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1億3000万分の、独言(ヒトリゴト)

日常の一コマをマイペースに切り取ります

アナグロ人間

2011年11月05日 | 福島
昨日一昨日と実家に一泊した際、
学生時代使っていた机の引き出しを開けたら、懐かしいもんを発見。

幼稚園の時の連絡帳と、一番最初に出来た「しんゆう」、めぐみちゃんが
お誕生日にくれた手作りのしおり。
うちの母はなんでもとっておく人ですが、
(私が小学校6年間使った●ティちゃんの筆箱もどこかにとってあるらしい)
どんだけ物持ちがいいんだ。

連絡帳は、幼稚園の出欠表も兼ねていた。
出席すると季節のハンコがもらえます。

↑メモ欄には母の字。
まあご想像通りとは思いますが、結構病弱な幼児でした。
しょっちゅう熱を出して幼稚園休んでた。
この月も割と休んでますね。

うちの実家は完全に当時の「団塊の世代が子供を産んで、子育てするために
山を切り開いて作った団地」なので、急激に増えた子供のために
学校が新しく建てられるような環境でした。
したがって、幼稚園も出来たばっかりだった。
子供の足で歩いて通うにはちょっと遠いところにあったけど、
新しくてピカピカの幼稚園は大好きだったんですよねー

ちなみに、私の初めてのしんゆう、めぐみちゃんは、
小学校に上がる前に静岡県に引っ越してしまいました。
懐かしい・・・


なーんて、実家に戻るとこういう懐かしいものを引っ張り出しては
眺めているので、地震でドサドサ出てきてしまった本たちの整理が
一向にできない。
今回も手つかずのまま帰ってきてしまった

私にも身長が120cmだったころがあったのねー


ところで。
とうとう「顔本」のアカウント、削除に踏み切りました。
このブログに遊びにきてくださっていて、なおかつ「ともだち」に
なってくださっていた方、ごめんなさい。
どうにも、顔も名前も素性も全く知らない人を「ともだち」にする意味が
分からなかったこと、顔本で入手できる情報は私には不要なものばかりなこと、
それから実名で登録していたのですが、少々めんどくさいことが起こるように
なったのが理由です。
顔本でのアクションがいちいちメールされてくるのもウザイ。
アナログ人間結構です。
(知り合いのある先生は「俺はアナグロだから」と、少々違ったご表現を
されますが・・・どうもお気づきじゃない様子で指摘できん)
私はもーこのブログですら、意味わかんねーと自問しながらやってるくらいだし。
友だちは顔を知ってる人、ネットで素性を知って仲良くなった人たちで充分だし。
情報も、必要なものは自分で取りに行くし。

しかし、この顔本、入るのは比較的簡単ですが、抜けるのは入るときほど
簡単じゃありませんね。








仕事<お土産

2011年11月04日 | 福島
道端でチラシやティッシュを配っている方々。
配られたら配られたで「受け取るのめんどくさいなー」って思うけど
前の人には配ったのに私にはくれないときは、
それはそれで「え、なんで私にくれないの??」ってドキドキする。


閑話休題。

福島に行ってました。
中学校の講演のお仕事。
講演は最近あまりお引き受けしていなかったので、めちゃめちゃ緊張した。
その中学校は、運悪く敷地が城蹟なので、市内で唯一校庭の除染作業が
まだ出来ていないとか。
校長先生によると、昨日自治体と激しい(?)会議を行なったが
結局なんの進展もなく終わってしまったということ。
土の除染はなかなか頭が痛い問題のようで、実家の庭も草や花が生え放題。
ガーデニングが趣味の母親は土いじりができない~と一時期ずいぶん嘆いていた。
除染してくれないの?と聞くと、
一般のおうちは自己負担でしなければならないのだそう。

