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すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「雪の降る光景」第1章Ⅱ~1

2006年03月22日 | 小説「雪の降る光景」
 私の収容所所長としてのイスは、アウシュヴィッツにあるのだが、私はこのイスに腰掛けたことはほとんど無かった。今年の1月に、総統が、1100万人のユダヤ人の殺害を決定してから、国内外にある収容所を、1人で駆けずり回らなければならなかったのだ。
 あの日、ロンメル氏が陸軍元帥に任命されてからというもの、アフリカのイギリス軍は、深刻な状況に追い込まれていた。我がドイツ軍はいまや、「砂漠のキツネ」と恐れられているということだ。だが、それに引き換え、ロシアは相変わらずだった。それどころか、総統が陸軍総司令部の最高指揮官に納まってから、ますます「ロシアは今にも崩れ去る」という戯言だけが、彼の中で増殖していった。ロシアにいるパウルス陸軍元帥は、8月のスターリングラード攻防戦の後、「11月10日までにスターリングラードを占領する」と宣言した。しかし、12月に入ろうとする今日まで、一度たりとも、スターリングラードを我がドイツ軍が手にしたことは無かった。11月19日にロシア軍が進攻してきた時、パウルス氏は、敵の包囲を防ぐため、やむを得ず撤退しようとしたが、総裁はそれを認めなかった。総統はまたしても、自分の首を自分の手で絞めようとしたのだった。
 その数日後、ロシア軍は、北と南の両方からドイツ軍を包囲した。総統は、パウルス氏に空から物資を供給することを約束した。―――しかし、包囲された部隊に、毎日750tもの物資を供給することなど、全くの夢物語であった。一体どこから、物資を運ぶ飛行機が飛んで来るというのだろうか。―――考えたくもないことだが、降伏は時間の問題なのだ。私は、収容所所長としての仕事に追われているのではなく、ただでさえ厳しい情勢の中で、総統の秘書として、彼の御機嫌を取ることに没頭していた。が、今日は久々に、アウシュヴィッツに顔を出すことにした。アウシュヴィッツでは、1日に2件の生体実験を行っている。私がそこに立ち会わなくても、実験は毎回違う内容のものが行われ、データがまとめられる。私はそのデータに目を通し、1ヶ月に数回、衛生管理や死体の処理などに立ち会うために収容所を訪れる。今日は、その日なのだ。

 私が午前中、いつものように総統に会いに行き、その後で収容所に向かったため、死体の処理は既に完了していた。彼らの骨は農業用の肥料に加工され、歯から取った金冠や金の指輪、貴金属類は溶かして鋳金として正規の市場で売り、その売り上げは、ナチス親衛隊の口座に預金されるのである。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」小休止2

2006年03月18日 | 小説「雪の降る光景」
実は、いつの頃からか、
私が小説をアップさせると、
ブログ仲間のkikuさんが、感想を寄せてくれるようになりました。
kikuさん、ありがとう

本当に、何度も言いますが、
不思議な縁です。

Kikuさんからいただく感想は、
決して、褒めてくれるだけのものではなく、
時に厳しい指摘もあり、
kikuさんが、中途半端な気持ちで、
感想を言っているのではないことが、
その文面から、ひしひしと伝わってきます。

で、具体的に、
こういう表現より、こう書いた方がわかりやすい、とか、
こうしたらもっと感情が読み取れる、という指摘を受けて、
なるほどな~、確かに。
ということがけっこうあって、
もう既に、みなさんに読んでもらってはいるんですが、
文章を修正したいなぁと思ったんです。

その修正を、今回、第1章Ⅰが終わった段階で取り掛かろうと思っていたんですが、
今のところ、時間が無くて、できていません。

次からまた載せる第1章Ⅱが終わった時点で、必ず、
改造したいと思います。

なので、それまでkikuさんの指摘は、
これからまた寄せてくれる感想と一緒に温めておきます。

本当に、こういう感想は、
書いている側にしたら、ありがたいものです。

みなさんも、良かったら、遠慮なく感想を書いてくださいね
コメント (2)
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小説「雪の降る光景」小休止1

