一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『グリーンブック』 ……ドロレス役のリンダ・カーデリーニに魅了される……

2019年03月06日 | 映画


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※私は「映画をみる」の「みる」を「見る」と表記していますが、引用文では、引用した文章のままに「観る」と表記しています。
(私がなぜ「見る」と表記するかについてはコチラを参照)

第91回アカデミー賞で、
作品賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚本賞の3部門を獲得した映画である。
受賞した作品を見ようとすると、なんだか、
「受賞作だから見たんですね」
と思われそうなのでイヤなのだが、(笑)
「受賞しなくても見ましたか?」
と訊かれたら、
「さあ……」
と、口ごもるような気がする。(コラコラ)
「鑑賞する映画は出演している女優で選ぶ」主義である私としては、
黒人ジャズピアニストと、
イタリア系白人運転手の2人が、
旅を続けるなかで友情を深めていく物語……というのは、
まあ、それほど興味をそそる題材ではないので、(オイオイ)
アカデミー賞の作品賞を受賞していなかったら、
見なかった可能性「大」である。

『九月の恋と出会うまで』(コチラを参照)を鑑賞した雨の日曜日(3月3日)、
1本見ただけで帰るのは勿体ない気がして、
本作『グリーンブック』も見てみようか……と思った次第。
アカデミー賞の作品賞受賞作ということで、
過剰な期待はガッカリ感を招く恐れがあるので、
あまり期待をせずに、フラットな心で見始めたのだった。



1962年、
ニューヨークの高級クラブで用心棒として働くトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、
粗野で無教養だが口が達者で、何かと周囲から頼りにされていた。


クラブが改装のため閉鎖になり、
しばらくの間、無職になってしまったトニーは、
黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。


彼の名前はドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)。


カーネギーホールを住処とし、
ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、
なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。


黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに、


その旅に同行することになったトニー。


自身も黒人に対する偏見があり、それが自然と態度に出てしまうトニーと、
天才ピアニストのカリスマ性を体全体から漂わせるドクターとは、水と油。


だが、狭い車の前後に座って、他愛のないおしゃべりを続けるうちに、
沈黙が多かった社内に笑いが絶えなくなる。
訪れた地での差別によるトラブルを共に乗り越えることで、
互いに抱いていた先入観や誤解も解け、
気がつけば、2人はバディと呼べる間柄になっていたのだった……




正直、これほど面白い映画だとは思わなかった。
人種差別を扱ったお堅い映画と思いきや、
大いに笑わされ、泣かされ、感動させられた。
鑑賞後に思ったのは、
〈私の好きなバディものであり、ロードムービーであったんだ……〉
ということ。
たしかに、人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部を舞台にしているので、
陰惨なシーンや、怒りがこみあげてくるようなシーンもある。
だが、これらのことを、力を合わせて共に乗り越えていくことで、
友情が芽生え、お互いがかけがえのない存在になっていく。
鑑賞後に、これほど幸せな気持ちにしてくれる作品だとは思わなかった。
しかも、この物語は実話ということで、
そのことにも感動させられた。



トニー・リップを演じたヴィゴ・モーテンセン。


“運転手”兼“用心棒”の役であったが、
おしゃべりで、ガサツで、大食漢で、大胆不敵で、陽気な、
典型的イタリア系アメリカ人を演じていて、
驚かされると共に感心させられた。
なによりも、登場したときの、その逞しい体つきに驚嘆した。


単に20キロ増量した点だけが役づくりだと思われたくない。だが増量は必要だった。大食いのシーンが沢山あり、チキンをバケツいっぱいくらい食べて胃袋を広げておかなかったら、あのシーンは可能じゃなかった。(『キネマ旬報』2019年3月上旬号)

たしかに、
車の中でケンタッキーフライドチキンを食べるシーン、
宿で巨大なピザを食べるシーンなど、
食べるシーンが多く、
食べ方も豪快で、何度も笑わされた。


コメディであり娯楽映画だから、気軽に観られる。人種差別についての映画、政治映画は観たくないというような人も、ピーター・ファレリーの映画なら観に来てくれると思う。その人たちが観終わって映画館から出てきたとき、どこか世の中の見方がすこしでも変わってくれたらと思う。それは非常にポジティブなことだと思うよ。(『キネマ旬報』2019年3月上旬号)

こうヴィゴが語るように、
2人の男の友情を描く笑いのドラマでありながら、
その根底には、大切なメッセージが秘められている。
ヴィゴ・モーテンセンは、ガサツな男を繊細に演じ、
そのメッセージをさりげなく観客に伝えてくる。
惜しくもアカデミー賞の主演男優賞は逃したが、
十分に賞に値する演技をしていたのではないかと思う。



