年末年始に帰省して、いったん弘前に戻り、それから1週間と置かずに東京に帰ってきた。目的の場所は国会図書館。普段は別の用事とからめて立ち寄ることが多いのだが、今回は純粋にここでの資料収集のためだけにやってきた。
昨年暮れの、年内最終の開館日にもここを訪れている。年明けには大々的なシステムのリニューアルがされる旨、告知されていた。さて、どんなところが変わったのだろう。
前日の晩に東京に着いて、開館時間に合わせて図書館に向かう。地下鉄代をケチって、有楽町から歩いていく。法務省の赤れんがの建物とか、国会議事堂なんかを眺めるのは、ちょっとした東京見物の趣がある。
本館の入口からは入れず、新館の入口のほうに誘導される。これまで持っていた利用者カードと引き替えに、新しいカードを手渡された。これをゲートでかざしてそのまま入館する。以前のように入館用のカードを発行してもらうことはなくなった。
端末のカードリーダーにカードを置くと、検索機能なんかが利用できるようになるのは以前と変わらない。もっともOPACの画面なんかもすっかり一新した。そして、割と重宝していたオンライン複写の依頼ができなくなった。これはちょっと不便。雑誌論文の複写なんかはほとんどオンラインで済ませていたから、現物を請求するのが億劫に感じられる。
そして視覚的な面での最も大きな変化は、かつての入館カードの番号を表示する大きな電光掲示板が消えたことだ。資料の到着状況は、確認用の端末に利用者カードを突っ込んでみるとわかるようになっている。便利は便利だが、ちょっと寂しい。
端末は混雑していて、空席を見つけるのも結構大変だ。周りでは利用者の方が挙手をして、係の人を呼んでいる。それに応えてひとつひとつ丁寧に説明をしている姿には頭が下がる。
2年くらい前からだろうか、マイクロフィッシュの資料の多くが閲覧できなくなって、不便な思いをした。それがすっかりデジタル化が進んで、端末の画面で閲覧できるようになった。もともと一部の端末ではできたのだけれど、今は館内の全端末でそれができるようになった。しかもプリントアウトの指定もできる。しかもオートフォーカスでピントが調整される。以前のように、コマごとに微妙にピントを調整しながら目を凝らしていたマイクロフィッシュのころと比べると、隔世の感がある。それでも拡大・縮小や画面サイズの調整なんかは、まだまだ使いこなせない。これは通い詰めるしかないな。
「近代デジタルライブラリー」の整備も進んで、研究室でもたくさんの資料が閲覧・複写できるようになった。ただ僕の研究に必要な資料は、「館内限定」のものが多く、やはり直接出向く必要がある。
プリントアウトをオーダーしてからの待ち時間も、コピーと比べると格段に短くなった。以前だったら、複写依頼をかけておいて、待ち時間にコーヒーを飲んだり食事をしに行っていたのだが、今はそんなに時間がかからない。これまた便利。
それでも国会図書館でのひそかな楽しみは食事である。3日間通う間、こむぎっ子のラーメンやら国会丼やらを堪能した。とくにこむぎっ子の醤油ラーメンは、これだけを目的にでも行きたいくらいの僕好みの味だ。
食事をして、目の疲れも少しほぐれたところで端末に向かう。デジタル化された雑誌などは、検索機能も充実している。ただ、雑誌の目次を手当たり次第に眺め、そこから掘り出し物を発見する、といった楽しみは薄らいだかもしれない。もっとも、学生の時分のような時間の余裕がないことを考えると、やっぱり技術の進化はありがたい。
退館しようとゲートのところに行くと、長蛇の列ができていた。システムの不具合で入れなくなってしまったらしい。このあたり、まだまだいろいろ大変そうだ。でも僕にとっては、ますます楽しい場所になってきた。時間さえあったら、そして研究しようというモチベーションが十分なときには(体調が今ひとつすぐれないときに図書館に行くと、無為にだらだらしてしまうことが多いのだ)、どこよりも行きたい場所、それが国会図書館である。
地下鉄には何の恨みもないけれど、今回は極力利用しないようにした。帰りは四ッ谷まで歩いてみる。旧グランドプリンスホテル赤坂の新館を見上げる。こんな巨大な建物がなくなるということ自体、信じられない。近代建築がなくなるのとはまた異なった感慨を抱く。
9時に起きる。週末にしては早いほう。もう少しゆっくり寝ていてもよかったのだが、宅配便が届く予定になっていた。午前中(9時~12時)の指定にしてあったので、9時に来ることもあれば、正午近くになることもある。さすがにパジャマではまずかろう、と、変なところで見栄を張った。
しっかり朝食を摂り、洗濯なんかをしながら待つ。来ない。部屋の掃除機もかけた。正午近くになって、パスタを茹でて食べる。結局正午を過ぎても来なかった。宅配便の営業所に連絡すると、インターネットから指定した再配達の連絡が伝わっていないようだった。こちらには受付メールも来ているのに。明日の午前中にお願いします、と伝えて大学へと出かける。
午後からゼミ生がデータ入力作業に来てくれた。せっせせっせと作業をしてくれている傍らで、僕のほうの仕事のテンションは上がらず。
先週下命のあった、「男女共同参画宣言」の起草に頭を悩ませていた。すでにいくつもの大学が「宣言」や「基本計画」を出していて、それらを眺める。読めば読むほど、何を書いたらいいのかわからなくなる。どれも素晴らしい内容だ。だが、よくよく読んでみると、内容はどこも似たり寄ったりである。後発校のうちとしては、「いいとこどり」をすればいいのだが、そうするとますます要点が煮詰まったような、面白くないものになってしまう。
それでも伝統校なら、いろいろと書きようがある。創立者が女子教育に熱心だった、とか、有名な教育者を出していたりしたら、そうした歴史を前面に出すことができる。
それから思うと、うちの大学なんてなーんにもない。それにわが大学の歴史なんて、来てそれほど時間の経っていない僕はほとんど知らない。だから書きようがないのだ。
先行事例の宣言文を書いた人というのは、どんな人なんだろう、と想像をめぐらせる。僕くらいのキャリアの浅い先生だったりするのだろうか。だとすると、自分の能力のなさがイヤになる。学識もキャリアも豊富な教授なのだろうか。ならば、僕なんかが書いていていいのかな、と思う。
僕のような者がこういったものを書いた場合のメリットがひとつだけある。それは周囲の人々が叩きやすい状況を生み出すということだ。それがわかったうえでやる仕事というのが面白いはずはない。いっそ放り出せたらいいのになあ、とも思う。
お茶を飲んで休憩する。3年生と比べると、2年生とはこの一年間、そんなにしゃべってこなかったから、今まで知らなかった身の上話がとても面白かった。今の2年生も、三者三様で実に個性的。来年度は彼女たちにゼミを引っ張ってもらわねばならない。
宣言文案は半分くらい書いたところで明日回しにする。何となくカレーが食べたくなった。「CoCo壱番家」でグランドマザーカレーを食べる。クジを引いたら、スプーンをもらった。最近この手のものは割とよく当たる。小出しに運を使っているような気がしている。
ワーナーマイカルシネマズ弘前で、「チェンジリング」を観る。1920年代のアメリカ社会というのが、いかに無茶苦茶だったか、この映画からも思い知らされる。しかしその無茶苦茶さを監視する正義がちゃーんと存在していたことも明らかになる。この辺はハリウッド映画の王道パターンといえようか。
帰り際にTSUTAYAに寄って、「陰日向に咲く」「歓喜の歌」「アフタースクール」のDVDを借りる。新作にも手が伸びかけたが、もう少し待てば100円で借りられる(週末は準新作まで100円になるので)、と思いとどまる。
ここ数日の憂鬱な気分は、月とともに変わるだろうか。
しっかり朝食を摂り、洗濯なんかをしながら待つ。来ない。部屋の掃除機もかけた。正午近くになって、パスタを茹でて食べる。結局正午を過ぎても来なかった。宅配便の営業所に連絡すると、インターネットから指定した再配達の連絡が伝わっていないようだった。こちらには受付メールも来ているのに。明日の午前中にお願いします、と伝えて大学へと出かける。
午後からゼミ生がデータ入力作業に来てくれた。せっせせっせと作業をしてくれている傍らで、僕のほうの仕事のテンションは上がらず。
先週下命のあった、「男女共同参画宣言」の起草に頭を悩ませていた。すでにいくつもの大学が「宣言」や「基本計画」を出していて、それらを眺める。読めば読むほど、何を書いたらいいのかわからなくなる。どれも素晴らしい内容だ。だが、よくよく読んでみると、内容はどこも似たり寄ったりである。後発校のうちとしては、「いいとこどり」をすればいいのだが、そうするとますます要点が煮詰まったような、面白くないものになってしまう。
それでも伝統校なら、いろいろと書きようがある。創立者が女子教育に熱心だった、とか、有名な教育者を出していたりしたら、そうした歴史を前面に出すことができる。
それから思うと、うちの大学なんてなーんにもない。それにわが大学の歴史なんて、来てそれほど時間の経っていない僕はほとんど知らない。だから書きようがないのだ。
先行事例の宣言文を書いた人というのは、どんな人なんだろう、と想像をめぐらせる。僕くらいのキャリアの浅い先生だったりするのだろうか。だとすると、自分の能力のなさがイヤになる。学識もキャリアも豊富な教授なのだろうか。ならば、僕なんかが書いていていいのかな、と思う。
僕のような者がこういったものを書いた場合のメリットがひとつだけある。それは周囲の人々が叩きやすい状況を生み出すということだ。それがわかったうえでやる仕事というのが面白いはずはない。いっそ放り出せたらいいのになあ、とも思う。
お茶を飲んで休憩する。3年生と比べると、2年生とはこの一年間、そんなにしゃべってこなかったから、今まで知らなかった身の上話がとても面白かった。今の2年生も、三者三様で実に個性的。来年度は彼女たちにゼミを引っ張ってもらわねばならない。
宣言文案は半分くらい書いたところで明日回しにする。何となくカレーが食べたくなった。「CoCo壱番家」でグランドマザーカレーを食べる。クジを引いたら、スプーンをもらった。最近この手のものは割とよく当たる。小出しに運を使っているような気がしている。
ワーナーマイカルシネマズ弘前で、「チェンジリング」を観る。1920年代のアメリカ社会というのが、いかに無茶苦茶だったか、この映画からも思い知らされる。しかしその無茶苦茶さを監視する正義がちゃーんと存在していたことも明らかになる。この辺はハリウッド映画の王道パターンといえようか。
帰り際にTSUTAYAに寄って、「陰日向に咲く」「歓喜の歌」「アフタースクール」のDVDを借りる。新作にも手が伸びかけたが、もう少し待てば100円で借りられる(週末は準新作まで100円になるので)、と思いとどまる。
ここ数日の憂鬱な気分は、月とともに変わるだろうか。
