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五行目の先に

日々の生活の余白に書きとめておきたいこと。

4月6日(水)曇り

2011-04-26 16:28:04 | Weblog

 8時起床。朝食はトーストと野菜サラダ、紅茶。スーツを着て、ネクタイを締めて出かける。

 研究室に着いて、お茶を1杯飲んでから出かける。10時から男女共同参画推進室の仕事。約2時間。その足で直接学部の委員会へ。約30分。その直後にTuesday実習の担当教員の打ち合わせ。約1時間。

 研究室に戻る。先ほど出かけてから、およそ4時間ほどである。講義だったら3コマ弱といったところだが、やけに長く感じられた。ようやく遅い昼食を摂る。ほんのりと温かいお弁当を食べる。いつも以上にじっくりと、噛みしめながら食べる。

 何人かの学生の来訪がある。ようやく少しずつ人が戻ってきたようだ。いつも以上の上機嫌で迎える。近況など、世間話に花を咲かせる。

 そんな休息も束の間、16時から男女共同参画推進室でのミーティング。さすがに疲労困憊して、いささか集中力を欠いた。1時間の予定だったが、2時間近くかかった。とはいえ、推進室ができてから、会議の終了予定時間をきちんとアナウンスするようになって、それだけでもずいぶん変わったような気がする。何時までに終わらせなくては、という意識が、議論を適当なところで切り上げて、という雰囲気につながるかと思っていたが、そんなことはない。むしろ充実した、中身の濃い話し合いができるようになった気がする。

 場合によっては、予定時間をオーバーして、むう、と思うこともあるけれど、そんなことは滅多にない。早く終わったときにはお得感があってよい。他大学では、これを全学的に進めようというキャンペーンをして、着実に成果を挙げているところもあるようである。うちの大学でも、そういった流れができてきたらうれしいと思う。それほど手間のかかることではない。一人一人の意識の持っていき方だけで何とかなるものなのだ。

 再び研究室に戻る。1件、書類の手直しをして、メール添付で送信してから帰宅。スーツを脱いだら、どっと力が抜けた。温かい食事をおいしくいただく。外はまだまだ冷えて、自転車に乗るにも手袋が必要なのだが、家のなかは暖かくて、ほっとする。


4月5日(火)晴れ

2011-04-26 15:29:06 | Weblog

 9時起床。朝食はトーストと野菜サラダ、紅茶。昨日よりはいくらか暖かくなったような気がする。

 新居は割と暖かい。外が冷えていても屋内に入るとほっとするくらいの暖かさである。だが、今の時期からこのように暖かいということは、夏はかなり暑くなるということを覚悟しておかなくてはならない。前に住んでいた部屋の難点は、最上階(3階)で、夏場がかなり暑いということであった。その点今度の部屋は最上階ではないから、大丈夫であろう、と考えているのだが、いやいや、安心はできない。

 自転車で出かける。大学に出る前に市役所に寄って、転居届を提出する。新年度ということもあって、混んでいるかと思ったら、ほんの10分ほどで手続きは完了した。市役所のほうから、鍛冶町へと坂を下って、それからまた少し上ると大学である。

 お昼休みの時間帯に、公民科の教員のミーティング。新しい部屋の使い道などについても話し合う。これまで教員4人に対して1室だけだった科室が、改修後は2室に増える。1室は従来通りとして、もう1室をどのように使っていくか、いろいろとアイディアを出し合う。

 少し遅めのお昼ご飯。今日もお弁当を食べる。お弁当箱の保温性の高さに驚く。小学生の時分に、塾の冬季講習に通っていたころ、ランチジャーを肩から提げて持って行っていたが、それにひけを取らないくらいの保温だ。しかもレンジで加熱することも可、とある。こんなところにも技術の進歩を感じる。

 今日いっぱいくらいまでは、まだのんびりしていられる。授業の内容なんかをゆっくり考える余地がある。ゼミのテキストに目を通して、報告の割り振りなどを考えたりする。ゼミの報告分担は、できるだけ各人の負担が均等になるようにしなくてはならない。後期と合わせてトータルで考えて調整するというやり方もあるだろうが、できれば半期のうちに報告○回、コメント○回というのを均分したい。

 これが結構悩ましかったりするのである。今年のゼミ生は、院生も含めれば21人。この人数を上回ることは今後ないだろう、という数字である。結局、余分が出てしまったところは、僕が報告を担当して埋め合わせることにした。自主的に「僕が、私がやります!」と名乗り出てくれるのを期待してもよかったのだろうが、たまにはレジュメを自分で作る機会も持たないと、僕自身がなまってしまう。

 20時近くになって帰宅。今日ののんびりした雰囲気から一転、明日は朝から用務が目白押しである。


4月4日(月)晴れ

2011-04-26 14:57:56 | Weblog

 9時起床。朝食は昨日市立博物館に行った際に寄った、白銀館のパン。バタークリームの味わいを楽しむ。自宅からはちと遠いが、昔ながらのパンは、青森の栄作堂本店に通じるところがあって、これから贔屓にしようと思う。

 歩いて大学に出る。いつもなら新年度の賑わいを見せるキャンパスも、ひっそりとしている。歩いている学生を見かけることも滅多にない。

 研究室に入る。重油不足のためなのか、それとも暖房が動く時期を過ぎてしまったから(たいてい新年度にはスチームの供給は打ち切られる)なのか、えらく冷える。メールをチェックして、そのうちの何通かに返信する。指がかじかんで仕方がない。ファンヒーターを焚く。あまり暖まらないが、これとてぜいたくなことなのだ。