2006年03月13日 | 小説「雪の降る光景」
先日、「雪の降る光景」の第1章Ⅰが終わりました。

16回に分けて、載せた第1章Ⅰは、原稿用紙で36枚です。
全体では、約170枚の小説です。
先はまだまだ長いです。
なので、ちょっと、小休止。

私は、小説を書き始めるとき、題名はつけません。
題名は、本編を書き終わった一番最後につけるか、
書いた直後はついてなかったのが、
コンクールに出したりするのに、必要に迫られてつけた、とか、
いつもそんな感じです。

で、この小説も、
書き終わった後、つけようとしました。

あんまりわかりづらいのも嫌だし、
単刀直入で良いでしょ。

と、最初に思いついたのは、
「雪の風景」

でも、ただの雪景色、ではなく、
しんしんと降っている、という感じを入れたかったので、
「雪の降る風景」になりました。

でもこれ、「降る」と「風景」で、“ふ”がだぶっていて、
なんかしっくりしなくって。

で、「雪の降る光景」としました。

どうでも良いことなんですけど、
こういう、言葉のこだわりって、
けっこうあるもんです。


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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~終

2006年03月08日 | 小説「雪の降る光景」
 ハーシェルが生きていることを彼らが知ったのは、私たちが既にその場から立ち去ってからのことだった。その後ハーシェルは、またもや激怒し、ナチスの教官に一切を打ち明けたのだそうだ。自分がどれほどまでに私によって自尊心を傷つけられたかを切々と訴え、私に罰を与えてください、と頼んだらしい。その結果、私は、“寮の食事一回抜き”の罰を食らったが、逆にその冷淡さを買われて、卒業を待たずに、着実に総統の部下としての階段を登っていた、将来のナチス党党首のボルマンと一緒に、ヘス副総統の部下となることができたのだった。彼は、というと、その、気の弱さを克服するようにと、注意を受け、かなりの間、ナチス失格の汚名を着せられていたという。
 彼とはその後、会うことは無かった。この8年もの間、私たちは、ヘス副総統、ヒムラー長官という、総統の片腕とも言われる2人の幹部の配下に就き、ナチスとしての教育を徹底的に受けてきた。そのおかげで私は、自分個人の感情で人を憎むということを忘れ去ることができたのである。彼によって、新たに私の感情がかき乱されるようなことが無い限り、私にとって彼は、「2度も私にケガを負わせた、憎き級友」ではなく、「ナチスを守るために忠実に仕事をこなす、ドイツが誇るべきゲシュタポ」なのである。

 ハーシェルが死んだ時、自分はもしかしたら、涙を流すかもしれない。―――ふと私はそう思った。何の根拠も無く、である。彼の中に、何か因縁じみたものを感じているのかもしれない。私にとっては、彼の存在が、「人生の転機」なのだという気もする。もし、本当にそうであれば、彼が死んだ時、その時に私の人生も、ある意味で終わりに向かうと言える。私と彼の生命は、そうやって、今までずっと何かで因縁づけられた生と死を繰り返してきたのだろうか。そして、これからも。・・・私も彼も、何とちっぽけな、何と儚い、何と無力な存在なのだろう。・・・まるで、降っては融け、融けては降り積む雪の結晶のような。・・・そう。全ては真実なのだ。あの、夢に出てきた女の子が私であるということも、その夢から覚めた時、私が涙を流していたということも。そして、たぶん、・・・ハーシェルが死ぬ時、私は涙を流すかもしれないということも。