9時起床。朝風呂に入って、しゃっきりと目を覚ましてから大学に出る。研究室に着くなり、パソコンの電源を入れて、原稿をいじり出す。できるだけ、ギリギリまであがくつもり。
昼食は生協の弁当。急いで食べて会議がひとつ。思っていたよりも長くかかった。それを終えるとすぐに原稿をつつく。もはや書き進めるといった形にはならない。ちょこちょこと足りないところを補う感じ。
夕方4時から、僕の研究室で研究会。こぢんまりとした会なので、このスペースで十分。あれこれエクスキューズを挿入しながら、実質的には構想発表のようなものになってしまった。とはいえ、「企画」レベルでは一応評価してもらえたので、これからちゃんと肉付けをしていかなければ。
ああ、院生の時分にこんなデキのものを報告したら、きっとどやしつけられただろう。そうならないのは、曲がりなりにも大学教員になっているからである。その「温度差」のようなものは如実に感じる。理由は2つあって、ひとつは「先生」という立場に対する配慮である。もちろん、学会なんかでは火花散るような鍔迫り合いはある。でも研究会ならばお目こぼしに与れるのだ。もうひとつは、お互いに用務多忙であることがわかっているから。
僕の現状は、もはや大学教員というべきものではないのかもしれない。「弘前大学附設教員養成所」のスタッフといったほうがより正確だ。かろうじて研究者としてのアイデンティティを保てるのは、うち以外の学部の先生が声をかけてくれるから。つくづく、うちの大学が総合大学でよかったと思う。養成所の外にいる、大学の先生がかすかに僕を研究者としてみてくれるから。
最近は、これまで気にも留めていなかった、公募情報を覗く機会が増えた。
申し訳ないほどの不出来だったにもかかわらず、しっかりと打ち上げには顔を出させてもらった。研究の最前線の情報は、どれをとっても面白かった。別の研究会(温泉研究会)の日取りも決まる。少しだけ、楽しみができた。
帰宅した後、まだ時間があったので、「健康温泉桃太郎」に行く。露天風呂のなかで思い切り手足を伸ばす。空は晴れていて、星がみえる。もうちょっと頑張れたら、もっと解放感に浸れたのにな、と思う。
昼食は生協の弁当。急いで食べて会議がひとつ。思っていたよりも長くかかった。それを終えるとすぐに原稿をつつく。もはや書き進めるといった形にはならない。ちょこちょこと足りないところを補う感じ。
夕方4時から、僕の研究室で研究会。こぢんまりとした会なので、このスペースで十分。あれこれエクスキューズを挿入しながら、実質的には構想発表のようなものになってしまった。とはいえ、「企画」レベルでは一応評価してもらえたので、これからちゃんと肉付けをしていかなければ。
ああ、院生の時分にこんなデキのものを報告したら、きっとどやしつけられただろう。そうならないのは、曲がりなりにも大学教員になっているからである。その「温度差」のようなものは如実に感じる。理由は2つあって、ひとつは「先生」という立場に対する配慮である。もちろん、学会なんかでは火花散るような鍔迫り合いはある。でも研究会ならばお目こぼしに与れるのだ。もうひとつは、お互いに用務多忙であることがわかっているから。
僕の現状は、もはや大学教員というべきものではないのかもしれない。「弘前大学附設教員養成所」のスタッフといったほうがより正確だ。かろうじて研究者としてのアイデンティティを保てるのは、うち以外の学部の先生が声をかけてくれるから。つくづく、うちの大学が総合大学でよかったと思う。養成所の外にいる、大学の先生がかすかに僕を研究者としてみてくれるから。
最近は、これまで気にも留めていなかった、公募情報を覗く機会が増えた。
申し訳ないほどの不出来だったにもかかわらず、しっかりと打ち上げには顔を出させてもらった。研究の最前線の情報は、どれをとっても面白かった。別の研究会(温泉研究会)の日取りも決まる。少しだけ、楽しみができた。
帰宅した後、まだ時間があったので、「健康温泉桃太郎」に行く。露天風呂のなかで思い切り手足を伸ばす。空は晴れていて、星がみえる。もうちょっと頑張れたら、もっと解放感に浸れたのにな、と思う。
10時起床。どうしても1時間遅くなってしまう。何とか9時に起きるというラインは死守したいところ。トーストを1枚かじり、のそのそと大学に出て行く。体が重い。でもそれは八戸で遊んだせいなのだから仕方がない。
さすがに今日のような出勤だと、いくつか用事を済ませたらすぐお昼どきになってしまう。スコーラムに行き、オムライスを注文。サフランライスの上にふわふわのオムレツが載っているという、独特のオムライスだが、とてもおいしかった。以前はレギュラーメニューとしてあって、ランチのメニューが今ひとつ、というときによく頼んだのだが、いつの間にか消えてしまった。
研究室に戻って少しすると、2年のゼミ生がやってくる。引き続きデータ入力をしてもらう。その傍らで明日の研究会に向けての準備。すでにまともな原稿は出せそうにない。どうやって格好をつけるか、という状況になっている。
サリジェで買ってきたブルボンのバームロール、チョコリエール、ルベーラを並べておやつにする。お茶を飲みながらしばし雑談。
休憩はほどほどにして、再び作業に戻る。現実逃避したくなる衝動は、「監視人」(といっても僕の挙動をチェックしているわけではないが)がいてくれるおかげで、何とか抑えられる。
作業を終えてゼミ生が帰っていった後、1年生が研究室を訪ねてきた。そういえばゼミの希望届は明日が提出期限だったはず。いきなりハンコをください、というのを諫めて、とりあえずゼミの説明をして、よく考えてみて、と送り出す。大した話しができるわけではないが、考慮することは大事だ。それとこのときこそが後々までの「第一印象」となるのである。
当人たちはすっかり忘れてしまっているかもしれないが、今うちのゼミにいる5人が初めて研究室にやってきたときのことは、鮮明に覚えている。どんなたとえを出して社会学について説明したか、そのときの問題関心はどんなだったか。今思うと、お互いに恥ずかしいところがあるので、そうそう引き合いには出さないけれど、最初の出会いというのはやはり大事なものだ。だからいい加減に、粗雑にやってはいけないのだ。
夕食を摂った後は、ようやく集中して作業する。資料を眺め、データを眺め、しながら、3時まで粘る。それでも分量的には予定の50%、内容的には30%のデキか。正式な提出期限はあと1ヶ月先だが、ひと月なんてあっという間だ。明日、しっかり叩いてもらって、3月は一点集中できれば。いや、そんなことはありえないのだけれども。
さすがに今日のような出勤だと、いくつか用事を済ませたらすぐお昼どきになってしまう。スコーラムに行き、オムライスを注文。サフランライスの上にふわふわのオムレツが載っているという、独特のオムライスだが、とてもおいしかった。以前はレギュラーメニューとしてあって、ランチのメニューが今ひとつ、というときによく頼んだのだが、いつの間にか消えてしまった。
研究室に戻って少しすると、2年のゼミ生がやってくる。引き続きデータ入力をしてもらう。その傍らで明日の研究会に向けての準備。すでにまともな原稿は出せそうにない。どうやって格好をつけるか、という状況になっている。
サリジェで買ってきたブルボンのバームロール、チョコリエール、ルベーラを並べておやつにする。お茶を飲みながらしばし雑談。
休憩はほどほどにして、再び作業に戻る。現実逃避したくなる衝動は、「監視人」(といっても僕の挙動をチェックしているわけではないが)がいてくれるおかげで、何とか抑えられる。
作業を終えてゼミ生が帰っていった後、1年生が研究室を訪ねてきた。そういえばゼミの希望届は明日が提出期限だったはず。いきなりハンコをください、というのを諫めて、とりあえずゼミの説明をして、よく考えてみて、と送り出す。大した話しができるわけではないが、考慮することは大事だ。それとこのときこそが後々までの「第一印象」となるのである。
当人たちはすっかり忘れてしまっているかもしれないが、今うちのゼミにいる5人が初めて研究室にやってきたときのことは、鮮明に覚えている。どんなたとえを出して社会学について説明したか、そのときの問題関心はどんなだったか。今思うと、お互いに恥ずかしいところがあるので、そうそう引き合いには出さないけれど、最初の出会いというのはやはり大事なものだ。だからいい加減に、粗雑にやってはいけないのだ。
夕食を摂った後は、ようやく集中して作業する。資料を眺め、データを眺め、しながら、3時まで粘る。それでも分量的には予定の50%、内容的には30%のデキか。正式な提出期限はあと1ヶ月先だが、ひと月なんてあっという間だ。明日、しっかり叩いてもらって、3月は一点集中できれば。いや、そんなことはありえないのだけれども。
10時に起きる。トースト1枚を食べて、大学へ。途中、向こうからやってくる車を避けようとして、道の脇によけたら、右足がずぼっ、と落ちる。ドブの上に積もっていた雪を踏み抜いたようだ。幸いにも足首まで覆う靴を履いていたので、泥まみれになることはなかった。『動物のお医者さん』のシーザーを思い出す。おれはやるぜおれはやるぜ。
研究室で何通かメールの返事を書いて、正午過ぎにスコーラムへ。ランチのミートドリアを食べる。食後にコーヒーを2杯飲んで研究室に戻る。
1時ちょうどにドアがノックされたので、てっきりデータ入力を手伝ってもらっているゼミ生かと思ったら、1年生だった。ゼミの話しを聞きにきました、とのことで、ひととおり説明する。少しして今度はゼミの2年生がやってきたので、説明を手伝ってもらった。
昨年までと比べると、ゼミの説明にインパクトがない。去年までは、何とかゼミに来てもらおうと思って、社会学の面白さについて、身振り手振りをまじえて一生懸命しゃべったのだが、今年はどうも型どおりの説明に終始している。どうも不本意だ。どこか慢心している部分があるのかもしれない。もっとトークのキレ味を出すように、芸を磨かねばならない。
1年生が帰った後、しばらくは集中して原稿に取り組む。ゼミ生がいてくれると、ちょうどいいお目付役になってくれる。
その反動か(最近何でも言い訳に使うようになっている)、夕方以降はすっかりダレる。むぅー、危機感はあるのだが、全然ダメだ。何かその先に楽しいことを考えたいのだが、それもすぐには思いつかないな。
夕食を挟んで、しばし苦闘する。あれこれ文献を拾い読みして、ウダウダと考える。
ようやっと、ひとつ切り口をみつけたのは午前0時。思いついたアイディアを箇条書きにして帰宅。明日一日は作業ができない(いや、やろうと思えばできるのだが、逃避しようとしている)。仕事ついでにリフレッシュしてこよう。リフレッシュするほど仕事をしてないじゃないか!というツッコミを自分に入れつつ。
研究室で何通かメールの返事を書いて、正午過ぎにスコーラムへ。ランチのミートドリアを食べる。食後にコーヒーを2杯飲んで研究室に戻る。
