すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「雪の降る光景」第1章Ⅰ~10

2006年02月20日 | 小説「雪の降る光景」
 「・・・あ、ありがと、う・・・・・・。」
「どういたしまして。」
私は彼の手を離し、視線を彼から集団へと移した。彼らは全員、自分たちの元に戻ったナイフを凝視していたが、私が自分たちの方に顔を向けたのを感じると、もうこれ以上バカな真似をしないでくれ、と哀願するような素振りをした。
「このナイフの持ち主は、誰だ?」
彼らは、私が、自分たちが普段から行っている脅しの手段でビクつくような相手ではないことを、今ではもう充分認識していたので、今度は、素直に、その持ち主の方を見た。ハーシェルだった。私は、これまで以上に、にこやかな表情でこう言った。
「クラスメートに傷を負わせたくらいでそんなにびびるようじゃあ、この右手も、君に罪を償わせる甲斐が無いじゃないか。帰ってママにでも、震える足をさすってもらったらどうだ?」
 私は、自然に笑みが込み上げてきて、口元が歪んでくるのを感じていた。ハーシェルが今にも泣き出しそうな顔をしているのを見て、自分の演技があまりにもうまく演出されたのが嬉しかったのだ。私は、その余韻に浸りながら、完全に打ちひしがれたハーシェルたちを残し、満足気に、その場を去った。

 私たちと彼らしかいないこの場で、彼らが私1人をひざまずかせられなかったということは、彼ら―――特にクラス1の人気者のハーシェル―――としては、相当なダメージであった。「あらゆる情報をどこからともなく手に入れ、それを決して他人に漏らさない」「何もかも見透かしている」という私に対してのイメージが、彼の被害妄想に拍車を掛けているらしい。私がチラッとハーシェルに微笑みかけただけで、彼は、今自分が、どの女の子をどんなふうに騙してものにしようとしているか、どの人間を、ゲシュタポに告げ口をして失脚させようとしているか、全てを私に読まれて、もうおしまいだ・・・と思ってしまうのだ。しかし、彼にとっての本当の悲劇は、その妄想を自分の取り巻きに、打ち明けられずにいることである。

 しかし、私は、知っているのだ。


(つづく)

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