 こんな日は、お昼はすぐにやってくる。お弁当を開いて食べる。まだご飯が温かい。いつものように急いた昼食ではなく、のんびりゆっくり食べた。昼食を摂ると、いくらか元気が出た。

 授業のスケジュールづくりを始める。授業の日程表とにらめっこしながら、15回の授業内容を考える。2年生の授業は今週金曜日からスタート、1年生は来月9日からのスタートという、二重構造の授業日程である。おまけに16回の授業実施(教場試験は15回の授業以外で行うように、ということになったので)のために、土曜日に授業が入ることもある。スケジュールを組んでいて頭がこんがらがりそうになる。

 キリのいいところで終わりにして、早めの帰宅。昨日ホームセンターに組み立てを頼んでおいた家具を取りに行く。おそらくそれほど難しい組み立てではないはずだが、自分で組み立ててみたらうまく行かずに後悔する、ということがたびたびあった。ここは用心のためにお願いした。さすがにプロがちゃんとした工具で組み立てると、かなりしっかりしている。

 まだどことなく引っ越し仕様というか、完全に落ち着いた生活とはなっていない。何だかんだで1ヶ月くらいはこんな具合の日々が続くのかもしれない。だが遅くともGW前には、散らかったものをしかるべきところに収納したい。まだまだ先は長い。


4月3日(日)曇り

2011-04-21 21:18:26 | Weblog

 8時過ぎに起床。トーストを食べる。引っ越しの際に、古くなったトースターを捨ててしまったので、電子レンジのトースター機能を使って焼く。それなりに焼けるが、片面からしか焼けないので、いささか物足りなく感じる。

 今日も引っ越しの荷物の片づけ・収納である。いろいろな段ボールがごっちゃになっているので、これらをひとつひとつ片づけていかなくてはならない。そこに大きな荷物が届く。これらが部屋を占めていく。1つの部屋は段ボールでほぼ埋まってしまい、物置状態になってしまった。

 昼食を食べに行く。どうせならおそばにしよう。引っ越しそばというのは振る舞うものだが、今日は自分で食べる。久々に「真そばや 會」に行く。奮発して特製會そばを食べた。昨日にも増して冷えるものだから、温かいそばがうれしい。お客さんが多かったこともあって、二階の座敷に通してもらって、落ち着いた気分で食べる。

 おそばのお会計をしようとしたら、ちょっと気になるポスターが目に留まった。弘前市博物館で小惑星探査機「はやぶさ」の帰還カプセルの展示をしているとのこと。確か丸の内オアゾで展示されて相当に話題を呼んだもののはずだ。それが弘前でも見られるのか。興味を惹かれて行ってみる。

 駐車場は満車で、何だかぞろぞろと歩いている人がある。ずいぶんと盛況のようだ。入口のところには行列ができていた。とはいっても割とスムースに中に入ることができた。

 宇宙のことにはまったく疎い僕でも、本物のインスツルメントモジュール(カプセル本体)やパラシュートなどを見ると、おお~、と思う。ちょっとした汚れとかくたびれ具合なんかさえ、感動を呼び起こすものだ。これはいいものを見ることができたなあ。

 帰宅して、昨日まで住んでいた部屋に行く。僕の立ち会いのもとでの引き渡しだ。この部屋には3年あまり住んだ。官舎から出て、気分的にも前向きになれる部屋だった。いざこの段になると、何だか別れが惜しくなる。幸い、次の入居者も決まっているようだ。震災のために転居が遅くなって、大家さんにはご迷惑をおかけしたけれど、ブランクが生じずに済んだのはよかった。大家さんにもごあいさつをする。

 少しずつ部屋の構図が固まってきた。すると今度は新たに必要なものの買い出しだ。ホームセンターなんかに行って、いろいろと物色するのが楽しい。予算は限られているが、その範囲内でできるだけいいものを探す。片づけるほうはダメなクセに、新たに買い揃えるほうは心が躍る。これもまた一種の現実逃避のような気がしてきた。


4月2日(土)曇り

2011-04-21 21:03:07 | Weblog

 昨夜は徹夜になるかと思っていたが、案外よく眠った。いや、作業もそこそこに適当に寝てしまったというのが正確なところである。

 だらだらと荷造り作業を進めていく。おおよそ箱詰めは終わった。あとは引っ越し屋さんが来るのを待つ。約束の時間まではまだいくらか時間がありそうなので、「すき家」で昼食。ここに昼食を食べにくる、というのは滅多にないな、と思う。

 不動産屋さんに寄って、新居のカギを受け取る。何せ内部を実際に見ないで入居を決めた物件だ。ゆえにどんなものだかドキドキしたが、入ってみると悪くはない。今までの部屋とはずいぶん雰囲気が違う。

 14時に引っ越し屋さんがやってきて、荷物の運び出しが始まる。その手際のよさにはただただ感心するばかりだ。重たい荷物も実に要領よく運んでいく。傷をつけないような配慮とか、そういったこともさすがプロである。

 僕が新居を実見せずに決めてしまったように、引っ越し屋さんも僕の荷物を見ていない。当初は見に来て見積もりを出す予定だったのが、先の震災による混乱で、来ることができなかったのだ。ゆえに電話でこれこれの荷物があって、という僕の説明を聞いて見積もりをしている。そして実際に運び出す段になって、想定以上の荷物の多さに閉口しているようであった。用意したトラックに荷物がギリギリ載るといったところにまでなっていた。