1時ちょうどにドアがノックされたので、てっきりデータ入力を手伝ってもらっているゼミ生かと思ったら、1年生だった。ゼミの話しを聞きにきました、とのことで、ひととおり説明する。少しして今度はゼミの2年生がやってきたので、説明を手伝ってもらった。
昨年までと比べると、ゼミの説明にインパクトがない。去年までは、何とかゼミに来てもらおうと思って、社会学の面白さについて、身振り手振りをまじえて一生懸命しゃべったのだが、今年はどうも型どおりの説明に終始している。どうも不本意だ。どこか慢心している部分があるのかもしれない。もっとトークのキレ味を出すように、芸を磨かねばならない。
1年生が帰った後、しばらくは集中して原稿に取り組む。ゼミ生がいてくれると、ちょうどいいお目付役になってくれる。
その反動か(最近何でも言い訳に使うようになっている)、夕方以降はすっかりダレる。むぅー、危機感はあるのだが、全然ダメだ。何かその先に楽しいことを考えたいのだが、それもすぐには思いつかないな。
夕食を挟んで、しばし苦闘する。あれこれ文献を拾い読みして、ウダウダと考える。
ようやっと、ひとつ切り口をみつけたのは午前0時。思いついたアイディアを箇条書きにして帰宅。明日一日は作業ができない(いや、やろうと思えばできるのだが、逃避しようとしている)。仕事ついでにリフレッシュしてこよう。リフレッシュするほど仕事をしてないじゃないか!というツッコミを自分に入れつつ。
昨夜は夜中から雨が降ったようだ。車に積もった雪がすっかり融けてなくなっている。目が覚めたのは11時。冷凍のチャーハンをフライパンで炒めて食べた。
頭がボサボサで、頭もどうもすっきりしないので、「健康温泉桃太郎」に行く。この時間は意外と混雑している。夜とは違い、時間を気にせずにゆったりと浸かる。売店で焼きそば(130円)と焼きおにぎりを買って車に乗る。ここの焼きそばは、値段の割に具だくさんで、なかなかうまい。ときどき買って帰る。今夜はこれが夕食だ。
研究室に出る。外はいくぶん暖かくなったような気がするのだが、室内は寒い。ファンヒーターを焚く。途中で灯油が切れたので補充する。
「笑点」をみる。歌さんの体調が案じられたが、問題なく、いつものように司会をこなしていた。まとめ録りだとこういったときにはいいのかもしれない。大喜利の前に出演した宮川大助・花子夫妻も元気そうだった。
懸案の原稿は、行きつ戻りつを繰り返す。つい先日、卒論要旨の期限を守れといった自分に怒られそうなくらい、僕自身が期限を守れそうにない。追い込まれたとき、爆発的な力を発揮できるようなら大いに結構なのだが、僕の場合はそんなことはまったくなくて、どうにか取り繕う方向にシフト・チェンジする。今までそんな感じで何とか乗り切れてしまったのがよくないんだなあ。
「笑点」のときからテレビをつけっぱなしにしておく。余計に集中できなさそうだが、むしろ何か音が鳴っていたほうがいい。
テレビが面白くなくなってきたので、学生用PCのほうで、ドラマ「GOOD LUCK!!」のDVDをかける。もちろん映像も流れているが、聴くのは音声のみ。音声だけでも十分楽しめる、大好きなドラマだ。
車には、少しばかり雪が積もっていたが、下ろすまでもなく、暖機運転するうちにあらかた融けてしまった。遅く帰っても、風呂ではしっかりと『昭和史発掘』の「スパイ"M"の謀略」を読む。この本はものすごいゆっくりとしたペースで読んでいる。
頭がボサボサで、頭もどうもすっきりしないので、「健康温泉桃太郎」に行く。この時間は意外と混雑している。夜とは違い、時間を気にせずにゆったりと浸かる。売店で焼きそば(130円)と焼きおにぎりを買って車に乗る。ここの焼きそばは、値段の割に具だくさんで、なかなかうまい。ときどき買って帰る。今夜はこれが夕食だ。
研究室に出る。外はいくぶん暖かくなったような気がするのだが、室内は寒い。ファンヒーターを焚く。途中で灯油が切れたので補充する。
「笑点」をみる。歌さんの体調が案じられたが、問題なく、いつものように司会をこなしていた。まとめ録りだとこういったときにはいいのかもしれない。大喜利の前に出演した宮川大助・花子夫妻も元気そうだった。
懸案の原稿は、行きつ戻りつを繰り返す。つい先日、卒論要旨の期限を守れといった自分に怒られそうなくらい、僕自身が期限を守れそうにない。追い込まれたとき、爆発的な力を発揮できるようなら大いに結構なのだが、僕の場合はそんなことはまったくなくて、どうにか取り繕う方向にシフト・チェンジする。今までそんな感じで何とか乗り切れてしまったのがよくないんだなあ。
「笑点」のときからテレビをつけっぱなしにしておく。余計に集中できなさそうだが、むしろ何か音が鳴っていたほうがいい。
テレビが面白くなくなってきたので、学生用PCのほうで、ドラマ「GOOD LUCK!!」のDVDをかける。もちろん映像も流れているが、聴くのは音声のみ。音声だけでも十分楽しめる、大好きなドラマだ。
車には、少しばかり雪が積もっていたが、下ろすまでもなく、暖機運転するうちにあらかた融けてしまった。遅く帰っても、風呂ではしっかりと『昭和史発掘』の「スパイ"M"の謀略」を読む。この本はものすごいゆっくりとしたペースで読んでいる。
8時起床。昨夜、自宅に入る前に車の雪を下ろしておいたのだが、それがまったく無意味であったかのようにしっかり積もっている。
駐車場では大家さんが一生懸命雪かきをしてくださっていた。多くの車が出払った後、きれいに雪を除けてくれるのだが、僕の場合、普段は車を使用しないので、僕の車の周りだけ雪が溜まってしまう。今日は珍しく朝から車で出かけたので、僕のところも面倒をみてくれた。
風が強く、雪が舞う。月曜日に続いてサポーター実習校への挨拶に出向く。視界が悪い。目の前は少しグレーがかった白の世界。慎重に車を走らせる。さすがにこれくらいの雪だと、地元の車も慎重に走る。
道路は除雪車が入るので、走ることじたいはそれほど難しくはない。だが、除雪車の大きなタイヤが、路面上の雪を踏み固めていった跡を走るので、車の乗り心地はすこぶる悪い。常にガタガタと小刻みに揺れるのだ。車酔いする人には耐えられないんじゃないだろうか。
早く着いたので、近くのコンビニで缶コーヒーを買い、一服。それから挨拶に出向く。20分ほど、校長先生とお話しして、お礼を申し上げて学校を辞す。
せっかく遠出をしてきたので、市の境を越えて西目屋村まで行ってみる。地元の名産品販売所に立ち寄る。吹雪はますます激しくなってきた。写真だと雰囲気がしっかり伝わらないのが残念。


地元の方が漬けたキムチと熊笹茶を買って戻る。ますます前がみえない。前方の路面をみて、わずかにアスファルトのグレーが覗く轍をトレースするようにして走る。相変わらずお尻にビビリ振動を感じながら。
自宅に戻る。大家さんがせっかく雪をかいてくれたにもかかわらず、駐車場にはしっかり雪が積もっていた。スーツから普段着に着替え、大学に出る。
数本の原稿が届いていた。13本中11本が集まる。それらをプリントアウトし、ホチキス留めして束ねたころに印刷業者さんが研究室にやってきた。CD-Rともども原稿を引き渡す。すでに見積書を作ってもらっているのだが、ページが増えたので、再見積をしてもらわねばならない。お互いに渋い顔をする。
スコーラムで遅い昼食。ドライカレーのランチ。
遅れて提出する学生に指示を出す。メドが立っていないというのが、いらだちを覚えさせる。ことの重大さを認識してもらえていないようで、思わず怒鳴りつけそうになった。
1年生が2人研究室にやってきた。僕のゼミに入りたいとのこと。すでに説明をしておいたので、今日は書類にハンコを押すだけ。初の男子ゼミ生の加入である。これで新しいゼミ生は7人になる。1年目が2人、2年目が3人、そして3年目が7人。果たして教育学部で社会学ゼミに需要はあるのだろうか、と気をもんでいた当初から思えば考えられない。人数が増えたことをパフォーマンス低下の言い訳にしないように、しっかりやらなければ。2人にはゼミ加入の記念品として、1冊ずつ新書を持っていってもらった。
ひと仕事終えたという充実感に浸りたいところだが、ここまでの原稿集約作業に関して「お小言」を頂戴する。はあ、虚しいなあ。何のためにこれだけの時間とエネルギーを割いたのだろう。
夕方になると雨になった。それだけ気温が上がったということなのだが、こうなると夜半には路面がつるつるに凍結するだろう。これはこれで困ったもの。
こんなときには憂さ晴らしのひとつもしないと気が済まない。今日は仕事は早く切り上げて、ワーナーマイカルシネマズ弘前へ。2度目の「マンマ・ミーア!」を観る。今日いっぱいでレイトショーのプログラムから外れてしまうのだ。
しばし世事を忘れて、エーゲ海の底抜けに明るい世界へと逃避する。
10人くらいお客さんがいたのだが、エンドロールが始まるころになると次々に席を立っていった。最後に流れる、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが歌う「Thank you for the music」がとてもいいと思うんだがなあ。舞台版だとハリーが歌うのだが、この曲のイメージはソフィのほうがハマっている。劇場の明かりが点いたときには、残っていたのは僕だけだった。
研究室に戻り、2時間ほど雑務に従事。今度は雨から暴風雪になった。雪というよりは小粒のあられが容赦なく顔に吹きつける。痛い。これでは外出しようという気にもならない。大好きな温泉からも足が遠のいている。疲れた。今日は早寝する。
駐車場では大家さんが一生懸命雪かきをしてくださっていた。多くの車が出払った後、きれいに雪を除けてくれるのだが、僕の場合、普段は車を使用しないので、僕の車の周りだけ雪が溜まってしまう。今日は珍しく朝から車で出かけたので、僕のところも面倒をみてくれた。
風が強く、雪が舞う。月曜日に続いてサポーター実習校への挨拶に出向く。視界が悪い。目の前は少しグレーがかった白の世界。慎重に車を走らせる。さすがにこれくらいの雪だと、地元の車も慎重に走る。
道路は除雪車が入るので、走ることじたいはそれほど難しくはない。だが、除雪車の大きなタイヤが、路面上の雪を踏み固めていった跡を走るので、車の乗り心地はすこぶる悪い。常にガタガタと小刻みに揺れるのだ。車酔いする人には耐えられないんじゃないだろうか。
早く着いたので、近くのコンビニで缶コーヒーを買い、一服。それから挨拶に出向く。20分ほど、校長先生とお話しして、お礼を申し上げて学校を辞す。
せっかく遠出をしてきたので、市の境を越えて西目屋村まで行ってみる。地元の名産品販売所に立ち寄る。吹雪はますます激しくなってきた。写真だと雰囲気がしっかり伝わらないのが残念。


地元の方が漬けたキムチと熊笹茶を買って戻る。ますます前がみえない。前方の路面をみて、わずかにアスファルトのグレーが覗く轍をトレースするようにして走る。相変わらずお尻にビビリ振動を感じながら。