 「私の話を聞いているのかね?」
急に私は、一人のナチスとしての自分を取り戻した。
「私は何も、暇を持て余して今日の式典の様子をいちいち君たちに話してやっている訳ではない。私の側近だったヘスに代わって、君たちに早く私の片腕となって欲しい。そのために、こうやってわざわざ時間を・・・。」
「総統、失礼いたしました。今日は少し、体の調子が良くないもので・・・。」
「そんな言い訳が通じると思っているのか!だいたい、君は最近少し・・・。」
「総統、次の御予定が入っておりますが。」
・・・助かった。ボルマンが、総統に気づかれないように、私に小さく目配せをした。彼も私も、総統の癇癪には、ほとほと閉口していたのだ。総統は、まるで何事も無かったかのように、次の予定の場所に向かう準備のために、自分でドアを開け、足早に出て行った。
「雪か・・・。」
私が、肩を落としてこう言うと、ホッとして総統の後を追おうとしていたボルマンが、しばし、動きを止めてこう言った。
「雪?なんだ?次の実験にでも使う気なのか?」
私は、また、彼にグラスを投げつけたいと思った。しかし、グラスどころか、手には何も持っていなかった。私は、彼は悪気があって言ったのではないのだ、と思い直した。
「まぁね。」
私は、自分の心を隠すかのように、ボルマンと一緒にこの部屋を出た。


(第1章Ⅰ終)

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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~15

2006年03月05日 | 小説「雪の降る光景」
 ハーシェルの横顔が、後悔の表情から、一度見たあの“今にも泣き出しそうな”顔つきに、みるみる変わっていった。私はまるで恋人にでも話しかけるように、彼の耳元に優しく囁いた。
「俺は、前から考えていたんだ。学校を出たら、ナチスの高官か医者になって、“体内からどのくらい血液を失うと人が死ぬか”、生体実験をしてみたい、ってな。ちょうど良かった。おまえの体でやってみるか。マウスなんかより正確なデータが出るだろうからな。」
「ばっ、ばかな。そんなこと、・・・本当にできると思ってるのか。」
そう返事を返すことが、彼にとって精一杯の抵抗であった。
「・・・できないと、思っているのか?」
そう言いながら、私は彼のポケットにいつも入っているナイフを取り出した。そう、あの時のナイフだ。
「このナイフは、一度、人の血を吸っている。おまえのような腰抜けの手には負えないよ。ケガするだけだ。」
彼の顔の前を、ナイフの刃先に反射した光がちらちらと動いた。
「こいつは、俺の血だけでは物足りないらしい。・・・ハーシェル、恨むんなら俺でなく、血の味を覚えたナイフをいつまでも手元に置いていた自分を恨めよ。」
 しかし、今ここで、はっきりと言っておくが、私は、この間中、一瞬たりとも、彼を本当に殺してしまおうと思ってはいなかったのだ。そこまでする必要が無かったから、・・・というよりも、そこまでする価値の無い奴を相手にしていたからだ。つまり彼は、私のハッタリを以ってすれば、簡単に落とせる人間だったのである。当時は、彼も私もまだ子供だった。本当に彼を殺そうという考えが、子供のケンカには、端から必要無いものだったということもあったのだろう。しかしだ、今、右左の分別も分かる年になったゲシュタポが、私に何かしらの理由で戦いを仕掛けてきた場合、どちらが勝つか、つまり別の言い方をすれば、どちらが死ぬか、ということを真っ先に念頭に置かなければならないだろう。

 「頚動脈血管が、外傷により一部損傷した場合、人が死に至るまで、どの程度の時間を要するか。おれが知りたいのは、そういうことだ。なんでも、今あるデータだと、10秒ほどらしいがな。」
もちろん、これもデタラメである。
「じゅっ、10秒っ・・・。」
「そうだ。その10秒の間に、眠るように楽に死ねるんだ。」
「やっ、やめろっ。やめてくれっ。俺が悪かった。お願いだ!助けてくれ!」
「手遅れだ。」
私は静かにそういうと、彼の返事を待たずに行動に移った。ナイフの背を、彼の首筋に強く擦り付けた。そして素早く、そのナイフを彼の首から引き離した。
「ほーら、どんどん血が出てきたぞ。首が熱くなってきただろう。」
私は、血が噴き出している右手の傷口を彼の首筋に当て、その血が彼の首から溢れ出ているかのように暗示をかけた。
「おまえは、あと10秒の命だ。」
 彼は、顔面蒼白になって今にも気を失いそうだった。
「・・・9、8、7、・・・。」
首を絞める私の腕にしがみついていた彼の指が、ゆっくりと離れていく。
「・・・6、5、4、3、・・・。」
彼の体が、だんだん冷たくなってきた。
「・・・2、1!」
ガクン!と、急に彼の膝がバランスを崩した。彼は完全に気を失い、だらりと私に寄り掛かった。
「ハーシェル!」
「死ぬんじゃないぞ!!」
彼の仲間が、今まで何も手を出せなかった自分の勇気の無さを棚に上げて、今になって急に声を発した。
「今ごろ叫んでも遅いんだよ。」
ハーシェルの体を静かに横に倒し、私は、気を失っているだけの彼に向かって、胸で十字を切った。
「ハーシェル!」
私が早まったことをするはずがないと信じていた私の友人たちまでもが、私の手にしているナイフが血だらけなのを見て、心配そうに彼の名前を呼んでいた。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~14

