私たちは火を囲んで、宮本が残してくれた食料をちびちびと口に運んでいた。もう、外は真っ暗になっているだろう。少し前に外で、銃の音がしていた。どうやら村人たちは、今日も山に入ったらしい。どうしてだ。私たちをここから動けなくするためか。もしそうだとしたら何の理由があるんだ。・・・わからない。しかし、もし、10年前も、そしてその前も、人々が“同じ理由で死んだとすれば”、いや、私のように、村人に撃たれた者があったとすれば、「山に入った者たちがどこに行ったかわからない」はずはない。少なくとも、野犬狩りと称して山に入る数人は、知っていたのだ。
10年前のことだって、「山を下りた者は1人もいない」と言っていたが、原因不明のまま、宮本のように死んでいった者はともかく、生きて山を下りようとする者さえ、下りさせなかったに違いない。何か、―――そう、ここで何かわかったこと―――例えば、“アジア人の怒り”の正体とか―――を、村人に知らせるために山を下りようとした者がいた。しかし、助けに来てくれたと思っていた村人に、逆に、撃たれた。彼は、諦めてここに残り、そして最期に、壁に言葉を書き残した。
私はジムに、自分が立てた仮説を聞いてもらおうと彼に目をやった。が、彼は既にいびきをかいて寝ていた。意味も無く、痛みにうずく肩に手をやりながら、私は、寂しさとも悲しさともつかない、何か、冷めた感情に浸っていた。友人を1人失ってしまったというよりは、私とジムと、次はどちらが先に逝ってしまうだろうという不安と、遅かれ早かれ、2人とも死んでしまうんだという悟りのようなものが、目の前を覆っていた。その冷めた感情を、アジア人の怒りが不安に駆り立てようとしていた。同じ死を目前にして、ジムがこんなふうに眠れるのは、きっと、その、私を眠らせようとしない正体不明の不安の種をも、彼が見切っているからだろう。彼はたぶん知っているのだ。何かを、知っているのだ。しかし、私は、彼からそれを聞き出そうとはしなかった。それを聞いて、今さら何になるというのだ。それほど私は、死を身近に感じていた。生への希望を考えれば考えるほど、私はその不安に近づいて行った。まるで宮本が、自らを狂気へと導いて行ったように。
それにしても、ジムがあんなにも責任を感じているとは思わなかった。ジムは、1万分の1もの確率にかけて、私に山を下りるように言った。・・・それとも、私が山を下りないと言うことを知っていて、私を道連れにしたのか。そうも思ったが、なぜか私は、ジムが私を道連れに選んでくれたことを嬉しく感じていた。不思議なこともあるものだ。生前、私を慕ってくれていた宮本の死には涙1つこぼすこともできず、逆に、あんなに反発していたジムに親しみを感じるなんて。死という非常な状態を前にすると、人間はここまで変わるものなのだろうか。それとも、こういう時に現れる姿が、死に還っていく直前の、本当の姿なのだろうか。
私が今恐れているのは、自分が死ぬということではなく、もしかしたら、ジムが先に死んで、自分が1人ぼっちになってしまうということかもしれない。私はそんなことを思い巡らしながら、いつしか眠りに就いていた。
(つづく)
10年前のことだって、「山を下りた者は1人もいない」と言っていたが、原因不明のまま、宮本のように死んでいった者はともかく、生きて山を下りようとする者さえ、下りさせなかったに違いない。何か、―――そう、ここで何かわかったこと―――例えば、“アジア人の怒り”の正体とか―――を、村人に知らせるために山を下りようとした者がいた。しかし、助けに来てくれたと思っていた村人に、逆に、撃たれた。彼は、諦めてここに残り、そして最期に、壁に言葉を書き残した。
私はジムに、自分が立てた仮説を聞いてもらおうと彼に目をやった。が、彼は既にいびきをかいて寝ていた。意味も無く、痛みにうずく肩に手をやりながら、私は、寂しさとも悲しさともつかない、何か、冷めた感情に浸っていた。友人を1人失ってしまったというよりは、私とジムと、次はどちらが先に逝ってしまうだろうという不安と、遅かれ早かれ、2人とも死んでしまうんだという悟りのようなものが、目の前を覆っていた。その冷めた感情を、アジア人の怒りが不安に駆り立てようとしていた。同じ死を目前にして、ジムがこんなふうに眠れるのは、きっと、その、私を眠らせようとしない正体不明の不安の種をも、彼が見切っているからだろう。彼はたぶん知っているのだ。何かを、知っているのだ。しかし、私は、彼からそれを聞き出そうとはしなかった。それを聞いて、今さら何になるというのだ。それほど私は、死を身近に感じていた。生への希望を考えれば考えるほど、私はその不安に近づいて行った。まるで宮本が、自らを狂気へと導いて行ったように。
それにしても、ジムがあんなにも責任を感じているとは思わなかった。ジムは、1万分の1もの確率にかけて、私に山を下りるように言った。・・・それとも、私が山を下りないと言うことを知っていて、私を道連れにしたのか。そうも思ったが、なぜか私は、ジムが私を道連れに選んでくれたことを嬉しく感じていた。不思議なこともあるものだ。生前、私を慕ってくれていた宮本の死には涙1つこぼすこともできず、逆に、あんなに反発していたジムに親しみを感じるなんて。死という非常な状態を前にすると、人間はここまで変わるものなのだろうか。それとも、こういう時に現れる姿が、死に還っていく直前の、本当の姿なのだろうか。
私が今恐れているのは、自分が死ぬということではなく、もしかしたら、ジムが先に死んで、自分が1人ぼっちになってしまうということかもしれない。私はそんなことを思い巡らしながら、いつしか眠りに就いていた。
(つづく)