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五行目の先に

日々の生活の余白に書きとめておきたいこと。

9月11日(木)曇(東京)→晴(弘前):再会

2008-09-13 21:19:24 | 
 9時過ぎに起きる。すでに両親は仕事に出ている。用意されていた朝食を摂る。出かける準備をしていると、母が仕事から戻ってきて、昭島駅まで送ってもらった。

 立川で用事をひとつ済ませる。その後正午に旧友のNと待ち合わせる。現在住んでいる中国から一時帰国して、たまたまタイミングが合ったので会うことになった。

 会うのはいつ以来だろう。弘前に移ったばかりのころに立川で会ったような気がする。となると2年ぶりくらいか。Nは本名だが、ペンネームのほうでは結構な有名人である。中国から発信していたブログが人気になり、本にもなった。現在は新聞に連載記事を持っていたりする。

 だからといって偉そうにしたりすることはなく、中学2年のときに通っていた塾で会って以来のまんまである。たぶん、僕が唯一「お前」と呼ぶ女性である。昔から美人だが、以前よりも健康的な美人になっていた。中国の水が合っているのだろうか。

 中国に住んでいる人にはどうかと思ったが、グランデュオの立川中華街にある「健福」に行く。まあ中華といっても台湾料理だしね。近況を報告したり、今後の人生プランを話したり。文筆業でやっていくのかと思ったら、いろいろと面白そうな構想をもっていた。教育に関わることは、一応専門家として意見を述べる。

 喫茶店に場所を変えて、今度は少しばかり思い出話。それから政治のことなんかも。日中関係の実相なんかは、新聞に書いてないことなんかもいろいろと教えてもらった。

 せっかくなので本屋に行こう、とパークアベニューの「オリオン書房」で書道のテキストを、南口の「雅」さん(実家の書道教室がお世話になっている)で書道用具をひととおり揃える。Nは中国で日本人向けの書道教室を開こうと思っているのだそうだ。

 第一デパートにも足を運ぶ。立川に慣れ親しんだわれわれには、実に思い出深い場所なのだが、もうじきなくなるそうだ。立川の変貌ぶりには驚くばかりだ。そして昔を偲ぶよすがは着々と失われていく。

 北口でNと別れ、中央線に乗る。新宿で下車して、「エディー・バウアー」で秋用のジャケットを買う。誕生月ということで10%オフになるので。僕にはポール・スミスは高級すぎる。エディー・バウアーで十分である。

 ここからは例によって東京駅地下のグランスタの「アカシア」でロールキャベツの弁当を買い、新幹線に乗り込む。車中は食事をする以外、ほとんど眠っていた。段々と風景が暗くなっていく。

 弘前に戻ると、例の冷たい空気の匂い。だがこれもまたよし。明日は朝から仕事が待っている。

6月27日(金)晴:背番号6

2008-06-28 02:22:57 | 
 10時起床。遅く起きたので、朝食はバナナ1本と牛乳1杯。自転車で大学へ。

 科研費の交付通知が来たので、謝金や消耗品関係の書類を取り揃えて提出する。10月交付だった昨年と比べて、いくらか余裕をもって遣うことができる。

 午前中から昼休みにかけては「社会学特論」の準備で終わる。そのままの流れで授業へ。ようやく『ライフコースの社会学』を読み終えた。来週からはライフコース研究のデータ収集の方法について、実践を交えながら話していくことにする。その手始めとして、ライフコース整理表を履修者に渡し、来週までに記入してもらうことにした。

 遅い昼食をスコーラムで摂る。2時を過ぎてもランチを食べさせてもらえた。先日の「まずいから~」の話しは、発言の主のNさんにしっかりバレていて、苦笑する。相変わらず評判の上がらない新コーヒーマシンのようだが、こればっかりは店員さんのせいではないからなあ。Nさんいわく、「先生のブログを読んでいると毎日楽しそうですね」とのことだったが、少なくともスコーラムで昼食を食べた日に関しては、「楽しさ」の要素は素敵な店員さんたちによっていることをここにしっかり書いておこう。そもそも僕は外食の際には店員さんとの掛け合いを楽しんだりするようなことはまずないのだ。

 みそカツのランチは、カツが箸で切れるほど柔らかく、おいしかった。だが、僕が席に着いたときにはお客は僕一人しかいない。あまりにも少ないような気がする。

 生協で以下の新書を買う。
・泉麻人『シェーの時代―「おそ松くん」と昭和こども社会―』(文春新書)
・樋口康彦『崖っぷち高齢独身者―30代・40代の結婚活動入門―』(光文社新書)
・榎本秋『戦国軍師入門』(幻冬舎新書)
・鈴木眞哉『戦国武将・人気のウラ事情』(PHP新書)
・伊藤岳志『さらば栄光のブルートレイン―カラー版―』 (洋泉社新書y)
・夏目雄平『小さい駅の小さな旅案内―カラー版―』 (洋泉社新書y)

 しばらく事務仕事に従事。モダ本の献本へのお礼のメールをいただいているのだが、なかなか返事が書けないでいる。まとまった時間にえいやっ、と対応したいと思っているのだが。

 今日からプロ野球の公式戦が再開だ。ライオンズ-マリーンズ戦のネット中継をみる。今日の注目は今期一軍初昇格の後藤武敏選手。なんといっても松坂世代のスラッガーである。

 帆足投手と成瀬投手の対戦だから、派手な打ち合いにはならないと思っていた。が、初回に帆足投手が一発を食って、どうなるかと思っていた。すぐに同点に追いつくが、重い展開になる。期待の後藤選手は最初の打席に2塁打、次の打席も2塁打で、3打席目もヒット。見事な猛打賞だ。なかなか一軍からお呼びがかからなくても、腐らずに努力してきたことがわかる活躍だ。残念ながら点には結びつかなかったが、レギュラーと控えの差が小さいライオンズのこと、春先に活躍していた選手が調子を落とすこともあるだろうから、ここにきての後藤選手の台頭は頼もしい限りだ。

 そして、明日からの試合では往年の西鉄ライオンズのユニフォームが復活する。西鉄の背番号6といえば中西太選手だ。ここにきて、現在の6番、後藤選手が台頭してきたことは、きっと交流戦の連敗を払拭する明るい光になるはずだ。
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4月11日(金)雨:佐々木倫子マンガのキャラクター

2008-04-13 00:01:04 | 
 9時起床。トースト1枚。外をみると雨が降っている。傘を差して歩く。雨の日に傘を差すのは当たり前なのだが、雪の日には差さないことのほうが多い。だから傘を持ち歩くのがずいぶんと億劫に感じられるようになった。

 午前中は社会学関係のテキストの読み直し。来週からの授業開始に備えて、少しずつ授業モードへと切り替えを図る。

 正午過ぎにAさんがやってきた。中学校教育専攻の学生さんに履修相談を頼んだのだが、結局手を挙げてくれたのは彼女だけだった。おかげで3日続けてお世話になる。スコーラムで一緒に昼食を摂る。今日の生姜焼きはしょっぱいなあ、といったら、Aさんもうなづいていた。地元の人がしょっぱいというのだから、それはかなりしょっぱいということになる。

 今日のお客様は2人。うち1人は昨日も来てくれた学生さんだ。Aさんがきちんと対応してくれて、満足した様子で帰っていった。履修相談をした中からうちのゼミに来るような人が出ないもんかねえ、といったら、Aさんが笑った。さすがに3日目ともなると相談に来る人もそう多くはない。結構手持ち無沙汰になってくる。

 3日もやる必要があるかどうか、といった議論はあるけれど、僕は割とこういった仕事は好きだ。きちんと役目を果たしてくれたAさんにお礼をいう。

 3時半から委員会。委員長が替わってメンバーも一新。議事がてきぱきと進んで気持ちよかった。やはり会議というのは仕切る人の資質によってずいぶん変わる。

 研究室に戻り、メールへの対応などをしつつ、YouTubeやニコニコ動画で杉山清貴やオメガトライブの楽曲を聴く。昨日観た「Sweet Rain 死神の精度」の中で、80年代ポップスとして杉山清貴と思しき歌声が一瞬だけ聞こえる場面がある。そんなこともあって懐かしくなったのだ。「二人の夏物語」なんて、今聴いてもちっとも古くない。早速amazonでベスト盤を検索して注文する。

 西弘前の「秀」に行く。人文学部の人類学のT先生、Su先生、社会心理学のS先生、それにH先生がいらっしゃった。かなりお酒が入っているようで、いいムードである。素面なのは僕一人だ。

 皆さんが酔っぱらっているのをいいことに、S先生は「漆原先生」もしくは「山縣さん」(佐々木倫子の『動物のお医者さん』『Heaven?』に登場するキャラクターである)ですな、といってみる。ご本人もまんざらではなさそうだ。しめしめ。

 ちなみに、H先生のことは「オーナー」と呼んでいる。僕にとっては『Heaven?』の黒須仮名子そのものだからだ。僕が60歳くらいになったら、ちゃんと一人前の研究者になったかどうか、確かめに来てくださるのだそうだ。あと今日は不在のY先生は「菱沼さん」。僕はどうやら「伊賀君」といった立ち位置らしい。だがうっかり、僕がS先生を敬愛しているのは、僕が「年寄りに弱い」ということなんでしょうか、と口走ったら、S先生は結構凹んでおられた。しまったな。