私なんかはニュースで見知るしかないんだけど、
現実に毎日そこで暮らす人たちは、相当放射線についての理解が進んでいる。
(当たり前といえば当たり前だけど)
両親他地元の人と話すと、
放射線の高い所や低い所、貯まりやすい場所、
影響される作物・逆に影響されない作物など、淡々と語っていた。
街には「ただいま〇〇マイクロシーベルト」なんて電光掲示板があちこちに。
私の知らないことばかりだった。

昨日は勿論夕食時を狙って帰福。私のリクエストはおからとかぼちゃの煮物。
じゃ~ん

かぼちゃの煮物に、いりどりに、青菜は多分つるむらさき、秋刀魚の蒲焼、
母が作ったというたっぷりのいくら、それからしっとりした食感のおから!

お芋の入った五穀米にお味噌汁。
秋ですな・・・ほくほく

今日行った中学校では、案の定久しぶりの講演であまり上手に話が
出来なかったのだが、帰りにアレも持って行け、コレも持って行けと
両手一杯にお土産を持たされた。
田舎のおばちゃん家に行くと、まんじゅう持ってけとか芋持ってけとか、
ちょうど夕飯のおかずに煮物作ったから持ってけとか
いろいろ持たされたりするじゃないですか。
あんなイメージ。
福島の人たちだなあと暖かくいただいた。
私が今日した仕事量・内容と絶対に割に合ってないと思うんだけど。
(間違いなくもらってるものの方が多い

その中で、とっても珍しい「ピンクキウイ」なるものをいただきました。
早速帰宅後切ってみる。

芯の周りの部分がほんのり赤いんですね。へええー、初めて見た。
これが食べるとむちゃくちゃ甘くてびっくりなのです。











大運動会

2011年09月30日 | 福島
ここのところ、近くの小学校の前を通ると、校庭で運動会の練習をしています。
今度の連休かな。
10月10日は晴れの確率がものすごく高い日なんですってね。

どうでもいいですが、競技関係の友人に10月10日生まれの人がいます。
スポーツをするために生まれてきたみたいじゃんーと私は言ったのですが
別の友人は
「えーっ!十月十日(とつきとおか)だから、お父さんとお母さんって・・・」

ボコッ
↑私と彼女が、発言した友人を小突いた音

毎年10月10日が近付くと思い出してしまうオトナの話題。

話を戻して

昨日大丸でお使い物をしていたら、
こんなタオルを見つけてしまった!!

きゃーん!運動会タオルー!!
かわうぃうぃー!!

上半分。

ちょっと昔の運動会のようですね。
町内対抗リレー、騎馬戦、借り物競争、フォークダンス、パン食い競争、
ムカデ競争・・・

下半分。

綱引き、玉入れ、だるまさんこちら、障害物競走、マイクテスト(笑)

運動会大好きっ子だったので、ついついお買い上げ。
青空の下のお母さんのお弁当が、いつものおかずなのに(少し豪華だけど)
最高においしいんだよね。

このタオル、私的一番の萌えポイントはこちら。

町内対抗リレーで走る割烹着のおかあちゃん、八百屋さん、にゃんこを
追いかける魚屋さん。
サザ●さんの世界だなあ。
最近のお母さんたちって本当に皆さんキレイだけど、
昭和の割烹着のお母ちゃんは、なんというか、包容力の象徴。
「おかあちゃーん!!」どーん!!って、割烹着に向かって
走って行って抱きつきたい感じ。

時代は変われど、運動会は楽しいね。
今日も小学校の運動会練習が見れるといいなあ。


でも住宅密集地の小学校だから、校庭は猫の額ほどの広さしかないし、
勿論土ではない。あれって転ぶと痛いんだろうな。
とはいえ、
いっぱい土があっても、トラック1周300mとれる広さがあっても。
福島の子どもたちは、今年の秋の運動会、楽しんでくれるのだろうか。
大人になった私の運動会の記憶と思い出は、
心を暖かくしてくれるような大切なものになっているけれど、
彼らはそんな大切な思い出作りをすることが出来るんだろうか。














諦めてないから

2011年09月09日 | 福島
「オウチ」食品のOBの方が、部に自社製品を送ってくださったそう。
何か要りますか?と主務の子が聞いてきたので、う~ん、と箱を覗いてみた。

レトルトのカレー、お湯入れる系のスープ、・・・
まああってもいいけど、なくてもいいなあ、
ビンボ学生に一つでも多く回してあげた方が、と思いつつゴソゴソ。


あっ!!!!!
でも、これはもらうー!!!


