ミュンヘン空港に降り立ってから、両替をしなくてすむ初めての海外旅行と気付いた。
今回は、ザルツブルク&ミュンヘン四泊五日の小旅行。
すでにチケットを確保したザルツブルク音楽祭に行く事がまず目的で、そしてそのザルツブルクへ行くには、ミュンヘンから入るのがだいぶ便利そうだということで、ミュンヘンを足してみた。
ミュンヘン空港からSバーンでミュンヘン中央駅へ。
ドイツが初めてである自分は、その電車内からの一見何の変哲も無い風景、遠く広がる草原と高く晴れ渡る青空の二層という単純な景色にさえ、ああこれがドイツか、と感傷を覚える。
最近は、和辻哲郎の「風土」を読んでいるおかげで、視点がすっかり影響を受けている。ドイツの木は真っすぐに生える。自然が人間に対して従順であることは、この地に理性的な文明をもたらした。加えて、寒帯的な性質のもたらす陰鬱は、人間の内なる発展を刺激した。ゲーテの詩、カントの哲学、そしてベートーヴェンの音楽がそれである。和辻に言わせれば、「ただドイツの陰鬱の中でのみ純粋音楽の創造という偉大な事業は成し遂げられた」。かなり端折ってまとめるとそんな感じ(ちなみに、彼の本では北欧に関する記述は皆無に等しいが、このドイツに関する比較的詳細な説明をより一層極端にしたものが、それに該当するということになるかもしれない)。
話を戻して、ミュンヘン中央駅にてザルツブルク行き国際列車に乗り込み。ザルツブルクまでは、片道たったの90分。便数も多い。往復で62ユーロ。
二等車のコンパートメントでは、フロリダからはるばる来たという朗らかなアメリカ人老夫婦とご一緒した。マイアミでは今やスペイン語が話せないと暮らせない、とかそんな話を聞いた。先月チェコ~ポーランドを列車で旅して、そのときにも思ったことだけど、ヨーロッパの鉄道の旅というのは、この乗り合わせになった客が、一つのスパイスになり得る。
なぜかパスポートチェックはランダムで、向かいに座っていたドイツ人の若者はチェックされていたのに、自分は素通りだった。どうなっているんだろう。
そんなこんなで午後二時過ぎ、最初の目的地ザルツブルクへ到着。
宿に荷物を降ろして、早速観光へ。好天で何より。
ザルツブルクと言えば、モーツァルトの生まれた町。実際。モーツァルトは、ほとんどこの町の最重要の観光資源と言っていいんじゃないだろうか。しかしどうも、モーツァルト自身は、ザルツブルクを気に入っていなかったようだ。
モーツァルトの生家と、彼がそこそこ大人になってから一家で移り住んだ家と、二つが一般公開されている。正直、両方とも高い金とる割りには見せ方が微妙だったけれど、モーツァルトがこういう場所で生まれ育ったのだと想像するだけでも感慨深いものがある。何しろ、彼がこの場所で鍵盤をぽろろんと奏で始めたそのときにはもう、今日我々アマチュア演奏家が、「モーツァルトのフレーズの終わりの四分音符三つは、ジャンポンポン、て上品にね」なんて指揮者やピアノの先生に言われることを宿命づけられていたわけだ。
この神童を授かった父レオポルドの感じたプレッシャーは相当なものであったようだが、誰もが認める天才音楽家モーツァルトの誕生を見るに、氏の父親かつマネジャーとしての手腕は並外れて優れたものだったに違いない。全てのモーツァルトファンは、彼にこそ感謝を捧げるべきかもしれない。というわけで、お墓参り。
ザルツブルク名物、グルメ関連。
ボスナ(左)は、基本ホットドックだけど、カレー風味のスパイスと、ふんだんに盛り込んだたまねぎのみじん切りが特徴(多分)。小腹が空いたときの食べ歩きに。
そして、楽しみにしていた甘味、ザルツブルガーノッケルン(右)。メレンゲとカスタードクリームをアルプスの山のごとく盛ったもの(Wikipedia)。いわゆるスフレと同じような要領か。通常は三人前から出すところが多いそうだけど(ザルツブルクの山には峠が三つあるらしい)、数少ない一人前を用意してくれるお店をわざわざ調べて行った。こ、これは…さすがに甘い物好き&食べ物は残さない派の自分でさえ、ギブアップ寸前だった。これで一人前って、一体ザルツブルク人はどういう腹をしているのか。ただ、相当甘いと聞いていたけど、少なくともこのお店のはそうでもなく、品の良い甘さだった。まぁネタの一つに。
夜はお待ちかね、ザルツブルク音楽祭の公演。会場はモーツァルテウム。ほとんど確信犯だけど、ジーパンなぞはいてやって来たのは自分だけであった。明日はスーツにしよう。
Die Deutsche Kammerphilharmonie Bremen(ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団)
Paavo Järvi, Conductor
LUDWIG V. BEETHOVEN Symphony No. 1 in C, op. 21
LUDWIG V. BEETHOVEN Symphony No. 2 in D, op. 36
LUDWIG V. BEETHOVEN Symphony No. 3 in E flat, op. 55 – Eroica
何でも、四日かけてベートーヴェンの交響曲全曲を演奏するという企画らしく、その初日。
このオーケストラについて何も知らなかった自分は、正直、明日のウィーンフィルの前座(失礼)のような意味でこの演奏会のチケットを取ったんだけど、どうもすみませんでした。最高に素晴らしかった!!
こんなにもアクションのある演奏というのを初めて見た。ほとばしるエネルギー、情熱。一言で言うと、アツい。ベートーヴェンはこうやって弾くんだよ~。この直前に調子に乗って夕食がてらビールを二杯(1リットル)飲んでしまってまずかったかなと思ったんだけど、全然眠たくならなかったし、この重々しいプログラムでもほとんど全ての瞬間を心から楽しめた。「楽しい」という評価軸で言えば、これまでに聞いたあらゆる生演奏の中でも、間違いなく最高クラス。
まぁさすがにこれだけ熱のこもった演奏をすれば時間経過とともに少々雑になってきた感はなきにしもあらずで、そういう意味では最初が一番良かったかも。ベートーヴェンの交響曲1番がこんなに良い曲だったとは知らなかった。
客席でちょっと面白いことがあって、自分の二列前に座っていた多分ドイツ人の中年男性が、音楽がフィナーレに向かうにしたがって興奮を禁じ得ない様子で、あろうことか、曲のダイナミクスに合わせて大小に震え出し、指揮のふりを始めた。そのすぐ後ろに陣取るご婦人方は、なにこの人ちょっと面白いんだけどぉ~とくすくす微笑んでいるようだった。そして終演。否や、当のおっさんは、ものすごい巻き舌で、ブララララビッシモぉぉぉ、と叫んだ。これには、さすがに自分も笑いをこらえられず、でも自分の気持ちを代弁してくれたかのようでもあったから、それはむしろ清々しかった。そして彼はその後、ご婦人方に振り向き、ごめんねごめんね、とにこやかに詫びていた。
良い音楽は人を幸せにし、そして幸せの共有をもたらす。
このオケはわりと頻繁に来日しているようなので、今後も要チェック。
どうでもいいけど、「järvi」は、フィンランド語で「湖」。