 Su先生は、僕の顔をみるたびに「マンマ・ミーア!」とはしゃいでいる。それにはちゃんと意味があるのだが、う、それはやめてください、といっても繰り返される。これには参った。

 新年度というと、どうしても授業授業と頭がそっちに向いてしまうのだが、それは教育学部の人間だからであるようだ。人文学部の先生方は、どちらかというと新しい研究に向けて、という指向性が強いようである。僕にはどちらかというとさあ授業だ、という感じのほうが強いかな(だって教育学部の教員だから)。負担に感じるというよりも楽しみに思うほうが強い。

 タクシーで帰宅されたT先生を除く4人の先生方を順番にお送りする。ナビに示された道を走っていたら、途中で舗装のされていない砂利道に出た。こんな道を通るのは何年ぶりかなあ、などと楽しくおしゃべりしながら、弘前の郊外を巡る。最後に「オーナー」を送り届けて帰宅。楽しい思いのまま、着替えを済ませてすぐに眠る。

4月5日(土)晴後曇:小樽のおじいさん

2008-04-07 15:32:55 | 

 8時半起床。起きたと同時に今日お会いすることになっているGさんからお電話をいただく。体調がすぐれないので、直接自宅のほうに来てほしいとのこと。何しろ77歳になられるのだ。しかも急に北海道に行くことになって、ご無理をお願いしてしまった。それでも何とか会おうとおっしゃってくださっている。

 ホテルで朝食を摂る。バイキング形式で、値段の割にとてもおいしかった。和食を食べた後でパンもひとつ食べておく。

 10時にGさんが寄越してくれたタクシーが迎えに来た。運転手さんはお得意のお客らしいGさんのお宅まで最短距離で送り届けてくれた。呼び鈴を押すと、ご夫婦で迎えてくださった。お電話でお話ししたときの印象は、いかにも北海道の人というか、素朴でおおらかな感じなのだが、お会いしてみると、ダンディでカッコいいおじいさんだ。

 書斎のようなお部屋でしばらくお話しする。初対面とは思えないくらい、気さくに話せる。しばらくすると、やっぱり出かけようという。いや、体調のこともあるのでご無理なさらないように、といったら、話している内に調子が出てきたとのこと。あまり長い時間を取らせないようにと気をつけながら、再びやってきたタクシーに乗る。Gさんのおすすめスポットは手宮洞窟だ。

 入口で入場料を払って中に入ると、内部はずいぶんとひんやりしている。内部に古代人が刻んだ人の姿がみられる。アイヌ民族とも違う、古代人が遺した遺跡。こうやって見学できるようになった経緯についても聞かせてくださった。

 僕のリクエストで、すぐ近くの小樽市博物館にも立ち寄る。8年前に寄ったときには鉄道記念館だったような気がするが、その後市の総合博物館に衣替えしたようだ。館内に入って、「しずか」号をみる。Gさんはきつい階段ももろともせず、運転席に登っていった。なんだかとても楽しそうである。見学に来ていた子どもにも、「♪機関車シュッポシュッポ」などといっておどけている。

 子どものころ、ご両親とともに中国に渡っていたこともあるそうで、神戸から乗った汽船の話しなんかもしてくれた。その後はお仕事で船に乗り、イスラエルからインド、オーストラリアと世界を股にかけてきたのだそうだ。こういった昔話を聞かせてもらえるのは僕にはとてもうれしい。

 展示の中で最も気になった「手宮高架桟橋」についても話しを聞かせてもらった。Gさんは現物をご覧になったことがあるそうである。『鉄道廃線跡を歩く』でも取り上げられていたが、この高架桟橋は想像を絶するような建造物である。今も残っていたら間違いなく近代化遺産として注目を集めたことだろう。

 Gさんはますますノリノリになってきた。ひいきの女性のタクシー運転手さんをご指名で呼び、うまい寿司屋に連れて行ってくれ、という。途中、かつての日銀の建物を利用した金融資料館に立ち寄る。2人で金庫に入り、1億円分の紙の束を持ち上げてみる。記念写真もばっちり撮ってもらった。

 寿司屋通りにある「うしお亭」というお寿司屋さんに連れて行ってもらう。Gさんはあまり食べられないのだが、僕にはどんどん好きなのを食べな、と勧めてくれる。やはり昨日の回転寿司とは鮮度が違う。うまかった。すっかりごちそうになってしまった。子どものころに天秤棒にかついで売りに来たガサエビ(シャコ)を食べさせたかったとのこと。僕はシャコは好きだが、これまで食べたシャコはあくまでシャコであり、エビではない。ところが今日食べたシャコは、間違いなくエビの味だった。

 お寿司屋さんの前でも記念写真をパチリ。そのままタクシーでご自宅までお送りしてお別れした。楽しかった。祖父に遊んでもらった感じ。お兄さんにも会えたので、思い残すことはないなあ、などと笑っておっしゃっていたが、いやいやどうして、また近々訪ねて行こうと思っている。

 タクシーで小樽駅に着く。どこに行こうか思案しているうちに、駅前でアメフト部の勧誘をしている小樽商科大の学生さんの姿をみかけた。各地の大学行脚は最近の趣味のひとつだ。行ってみよう。その学生さんに行き方を教えてもらった。バスで10分ほどで到着した。

 歴史ある大学だから、古い建物が残っているだろう、と期待して行ったら、歴史を感じさせるのは門柱くらいだった。だが、坂の上にあるキャンパスからの眺めはとてもいい。

 土曜日にもかかわらず、健康診断が行われているようで、しばらく学生さんたちを観察する。なんだかずいぶん垢抜けている。普段接しているうちの学生さんよりもずっと都会的。服装もおしゃれだ。標準語でしゃべっているし。なんなんだこの文化の飛び地的現象は。

 生協で大学グッズを求めようとしたら、ラインナップはイマイチ。もうちょっといろいろあってもいいような気がするな。校章マーク入りのクリアファイルを買う。一枚52円というのは商売っ気がなくていい。

 帰りのバスまで時間があったので、歩いて戻ることにした。地獄坂を下る。途中に美しい教会をみかけた。カトリック富岡教会という。入口にポストカードが置いてあって、寄付のためにお金を入れる箱が設えてあったので、200円を入れて2枚買う。

 駅に戻ると、近代建築めぐり。カメラを片手に写真を撮りまくる。小樽はやはり銀行建築がいい。途中、元たくぎんの建物を改修したホテルの喫茶室でホットサンドとコーヒーを頼む。

 小樽運河沿いには観光客の姿も多くみられる。その運河に沿って、手宮のほうに向かって歩く。さっきタクシーからみて気になった建物があった。その建物とは、北海製罐小樽工場。ただの汚い工場じゃないか、と思われるかもしれないが、これは1931年の建築。装飾を一切排した合理的なスタイルである。平屋の倉庫群を圧倒する偉容である。

 すぐ近くにある日本郵船の小樽支店(重要文化財)も見事だが、僕には北海製罐のほうがグッとくる。

 北海製罐の隣にある倉庫も何気ない造りだが、昭和初期の運河の風景写真にしっかりと写っている。1923年竣工だそうだから、これまた歴史ある建物なのだ。こういった工場や倉庫は格別惜しまれることもなく消えてしまうのが常だ。ならばみられるうちにしっかりみておこう。

 運河近くのガラス工芸品店で、かつての小樽の町中の風景を復刻した絵はがきを買う。16枚セットと、日銀小樽支店のものを1枚追加で買った。

 再び札幌に向かう。快速「エアポート」もいいが、駅前から高速バスも出ている。こちらのほうが大通公園近くを通るので、ホテルに行くには便利。しかもJRより30円安い。いざ乗ってみると、札樽道経由で、電車とは違い高台を走る。来たときとは違った風景を楽しむことができた。

 一昨日と同じドーミーイン札幌に投宿。少しして、札幌駅に向かって歩く。夕食はJRタワー6Fにある「カレー研究所」なる店で食べる。無性にカレーが食べたかったのだ。チキンカレーを頼んだのだが、隣のテーブルのお客さんが食べていたスープカレーがうまそうだった。そういえばスープカレーは北海道の名物だったな。

 7Fにある札幌シネマフロンティアで「ガチ☆ボーイ」を観る。前から観たいと思っていた映画だ。学生プロレスが物語の舞台。学プロというと、プロのプロレスよりもうさんくささが満載なのだが、話しが進むにつれて、ぐいぐいと観客を引っ張り込む力が感じられるようになった。コメディーでもなく、青臭いだけの青春物語というわけでもないのがミソ。

 主演の佐藤隆太がとてもいい。真面目で純粋な大学生が、実は大きな心の闇を抱えているという、微妙な綾がうまく表現できている。加えて親父役の泉谷しげるもよかった。プロレスシーンが一切スタントなしというのも、学プロのリアリティーを出すうえで有効だ。それにしても敵役の瀬川亮が、見事にパンプアップされた体で演じていたのには驚いた。まさにプロレスラーといった感じ。もし実際にレスラーになったら、相当な人気を集めるだろう。

