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Think Yokoyama Weblog

50代のお部屋へようこそ…

BRAIN DRIVE その2

2008-02-10 12:00:18 | ヨコ録
『完全驚異』/BRAIN DRIVE (1992年10月21日発売)

参加楽曲
 全楽曲参加

横メモ
 92年6月くらいに<BRAIN DRIVE>初のフルアルバムを録音しました。
今回も前回同様、合宿レコーディングでした。(彼らとのレコーディングといえば山中湖を思い出します)

 レコーディングに入る前の4月に<M-AGE>のツアーがあった時、彼らが観に来てくれて「横ちゃん、ベースアンプの裏に隠れてよく見えなくてかわいそうだから、うちらとやる時は前の方にしてやるよ!」って冗談(?)で言ってくれました。
その後、5月くらい?に<BRAIN DRIVE>のお披露目ライヴが大阪と東京であったと思いますが、本当に前に陣取らせてもらいました^^
(フロントマンの大変さが少し解りました)

 そんな流れもあり、今回のレコーディングは気心知れた和気あいあいの雰囲気で創られました。
(相変わらず終わった後のゲームではボコボコにしましたが^^;)

 アルバムの中で特に印象に残っている曲・・・

 一つ目は、アルバム1曲目の『TIME TRICK STAR』という曲がありますが、レコーディングでも1曲目に録音しました。
初めてデモテープを聴いた時にイントロから来るゾクゾク感に鳥肌が立ちました。
「このカッコ良さを更に肉付けして強力なバックアップをするぞ!」と気合いが入ったものでした。

 二つ目は、5曲目に入っている『SET ME FREE』という曲です。
水田君の書く(多くは激しくカッコイイ曲)中でもこの曲は「甘くて優しくてグッとくる」名曲の一つです。
この曲のシンセのアレンジは、彼らの「綺麗にして」というオーダーのもと僕が頑張りました。
個人的には満足しているのですが・・・ただ、間奏のピアノソロは録音した時何故かいっぱいいっぱいで、今聴いても焦ってる感が伝わってきます(^^;)
 機械的に創っていても、「迷いは音色やプレイに如実に出る」という体験をしました。


 このレコーディングでは、ギターフレーズをサンプリングして鍵盤で弾いたりもしました。
こういう発想は自分には無かったので、新鮮でした。(だから人とやる意義も意味もあるのですね^^)
とにかく、いろんな音をサンプリングし、構築して創り上げたアルバムです。

 大きな流れに身を任せた僕に、一つの転機がそっと近づいて来ているのでした。・・・つづく
コメント (5)
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DANCE 2 NOISE 003

2008-02-04 11:52:30 | ヨコ録
『DANCE 2 NOISE 003』/V.A. (1992年8月26日発売)

参加楽曲
 13 I NEED YOU・・・ / DEEP
      (全14曲中1曲参加)
 尚、6曲目の「SOMEWHERE WONDERFUL~REMIX」/BRAIN DRIVEには、録音には参加していますが、当リミックスには参加しておりません。

横メモ
 様々なレコーディングや幾つかのライヴにも参加するようになった92年4月以降、自分のアルバムのレコーディングが実はありました。
 Tさんのもと3曲録音したのですが、残念ながらお蔵入りになってしまいました。(そのうち1曲はその後何度もアレンジをかえて15年後くらいに日の目に当たりましたが・・・)
 Tさんから仕事のオファーがどんどん来ましたから、ショックは別に無かったと思います。
 <M-AGE>のレコーディングが終わった後も、小淵沢のスタジオに合宿で<DEEP>のレコーディングをしました。

 実はこの時の記憶があまりありません。(メンバーの方々すいません^^;)
 メンバーの中にジュウイチ君という人がいて、その時は何となく話した記憶があるのですが、
それから何年か後に某ギタリストのサポートをしている所で会った時は懐かしかったです。(彼も当時の事を覚えていてくれました^^)