自宅に戻る。大家さんがせっかく雪をかいてくれたにもかかわらず、駐車場にはしっかり雪が積もっていた。スーツから普段着に着替え、大学に出る。
数本の原稿が届いていた。13本中11本が集まる。それらをプリントアウトし、ホチキス留めして束ねたころに印刷業者さんが研究室にやってきた。CD-Rともども原稿を引き渡す。すでに見積書を作ってもらっているのだが、ページが増えたので、再見積をしてもらわねばならない。お互いに渋い顔をする。
スコーラムで遅い昼食。ドライカレーのランチ。
遅れて提出する学生に指示を出す。メドが立っていないというのが、いらだちを覚えさせる。ことの重大さを認識してもらえていないようで、思わず怒鳴りつけそうになった。
1年生が2人研究室にやってきた。僕のゼミに入りたいとのこと。すでに説明をしておいたので、今日は書類にハンコを押すだけ。初の男子ゼミ生の加入である。これで新しいゼミ生は7人になる。1年目が2人、2年目が3人、そして3年目が7人。果たして教育学部で社会学ゼミに需要はあるのだろうか、と気をもんでいた当初から思えば考えられない。人数が増えたことをパフォーマンス低下の言い訳にしないように、しっかりやらなければ。2人にはゼミ加入の記念品として、1冊ずつ新書を持っていってもらった。
ひと仕事終えたという充実感に浸りたいところだが、ここまでの原稿集約作業に関して「お小言」を頂戴する。はあ、虚しいなあ。何のためにこれだけの時間とエネルギーを割いたのだろう。
夕方になると雨になった。それだけ気温が上がったということなのだが、こうなると夜半には路面がつるつるに凍結するだろう。これはこれで困ったもの。
こんなときには憂さ晴らしのひとつもしないと気が済まない。今日は仕事は早く切り上げて、ワーナーマイカルシネマズ弘前へ。2度目の「マンマ・ミーア!」を観る。今日いっぱいでレイトショーのプログラムから外れてしまうのだ。
しばし世事を忘れて、エーゲ海の底抜けに明るい世界へと逃避する。
10人くらいお客さんがいたのだが、エンドロールが始まるころになると次々に席を立っていった。最後に流れる、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが歌う「Thank you for the music」がとてもいいと思うんだがなあ。舞台版だとハリーが歌うのだが、この曲のイメージはソフィのほうがハマっている。劇場の明かりが点いたときには、残っていたのは僕だけだった。
研究室に戻り、2時間ほど雑務に従事。今度は雨から暴風雪になった。雪というよりは小粒のあられが容赦なく顔に吹きつける。痛い。これでは外出しようという気にもならない。大好きな温泉からも足が遠のいている。疲れた。今日は早寝する。
10時起床。だんだん夜型になってきた。今日も雪が降っている。出社したのは正午近くなってから。
研究室はどことなく気だるい感じ。そんな空気を払拭すべく、YMを飲む。しばらくすると、『レ・シトワヤン』の原稿(卒論要旨)がメール添付で送られてくる。今日が提出期限になっている。嵐の予感。
今日中に提出できません、と何人かの学生が「詫び入れ」にくる。冷たくあしらう。原稿の引き渡しは明日の午後なので、正午までなら待つ、という。ムリそうな表情をしていたが、24時間近くあるのだ。何とかしてもらわなければならない。「やる前に負けることを考えるバカがいるかよ!出てけ、コラー!」といった気分だ。
スコーラムで昼食。ビビンバのランチを食べる。今日はイライラしっぱなしの一日になることが予測されるから、という変な理屈をつけて、ストロッパを追加注文する。冷たくて甘いものを食べたら、少し落ち着いた。
原稿が続々届く。ファイルを開いて首を傾げる。ことごとく8ページの原稿なのだ。事前に4年生に渡した執筆要項では6ページにするよう、指示しておいた。偶数ページなら許容されるという話しはそれとなく聞いていたが、そうすると大幅なページ増=予算オーバーになる。届いたファイルを開くたびに、6ページであってくれ、と祈るような気持ちになるのだが、規定の枚数を守ったものは、9本中1本だけだった。
届いた原稿は、画面上でざっと目を通す。図表込みでのページ数を設定してあるのだが、文章のファイルのほうに図表の入るスペースを十分に確保していなかったり、表題がなかったり。さらには指導教員の「講評」を本文末尾に入れておかなければならないのに、それが抜けている(つまり指導教員にみせないまま送っているのだ)ものも多い。
受領の確認と、いくつかの問題点を指摘したメールを送る。2つのモニタ画面を絶えず見比べながらの作業。キーボードを慌ただしく叩く。『ジェネラル・ルージュの凱旋』の速水ではないが、コックピットで何かを操作しているような気分だ。一度集中し出すと、お尻をイスにべったり貼り付けたように作業する。
もちろんこのような事態は予測していた。全員が期限を守るなんてことは、僕らの世界だってありえないのだから、仕方のないところ。ただ、こちらもそれなりのエネルギーを投入している以上、学生たちにも頑張ってもらわなければ困る。
0時を回ったところで、今日の提出はもうないだろう、と思って帰宅する(実際には、帰宅してパソコンをつけたら、もう1本届いていた)。ぐったりして湯船に身を沈める。ふう。何か楽しいことを考えたいけれど、そんな想像力さえ絞り出せない。
研究室はどことなく気だるい感じ。そんな空気を払拭すべく、YMを飲む。しばらくすると、『レ・シトワヤン』の原稿(卒論要旨)がメール添付で送られてくる。今日が提出期限になっている。嵐の予感。
今日中に提出できません、と何人かの学生が「詫び入れ」にくる。冷たくあしらう。原稿の引き渡しは明日の午後なので、正午までなら待つ、という。ムリそうな表情をしていたが、24時間近くあるのだ。何とかしてもらわなければならない。「やる前に負けることを考えるバカがいるかよ!出てけ、コラー!」といった気分だ。
スコーラムで昼食。ビビンバのランチを食べる。今日はイライラしっぱなしの一日になることが予測されるから、という変な理屈をつけて、ストロッパを追加注文する。冷たくて甘いものを食べたら、少し落ち着いた。
原稿が続々届く。ファイルを開いて首を傾げる。ことごとく8ページの原稿なのだ。事前に4年生に渡した執筆要項では6ページにするよう、指示しておいた。偶数ページなら許容されるという話しはそれとなく聞いていたが、そうすると大幅なページ増=予算オーバーになる。届いたファイルを開くたびに、6ページであってくれ、と祈るような気持ちになるのだが、規定の枚数を守ったものは、9本中1本だけだった。
届いた原稿は、画面上でざっと目を通す。図表込みでのページ数を設定してあるのだが、文章のファイルのほうに図表の入るスペースを十分に確保していなかったり、表題がなかったり。さらには指導教員の「講評」を本文末尾に入れておかなければならないのに、それが抜けている(つまり指導教員にみせないまま送っているのだ)ものも多い。
受領の確認と、いくつかの問題点を指摘したメールを送る。2つのモニタ画面を絶えず見比べながらの作業。キーボードを慌ただしく叩く。『ジェネラル・ルージュの凱旋』の速水ではないが、コックピットで何かを操作しているような気分だ。一度集中し出すと、お尻をイスにべったり貼り付けたように作業する。
もちろんこのような事態は予測していた。全員が期限を守るなんてことは、僕らの世界だってありえないのだから、仕方のないところ。ただ、こちらもそれなりのエネルギーを投入している以上、学生たちにも頑張ってもらわなければ困る。
0時を回ったところで、今日の提出はもうないだろう、と思って帰宅する(実際には、帰宅してパソコンをつけたら、もう1本届いていた)。ぐったりして湯船に身を沈める。ふう。何か楽しいことを考えたいけれど、そんな想像力さえ絞り出せない。
9時に起きる。ただし今日はゆっくりしていられるので、風呂にのんびり浸かってから出かける支度をする。外は雨。もう雪は降らないんじゃないか、という期待をする(決してそんなことはないのだが)。
11時過ぎに大学に出て、細々とした用事を済ませる。正午から講座会議。早く終わる。スコーラムに行って昼食。アサリクリームのパスタとサラダを頼む。食後に海堂尊『ジェネラル・ルージュの凱旋』を読み始める。30ページほど読んだところで時間になる。
午後に会議がひとつ。こちらは思ったよりも長くかかった。研究室のテーブルに書類を放り投げて、代わりに修士論文のコピーを持って社会科資料室に急ぐ。ジャスト3時の開始に何とか間に合った。
口頭試問は主査1人と副査が2人。僕のポジションは2番目の副査なので、立場的には気楽だ。院生さんの概要説明の後、真っ先に質問させてもらえるのもありがたい。僕みたいな門外漢だと、そう深い質問ができるわけではない。それでもって先に主査やもう1人の副査の先生に同じ質問をされてしまったら、僕自身が大いに弱ってしまう。その点先発はやりやすい。
院生さんはスーツにネクタイと、びしっとした格好で、緊張感もあるが、それでもどこか和気藹々とした雰囲気もある。
1時間ほどの口頭試問の後、3人で協議に入る。結論を出して、しばし雑談する。そうこうすると5時になり、もう1人の口頭試問になる。
ますます専門外の内容で、僕も必死になって質問する。それだけにやり取りは真剣なものになる。こうしたコミュニケーションが、どれだけ院生さんにとって+になるかは定かではないけれども、僕にとっては貴重な勉強にもなる。
大きな大学にいたら、僕みたいな、一番下っ端のぺーぺーに大学院の授業を持たせてくれたり、修論の査読をさせてくれたりはしないだろう。難しい仕事ではあるのだけれども、得るものは決して小さくない。それと、一緒に審査を行う先生方の質問というのがとても勉強になる。的を射た質問には、感心させられるし、こうした場面ではどういった質問が適切かを学ぶ機会になる。「質問力」ということばじたいは好きではないが、同僚からそうした技を盗むチャンスでもあるのだ。
夕食を摂って研究室に戻ると、どうにも眠くて仕方がない。ここのところ、すっかり荷物置きになっていたマッサージチェアの上のカバンなんかをどかして、しばし横たわり、まどろむ。30分ほど眠ったら、いくらか頭がすっきりした。
今年度の成績登録をすべて終え、授業のシラバスを入力する。それらの仕事が一段落したところで、ブログを更新する。最近はこうして数日分をまとめて、ということが多くなった。一年前の今ごろに「この時間を確保できないような余裕なき生活になったらおしまいだ」と書いたが、だんだんそうなってきているような気がしてならない。
11時過ぎに大学に出て、細々とした用事を済ませる。正午から講座会議。早く終わる。スコーラムに行って昼食。アサリクリームのパスタとサラダを頼む。食後に海堂尊『ジェネラル・ルージュの凱旋』を読み始める。30ページほど読んだところで時間になる。
