静かだ。この寒さを音に表したような静けさだ。炎が薪を包むパチパチというかすかな音さえ、寒さにかき消されようとしていた。私たちは火を囲んで、各自持って来た食料を口に運んでいた。ジムはいつものように、半分残しておけよ、と少し威張ったように言い捨てた。私と宮本は無言で返事をしたが、ジムはそれに反抗したようにわざとらしい程の明るさでしゃべり始めた。・・・しかし、たまにはこういう山登りも良いもんだなぁ。いつもいつもコース通りで、危険の“き”の字も無いような登山ばかりだもんな。まぁ、俺たちの行く山自体が危険のかけらも無い所ばかりだからな。今日はここで眠って、明日、村に下りたら、村の人にここで見たことをみんな話してやろうぜ。この洞穴に入ったことを知ったら、みんなびっくりするだろうな。
宮本は、えぇとか、そうですねとか、小さな声で相づちを打っていたが、ジムが大きな声でさも愉快そうに笑い出すと、逆に閉口してしまった。ジムのせいでまた元の静けさが戻ってしまったようだ。ジムは、責任を感じて、というよりは、この陰気な雰囲気に耐え切れないように、しきりに話し出すタイミングをうかがっていた。しかし、その必要は無かった。私が、2人が背中を向けている壁に、あるものを見つけたのだ。
おい、それ、何だ?と私は2人の間を指差して聞いた。2人は同時に、指差した方向に振り向いて、その一点をなぞってみせた。アルファベットみたいだけど、と宮本は、ジムに助けを求めた。ジムはその後を続けて、A、S、I、A、T、I、C、C、H、O、L、E、R、・・・あぁ、アジア、・・・アジアティック・・・コリア?・・・たぶん、この最後の字は、Rだろうな。アジアティックコリアだって、と答えた。私が、どういう意味だ、と聞くと、ジムは、アジア人の怒りという意味だ、と言った。私とジムはその時、ハッとした。―――遠い異国の者に村中をめちゃくちゃにされた村人たち。その村人たちの“呪い”で次々と死に至った外人たち。きっとその外人たちが、死に際に書き残したものなのだろう、と、そう私は思った。・・・しかし、私は、その時ジムが、違う発想に浸っているとは思いもよらなかった。私は、まだ知らなかったのだ。その、アルファベットが残っていた場所に、“10人目の彼”が、ついさっきまで横たわっていたということを。私は、2人が眠りに就いた後も、何か、目に見えない何かが、自分たちに襲い掛かって来るのではないかという不安で、目を閉じることができなかった。
(つづく)
宮本は、えぇとか、そうですねとか、小さな声で相づちを打っていたが、ジムが大きな声でさも愉快そうに笑い出すと、逆に閉口してしまった。ジムのせいでまた元の静けさが戻ってしまったようだ。ジムは、責任を感じて、というよりは、この陰気な雰囲気に耐え切れないように、しきりに話し出すタイミングをうかがっていた。しかし、その必要は無かった。私が、2人が背中を向けている壁に、あるものを見つけたのだ。
おい、それ、何だ?と私は2人の間を指差して聞いた。2人は同時に、指差した方向に振り向いて、その一点をなぞってみせた。アルファベットみたいだけど、と宮本は、ジムに助けを求めた。ジムはその後を続けて、A、S、I、A、T、I、C、C、H、O、L、E、R、・・・あぁ、アジア、・・・アジアティック・・・コリア?・・・たぶん、この最後の字は、Rだろうな。アジアティックコリアだって、と答えた。私が、どういう意味だ、と聞くと、ジムは、アジア人の怒りという意味だ、と言った。私とジムはその時、ハッとした。―――遠い異国の者に村中をめちゃくちゃにされた村人たち。その村人たちの“呪い”で次々と死に至った外人たち。きっとその外人たちが、死に際に書き残したものなのだろう、と、そう私は思った。・・・しかし、私は、その時ジムが、違う発想に浸っているとは思いもよらなかった。私は、まだ知らなかったのだ。その、アルファベットが残っていた場所に、“10人目の彼”が、ついさっきまで横たわっていたということを。私は、2人が眠りに就いた後も、何か、目に見えない何かが、自分たちに襲い掛かって来るのではないかという不安で、目を閉じることができなかった。
(つづく)