 このレコーディングで覚えている事は・・・
レコーディングはすんなりいった・・・
録音が終わっても、メンバーとロッジが離れていたので一緒に呑めず、なんとなく残念だった・・・
食事タイムはクラシックが流れていて、みんなシ~ンと食べていた・・・
 最終日のTDの時、夜まで時間があったのでTさんと清里まで行ってみた・・・
なんとなく女子大生って感じで、縁のない世界でした^^;
・・・と、そんな感じです。(本当にすいません)

 このアルバムが発売された頃、日本にいなくて貰い損ねたので記憶には無いけど、(ホントすいやせん)
いろいろ繋がっているという事で大事な仕事だったと思います。・・・つづく
コメント (12)
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M-AGE その3

2008-01-26 13:59:29 | ヨコ録
Single 『someday close your eyes』/M-AGE (1992年7月22日発売)
Maxi  『someday ep』      /M-AGE (1992年7月22日発売)

参加楽曲
 全楽曲参加

横メモ
 92年3月でラジオ制作会社を退社したら、<M-AGE>の所属事務所が僕のことをお誘いしてくれたので、なんとなく所属しました。
そして4月から<M-AGE>のツアーが始まり、マニピュレーターとして同行させてもらいました。
ステージ上に立たせてもらってのライヴ。僕個人は何度かライヴをやってましたが、初めて「黄色い歓声」というのも体験しました。(当然メンバーに向けてのものです^^;)
 このツアーの為に合宿リハーサルなどして、みんなと寝食ともにしました。
(かっちゃん特製のカレーは最高でした。あと、絶対どんな時も納豆は欠かせないんですね。さすが茨城県人^^)

 大成功のツアーも終えて、早速レコーディングに入ったのが本作です。(合宿レコーディングでした)
彼らは常に新しくて面白い音楽にどん欲だったので、サウンドは前作と同じ事はせず変化して行きました。

 このレコーディングでの思い出は・・・

 ギターのミヨケンがワーミーというのエフェクターを導入して(ペダルを踏むと音が1~2オクターブ上がったり下がったり出来る)使いまくってたので、僕も借りてシンセに通して微妙なヨレ感を録音しました。(ピッチベンドでやるのとも違う音質になるのを知りました)

 あとは、合宿期間中ず~っと歯痛に悩まされた事です。奥歯の詰め物が取れてしまって、食後必ず激痛が走るのです。
あの頭蓋骨に「ピキッ!!!!」てくる感じ・・・1度来たらず~っと続くやつ・・・
 ホントに何にも出来なくなるんですね。歯の大切さを思い知らされました。

 そんなこんなの(どんな^^;)、海が綺麗だった(合宿レコーディング場所が海の前だったんです)な~って思い出す作品です。


 レコーディングが終わった段階でTさんから「横ちゃん、パスポート持ってる?」と聞かれました。
急いで用意をするのでした。・・・つづく

※M-AGEとのその前その後
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BRAIN DRIVE

2008-01-22 16:27:18 | ヨコ録
『BRAIN WASHING』(インディー盤)/BRAIN DRIVE (1992年4月21日発売)

参加楽曲
 全楽曲参加

横メモ
 92年正月から1週間ラジオ制作が休めるということで、Tさんからの紹介で<BRAIN DRIVE>の合宿レコーディングに参加しました。(バクチクの前にやってました)

 最初に彼らの存在を知ったのは『Dance 2 Noise 001』でした。(その時は4人組)
そのサウンドは僕の好みで、Tさんになんとなく「いいっすねぇ~」を連発してました。
ボーカルのMIZUTAという人の「ローボイス」が印象的でもありました。