 荷物の積み込みが終わると、トラックより先回りして新居のドアを開ける。部屋を実際に見たのはついさっきだから、大きな家具をどこに配置するかなどは前もって決めていない。瞬時に判断しないと、あとで自分の力で動かさなくてはならなくなる。これはかなり重要な決断を要するのだ。運んでくれる人も、運び出しのときには3人だったのが、いつの間にか応援の人が増えて5人になっている。

 移動の邪魔にならないように立ち位置を変えながら、それはそこ、これはここ、といった具合に指示を出した。どうにかすべての荷物が部屋に運び込まれた。トラックに乗らなかった自転車だけは自分で取りに行った。

 さて、何をどこからどう手をつけていいのかわからないが、とりあえず引っ越しそのものは完了した。やはり新鮮な気持ちになる。それほど新しい物件ではないけれど、クリーニングされたばかりなので、ぴかぴかだ。これからいろいろなものを配置していくことになるのだけれど、これはゆっくりやればよい。慌ただしいなかでも、まあどうにかなるもんだ。


4月1日(金)晴れ

2011-04-21 20:43:49 | Weblog

 9時起床。昨日新潟で買ったパンを食べる。今日から新年度だが、まったくそんな実感がない。おまけに引っ越しの準備もまだまだである。明日にはこの部屋から新しい部屋に移ることになるのだが、それもまた実感に乏しい。

 電気やガス、水道といったライフライン関連の連絡も、どれをどこまでしたのかがあやふやになってしまった。今の部屋に引っ越してきたときにはもうちょっとちゃんとしていたような気がするのだが。

 荷造りはまだまだなのだが、今日は大学に出なければならない。歩いて大学に行く。キャンパスはまだ閑散としていて、とても新年度という感じはしない。

 お昼過ぎから卒論指導。今年の4年生は9人である。昨年度は3人、その前は2人だった。おそらく東京の私大などでは、9人の卒論生というのは少ないほうだろう。だが僕にとってはおよそ見当のつかないほどの大人数である。これまでと同じようなやり方では回っていかないのは目に見えている。昨年度までのように、こちらから呼んで、という形も改める必要があるだろう。自主的に相談に来てもらうというふうにならざるをえない。

 1時間ほど個別指導をして、ひと息つく。授業開始は1週間後だ。まだ心の準備ができていない。そして、4月には新研究室に移れるから、と、講義で使う本の何冊かも倉庫送りにしてしまった。これらは戻ってくるメドが立っていない。安いものは注文して入手することとなった。

 15時から21世紀教育の科目主任会。僕は今年度は「社会学の基礎」をほんの少ししか担当しないのだが、それでも主任は主任である。もっぱらオリエンテーションの司会と試験監督とを務めることになる。授業のほうは3回くらいだ。

 用事が済むとただちに帰宅する。今夜は夜通し引っ越しの荷造りをしなくてはならない。まあ市内の引っ越しだし、何となれば小さな荷物は自分の車で運べばよい。そんなことを考えていたら、どんどん作業が遅れてしまった。感慨にふける間もなく、新居へと移ることになった。


3月31日(木)曇り時々雨(新潟)→曇り(弘前)

2011-04-05 15:27:29 | Weblog

 8時起床。ホテルの食堂で朝食を摂る。普段こんなことはないのだが、今回のホテルの宿泊プランに朝食券が付いていた。和食を中心に、しっかりと食べておく。

 チェックアウトして、街に出かける。風が冷たい。万代シティに向かって歩く。何度訪れても、このあたりの方角がわからなくなる。真四角の建物が多いからだろうか。

 シネ・ウインドで、「海炭市叙景」を観る。この作品も、どうしてももう一度観ておきたかった。原作の小説を読んで、再びスクリーンを前にすると、よりどっぷりとこの作品の世界に浸れるような気がする。

 カラー作品なのに、全体がモノクロ映画のように思えてくる。ほんの数日間の出来事が描かれているのに、時間の流れはゆっくりとしている。にもかかわらず、ときとして残酷である。そのあたりが実に丁寧に作り込まれているのだろう。

 役者さんひとりひとりの表情の翳りもよい。登場する人物は皆、どこか俯き加減である。年末年始の華やいだ感じなどは一切排されて、明るさがわずかばかりにやってくるのは春になってからだ。じっと春の訪れを待っているような、そんな北国の気分もしっかりと伝わってくる。

 エンドロールまで観終えて、それでもしばらくは席を立ちたくないような、そんな気分にさせてくれる、希有な佳作だと思う。

 街歩きに出かける。昨日渡った万代橋を再び渡る。昨夜とほぼ同じアングルから撮ってみる。

 NEXT21の展望台に上がってみる。昨日とは違う形で新潟の街を俯瞰する。これですっきり晴れていたらさぞかし気持ちがいいのだろうけれども。

 お昼時である。NEXT21からほど近いところにある、「柳都庵」というお店に入った。店頭に出ていた日替わり定食を注文する。〆サバの定食。お豆腐にぶっかけそば、味噌汁まで付いて、実にうまかった。