大事。
学生には不要だろ、と言ったら、
もう1ケース持ってきましょうか、と主務。
おい、そんなに飲んだ方がいいのか、私は。(言いがかり)
失敬だな、キミは。(言いがかり)
わたしは全然、諦めてないんだぞ、色々と。
小林幸子サマご結婚のニュースにも勇気付けられたんだぞ。


閑話休題。
野田内閣の経済産業相が、福島第一原発付近を「死の町」と評し、
野党の批判を受けて陳謝した、とヤホーニュースで読んだ。
とかく批判ばかりはしたくないし、私だって失言をしないとは言わないけど、
しかし、今のご時世、よりによって政治家がその発言はないでしょってことは
子どもでも分かるんじゃないか、と呆れる。
政治家の言動に対する批判は、明らかに揚げ足取りみたいなもんについては
「大変だなあ」とたまに同情する時もあるけど
今回みたいな明らかな失言には「おいおい、アナタ大丈夫?」と言いたくもなる。

ちょっと考えれば分かることだと思うけど。
うっかり発言していい職業じゃないってことはお分かりでしょうに。















一瞬帰省

2011年08月18日 | 福島
昨日、オフでメールくれた愛知のSくん。
キミはまだまだ桃の奥深さを分かっていないね・・・

夏、毎晩毎晩、そして行く先々でもほぼ毎回桃をいただくような
生活を何年もしているとだね、(今考えると贅沢だなー)
桃は柔らかくて当たり前なので
剥かれて目の前に展開された桃ちゃんたちをパッと見て
硬くて甘そうな桃を探すようになるのだよ。ふふ。


ということで
(どういうことで?)


ちょーーー一瞬、里帰りしてきました。
というか、知り合いの方のNPOで福島で被災者支援のスポーツイベントを
したいということだったので
前の日に練習が終わってから移動して前泊し、
次の日イベントに出てすぐ帰京するという、少々な強行軍を決行。
新幹線で1時間30分の距離なのでなせる業です。
まあ、こういうことでもないとなかなか帰省も出来ないので
ちょうどいいかなあって。

福島駅ではイメージキャラクター「ももりん」がお出迎え。

名前の「もも」は勿論名産の桃から来てますね。
ではなぜうさぎなのか。
福島市ならどこでも見える吾妻山に冬積もる雪は、
春、溶けるときに兎の形を山の斜面に残して溶けます。
最近のちょっとオカシなお天気だとそうはいかないかもしれないけど
昔農家の人たちは、山に兎が見えると農作物の種をまいた、といわれてます。
うさぎは福島の人にとって馴染みの深い動物なのでした。
↑何度かこの日記でもご紹介していますね。
しつこくてスミマセン

ところで、
実家に帰るからには、夕飯は実家でいただくに限る。
おからと夏野菜の煮物が食べたいで~す←母のおからは絶品、と
だけ伝えておきましたならば。

どひー!!
お盆のご馳走ざんす!!
写真ちょっとぶれててごめんなさい。

家にはこんなものもございました。

線量器。
今、ウチのリビングの床付近は0.2マイクロシーベルトで
「極めて低い」そうです。

普段は東京にいてニュースを見るだけですが、
当たり前ですが実家に帰ると、あの震災で現実的に困っている人たちの
姿が、現実の色をつけて迫ってくる、という感じです。
ウチの実家界隈の空家なんかにも
浪江や南相馬辺りから避難してきて入居している方々が結構いらっしゃる。
お向かいに入ったご高齢の浪江の方は、最近亡くなられたそう。
農家の方だったので、朝方から、仮入居とは言え猫の額ほどの
畑を毎日耕していらしたそうですが。