 彼らは今回のレコーディングの時点で2人組になってました。ボーカル+ギターの水田君、ドラム+プログラミングの表野君、二人ともシャイでした。(なかなか目は合いませんでした^^;)
僕も人見知りするので、作業はなんとなく黙々とやりました。でも出した音に対してすごく喜んでくれたので楽しくレコーディングが出来ました。
 ギターサウンドですが、打ち込み路線。
その後、より過激になるのですが、このMaxiは出発点といったところでしょうか。
そういえば残念な事に、クレジットで僕の名前が間違ってましたね^^;
(因みにその後メジャーから発売された同タイトルのMaxiはアレンジも曲順も違います)

 合宿といえば作業後は呑みになるわけですが、みんなでサッカーゲームをよくやりました。(酒とゲームがコミュニケーション手段でした)
 僕は負けず嫌いなので(どうしても接待的なことができません^^;)、表野君に容赦なく勝ってました。(会って間もない頃なのにホントすいません)


 個人的なことですが、3月に僕が携わっていた番組(3つ)がちょうど都合よく終わったので、ここぞとばかりに退社しました。(親には当時言いませんでしたが^^;)
 音楽1本でやっていくぞ!・・・言い訳は出来ないぞ・・・後戻りは・・・ん~~GO!!

 その後のライヴ活動も含めた僕の音楽人生が、彼らとの出会いによって、幅広くそして大きくなるのでした。・・・つづく
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BUCK-TICK

2008-01-20 01:24:23 | ヨコ録
『殺シノ調ベ』/BUCK-TICK (1992年3月21日発売)

参加楽曲
 全楽曲参加

横メモ
 91年から星野さん(以後ヒデさんと呼びます)とプライベートでも呑みにつれていってもらったりして(自分、お酒が呑めて良かったねぇ~)、親交を深めておりました。(僕の偏見でしたが、ヒデさんはとてもスタイリッシュに生活をしていたので、それ以降尊敬の念を込めて「シティー派」と呼ばせてもらっております^^)
 そして年末に渋谷でライブがあるということなので、初めて<BUCK-TICK>を観させてもらいました。僕は5人のパワーにただただ圧倒されてしまいました。(こんな僕がレコーディングに参加なんて出来るのだろうか・・・)

 Tさんのお誘いで、92年頭からレコーディングが始まりました。
 僕は相変わらずラジオ制作をしていたのですが、可能な限り昼間から録音に参加してました。
 発売日が3月なので、かなり詰まったスケジュール。後半は3つのスタジオでそれぞれがバラバラに録音してました。

 僕がいたスタジオでは、主に櫻井さんとヒデさんが一緒でした。
櫻井さんの歌ダビングを初めて間近で見ましたが、凄さに鳥肌が立ちました。
彼もとても優しい方で、いろいろな話をしてくれました。(僕のイメージでは絶対笑わない人だと思ってましたが、アイスを食べながらカメラ目線で微笑んでくれました^^)

 リズム隊のみなさん(アニイさん、ゆうたさん)は、僕が録音する頃は録り終わっているので残念ながら会えませんでした。(お話が出来るようになるのはその後です)

 もう一人のギタリスト今井さんは、とても寡黙な方でした・・・(ちゃんと話せるようになるにはその後2年かかりました^^;)
黙々と録音してました。そして彼が奏でるサウンドに僕は鳥肌が立ちました。
ギターでシンセの音も出せる事をその時初めて知りました。
 印象に残っている曲は『M・A・D』で、僕が録音している状態ではまだ原曲に近い状態でしたが、今井さんに渡ったらお聴きのものに変化していました。
(この人の頭の中を見てみたいと思わずにはいられませんでした)

 このレコーディングでは僕はほとんど手弾きでした。時間との闘いで大変でしたが、色々学べて有意義な一時を体験出来ました。


 バラバラに録音していても、一つにまとまった途端とてつもないサウンドに進化するバクチク。
 彼らの凄さに付いて行きたいと思ったレコーディングでした。・・・つづく
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DANCE 2 NOISE 002

2008-01-09 12:02:35 | ヨコ録
『DANCE 2 NOISE 002』/V.A. (1992年3月21日発売)