2006年03月03日 | 小説「雪の降る光景」
 麻痺しているとはいえ、痛みの無いのに変わりはなかった。私は起き上がる時、無意識のうちに右手を支えに使っていた。私は幼い頃から、痛覚と感情を精神力でコントロールすることができた。よって、怒りで痛みを消すことなど、なんてことはなかった。私と数人の仲間はそれを知っていたが、ハーシェルたちは、―――かわいそうに、―――それを知らないのだ。
 今、ハーシェルたちは誰一人として私に注目していなかった。私はもう気を失っていると誰もが思っていたので、私の友人たちへの暴行に全力を尽くしていたのだ。ハーシェルは、自分がボスであることを内外ともに知らしめるかのように、唯一人、拳を振り回している自分の仲間と殴られている私の友人を遠回しに見つめていた。その彼さえもが、私が倒れていた場所に背を向けているせいで、私が背後から彼に近づいて行くのに全然気づいた素振りを見せなかった。
 私は、彼の後頭部に息がかかるほどの距離まで近づき、不意に左腕を彼の首に巻きつけた。一瞬彼は、驚いて声を出せずにいたが、私がギリギリと腕に力を増していくと、私の腕と首の隙間に指を滑り込ませようともがきながら、こう叫んだ。
「くっ、苦しい!やめろー!」
私は、その叫びを待っていたのだ。そして、その思惑通り、彼の仲間たちはびっくりして拳や蹴りを止めた。彼らはこちらに目をやり、呆然としていた。彼らのうち数人は、目を見開き、怯え、私の方に殴りかかろうとした2人の仲間を制止させていた。きっと、この間私がケガをした時、ハーシェルと一緒にいて一部始終を見ていた連中なのだろう。彼らが今日も仲間に加わっていたことは、ハーシェルたちにとっても、私にとっても、都合が良かった。彼らが私の恐さを知っているなら、ハーシェルたちは大事な仲間にケガをさせないで済むし、私は、この間以上に本気にならなくても相手に敗北を認めさせることができる。
「知らなかったのなら覚えておけ。俺たちにケンカを売るなら、俺を一発で殺るか、自分も同じ目に遭う覚悟が必要だってことをな。」
私は、左腕の力を抜くこと無くこう言ったが、彼らはその言葉を聞く前に、既に後悔をし始めていた。特にハーシェルには、耳元から聞こえてきた私の言葉が、私はおまえを殺すことなんか何とも思ってないんだぞ、というふうに聞こえたに違いない。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~13