 雨が落ちてきた。古町のアーケードのなかを歩く。水島新司作品に登場するキャラクターのブロンズ像がある。『ドカベン』と『野球狂の詩』の登場人物たちである。

 雨脚が強くなって、傘を差しながら歩く。せっかく新潟に来たのだから、近代建築のひとつも見ておきたい。新潟県政記念館を見学する。こんなお天気のせいか、観覧者は僕しかいない。

 お隣にある、白山神社にお参りをする。そろそろ新潟駅に戻らなくてはならない。だがバスの乗り場がよくわからない。バスは頻繁に通るのだが、新潟駅を経由する系統ではない。まごついているうちに時間が経ってしまった。運よくタクシーが通りかかったので、駅へと急ぐ。

 駅ビルのcocoloのなかにある、「シャモニー」という喫茶店でウインナーコーヒーを飲む。薫り豊か、そしてしっかりとした味わいで、その辺にはあんまり詳しくない僕でもおいしいコーヒーだということがよくわかる。

 「いなほ7号」で新潟を発つ。この駅が新生活の出発点になるとは、思ってもみなかったが、これも何かの巡り合わせかもしれない。

 行きと同じ海側の席に座り、日本海を眺める。鶴岡に近づくと、雨が上がって虹が見えた。何かこういったものにでも、ささやかな希望を感じたくなる。

 酒田を出ると、車内は閑散としてきた。空いている右側の席に移って、鳥海山を眺めたりする。

 秋田で「つがる7号」に乗り継ぐ。手作りのおむすびを頬張る。実においしい。列車は淡々と走り続けて、定刻に弘前到着。帰宅すると、まだ手つかずのたくさんの荷物が残っている。あと1日あまりでどうにかしなくてはならない。それでも旅に出かけたのは、実にいい気分転換になった。


3月30日(土)弘前(曇り)→新潟(曇り時々雨)

2011-04-05 12:51:01 | Weblog

 8時半起床。インスタントコーヒーとイギリストーストの朝食。まだまだ荷物は片づかない。が、やはり春休みに一度くらいは純粋な旅行というものをしてみたい。こんなご時世ではあるけれど、列車の旅に出ることにした。

 弘前駅に行く。予めきっぷは取ってある。改札口の前に出ている出店で駅弁を買う。この駅から列車に乗るというのも震災以後初めてだ。ダイヤはほぼ通常に近くなってはいるが、五能線あたりは「リゾートしらかみ」が運休していたりする。滅多に見かけないキハ40の深浦行き単行が停車していた。

 秋田行きの「つがる4号」に乗り込む。進行方向に向かって右側の席に座る。慣れ親しんだ風景から、少しずつ山間へと入っていく。空は重たく曇っていて、まだ田畑には雪がある。

 お腹が空いてきた。秋田までの時間を計ってお弁当のフタを開ける。「母っちゃのにぎりまま弁当」である。若布のおにぎり、高菜のおにぎり、紅ショウガのおいなりさんに、イカメンチ、細竹とみがきニシンの煮物、嶽きみ、ほたての串焼き、りんごの山ぶどうシロップ煮といったものが入っている。コンパクトだが味は◎だ。うまかった。

 秋田駅定刻着。以前は新潟まで「いなほ」が通しで走っていたが、今はここで乗り換えなくてはならない。すぐ向かいのホームで「いなほ10号」が待っていた。

 指定席はかなり混んでいる。自由席は空いている。今は青森方面から鉄道だけで東京方面に出るのにこのルートしかないから、仕方がないところか。

 海側の席に座り、ぼんやりと景色を眺める。そのうちに日本海が見えてきた。波は至って穏やかだ。海沿いの道をタンクローリーや貨物を満載したトラックが北に向かって走っていく。

 酒田・鶴岡のあたりからどっと人が乗り込んできて、座席は満席になった。立客もいる。これまでに乗ったこの列車では、ここまで混んでいるということはなかった。それでも車内は静かである。大学生と思しきグループからも、おしゃべりの声が聞こえてこない。列車は淡々と走る。日没まではまだかなり時間があるが、少しずつ陽が傾いてきた。

 こちらも定刻通りに新潟に着いた。ホテルにチェックインをしてから出かける。電車のなかでは何も食べなかったので、お腹が空いた。だが夕食にはまだ早い。こういうときには新潟ならではの「みかづき」のイタリアンに限る。バスセンターのなかのお店で食べる。この何ともいえずチープな感じがよい。それでも味は僕好みである。いつもいろいろな味つけを試してみようと思いつつ、結局定番のオリジナルを選んでしまう。

 T・ジョイ新潟万代で、2度目の「SP 革命篇」を観る。弘前で観たときよりも大きな画面で迫力十分。パンフレットでちゃんとおさらいをしてから観たから、今度はかなりの程度ストーリーだの伏線だのを理解することができた。これはやっぱり完結しないんじゃなかろうか。何しろ最後にほんのわずかな場面で出てくる看守役に柄本佑を起用している。何となく、こんなちょい役で終わるはずはないんじゃないか、と勘ぐってしまいたくなるのである。その辺もまた作り手の意図だとしたら、なかなか手が込んでいるなあ。

 映画館を出て、散歩に出かける。万代橋から川沿いに歩いて、朱鷺メッセの展望台に上る。さすがに高いだけあって、ここからの夜景は素晴らしい。もっとも全体的に節電をしているようだ。こちらも東北電力管内だからだろうか。