 ロケ地には北海道の大学が使われていて、しかも商店街イベントの場面では、ついさっき歩いた小樽の都通り商店街が出てきた。これは北海道で観てこその映画だなあ。DVDが出たらもう一度観てみたい。

 歩いてホテルに向かう。西四丁目の市電の電停のところを通りかかったら、終電車が出発しようというところだった。写真を撮っているうちに、何だか乗りたくなった。だが終電車は中央図書館前止まりである。西四丁目とすすきのとは近いが、中央図書館前は中間地点。それでも乗ってみる。

 札幌の市電は、車体が丸っこい、ヨーロピアンスタイルといわれる電車で、おしゃれな感じ。西四丁目を出たときにはかなり混んでいた車内は、中央図書館前に着くときには僕を含めて3人だけになっていた。電車から降りて、さあどうするか。そのまますすきのに向かって歩くことにした。線路に沿って歩けば、道に迷うことはない。途中ですすきのからやってきた中央図書館行き最終電車とすれ違う。

 路線全体の距離はたかだか8.4km。その半分くらいのはずなのだが、意外と遠い。ウォークマンを取り出し、音楽を聴きながらとぼとぼと歩く。小樽でもさんざん歩き回ったのだが、幸い歩くのは得意。それほど疲れを感じない。結局電車を降りてから50分ほどかかってホテルに着いた。20分電車に乗るために、徒歩50分。バカバカしいと思われるかもしれないが、路面電車を楽しんだうえにウォーキングをしたと思えば一石二鳥である。気温は7℃。早歩きでも汗をかかない。

 旅に出ると一日が長い。日常でもこれくらいの時間の長さを実感しながら仕事できたら、ずいぶんいろいろできると思うのだが。


3月13日(木)晴:救いの神

2008-03-14 13:57:25 | 
 11時起床。生活リズムが乱れっぱなしだ。寝不足や寝過ぎはメタボリック・シンドロームの要因となることがわかってきたらしい。覚えがありすぎるだけに注意しなければ。

 駅ビルアプリーズの「しかないせんべい」に東京へのみやげを買いに行く。顔見知りの店員さんが店に出ていて、たくさんの注文に「帰省されるんですね」といわれた。店頭にはホワイトデーのお返し用のパッケージ商品が並んでいる。こういったチョイスをする人はどれくらいいるんだろう。

 駅前のブロッサムホテルのレストラン「BE-SIDE」でランチ。ここのランチは値段の割に味も量もしっかりしている。ローストポークの洋食ランチを食べる。

 いったん帰宅して、先ほど買ったおみやげを宅配便で送る手配を整えてから大学に出る。

 原稿のほうはさっぱりだ。テコでも動かないくらい、暗礁に乗り上げたまんま。少しばかり思案して、東京にいたときの研究会の先輩である、鹿児島大学のM先生にお電話をする。M先生なら適切なアドバイスをくださるに違いない、とふと思いついたのだ。

 先生は突然青森からかかってきた電話に驚いておられた。2人目のお子さんを出産されたばかりで、この3月から職場復帰されたとのこと。ご挨拶もそこそこに、こんなことを書いてみようと思っているんですが、とか、こんな風に書いたら怒られますかねえ、などと不躾な質問を立て続けにしてみる。相当に呆れられたに相違ないが、それでも以前と変わりなく、テンポのいいノリでアドバイスをくださった。

 あのときのことを思い出すねえ、とおっしゃるので、何かと思ってお聞きしたら、7年前の学会のことだった。僕が発表をして、炎上したときだ。大会校から東京に帰るまでご一緒させていただいたのだが、その間ずっとグチっていたのだった。「こんな学会やめてやる!」と藤波辰巳(当時)みたいなことを繰り返しいっていたのを、道中ずっと宥めてくださったのだ。

 そのときのことは僕の中ではなかったことになっているので、すっかり忘れていた(都合の悪いことは割とすぐに忘れる性分である)。しかし今思い出すと恥ずかしいくらいご迷惑をおかけしたのだなあ。今となっては懐かしい。

 世間話も交えながら、いろいろと有益なコメントをいただいた。何とか書けそうな気になってきた。いや、書かなきゃいけないなあ。締切は守れそうにないが。

 気分を一新して、原稿に向かう。お、確かにちょっとは進むようになった。話しながらメモしていたことを原稿にラフに書いて、それをつなぎ合わせるような方途を考える。

 夕方からは鍛冶町の「うみなぎ」で、社会科教育講座での、哲学のY先生と研究協力事務のIさんの送別会。IさんはY先生よりも長く、40年にわたって教育学部に勤務されてきた。講座の事務員さんから、途中で教育学部の職員にポジションは変わっているものの、学部の移り変わりをずっと眺めてこられた人である。

 僕などは着任当初から本当にお世話になった。物品の購入などの本来のお仕事に関わることはもとより、眼医者はどこがいいとか、眼鏡を作るのはどの店がいいとか、およそ弘前に関わる情報の多くはIさんに教えていただいた。ベテランの事務員さんでなければわからない融通もずいぶんと利かせてもらった。本当におんぶにだっこさせてもらってきたのである。地理学のI先生がおっしゃっていたが、われわれもちゃんと自立しなければいけないのかもしれない。

 教育学部の生き字引のようなお2人を囲んでの会ゆえ、昔の教育学部や大学の様子がいろいろと聞けてとても楽しかった。Y先生とは引き続き一緒にお仕事をさせていただくことになったが、Iさんとは、4月以降はお会いする機会が少なくなるだろう。卒業生のいない僕にとっては、このことが一番大きな「春の別れ」である。

 大学に戻って、しばし原稿に向かう。日付が変わったころに帰宅して、ひと風呂浴びてからまた向かう。徹夜で頑張ろうか、とも思ったが、やはり睡魔には勝てず、コタツで居眠りする。風邪を引いてはいけないと、ベッドでちゃんと休む。妥協と言い訳ばかりが先に出る。

2月1日(金)晴:同期の桜(ただし開花前)

2008-02-03 00:30:38 | 
 目が覚めると11時半だった。大寝坊だ。今日会うことになっている畏友A君とは、もともと上野で正午に会うことになっていた。これはまずい。するとA君から電話があって、所用で遅くなりそうとのこと。助かった。待ち合わせの時刻を遅くしてもらう。

 昭島まで実家の車で行き、青梅線に乗る。こんなときに限って中央線の車両故障で電車のダイヤは大きく乱れていた。そのせいで昼過ぎだというのにラッシュアワー並みの混雑である。以前なら腹立たしく思うところだが、これが東京だよな、と納得してしまう自分がいる。ああいやだいやだ。

 上野駅の入谷口改札で合流。しょっちゅうメールのやりとりをしているので、久しぶりという感じはしないのだが、会うのは昨年の夏以来だ。本当は就職のお祝いをしたいところなのだけれど、僕のせいで時間をロスしてしまったので、上野公園を抜けて直接東大に向かう。不忍池の畔を通ると、かつては目立つ存在だったホテルソフィテルの建物が解体されて跡形もなくなっていた。なくなってみると、やはり寂しいものである。

 学食のメトロで昼食。うちの大学の人民食堂よりも安い。A君も僕も金がなかったから、よくここでメシを食べた。周りは学食なんてまずくて食ってられないという人が多かった(考えてみれば金持ちが多かったのだ)が、われわれはここで十分満足していたような気がする。畳の座敷も健在だった。定食は種類が増えていた。かつてと同じ安い定食を食べる。

 そういえばベンチが置かれるようになった、と教えられる。院生だったころ、早稲田のキャンパスには至るところにベンチがあって、そこいらに座っておしゃべりできたのに、東大ときたら屋外に座るところが全然ない、とよく愚痴っていた。ようやく本郷にも語らいの場が設けられたようである。しかもやけに凝ったデザインなのが東大らしい。

 メトロこそ昔のままだが、キャンパスはどんどんおしゃれになっている。今でこそ広く認識されるようになってきていると思うが、東大というところはかなり洗練された空間である。大学院に入ったときの第一印象は、キャンパスを歩いている女性がとにかくきれいで、高そうな洋服を着ているなあ、というものだったし。8年もいたくせに、とうとうハイカルチャーにはなじめずじまいだったなあ。

 研究室事務を覗いてみる。院生のころ、さんざんお世話になったYさんがいらしたら、と思ったのだが、「LUNCH」の表示。がっかりしたところ、すぐ向かいのコピー室で文献のコピー作業をされていた。事務室にお邪魔してお茶をいただく。しばらく来ないうちにずいぶんと変化があったようである。雑談していると、本田由紀先生が顔を覗かせる。少しして修士課程のときの指導教官だった苅谷剛彦先生がやってきた。いずれも教育社会学の世界ではビッグネームである。こういった人たちと日常的に接していたってのはすごいことだったなあ、とほとんど他人事のように思う。