2006年02月28日 | 小説「雪の降る光景」
 彼らは散々暴行した挙句、はぁはぁと息を切らせながら、もう一度私を押さえつけ、傷口が開いてしまって真っ赤に染まっている右腕の裾をまくった。そして、私の右腕を地面に叩きつけた。
「どうだ。謝る気になったか?」
ハーシェルは、ポケットからタバコを取り出し、ライターでその1本に火をつけて大きく煙を吐き出した。
「震えた声で凄まれても、別に何も感じないがな。謝る気になったか、だって?まさか。」
地面とキスをしそうな口で、私は微笑んでみせた。彼はタバコをプカプカ吹かしていて、何も言わなかった。しかし、肩がかすかに怒りで震えているのがわかった。
「わからなければこうしてやる!」
彼はいきなり、私の右手の傷口を踏みつけ、思い切り体重をかけてきた。ぐっ!と私の口から音が漏れると、彼は、いかにも嬉しそうに、ゆっくりとしゃがみ込んだ。そして、くわえているタバコを、私の右の手首の辺りで揉み消した。
 手首の皮膚が、ジュッと音を立てて強張った。右の肩から指先一本一本までが、痛みを他に発散させないように筋肉を固くしていた。私は、顔を半分地面に押し付けたまま、開いた傷口の痛み―――タバコの方は大したことはなかったので―――が痺れて次第に麻痺してくれるのを待っていた。まるで意識を無くしたように、静かに待っていた。それが、ハーシェルに、勘違いをさせてしまったらしい。彼は、こう言った。
「こいつはもうおしまいだ。・・・いいか、おまえらがこいつの仲間でなかったらこのまま帰してやるところだが、あいにく俺は、こいつの仲間まで何もしないで帰してしまうほどお人好しじゃないんだよ!」
 彼のその言葉が、友人たちへ危害を加えようとする合図であることを私が感じ取った時、既に彼らは、私の仲間に暴力を振るっていた。
「やめろ!やめてくれ!やめないと・・・、やめないと・・・。」
やめないと、君たちが痛い目に遭うんだぞ。私の仲間は、そう必死で警告しているのに、バカな奴らだ。私はそう思いながら、ふつふつと沸き起こってくる怒りに、身を起こしかけていた。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~12

2006年02月25日 | 小説「雪の降る光景」
 「この間はよくも恥をかかせてくれたな!」
私は、彼らが何を言い出しても決して反抗しないように、と、友人たちに目配せをして、こう言った。
「おまえらも運が良かったな。あの時、もしケガをしていたのがおれじゃなく、後ろにいたクラスメートだったら、恥をかいただけじゃあ済まなかったろうな。」
「半殺しの目にでも遭わしてくれたってのか?」
「いいや。完全におまえの息の根を止めてたよ。」
「なっ、なにぃ!」
脇で私の腕を押さえ込んでいた2人の男が一層強く腕を捻り、私の両肩が、ギシッと音を立てた。その音を聞いて、ハーシェルがさらにこう言った。
「おまえが土下座しておれに謝って、この前のことは誰にも口外しないと誓うなら、このまま帰してやる。」
「そのセリフ、そのまま返してやるよ。」
彼は何も言い返せず、歯をギリギリ言わせていた。そして、こう言うしかなかった。
「やってしまえ!」
私は一斉に、数人の男に殴られ、そして蹴られた。
 私の友人たちは、他の誰よりも私の隠れた残忍性を知っていた。今ここにいる者の中で、散々な目に遭わされている方が“ヘビ”で、殴る蹴るの暴行を働いている方が“カエル”であるということを、他の誰よりも正しく認識していたのだ。友人たちは、ハーシェルたちが恐くて手が出せなかったのではなかった。手を出して、ハーシェルの仲間が友人の腕の一本でもつかもうものなら、その男の方が、私に酷い目に遭わされてしまう、ということを知っていたのだ。
 私は、ひたすら暴行を受けた。友人が誰一人として乱暴な扱いをされていないということを確かめた上で、だ。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~11

2006年02月23日 | 小説「雪の降る光景」
 私は、ハーシェルから何か情報を得ようとする時、普段見せない笑顔を彼に向けるだけで良いのだ。そうすれば彼は、それを私に邪魔される前に行動に移さなければいけないと思い込み、焦って、必ず失敗する。そうして私は、その情報を手に入れるどころか、それを元に、彼が考えた間抜けな計画を失敗に終わらせることさえできるのだ。
 私の姿の無い異国では、さぞ伸び伸びと仕事に励んでいることだろうが、私がボルマンから聞く前に手に入れた情報によれば、彼の上司であるゲシュタポのヒムラー長官が、かつての私のように、彼のその性格を一手に握り、彼に殺しの訓練を行う時、こう耳打ちしたのだそうだ。
「いいか、おまえが目の前の相手を殺らなければ、その相手はおまえを殺し、こう言うだろう。『ゲシュタポのハーシェルという奴は、ドイツ国内では有能でヒトラーにかわいがられていると噂されていたらしいが、敵を目の前にして、震えて銃の引き金も引けないなんて、とんだ腰抜けだ。おれは可笑しくて腹を抱えて笑った。奴の死体は、収容所行き間違いなしだ。』とな。」
ハーシェルは、その時ヒムラー長官が見せた含み笑いを見て、私のことを思い出したのだろう。それからというもの、彼の名は、内外ともに恐れられるようになったという。