 今日はここで夕食を、と思っていたお店が2軒続けて休業していた。しかもいずれも定休日ではなく臨時休業というのがついていない。あてもなくぶらぶらと歩いているうちに、雨も落ちてきた。手ぶらで出かけたから、傘も持ち合わせていない。ぱっと目に入った喜多方ラーメンの「大安食堂」というお店に入る。新潟に来ておいて喜多方ラーメンというのもどうかと思ったが、かなり冷えてきたから温かいラーメンがよい。

 普通のラーメンと半チャーハンを頼んでみると、これがなかなかうまかった。体も温まって、元気を取り戻す。

 店の外に出ると、雨もほとんど上がっていた。万代橋を歩いて渡る。渡ってから、振り返る。その美しさやよし。

 ホテルに帰る途中のコンビニで、乾電池式の携帯充電器を購入する。こちらでは当たり前のように、たくさん売っていた。弘前近辺では、すっかり品切れしていて、入荷未定となっている。こんなに違うものかと驚いた。こんなことで、少しばかり遠くまでやってきたのだ、というのを実感する。


3月29日(火)晴れ時々雨

2011-04-05 12:23:39 | Weblog

 8時半起床。朝食はイギリストーストとレモンジンジャー。お天気はまずまずだが、少々寒い。

 自転車で大学に出る。もう路肩の雪もほとんどなくなった。これからもちらほらとは降ると思うけれども、道路を覆うような雪にはならないだろう。

 研究室は引き続き冷える。テーブルの上には、取り寄せた資料やら研究プロジェクトの成果報告集やらが積み重なって、ひどい状態になっている。せめてしっかり片づけてから新年度に臨みたいところ。

 今年度いっぱいで退任される先生とごあいさつする。これまでは研究室のフロアも使用する階段も違っていたので、会議や用事があるときくらいしかお会いすることがなかった。それがこの半年は研究室をシェアするようになって、毎日ごあいさつをさせていただいていた。それも今日で最後である。長い間、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

 「プリムヴェール」で昼食。今日のCセットはビーフピカタ。自宅でもピカタを作ったことがあるが、さんざんな出来だった。こちらのものはさすがにうまい。お肉は軟らかく、しっかりと卵になじんでいる。

 研究室に戻る。すると今度は4月から着任される先生がお見えになった。まずごあいさつをしてから、学部内を案内して回る。事務の場所などを巡回する。年度末も押し迫ったところで、事務の方々は大変お忙しいにもかかわらず、どちらに行ってもきちんと対応をしてくださった。お世話になった事務員さんにも、他部局に異動される方がいる。春は別れと出会いの季節である。そんな当たり前のことさえ、ついこの間まで忘れてしまっていた。

 先生をお誘いして、土手町に出かける。「万茶ン」でお茶を飲む。こういった機会でもないと、なかなかこちらのほうに足を運ばない。自己紹介なども交えながらしばしおしゃべりをする。僕も講座のなかでは年齢の低いほうから数えて3番目になった。あんまり若手でもなくなってきたのだなあ。

 帰宅して、引っ越しの準備に取りかかる。何せ荷物が多いものだから、相当に手間取りそうだ。合間に不動産屋さんとか引っ越し業者さんとの連絡も取る。いろいろなことが急展開していく。もしこれに研究室の引っ越しが重なっていたら、ますます大変なことになっていただろう。

 夜中まで箱詰めだのゴミ捨てだのに追われる。官舎からこのアパートに引っ越したときと比べると、かなり大変だ。それだけこの3年あまりの間にいろいろなものを買い込んでしまったのだろう。だからこそ、こういったときに「捨てる」ということが大事になってくるのだが、分別は面倒だ。だからまた次の場所へと持って行ってしまう。この辺をもっとしっかりしたほうがいいようだ。


3月28日(月)曇ったり雪だったり

2011-03-29 10:37:49 | Weblog

 7時半ごろの余震で目が覚めた。テレビをつけると、緊急地震速報の警報音が流れている。飛び起きて画面に見入る。こちらの震度は大したことはないようだが、相変わらず気を抜きかけたところでやってくる。

 もう少し眠ろうかと思ったが、目がさえてしまってダメだ。久しぶりに「てっぱん」を見た。イギリストーストとインスタントコーヒーの朝食。

 眠たいのだが、かといって眠れもしない。変な気分だ。少しずつ部屋の片づけをしていく。テレビはNHKと民放とでずいぶんな温度差が見られるようになった。NHKは原発の深刻な状況を伝えているが、民放のほうはほぼ平常通りになっている。その落差を釈然としない思いで見つめる。

 お昼に引っ越し業者さんが見積もりに来ることになっていたのだが、あまりの多忙さに来られなくなったという。確かにここ数日、移動する人が例年以上に集中しているから仕方がない。電話で部屋にあるものを伝えて、おおよその見積もりを出してもらう。とりあえず段ボール箱だけは先に届けてください、とお願いした。だが梱包資材も品薄状態が続いているとのことだった。

 自宅でパスタを茹でて食べ、弘前駅に行く。2週間前の新幹線のきっぷの払い戻し手続きをする。「はやぶさ」の登場とともに華々しくスタートしたはずだった、青森デスティネーションキャンペーンは、中止ないし見直しを余儀なくされたようで、東京のあちこちの駅に貼られていたポスターも撤去されている。観光客増を当て込んでいたホテルなども苦境に至っていると聞く。直接的な被害に遭っていないところでも、影響はじわじわと出ているようだ。新幹線の不通もあって、否応なしに東北はひとまとまりのものであることを実感する。