 苅谷先生はしばらくおしゃべりに付き合ってくださった。基礎ゼミで先生の『知的複眼思考法』を活用させてもらっていることのお礼をちゃんといえばよかったなあ。助教(僕らにとっては助手というほうがなじみがある)のNさんとも話す。

 結構長居をしてしまった。今日の本題は、経済学部図書館所蔵の資料を見に行くことだった。図書館のカウンターで、お目当ての資料に関する閲覧の可否や公開までのスケジュールについて聞く。まだすぐに閲覧できる状態ではないようだ。貴重なものだとは十分わかっているので、今後の予定などを教えてもらえるようお願いして辞去する。今日すぐにみられるものとは思っていなかった。でも、ある程度の感触はつかんでおきたいと思っていたから、ちゃんと成果は得られたと思っている。

 赤門近くの新しい東大(UT)グッズの店に立ち寄る。初めて立ち寄ったと思い込んでいたのだが、後になって考えてみると、実は前にも寄っていて、ちゃんと買い物までしている。3ヶ月も経っていない。自分の記憶力にいささかの不安を抱く。大丈夫か?演習林の木で作ったペン立てとウッドチップのコースターを買う。ペン立てはメガネ立てとして使うつもり。生協の店舗では銀杏マーク入りの手ぬぐいを買った。資料撮影の際に頭に巻くためのものである。

 母校といったとき、僕にとっては学部時代を過ごした早稲田への思い入れのほうがずっと大きいのだが、あらためてのんびり歩いてみると、東大も実にいいものだな、と思う。東大の院に進学してよかったと思うのは、第一にA君をはじめとするいい同期と出会えたこと(1年早く、あるいは遅く進学していたら、完全にスポイルされていたと思う)、第二に恵まれた資料群(東大の図書館の資料所蔵のすごさは離れてみるとよくわかる)に簡単にアクセスできる環境で研究できたこと、第三にシビアな競争の中で自分を磨けたこと、である。A君のような、同世代のすぐれた研究者と切磋琢磨してきたということで、僕なりに東大で育ったことへの矜恃は持っているつもりだ。日ごろは口はぼったくていえないけれども、興奮しているからここでいってやる。

 根津駅前の喫茶店でコーヒーを飲みながら今後の共同研究の構想について語る。A君も僕も定職を得た。ようやくすぐ近くの不安というものに縛られることなく研究をやっていける。雌伏のときを終えて、これからやってやろうじゃねえか、という気持ちになる。まだまだ思いつきの域を出ない、ラフなスケッチでしかないが、あんなことをやろう、こんなふうにもやれるんじゃないか、という話しが弾む。

 相手の立場というものを気にすることなく、完全に対等な立場で議論することができるのはA君を措いて他にはいない。同期というものはそういうものなのだ。お互い、まだまだ花開くところまで至っていないが、新たなスタートである来年度に期すところは大きい。しばし大学の子どもたちのことなどきれいさっぱり忘れ去って、研究者としての意識に集中できる。

 A君は全くあずかり知らぬことだが、目指すところは『動物のお医者さん』の菅原教授と漆原教授である。冷静沈着で、いかにも紳士的なA君はまさに菅原先生だ。馬にも乗っていたしな。直情径行で、戦は気合いだ!が信念の僕は漆原先生に憧れるのだが、まだあれだけの域には達することができない。タイプが全く違うだけに、長くいい関係が続けられたとも思う。もちろんA君の人徳に負うところも大きい。

  われわれは金がなけりゃあないなりにやっていく自信もあるが、どうせなら余裕のあるところでやってみたい。科研費は何としてでも取りたいところ。やる以上は絶対に勝ちたい。こんなふうに研究に対して前向きに、貪欲になるのも久しぶりのことである。実に楽しいひとときだった。今回の帰京は、このためのものだったといって過言ではない。

 根津駅前の「セレネー」というケーキ屋さんに寄る。A君が古くからの行きつけのお店とのこと。結婚式の引き出物のお菓子もここのものだったそうだ。せっかくなので僕も紅茶のケーキ、モンブラン、バラのショートケーキを買って帰る。 また近いうちに会って策を練る機会を期して、根津駅からそれぞれ反対方向の電車に乗る。これから始まる共同研究にとてもワクワクしている。

 今回は未遂に終わってしまったが、就職と、A君のパートナーであるYさんの学位取得のお祝いを今度帰京するときにはちゃんとやりたいと思っている。

 帰宅して「セレネー」のケーキを両親と味わう。甘すぎない、上品なおいしさだった。

 テレビのニュースは中学入試の光景を伝えていた。そうだ、2月1日といえば名門校の入試が集中する。でも最近は1日に2校かけ持ちで受験できたりするらしい。第二次ベビーブーマーである僕らのころも大変だったけれど、今の子どもたちも大変だ。

12月5日(水)雪:同級生

2007-12-06 17:43:04 | 
 バスに乗り遅れて、大学まで歩く。雪がそこそこ積もっていて、滑る心配はない。宿舎を出たばかりのときには少し寒さを感じるのだが、大学に着くとほどよく体が温まった感じ。

 明日の授業準備に取りかかる。どうも要領が悪いな、と思う。もう少しちゃちゃっと片づけられたらいいのだが。少しばかり進んだところでお昼どきになる。1時近くになるのを待ってスコーラムに行く。

 人文学部の法学を担当されているH先生がいらしたので、同じテーブルにお邪魔する。先生は僕の高校の同級生である。といっても一学年が600人もいたものだから、面識はない。そのまま持ち上がりで大学に進んだので、学部こそ違うが、こちらでも同窓生である。H先生のほうが僕よりも半年早く赴任されている。

 直接の面識はなかったとはいえ、隣のクラスで、共通の知り合いや、同じ先生に教わったことはある。懐かしい先生の話題だとか、上石神井のよく行った店だとか、そんな思い出話に花を咲かせる。こんな東北の果ての地で、学院や上石神井の話しをするとは、何とも不思議な感じがする。人文学部の法学担当の先生は、早稲田出身者が3人もいるそうだ。もともと東北大のカラーが強い大学だと思っていたが、最近はそうでもないらしい。

 研究室に戻って再び授業のノートを作る。合間にゼミの購読文献にも軽く目を通しておく。数人の学生さんの出入りがあって、落ち着いたころにはもう夕食どきだ。学食で簡単に済ませる。何とか夕食前に明日の準備を終わらせたかったのだが。

 食後に2時間ほどかけてすべての準備を整える。授業で配布するレジュメや資料なんかも、前日のうちに印刷を済ませておかないと何となく落ち着かない。当日の朝になって印刷機のトラブルなんかでバタバタするのがイヤなのだ。

 音楽家のI先生と、人文学部のH先生がおられる「Cherry's Bar」に歩いていく。いつものバナナジュースをすすりつつ、両先生のお話しに耳を傾けながら、大学という組織の難しさを思う。僕などは周囲の先生方との関わりが希薄(というより、ごく限られた範囲でしか関わりをもとうとしていない)だから、いくらか気楽なものだけれど、すでに中堅のポジションにある2人の先生は、いろいろな面倒なことと向き合わざるを得ない。

 大学教員の多くは、学部から大学院、そして教員とストレートに進んできているから、「外の社会」を知らない。それは僕自身にとってはときどき気になることではあるのだが、実際に企業でお勤めされていたことのあるI先生は、大学という場の特異性を喝破しておられる。僕も、できるだけ染まりたくないなあ、と思っていても、時間が経つうちにずぶずぶとはまってしまうのだろうか。

 少し重苦しい話しが続いたので(でもそこに身を置いていることは全く苦痛ではない。むしろ心地いいのである)、そんなときには、先日の「おりてきた」お話しがちょっとした緩衝剤になった(ような気がする)。でも、内心、別の方向性のものが「おりてき」ちゃったりしたらどうしようかと、ちょっとドキドキしたりもしていた。

 卑近な話題(卑近にしているのはもちろん僕である)を交えつつも、最後は学問の核心に迫るようなところに話しが行き着く。I先生は、「学派」というもののもつ意義についても語ってくださった。共同性のようなものが破綻してしまった、枯れ野原のようなところで研究してきたという思いが強い僕にとっては、強く惹かれることばである。それが、それなりの時間を要するとしても、構想から実体をともなったものになっていければいいと思う。

10月26日(金)雨時々曇:先生の先生に会う

2007-10-27 02:50:53 | 

 朝10時過ぎに実家から昭島駅まで送ってもらう。乗るつもりだった青梅特快が車両故障によって運転中止とのアナウンスを聞く。迷惑なのは確かだが、中央線のトラブルによる遅延は、ちょっと懐かしい感じがする。

 今朝青森からやってくるAさんWさんとは東京駅の銀の鈴広場での待ち合わせ。ところが少し早めに銀の鈴広場に着いて驚いた。かつてと趣きが全く違っている。昨日オープンしたばかりの「GRANSTA」の中に銀の鈴は鎮座していた。

 しばらくして2人と無事落ち合うことができた。まずは荷物を水道橋のホテルに預けに行く。そのまま文京シビックセンターまで歩いて、25階のレストランで昼食。大学院時代にお客さんがあるとよくここを利用していたのだが、ずいぶん眺めが変化したような気がする。

