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日本で善人面をして情報権力を握っている勢力の正体

2014-05-25 | マスコミと空気
以下の抜粋から分かることは、
日本で「リベラル」「人権派」「市民派」などを名乗っている人間が、
実は自説の反対証言を潰し、虚偽によって日本に冤罪を押し付ける
人権無視の薄汚い差別主義者であることがよく分かる事例です。

それも欧米に日本を売ることで、
日本をいじめるいじめっ子の地位を強固なものにしています。

こんな連中が善人面して日本で情報や法的権力を握っていることを思うと、
反吐が出る思いです。


(一部抜粋)
この日の午前中の会議は紛糾を極めた。「私たちは韓国の女性と違って、優しく従順なので日本の兵隊さんにかわいがってもらい、遠足にも行きました。だから韓国の強い姿勢とは違う」。台湾代表がこう主張し、韓国側が要求する個人補償を求めない考えを表明すると、激しいヤジが飛んだ。声を荒げて怒る人、議長席に詰め寄る人などで会場は騒然となった。
続いて、インドに住むタイ人女性が「日本軍さえ叩けばいいのか。インドに来た英国兵はもっと悪いことをしたのに」と泣きながら訴えると、日本語の怒鳴り声が会場に響いた。
「黙りなさい。余計なことを言うな!

舘はこの時の様子を、「日本だけが悪いというストーリーを作り上げていた」と述懐する。

(中略)

この会議で、日本だけを叩く韓国とは違う視点を示した台湾やタイの女性に対し、「余計なことを言うな!」と怒鳴った人物は、舘によると、声の主は日本キリスト教婦人矯風会メンバーで「売春問題と取り組む会」事務局長の高橋喜久江だった。
高橋は帰国後、「従軍慰安婦」という造語を広めた千田夏光の著書を挺対協の伊美香に送り、連携を強めて行った。日本国内での慰安婦問題の拡大、過熱に就いて、「挺対協」が狼煙を上げてくれた」と評価した上で、こう自負する。「私も火付け役をした」。

(中略)

その結果、「日本で問題にならないのなら、ジュネーブの国連委員会に議論を持ち込もう」、と考えた。彼が白羽の矢を立てたのが、英語に堪能で、国連に人脈を持つ弁護士、戸塚悦郎だった。

(以上)



以下が藤岡信勝氏のコラムの全文です。
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慰安婦問題は、誰がどのように動いて捏造されたのか。本日、25日付けの産経新聞が、1面トップから3面にかけて、大スクープを飛ばしました。情報提供者は、ジャーナリストの舘雅子さんです。なお、昨日(24日)の自由主義史観研究会の講演でも、私は舘さんの証言を紹介しました。
 舘さんと初めてお目にかかったのは、昨年の5月26日の「史の会」でした。この会については、このFBで以前に書いたことがありますが、メンバーはそれほど固定しておらず、おもしろい友達がいたら連れてきてよいことになっています。それで、この日、初めて舘さんがお見えになったのです。市川房枝さんのお仲間だった方で、憲法制定の国会審議を傍聴されたという方でした。私は即座に、翌々日に予定されていた、「つくる会」主宰の「橋下発言」についての緊急国民集会に登壇していただきたいとお願いし、事務局に連絡しました。
 この時の舘さんとの出会いは、画期的な意味をもっています。なぜなら、舘さんは慰安婦問題を推進する側におられたので、私たちがいままで知り得なかった情報をお持ちだったからです。このたび、産経が追加取材もして、見事なスクープ記事にして下さったことに感謝いたします。これで、「検証」はさらに一歩、新たな局面に進みました。今後もこのFBで、この記事の意味を説明していくつもりです。
 産経を購読されている方は紙面を、そうでない方は、「史の会」の事実上の主催者で教科書運動の同志でもある尾形美明さんの下記の要約をご覧下さい。

 【今日の産經紙掲載の慰安婦問題に関する「歴史戦5 河野談話導いた『アジア連帯会議』」は大変興味深いものです。
・舘雅子女史の証言-「慰安婦問題の出発点」となったもの
「なぜ日本政府が、前年のソウルで開かれた女性会議の『反日決議』とそっくりな談話を出すのか?」。フリージャーナリストの舘雅子(87)は平成5年8月、慰安婦募集の強制性を認め、日本の悪行を強調した河野官房長官談話が発表されて際、こう戸惑ったのを覚えている。
その会議を主催したのは、韓国の反日団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)とアジア女性神学教育院。日本からは「慰安婦の問題行動ネットワーク」と「売買春問題と取り組む会」(会長高橋喜久江)が参加し、日韓のほか台湾、フィリッピン、香港、タイなどから数百人が参加した。社会党参議院議員の清水澄子や弁護士の福島瑞穂。朝日新聞記者の松井やよりらも参加し、報告に立った。