 自転車で大学に出る。まだ路肩には雪が残っているけれども、自転車は案外雪に強い乗りものだ。走っているうちに急に雪が激しく降ってきた。メガネが曇って困った。銀行も、ATMを停止しているので、預貯金の出し入れには店舗まで行かないといけない。こういったときにも自転車通勤だと便利だ。

 今日も学内は静かである。そして冷え込みが厳しい。キーボードを叩く指先がかじかむ。こんなときに限ってペットボトルの水を切らしているから、お湯を沸かすこともできない。生協のコンビニに行ってみたが、水は売り切れになっていた。でもパンが棚に並ぶようになったのはありがたい。

 夕食は学食で摂った。メニューは限られているものの、温かいものが食べられるだけありがたい。閉店していてもおかしくないのに、こうしてお店を開けていてくれることにも感謝しなければ。

 昼間降った雪が融けて、路面がテカテカに凍っている。すっかり油断して、帽子を持ってくるのを忘れていた。自転車をこいでいると、耳が痛い。自宅の部屋も冷えているが、それでも外よりは暖かい。黙々と箱を組み立てていく。無心になれる単純作業が何だか気持ちがいい。


3月27日(日)雪のち曇り

2011-03-28 21:54:04 | Weblog

 11時起床。寝過ぎである。だがなぜか疲れが抜けない。疲れるほど働いているわけでもないのだが。去年の今ごろは何をしていたんだっけ、と1年前を振り返ってみると、青春18きっぷで旅行をしていた。この春休みとて、そんな旅行をしようと思えばできたのだろう。だが、今は時間の余裕はあっても気持ちの余裕がない。

 パスタを茹でて食べる。午後から自宅にある段ボール箱を組み立てて、詰められるものから詰めていく。といっても箱の数は大したことはないので、すぐに手持ち無沙汰になる。

 今日も雪が降って、車は真っ白になってしまった。「笑点」を見てから、車の雪下ろしがてら出かけることにした。玄関先でお向かいさんに会う。お向かいさんもお引っ越しとのこと。3年あまりこの部屋に住んでいたのだが、ちゃんと話すのは今日が初めてである。聞けば弘前を離れて、新たな出発をされるとのこと。前途に幸多きことを祈ります。

 昨日に続いてホームセンターに行く。わざわざ2日続けて通うほどの買いものがあるわけでもないのだが、引っ越し用品を購入する。とくに便利グッズ的なものを手に入れると満足する。

 買いものは、非アカデミックなフィールドワークの機会でもある。どのお店に行っても、割と時間をかけて店内をくまなく回るようになった。どんな品物が少なくなっているのか、なぜ少ないのかを考えながら歩く。そうすることで、これまで考えもしなかった、生産や流通というものについて考える。

 たまたまよく味噌汁の具にしている、海藻を乾燥させたものが目についた。大したものではないけれど、学内の研究会で要請されている支援物資のリストに海藻が入っていた(ミネラルを補給するのにいいのだそうだ)のを思い出し、まとめて買い込む。ほんの少しでも足しになればいい。

 今夜も冷える。灯油は入手できるようになったが、何となく使うのがもったいないような気がして、こたつだけで暖を採る。本を読んでいると、時々手がかじかんで、ページがうまくめくれない。少しばかり中に突っ込んで、ほぐれてきたらまた読んで、というのを繰り返す。

 週末は出かけるには出かけたけれど、まだ何となく出不精になったままでいる。こういうときだからこそ、何かを変えるのがいいのかもしれない。その意味では、引っ越しがその機会になりそうな気がする。


3月26日(土)雪

2011-03-28 21:28:43 | Weblog

 10時起床。トースト1枚とインスタントコーヒーの朝食。やけに冷えるなと思って表を見れば、雪である。3月下旬の雪というのは決して珍しくはないのだが、何だか気が滅入る。

 あと1週間ほどで引っ越すことになる。引っ越しといっても、1㎞と離れていないところだから、環境的に激変するわけでもないのだろうが、まずは荷造りをしなくてはならない。新生活は楽しみなのだが、引っ越しはどうにも億劫だ。かといって業者さんに丸投げするほどの経済的余裕もない。部屋を大きく3つに分けて、1つずつ片づけていくことにする。

 どうも調子が上がらないのを悟って、買いものに出る。ホームセンターでテープやら梱包材やらを買い込む。こうして道具が揃うと、何となくやる気も出てくる。研究室の引っ越しで、その有用性を知った養生テープも十分すぎるくらい用意した。

 だがどうしても必要なものがない。店員さんに聞くと、品切れしていて入荷未定とのことだ。それから3軒ホームセンターをはしごしてみたが、結局入手することはできなかった。

 ワーナーマイカルシネマズ弘前で、映画「わさお」を観る。大好きな町、鯵ヶ沢が舞台、しかも監督は錦織良成さんときたら、観ないわけにはいかないのである。映画館も、今日あたりから通常のスケジュールに戻ったようである。一昨日はレイトショーはきわめて少なかったから、ようやく元通りだ。

 映画はもちろんわさおが主人公である。だがそのストーリーはまったくの創作(だと思われるが、ひょっとしたら真実なのかもしれない)である。僕がイカ焼き店の店先で見たわさおは、いつも寝転んでいるか、お客さんの呼びかけにもそっぽを向いているといったイメージなのだが、劇中ではしっかりと演技をしている。おお、こんなことまでできるのか、と思わせるくらいの熱演である。いわゆる「プロ」の犬でない分だけ、すごい。