午後に会議がひとつ。こちらは思ったよりも長くかかった。研究室のテーブルに書類を放り投げて、代わりに修士論文のコピーを持って社会科資料室に急ぐ。ジャスト3時の開始に何とか間に合った。
口頭試問は主査1人と副査が2人。僕のポジションは2番目の副査なので、立場的には気楽だ。院生さんの概要説明の後、真っ先に質問させてもらえるのもありがたい。僕みたいな門外漢だと、そう深い質問ができるわけではない。それでもって先に主査やもう1人の副査の先生に同じ質問をされてしまったら、僕自身が大いに弱ってしまう。その点先発はやりやすい。
院生さんはスーツにネクタイと、びしっとした格好で、緊張感もあるが、それでもどこか和気藹々とした雰囲気もある。
1時間ほどの口頭試問の後、3人で協議に入る。結論を出して、しばし雑談する。そうこうすると5時になり、もう1人の口頭試問になる。
ますます専門外の内容で、僕も必死になって質問する。それだけにやり取りは真剣なものになる。こうしたコミュニケーションが、どれだけ院生さんにとって+になるかは定かではないけれども、僕にとっては貴重な勉強にもなる。
大きな大学にいたら、僕みたいな、一番下っ端のぺーぺーに大学院の授業を持たせてくれたり、修論の査読をさせてくれたりはしないだろう。難しい仕事ではあるのだけれども、得るものは決して小さくない。それと、一緒に審査を行う先生方の質問というのがとても勉強になる。的を射た質問には、感心させられるし、こうした場面ではどういった質問が適切かを学ぶ機会になる。「質問力」ということばじたいは好きではないが、同僚からそうした技を盗むチャンスでもあるのだ。
夕食を摂って研究室に戻ると、どうにも眠くて仕方がない。ここのところ、すっかり荷物置きになっていたマッサージチェアの上のカバンなんかをどかして、しばし横たわり、まどろむ。30分ほど眠ったら、いくらか頭がすっきりした。
今年度の成績登録をすべて終え、授業のシラバスを入力する。それらの仕事が一段落したところで、ブログを更新する。最近はこうして数日分をまとめて、ということが多くなった。一年前の今ごろに「この時間を確保できないような余裕なき生活になったらおしまいだ」と書いたが、だんだんそうなってきているような気がしてならない。
正午近くに起床。寝ても寝ても疲れが抜けない。とはいえこれだけ睡眠時間を確保できるだけマシだと思わなければいけないな。
パスタを茹でようと思ったら、肝心のパスタを切らしていた。仕方がないので、冷蔵庫にあった玄米餅とスープで朝食兼昼食とする。
研究室に行く前に、サンデーでミネラルウォーター3箱と灯油を購入。授業があるときは、1日で2リットルの水を消費する(コーヒーやお茶)。よって、6本入りの箱を1週間で使い切る勘定になる。車で大学に行ける休日には、この買い出しが欠かせない。
160枚の答案の採点を今日一日で済ませることにする。手慣れた先生なら、もっと大量の答案をさばけるのかもしれないが、僕は何せ採点に手間取るほうなので、一日の量としてはかなり重く感じられる。
とりあえず10枚ずつの束を互い違いに積み上げる。時間のロスだとわかっているのだけれど、途中途中で「あと○束だ」と自分に言い聞かせてやっていくのだ。
採点のスピードは遅いのだが、ひとつだけ自信をもっているのは、採点基準がほとんどぶれない、ということ。最初のほうに採点したものと、最後のほうに採点したものとを比べても、しっかりと出来不出来を評価できている。同じような点数の答案は同じような出来だ。
もちろんそれは当然のことなのだけれど、論述試験の場合には、感覚のズレというのは生じるものだ。だから最初のころは1回すべての答案に目を通して、採点をし、もう1度見直す、といったこともやっていた。でも慣れてくるとしっかりポイントを押さえているかどうかの見極めができるようになる。だから、途中まで採点して、一晩経ってから続きをやっても大丈夫(だと思っている)。
いったん夕食を食べるために大学を出る。何を食べようか迷ったが、城東の「みんぱい」で雲白肉定食を食べた。もう少しタレの味付けが薄いといいのだが。
もともとは和食好きなので、和定食を食べられるお店を探しているのだが、近所にはなかなかない。カレイの煮付け定食といったものが気楽に食べられるお店があったらいい。洋食屋さんは割といいお店があるのだけれども。
そのまま「健康温泉桃太郎」に行く。行きたい行きたいと思いつつ、なかなか時間が取れずにいた。今日は時間も早いから、ゆったりと浸かる。自宅の風呂では到底この温まり感は得られない。
再び研究室に戻り、採点の続き。1時過ぎに終わる。データを入力して、もう一度答案と数字とを照らし合わせて送付する。送るのは別に明日になってからでもよかったのだ。それでも今日中に済ませたことで、ある種の達成感を得る。
パスタを茹でようと思ったら、肝心のパスタを切らしていた。仕方がないので、冷蔵庫にあった玄米餅とスープで朝食兼昼食とする。
研究室に行く前に、サンデーでミネラルウォーター3箱と灯油を購入。授業があるときは、1日で2リットルの水を消費する(コーヒーやお茶)。よって、6本入りの箱を1週間で使い切る勘定になる。車で大学に行ける休日には、この買い出しが欠かせない。
160枚の答案の採点を今日一日で済ませることにする。手慣れた先生なら、もっと大量の答案をさばけるのかもしれないが、僕は何せ採点に手間取るほうなので、一日の量としてはかなり重く感じられる。
とりあえず10枚ずつの束を互い違いに積み上げる。時間のロスだとわかっているのだけれど、途中途中で「あと○束だ」と自分に言い聞かせてやっていくのだ。
採点のスピードは遅いのだが、ひとつだけ自信をもっているのは、採点基準がほとんどぶれない、ということ。最初のほうに採点したものと、最後のほうに採点したものとを比べても、しっかりと出来不出来を評価できている。同じような点数の答案は同じような出来だ。
もちろんそれは当然のことなのだけれど、論述試験の場合には、感覚のズレというのは生じるものだ。だから最初のころは1回すべての答案に目を通して、採点をし、もう1度見直す、といったこともやっていた。でも慣れてくるとしっかりポイントを押さえているかどうかの見極めができるようになる。だから、途中まで採点して、一晩経ってから続きをやっても大丈夫(だと思っている)。
いったん夕食を食べるために大学を出る。何を食べようか迷ったが、城東の「みんぱい」で雲白肉定食を食べた。もう少しタレの味付けが薄いといいのだが。
もともとは和食好きなので、和定食を食べられるお店を探しているのだが、近所にはなかなかない。カレイの煮付け定食といったものが気楽に食べられるお店があったらいい。洋食屋さんは割といいお店があるのだけれども。
そのまま「健康温泉桃太郎」に行く。行きたい行きたいと思いつつ、なかなか時間が取れずにいた。今日は時間も早いから、ゆったりと浸かる。自宅の風呂では到底この温まり感は得られない。
再び研究室に戻り、採点の続き。1時過ぎに終わる。データを入力して、もう一度答案と数字とを照らし合わせて送付する。送るのは別に明日になってからでもよかったのだ。それでも今日中に済ませたことで、ある種の達成感を得る。
8時半起床。駅でゼミ生を拾って、花束を買いに行く。今日の卒論発表会に引き続いて行われる卒業祝賀会で卒業(予定)者に渡すものだ。お店に着くと13人分のきれいな花束がこさえてあって、代金を支払って車に載せる。そのまま大学に向かう。
G2を飲んでいつもの朝の儀式を済ませる。今日も暖かく、春のような陽気だ。この冬はもう路面が雪で埋もれることはないのだろうか。
こちらで印刷したレジュメやプリントとパソコン、プロジェクターを抱えて第1会議室に向かうと、他ゼミも含めた3年生と2年生が待っていた。会場の設営に取りかかる。とにかく慌ただしい。バタバタと動き回り、机とイスを並べ替え、その後スクリーンを引っ張り出し、プロジェクターを据え付ける。マイクも取り出してきて、使用前のチェック。
そうこうするうちに開始時刻の11時になる。何とか間に合った。教員側の席に座るとき、無意識のうちに「疲れた~」と口にする。体はへとへとに疲れているのに、テンションだけ高い。脳内麻薬の作用ってのはこういうものなのだろうか。
5分ほど遅れてのスタート。午前中は哲学ゼミと経済学ゼミの卒論発表。しっかりパワーポイントを用意しての報告で、データをあれこれ眺めながらコメントしていく。
昼休みは生協で弁当を買い、研究室で慌ただしくかき込む。食べ終わるとすぐに会議室に戻り、午後の発表に備える。
経済ゼミに続いて法学ゼミの卒論発表。若干議論が低調になるのは、卒論の出来の問題ではなくて、経済学と法学との質の違いによる。前者のほうがあれこれデータが出てくる分、議論がしやすいのだ。それに対して、法学の研究というのは、問題提起が妥当であるだけに、疑義を挟みにくかったりする。
13本の卒論発表が終わると、経済学ゼミの研究報告。小坂町でのフィールドワークの成果。この町は昨秋訪れてすっかり魅了されたこともあり、楽しく聞かせていただいた。今度ぜひ経済学ゼミと社会学ゼミと合同で巡見に行きましょう、といった話しになった。
卒論発表会が終わると卒業祝賀会。昨日地域生活専攻のパーティーがあったものだから、こちらはおにぎりとおつまみ、それと少しのお酒といったシンプルなものにした。3年生と2年生が卒業生に花束と記念品を渡す。いつの間にか下級生の数人が帰ってしまって、渡す側の人間が足りなくなってしまった。楽しく歓談してお開きとなる。
片づけを終えてから、うちのゼミだけでささやかな打ち上げをする。せっかくなので、と弘前公園の雪灯籠まつりを見に行く。少しお酒が入ったせいか、いつもよりゼミ生のテンションが高い。
折りからの雪不足に加え、今日はかなり暖かかったので、雪灯籠もずいぶんと融けてしまっている。おそらく著作権的に問題がありそうなものも、すっかりうやむやになってしまっている。

それでも静かななか、ほのかな灯りが点る雰囲気というのは格別。桜まつりや紅葉まつりもいいが、やはりこの雪灯籠まつりが一番好きだ。天守閣の白壁も、この時期はより一層白くみえる。


本丸の北側から、岩木山の方向を望む。スキー場のリフトの灯りが遠くにみえる。その手前には小さなかまくらのなかに点るろうそくの灯りがある。この眺めこそ、雪灯籠まつりの真骨頂だ。


足元に気を取られながら東側の広場に下ると、いつものように屋台と様々なキャラクターの雪像が出迎えてくれる。そしてこのまつりのもうひとつの主役である、弘前の名建築の雪像は、土手町通りの一戸時計店の旧建物である。暖かかったせいか、シンボルの時計台が少し傾いでしまっていた。ちなみに現在の一戸時計店はこのような建物である。時計台は昔のままなのだ。

