久しぶりに病歴のことを。
2001年乳がん手術をして、5年が経った。
他のがんは5年再発しなければ完治したといわれるが、乳がんの場合は10年だ。
リンパ節転移多数だった私にとって、5年再発せずにクリアできたことは、格別だった。
もちろん10年は要注意なのだが、乳がんは3年までの再発が多いということを聞いていたので、
10年の折り返しまできたことで、もしかしたら、このまま逃げ切れるのではないか?という希望的観測が、頭をもたげた。
体調は波はあるものの比較的よく、5年でホルモン療法も終了となった。
治療がなくなれば、3か月ごとの通院も半年に1度となり、病院からはほぼ卒業した、という感覚になっていた。
体調に注意はするけど、もう私は病人じゃない・・・みたいな。
今思うと、その油断がアカンかったのよね。
2007年冬。ある日、突然左足付け根が痛み出した。
はじめのうちは、前日寒いお寺で法事があったから、座り方が悪くて、すじ違いでもしたかなと思っていた。
でも、いつまでたっても痛い。
筋肉痛とかすじ違いなどは、ある範囲内が痛い、という感じだが、今回の痛みは、ピンポイントで「ここが痛い」という感じ。
おまけに、動く時だけでなく、じっとしていても痛みがある。
今まで、経験のない痛み。
明らかに歩き方は不自然。
階段なんて論外。
遠くから歩いている私を見て、知り合いは異口同音に「足どうしたの?」と聞いてきた。
痛みから2週間後、近くの整形外科に行った。
レントゲンを撮ってもらったが異常はないという。
シップをもらって帰った。しかし、2週間たっても全く治らない。
さらに2週間後、再度整形外科へ。
その時もレントゲンに異状なし。
そこで、整形外科医にこう尋ねた。
「乳がんをしているが、まさか骨の転移ではないか?」と。
再度写真を見た医師は、
「骨の転移は骨が溶けて、黒く映る。そんな写り方はしていないが、念のために一度MRIを撮ってもらったらいい。」
すぐに電話をして予約を入れた。
MRIを撮って数日後。
診察室に入ったら、主治医は画像を見て一言。
「骨の再発です」
間髪を入れず、骨シンチ検査、放射線科紹介後に放射線治療をすること、ホルモン療法を再開することを提案してきた。
そして、同じ画像に映っていたのは、異常に大きくなっていた卵巣。
「まさか、卵巣まで転移?」
椅子からずり落ちそうになった。
私は「落ち着け!落ち着け!再発?マジ?」
狭い診察室の中を立ったまま、あっち向いたり、こっち向いたりしていた。
主治医はさすがに私がショックを受けている様子に見えたのか、
「大丈夫ですか?」といった。
そのあとは、あまり覚えていない。
手術から5年10ヶ月目、2007年4月。
乳がん骨転移確定。
また、引きずり戻されてしまった。
ああ、手ごわい奴だ!
放射線科、卵巣の検査のため女性診療科、そして乳腺外科、3つ掛け持ちで病院通いが再び始まった。
骨シンチで、左足付け根の腸骨と右ろっ骨2か所、計3か所転移が認められ、
脚の痛みを取るために放射線治療を10日間計34グレイ行うことが決定した。
これは、がんをやっつけるための放射線治療ではない。
痛みを取るための緩和ケアである。
そして、骨転移に有効なゾメタという点滴を4週間に1度使うことにもなった。
骨転移より心配だった卵巣は、幸い「皮様のう腫」という良性のものだった。
しかし、将来癌化する可能性もあること、骨転移のためのホルモン療法で女性ホルモンを除かなければならないこと、
もろもろのことを考えて手術で卵巣を取ることにした。
卵巣摘出手術は内視鏡手術で1週間程度の入院を5月の終わりに決定した。
それまでに放射線治療はGWを挟んで終えることができた。
あれだけ痛かった足の痛み。
放射線治療を終えて、1か月後くらいからどんどん痛みがなくなり、階段もトントン歩けるようになった。
不思議なくらい痛みがなくなっていき、めちゃめちゃ嬉しかった。
痛みから解放されることは、こんなにも嬉しいことだったなんて!