参加楽曲
 2  A HOWLING OF AN AUTIS / PANDEMONIUM
 7  DUAL VOICE       / DUAL VOICE
 12 JAPANESE SIGHT     / THE MAD CAPSULE MARKET'S
     (全13曲中3曲参加)

横メモ
 91年暮れにTさんからのお誘いでオムニバスのレコーディングに参加することになりました。(相変わらずラジオ制作は続けてます)

 まず「PANDEMONIUM」ですが、
これは「M-AGE」のメンバーDJ PEAH君と僕とのユニットです。
ベーシックを僕が作って、その上にスクラッチを乗せてもらうやり方で創りました。
 もともとDJの友達がいたので、DJ PEAH君とのコミュニケーションはスムーズで楽しい一時でした。彼のスクラッチはとても上手でしたね。
サウンドは摩訶不思議なものになりました。(あまり理解されないと思われます^^;)
 このプロジェクトで僕は初めてジャケ写撮影や、(このアルバムに別ユニットで参加しているCMJK君と)音楽雑誌での対談を体験しました。
 やっと「表舞台に立てた」感じがして嬉しかったです。

 続いて「DUAL VOICE」ですが、
Tさんがディレクションをしたバンドの一つで、僕は彼らとは初対面でした。
 この曲では、ドラムネタをサンプリングして(例のサンプラー大活躍です)、ダビングしてきました。
当時、生ドラムや打ち込みで創ったリズムに、違う音質のドラムをループさせて重ねると素敵なグルーヴが生まれて新鮮だったんですね。

 最後に「THE MAD CAPSULE MARKET'S」ですが、
彼らもTさんがディレクターで、僕を紹介してくれました。
 それまでのマッドの音楽は聴いたことがありませんでしたが、ビジュアルは知ってました。
・・・恐そうな人達だ・・・
 でも見かけとは裏腹に、やっぱりみんな良い人達でクールでした。
彼らのルーツミュージックが重なってる部分もあって、和気あいあいと楽しめたレコーディングでした。

 マッドの音楽はかっこいいなぁ・・・日本にこんなバンドが居るんだぁ・・・そもそも『Dance 2 Noise』シリーズって凄いアルバムなんだなぁ・・・これからの邦楽がもっと面白い事になればいいのに・・・と思いました。

 いろんな想いの詰まったアルバムです。


 Tさんは色々なバンドを担当していて、僕に紹介してくれたわけですが(大感謝!!)、ソロ活動期間を終えてついに集結するバンドが居たのでした。・・・つづく
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M-AGE その2

2008-01-08 12:51:43 | ヨコ録
Single 『WALK ON THE MOON』/M-AGE (1992年1月21日発売)
Maxi  『3RE-MIX+1』    /M-AGE (1992年1月21日発売)
Album 『MUSTARD』      /M-AGE (1992年2月21日発売)

参加楽曲
 全楽曲参加

横メモ
 91年の秋くらいからいよいよアルバムのレコーディングが始まりました。
僕は昼間はラジオの仕事があるので、夜中にスタジオに入るというスケジュール。これが2ヶ月くらい続きました。
 因みに「M-AGE」はこのアルバムから、先のレコーディングでスクラッチで参加したDJ PEAH君が正式メンバーとなり5人組になりました。

 ロックバンドサウンドに大胆に導入したエレクトロニクス、そして今では普通となっているターンテーブルを置いたDJスタイル。僕には理想的バンド像でした。

 このレコーディングでとても為になった事。

 一つ目は・・今では考えられませんが、時間をたくさんかけてもらえた事です。
当時、これからの音楽スタイルには必需となるであろう「サンプラー」という楽器がありましたが、それを使い方から覚える時間をもらえたのです。バブルの恩恵でしょうか?
(サンプラーとは、音(声でも生楽器でも生活音でも何でもよい)を録音して再生出来る楽器です。音程もつけられるので、自然界に無い音も創れます。)