そして、実家の私の部屋は、棚の上の荷物やら、本棚の本が
床にぶちまけてあるという実害が
3・11の大震災時は両親が片付けてくれたようですが、
その後も頻繁に揺れて、極めつけは最近だか先月だか午前3時ごろに
大きく揺れたアレで(ワタシはチリにいましたが)またガイーンと
ぶちまけてしまったらしい。
一度ちゃんと整理しに帰らなければ。

孔明の居があった中国・湖北省の「古隆中」で買った孔明の羽扇も
ガイーンと床にオチテイタ

肝心のNPOイベントは、「サテライト高校生」と呼ばれる、
被災して自分の家の学区ではない高校に通っている子どもたち向けの
スポーツイベントでした。
ただ、昨日の福島は日中35℃くらいになったため、
バスケットなんかは、慣れていない人にとって「なんかのイジメ?」くらいに
過酷な競技になってしまいましたが。

暑い中、歯を食いしばって慣れない競技をする浜通りの高校生達を見て
こういうイベントは主催者側の自己満足に終わってしまってはいけないな、と
思いました。
↑批判ではありませんが・・・果たしてこれ、ほんとに高校生達の
ためになってんのかなあ?って疑問符はどうしても生まれてしまった

母によると、毎日必ずどこかで誰が来たとか何かやっているという
イベントが開催されているそうですが、
忘れちゃいけないし、
それぞれの立場で「何かしてあげたい」のは本当に大事な気持ちだと
思うけど、このクソ暑い陽気にエアコンの無いスポーツ施設に
無理矢理借り出すのはいかがなもんなのかなあ、と。
開会式で、お医者さんが「頼むからくれぐれも熱中症には注意して!」と
悲痛なほどに訴えていたのが印象的でした。

もうちょっとやりようはあるんでしょうね。
私ももっと考えよう。
帰りの新幹線はお盆の帰省ラッシュ真っ只中で、
指定席は全便売り切れという哀しい自体。
なんとか自由席1席を確保しましたが、座れなかった家族連れさんたちの
子どもの泣き声が響きわたる悲惨な車内でした
↑でも、あまりの暑さによる疲れで、座った瞬間オチた・・・・・・















夏の風物詩

2011年08月15日 | 福島
待ってました。
ワタシ的夏の風物詩、福島から桃が届いた!!

高校時代の友だちのお家が果樹園をしていて、
桃、梨、りんごがめちゃくちゃおいしいのです。
いつもは方々にお送りしているのですが、
今回は残念なことに、放射線の影響を考えて、お送りするのは自粛。

でもね、セシウム検査はクリアしているのです。
箱を開けたら、いきなり県知事さん。

とはいえ、いつもより少々念入りに水洗いして、
まずは一口。

この日記でも何度か言った記憶がありますが、
桃の産地である福島人は、概して柔らかい桃よりも硬くて甘い桃を好みます。
夏の食後のデザートは常に桃なので、子どもの時は「また桃ー?」と
思ってました。
桃が剥かれて、カットされて出されると、まず硬い桃から売れていくんです。
(でも硬くて甘くないとそのまま放置される)

この辺りの方と話すと、
でも硬い桃は甘くないじゃない、とよく言われますが、
そんなことはないのです。
齧り付くとカリカリ・パリパリって音がするくらい硬くて
でも甘い桃って、あるんですよー

こちらの果樹園さん(つまり友だちのご両親さん)はその辺り
よく分かって下さっているので、硬くても甘い品種を、柔らかくならないうちに
いつも送ってくださるんです。
嬉しいなあ。