 水道橋から秋葉原へ。再開発終了後の秋葉原に行くのは初めて。真新しい高層ビルを見上げる。

 少しばかり町を歩く。2人はチラシを配るメイドさんに驚いていた。実物をみるのはもちろん初めてとのこと。

 今日は天気も今ひとつで、それほど多くの場所を回ることができそうにない。とりあえず上野動物園に行くことにした。動物園に着くまでの道すがら、上野公園内では大道芸人のパフォーマンスをみることができた。

 動物園に入ると雨が本格的に降り出してきた。少し急ぎ足で園内を回る。いろいろな動物の中で、依然としてパンダの存在感は抜きん出ている。今後も主役の座を譲ることはないだろう。雨にもめげず、くまなく回って歩く。モノレールに乗って東園にも足を伸ばす。ペンギンなどは雨もおかまいなし。

 小動物館の珍しいネズミなども面白かった。閉園ぎりぎりまでいて、土砂降りの中を上野公園を抜け、銀座線、東西線と乗り継いで早稲田に向かう。

 お約束の時間より10分ほど遅れて大久保先生の研究室にお邪魔する。まずは自己紹介をする。2人は多少緊張していたようだが、先生のフレンドリーな話しぶりにすぐになじめたようだった。6時限の「社会と文化」という講義を聴講させていただく。先生にお会いすることはもちろんだが、ぜひとも生の講義を聴いてもらいたかった。達人の講義とはこういうものだということを実感できる機会というのはそうそうあるものではない。

 もともとは僕からもちかけた話しだったのだが、当初から2人は結構乗り気だった。日ごろから大久保先生の影響というものを折りに触れて話してきたからかもしれない。第三者的にみても、自分の先生の先生に会うというのは意外と面白そうではある。僕は学生の時分に大久保先生の先生(のお一人)の授業も受けていたから、それほどありがたみを感じることはなかったのだが。

 「社会と文化」の授業は、「近代社会と『個人』崇拝」というテーマで、近代化過程において「わたし」というものが大切なものとして考えられるに至る経緯についてであった。前半は社会移動や都市化による個人の析出過程について解説し、途中ETV特集「日本人と自画像」の映像が用いて、絵画による自己表現のもつ近代性を示した後で、相互作用によって作られる自己イメージを図式的に示す、といった内容だった。マクロな構造の変化のレベルの問題と、ミクロな相互作用という、異なったフェーズを映像を挟んでつなぎ合わせているのは見事のひと言である。先生がとりわけこだわっているとおっしゃっている、プロットの妙である。

 あわせて感心したのは、とにかく授業を聴く学生の静かなこと。夜間学部の授業ということもあるが、先生の冗談に反応があるとき以外は、それこそ水を打ったような静けさである。うちの大学の授業も私語は少ないほうだと思うが、ここまでではないなあ。

 早稲田駅前の「秀永」で夕食。4人で座るには少々狭いテーブルだったが、この店の味は以前と変わっていない。4つのメニューを頼んで、少しずつつつきながら食べる。授業の感想なんかをおしゃべりする。ゼミ生の2人もよくしゃべっている。2人とも、普段は割とよく話してくれるが、初対面の人、それも大学の先生とあれば話しづらかろうと思っていたが、全くの杞憂だった。

 窮屈な「秀永」から、「カフェゴトー」に場所を移す。ベイクドチーズケーキとチョコレートケーキを注文。ここから話しが意外な方向に進む。まさかこの4人でそんな話しをするとは思ってもみなかったが、結構盛り上がったからよしとするか。当然のことながら、僕は学生さんと接するときはあくまでも「教員」としての振る舞いを前面に出すようにしているから、あまり自己の内面に関わるような話しはしない。だから今夜の話しは、2人にとってはある意味新鮮であったろう。それもこれも大久保先生の「力量」である。しかし、学生さんに人生相談している教員というのもいかがなものかと反省する。とはいえ、とても楽しかった。この楽しいという感覚を、2人も共有してくれたことは、僕にとって何よりの喜びである。大久保先生は、「フィールドノート」のほうで、「後から振り返ったときに、この東京での一夜は高瀬ゼミにとって思い出深い夜となることであろう」と書かれているが、それは本当にそうだろうと思っている。

 もっとお話ししていたかったが、僕には今夜もうひと仕事ある。大久保先生とは飯田橋でお別れし、2人をホテルに送り届けてから蒲田に向かう。すでに隊長と落ち合う時刻を過ぎている。一刻も早く着きたいのに、電車がもたもた走っているように思えてならない。11時を回ったところでホテルにチェックインを済ませ、すぐに商店街に出る。メールを送り、アーケードの中をキョロキョロしながら走る。少しして、向こうからやってくる隊長と会うことができた。早速張り込み調査に合流。 ほっとひと安心。

 少しずつ場所を変えながらの調査。しかし前回の調査以上に応じてもらえない。雰囲気もこれまでみてきた町とはずいぶん違うような気がする。あらためて難しさを実感する。1時過ぎに今日の分の作業を打ち切って、ホテルまで帰る。途中「サンロード蒲田」といった商店街を抜ける。平行する「サンライズ蒲田」よりこちらのほうが雰囲気的に好き。池上線のガードの脇(と下)には、「バーボンロード」という昭和の雰囲気そのままの飲み屋街もある。隊長同様、僕も蒲田という町がすっかり気に入ってしまった。

 ホテルに帰り、シャワーを浴びる。明日ちゃんと早起きできるかが唯一の気がかり。初日から、相当な充実ぶりだ。


10月16日(火)晴:きょうだい

2007-10-17 03:07:41 | 
 朝食後、洗濯。これからの季節、朝洗濯物を干しても、帰るのはいつも夜だから、すっかり冷え切ってしまう。おかげで休日を除けば、部屋干しが中心になる。ただでさえ狭い部屋なのに、洗濯物がぶら下がっているとますます狭く感じる。

 いつもより遅めに大学へ。今日から後期のT実習が始まる。午前中はほとんど仕事をしないまま、生協の弁当を食べて附属中学校へ行く。今日は中学校の生徒さんと実習生との顔合わせ、それから中学校の先生の授業を観察を行うことになっている。すでに何人かの実習生は、夏の集中実習で生徒さんたちと顔なじみになっているので、あちこちで歓迎されている。傍で眺めていても実に微笑ましい。

 前期のT実習をみていても、学生さんのレベルが高いことは十分わかっていたが、集中実習を経て、さらに磨きがかかった感じだ。批判すべきポイントについてもしっかり押さえられている。僕自身は、実習実習と、やたらと経験を強調するような傾向を決して好んではいないが、それでも個々の成長に寄与しているのは確かだと思う。

 2時間あまり、立ったまま授業を観察するのは結構大変である。街頭での調査は何にもつらいことはなかったが、この違いは何によるのだろう。

 大学に帰り、少しばかり仕事の続き。夕食は、音楽科のI先生、人文学部のH先生と食べに行くことにする。折りよくH先生の妹さんも弘前に来られて、4人で「AL PORTO」へ。H先生の妹さんとは、もちろん今日が初対面なのだが、お姉さんと同様、とってもフレンドリーで、初めて会ったという感じがしない。しかもとても仲が良い。ドイツにお住まいとのことで、現地の事情をあれこれ聞かせていただいた。

 ついついネガティブな思考に走りがちな僕自身も、3人にしっかり激励していただいて、少し救われた気持ち。何ごとにもやたらと考えすぎる自分を、ちゃんと叱咤してくださるのは、両先生であり、今日はそれに妹さんも加わる。なんとありがたいことか。

 きょうだいといえば、I先生のごきょうだいのお話しも、よく食事の席で聞かせていただいている。ひるがえって、うちの弟ときたら、昨日になって、誕生日プレゼントを送ってきた。しかもほとんどお金がかかっていない。もちろん、気持ちのほうが大事なのは確かなのだが。

 人前で語れるような質の高さではないが、うちのきょうだいも割と仲良くやってきたほうだと思う。共通の趣味も多いし、話題には事欠くことがない。だが、お互い仕事が多忙になって、なかなか連絡が取りづらくなってきている。明日はちゃんとお礼の電話くらいしなければ、という気持ちになった。

9月29日(土)曇時々雨:母校の誇り

2007-10-01 01:05:38 | 
 朝起きると、昨日とはうってかわって肌寒さを感じる。弘前ならばこれくらいの気温が当たり前なのだが、なにせ昨日の暑さの後だから、かなり寒いような気がする。

 実家に帰ると母の手料理が楽しみなのだが、今回は2日とも夕食は外で摂ることになっている。その代わりに朝食に炊き込みご飯を食べる。やはり慣れ親しんだ味には安心感を覚えるものである。

 昭島から有楽町へ。お気に入りの「カフェカプシーオ・トーア」でアメリカンコーヒーとチーズドッグを注文する。メープルシロップをかけ、ナイフとフォークで切って食べる。こういう雰囲気の店が近所にもあるといいのだが。

