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 ~ それでも世界は希望の糸を紡ぐ ~

早川太海、人と自然から様々な教えを頂きながら
つまずきつつ・・迷いつつ・・
作曲の道を歩いております。

陰陽太極図

2020-10-04 14:46:22 | 神社仏閣
名古屋天神・上野天満宮



その境内に建つ晴明殿には、

その名の通り安倍晴明(921~1005)が祀られています。

陰陽師・安倍晴明が専らとしたのが「陰陽道」なるもの。
“ 陰 ”と“ 陽 ”二つの相反する“ 気 ”が離合集散して、
万物は生滅・盛衰を繰り返すとする〈陰陽思想〉と、
木・火・土・金・水という五つの要素が、お互いに生かし合い、
或いは妨げ合いながら世界は流動・変転するとする〈五行思想〉等、
元々は古代中国で生まれた思想モデルを下敷きとして、
それらを擦り合わせ、縒り合わせ、また天文・占星・呪術等を加え、
日本独自のスタイルに仕立てたのが陰陽道と伝わります。

中世から近世、そして近代へと時代が下る中で、
陰陽道の流れは細くなり、明治期には政府命令によって廃されます。
裏付けがあると思われていたものに裏付けが無いことが分かり、
信じ込んでいたものが信じるに値しないと判明してゆくのが、
人智の歴史に共通する大きな流れであるのならば、
陰陽道が廃絶に至ったのは無理からぬこと。
ましてや現代は科学至上の時代であり、
何事にも科学的根拠・エビデンスを求める現代人からすれば、
「陰陽道」なるものは“ 迷信 ”に過ぎないのかも知れません。

しかしながら「迷信に過ぎない」と言い捨てる際、
そこには“ 傲慢な考え ”が生じる危険性があります。
殊に私のような、浅薄な歴史観しか持ち合わせない人間は、
つい、その“ 傲慢な考え ”に陥りがちなので注意が必要です。
その“ 傲慢な考え ”とは、

現代人からすれば“ 迷信 ”に過ぎないと思われるものを信じ、
自然現象の一つ一つに天意を感じて吉凶を判じ、
病気や災害を鬼の仕業や呪いのせいと捉え、各種の祈祷を始め、
物忌み・方違え等々を頼みとせざるを得なかった昔日の人々を、
あたかも無知な人々、愚昧な人々であるかのように考えること。

これであります。
「病気は鬼の仕業」と信じられていた時代を生きた人々は、
「病気は鬼の仕業」という世界を、そのままに生きていたのであり、
「病気は鬼の仕業」を“ 迷信 ”と知りながら生きていたわけでは、
けっしてありません。
現在という時点から観て“ 迷信 ”と断じ捨てるものの多くは、
その時代、その場所、その人にとっては“ 信 ”そのもの。

それゆえに「病気は鬼の仕業」というのは“ 迷信 ”ではなく、
これは“ 仮説 ”と呼び、“ 仮説 ”と捉えるべきもの。
こうした無数の“ 仮説 ”が、幾星霜の中で淘汰されてゆくうちに、
鬼の仕業・呪い・たたり・・・とされてきたものが、実は、
特定の細菌・ウィルス・病原体・・・であることが判明する。
それはつまり“ 仮説 ”を生きた人々のお陰で現在がある、
ということの証左であり、同時に、現在というものが、
無量大数の過去によって支えられていることの証しでもあり、
畢竟、かの時代の人々を、無知な人々と考えることが、
如何に傲慢であるかということに気付かされるのであります。

               

つい浅はかな考察に紙幅を費やしてしまいました。
こちらは上野天満宮・晴明殿に掲げられている神社幕。

〈陰陽思想〉が歴史の中で紆余曲折を経ながら図像化された、
〈陰陽太極図〉があしらわれています。


こちらは同宮で授けられた御守り。

同じく〈陰陽太極図〉がデザインされています。

冒頭にも書かせて頂きましたが、
“ 陰 ”と“ 陽 ”二つの相反する“ 気 ”が離合集散して、
万物は生滅・盛衰を繰り返すとする古代の生命原理・世界観が、
〈陰陽太極図〉には込められていると伝わります。

“ 生命 ”は、女性と男性という陰陽の交わり、
“ 活動 ”は、排泄と摂取という陰陽の働き、
“ 呼吸 ”は、出る息と入る息という陰陽の流れ、
“ 歩行 ”は、左足と右足という陰陽の反復・・・等々、
私たちの存在と活動そのものが、既にして陰陽太極。

先日は〈中秋の名月〉でありましたが、月もまた、
満ちては欠け、欠けては満ちという陰陽を繰り返す天体なれば、

天空をゆく、生きた〈陰陽太極図〉と申せましょう。


              







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