体も冷えてきたので、お茶でもしよう、と、大学の近くにできたカフェバーに行く。が、お休みだった。ほど近い「Cherry's Bar」へ。うちのゼミ生たちとこのお店に来るのは初めてだ。せっかくバーに行っておいて、頼んだのはパンプキンジュースとかバナナジュースとかコーヒーとかココアとか。おまけにぷるぷるなんとか、なるデザートもみんなで分けて食べた。
今日の卒論発表の感想などをしゃべる。3年生はもちろん、2年生にも少しずつ卒論への意識をもってもらわなくては。
来年度に向けての話しもする。この5人と僕とでのゼミの集まりは今日が最後だ。こんな感じのアットホームは雰囲気というのは、おそらく今後はないのだろう。だが僕自身は惜しいとも思わないし、案じてもいない。初めは2人でスタートしたゼミだ。今年度、3人が加わって、ずっと面白くなった。ならば人数が増えるというのは相当に楽しみな要素だといえる。
メンバーを送り届けて、午前0時に帰宅。長い一日だった。風呂に浸かりながらときどき意識が飛んで、とっさに目を覚ます。
G2を飲んでいつもの朝の儀式を済ませる。今日も暖かく、春のような陽気だ。この冬はもう路面が雪で埋もれることはないのだろうか。
こちらで印刷したレジュメやプリントとパソコン、プロジェクターを抱えて第1会議室に向かうと、他ゼミも含めた3年生と2年生が待っていた。会場の設営に取りかかる。とにかく慌ただしい。バタバタと動き回り、机とイスを並べ替え、その後スクリーンを引っ張り出し、プロジェクターを据え付ける。マイクも取り出してきて、使用前のチェック。
そうこうするうちに開始時刻の11時になる。何とか間に合った。教員側の席に座るとき、無意識のうちに「疲れた~」と口にする。体はへとへとに疲れているのに、テンションだけ高い。脳内麻薬の作用ってのはこういうものなのだろうか。
5分ほど遅れてのスタート。午前中は哲学ゼミと経済学ゼミの卒論発表。しっかりパワーポイントを用意しての報告で、データをあれこれ眺めながらコメントしていく。
昼休みは生協で弁当を買い、研究室で慌ただしくかき込む。食べ終わるとすぐに会議室に戻り、午後の発表に備える。
経済ゼミに続いて法学ゼミの卒論発表。若干議論が低調になるのは、卒論の出来の問題ではなくて、経済学と法学との質の違いによる。前者のほうがあれこれデータが出てくる分、議論がしやすいのだ。それに対して、法学の研究というのは、問題提起が妥当であるだけに、疑義を挟みにくかったりする。
13本の卒論発表が終わると、経済学ゼミの研究報告。小坂町でのフィールドワークの成果。この町は昨秋訪れてすっかり魅了されたこともあり、楽しく聞かせていただいた。今度ぜひ経済学ゼミと社会学ゼミと合同で巡見に行きましょう、といった話しになった。
卒論発表会が終わると卒業祝賀会。昨日地域生活専攻のパーティーがあったものだから、こちらはおにぎりとおつまみ、それと少しのお酒といったシンプルなものにした。3年生と2年生が卒業生に花束と記念品を渡す。いつの間にか下級生の数人が帰ってしまって、渡す側の人間が足りなくなってしまった。楽しく歓談してお開きとなる。
片づけを終えてから、うちのゼミだけでささやかな打ち上げをする。せっかくなので、と弘前公園の雪灯籠まつりを見に行く。少しお酒が入ったせいか、いつもよりゼミ生のテンションが高い。
折りからの雪不足に加え、今日はかなり暖かかったので、雪灯籠もずいぶんと融けてしまっている。おそらく著作権的に問題がありそうなものも、すっかりうやむやになってしまっている。

それでも静かななか、ほのかな灯りが点る雰囲気というのは格別。桜まつりや紅葉まつりもいいが、やはりこの雪灯籠まつりが一番好きだ。天守閣の白壁も、この時期はより一層白くみえる。


本丸の北側から、岩木山の方向を望む。スキー場のリフトの灯りが遠くにみえる。その手前には小さなかまくらのなかに点るろうそくの灯りがある。この眺めこそ、雪灯籠まつりの真骨頂だ。


足元に気を取られながら東側の広場に下ると、いつものように屋台と様々なキャラクターの雪像が出迎えてくれる。そしてこのまつりのもうひとつの主役である、弘前の名建築の雪像は、土手町通りの一戸時計店の旧建物である。暖かかったせいか、シンボルの時計台が少し傾いでしまっていた。ちなみに現在の一戸時計店はこのような建物である。時計台は昔のままなのだ。

体も冷えてきたので、お茶でもしよう、と、大学の近くにできたカフェバーに行く。が、お休みだった。ほど近い「Cherry's Bar」へ。うちのゼミ生たちとこのお店に来るのは初めてだ。せっかくバーに行っておいて、頼んだのはパンプキンジュースとかバナナジュースとかコーヒーとかココアとか。おまけにぷるぷるなんとか、なるデザートもみんなで分けて食べた。
今日の卒論発表の感想などをしゃべる。3年生はもちろん、2年生にも少しずつ卒論への意識をもってもらわなくては。
来年度に向けての話しもする。この5人と僕とでのゼミの集まりは今日が最後だ。こんな感じのアットホームは雰囲気というのは、おそらく今後はないのだろう。だが僕自身は惜しいとも思わないし、案じてもいない。初めは2人でスタートしたゼミだ。今年度、3人が加わって、ずっと面白くなった。ならば人数が増えるというのは相当に楽しみな要素だといえる。
メンバーを送り届けて、午前0時に帰宅。長い一日だった。風呂に浸かりながらときどき意識が飛んで、とっさに目を覚ます。
9時起床。昨日から一転して、暖かな陽気である。大学に出る途中でゼミの3年生2人と出くわす。3人で校舎に入る。
例によってYMを一杯。ゆっくり楽しんで、少し冷めたところを一気に飲み干して作業開始。
「社会学の基礎」の採点結果を入力して、送る。ようやくこれでひとつ終わり。だがもうひとつ、難関の「社会とジェンダー」がある。学内便で届いていた答案を数えてみると、160枚あった。採点締切は木曜日の夕方5時までとのこと。やらねばならない。
聞くところによれば、アメリカの大学の先生というのはテストの採点を自らすることはないそうである。そういったことはTAさんのお仕事だそうだ。うらやましい。なぜ海外の大学の研究をされている方々は、教員の仕事を増やすようなことは「輸入」しても、減らす策を「輸入」されようとはしないのだろうか?僕が高等教育研究者を信頼しないのは、ただただこの一点に尽きる。足し算とか引き算という観念が頭のなかにないのだろうか?
なーんてグチっていても状況がよくなるわけではないので、どうやって乗り切るかの算段をする。
生協の出店にお弁当を買いに行く。販売している社会科の学生さんは4年生で、今日が最後の仕事なのだそうだ。交代で売っているもう1人の学生さんともども、買うときにはひとことふたこと挨拶がてらしゃべっていたので、少々寂しい。夕方の地域生活専攻の追いコンの際に知ったのだが、ここもときどき覗いてくださっているとのこと。卒業後も持ち前の元気と明るさで頑張ってもらいたい。
3コマの「地域生活調査方法論」は本日が最終回。3本の報告が並ぶ。テーマは留学生からみた弘前、学生のアルバイトに関する調査、社会問題への意識と取り組みに関する調査、といったものだった。
留学生への聞き取りは、学食でご飯を食べている人に直接声をかけて協力に応じてもらうというもので、不審がられないように僕のほうで「添え状」を書いて持たせた。首尾よく様々な出身地域からの留学生の方にお話しを聞けたようだ。
アルバイトに関する調査は、学生の授業外での学習時間がきわめて短い(平均で週1~3時間程度)ということが浮き彫りになった。それでも当の学生自身はアルバイトと学業とを「両立」できていると認識している。これは結構根っこが深いテーマである。「単位の実質化」を名目にして、授業時間の2倍の自学自習時間を、といったことがいわれているが、週に15コマも授業を入れている学生が、どうやってアルバイトと両立しながら週45時間の自習時間を確保できるというのだろう。この辺も学生さんたちの議論を置いてきぼりにして、かなり「暴走」してしまった。
社会問題に関する意識調査は、エコに対する意識の高さと、実際の活動とのギャップを明らかにしたもの。スーパーのレジ袋有料化がつい先日スタートしたこともあって、タイムリーな内容になっていた。しかしスーパーによってレジ袋の値段が異なる(依然としてタダのところと3円のところ、5円のところがある)のはいかがなものか。
時間的な制約を考えれば、どのグループもかなり健闘したように思う。あくまでもこの授業は練習のためのものだから、来年度の調査実習で本領を発揮してくれたらいい。
研究室に戻ると、1年生がやってきて、しばらくゼミの説明をする。こういうとき、ちょっと当惑するのは複数で訪ねてきたときである。ひととおりゼミの活動を説明して、それから質問に答えるのだが、誰のほうを向いてしゃべったらいいのかよくわからなくなる。それと1対1で話すときよりもどうしても説明の内容が堅苦しくなって、薄い話しになってしまう。
今うちのゼミにいる3年生と2年生は、いずれも1人で話しを聞きにきた学生さんである。複数でやってきた学生さんはいずれも他のゼミに行ってしまった。もっとも、来年度から所属する今の1年生の場合は数人で連れ立って聞きにきた人もいるから、単なる偶然なのかもしれない。
夕方になって地域生活専攻の追いコンに顔を出す。会場は第一会議室で、9つくらいにテーブルが固められている。入口でクジを引いて、指定されたテーブルの席に着く。
今年度の卒業生は、僕の授業を取った人は少なく、Tuesday実習などで一緒になった人くらいしかわからない。それでも人なつっこく話しかけてくれるので、居心地は悪くない。
1年生や2年生も多く参加していて、思った以上に盛り上がっていた。地域生活の1学年は40人ほど。多くもなく少なくもなく、ちょうどいい人数だと思う。キムチ味の焼きそばがまずい、などとケチをつけたりしながらも、楽しませてもらった。先生方も学生さんたちもお酒が進むにつれてリラックスした感じになり、何だか妙な「自由さ」が心地よかった。
適当なところで失礼して、研究室に戻る。明日は公民科の卒論発表会がある。こちらも年度末の一大イベントだ。あれこれ仕事をしているうちに、今日も日付が変わる。風呂で読む『巨人軍論』に、束の間の開放感を味わう。
例によってYMを一杯。ゆっくり楽しんで、少し冷めたところを一気に飲み干して作業開始。
「社会学の基礎」の採点結果を入力して、送る。ようやくこれでひとつ終わり。だがもうひとつ、難関の「社会とジェンダー」がある。学内便で届いていた答案を数えてみると、160枚あった。採点締切は木曜日の夕方5時までとのこと。やらねばならない。
聞くところによれば、アメリカの大学の先生というのはテストの採点を自らすることはないそうである。そういったことはTAさんのお仕事だそうだ。うらやましい。なぜ海外の大学の研究をされている方々は、教員の仕事を増やすようなことは「輸入」しても、減らす策を「輸入」されようとはしないのだろうか?僕が高等教育研究者を信頼しないのは、ただただこの一点に尽きる。足し算とか引き算という観念が頭のなかにないのだろうか?
