今、与えられている環境の中で最善を尽くすこと。
これが生まれてきた今回の試験なのです。
これを投げ出したら試験放棄と一緒で、
まったく意味がなくなってしまうのです。
来世は必ずありますが、今回生まれてきて、
今与えられている社会や環境は二度と体験できないものです。
今与えられている名前で生きている私、
その私を取りまく家族、夫婦や子ども、親や兄弟、祖父母の関係、
さらにはこの豊かな時代や教育、文化など、
このなかで体験できるさまざまな事は、最初で最後になります。
ですから、今、目の前に現れている環境で最善を尽くさなかったら、
この世に生まれてきた学びが半減してしまうのです。
ある通り魔事件は「みな環境が悪い」という犯人のエゴによるものです。
「自分を苦しめているのは、まわりの人たちだ」という考え方です。
だから「この社会が亡くなってしまえばいい」となり、
皆殺しという発想が出てくるのです。
子どももそうです。「学校がなくなってしまえば、
いやな勉強をしなくていいし、いやな先生や友達に会うこともない」といって、
学校を放火する事件を耳にします。
これも環境が悪いという、同じような考えからきています。
今与えられた環境を変えるのは至難の業ですが、
自分が最善を尽くして努力していけば、やがて環境も変化してきて、
自分にあった環境に変わってきます。
その努力を怠って、人や環境のせいにししていると、
そこからは何の学びを得られなくなります。
これは試験の解答を放棄して、この試験が悪いとなるのです。
とにかく解答欄に自分の答えを書くことです。
それは今の環境のなかで、
最善を尽くして生きるということになるでしょう。