価値観のお話繋がりで、性格も変わりましたという話しをしていました (*^^)v
幼い時には想像力も豊かだった私です。
でも価値観や性格に潜んでいる奥底の深層心理には昨日にも話した恐れとか不安とか心配といった心理が多く働いていたので、想像力の方にも影響を多く与えていたのは言うまでもない。
出来事が起こった時、起こる前、起こす時
そんな時にもその想像力は自分の深層心理によって影響されます。
負のスパイラルに陥るのも仕方がなかったかも知れません。
怖がりだったので、体育の時間などはいろいろ想像が働いて鉄棒も跳び箱なども器具を使うものを信用していませんでした (^^;)
石橋を叩いて渡るというのも慎重で良い事だと思うかもしれないけど、時にその慎重さが邪魔になる時もあった。
お化けとか霊が見えたり聞こえたりはしなっかったけど、
想像力で映像は影のように白黒というか白黒の透明で見えて、こうなってああなって想像が広がっていました。
それが当たり前だったので、ただ怖いから出来ないとか、行けないとか、怖い怖い危ない危ないってよく口にしていました。
今ならそれらも想像力豊かだったんだねと言えますけどね。
ただマイナス思考とか深層心理の闇の方が強かった (^^;)
そこからだんだん大人になるにつれて、自分でしなくちゃいけない事とか、時間に追われながら事をこなして行くうちに慣れも出てくるし、物事の選択もできると、やる事と避ける事も言えるようになったので変な想像力も膨らまさないで良くなっていきました。
その代わりに元々の想像力も使わなくなっていきました。
良い事やポジティブな事に使えばよかったのにそんな時間もなくなるほどしなくちゃいけない事が増えていきました。
何気なく想像したことが世の中に反映していく事もあったりして
流行りとかを先取りしてたこともありました。
それも流行ると思っていないのに先にやりたいとか好きだなとか着たいなとヘアスタイルもそうでした。
流行る前に閃いて想像力が働くという事だったのかなと思います。
そんな時って直感力と想像力がすんなり働いていたんでしょうね。
その想像は広げる時間も忙しくて無かったので、すんなりしぼんで行きましたから今で言うバズる事もなかったです (^.^)
自分の深層心理を分析するようになってからは他者の分析もするようになっていって、物事よりもそちら方面に想像力が働いていきました。
先ずは自分の中の分析から始めたので良いですが、分からないまま人の事ばかり分析していると自分が壊れていたと思います。
自分の中に恐れとか心配とか不安などがあるともっと押しつぶされるからです。
それと同じように人の中の想像力や深層心理に気づかないまま人間関係を構築していくと心が壊れて精神疾患や鬱になるのも当然だと思います。
他人と関わって、他人の話を聞いてても、
一人の話を数人が聴いていても人それぞれの捉え方が違います、
そんなの当たり前の当然でしょうと考える人もいますが、
その人達の深層心理と想像力も違いますから受け止め方も違うのです。
同じ内容の話を聞いても心の受け止め方でそこからの想像力がどう働くで全く人生まで変わってしまうぐらいです。
同じ状況下で同じことが起こったとしても全く違います。
最近の若い子供たちは想像力がないとよく言われています。
若い人たちばかりじゃないと思いますが、
事件や事故を起こした人などももう少し考えればこんなことしなかっただろうにとか言われるし、何度もこんなこと起こっているのになぜ同じことをするんだろうと言われています。
それも想像力の欠如と単純に言われますが、
その人の深層心理の中が負の心理でいっぱいなんでしょうか。
人を殺めるとか、人を傷つけるときに親の悲しむ顔が想像できないのかって思う事もありますが、その親ってどう接して来られたんでしょうね。
最近ではその親すらも殺めたり子を殺めたりってなっていますが、命を想像する事も出来なくなっているんでしょうか。
罪を犯すのは悪い事だけど、その子たちの心理はどうなんだろうと思ったりしますよね。
勉強ばかりして一位目指して良い学校入って良い職業に就いてトップ目指してという時代で、
そればかりじゃなく、時代の価値観で縛られ決めつけられ自由のない事が考える事と想像しないで済ませてきたんでしょうね。
これも時代のツケかもしれません。
先ずは自分の深層心理に気づいてやることが大切だったんでしょうね (^.^)