因みに今回送ってくださったのは「まどか」という品種だそう。
齧り付くとパリパリいいます。
すぐに柔らかくならないように、冷蔵庫に直行。


現役時代に韓国人のコーチに習っていたことがありますが
彼は桃が嫌いでした。
桃が嫌いって人はあまり聞かないので、どうしてですか?と聞いたら
戦争中食べるものが桃しかなかったので、毎日毎食食べていて、
もう見たくもないのだ、と。
折りしも今日は終戦記念日。
あの戦争は日本だけではなく、韓国の子どもたちにも同様の
ひもじさと恐怖を与えていたんだなあ、と、
甘くてパリパリのまどかちゃんを口の中で転がしながら、改めて。










田んぼに思う

2011年08月11日 | 福島
まだ合宿地です。

今日はこちらも本当に暑くて、外を10分15分歩くだけでも
水を持っていないと脱水症状を起こしそうなくらい。
日焼けどめをこれでもか、と塗っているのですが、
それでも肌がヒリヒリするくらいの紫外線量。

周りは見事に田んぼなのです。
体育館から宿舎まで、気が向いた時は歩くのですが、
両脇も、見渡す視界も田んぼ。
バッタが飛んでたり、とんぼが飛んでいたり。

田んぼには小さくてきれいな水草みたいなものが浮いています。

藻の一種なのですかね。一つ一つお花みたいでとってもキレイ。

選手の補食を買い出しに
お店のある方向へ道をショートカットしようとしたら、
ものすごい田んぼの中の細い道を歩く羽目に
一歩踏み外したら、そこはもう田んぼワールド。

田んぼとアシスタントの子。

田んぼのあぜ道はウチの田舎の見慣れた風景でもありますが、
ウチの田舎の田んぼや畑は、放射線の影響で、
今年はちょっとかわいそうなことになっているのだろう、と思うと、
こういう田んぼを見るにつけても少々胸が痛みます。

福島は今、桃の季節で、毎年各方面に高校時代の友達の実家の
桃(彼女のお家は果樹園)をお送りしていたのですが、
今年はちょっと自粛しています。
セシウム検査はクリアしたらしいので、私個人はいただきますけどね。

今日は用事があって電話をくれた福島の恩師と少し話した。
子どもがプールに入れなくてかわいそうだと言っていた。
町から子どもの声が消えてしまったなあ、とさびしそうでした。
(屋内で遊んでいるのだとのことですが)

リアル欲しいもの

2011年06月08日 | 福島
雨上がり。

今日もN駅でJ線に乗ろうとしたら
私の乗りたい「A子行き」ではなく、「A瀬行き」だった。
A子行きとA瀬行きはほぼ交互に来るのであるが、
私はこのN駅で乗り換える時、目的のA子行きに当たったことが
ほとんどない。

あああ、今日もA瀬行きだった、オレ・・・
しょうがない、次まで待つか、と比較的空いてる電車を見送る。
待つこと数分。(J線は次の電車まで結構待つのである)
「○番線、電車が到着します」の放送に、やっと来た!と思ったら・・

ま、またA瀬行きかい!!!!


2連続A瀬行きは、なかなかない経験でした・・・
いつまで経っても目的地へ行く電車に乗れなかったオレ。

私の想像なんか及ばないご事情があると思われますが、
どう考えてもこのN駅先は、みなさんA子方面に行きたい方々ばかりだと
思われまする。
このダイヤはいかがなものか。
善処をお願いいたします。(誰に言ってる)


福島の実家に、父の日の贈り物ついでに何か欲しいものがあったら送るよ、と
メールを入れたら
「放射線測定器」と返事が。

り、リアルやな・・・
調べておきます・・・


先生からの葉書

2011年06月02日 | 福島
更新できなかった日って案外アクセス数が多かったりして・・・
昨日は帰宅がほぼ0時でした。バタン9で失礼しました。
遊びに来て下さって、有難うございます!

今日は久々福島の話題。

先日近くのスーパーに行ったら。
あっっっっ!!!

福島のお野菜が置いてあるよ!!