 日比谷のタニクリニックに行く。これまでと同じ内容の漢方を処方してもらう。次回からは、もう少し軽い薬に切り替えるとのこと。多少疲れても、大きく体調を崩すことなく何とかやってこられたのは、こちらで出してもらう漢方を飲み続けたおかげだと思っている。2ヶ月にいっぺんのメンテナンスだと思えば、さして負担だとも思わない。

 クリニックを出て、日比谷公園のほうに歩いてみる。三信ビルがその後どうなったか気になっていた。この間みたときには、建物全体を覆っていた鉄板が、ずいぶんと低くなっていた。



 内部の様子はわからないが、すでに上部は解体されたことになる。もはや完全にこの建物が失われたのだということを実感する。

 有楽町のほうに戻って、行きつけの床屋さんへ。予約した時間まで1時間ほど余裕があったが、そのまま入れてくれた。いつもの担当者の方と世間話をする。以前はこういった話しが煩わしく感じられたのだけれど、今では帰京のたびにあれこれ話すのが楽しみになっている。

 有楽町駅のガード下の金券屋で映画「めがね」の前売り券を買う。そのまま銀座テアトルシネマへ。うまく14:10の回に間に合えば、と思っていたら、すでに次の16:35の回まで満席で、19:00の回しか空いていないとのこと。さすがに銀座の映画館は混んでいるなあ。何か別の作品はないかとあちこち映画館を回るが、後のスケジュールを考えるとちょうどいい時間のものがない。今日は映画は諦める。

 映画がダメとなると、次は乗りものだ。バスがいいが、ちょっと時間に余裕が欲しい。ならばモノレール。「はやて東京フリーきっぷ」ならモノレールは無料で乗れる。

 浜松町で山手線からモノレールに乗り換えるところで、目についた建物があった。どこかでみたことがあるような気がする。





 ちょっと帝冠様式のような雰囲気さえある、不思議な建物だ。後で調べてみると、昭和6年築とのこと。たびたびテレビドラマの登場しているらしい。だから何となく見覚えがあったのか。

 モノレールで羽田空港まで行く。このモノレールは、もちろん空港に行くための交通機関なのだけれど、乗っているだけで十分楽しい。車内の座席配置からして車窓風景を楽しめるように工夫されているし、京浜運河の真上を大きくバンクを切ってカーブする感じなんかも実にいい。第一ターミナルビルの屋上からしばし飛行機と、そのはるか向こうの高層建築群を眺め、コーヒーを飲んで再び引き返す。天王洲アイルで下りて、周辺をぶらぶら歩きする。おしゃれな場所に興味があるわけではないのだけれど、こういう運河沿いの、ちょっと場末な感じのするところに心引かれるのだ。

 天王洲アイルからりんかい線で大井町に出て、京浜東北線と中央線を乗り継いで御茶ノ水へ。明治大学で僕の授業を取ってくれていたK君と待ち合わせをする。K君が連れて行ってくれたのは「おきなわ軒」という沖縄料理の店。K君は沖縄出身だから、彼の勧めてくれる沖縄料理ならさぞかしうまかろう。

 僕自身も、沖縄料理は塩が強くないし、あまり脂っこくないので、割と好きである。いろいろとK君に説明してもらいながら味わう。どれもこれもとてもおいしい。

 K君と会うのは、昨年の3月以来である。そのときには、代田橋から少し歩いたところにある、和泉明店街・沖縄タウンに沖縄料理を食べに行ったのだが、ほんの少しお昼時を過ぎたばっかりに、店が閉まってしまって食べ損ねたのだった。そのこともあって、わざわざ沖縄料理店を予約してくれたのである。

 沖縄の母校での教育実習の土産話を聞かせてもらった。実直な人柄もあって、相当生徒さんたちに慕われていたようだ。自分自身の教育に対する考え方を見直す、いい契機になったともいっていた。

 すでに大手の企業に内定をもらっていて、前途も洋々たるものだ。これから先、何から何までうまくいくとは限らないだろうが、それでも持ち前の前向きさでどんどん乗り越えていくような気がしている。

 意外なところで盛り上がったのが、六大学野球の話し。K君は熱心に神宮球場に足を運んで応援しているそうなのだが、僕ももともと大学野球は好きで、『週刊ベースボール』別冊の大学野球選手名鑑はシーズンごとに買っている。そんなわけで、今シーズンの明大投手陣がどうだの、早稲田の弱点はこうだの、とかなりマニアックなところで盛り上がる。

 いかんせん、ここのところ明治大学のスポーツは早稲田に対して分が悪い。それは早稲田がかなり熱心にというか、強引にスポーツ強化策に打って出たからなのだが、反面明治のほうはかつてのバンカラな雰囲気を捨てて、スマートで勉強熱心な学風へとシフトしてきた。その辺の代償ということもあるのかもしれない。今後明治も巻き返しを狙っているようだが、ラグビーなどはやはり早明戦が盛り上がってナンボだろう。

 K君は率直に明治が好きだといっていた。僕はよそものに過ぎないが、学生さんに思い入れをもってもらえる大学というのは、本当にいい学校なのだろうと思う。とくに東京六大学というのは、その実質以上の「イベント効果」も手伝って、ひときわ輝いた存在にみえる。それこそが伝統の力なのかもしれない。僕とて、いまだに母校の、何ともいいがたい魅力に取り憑かれたままでいる。

 同じことを何度も書いているが、たかが1年しか教えていない、一介の非常勤講師のことを、折に触れて思い出してくださる学生さんがいることは、僕にとって何よりの励みになる。教育に携わる者として、与えたものと同等のものを、彼らから与えてもらっている。この仕事は、どこまでも互恵的な関係性のもとで成り立っているのだ、とあらためて思う。

9月28日(金)雨(弘前)→晴(東京):W92会

2007-09-30 01:18:20 | 

 朝7:08発の「つがる8号」に乗るために6時に起きる。外は雨が結構降っている。いつもどおり駅の駐車場に車を停めて、駅に駆け込む。外がかなり冷え込んでいるというのに、車内は冷房が効いている。これでは寝られやしない。とはいえ、時間が経つにつれて眠り込む。八戸に着くと少々頭が痛い。

 乗り継いだ「はやて8号」の車中でも、ブランケットを引っ被って眠る。東京駅に降り立つと、すっかり猛暑である。半袖を着てこなかったことを後悔する。すぐに中央線に乗り換えて、国立に向かう。

 まずは昼食を摂らねばならない。国立といったら、一番のお気に入りは富士見通り沿いにある「中一素食店」。肉類を一切使わない、ベジタリアンの台湾料理の店である。一橋の研究会の際には、よくここを利用していた。

 昼定食のメニューの中から、鶏肉「風」黒胡椒の炒めものを選ぶ。

 ライスは玄米をチョイス。これに食後に台湾緑茶が付いて950円だから、お値打ち感がある。お腹いっぱい食べて満足する。

 中央線の線路と平行に歩いて、大学通り、旭通りを越えて画廊「岳」さんへ。増田常徳さんの個展を観る。ちょうど増田さんもおられて、しばらくお話しする。今年の1月の紀伊国屋画廊での展覧会と比べ、今回は小品が中心。引きつけられるような迫力の大作はあまり展示されていないとはいえ、多様な黒のもつ深みは、どの作品にも共通していて、全体を眺め通してみると、その色遣いが強く印象に残った。

 ほんのわずかな時間を縫って、一橋大学に行く。恩師の木村先生の研究室を訪ねる。急なアポなしの訪問なので、たぶんお会いできないだろう、と思っていた。ところが帰りかけたところに運よく戻ってこられた。少しの間、近況報告をする。先生からは、とにかく体調維持を第一に考えて、というアドバイスをいただいた。超多忙な中でも、こうして気遣ってくださることに感謝すると同時に、やはりお邪魔させていただいてよかったと思う。

 国立から渋谷に向かう。シネマ・アンジェリカという映画館に行く。「小津の秋」という映画を観る。かねてからファンである藤村志保さんの出演作品である。一昨年公開された映画「二人日和」と同じ野村惠一監督、共演の栗塚旭さんも同じである。主演は12年ぶりの映画出演という沢口靖子さん。

 舞台は長野・蓼科高原にある、かつて小津安二郎が脚本を書くときに使っていた山荘・無藝荘とその近くにあるホテルである。沢口靖子が演じる雑誌記者が、取材を兼ねて訪れた当地で、心を閉ざし、表情を喪ったように生きる山荘の管理人の女性(藤村志保)と、それをひたすら見守り続けるホテルの支配人の男性(栗塚旭)と出会う。2人の女性は、因縁で結びついた関係であり、徐々にその関係性が明らかになっていく。

 表題にも表れている「小津安二郎」は、山荘の元の主としてだけでなく、彼の作品である「秋日和」という映画が重要な意味づけをもって用いられている。

 沢口靖子と藤村志保の対峙するシーンが素晴らしい。藤村さんの少しずつ氷のような心が融けていく様は実に美しく、切ない。同時に私生活における行き詰まりに、何らかの活路をみいだしていく記者の心の動きを、沢口さんが好演している。沢口さんの円熟味も感じられて、とてもいい。

