あるブログ記事の「インテルCEO「AMDは終わり」」発言について
とあるブログメディアがWCCF TechやCRNなどの記事を引用(※後述)し、Intel CEO Pat Gelsinger氏が同社の新CPUについて「AMDは終わり」と発言したと記事にしており、それが某巨大掲示板など一部で話題となっているのでコメントしておこうと思う。
これには2つの論点があり、Gelsinger氏の発言そのものの意味(誤訳や恣意的な切り取りの有無など)について、また内容の妥当性について考える必要がある。
まず前者について言えば誤訳というか恣意的な切り取りというのが妥当と思う。実際の発言(CRNより引用)は「AMD has done a solid job over the last couple of years. We won’t dismiss them of the good work that they’ve done, but that’s over with Alder Lake and Sapphire Rapids(AMDは過去数年で堅実な仕事をした。我々は彼らのしたそれらの良い仕事を無視する気は無いが、しかし、それもAlder LakeとSapphire Rapidsで終わる)」と自社製品と他社製品の優位性を比較して論じており、要するに「他社の優位が終わる」としか言っていない。これを「他社が終わる」と言うと他社が倒産でもするようだが、そういう事を言っているわけではない。
では、Intel "Alder Lake"はAMD Zen 3/Zen 4に比べて素晴らしいのか?という話だが、これもWCCF Techなどの報じた内容を見ると想定の範囲内で、単に2017~2021年の間に渡りIntelが一方的に不甲斐なかったというだけのように見える(後述)。
そもそもの話をすれば、Intel Coreに対するAMD Zenのコンセプトを端的に言い表せば、同年代のIntel Coreに比べ8割程度のコストで9割以上のシングルスレッド性能と同等以上のマルチスレッド性能を達成する、ということになろうかと思う。そして、そのコスト削減分を活用して同価格帯で+2コアのコア数を実現している(クライアント向けRyzen SKUの場合。サーバー向けEpyc SKUの場合では1.5~2倍近いコア数になる)。
このため同世代ではIntel Core 10コアとAMD Ryzen 12コアは同等のコストになる(もし1コアあたり1.0:0.8なら、Intel 10コア対AMD 12コアで10:9.6でほぼ同等になる)し、シングルスレッド性能ではIntel CoreがAMD Ryzenを10%ほど上回るが、マルチスレッド性能では+2コア分が活きAMDが大幅に逆転することができる。
そのため、AMD ZenファミリーのCPUアーキテクチャーは、最速性能を追求したというよりも、性能/コストや性能/消費電力などの現実的なバランスを取った(悪く言えば妥協した)ものに見える。
例えば初代Zen/Zen+を見てもAVXユニットの物理実装はIntelの半分の128-bitで、これはAVXユニットそのものとLoad/Storeユニットの実装コストを削減できる。また、Chiplet化も他のCCXに付随するキャッシュへのアクセス遅延は無視できないほどに悪化するが、その一方で歩留まりの大幅な向上に役立つ。さらに現行モデルでもIntelはAVX-512を実装し、その効果を宣伝しているがAMDは実装していない。これらはすべて、性能が若干劣化するが大幅にコスト削減に寄与するものである。
実際、2018年後半~2020年のIntel Core Gen 9-10・AMD Zen Gen 2-3を無視して、Intel "Coffee Lake"対AMD "Zen+"やIntel "Tiger Lake"対AMD "Zen 3"を比較すれば、上述の「Intel Coreに比べ8割以下のコストで9割以上のシングルスレッド性能と同等以上のマルチスレッド性能」・「AMDが+2コア」の構図は概ね正しいはずで、2018~2020年にAMDが素晴らしい実績を残したというか、Intelの製造技術が一方的に躓いた、という方がしっくりくる。
以下はAnandTechからの引用と、対Core i7 8700K比での性能を示したものだが、シングルスレッド性能はCore i7 8700KがRyzen 7 2700Xに対し概ね10%上回るが、マルチスレッド性能ではCore i7 8700Kの6コアに対しRyzen 7 2700Xは8コアで逆転している。
| Core i7 8700K | Ryzen 7 2700X |
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CineBench R15 Single-Thread vs 8700K | 205 100% | 177 87% |
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CineBench R15 Multi-Thread vs 8700K | 1428 100% | 1792 125% |
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これはAMDの実績を否定しているわけではなく、仮にIntelが順調だったとしても、上述のAMDの巧妙な戦略により十分互角に戦えていたという意味である(単に、現実は想定よりも圧倒的だったというだけで)。
今回CRNやWCCFが報じたAlder Lakeの性能についても、概ね予想の範囲内と言って良い。IntelもAMDも世代毎に10%強のIPC向上と5%強の動作周波数の向上との組み合わせで世代毎に20%前後の高性能化を果たしているからだ。
下記はWCCF Techからの引用と、Core i9 11900K比での性能を示したものだが、例えばシングルスレッドの"Alder Lake"の825とZen 3の647という数字だけを比較すれば圧倒的な性能差に思えるが、来年初頭に登場するZen 3 + V-Cache(通称Zen 3D)や来年後半に登場するZen 4で20%程度の性能向上すると仮定すれば、現状(Intel "Tiger Lake"対AMD "Zen 3")から大きく形成が変化するようなものでもない。
ただし、Intelからすれば2018~2020年の間のような劣勢になることもない(≒AMDの圧倒的優位は終わる)。
| Core i9 11900K | Core i9 12900K | Ryzen 9 5950X |
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CPU-Z Single-Core, vs 11900K | 682 100 % | 825 121 % | 647 94 % |
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CPU-Z Multi-Core vs 11900K | 6563 100 % | 9423 144 % | 11856 181 % |
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