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 ~ それでも世界は希望の糸を紡ぐ ~

早川太海、人と自然から様々な教えを頂きながら
つまずきつつ・・迷いつつ・・
作曲の道を歩いております。

平成最後の御縁日

2019-04-28 16:21:28 | 仏教
本日は、4月28日(日)。
あらためて申し上げるまでも無く、
毎月28日は〈不動明王〉の御縁日であります。

巷間を賑わせる「平成最後の・・」の謳い文句に乗っかり、
平成最後の不動明王・御縁日へ。

成田山新勝寺・名古屋・栄・分院

当地、未だ風強し・・・

さりながらGW中の御縁日とあって

大勢の参拝客で賑わっていました。

               

〈御縁日〉という習俗が成立した歴史には諸説あり、
一概にこうとは申せませんが、経典の中には明らかに
「毎月の何日に供養せよ」と書かれているものがありますので、
そうした典拠が敷衍されて、特定の日が〈御縁日〉として
習俗化されたように推察します。

現代にあっても「◯◯の日」「✕✕の日」等々が数多くあり、
それらが語呂合わせ・見立て・準え・商業的目論見などから
発案されている事を考え合わせますと、
〈御縁日〉なるものも、もしかしたら、純粋な信仰と、
神社仏閣及びその周辺地域の経済的な要請とが絡み合って
成立してきた・・・という側面があるのかも知れません。

               

不動明王の「不動」は、
何事にも動じない心とか、ぶれない心・・というように、
人間の寸法に引き合わせて、つい誤解されがちですが、
およそ千年前には編纂されていたと考えられる経典、
「底哩三昧耶(ちりさんまや)不動尊者念誦秘密法」には、

「不動とは これ菩提心の大寂定(だいじゃくじょう)の義なり」

とあり、〈菩提心〉という、
相対性を超えた最も尊い心を堅持し続けることを意味し、
不動明王の「不動」は単に「動かない」ことではない、
と心得ます。

不動明王を謳った経典は幾つもありますが、その全てにおいて、
不動明王は、三千大千世界・虚空・無尽の世界海・・等々、
宇宙の至る所(ここで言う「宇宙」とは本来の字義が伝える
「宇」=無限の空間・「宙」=無限の時間)を、
自由自在に動き回って衆生を救う、と説かれています。
つまり「不動」とは、

動かずして自在に動き、
自在に動きつつ動かざること。

「動」と「不動」とが同時並列として在り、
動にして不動・不動にして動、という究極の境地において
融通無礙に示される働きが「不動」の本義と解釈します。

               

『無想の法身 虚空と同體なれば その住處なし

但し衆生心想の中(うち)に住したもう』(仏説 聖不動経より)

稚拙ながら、不動明王を謹筆し、
その光背いわゆる迦楼羅炎(かるらえん)には、
煩悩を喰らう霊鳥・迦楼羅を描き入れました。
さて何羽の迦楼羅が燃え踊っておりますやら。

皆様、良き日々でありますように!



              









大蔵経~海印三昧

2018-08-19 16:46:00 | 仏教
気ノ池の畔に羽根を休めるシオカラトンボ

複眼の色が青いのでオスかと思われます。


静かに灯る遅咲きの蓮が

災害の打ち続いた夏への送り火に観えました。

サンスクリット語の、
「サ・ダルマ・フンダリーカ・スートラ」は、
「妙(たえ)なる法にして蓮華の経典」と訳され、
「妙法蓮華経」と名付けられました。
経題中の〈フンダリーカ〉は白い蓮を指し、
仏教において象徴的な意味を持つ事は周知の通りであります。

               

前回のブログ記事にて、
三蔵法師の〈三蔵〉とは「経蔵・律蔵・論蔵」の三つ・・と、
簡略に書きましたが簡略に過ぎましたのでもう少し。

経蔵は、仏教開祖・釈迦が説いたもの及び釈迦の入滅後、
    弟子達を始め仏道を歩む人々によって書かれた経典。
律蔵は、僧侶を始め仏道修行に励む人々が守るべき戒律や規則。
論蔵は、経典についての解説論文や注釈及び聖賢の伝記等。

仏教の歴史は2500年に亘りますので、
その長大な時間、広大な空間に堆積し蓄積された三蔵の総量は、
膨大なものとなり、それらは総称して「大蔵経」あるいは
「一切経」と呼ばれ、先のハスの花のお経「妙法蓮華経」も、
日本で親しまれている「般若心経」も、
あとで触れる「華厳経」も全て大蔵経の中に含まれています。

               

こちらは

覚王山日泰寺境内に立つ記念碑。

以前にも書かせて頂きました通り覚王山日泰寺は、
日本国とタイ国との仏縁と友好を以って建立された寺院。
右側の記念碑・碑文によって、タイ国から日泰寺へ
「泰国王室版・大蔵経」が贈られたことが分かります。

ここに「泰国王室版」と特記されているように、
大蔵経には様々な版が存在すると言われています。
この「版」ということについては複雑多岐にわたり、
ブルックナー先生が作曲された交響曲における、
原典版・ハース版・ノヴァーク版等々の「版問題」と同様、
大変に難しい問題を含んでおりますがゆえに、
早川の浅薄な知識と貧しい筆力の及ぶところではありません。