 それに対して、栗塚さんは今作では少し引いたポジションにいる。しかし、だからこそ「無償の愛」を貫こうという姿に心打たれる。

 華やかさはないけれど、美しい蓼科の風景とともに、しっとりと楽しめる。惜しむらくは、パンフレットの発売がなかったこと。やはり観終わった後で、パンフをめくりながら、余韻に浸りたいものだ。

 映画館の外に出ると、辺りはすっかり暗くなっている。東横線で中目黒へ。歩いて5,6分のところにある、「風雅」というお店に行く。母校早稲田大学の1992年入学者の同窓会組織である、W92会の集まりに初めて顔を出す。大久保ゼミの同級生だったM(K)さんが幹事をやっていて、前々から誘っていただいていた。これまでなかなかスケジュールが合わなかったのだが、今回はタイミングよく帰京と重なった。

 3人ほど知り合いはいるものの、あとは初めてお会いする方々ばかりである。まずは名刺交換から始まる。一応いつもより多く用意していったのだが、あっという間に切らしてしまった。いただいた名刺を並べてみても、実に多士済々。社長秘書、大手メーカーのマネージャー、新聞記者、市議、社長などなど。いろいろお話しをうかがってみると、学卒で就職した会社にずっと働き続けている人のほうが少ないようだった。僕なんて、正規雇用の職について、ようやく1年だもんなあ。

 お店は屋上がテラスになっていて、風が心地いい。Mさんとはしばし大久保先生の思い出話に花を咲かせる。彼女は先生の卒論指導は厳しかったといっていたが、うーん、そうだったかなあ。そうかもしれない。他の先生と比べると、かなりしっかりした卒論指導で、しっかりとペースメークしていただいた。実は僕は当時の卒論指導ゼミのレジュメは全部取ってあって、研究室に置いてある。自分が今後卒論指導をする際に、どのようにやっていくかの参考資料にするつもりだ。

 面白かったのは、僕らが学生だったときにジェンダー(論)が流行していた話し。外資系の企業で活躍されているSさんともども、学生時代にずいぶんとジェンダーに感化されたけれど、下の世代はわれわれをみて、ああいうのは違う、と方向性を変えたみたいだ。で、何だか従順に乗っていた同世代が結構割を食ったんじゃないか、といったことをいっていた。そうなのか。実際に企業という現場で生きてきた人の話しだから、説得力がある。僕が今の学生に感じてしまう、ある種のギャップのようなものも、こういった話しを聞くと理解できるような気がする。

 楽しい時間はあっという間に過ぎた。2次会、3次会と参加したいところだったが、いかんせん実家泊まりだとそうもいかない。再び参加できる機会を期して、今夜新たにお知り合いになれた、あの濃密な4年間を何らかの形で共有してきた同窓生の皆さんとお別れした。


9月11日(火)雨後曇:アニキの誕生日

2007-09-12 13:18:36 | 
 朝10時からの会議に出る。考えてみると午前中からの会議というのは滅多にない。幸い、思ったより早く終わった。

 会議でもご一緒した音楽科のI先生から、スコーラムにでも行きませんか、とお電話をいただいたので、すぐに駆けつける。いつもより早めの昼食を摂りつつ、しばし世間話をする。県内の合宿先に使えそうな施設も紹介していただいた。だいたいどこのゼミも夏休み合宿をしていて、僕のところだけやっていないことに少々後ろめたさを感じていたのだが(秋に行う予定)、来年あたり、ぜひ利用してみたい。

 I先生たちとは秋から冬にかけて、東京ミュージカルツアーをやりましょう、ということになっていて、僕のほうで候補作品をプレゼンする。I先生とあれこれお話しするようになって、これまで以上にミュージカルに取り憑かれた感がある。弘前に来てからの1年のほうが、その前の年よりもずっと多く劇場に足を運んでいる。

 研究室に戻って、昨日と同様、調査実習の学生さんを迎える。僕のほうでも個々の関心をある程度把握しているので、それに沿ったアウトプットを用意するのだが、思いもしなかった発想に出会うこともある。それぞれインタビューデータとの組み合わせで何がいえそうか、真剣に考えてくれているようだ。1人あたり約1時間という区切りでやっているので、細かいことまで教えてあげることはできないが、データ、とくにクロス表を読む面白さは伝わっているようで、僕も楽しくなってくる。昨日が2人、今日が2人で、あと明日3人来てくれれば、ひととおり方針を固めることになる。

 夕方からは、遅れている原稿に集中しよう、と思っていたが、同僚のF先生から電話があり、アニキH先生の誕生日なので飲み会です、とご連絡をいただく。節目節目を大切にするアニキのことだ。これは行かねばなるまい。

 パークホテル2Fにある、「串や酔や六也」へ。店名のとおり、串焼きの店である。F先生、同じく同僚のY先生、音楽科のI先生、それとお弟子さんのS君、加えて人文学部のH先生のゼミの卒業生のK君という、一風変わったメンバーで飲む。

 今日気づいたのだが、アニキと、来週が誕生日の僕とは、同じ乙女座である。しかしおよそ性格は似通ったところがない。やはり星占いとか血液型占いというのはあまりアテにならないものだな、と思いながらウーロン茶をすする。

 午前0時を回り、二次会は最近定番になりつつある「Cherry's Bar」へ。この辺でだいぶくたびれてきた。F先生もY先生も眠りに落ちている。その脇でI先生とアニキとがなにやら激論を繰り広げている。最初は食らいついていたが、だんだんと置いて行かれるようになった。明日は(いつもより)早いんだよなあ、とぼんやり考えつつ、お2人のエネルギッシュさにただひたすら感心する。僕などは、若いクセによくも悪くも醒めているな、と思う。まあいいか。

 誕生日をこうやって過ごすというのを僕は経験したことがないが、とりあえず深夜までメンバーが欠けることなくついていくというのはひとえにアニキの人徳ゆえのことであろう。自宅までアニキを送り届け、F先生、Y先生と宿舎に戻り、着替えをすると、ただちにベッドに身を投げ出して眠る。

8月18日(土)曇:土手町の魅力

2007-08-19 02:49:10 | 
 今日もそこそこ涼しい。半袖シャツに上着を携えて大学に行く。引き続き博士論文を読む。同僚のF先生がお見えになって、嶽きみ(岩木山麓で獲れるとうもろこし)とすいかをいただいた。少しばかり学校選択制をめぐって話しをする。

 1時少し前に大学を出て、土手町の中三デパートへ。弘前のご出身で、現在は東京で働いているNさんとお会いする。直接お目にかかるのは今日が初めてである。Nさんとは結構接点がある。僕が現在調査に入らせていただいている高校・非常勤で教えに行っていた大学のご出身で、僕の母校にお勤めになっていたこともある。プロレスもお好きでもある。

 昼食は中央弘前駅前の「ALPORTO」へ。ディナーは最近よく利用しているお店なのだが、お昼は初めてだ。ランチの時間もいいよ、と聞いていたので、歩いて行ってみる。パスタセットを注文。スープ、サラダ、ガーリックトーストにドリンクが付いて900円なら安い。

 Nさんは僕と同世代で、かつ大学に長く関わってこられたので、学生気質の変化といったことにもかなり鋭い洞察をされていた。印象深かったのは、現代の若者は決して幼いのではなく、むしろ大人たちのルールといったものを先取りしている、といったお話しだった。確かにそうかもしれない。僕らが学生だったころと比べて、「傍若無人」な振る舞いが許容されなくなってきているようにも思う。

 津軽の風物詩にまつわる話しも面白かった。ねぶたやねぷたの際のかけ声は青森・弘前・五所川原でそれぞれ異なるのだが、そこにはそれぞれの土地柄や気風というのが表われているのだそうだ。それとねぷたの太鼓の音を聞くと、やはり血が騒ぎ出すのだそう。

 土手町は東京に出るまでの、そして帰郷される折々の、いろいろな思い出のある場所なのだそうだ。「ALPORTO」のお店も、以前は和菓子屋さんだったのだとか。他にもあの店は以前はどこそこにあった、といったことを教えてもらう。一見静かで、あまり動きのないような町でも、長くみてきた人にとっては様々な変化が見て取れるようだ。

 土淵川に沿って橋の下をくぐり、中三の裏手にある「寿々炉」という和菓子屋さんに連れて行ってもらう。先ほどの「ALPORTO」の建物がかつては「寿々炉」の支店だったのだそうだ。ここはイチオシのお店で、東京へのおみやげもいつもここで求めるとのこと。おみやげにどうぞ、と「雪紐」と「白神仙」というお菓子をわざわざ僕の分まで買ってくださった。

 土手町から、弘前公園に上る坂の途中にある「可否屋葡瑠満」でコーヒーを飲む。この辺では少々値が張るので、僕も一度しか入ったことがないのだが、とてもおいしいコーヒーが飲める。こちらでも話しが弾んだ。元阪神タイガースの池田投手のことだったり、「カックラキン大放送」のことだったり。そんなこんなで6時近くまでおしゃべりしていた。

