福寿草群生地から保福寺川にそって上流、保福寺峠方面へ向かいました。車で少し走ると街道筋らしい建物が残った場所があります。
(峠は冬は通行できません)バス停には保福寺下町と表示があります、このあたりを通り保福寺峠への道は古代、東山道(とうさんどう)が通っていたと言われる場所です、万葉の時代以前から人々が往来していたのでしょうか、今ではその遺構が残っているわけではありませんが・・。

街道筋の家並みには宿場、荷駄の集積地等として栄えた昔が偲ばれます。用水があったのか道幅も広く、立派な門のお宅もあります。(現状は明治以降の建物が多いそうです)

今では路線バスもここが終点。この集落を抜けたあたりに番所跡の碑がありました。

この碑の向い側あたりが保福寺(お寺)です。ここには自分の好きな石仏があります(つづく)
(峠は冬は通行できません)バス停には保福寺下町と表示があります、このあたりを通り保福寺峠への道は古代、東山道(とうさんどう)が通っていたと言われる場所です、万葉の時代以前から人々が往来していたのでしょうか、今ではその遺構が残っているわけではありませんが・・。

街道筋の家並みには宿場、荷駄の集積地等として栄えた昔が偲ばれます。用水があったのか道幅も広く、立派な門のお宅もあります。(現状は明治以降の建物が多いそうです)

今では路線バスもここが終点。この集落を抜けたあたりに番所跡の碑がありました。

この碑の向い側あたりが保福寺(お寺)です。ここには自分の好きな石仏があります(つづく)