               

「大蔵経」と聴きますと、韓国は慶尚南道・陜川郡にある
海印寺(かいいんじ・ヘインサ)が想われます。

北宋時代(960~1127)蜀の国(現在の四川省)において、
新しく彫られた版木による蜀版・大蔵経のことを『開宝蔵』、
と呼ぶのだそうですが、この開宝蔵が朝鮮半島に伝わり、
時の高麗国王の命によって版木として再び彫られ、
刷り出されたものが『高麗大蔵経 再彫本』。

この『高麗大蔵経 再彫本』を保管し今日まで伝えているのが、
海印寺であります。
経典の文字は、白樺の版木81,258枚に刻まれているがゆえに
「高麗八萬大蔵経」と称され、8万枚を超える版木を収めた建物
〈大蔵経 版殿(はんでん)〉は世界遺産に登録されています。

現代日本において信頼の置かれている大蔵経は、
大正時代に10年の歳月をかけて編纂されたところの
『大正新脩大蔵経(たいしょうしんしゅうだいぞうきょう)』
でありますが、これは上述の『高麗八萬大蔵経 』を土台として
作られたと伝わっています。

               

さて海印寺の〈海印〉とは何ぞや・・・?
という事でありますが、諸説あるようで、
海印とは「人々の願いを叶える〈竜王の印璽〉である」
などとする説も見受けられます。

海印寺は、
西暦800年代に遡る創建期には華厳宗の寺院でありました。
日本における華厳宗の総本山は東大寺。
「奈良の大仏」として親しまれている、かの巨大仏尊は、
盧遮那仏(るしゃなぶつ)であり、華厳教学においては、
大方広仏(だいほうこうぶつ)とも称されます。

華厳経に説かれる世界観によれば、
宇宙に広がる〈香水海〉なる海原に蓮の華が開いていて、
盧舎那仏=大方広仏はその蓮華上に座し、
〈海印三昧(かいいんざんまい)〉なる精神集中の境地に入り、
華厳の教えを説き続けているとされます。

であるならば、
海印寺の海印は〈海印三昧〉の〈海印〉と、
ごく自然かつ素直に受け止めるものであります。

               

では〈海印三昧〉とは何か。
中国・華厳宗の第四祖・澄観(738~839)によれば、

「何の動揺もなく静かで、澄み切っている状態であり、
 あらゆる存在物があるがままに映し出される」
   (引用元:徐海基 論文「澄観の海印三昧観について」)

というような深い禅定を意味し、また

「海印三味の本質が、
 やさしい手立てを以って生きとし生けるものに、
 〈生死即涅槃〉〈心身成仏〉の真実を悟らせてゆく、
 利他の実践に他ならない」
      (引用元:木村清孝 論文「『海印三昧論』考」)

凡夫のワタクシめには想像もつかない境地ですが、
先賢の論考から朧気ながら察せられますのは、
〈海印三昧〉とは、精神集中の極北と利他の実践という、
智と行との理想的合一の状態ということであります。

               

ここ一両日は



だいぶ過ごしやすくなりました。


皆さま、良き日々でありますように!



              









灌仏会(かんぶつえ)

2018-04-08 15:04:24 | 仏教
当地、ここ数日は

少し強めの風が枝垂れ桜を揺らしています。


風は、花散らしの風のままに

新緑を育む風になっていました。

               

本日は灌仏会(かんぶつえ)。
仏教の開祖・お釈迦様の誕生を祝う日とされています。

今を去る事およそ2500年前、
シャカ国の王子として生まれたゴータマ・シッダールタは、
29歳の時、妻子を捨てて出家します。

ガヤー近郊の山に籠って、常軌を逸した苦行に励むこと6年。

こちらは断食修行中のシッダールタ像

制作年代:2~3世紀/結晶片岩・像高84㎝/ガンダーラ出土
    (並河萬里写真集「はるかなるガンダーラ」より転載)

しかし、いかなる苦行に勤しんでも悟る事は出来ません。

「厳しい苦行でも、自堕落な快楽でも、人は幸せになれない」

そうして至ったのが、
「苦しみ/楽しみ」といった対立する感覚をゆるめ、
「好き/嫌い」といった相反する判断を手放す、
『中道(ちゅうどう)』という大きな境地。

苦行を信じる仲間達から浴びせられる

「軟弱者!負け組!」

といった誹りを背に山を下りたシッダールタは、
麓の草原に立つアシヴァッタ樹の根元で瞑想すること6日。
7日めの早暁、金星の輝く中に悟りを得ます。

アシヴァッタ樹は、
シッダールタが菩提(悟り)を得た所の樹として、
後世「菩提樹」と呼ばれるようになったといいます。

               

シッダールタは、悟りを得て「ブッダ(覚者)」となり、

「苦行には意味がない」

と仰っておられますが、このセリフを言えるのは、
実は苦行を体験した者だけなのではないかと思います。

現代社会にあっても、結果を出した人間だけが、

「結果よりもプロセスが大事・・・」

と高らかに公言することを許されるのであって、
例えばワタクシめ如きが「結果よりプロセス」などと言っても、
そこはそれ〈負け犬の遠吠え〉でしかありません。

               