 私はその後、そこに居合わせたクラスメートたちに、今起こった出来事を一切外に漏らさないように堅く口止めをしてから、早退した。校内の医務室に行っても、傷口を縫うことまでできないし、こんな大きなケガをした理由を問われて、いちいち答えるのも面倒だ。私は学校を退けたその足で、軍の病院に立ち寄り、10針縫ってもらった。
 その後、抜糸をしてしばらく経ったある日、私は、ハーシェルとその仲間たちから待ち伏せをされた。私はその時一緒だった4人の友人たちに、先に帰るように言ったが、ハーシェルの仲間たちの方が、はるかに人数が多く、素早く囲まれてしまった。私は、巻き添えを食わせてしまった友人たちに対して、ハーシェルが何も危害を加えていないのを確かめて、彼の言葉を待っていた。


(つづく)

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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~10

2006年02月20日 | 小説「雪の降る光景」
 「・・・あ、ありがと、う・・・・・・。」
「どういたしまして。」
私は彼の手を離し、視線を彼から集団へと移した。彼らは全員、自分たちの元に戻ったナイフを凝視していたが、私が自分たちの方に顔を向けたのを感じると、もうこれ以上バカな真似をしないでくれ、と哀願するような素振りをした。
「このナイフの持ち主は、誰だ?」
彼らは、私が、自分たちが普段から行っている脅しの手段でビクつくような相手ではないことを、今ではもう充分認識していたので、今度は、素直に、その持ち主の方を見た。ハーシェルだった。私は、これまで以上に、にこやかな表情でこう言った。
「クラスメートに傷を負わせたくらいでそんなにびびるようじゃあ、この右手も、君に罪を償わせる甲斐が無いじゃないか。帰ってママにでも、震える足をさすってもらったらどうだ?」
 私は、自然に笑みが込み上げてきて、口元が歪んでくるのを感じていた。ハーシェルが今にも泣き出しそうな顔をしているのを見て、自分の演技があまりにもうまく演出されたのが嬉しかったのだ。私は、その余韻に浸りながら、完全に打ちひしがれたハーシェルたちを残し、満足気に、その場を去った。

 私たちと彼らしかいないこの場で、彼らが私1人をひざまずかせられなかったということは、彼ら―――特にクラス1の人気者のハーシェル―――としては、相当なダメージであった。「あらゆる情報をどこからともなく手に入れ、それを決して他人に漏らさない」「何もかも見透かしている」という私に対してのイメージが、彼の被害妄想に拍車を掛けているらしい。私がチラッとハーシェルに微笑みかけただけで、彼は、今自分が、どの女の子をどんなふうに騙してものにしようとしているか、どの人間を、ゲシュタポに告げ口をして失脚させようとしているか、全てを私に読まれて、もうおしまいだ・・・と思ってしまうのだ。しかし、彼にとっての本当の悲劇は、その妄想を自分の取り巻きに、打ち明けられずにいることである。