 かつてはシロという名前の犬が、流転を経てわさおになり、そしてかつての飼い主の少年と再会するというのがストーリーの基本線なのだが、それに寄り添う形で展開していくさりげない物語がいい。甲本雅裕や鈴木砂羽といった上手い役者さんがそれらをうまく紡いでいく。笹野高史さん演じる寡黙なマタギ(の子孫)なんていうのもいい。

 それに何より薬師丸ひろ子と平田満の夫婦もいい。薬師丸さんは、実際のおばちゃんとはかけ離れているけれども、それでも鯵ヶ沢にいてもちっとも不思議じゃない感じを醸し出している。イカを焼いている姿さえサマになっている。その脇にいる寡黙な平田さんの夫もよい。

 こんなご時世だからこそ、観ていてホロリとさせられる。でもこの作品のよさは、単なるタイミングの問題だけではなくて、錦織監督の手腕によるところも大きい。この監督さんは、町や村を描くのが実に巧みだ。自身の故郷である出雲を舞台にした作品で、その手腕は存分に発揮されていたが、もともとは縁もゆかりもないはずの鯵ヶ沢でも、しっかりと「土地」の雰囲気をつかみ取っている。登場人物が皆自然な感じなのだ。そこに独特の心地よさがある。単なる動物ものでない深みがある。

 自宅で夕食を摂り、境関温泉に行く。重油不足で露天風呂が使用不能になっていた。だが「ふろの日」で優待券がもらえるせいか、大いに賑わっていた。ちょっと窮屈で、慌ただしい感じの入浴になってしまった。

 夜の冷え込みが厳しい。車がスリップする。こういったブラックアイスバーンが、運転する身には一番怖いのだ。


3月25日(金)雪時々曇り

2011-03-26 23:22:50 | Weblog

 9時起床。朝食はイギリストーストとレモンジンジャー。たまっていた洗濯をしたり、部屋の片づけなどをしていたら、あっという間に正午近くになってしまった。朝からの雪はようやく止んで、頃合いを見計らって出かける。

 スコーラムで昼食。サチコデラックスなるメニューを注文する。チーズカレードリアの上にエビフライが載っている。サチコさんとは、スコーラムの店長さんのお名前である。今月いっぱいで退任されるらしい。そういえばいつもなじみの店員さんも他部署に移られてしまった。こうやって日ごろからお世話になっている方が異動されると、それだけの時間が経過したのだな、としみじみ思う。それでもこれからも時間があるときにはちゃんとこのお店に通うであろう。

 研究室はひんやりと冷えている。人がいないと余計に寒い感じがする。ファンヒーターを焚いてみるが、あまり効果はない。それでも今日は腰を据えて仕事に励む。

 引っ越しに向けた諸連絡をする。研究室の引っ越しだけでなく、アパートも引っ越すのだが、3月中の予定が、震災の影響で4月にずれ込んでしまった。移る予定の部屋がまだ空かない。こればかりは仕方がない。ようやく今日に至って、入居できる日が決まった。早速引っ越し業者の手配を行う。インターネットの移転手続きもする。引っ越しというのはたいてい何らかの不便をともなうものだが、一番困るのがインターネットである。移転先で使えるようになるまで10日ほどかかるのだ。

 夕食を学食で食べるか、それとも「プリムヴェール」に行くか、迷っているうちに時間が経ってしまった。自宅に帰っての夕食。帰りがけにスーパーでお総菜を買ったが、こちらも種類が少なくなっている。こういった商売も大変だろう。0時まで営業のお店が当面は21時で閉店になっている。

 普段は自宅で平日の夜に見るテレビ番組といったら、ニュースくらいなのだが、今夜は教育テレビがなかなか充実していて、「美の壺」スペシャルから「劇場への招待」の劇団四季ミュージカル「赤毛のアン」を観る。

 「赤毛のアン」は、野村玲子さんがアンを演じていたときに観た。何だか懐かしい。日下武史さんのマシューは、僕が観たときと同じだ。歌は正直、おやおや、という感じ(笑)なのだけれども、頑固で偏屈な心持ちがほぐれていって、優しさを表し、人生の最後を楽しむ様はこの人ならではのさすがの演技である。

 「劇場への招待」は今回が最終回とのこと。以後舞台はBSに移行していくようだ。お金を出さないと舞台公演が観られないわけか。うーん、何だか残念だ。


3月24日(木)曇り

2011-03-26 22:59:36 | Weblog

 10時起床。卒業生を送ったら、何だか腑抜けたようになってしまった。朝食はヨーグルトのみで済ませる。

 大学に出なければできない仕事もないので、自宅で仕事をする。仕事といってもEメールを介しての連絡くらいで、あとは専ら読書に費やす。

 あと1週間で今年度が終わるという実感もない。ただただ流されるままに新年度に入っていくような気がする。

 夕方になって車で外出する。こういうときにはちょっとした買いものが気分転換になる。外に出ないと物流がどのようになっているのかわからない。近所のいつも利用しているガソリンスタンドは相変わらず店を閉めているが、少し車で行ったところにあるセルフ式のスタンドは営業していて、車の行列もない。あと1目盛になっていたところ、ようやく給油することができた。

 家電量販店やホームセンターを覗く。前者は決算セールという形で盛り上げようとしているけれども、照明が落とされていて、どうも活気がない。後者は営業時間が短縮されている。棚のほうはそれほど欠品があるというわけでもないようだ。

 さくら野百貨店に行く。食料品を見て回る。牛乳やパンは青森県産のものが出回っていて、種類こそ少ないけれどもそれなりに量はある。

 久しぶりに映画を観ようと思う。計画停電のためにレイトショーの作品は絞られている。「SP 革命篇」を観る。結構なお客さんの入りだ。予告編が終わろうというころに揺れを感じる。まだまだ余震は続いている。

 「SP」は、前作の「野望篇」も観ている。だけど時間が経っていて、どういった結末だったか思い出せない。そのうちに少しずつ思い出してきたのだが、それでもこの映画の始まりとの間には何だか断絶があるような気がする。メガネの公安部員がケガをする場面なんてあったっけ?