 そして2つ目は・・レコーディングですから煮詰まる時もあります。その時の言葉使いひとつで最悪の雰囲気になってしまいます。
 そんな時、彼らの出身地である茨城弁に救われた時が何度もありました。
言葉のニュアンスがとても柔らかく、方言っていいなぁと思いました。(自分も新潟弁使いですが、イントネーションがあまり標準語と変わらないので。)
 雰囲気が悪いとき、OKAZAKI君(以後かっちゃんと呼びます)はワザとデフォルメした茨城弁を使って笑いを誘いました。(僕も感化されて茨城弁が喋れるようになりました^^;)
 ギターのMIYO-KEN君(以後ミヨケンと呼びます)と、かっちゃんの会話は最高です^^
方言は大切にしんきゃと思ったものでした。

 そんなこんなで初の長期間レコーディングという事もあり、自分の引き出しを出し切った感がある、思い出たっぷりのアルバムになりました。
 

 無事レコーディングを終えた打ち上げの席で、Tさんから「すぐに横ちゃんにレコーディングを頼みたいのでよろしくね」と言われました。
誰だろう?ついに出会うのか??緊張するなぁ。・・・つづく

※M-AGEとのその前その後
コメント (22)
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Dance 2 Noise 001

2008-01-03 16:31:30 | ヨコ録
『Dance 2 Noise 001』/V.A. (1991年10月21日発売)

参加楽曲
 1 Jarring Voice / HOSHINO HIDEHIKO
 2 CALL ME   / M-AGE
   (全14曲中2曲参加)

横メモ
 91年春、音楽雑誌に掲載された「M-AGE」の『kiss』発売とメンバーインタビュー記事を読んだ某レコード会社のディレクターTさんがメンバーと接触、そしてメジャーデビューする運びになる。
 その頃の僕は、ラジオ2年目になりADからディレクターとなり自分であくせく番組を仕切ってました。
その番組ではテーマ曲などを何曲か作曲して使用してました。(曲の問い合わせがある時は喜んでました)
でも、やっぱり自分参加の打ち込み系音楽活動もやりたくてムズムズしていた時に1本の電話が来ました。

 「「M-AGE」がメジャーデビューします。そのマニピュレートをお願いします。」

 後で聞いた話によると、別な人を付ける予定(そりゃ新人バンドのメジャーデビューに無名の僕が付ける訳ない)が、メンバーの「是非横ちゃんと一緒にやりたい」で(感謝!!)、レコーディングに参加させてもらったのです。
 Tさん筆頭にメンバーも僕も好きだった、当時刺激的だったUKサウンドに音楽をシフトしました。


 無我夢中でやりきったレコーディング(個人的には満足)の後、いつものラジオ仕事をしている時になんとTさんから1本の電話が来ました。

 「「BUCK-TICK」のギターの「ヒデ」がオムニバス用で1曲録音します。そのマニピュレートをお願いします。」

 機材もろくに揃ってない僕ですが、先のレコーディングでTさん(僕にとってこの方との出会いもとてつもなく大きく、音楽を豊かなものにしてくれました)が僕のセンスを気に入ってくれて(感謝!!)、星野英彦さんという人を紹介してくれたのです。

 バクチクは僕の中では超有名人でしたが、音楽をちゃんと聴いた事は無く、CMやTV、新聞で見た程度。
 初打ち合わせの時はナメられちゃいけないと思い、心も身体も背伸びをしてました。だって向こうは絶対髪を立てているもんだと思ってましたから。(当然そんなことはありえません^^;)
 素敵な人柄に一発で魅了されました。

 この人がバクチクの名曲「ジュピター」の作曲者だという事すら知らないまま、彼が創ったテクノ系のデモテープを一緒にコネクリ回して創らせてもらいました。
好きだったボディミュージックの要素も入れたりして・・・(ファンや身内の中ではこの曲は問題作!だったらしいですが^^;)
 後日呑み会で紹介してもらった藤井麻輝さん(当時ソフトバレエのメンバー)からお褒めの言葉をいただいた時は嬉しかったです。
 初めてアレンジにも参加させてもらった曲なので、とても思い入れがあります。

