「相変わらず時間には正確ね。でも総統はまだ帰って来ていないわよ。」
彼女は、世慣れしていない街の少女のようでも、ナチ幹部の夫人の座に満足し切った醜いブタのようでもなかった。ただの強い女―――自分の愛した男が普通の労働者なら、こんな鎧を身にまとう必要も無いのだが―――そんな印象を人々に与えた。
親しい仕事仲間に対しての笑みをエバに投げかけ、私は言った。
「知っていますよ。総統がお帰りになる前に、マルチン・ボルマンに会っておきたいのでね。」
「まぁ、そうなの。新しいナチスの党首になったボルマンさんに、何か改めて聞きたいことでも?」
「えぇ、収容所の実験材料の在庫が残り少ないものでね。」
「それで相談に?」
「まぁね。」
ボルマンが、私の後ろで慌しくドアを開けた。
「やぁ、遅れてすまないね。朝っぱらから子供たちがうるさくってね。なんせ10人もいるもんだから。」
真面目な上に子煩悩な彼は、そう一気に話し終えた。全く、彼がナチスの党首をしているなんて、信じられない。彼がナチの制服を着ている理由は、ただ、自分が主人と崇めている人物が、たまたま帝国の総統になってしまったからだ。彼の尊敬する人物が、たまたま共産党員であったなら、彼は、何の躊躇も無く赤旗を掲げていただろう。そして家庭に戻れば、10人の子供と1人の妻を(そして1人の愛人をも)極めて民主主義的に扱う。それでいて、この落差を全く不自然に感じていないのだ。
「ボルマンさんに、ヘスさんの後任としての手解きをしてもらったら、今度は私が、総統の秘書としての特訓をしてあげるわ。」
そう言い残し、彼女は、広い庭を一望できる一番大きな部屋―――ここが、総統と彼女の2人のリビングなのである。―――に入って行った。
(つづく)
彼女は、世慣れしていない街の少女のようでも、ナチ幹部の夫人の座に満足し切った醜いブタのようでもなかった。ただの強い女―――自分の愛した男が普通の労働者なら、こんな鎧を身にまとう必要も無いのだが―――そんな印象を人々に与えた。
親しい仕事仲間に対しての笑みをエバに投げかけ、私は言った。
「知っていますよ。総統がお帰りになる前に、マルチン・ボルマンに会っておきたいのでね。」
「まぁ、そうなの。新しいナチスの党首になったボルマンさんに、何か改めて聞きたいことでも?」
「えぇ、収容所の実験材料の在庫が残り少ないものでね。」
「それで相談に?」
「まぁね。」
ボルマンが、私の後ろで慌しくドアを開けた。
「やぁ、遅れてすまないね。朝っぱらから子供たちがうるさくってね。なんせ10人もいるもんだから。」
真面目な上に子煩悩な彼は、そう一気に話し終えた。全く、彼がナチスの党首をしているなんて、信じられない。彼がナチの制服を着ている理由は、ただ、自分が主人と崇めている人物が、たまたま帝国の総統になってしまったからだ。彼の尊敬する人物が、たまたま共産党員であったなら、彼は、何の躊躇も無く赤旗を掲げていただろう。そして家庭に戻れば、10人の子供と1人の妻を(そして1人の愛人をも)極めて民主主義的に扱う。それでいて、この落差を全く不自然に感じていないのだ。
「ボルマンさんに、ヘスさんの後任としての手解きをしてもらったら、今度は私が、総統の秘書としての特訓をしてあげるわ。」
そう言い残し、彼女は、広い庭を一望できる一番大きな部屋―――ここが、総統と彼女の2人のリビングなのである。―――に入って行った。
(つづく)