シッダールタは、苦行を良しとはしませんでしたが、
2500年が経過した現在、ひとくちに「仏教」と言っても、
多くの宗派・門流へと分かれに分かれ、
それらの中には苦行に励む方々もおられます。

一見しますと、開祖の教えに背くようではありますが、
こうしたことは何も仏教に限ったことではなく、
建国の父を否定し、創業者の訓戒を改変するのは世の常。
「教え」も又、根本を尊びつつも、世に連れ人に連れながら、
時と場所に応じて移ろってゆくものと思われます。

命には限りあれど、道は果てなし。
皆さま、良き日々でありますように



              











覚王山日泰寺

2017-09-24 17:28:12 | 仏教
先日の3連休は、
台風18号が勢力を維持したまま日本列島を縦断し、
各地に被害をもたらしました。

当地におきましても夕刻から暴風に見舞われ、
近くの公園に立っていたケヤキと思われる大きな樹も

一夜明けて、痛々しい姿に。

この樹は周囲に向けて力強く根を張り、樹皮も堅牢、
いつ見ても雄々しく立ちながら枝葉を繁らせ、
多くの野鳥を迎えていました。

しかしこうして折れた部分を目の当たりにしますと、
根と幹との境が腐蝕して、相当に傷んでいた事が分ります。

個人も組織も、
外側から見る限りは強固かつ盤石のようでも、
内側には思わぬ病巣が潜んでいるもの・・・、

倒木から発せられる声なき声に、
自らを省みる事の大切さを痛感します。

              =◯◯◯=

ゆかりのあった方の御冥福を祈りに、
覚王山・日泰寺に参拝してまいりました。

山号の〈覚王(かくおう)〉は、
「覚(さと)りの王」の意で、釈迦の別名であり、
寺名の〈日泰(にったい)〉は、
日本国とタイ国との交流の歴史に因むものであります。

それゆえ本殿に向かって左側には

タイ国の国旗が掲揚されています。

日泰寺は、いずれの宗派にも属さず、
顕教・密教・禅宗等、主だった仏教各宗の管長が、
交代で住職を務めるという、日本で唯一の超宗派寺院。

以前お世話になったその方のお人柄と精神世界が、
あらゆる垣根や境界を超えたものであり、
卑小な派閥意識やレベルの低い縄張り根性を
雲散霧消させるものでありましたので、

御冥福をお祈りするのに、
ふさわしい場所と浅慮し参拝した次第であります。

              =◯◯◯=

朝は肌寒く、日中は少し動くだけで汗をかく季節の変わり目。
夏の疲れも出る頃で、風邪をひいておられる方も多いようです。
皆様、御体調等お気をつけてお過ごし下さい。



                  



              











恵心僧都・源信

2017-07-30 16:00:08 | 仏教
平安時代中期を生きた天台宗の僧侶《恵心僧都・源信》師は、
幼少期から天才の誉れ高く、15歳という若さで、
時の帝・村上天皇に対して法華経について講義し、
天皇の覚えめでたく記念の品々を下賜されました。

源信師は鼻高々で、故郷の母親に向け、
天皇から賜った物を贈ります。

ところが母親からは、全ての品が突き返されて来ます。
そこには源信師に宛てて詠まれた一首が添えられていました。

「後の世を渡す橋ぞと思ひしに
 世渡る僧となるぞ悲しき
 まことの求道者となり給へ」

苦しみにあえぎ、絶望の淵に佇む人々を、
希望の岸辺へと渡す人間になってくれると信じていたのに、
権力に近づいて喜び、世渡り上手になるとは何事か。
本当の求道者を目指しなさい。

この歌を受け取った瞬間から、源信師は生まれ変わります。


       
               

今も昔も、自分の子供に対しては、
なるべく上手く世の中を渡って行って欲しい・・・、
そう願うのは世の親の常であろうかと思います。

しかしながら、
浅薄な親ゴコロや場当たり的な目先の短い愛情が、
子供から〈生きる力〉を奪い、
その未来を閉ざすというのも又、世の常であります。

源信師の母親にしても、本当は

「よくやったね源信」

そう褒めたかったに違いありません。

そこをグッとこらえて心を鬼にし、
息子を戒め、突き放すことによって、
《道》を示し真の成長を願った深くて大きな愛情は、
現代を生きる私たちの胸に迫ります。



               

僧侶・神職・医師・教師・検事・弁護士・公務員・・・、
いわゆる〈聖職〉と言われる業種に限った事ではありません。

どのような職業、如何なる業界、また平素日常においても、
人々を渡す橋のような方もおられれば、
自らの世渡りに懸命な方もおられます。

私自身は、
人を渡す橋どころか世渡り一つ覚束ないありさまですが、
時を超えて届けられた源信師の母親の想いだけは、
しっかりと胸に刻んで歩いてゆきたいと思います。


猛暑の日々、
皆さま、どうぞ御自愛下さい