 Tさんと、ヒデさんとの出会いで、いよいよ僕の音楽人生が大きく動き出すのでした。・・・つづく

※M-AGEとのその前その後
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M-AGE

2007-12-27 09:21:34 | ヨコ録
『kiss』/M-AGE (1991年2月25日発売らしい)

参加楽曲
 1 cLOSED iN sIDE
  (全6曲中1曲参加)

横メモ
 90年の春の僕はなんとなく音響の専門学校を卒業し、事務所繋がりでFM番組制作会社がADを探していたので、「テープ編集が出来る」というだけで特に試験もなく就職。
 その少し前に事務所の所属バンドで「たちくらみ」のあとに、確か「バッド・タイミングス」(記憶が定かではありません)のレコーディングに数曲ピアノで参加しました。(当時出来たCDを貰ってなかったので、正確な情報ではございません)

 その頃DJの友達の影響でクラブ(踊るほう)に通っていて、レゲエやヒップホップ、ボディミュージックなどを好んでいました。
 会社が携わったのが、FM802などでクラブミュージックの番組を制作していたので好都合でした。(その番組のDJがのちにボンバーヘッドしちゃいました)
 またbay-FMでは、イカ天ブームもあり邦楽インディーロック系の番組を制作してました。

 そしてラジオ制作に慣れてきた頃、先の事務所に紹介されたバンドが「M-AGE」(当時4人組)でした。

 彼らは全員背が高く、しかも美男子。また性格もいい。
 緊張し人見知りする僕に、特に沢山話しかけてくれたのは、ドラムのOKAZAKI君という人でした。
 すぐにメンバーと打ち解け、一緒にCDを創ることになりました。
 ボーカルのKOICHIRO君と音楽の趣味が近く、当時創っていた僕の曲を気に入ってくれて『cLOSED iN sIDE』として収録されました。
 結局ラジオ制作が忙しく、合宿レコーディングに参加出来ない為、1曲だけになってしまいましたが、初めて自分の曲がCDに入るという事で、とても嬉しかったです。(この曲のその後はまたいつか・・・)

 彼らとの出会いが、その後の僕の音楽人生に大きく影響することになろうとは、まだ気付いていないのでした。・・・つづく

※M-AGEとのその後
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たちくらみ

2007-12-26 10:33:45 | ヨコ録
私の過去の参加作品を、自分の記憶のもと紹介するコーナーです。

第1回目は、初レコーディング作品です。

『地球ヲ救エ!! SAVE THE EARTH』/たちくらみ (1990年の確か1月くらい発売)

参加楽曲:1 チカンに会いたい
     3 かっこいいパパが欲しい
     4 笑ってくれなきゃ
     5 Hey オッケー!
     6 パンツー!パンツー!
     7 SAVE THE EARTH(シークレットトラック)
     (全7曲中6曲参加)

横メモ:当時の僕は音響の専門学校の2年生。就職活動もせず、友達繋がりで音楽活動を始める。
    DJ(ターンテーブル)、MC(ラップ)、そして打ち込みの僕の3人組で、ライブや音源制作チームとして活動。

    そんな中、DJの子の所属事務所にバンドが数組居ました。
    世の中はイカ天ブーム。「たちくらみ」はそんな中の1つでした。
    女の子バンド(ドラムのみ男性)で、少しロリ系ファッション。
    曲タイトルとは裏腹に、皆さん音楽に真面目でした。

    1~6曲目までは、キーボードプレーヤーとして演奏し、
    7曲目は1曲目のリミックスを好き勝手に創らせてもらいました。

    この作品から僕の音楽人生が徐々に動き始めるのでした。・・・つづく
コメント (14)
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