 しかし、私は、知っているのだ。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~9

2006年02月16日 | 小説「雪の降る光景」
 友人たちは、ただじっとうずくまっている私を医務室に連れて行こうとしたが、私が1人で立ち上がると、自分たちの声が聞き入れられたと思って、ほっとしていた。ところが私は、友人たちの期待を裏切り、医務室のある方向に背を向けて、教室の中で互いに責任のなすり合いをしているハーシェルたちの方へ歩き出した。
 ナイフが刺さったままの右手から、ドクドクと、血が止めどなく流れ出すのがわかる。彼らは、ナイフを投げたのが自分ではないことを主張し合って騒いでいたが、私が、床に滴り落ちる血に見向きもせず、ただ自分たちを睨んで真っ直ぐに歩いて来るに従って、声を静め、次第に恐怖におののいていった。私は、この怒りを、より効果的に相手にぶつけるためのこの演技に、浸り切っていた。
 彼らの集団の前まで来た時、私は右手を差し出し、彼らによく見えるように、目の前で、真っ赤に染まったナイフを左手で抜き取った。彼らの集団から悲鳴が漏れたが、それを無視し、私は血でぬるぬるしたその柄を左手に持ち、それに注目するように促した。
「このナイフを投げたのは、誰だ?」
その集団は、1人残らず、答える言葉を失っていた。
「この右手のようになりたくなければ、さっさと出て来い。」
私が声を押し殺してこう言うと、無言のまま彼らの視線が、集団の中の一番気の小さそうな奴に向けられた。・・・かわいそうに。彼が生贄になったのか。私はうっすらとそう思いながら、次のセリフを口にした。
「君のナイフか。偶然そこで拾ったんだ。返すよ。」
 そう言って私は、ナイフを彼に手渡すしぐさをした。そして、彼が手を差し出すのをにこやかに待っていた。彼がビクビクしながら、ゆっくりと、左の腕を動かした。私は、小刻みに震える彼のその手にしっかりとナイフを握らせるために、真ん中にぱっくりと穴の開いた自分の右手で彼の手首をつかみ、その手のひらにナイフを置いた。傷口の熱と血の感触を、彼の手首は、確かに感じていた。
「ありがとう、は?」
彼の、恐怖に見開いた眼に、私は優しく笑顔で応えた。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~8

2006年02月13日 | 小説「雪の降る光景」
 「おいおい、ちょっと待ってくれ。別に君を怒らせたくて言ってるんじゃあないんだよ。」
「じゃあ、どういうつもりだ、ボルマン?」
「・・・近々、彼が帰国するんだよ。」
「なんだって?本当か、それは。」
「本当だとも。きっと正式に、総統から御話があるだろうがな。・・・どうだ、言ってもらって良かっただろう?」
「あぁ、ボルマン、感謝するよ。」
 私は、その後ずっと、ハーシェルのことを考えていた。式典から帰って来た総統が、私とボルマンの前を行ったり来たりしながら、何かブツブツ言っていたが、まるっきり上の空だった。

 私はあの日、機嫌が悪かった。先生に怒られたか、友達と口喧嘩したか、妹に朝食をぶん取られたかして(たぶん、このどれかだったと思うが)、2、3人のクラスメートと教室に入って来るところだった。その時ハーシェルは、教室の中で、彼の取り巻きと一緒にある遊びをしていた。ドアに同心円をいくつも描いて的を作り、ナイフを投げて点数を競うのだ。私はそのドアを開け、ナイフが、自分の顔めがけて飛んで来るのを見た。
 その瞬間、私は、とっさにナイフを避けて、そしてその飛んで来たものを手で受けていた。その刃物は私の右手の甲まで突き抜け、柄が手のひらの手前で止まっていた。私の右手からは血が噴き出し、木目模様の柄が、真っ赤に染まっていた。―――私はうずくまっていた。しかし、痛みは感じなかった。“ここで鬱憤を晴らしてやろう”という名案が浮かび、必死に薄笑みをこらえていたからである。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~7

2006年02月10日 | 小説「雪の降る光景」
 「ハーシェルとは、うまくいってるのか?」
「せっかくのブランデーがまずくなる。」
私がそう言うと、彼はもう何も言わなかった。