なーんてグチっていても状況がよくなるわけではないので、どうやって乗り切るかの算段をする。
生協の出店にお弁当を買いに行く。販売している社会科の学生さんは4年生で、今日が最後の仕事なのだそうだ。交代で売っているもう1人の学生さんともども、買うときにはひとことふたこと挨拶がてらしゃべっていたので、少々寂しい。夕方の地域生活専攻の追いコンの際に知ったのだが、ここもときどき覗いてくださっているとのこと。卒業後も持ち前の元気と明るさで頑張ってもらいたい。
3コマの「地域生活調査方法論」は本日が最終回。3本の報告が並ぶ。テーマは留学生からみた弘前、学生のアルバイトに関する調査、社会問題への意識と取り組みに関する調査、といったものだった。
留学生への聞き取りは、学食でご飯を食べている人に直接声をかけて協力に応じてもらうというもので、不審がられないように僕のほうで「添え状」を書いて持たせた。首尾よく様々な出身地域からの留学生の方にお話しを聞けたようだ。
アルバイトに関する調査は、学生の授業外での学習時間がきわめて短い(平均で週1~3時間程度)ということが浮き彫りになった。それでも当の学生自身はアルバイトと学業とを「両立」できていると認識している。これは結構根っこが深いテーマである。「単位の実質化」を名目にして、授業時間の2倍の自学自習時間を、といったことがいわれているが、週に15コマも授業を入れている学生が、どうやってアルバイトと両立しながら週45時間の自習時間を確保できるというのだろう。この辺も学生さんたちの議論を置いてきぼりにして、かなり「暴走」してしまった。
社会問題に関する意識調査は、エコに対する意識の高さと、実際の活動とのギャップを明らかにしたもの。スーパーのレジ袋有料化がつい先日スタートしたこともあって、タイムリーな内容になっていた。しかしスーパーによってレジ袋の値段が異なる(依然としてタダのところと3円のところ、5円のところがある)のはいかがなものか。
時間的な制約を考えれば、どのグループもかなり健闘したように思う。あくまでもこの授業は練習のためのものだから、来年度の調査実習で本領を発揮してくれたらいい。
研究室に戻ると、1年生がやってきて、しばらくゼミの説明をする。こういうとき、ちょっと当惑するのは複数で訪ねてきたときである。ひととおりゼミの活動を説明して、それから質問に答えるのだが、誰のほうを向いてしゃべったらいいのかよくわからなくなる。それと1対1で話すときよりもどうしても説明の内容が堅苦しくなって、薄い話しになってしまう。
今うちのゼミにいる3年生と2年生は、いずれも1人で話しを聞きにきた学生さんである。複数でやってきた学生さんはいずれも他のゼミに行ってしまった。もっとも、来年度から所属する今の1年生の場合は数人で連れ立って聞きにきた人もいるから、単なる偶然なのかもしれない。
夕方になって地域生活専攻の追いコンに顔を出す。会場は第一会議室で、9つくらいにテーブルが固められている。入口でクジを引いて、指定されたテーブルの席に着く。
今年度の卒業生は、僕の授業を取った人は少なく、Tuesday実習などで一緒になった人くらいしかわからない。それでも人なつっこく話しかけてくれるので、居心地は悪くない。
1年生や2年生も多く参加していて、思った以上に盛り上がっていた。地域生活の1学年は40人ほど。多くもなく少なくもなく、ちょうどいい人数だと思う。キムチ味の焼きそばがまずい、などとケチをつけたりしながらも、楽しませてもらった。先生方も学生さんたちもお酒が進むにつれてリラックスした感じになり、何だか妙な「自由さ」が心地よかった。
適当なところで失礼して、研究室に戻る。明日は公民科の卒論発表会がある。こちらも年度末の一大イベントだ。あれこれ仕事をしているうちに、今日も日付が変わる。風呂で読む『巨人軍論』に、束の間の開放感を味わう。
8時半起床。雪がパラパラと降っているなかを歩く。どうも弘前の冬らしくない。もっとサラサラとした雪がこちらの雪のはずなのに。
G2を飲む。今朝はエメラルドグリーン。温かいものを飲んだのだが、すっきりさっぱりする。
2コマの大学院「社会学演習」は今日が最終回。これまで観てきた映像はほとんどが映画だったが、最後は「山で最期を迎えたい」を観ることにした。ライフコースの週末をどう生きるかは、最も難しく、それだけに重要な課題だと考えたからである。
あれこれおしゃべりをしながら観ていったのだが、終盤にさしかかるとどうも様子がおかしい。2人の先生とも、目を真っ赤にして目頭を押さえている。何だか僕まで目に涙が浮かんできた。もらい泣きだ。3人で泣きながら観たということになる。
山を愛し、最後まで山で生きようとした夫婦の姿というのは、もちろん特別なのだけれど、それでいてわれわれが目にしてきた身近な人々の最期と通じるものもある。その辺の重なりが、泣けた理由である。議論でも、そういった話しになった。
何だかしんみりとした終わり方になってしまったが、これはこれでよかったと思う。とりあえず、様々な作品のなかで、最も泣ける作品が「タナカヒロシのすべて」ではなくてよかった。もちろん「タナカヒロシのすべて」も僕自身は大好きなのだが。
研究室に公民科の4年生が次々にやってくる。来週の卒論発表会の報告レジュメを今日の夕方5時までに持参すれば、こちらで印刷をすることになっている。発表者は13人だが、全員が今日持ってくるわけではない、と踏む。もししっかり持ってこられると結構大変な作業になる。
届いた順に印刷室に持って行って、リソグラフで印刷する。ADFは付いているがソーターは付いていないので、仕分け機を使う。手で仕分けするよりはラクなのだが、何しろ古くてメンテナンスが悪いので、2枚重ねて送ってしまったりして、余分が出る。どこにページの足りないものがあるのかを探すのがちょっと骨の折れる作業。
刷り上がったものをホチキス留めしていく。仕分け機のホチキス機能は故障したまんま、長いこと放置されている。1人の報告者につき35部。どうもこれまで使ってきたホチキスの「キレ」が悪い。生協に行って、軽快さがウリのホチキスを買ってくる。なるほど、確かにこれまでのものより軽い力で留められる。こういった便利文具を買うのが楽しいのである。
夕方になって、社会科教育講座のゼミ説明会に出る。代理で進行役を務める。全員の先生が揃ったわけではない(いろいろ多忙な時期なので仕方がない)が、それぞれ個性的なゼミの紹介とPRをしてくださった。僕は最後にしゃべる。昨日はちょっとくだけすぎたので、今日は割と真面目にしゃべった。その後学生さんのほうから自己紹介。すでに所属するゼミを決めていて、「○○ゼミに入りたいと思います」と宣言する人と、まだこれから考えます、という人と半々くらいだったろうか。うちのゼミを候補に挙げてくれた人は数人いた。
無事説明会を終えると、早速学生さんが一人、詳しいお話しを聞かせてください、とやってきた。30分ほどコーヒーを飲みながら話す。2年前は、誰か来てくれないものかとドキドキしていたなあ。
やるべきことはまだまだあったのだが、今日は早く帰ろう、と決めていたので、夕食を買って帰宅する。宅配便の荷物を受け取り、映画を観に行くことにした。これについては別項にて。
G2を飲む。今朝はエメラルドグリーン。温かいものを飲んだのだが、すっきりさっぱりする。
2コマの大学院「社会学演習」は今日が最終回。これまで観てきた映像はほとんどが映画だったが、最後は「山で最期を迎えたい」を観ることにした。ライフコースの週末をどう生きるかは、最も難しく、それだけに重要な課題だと考えたからである。
あれこれおしゃべりをしながら観ていったのだが、終盤にさしかかるとどうも様子がおかしい。2人の先生とも、目を真っ赤にして目頭を押さえている。何だか僕まで目に涙が浮かんできた。もらい泣きだ。3人で泣きながら観たということになる。
山を愛し、最後まで山で生きようとした夫婦の姿というのは、もちろん特別なのだけれど、それでいてわれわれが目にしてきた身近な人々の最期と通じるものもある。その辺の重なりが、泣けた理由である。議論でも、そういった話しになった。
何だかしんみりとした終わり方になってしまったが、これはこれでよかったと思う。とりあえず、様々な作品のなかで、最も泣ける作品が「タナカヒロシのすべて」ではなくてよかった。もちろん「タナカヒロシのすべて」も僕自身は大好きなのだが。
研究室に公民科の4年生が次々にやってくる。来週の卒論発表会の報告レジュメを今日の夕方5時までに持参すれば、こちらで印刷をすることになっている。発表者は13人だが、全員が今日持ってくるわけではない、と踏む。もししっかり持ってこられると結構大変な作業になる。
届いた順に印刷室に持って行って、リソグラフで印刷する。ADFは付いているがソーターは付いていないので、仕分け機を使う。手で仕分けするよりはラクなのだが、何しろ古くてメンテナンスが悪いので、2枚重ねて送ってしまったりして、余分が出る。どこにページの足りないものがあるのかを探すのがちょっと骨の折れる作業。
刷り上がったものをホチキス留めしていく。仕分け機のホチキス機能は故障したまんま、長いこと放置されている。1人の報告者につき35部。どうもこれまで使ってきたホチキスの「キレ」が悪い。生協に行って、軽快さがウリのホチキスを買ってくる。なるほど、確かにこれまでのものより軽い力で留められる。こういった便利文具を買うのが楽しいのである。
夕方になって、社会科教育講座のゼミ説明会に出る。代理で進行役を務める。全員の先生が揃ったわけではない(いろいろ多忙な時期なので仕方がない)が、それぞれ個性的なゼミの紹介とPRをしてくださった。僕は最後にしゃべる。昨日はちょっとくだけすぎたので、今日は割と真面目にしゃべった。その後学生さんのほうから自己紹介。すでに所属するゼミを決めていて、「○○ゼミに入りたいと思います」と宣言する人と、まだこれから考えます、という人と半々くらいだったろうか。うちのゼミを候補に挙げてくれた人は数人いた。
無事説明会を終えると、早速学生さんが一人、詳しいお話しを聞かせてください、とやってきた。30分ほどコーヒーを飲みながら話す。2年前は、誰か来てくれないものかとドキドキしていたなあ。
やるべきことはまだまだあったのだが、今日は早く帰ろう、と決めていたので、夕食を買って帰宅する。宅配便の荷物を受け取り、映画を観に行くことにした。これについては別項にて。
いつもより15分ほど早く目が覚めたので、出勤も少しだけ早め。今日はかなり暖かい。とても2月とは思えない暖かさだ。
きっちりとローテーションを守ってのYM。温蔵庫に入れておいたティーポットやマグカップが温まりすぎていて、少々熱い。研究室もスチームで相当に暖まっているので、窓を開けて外気を入れる。少し室温が下がったところでおいしくいただく。
今日はいつもより昼食を早めに摂る。お昼休みに会議が入っている。ここのところ昼休みが会議で潰れることが多い。いくら教員のスケジュール調整が難しいとはいえ、休み時間は休むべきだと思うのだが。
その会議とは、校舎の改修工事計画に関するもの。代理で出席したのだが、今回の計画では、僕の研究室は第Ⅰ期の施工場所からは外れている。喜ぶ。そりゃあ部屋がボロイのは何とかしてもらいたいところだが、改修となると研究室の荷物を全部出して、また元に戻さなければならない。昨年度の人文学部の改修工事の大変さと混乱を目にしているので、気が重くなるのだ。居抜き(?)で施工できるような業者はないものか。お金を出せばそういうところもあるのだろうが、地域活性化という名目のもとでは、地元の業者が施工することになる。そりゃあどうにもムリだろうなあ。
