダイアフラムを磁気で振動させることで発音するという点が共通である。逆に最大の違いは平面磁界駆動型は専用のヘッドフォンアンプを必要としない点である。静電型はダイアフラムに高電圧を加える必要があるため専用のコネクターやケーブル(5ピン=バランス +/- × 2ch+バイアス電圧用)を必要とするが、平面磁界駆動型は一般的なコネクターやケーブルを使用できる。
 この専用のヘッドフォンアンプを必要としないという特徴は昨今の事情を鑑みれば非常に大きなメリットがある。というのも、ここ5~10年ほど巷ではハイレゾ音源だのと言ってCD音質(Linear PCM 16-bit / 44.1 kHz)を遥かに超える音源や再生装置が出回っており、それに伴い再生装置も目覚ましい進歩を遂げているからで、DAC/アンプをメーカーや機種を問わず取り換えて組み合わせられることは便利だ。
 アンプなどのアナログ回路が大きく進化を遂げたかどうかは解かり難いが、DAC等のデジタル回路は最近の10年でも単に対応フォーマットが拡張されただけでなくS/N比・THD+Nなどが大きく改善していることが解る。

 ここで、DAC/ヘッドフォンアンプ=DC04の説明に入る前に、ヘッドフォン=HE560に最適なアンプの条件を考えてみたい。
※下記はカタログスペック的な内容で、カタログスペックに現れないDACやヘッドフォンアンプの作りが最重要であることは言うまでもない。その前提の下で平面磁界駆動型ならではの要素を考える場合の話である。

 まず、平面磁界駆動型の仕組からして、バランス接続が好ましい。
 これは一般的なダイナミック型では基本的にプッシュでしかダイアフラムを制御しないが、平面磁界駆動型や静電型はプッシュとプルでダイアフラムを制御するからで、ダイナミック型と比べバランス接続の恩恵を受け易いはずである。
 ヘッドフォン接続におけるバランス接続というのは左右の各チャンネルで+と-/GNDとが分離されていることを指す(2チャンネルで計4端子。アンプなどで使われる+/-/GNDが分離された2チャンネルで計6端子のバランス接続とは異なる)。一般的な3.5mmや6.35mmのアンバランス接続の場合は計3端子(TRS)で、左右の各チャンネルで+はチャンネル毎に独立しているが-/GNDは共通になる。-/GNDを左右のチャンネルで分離することはノイズの低減にダイナミック型よりも平面磁界駆動型や静電型で恩恵を受け易い。

 また、ヘッドフォンアンプの出力電圧も重要である。
 一般に平面磁界駆動型は効率=感度が悪く鳴らし難いことで知られるがHE560も例外ではなく、一般的なヘッドフォンの感度が100 dB/mWを超える製品が多い中でHE560は90 dB/mWである。
 単に音を出すだけであれば出力の小さいヘッドフォンアンプでもボリュームを上げれば音が出ないことは無いが、ヘッドフォンが「鳴る」感じはしない。そもそもアンプは大音量を出し続けるようには設計されていないから、そのアンプの標準的な音量でスピーカー/ヘッドフォンを駆動できるようなアンプとスピーカー/ヘッドフォンとを組み合わせることが望ましい。

iBasso DC04

 DC04は、その外観からは想像できないほどHiFiManのヘッドフォンに適したDACだと思う。サイズの割にDAC/ヘッドフォンアンプの性能が優れている上に、上述のバランス出力と高出力レベルを実現しているからだ。高出力を極めて優れたS/N比・高解像度で実現している。

 DC04はちょうどiBasso製DAPであるDX160のオーディオ部分を抜き出したような構成をしている。DX160の場合はRockChip製プロセッサーのAndroid端末をホストにオーディオ機能が搭載されているが、同じオーディオ機能をPCやスマートフォンで使えるように切り出したのがDC03/DC04と言える。USBホストとの接続には中Savitech SA9227Aが用いられ、そこに米Cirrus Logic製CS43131を左右チャンネル独立で2基搭載されている。
 尚、DC03/DC04の構成はほぼ同じで、外観上ではDC03はアンバランス接続3.5mmミニジャック、DC04はバランス接続4.4mmジャックという点が異なり、DC04の方が出力が大きい点が異なる。