ドクター・シャーリーを演じたマハーシャラ・アリ。


彼が演じたのは、
実在した天才黒人ピアニストのドクター・シャーリーなので、
「本物の音楽を知るミュージシャン」を演じるため、
短期間でピアノをマスターしたとか。
その演奏シーンが素晴らしいし、感動させられる。


ドン・シャーリーの本質に近づき正確に演じたいと思った。数少ないフッテージを観るのが非常に重要だった。そこから話し方や、ピアノの前に座る姿勢、基本となるドン・シャーリーとの接点を幾つか見つけ出すことができたんだ。(『キネマ旬報』2019年3月上旬号)

と、役づくりについて語り、
偏見に対し威厳で対応したドン・シャーリーについても、

彼が持っていた威厳は、非常にパワフルだったと思う。当時のアフリカ系アメリカ人が、不当で苦難な状況に対処した一つの方法だったから。僕の祖父母もそうだった。当時の厳しい差別主義社会において問題を避け威厳を守るということが生存の手段で、それには強い自制が必要とされたんだ。(『キネマ旬報』2019年3月上旬号)


と語るマハーシャラ・アリ。

役に向き合うこの真摯な姿勢こそが、
『ムーンライト』(2017年日本公開)に続き、
アカデミー賞の助演男優賞をもたらしたものと思われる。



トニー・リップの妻・ドロレスを演じたリンダ・カーデリーニ。


本作は、2人の男の友情の物語であるのだが、
それを可能にしたのは、トニー・リップの妻・ドロレスのお陰なのである。
ドクター・シャーリーの運転手をするという仕事は、
トニー・リップの黒人への差別意識などで一度は頓挫する。
だが、ドクター・シャーリーがトニーの妻・ドロレスに電話してきたことで、好転する。
なぜなら、ドロレスには黒人に対する差別意識がなかったからだ。


ドロレスは夫のトニーに、旅の間中、行く先々で手紙を書いて送るように命ずる。


仕方なく暇を見つけては手紙を書くトニーであったが、
その子供が書いたような拙い文章を読んだドクターは、
手紙の文章を代わりに考えてやり、素晴らしい文章に仕上げてやる。


そのやりとりが面白いし、
その手紙を読んだドロレスの表情にも気持ちが和む。


まだ携帯電話などなかった時代ならではのエピソードだが、
“手紙”の役割が巧く活かされていて、なんだか好い。
これらが伏線となり、ラストの感動シーンへ繋がっていく。
ドロレスがドクターにハグしながら囁く言葉に、私は涙を禁じ得なかった。

リンダ・カーデリーニは、
1975年、アメリカ、カリフォルニア州生まれ。
TVドラマ『ER 緊急救命室』サマンサ役や、
Netflixオリジナルドラマ『ブラッドライン』のメグ役などで知られる。
映画の出演作もあるが、私があまり見ないようなカテゴリーの作品ばかりだったので、
これまでは私にとって“縁のない女優”であったのだが、
本作のドロレス役によって、一気に“重要な女優”に昇格した。



考えてみるに、男にとって、最も重要なのは、女性を見る目ではなかろうか。
そういう意味で、トニーは、
ガサツで、どうしようもない男なのだが、
女性を見る目だけは確かなようで、
ドロレスを妻としているという一点においては、
「大したものだ!」と言わざるを得ない。


私自身も、ガサツで、不愛想で、どうしようもない男であるが、
女性を見る目だけは確かなようで、(爆)
現在の配偶者を妻としているという一点においては、
「大したものだ!」と言わざるを得ない。(コラコラ)
我が家に、子供たちや孫たちがよく集ってくれるのは、
ひとえに配偶者の人柄のお陰であるし、
私がこうして生きていられるのも配偶者のお陰である。


こう考えると、本作『グリーンブック』は、
妻の重要性を訴えたドラマでもあったような気がする。


この映画は実話ということで、
最後に、実物のトニーやドクターやドロレスの写真がスクリーンに映し出される。
ドロレスを演じたリンダ・カーデリーニは美しい女優だが、
実物のドロレスも、とても美しい女性であった。


実物のトニーとドクターは、
 


その後も友情を育み、2人とも2013年に他界している。
そのトニーの息子・ニック・ヴァレロンガが発案者、プロデューサーとなり、
本作が生まれたのだ。




ピーター・ファレリー監督の来日舞台挨拶のとき、
私の好きな松下奈緒もゲストとして登壇し、


本当に楽しくて面白い映画です。音楽も心に響きますし、二人のやりとりが微笑ましい。ラストシーンでは感動すると同時に、またこの二人に会いたくなりました。そして、コンサート最後の日のバーのシーンで心を鷲掴みにされました!ピアノを弾く者としては楽しいシーンでした。


と感想を述べている。


松下奈緒も推薦する傑作『グリーンブック』。
映画館で、ぜひぜひ。

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