この時期、実家でもスナックエンドウしょっちゅう食べてたんですよね。
母が、
「ゆでると色がすごく濃くなる」
「甘い甘い」
と好んでいて、しょっちゅう食卓に上っていました。
そのまま食べても、マヨネーズでも、マヨネーズしょうゆでもイケる。

ところで、うちはもともとこれ「スナックエンドウ」って言ってたけど
「スナップエンドウ」のところもありますね。
どう違うんだろ。

近くのスーパーで福島産の野菜を見たのは久々だったので
迷わず購入。
都内のスーパーあたりにもずいぶん戻ってきてはいるのかなあ。
新玉ねぎでシャキシャキのサラダを食べたかったので、
サラダに投入するのだー

気分が乗ったので(笑)
キャビアも購入。

・・・今よく出ている、韓国の「キャビア」シートパックね。


しかし、原発の状況は厳しいなあ。
というか、ココに来て色んなこと(地震直後に水素爆発していたとか
やっぱりメルトダウンしていたとか)が表に出てきて、
あの時期、枝野さんが「政府の公式発表を信じて、デマ(的なもの)に
流されないように」みたいなことを再三繰り返していた記憶があるけど
なんだよ、やっぱり隠してたんじゃん、とちょっと失望。
まあ確かに、あの時期に「水素爆発しました」「メルトダウンしました」なんて
言ったら大パニックになっていたかもしれないけど、
なんか他に方法はなかったのかなー、と思う。
国民は常に後回しで情報操作しとけばいい、みたいな。

昔イタリアに行った時、イタリアは当時の首相の方針で自国に原発を
持たず、不足電力は隣国のオランダから買うんだって話をイタリア在住の
日本の方から聞きました。(確かオランダって言ってた気がする)
山の斜面に、オランダから持ってきた送電装置みたいなのが一面に
並んでいるんだけど、一度すごい台風が来て送電線が吹き飛ばされ、
かなり広い範囲でいきなり停電になったとか。
そういう状況だから国内は慢性的に電力不足で、真昼なのに
建物の中はなんとなく薄暗いし、ホテルのトイレが真っ暗とか、
夜なんかも人が立っているのが見難いくらい暗かった。
それから、一番の問題は、電力不足は経済も脅かすとおっしゃってたこと。
夜の暗さについては、ヨーロッパってどこに行っても夜は真っ暗ですし、
治安上どうかと思っても、キホン夜はみんな外歩いてない。
5時ぐらいに終業して、みーんなお家に帰っちゃう。
ポーランドは朝7時出勤で15時退勤が普通って言ってたな。

アノ時は対岸の話、みたいに聞いていて、
原発はあまり良くないけど、便利な生活には必要なんだなあ、
ちょっと「必要悪」にも似ているのかななんてぼんやり考えていたけど
(※「必要悪」の意味は厳密にはこういうことではないですが)
まさに今は此岸の話。ってかモロ自分の立っている足元の話。
こんな危ないモンを安全とか言っていたんだなって。
半分騙されたと思いつつ、これから来るエアコンナシでは耐えられない
くらいの夏を前にして、じゃあ原発は絶対要らないって私自身が言い切れんのかと
思うと、すでに蒸し暑い電車内に乗っているだけで
「うううー、エアコンー」とか言ってるテイタラク。

引越し葉書を各方面に漸く送り終えたのですが、
小学校時代の恩師からお返事の葉書をいただきました。
先生は福島市の方ですが、被ばくを恐れて着の身着のままで迷うことなく
自主避難を選択されたそう。
今愛知の方にいらっしゃるようですが、避難によって初めて失職し
毎日を無為に暮らしている、ということでした。
定年なさってからは、ずっと地元のミニバスのチームを教えていらした先生。

生活の快適さを失うのには正直躊躇するけど、
私の故郷や、私の大事な友人知人たちをどうしてくれるの!!!と
山本太郎ならずとも、怒りたい。
あああー、福島はほんとうにいいところなんだよー!
人もおっとりして優しくて、おいしいものもたくさんあるし、
「東北」と言われると今までは一番印象の無い県で1位、みたいなところ
だったのに、よりによってなんで今・・・・・・