 昨今のハイエンドDACといえば米ESS Technology製Sabreシリーズや日AsahiKasei Microelectronics(AKM)製Velvet Soundシリーズが有名だが、USBドングルタイプのDAC/ヘッドフォンアンプではCirrus Logic製DAC搭載製品が増えている。韓iRiverのサブブランドAstell&KernもPEE51というCS43198搭載のUSBドングルタイプのDAC/ヘッドフォンアンプを投入したが、CS43198にヘッドフォンアンプ機能を統合したのがCS43131で、CS43198とCS43131のスペックシート上の機能・性能は上述のアンプ以外は同等である。
 PEE51を手にしたことが無いためDC04との比較はできないが、HE560との組み合わせという条件では上述のバランス接続と大出力で分がある。
 この種の製品では外付で米Texas Instruments/Burr Brown製ヘッドフォンアンプが搭載されている製品が多いが、上述の通り本製品ではCS43198に統合されている。上記のUSBインターフェースのSavitech SA9227Aと合わせ僅か3チップという極めてシンプルな構成となっている。

 PC用のチップなどでは同じ機能・性能であればチップが統合され数が少ない方が好まれる(電力効率が良い・省スペース・コストが安いなどのメリットがある)が、オーディオでは一般にノイズを避けるため分離される方が好まれる傾向がある(例:DACの左右チャンネルの分離やDACとアンプなど)。しかし、DC04に限って言えば非常に高いS/N比(公称133 dB)を実現しておりDACやアンプが統合されていることは問題となっていないように見える。

 iBasso DC03/DC04は上記のような同等の構成を採用しているが、DC03が3.5mm 3極ジャックのアンバランス接続・DC04が4.4mm 5極ジャックのバランス接続となっており、後者の方が出力も大きく設定されている。
 一般的なポータブルDACではせいぜい32Ωのインピーダンスの場合に2Vrms前後だが、DC04は32Ωで2.5Vrms・300Ωで4.0VrmsというポータブルDACとしては強力な駆動力を誇り、HE560のようなインピーダンスが高く感度が低いヘッドフォンでも余裕をもって駆動できる。

 HE560とDC04と組み合わせる場合に注意が必要なのはケーブルである。HE560に標準添付のケーブルは3.5mm 3極のアンバランスケーブルなのでリケーブルの必要性があるためだ。
 問題はこのケーブルの入手性で、一般にバランス接続と言えば据置型のアンプではXLRが一般的だがポータブル機器では業界標準が定まっておらず2.5mm 4極と4.4mm 5極が混在しておりケーブルも品揃えが良くない。
 この種の製品はポータブルプレイヤー・DAC/アンプ・ヘッドフォンも中国メーカーが手広く展開しているのでAliExpressなどで見つけることができる。

総評

 今回はHiFiMan HE560とUSBドングル型DAC/ヘッドフォンアンプという縛りでiBasso DC04を取り上げたが、この組み合わせは意外に使えそうに思う。

 もちろん性能・音質から言えばViolectric製DAC/アンプのような高性能な据置型のDAC/アンプとの組み合わせの方がHE560の性能を引き出せるのだろうが、DC04のUSB-Cケーブルを除くと約40mm x 20mm x 15mmで僅か12gの重量という超小型の筐体でそこそこに鳴らせるというのが大きな驚きであった。
 これだけ小さければHE560の用途の自由度を広げることができるのではと思う。何より、HE560(約$900)やViolectric製DAC/アンプ(約$2,500前後)からすれば誤差の範囲内の出費(約$60)でそれが可能になるというのが大きい。

 HE560+据置型のDAC/アンプの組み合わせでは使う場所を選び、例えば自宅内の自室など半径1m程度の決まった場所で使うことになるだろうが、HE560+DC04の組み合わせでは、その枷から解き放ち外に持ち出すことが可能になる。
 HE560自体が巨大だしオープン型で音漏れするため、外出先(例:通勤電車の中)で使いたいかといえば疑問だが、自宅内での移動(例:自室からリビングや庭先への持ち出し)はもちろん、自動車に詰んで旅行先に持って行ったりという用途は想定できることだろう。DC04は外部電源を必要とせず消費電力も低いからスマートフォンだけで駆動できるのもメリットといえる。