 細かいところは忘れていたり、よくわからなかったりするのだが、ストーリーが展開していくと、シリアスさが増していって、ようやく引き込まれる。少しずつ陰謀が明らかになっていき、それが本格的に動き出していくと、その緊迫感が心地いい。そしてアクションが動き出す。いったん加速してしまうと、一気に走り抜ける感じ。

 何といっても尾形総一郎役の堤真一がいい。主人公は岡田准一演じる井上薫だが、ストーリー全般を通しての存在感は、尾形のほうがはるかに上である。冷徹さと、最後に見せる秘めていた感情の吐露のコントラストがいい。ちょっと「容疑者Xの献身」の石神哲哉に通じるところがある。

 実際に撮影が行われることなどありえない、国会議事堂の再現とか、場面場面の構成も凝っている。これまでの邦画とはちょっと違ったテイストがある。もっともテロリストたちの企ては稚拙のようにも思えた。そんななかで、公安部の人々の不気味な存在感が光った。

 パンフレットを読んでみると、どうやら「野望篇」と「革命篇」との間に、テレビドラマが挟まれていたらしい。そうか、でも青森でも放映があったのかなあ。おかげで序盤は置いてきぼりを食らったような感じになったのか。やっぱり前後編というのはどうもきついものがある。

 丸亀製麺でうどんを食べ、福家のお湯に浸かった。平日なのだけれど、いつもの休日のような日を過ごした。明日はちゃんと大学に出よう。


3月23日(水)雪のち晴れ

2011-03-24 14:40:47 | Weblog

 9時起床。朝食はイギリストーストとレモンジンジャー。スーツに着替えて自宅を出る。こんな日に限って雪か。2月は比較的暖かかったというのに、3月になってからが寒い。それが被災地にとってもさらなるダメージになっているのは明らかだ。「春」が遠い。

 大学に着くと、みちのくホールの前には学生たちが集まっている。今年度は弘前市民会館を借りての「卒業式」は中止となり、代わって学部・研究科ごとに「学位記伝達式」が行われる。教育学部は11時半からなのだが、その前の理工学部の式がまだ続いているようだ。

 いつもなら、華やかな色取りの袴姿の学生が集まるところだが、さすがに今日はスーツ姿の学生ばかりである。

 みちのくホールの定員は300人弱で、卒業生は240人あまり。保護者の方と教員がすべて着席しても、まだまだ席には余裕がある。それだけ参加できなかった学生がいるということだ。うちのゼミの4年生3人のうち、何とか来ることができたのは1人だけだ。

 例年であれば、僕は「卒業式」には出ない。卒業生とご家族で席が埋まってしまうため、教員の出る余地がないのだ。だから僕にとっては初めての機会でもある。静かで厳かな式を後列から見守る。

 「学位記伝達式」が終わると、大学会館の3階に場所を移して、「卒業生・修了生懇談会」が行われた。いつもの懇親会を、規模を小さくした立食形式で行うものだ。こちらは教育学部の事務の皆さんの奔走があって実現したと聞く。震災後の対応で忙殺されているなかで、こうした場を設けてくださったことにはただただ頭が下がる。素晴らしいファインプレーだと思う。

 おかげで学生たちと楽しくしゃべることができた。テーブルの上にはアルコールはない。だが、この場に限っては、4年間しっかりと学んできた卒業生たちを祝したい。

 いつもなら事務的に手渡される学位記が、今日は学部長から出席者一人一人に手渡される。欠席者が多いとはいえ、それでもかなりの人数になる。これはきっといい記念になるだろう。先生方や事務の方々による、とても粋な計らいに、ただただ感服するばかりだ。

 懇談会が終わりに近づいていくと、会場もだんだん人が少なくなってきた。卒業生の多くは、今日のうちに実家や就職地へと帰っていくのだ。

 研究室でゼミの卒業生としばし話す。今日の日がこんな形になるとは、思ってもみなかった。何より、3人揃って祝ってあげられないのが何より心残りである。

 これから先、どんな形でまた会えるかわからないけれども、その日を期して進んでいこう。卒業生に宮澤賢治「農民芸術概論綱要」の一節を贈る。

……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術を創りあげようではないか……

 まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
 しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きてゐる
 ここは銀河の空間の太陽日本 陸中国の野原である
 青い松並 萱の花 古いみちのくの断片を保て
 「つめくさ灯油ともす宵のひろば たがひのラルゴをうたひかはし
 雲をもどよもし夜風にわすれて とりいれまぢかに歳よ熟れぬ」
 詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画
 われらに理解ある観衆があり われらにひとりの恋人がある
 巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす
 おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであらう