番外編としてアーティスト物でない作品やその他表に出ていない事などを紹介します。
まずは第1弾としまして・・・
専門学校期
1 『WAX TRAX JAPAN』配布用MIXテープ (1989年)
ラジオ期
2 bay FM『クラブ◎』ジングル (1990年4月~1992年3月O.A.)
3 FM802『クラブキングロンドン』テーマ曲 (1990年4月~1990年6月O.A.)
4 FM802『クラブレディオ802』テーマ曲、ジングル (1990年4月~1992年3月O.A.)
5 『JTスーパーサウンド90'』ラジオCM用ジングル (1990年O.A.)
6 ラジオCM用(タイトルは忘れてしまいました)BGM (1990年O.A.)
7 エアロビVideo用(タイトルは忘れてしまいました)BGM10曲 (1990年発売)
8 ビクターコンポ『メッツォA7』店頭説明用CDのBGM2曲 (1990年)
9 『JTスーパーサウンド91'』ラジオCM用ジングル、TV番組用テーマ曲 (1991年O.A.)
10 ケーブルTV番組用(タイトルは忘れてしまいました)テーマ曲 (1991年O.A.)
横メモ
1...DJ(踊らせるほう)の友達がいた事務所が「WAX TRAX」というレーベルの日本での窓口になった?という事で、プロモ用にクラブ(踊るほう)で配布するカセットテープを二人で創りました。これがきっかけでボディミュージックを知りました。
2...曲終わりなどにかける短い(5~15秒)音楽です。10パターンくらい創ったでしょうか。
因みにテーマ曲は当時同じ事務所に所属していたバンド<GEN>の曲でした。この番組でインディーズものをいっぱい聴きました。
3...ロンドンで流行っていた音楽を意識して創りました。この番組でアシッドジャズを知りました。
4...2曲創りましたが、1年目の曲はDJ(話すほう)が(後にボンバーヘッドする)富樫明生さんだった影響でファンクテイストに、そして2年目に創った曲はアシッドハウスっぽいものでした。
5...オーケストラヒットを使った重々しい30秒くらいの曲です。
6...当時流行っていた『ランバダ』みたいな曲を創ってと発注されて創りました。そのまんまになっちゃうので崩すのが大変でした。
7...ラジオで使用していたスタジオでよく会うディレクターから発注されました。テンポや曲調は指定されてたのである意味創りやすかったです。
8...クラブ◎のDJ(話すほう)石丸元章さんの番組という形式で創られました。曲はジングル的に使われてます。
9...曲は忘れてしまいましたが、この時の番組のDJ(話すほう)マイケル富岡さんのほうが印象に残ってます。
(この頃僕はディレクターに成り立てだったので恐縮してましたが、やさしく接してくれました^^ とても素敵な人でした)
10...ラジオ番組のプロデューサーから発注を受けました。民族音楽系の曲が欲しいということでアラブの音楽を勉強しました。
DJイベントでもラジオ番組でもいえる事は、「いかに時間的盛り上がりの波を作るか?」でした。
夜10時から朝5時までのイベントなら「ピークを何時と何時に持ってくる」とか、1時間の番組なら「掴みをどこに置くか」など・・・
とすると、1曲の中にも言える事に気が付きました。
これらを学んだ事により、サビは盛り上がるのは当然として、「まずはイントロ命」な横山作風が形作られました。(その後他の要素も加わっていく事になります)
それまで偏った音楽しか聴いていなかった僕が、この頃一気に幅が広がったようです。
音楽は素晴しい。・・・つづく
まずは第1弾としまして・・・
専門学校期
1 『WAX TRAX JAPAN』配布用MIXテープ (1989年)
ラジオ期
2 bay FM『クラブ◎』ジングル (1990年4月~1992年3月O.A.)
3 FM802『クラブキングロンドン』テーマ曲 (1990年4月~1990年6月O.A.)
4 FM802『クラブレディオ802』テーマ曲、ジングル (1990年4月~1992年3月O.A.)
5 『JTスーパーサウンド90'』ラジオCM用ジングル (1990年O.A.)
6 ラジオCM用(タイトルは忘れてしまいました)BGM (1990年O.A.)
7 エアロビVideo用(タイトルは忘れてしまいました)BGM10曲 (1990年発売)
8 ビクターコンポ『メッツォA7』店頭説明用CDのBGM2曲 (1990年)
9 『JTスーパーサウンド91'』ラジオCM用ジングル、TV番組用テーマ曲 (1991年O.A.)
10 ケーブルTV番組用(タイトルは忘れてしまいました)テーマ曲 (1991年O.A.)
横メモ
1...DJ(踊らせるほう)の友達がいた事務所が「WAX TRAX」というレーベルの日本での窓口になった?という事で、プロモ用にクラブ(踊るほう)で配布するカセットテープを二人で創りました。これがきっかけでボディミュージックを知りました。
2...曲終わりなどにかける短い(5~15秒)音楽です。10パターンくらい創ったでしょうか。
因みにテーマ曲は当時同じ事務所に所属していたバンド<GEN>の曲でした。この番組でインディーズものをいっぱい聴きました。
3...ロンドンで流行っていた音楽を意識して創りました。この番組でアシッドジャズを知りました。
4...2曲創りましたが、1年目の曲はDJ(話すほう)が(後にボンバーヘッドする)富樫明生さんだった影響でファンクテイストに、そして2年目に創った曲はアシッドハウスっぽいものでした。
5...オーケストラヒットを使った重々しい30秒くらいの曲です。
6...当時流行っていた『ランバダ』みたいな曲を創ってと発注されて創りました。そのまんまになっちゃうので崩すのが大変でした。
7...ラジオで使用していたスタジオでよく会うディレクターから発注されました。テンポや曲調は指定されてたのである意味創りやすかったです。
8...クラブ◎のDJ(話すほう)石丸元章さんの番組という形式で創られました。曲はジングル的に使われてます。
9...曲は忘れてしまいましたが、この時の番組のDJ(話すほう)マイケル富岡さんのほうが印象に残ってます。
(この頃僕はディレクターに成り立てだったので恐縮してましたが、やさしく接してくれました^^ とても素敵な人でした)
10...ラジオ番組のプロデューサーから発注を受けました。民族音楽系の曲が欲しいということでアラブの音楽を勉強しました。
DJイベントでもラジオ番組でもいえる事は、「いかに時間的盛り上がりの波を作るか?」でした。
夜10時から朝5時までのイベントなら「ピークを何時と何時に持ってくる」とか、1時間の番組なら「掴みをどこに置くか」など・・・
とすると、1曲の中にも言える事に気が付きました。
これらを学んだ事により、サビは盛り上がるのは当然として、「まずはイントロ命」な横山作風が形作られました。(その後他の要素も加わっていく事になります)
それまで偏った音楽しか聴いていなかった僕が、この頃一気に幅が広がったようです。
音楽は素晴しい。・・・つづく