身体の声を聞く

腰が痛い、眼がかすむ、気が重いなど、
身体からの言葉に向かい合ってみます。

宝箱はジャングルの奥にある

2008-01-26 19:12:37 | 芸術
いよいよ、深夜の人気ドラマ[SP」も今日が最終回。

そういえば先日、岡田准一さんがテレビで話していた言葉。

「宝箱はジャングルの奥にある」

すなわち制作(クリエイティブ)にたずさわる人間は
人にちゃんと見てもらえる作品を創り上げるためなら
死ぬ覚悟でのぞまなければならない。
今はそういった時代です。
その覚悟がない人は、最初から始めようと思わない方がいい。

っと言ったような内容だったと思いますが
かなりドキッ!とさせられる言葉でした。

木からの採気について

2007-03-12 23:20:27 | 芸術
木はいつも私たちを癒してくれます。
本に書いてあった話ですが木には
「私たちの体内に詰まっているネガティブなパワーの発散を助けてくれる木」と
「木が持つポジティブなパワーを私たちに分け与えてくれる木」の
2種類があります。
ネガティブなパワーの発散を助けてくれる木の代表的なモノは、サクラです。
昔から人がお花見に出かけるのは
サクラの発散効果を本能的に感じているからです。
パワーチャージできる木で代表的なモノはマツやツバキ、モミジ、竹などです。
お寺、神社など厳粛なところでよく見かけられ
長い年月をかけて修行をして大きくなってきたという感じの木です。
今年もあと少しでネガティブパワー発散の時期です。
でも飲み過ぎにはご注意を。

自然からの採気について

2007-02-27 22:01:57 | 芸術
海には「浄化」のパワー。
山には「癒し」のパワーが満ちています。
海の効用は「垢すり」のようなもので
心身にたまった垢を洗い出します。
山の効用は「パック」して
肌に栄養を閉じこめるのと同じように
心身に潤いをあたえます。

ある本より

こころが肩こり

2007-01-28 22:43:28 | 芸術
ある本にこんなことばがありました。

月の満ち欠けにほとんど気付いてない人がいます。
日々がとっても忙しい。
空の狭い大都会に住んでいる。
夜は外に出ない。
いろいろな理由はあるでしょうが、
もっとも多く見られるのが、
こころが肩こりを起こしている場合です。


学ぶということ

2006-10-04 00:09:42 | 芸術
ある本にこんな話が紹介されていました。
少年が師に「人は何のために学ぶのですか?」と聞くと
師は「誰のためでもなく、おまえ自身のためだよ」と答えた。
「じゃあ、私が学びたくなければ学ばなくてもいいのですか?」と少年が聞くと
「それは駄目です。犬は学ばなくても犬になれるけど
人は学ばなければ人にはなれません」と師が答えた。
「でも、私は学ぶ事は嫌いです」
「学ぶ事はそんなに難しくないですよ。
例えばおまえがとっても空腹な時、私がおまえの代わりに
腹一杯食べてあげたとしても、おまえの空腹は
少しも満してあげる事はできないだろう。
それがわかれば、おまえはすでに学びを始めたのです」
少年は少し考えて「きつね丼が食べたい」と言った。

「自分の空腹を満たすには自分の口で食べる以外にない」
ということを、少年は学んだのでしょう。

過ち

2006-09-30 00:43:16 | 芸術
ある本にこんな事が書かれていました。

「大切なのは自分が過ちをおかしたことに気づくこと。
その過ちをいつまでもくよくよ悩んで
なんとかつくろおうとするのは
割ってしまったお茶碗のかけらを集めて
つなぎ合わせようとしているのに似た愚かしさがある」
西郷隆盛の言葉

要は、同じ誤りを繰り返さないように
自分に刻み込むことですが、
最近は、自分が犯している過ちそのものに
気づいてない人が増えてきているのかもしれません。

いい人、色々

2006-09-11 22:56:03 | 芸術
刑務所に入っていた男に聞いてみました。
「やっぱり刑務所に入る人たちって
ぱっと見、悪人面ですか?」
男は、ビックリしたような顔で
「とんでもない。みんないい仏面してますよ。
悪党というのは人前では本能的に仏面になるんですよ」

確かに、世の中にはいい人と言われている悪い奴がいっぱい。
「本当にいい人」と「偽のいい人」との見分けがとっても難しい。

ただ言える事は、「本当にいい人」は一人で居てもいい人なのだが
偽物は常に人前にいないといい人ではいられない。

以前に読んだ本で紹介されていたお話。
お気に入りに書きとめていました。

忍耐の友情

2006-09-10 23:25:41 | 芸術
「友情は、どちらか一人の忍耐が必要」と
何かの本に書いてました。
これは、友情だけに限らず、恋愛でも
人間関係は我慢させる役と、我慢させられる役を果たす事によって
結ばれているのかもしれません。
だから、友情とか恋愛関係が何かの弾みで
あっさり切れてしまう事もありますが
たいてい、我慢させられる役の人が
我慢するのを止めた時かもしれませんね。

みんな、「我慢しているのはわたしだ!」と
思っていたりして。

その本はこう閉めていました。
「友情は第二の自分」というくらいだから
友情関係がしっかりしているかどうかは
結局自分の心がけひとつなのですが。

人は情けの下に住む

2006-09-09 23:47:57 | 芸術
鮎は瀬につく。
鳥は木に、人は情けの下に住む。

これは、ある本に書かれていた言葉で
それぞれの巣作りをうたったものだそうです。

でも、悲しい事に時代は確実に変わりつつあります。

私が子供の頃は、大人も生きていくのが精一杯。
朝から晩まで働きづくめのようでした。
だから、お互い様と言う事で近所同士でよく助け合っていた気がします。
「今日はうちの子と一緒に風呂入れて、ご飯たべさせといたからな~」
「ほんま~、ありがとう」というノリでした。

お盆に田舎に帰ると、近所の家はほとんど空き家。聞けば
「あの家はおばあちゃんしか居ないけど、
そのおばあちゃんも今は病院にいるんや」
「あの家は、駅に近いところに家を建てて引っ越した」
人の情けで一杯だったこの地域も
今では人そのものがめっきり減ってしまったようです。

円相

2006-09-09 06:23:46 | 芸術
以前読んだ本の内容で、何となくメモってたものです。

「円相」、仏教辞典では「圓相」と表示するとのこと。
「人の心というものは、無色無形で
長・短・方・円とかでは表すことはできないが
仮に心が平等周遍であるかどうかを
円をかくことによって表現することをいう。」とのことです。

「具体的に言うならば、筆でくるっとマルをかけば
それが「円相」なのである。」とくくられていました。

たまに「掛け軸」とか「筆文字で書かれた詩集」とかで
筆でグルッとやってますがあれがそうなのでしょうか?
小学生のころ「良くできました」の二重丸とか三重丸とかを
先生がつけてくれましたが
ああいったルールも「円相」とかにあるのでしょうか??
いずれにしても「丸」って人にとって
心地よい形かもしれませんね。