 東京でバリバリ活躍されていながら、それでも弘前の、とくにこの土手町への愛着はひとしおではないことが、お話ししていてよくわかった。あちこちエピソードを聞かせていただいているうちに、僕にとっても土手町がますます魅力的なものに思えてきた。とても楽しいひとときを過ごさせていただいた。「上京」という経験をし、一方で「故郷」を大切に思うという生き方は、僕などからするとちょっとうらやましくもある。

 Nさんと弘前駅でお別れしてから、ヤマダ電機で買い物をし、新里の「うどんや一番」で夕食を摂り(最近無性にここの「かま玉うどん」が食べたくなるのだ)、「健康温泉桃太郎」に浸かって大学に戻る。その後鰺ヶ沢調査の調査票作りにようやく着手。昼間にNさんの高校時代の放課後の過ごし方の話しをあれこれ聞かせていただいたので、いろいろとアイディアも広がってきた。途中で手を休めて、いただいたお菓子をひとつ食べてみる。とても上品な甘さで、幸せな気分になる。

6月22日(金)曇後晴:平泉さん

2007-06-23 00:46:43 | 
 今日は昨日に続いて半休(午前中)ということになっている。9時に目が覚めたのだが、目覚まし時計をかけ直して10時まで眠る。しっかり充電した、と自分に言い聞かせて、大学へ。

 午後すぐに講義のある日とない日とで、昼食の量を変えている。今日は3コマに大教室での授業があるので、軽めにする。生協の出店で冷やしとろろうどんと海藻サラダを買う。

 21世紀教育の授業(社会学の基礎)の2回目。すでに火曜日の分で大体の感じはつかめているから、かなり余裕をもって進められた。ただ、総合教育棟401教室は、窓の上部4分の3がはめ殺しになっており、残りの下部しか開閉できない。おかげで教壇の上は蒸し風呂である。ろくな空調もないくせに、なんでこんな設計になっているのだろう。汗を拭いながらの授業になった。感想はいろいろだったが、やはり学歴社会というテーマは、自分自身の経験に照らして考えられるテーマなのだろう。「これまで大学で受けてきた授業の中で一番面白かったです」という感想は、リップサービス込みだとしても、うれしいものである。

 僕の基礎ゼミの学生さんでもあるTさんが授業の後に質問にやってきた。説明が不十分だったところを的確に捉えての質問で感心した。いい質問ができるというのは、いうまでもなく集中して授業に臨んでいることの証である。

 4コマの時間はアイドルタイム。次の授業のノート、それから授業で流すビデオのチェックをする。生協で買ってきた菓子パンを食べ、腹ごしらえもしておく。

 5コマの社会学概論は、「労働と余暇」がテーマ。「天職」の意味の変遷といったあたりは、これまでの授業よりも社会学っぽい話しだったが、割とみんなついてきてくれた。とくに西洋史を勉強している学生さんには楽しんでもらえたようだ。ならば、来年度はもうちょっと学説史的な要素を出してもいいのかもしれない。

 授業の終わり30分は、今年NHKで放送されたドラマ「グッジョブ」の第2話を観る。現代的な労働の難しさを考えるうえで、このドラマは格好の素材である。とくに第2話は、職場での人間関係やコミュニケーションの重要性がストレートに表れている。いわゆる感情労働というものだ。

 実は、「グッジョブ」を観てもらうか、「サラリーマンNEO」にするかは、ギリギリまで悩んだ。本当は後者のほうが好きなのだが、まだ若い学生さんたちには生瀬勝久や田口浩正、田中要次といった名優たちの素晴らしさはわかるまい。ならば松下奈緒やサエコのほうがよろしかろう、ということでこちらになったのである。このドラマの上ちゃんの松下奈緒はとてもいい。

 この両方に出演している俳優さんがいる。それは平泉成さん。地味だが、この人もまた名優である。根っからの善人から、意地悪な悪人まで、演じられる役柄の幅がとても広い。「NEO」の平泉さんのほうがはっちゃけていて楽しいのだが、「グッジョブ」の役どころも魅力的である。第2話を選んだのは、上記の人間関係の大切さといったことを、平泉さんが語っているからでもある。

 しかし、ここのところNHKは硬軟取り混ぜていいものを作っている。こういったものをしっかり作り続けてくれるなら、不祥事なんて気にせずに、受信料、払います。

 夕方、来月のタニクリニックの予約をして、忘れないうちに、ときっぷの手配をする。3連休パスを使えば割安で帰れるのだが、せっかくならできるだけ長く東京にいたい。駅員さんがわざわざ勧めてくれたのを断って、いつもの「はやて東京フリーきっぷ」を買う。急いで取ったのはグリーン車を確保するためである。「はやて東京フリーきっぷ」だと普通車とグリーン車の差額は往復で2千円しかない。よって、グリーン車がすぐに埋まってしまうのだ。一度味を覚えてしまうと、ぜいたくなようだが普通車はやけに窮屈に感じてしまう。

 駅ビルのドトールでコーヒーを飲む。今日の2つの授業は、自分なりに合格点を与えられる出来だった。一度宿舎に戻り、車で大学へ行き、再び仕事に。いつもより少しだけ早く帰宅する。

6月20日(水)曇後雨:再会

2007-06-21 02:01:02 | 
 夕方あたりから雨の予報。ただ、意外とこちらの天気予報はあてにならないので、自転車で出かける。出がけに、今日は月に一度の段ボール回収の日だったと気づく。部屋には結構な量の段ボールがたまっている。部屋に戻ろうかと思ったが、梱包する手間を考えると時間がない。来月を期して大学に急ぐ。

 本日のゼミは『反社会学講座』の「ふれあい」の部分。すでに別の演習で読んでいる箇所なのだが、Wさんが作ってきたレジュメがよくできていて、先日よりも面白く読めた。レジュメの善し悪しでも文献の面白さというのは変わってくる。著者が、あえて承知であやしい議論を展開していることに気づけるかどうかがポイントだね、といった話しをする。途中のブレイクタイムに、先日のB-1グランプリに出ていたしょうがみそおでんについて聞いてみる。すると、AさんもWさんも、普通に家庭料理として食べているとのこと。へー、そうなんだ。ちなみに、しょうがみそおでんの素のような商品も売られているそうだが、その味は本来の味とは似て非なるものだそうだ。来週は大学を出て、近隣をフィールドワークする予定。お天気が心配だが、晴れたら自転車で回ろう、と約束する。

 昼休みに、一橋大学をこの春卒業し、5月に青森の放送局に赴任してきたM君と会う。仕事の用事で弘前にやってきたついでに大学のほうに来てくれたのだ。彼には5月の半ばにメールをもらっていたが、僕とは違ってなかなか時間の取れない仕事である。こんなに早く会えるとは思っていなかった。

 一昨日に電話をもらい、昼食を一緒に食べよう、と約束していたので、大学からほど近いところにある「なかさん」へ。普段粗食に甘んじている僕にとっては、少々敷居が高い気もするが、今日はM君の就職祝いである。さあ何でも好きなものを、といってみたものの、まず自分からひつまぶしの梅を頼む。わざわざ彼も合わせてくれたようだ。気張ってはみたものの、詰めの甘い元教師で恐縮である。

 僕の懐具合に難ありとはいえ、さすがに弘前でも名の通った鰻の名店。とてもおいしい。橋を動かしながら、仕事の様子を聞く。M君はディレクターとして、すでにいくつかの番組制作に携わっているとのこと。県内のあちこちを回って、様々な取材を行っているそうだが、人から話しを聞くことが何よりも大事なこの仕事、誠実で、いつもやさしい物腰で接することができる彼にはうってつけだろう。青森という初めての土地(僕にとってもそうだが)を気に入って、積極的に何でもみてやろう、という前向きな感性も、県民のひとりとしてはうれしい限りだ。

 去年のちょうど今ごろ、僕は彼の教育実習の研究授業を見学させてもらいに行っていた。そのときの生徒たちと仲良くやっている姿も印象的だったのだが、まさか1年経って、こんなところで一緒に昼ご飯を食べるとは、想像だにしなかったなあ、と笑い合った。まったくもって、人生とは何が起きるかわからないものである。

 僕の研究室にも寄ってもらって、少しばかり今の大学が置かれている現状について話す。彼のようなジャーナリストなら、世間一般のマスコミにみられるような、ただひたすら大学をバッシングするようなものとは違う番組を作ってくれるのではないかとついつい期待をしてしまう。一橋の先輩でもある同僚のF先生にも引き合わせて、いろいろと資料をもって帰っていった。また会えるときまで、どうかお元気で。

 午後3時から教授会。投票が多かったりして、いつも以上に長かった。予報通り、外は雨が降り出した。結構強い降りだ。自転車で帰れるだろうか、といったことをぼんやり考えていた。

 雨が止んだのを見計らって、急いで帰宅。自転車を物置にしまってから、車で大学に向かう。明日を「活かす」ためにも、今日中に金曜日の講義の準備は済ませておかねばならない。途中、ライオンズの6連勝を確かめつつ、何とかノートを仕上げる。車のところに下りていったときには、さっきまでの激しい雨は上がっていた。