ぴ、ぴんく・・・(ばたん)

2011年05月03日 | 福島
ブログのカテゴリーに、応援の意味(?)も含めて
「福島」を追加しました。
しばらくは福島の話題も多いと思うので。

ということで、今日は「福島」です。
またまたボランティアに行ってまいりました。
今日は、福島県二本松市という、中通りの福島市と郡山市のちょうど中間
くらいにある、歴史のある都市です。
ここには岳(だけ)温泉という福島でも割と古くからある
温泉街があるのですが、ここの旅館に浪江町の人たちが避難してきています。

二本松市というとあまり馴染みの無い地名だと思いますが、
『智恵子抄』の高村智恵子(洋画家で高村光太郎の奥さん)が生まれた地で、
造り酒屋だった智恵子の生家は、記念館として再現されています。
実は智恵子さん、私の高校の先輩だったりする。
(1903年、福島高等女学校卒)

あとは、前にもこの日記で書いた記憶がありますが、
二本松は江戸期、二本松藩という藩で、現在は「霞ヶ城(かすみがじょう)」と
呼ばれている二本松城がありました。
幕末の戊辰戦争の際に駆り出された少年兵は
会津の白虎隊が全国的に有名ですが、
この二本松城の「二本松少年隊」も白虎隊同様に年若い12~17歳の
子どもたちによって危急に編成されました。
白虎隊は戦地を彷徨いつつ、方々から上がっている煙でお城(若松城)が
燃えていると勘違いして飯盛山でほぼ全員自害する悲劇の結末を迎えますが、
二本松の少年隊は大壇口の戦いにおいて、薩長連合(このときはすでに官軍)と
実際に戦って、ほぼ全員が死亡しました。

・・・と、まあこの二本松市に、
今日は岳に避難してきている子どもたちや地元にいながら
放射線の影響でなかなか外で思い切って遊べない子どもたちと、
午前中は鬼ごっこやボール遊びを、
午後はバスケットをしている子たち100人くらいを集めて講習会を
してきたわけです。

午前中集まってくれた子は、2歳から高校生までだいたい30人くらい。
ボール遊びをしつつ、
色おに、手つなぎおに、凍りおにを1時間くらい目一杯しました。
浪江の小学校では陸上をしていたんだけど、
今度避難してきた先の小学校では陸上の練習が出来ないんだ、
お昼のカレーは一緒に食べようね、と私たちから離れようとしなかった
さなちゃんや、
バスケット部がインターハイ予選に出られることになったんだけど、
避難生活を余儀なくされているため部活が再開できないんです、と
言ってた地元の工業高校のバスケット部員の男の子など。
きょうちゃん、みかちゃん、ゆいくん、(名前は一部変えています)
みんなとヘトヘトになるまで鬼ごっこをしました。
子どもたちの中には、兄弟や親戚を今回の津波で亡くした子もいる、とは
体育館を貸してくれた安達太良(あだたら)小学校の校長先生の弁。

中でも結構盛り上がったのが、色おに。
懐かしいね、やってみようか!と今回同道してくれた相棒たちと
盛り上がった。
色おに、ご存知ですよね。
おにが言った色に触れば、つかまらないってヤツ。
色を探せない子をおには捕まえます。

ピンク、白、緑、オレンジ。
おには大人が主にやりましたが、体育館の中って結構色んな色がある。
「緑!」って言った瞬間、床に貼ってある緑のラインを躊躇なくみんなに
タッチされて、ガックリしたのはワタシですorz


いやいや、しかし、午前目一杯おにごっこ、
午後は目一杯バスケットと、さすがにおねいさんは疲れたよ。
帰りの新幹線で駅弁を食べたけど、途中からほとんど記憶が無い。




子どもも大人も、早く原発問題が収束するといい。