(つづく)
2001年乳がん手術をして、5年が経った。
他のがんは5年再発しなければ完治したといわれるが、乳がんの場合は10年だ。
リンパ節転移多数だった私にとって、5年再発せずにクリアできたことは、格別だった。
もちろん10年は要注意なのだが、乳がんは3年までの再発が多いということを聞いていたので、
10年の折り返しまできたことで、もしかしたら、このまま逃げ切れるのではないか?という希望的観測が、頭をもたげた。
体調は波はあるものの比較的よく、5年でホルモン療法も終了となった。
治療がなくなれば、3か月ごとの通院も半年に1度となり、病院からはほぼ卒業した、という感覚になっていた。
体調に注意はするけど、もう私は病人じゃない・・・みたいな。
今思うと、その油断がアカンかったのよね。
2007年冬。ある日、突然左足付け根が痛み出した。
はじめのうちは、前日寒いお寺で法事があったから、座り方が悪くて、すじ違いでもしたかなと思っていた。
でも、いつまでたっても痛い。
筋肉痛とかすじ違いなどは、ある範囲内が痛い、という感じだが、今回の痛みは、ピンポイントで「ここが痛い」という感じ。
おまけに、動く時だけでなく、じっとしていても痛みがある。
今まで、経験のない痛み。
明らかに歩き方は不自然。
階段なんて論外。
遠くから歩いている私を見て、知り合いは異口同音に「足どうしたの?」と聞いてきた。
痛みから2週間後、近くの整形外科に行った。
レントゲンを撮ってもらったが異常はないという。
シップをもらって帰った。しかし、2週間たっても全く治らない。
さらに2週間後、再度整形外科へ。
その時もレントゲンに異状なし。
そこで、整形外科医にこう尋ねた。
「乳がんをしているが、まさか骨の転移ではないか?」と。
再度写真を見た医師は、
「骨の転移は骨が溶けて、黒く映る。そんな写り方はしていないが、念のために一度MRIを撮ってもらったらいい。」
すぐに電話をして予約を入れた。
MRIを撮って数日後。
診察室に入ったら、主治医は画像を見て一言。
「骨の再発です」
間髪を入れず、骨シンチ検査、放射線科紹介後に放射線治療をすること、ホルモン療法を再開することを提案してきた。
そして、同じ画像に映っていたのは、異常に大きくなっていた卵巣。
「まさか、卵巣まで転移?」
椅子からずり落ちそうになった。
私は「落ち着け!落ち着け!再発?マジ?」
狭い診察室の中を立ったまま、あっち向いたり、こっち向いたりしていた。
主治医はさすがに私がショックを受けている様子に見えたのか、
「大丈夫ですか?」といった。
そのあとは、あまり覚えていない。
手術から5年10ヶ月目、2007年4月。
乳がん骨転移確定。
また、引きずり戻されてしまった。
ああ、手ごわい奴だ!
放射線科、卵巣の検査のため女性診療科、そして乳腺外科、3つ掛け持ちで病院通いが再び始まった。
骨シンチで、左足付け根の腸骨と右ろっ骨2か所、計3か所転移が認められ、
脚の痛みを取るために放射線治療を10日間計34グレイ行うことが決定した。
これは、がんをやっつけるための放射線治療ではない。
痛みを取るための緩和ケアである。
そして、骨転移に有効なゾメタという点滴を4週間に1度使うことにもなった。
骨転移より心配だった卵巣は、幸い「皮様のう腫」という良性のものだった。
しかし、将来癌化する可能性もあること、骨転移のためのホルモン療法で女性ホルモンを除かなければならないこと、
もろもろのことを考えて手術で卵巣を取ることにした。
卵巣摘出手術は内視鏡手術で1週間程度の入院を5月の終わりに決定した。
それまでに放射線治療はGWを挟んで終えることができた。
あれだけ痛かった足の痛み。
放射線治療を終えて、1か月後くらいからどんどん痛みがなくなり、階段もトントン歩けるようになった。
不思議なくらい痛みがなくなっていき、めちゃめちゃ嬉しかった。
痛みから解放されることは、こんなにも嬉しいことだったなんて!
(つづく)