この会議に参加した舘は会場を迷い、ドアが開いていたある小さな部屋に足を踏み入れてしまった。そこでは、韓国の伝統衣装、チマ・チョゴリを着た4、5人の元慰安婦女性が一人ずつ立って、活動家と見られる日本人女性や韓国人女性の言葉を「オーム返し」に繰り返していた。「元慰安婦にシナリオ通りに言わせるのは大変なのよね」。日本からの参加者がこう話すのを耳にした舘は、あの部屋で見たのは「元慰安婦女性たちの振り付けだ」と確信した。

・「黙りなさい!」
この日の午前中の会議は紛糾を極めた。「私たちは韓国の女性と違って、優しく従順なので日本の兵隊さんにかわいがってもらい、遠足にも行きました。だから韓国の強い姿勢とは違う」。台湾代表がこう主張し、韓国側が要求する個人補償を求めない考えを表明すると、激しいヤジが飛んだ。声を荒げて怒る人、議長席に詰め寄る人などで会場は騒然となった。
続いて、インドに住むタイ人女性が「日本軍さえ叩けばいいのか。インドに来た英国兵はもっと悪いことをしたのに」と泣きながら訴えると、日本語の怒鳴り声が会場に響いた。
「黙りなさい。余計なことを言うな!

舘はこの時の様子を、「日本だけが悪いというストーリーを作り上げていた」と述懐する。
会議では、慰安婦の問題のためにアジア連帯を結成し、今後の連帯行動を進めることが決まった。さらに、日本政府に対し、①歴史認識を改める②謝罪する③元慰安婦に賠償金を支払う④再発防止のための教育を行うーなどを求めることで一致したという。舘は、この時の会議の決議が、「河野談話の基となったことを疑う余地はない」と断言する。

・日本からの参加者たち
この会議で、日本だけを叩く韓国とは違う視点を示した台湾やタイの女性に対し、「余計なことを言うな!」と怒鳴った人物は、舘によると、声の主は日本キリスト教婦人矯風会メンバーで「売春問題と取り組む会」事務局長の高橋喜久江だった。
高橋は帰国後、「従軍慰安婦」という造語を広めた千田夏光の著書を挺対協の伊美香に送り、連携を強めて行った。日本国内での慰安婦問題の拡大、過熱に就いて、「挺対協」が狼煙を上げてくれた」と評価した上で、こう自負する。「私も火付け役をした」。

日教組出身の参院議員である本岡昭次は、「朝鮮人強制連行」の実態調査を進める過程で、慰安婦問題にも着目し、3年12月には神戸市内で金学順と面会した。(金学順さんは、「自分は40円でキーセンに売られたと語り、東京地裁の訴状にもそのように書いています)。
然し、本岡はそうした事実を確認することなく、慰安婦問題に本格的に取り組む。13年8月に参院副議長に就任するまでの間、慰安婦と日本政府の法的責任を巡る国会質問は20回以上に上った。

その結果、「日本で問題にならないのなら、ジュネーブの国連委員会に議論を持ち込もう」、と考えた。彼が白羽の矢を立てたのが、英語に堪能で、国連に人脈を持つ弁護士、戸塚悦郎だった。戸塚は4年2月、ジュネーブの国連人権委員会に対し、慰安婦問題を取り上げるよう求め、初めて慰安婦は「性奴隷」だと主張した。彼は、「性奴隷」という言葉を用いた理由について、「従軍慰安婦問題に関する国際法上の検討がなされていなかったため、これを法的にどのように評価するか新たに検討せざるを得なくなった。結局、日本帝国軍の『性奴隷』と規定した。直観的な評価だった」、と言う。

戸塚は、7年までに少なくとも15回以上欧米などに渡航し、国連などで活発なロビー活動を展開した。その結果、8年(1996)4月、国連人権委員会は慰安婦を性奴隷と認定した「クマラスワミ報告」を採択するに至る。それが07年7月の米下院慰安婦決議などにもつながった。(戸塚は、まる5年国連に働き掛けたのです。左翼の日本憎悪の執念は恐るべきです)。
戸塚を運動に巻き込んだ本岡昭次は、慰安婦を性奴隷と規定することには違和感を抱き、「戸塚と言い争った」と語る。「納得がいかない。そういうことが一人歩きするのは嫌だし、問題の解決に役立つとは思わない」とも語る。産経紙は戸塚に対し複数回に渡って取材を申し込んだが、「私の論文を読んで頂きたい」として応じなかった。
以上
本岡は「慰安婦を性奴隷とすることには納得がいかない」などと幼稚な事を言いますが、舘女史が目撃したように、この問題に火を付けた連中は、真実を求めたり、問題の解決を求めるなどとは微塵も考えていないのです。狙いはただ一つ、「日本だけが悪い」というウソを広げ、日本と日本人を貶めることなのです。高橋喜久江や福島瑞穂は確信犯なのです。】


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