A.H.S(アドルフ・ヒトラー学校)で私と同期だった、彼、ハーシェルは、自分の弱い臆病な心がみんなの目を引かないように、体中に、「正義」や「博愛」や「良心」という誇大広告を貼り付けていた。しかし、私だけは、本当の彼を知っていた。彼は、そんな私を煙たがり、学生の時に2度、私の体に傷を負わせた。それも、仲間を大勢巻き込んで、だ。卒業して、互いに違う部署でナチスとして働くようになってからは、顔を合わせることも滅多に無い(彼が私を避けているのだ)が、被害妄想の激しい性格からして、次に会った時、いきなりナイフで私を一刺しにしても決して不思議ではないだろう。
 私はこれから先、彼と会わずに生きていけるならどんなに幸福だろう。と、思う反面、あのような、精神的に脆い性格の青年が、どんな大人に成長したか、見てみたい気もしていた。
「彼は今、ゲシュタポとして、ポーランドで優秀な成績を修めているそうだな。」
ボルマンが、私の忠告を無視して再び口を開いた。私は、ブランデーの入ったグラスを彼に投げつけたい衝動に駆られ、ジッと彼を見つめた。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~6

2006年02月08日 | 小説「雪の降る光景」
 ボルマンは、ちらっと窓の外を見た。そして、こう言った。
「・・・で、今日は何だね?」
「あぁ、実は、ワルシャワゲットーのことなんだが。」
「ゲットーはなるべく早く壊すつもりだが。」
「中にいるユダヤ人は?」
「昨年は40万人いたユダヤ人が、今は20万弱に減った。最終的には、ゲットーを壊した時点で残りの者を逮捕し、収容所へ送る。」
「その予定の日時と人数は?」
「いつになるかは、わからない。が、我々はここから、約3万の輸送しか見積もっていない。だから、ゲットー内が3万になるのを待つか、もしくは、・・・万が一、何か問題が起こって、それ以前にゲットーを破壊することになれば、ゲットー内で彼らを処理しても良いことにしている。・・・と、まぁ、こんなところだ。」
「わかった。」
「何か、不満でも?」
「いや、ただ、実験に間に合わずに死んでいくのが惜しいのだ。どうせ、死んで皮を剥ぎ取られ、油を搾り取られるのなら、黙って死ぬよりも、実験の成果を残して死んでもらいたいものだよ。」
「材料ごとき、そんなにけちって使わなくても良いさ。足りなくなったら、またどこかから連れて来ればいいんだ。S.S.ならユダヤ人どころか、カトリック教徒、チェコスロバキア人、ポーランド人、ロシア人、・・・とにかく被支配人種であれば、なんでもありだからな。」
「ヒムラーに頼めば、どこかの国の大統領だって国王だって調達してくれるだろうな。」
「そういうことだ。」
 彼はそう言うと、グラスにブランデーを注ぎ、1つを私に手渡し、もう1つを、自分の目の高さで窓から射し込んでいる日の光に透かして、にっこりと笑った。


(つづく)
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小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~5

2006年02月05日 | 小説「雪の降る光景」
 私とボルマンは、並んで、主に密談に使われる、こじんまりした部屋に入って行った。私が、自分より10歳以上年上の彼に敬意を表してドアを開け、ボルマンに先に入るよう合図をすると、彼は申し訳無さそうに、軽く頭を下げて部屋に入った。彼はソファーに座らずに、窓際に立って、私がドアを閉めるのを待った。そして外の風景から目をそらし、私の方に向き直って、口を開いた。
「秘書の仕事の方はどうだね?」
「なぁに。秘書と言ってもただの付き人のようなものさ。ナチスの動きは君が把握しているし、私生活の秘書は、エバがやってくれているしね。」
「私は常々思っていたんだが、総統とエバが一緒なのを見ると恋人同士のように見えるが、君と彼女を見ていると、まるで夫婦のように見えるよ。」
「おいおい。ヒムラー(ゲシュタポの長官)に捕まるぞ。」
「そういう意味じゃないよ。我々はアドルフ・ヒトラーを、ドイツの最高責任者として見ているが、君とエバは、唯一この世の中で、アドルフ・ヒトラーを、アドルフ・ヒトラーとして見ている。つまり、血のつながった父と母のようなものだと言っているんだよ。」
「・・・狂人の父親か。では、この戦争で我々が負けたら、私は間違いなく死刑だな。」
「それは私だって同じだ。・・・しかし、私たちは死ぬわけにはいかないのだ。」


(つづく)
コメント (2)
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