会議が終わるのを待たずして会議室を出る。今日は木曜日だが、月曜日扱いで、3コマの「地域生活調査方法論」の授業がある。研究室からノートPCとプロジェクターを抱えて教室に走る。急いだつもりだったが、5分遅れでの開始になってしまった。
3つのグループ発表は、学食での学生の食事の実態をレシート100枚を集めて平均額とカロリーを集計したもの、教育学部の先生方を対象としたキャンパス全面禁煙化の影響についての調査、この授業を履修している学生を対象にしたアルバイト状況調査、であった。
レシートを集めたグループは、相当に不審な目でみられたようである。そんななかで100枚集めたというのは大したものだ。先生方を対象としたアンケートは、回収率が36%と、予想したよりも低調だったが、スライドのまとめ方は秀逸だった。本番でもこのままやれば通用するだろう。アルバイト状況調査は、提示すべき情報がきちんと提示できていなかったところが残念だった。
4コマのオフィスアワーをのんびり過ごす。今日はもうひとつ講義がある。5コマの「小専社会」。オムニバス授業で、僕の担当は今日1回のみ。
試験範囲からも外れているので、来週の試験のアナウンスをしたあとで、「別の用事や試験勉強がある人は、今日は出席を取らないので帰ってもいいですよ」といったら、10人ばかりぞろぞろと出て行った。居眠りされたりおしゃべりされたりというのは、傾斜のついた大教室だと余計に目立つので、出て行ってもらったほうがやりやすい。
わざわざ授業を聴こう、という酔狂な(失礼)学生さんを前に、いい気分でしゃべる。ことば遣いもいつの間にか相当汚くなっていった。毒蝮三太夫調(若い人にはわかるまい)で「ジジイ!ババア!」を連呼する。寄席でも聴くようにニコニコした表情をみせてくれる学生さんが結構いたので、ノリノリで、いつもよりもかなりの早口でまくし立てた。理想としては、アントーニオ本多選手的なトークで授業をやれたらと思っている。教育学部の授業は総じて大人しいからね。
すっかりいい気分で研究室に引き上げてきた。イタリアン・フォー・ホースメンのテーマ曲である「Falla Girare」を聴いて一人悦に入る。
「小専社会」を、試験範囲にならないような担当者が授業するのは、これからゼミ所属を決める小学校専攻の学生さんたちへの「顔見世興行」的な意味があるからなのだが、今日の授業を聴いてうちに来ようなんていう奇特な人がいるのだろうか、と考えたりもする。
今日も午前様になる。今週は4日続きだ。少々バテ気味。週末が待ち遠しい。
きっちりとローテーションを守ってのYM。温蔵庫に入れておいたティーポットやマグカップが温まりすぎていて、少々熱い。研究室もスチームで相当に暖まっているので、窓を開けて外気を入れる。少し室温が下がったところでおいしくいただく。
今日はいつもより昼食を早めに摂る。お昼休みに会議が入っている。ここのところ昼休みが会議で潰れることが多い。いくら教員のスケジュール調整が難しいとはいえ、休み時間は休むべきだと思うのだが。
その会議とは、校舎の改修工事計画に関するもの。代理で出席したのだが、今回の計画では、僕の研究室は第Ⅰ期の施工場所からは外れている。喜ぶ。そりゃあ部屋がボロイのは何とかしてもらいたいところだが、改修となると研究室の荷物を全部出して、また元に戻さなければならない。昨年度の人文学部の改修工事の大変さと混乱を目にしているので、気が重くなるのだ。居抜き(?)で施工できるような業者はないものか。お金を出せばそういうところもあるのだろうが、地域活性化という名目のもとでは、地元の業者が施工することになる。そりゃあどうにもムリだろうなあ。
会議が終わるのを待たずして会議室を出る。今日は木曜日だが、月曜日扱いで、3コマの「地域生活調査方法論」の授業がある。研究室からノートPCとプロジェクターを抱えて教室に走る。急いだつもりだったが、5分遅れでの開始になってしまった。
3つのグループ発表は、学食での学生の食事の実態をレシート100枚を集めて平均額とカロリーを集計したもの、教育学部の先生方を対象としたキャンパス全面禁煙化の影響についての調査、この授業を履修している学生を対象にしたアルバイト状況調査、であった。
レシートを集めたグループは、相当に不審な目でみられたようである。そんななかで100枚集めたというのは大したものだ。先生方を対象としたアンケートは、回収率が36%と、予想したよりも低調だったが、スライドのまとめ方は秀逸だった。本番でもこのままやれば通用するだろう。アルバイト状況調査は、提示すべき情報がきちんと提示できていなかったところが残念だった。
4コマのオフィスアワーをのんびり過ごす。今日はもうひとつ講義がある。5コマの「小専社会」。オムニバス授業で、僕の担当は今日1回のみ。
試験範囲からも外れているので、来週の試験のアナウンスをしたあとで、「別の用事や試験勉強がある人は、今日は出席を取らないので帰ってもいいですよ」といったら、10人ばかりぞろぞろと出て行った。居眠りされたりおしゃべりされたりというのは、傾斜のついた大教室だと余計に目立つので、出て行ってもらったほうがやりやすい。
わざわざ授業を聴こう、という酔狂な(失礼)学生さんを前に、いい気分でしゃべる。ことば遣いもいつの間にか相当汚くなっていった。毒蝮三太夫調(若い人にはわかるまい)で「ジジイ!ババア!」を連呼する。寄席でも聴くようにニコニコした表情をみせてくれる学生さんが結構いたので、ノリノリで、いつもよりもかなりの早口でまくし立てた。理想としては、アントーニオ本多選手的なトークで授業をやれたらと思っている。教育学部の授業は総じて大人しいからね。
すっかりいい気分で研究室に引き上げてきた。イタリアン・フォー・ホースメンのテーマ曲である「Falla Girare」を聴いて一人悦に入る。
「小専社会」を、試験範囲にならないような担当者が授業するのは、これからゼミ所属を決める小学校専攻の学生さんたちへの「顔見世興行」的な意味があるからなのだが、今日の授業を聴いてうちに来ようなんていう奇特な人がいるのだろうか、と考えたりもする。
今日も午前様になる。今週は4日続きだ。少々バテ気味。週末が待ち遠しい。
授業期間は9日まで。あと1週間だ。実質的にはほとんど講義は終了していて、残っている授業も学生のプレゼンテーションなどだから、いくらか気分がラクだ。試験の答案がどっさり届くまでの、エアポケットのような1週間。
研究室では恒例のハーブティーを飲むところなのだが、今朝は見送る。おいしくいただくには一定の条件があり、今日はそうではなかったのだ。もっとも、僕にとっては縁起ものでもあるので、後になって少々よろしくなかったかな、と思う。
正午から講座会議。講座会議は定例ではないので、ないときにはないのだが、案件があれこれ下りてきたときには結構頻繁にある。先に弁当を食べておいてよかった。
3コマの「地域生活調査方法論」は、今日からの3回を受講者によるグループプレゼンテーションに費やす。1回につき3グループが30分の持ち時間内に報告と質疑応答を行う。
トップバッターのグループは、大学の先生方を対象にした職業観の聞き取り調査。この職業に就いていなかったら、という質問への回答が面白い。最後の締めに学生さんたちへのメッセージを並べた構成もよかった。要所に配された写真もgood。
2番手は同じ授業を受けている1年生を対象とした恋愛事情調査。サンプル数こそ少ないものの、高校時代の恋人と続いている人、比較的最近知り合った人の二極分化傾向を示したのは、僕からみると結構新鮮。かつ自らの恋愛状況に満足している人の割合が少ないのも印象的だった。
3つめのグループは、やはり仲間を対象にした、資格取得のための勉強と希望進路の関連についての調査。ゼロ免課程の学生たちが将来をどのように捉えているのか、昨今の不況と就職状況の悪化を反映してか、かなりの安定志向がみられた。
サンプル数などは実際の調査から考えれば少ないので、これをもってただちに学問的な意義があるとはいえないのだが、データの収集と分析、プレゼンテーションの一連の手続きはいずれのグループもしっかりできていたと思う。あとはクラス全体でもう少し議論に参加しよう、盛り上げよう、という気運が出てきてくれれば。
社会調査士資格の話しをしたら、関心のある学生さんが説明を聞きにきた。本格的なスタートは来年度からになるのだが、やはり資格のもつ「魔力」というのはあるのかもしれない。もっともこの資格の場合は数学科の授業(統計学)がネックになるようだ。うちの学部の場合、社会統計学の専門家はいないので、統計関連科目は数学の先生にお願いしなければならない。それを乗り越えて取得してくれる人が出るのを願う。
夕方から打ち合わせをひとつ。夕食後に昨秋の鰺ヶ沢調査報告書を受け取り、別の報告書原稿を書き始める。締切は今月いっぱい。どんどん手帳が埋まっていって、隙間がなくなる。おかしいなあ、3月は春休みのはずなんだがなあ。
研究室では恒例のハーブティーを飲むところなのだが、今朝は見送る。おいしくいただくには一定の条件があり、今日はそうではなかったのだ。もっとも、僕にとっては縁起ものでもあるので、後になって少々よろしくなかったかな、と思う。
正午から講座会議。講座会議は定例ではないので、ないときにはないのだが、案件があれこれ下りてきたときには結構頻繁にある。先に弁当を食べておいてよかった。
3コマの「地域生活調査方法論」は、今日からの3回を受講者によるグループプレゼンテーションに費やす。1回につき3グループが30分の持ち時間内に報告と質疑応答を行う。
トップバッターのグループは、大学の先生方を対象にした職業観の聞き取り調査。この職業に就いていなかったら、という質問への回答が面白い。最後の締めに学生さんたちへのメッセージを並べた構成もよかった。要所に配された写真もgood。
2番手は同じ授業を受けている1年生を対象とした恋愛事情調査。サンプル数こそ少ないものの、高校時代の恋人と続いている人、比較的最近知り合った人の二極分化傾向を示したのは、僕からみると結構新鮮。かつ自らの恋愛状況に満足している人の割合が少ないのも印象的だった。
3つめのグループは、やはり仲間を対象にした、資格取得のための勉強と希望進路の関連についての調査。ゼロ免課程の学生たちが将来をどのように捉えているのか、昨今の不況と就職状況の悪化を反映してか、かなりの安定志向がみられた。
サンプル数などは実際の調査から考えれば少ないので、これをもってただちに学問的な意義があるとはいえないのだが、データの収集と分析、プレゼンテーションの一連の手続きはいずれのグループもしっかりできていたと思う。あとはクラス全体でもう少し議論に参加しよう、盛り上げよう、という気運が出てきてくれれば。
社会調査士資格の話しをしたら、関心のある学生さんが説明を聞きにきた。本格的なスタートは来年度からになるのだが、やはり資格のもつ「魔力」というのはあるのかもしれない。もっともこの資格の場合は数学科の授業(統計学)がネックになるようだ。うちの学部の場合、社会統計学の専門家はいないので、統計関連科目は数学の先生にお願いしなければならない。それを乗り越えて取得してくれる人が出るのを願う。
夕方から打ち合わせをひとつ。夕食後に昨秋の鰺ヶ沢調査報告書を受け取り、別の報告書原稿を書き始める。締切は今月いっぱい。どんどん手帳が埋まっていって、隙間がなくなる。おかしいなあ、3月は春休みのはずなんだがなあ。