森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第27話

2010年10月20日 | マリオネット・シンフォニー
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 アイズが目を覚ますと、そこには心配そうに覗き込むフジノの顔があった。
「アイズ! アイズ、大丈夫!?」
「……フジノ……私、どうなったの?」
 立ち上がり、軽く目眩を起こしてフジノに寄り掛かる。
「覚えてないの? あの竜がいきなりドロドロに溶けて、その中に呑み込まれたのよ。そうしたら突然、竜だった黒いものが輝き出して……気がついたら貴女だけがここに」
「……そう……」
 アイズは周囲を見回した。もう黒竜も、黒尽くめの男の姿もない。最初から何事もなかったかのように、シンと静まり返っている。
 と、フジノの心配そうな視線に気づき、アイズはニッと笑ってみせた。
「もう大丈夫よ、フジノ。ところで、トトは何処?」
 部屋の中には誰もいなかった。
 最奥にあったはずの鳥かごも、勿論トトの姿もない。
「あれも、幻──だったのかしら」
「ううん、そんなことないわ」
 アイズはフジノから離れた。
「あの姿は幻だったかもしれないけれど、あの歌は間違いなくトトの歌よ。多分、そう遠くないところに……あれ?」
 ふと、そこにいるべき人影が一つ足りないことに気づく。
「フジノ。あのノイエって子は?」

 その時、突然辺りにトトの悲鳴が響き渡った。

「トト!?」
 驚いて声のした方向を振り向く二人。そこには小さな扉があり、既に何者かの手によって開かれている。
「──しまった!」



第27話 欠けた者、満ちる者



 そこは巨大なチェス盤のような部屋だった。
 半球状の天井は高く、床は白と黒に塗り分けられ、たくさんの大きな駒が配置されている。唸るような低い音と共に空気が振動し、まるで部屋全体が何かの装置として稼動しているかのようだ。
 そして部屋の中央には、天井から吊り下げられた鳥かごがあった。
「アイズさん!」
 二人が部屋に駆け込むと、鳥かごの中にいたトトが顔を上げた。同時に、鳥かごに取り付いて壊そうとしていたノイエが振り返る。
 ノイエは右腕を掲げると、ノイバウンテンに変形させて呟いた。
「妨害するならば──排除する」
「……ノイエ……」
 フジノは苦しげに呻いた。何処までも無機質なノイエの顔からは、何の感情も読み取れない。
 今のノイエには何も見えていない。ただトトを手に入れるという任務を達成するためだけに動く、自我のない人形だ。
 ならば、せめて。
「フジノ」
 拳を握り締め、せめて一撃で仕留めようと身構えたフジノを制し、アイズが前に進み出る。
「アイズ?」
 何故止めるのか。
 目で問い掛けるフジノに笑顔を返し、アイズは、言った。
「言ったでしょ? もう大丈夫、ってね」

 アイズは“自分にできること”を理解していた。
 どうして今までこんな当たり前のことがわからなかったんだろうと、逆に疑問に思うほどに。

(芋虫がサナギから蝶になって──自分に羽があるってことに気づいた時は、こんな感じなのかな?)

 右腕を掲げ、真っ直ぐに伸ばす。
 トトが囚われた鳥かごを、今まさに破壊しようとしているノイエに向けて。

 ──そして、変化は突然訪れた。

 鳥かごの鉄柵が太い蔦へと姿を変え、ノイエの全身に絡みつく。驚いて暴れるノイエ、しかし蔦はびくともしない。
「この力は、あのときの……!」
 黒十字戦艦でゼロの中に吸い込まれたときのことを思い出すフジノ。
 やがて鳥かごはすべて蔦となり、そのうちの何本かはトトにも巻きついた。そのままゆっくりとトトの身体を運び、フジノの真上で突然離す。
「きゃっ!」
「うわっ!」
 落ちてきたトトを慌てて受け止めるフジノ。
 アイズは植物を操りながら苦笑した。
「ごめんごめん、まだちょっと力加減がわかんなくって。それより二人とも、手伝って!」


  目覚めよ 勇敢なる戦士達
  その身体 疲れ果て 紅き雫を流そうと
  その心 深く傷つき 冷たき涙を流そうと
  そなたらの魂は 清く気高く
  何人たりとも侵せはしない


 3人は輪になって手を繋ぎ、声を揃えて歌い始めた。
 中央では蔦に囚われたノイエが、何とか蔦から逃れようともがいている。


  暗き深き闇の中 地に伏し土を舐めた記憶も
  渦巻く戦火に身を焦がし 己に刃の突き立つ悪夢も
  そなたらの歩みを止められはしない


「……ここは……何処だ……?」
 蔦に囚われたノイエの口から微かな声が漏れる。
「ノイエ!? 私よ、フジノよ! 私の声が聞こえる!?」
「フジ、ノ……?」
 ノイエは顔を上げてフジノを見ようとし、突然頭を押さえて苦しみ出した。
「頭が、痛い……助けて、フジノ……!」

「ノイエ、今助けるからね……!」
 フジノが黄金の輝きを身にまとい、その背に光の翼が現れる。
「アイズさん、力を集中させるんです!」
「わかってるわよトト!」
 アイズの右手に埋め込まれた黒い宝石が光り輝く。
 トトは大きく息を吸い込むと、目覚めの歌の最後の一節を歌った。


  さあ 剣を取れ
  永きに渡る夜は終わり
  陽光が新たなる朝を告げる
  荒んだ躯うち捨てて
  蘇れ 雄々しきその姿


『目覚めよ 勇敢なる戦士達!』


 3人の歌声と共に、蔦が光のヴェールとなってノイエの身体を包み込む。
 瞬間、ノイエの背中から黒い影のようなものが飛び出し、光に掻き消された。
「ノイエ!」
 その場に崩れ落ちたノイエを、フジノが慌てて抱える。
「……フジノ……黙っていなくなって、ごめん……」
 ノイエは途切れ途切れに呟いた。
「僕、やっとわかったんだ……殺し合いは、何の役にも立たないって……それから……」


「僕は……君のことが好きだ」


「……ノイエ」
 一つ大きく息を吐いて、ノイエが穏やかに眠りに落ちる。
 フジノはノイエの頭を優しく胸に寄せ、抱きしめた。

「よかったですね、あの人……」
「いいな~。美少年は世界の宝だぞ!」
 アイズは馴れない“力”を使ったせいか、ぐったりしてトトにもたれかかっていた。
「……アイズさん、少し会わないうちに変わりましたね」
「うん。色々あったしね」
 アイズは明るく言った。
「喜んで、トト! どうも私、トトと同じらしいよ!」
「……無理しなくてもいいんですよ、アイズさん」
「あはは……うん……」
 アイズはしばらくそのまま黙っていたが、やがて真剣な眼差しで尋ねた。
「ねぇ、トト。私って、一体何なのかな?」
「……私は、アイズさんほど頭が良くないですから、どう言っていいのかよくわかりませんけれど……」
 トトは少し考えてから答えた。
「アイズさんは……アイズさんじゃないですか? 答えになってないような気がしますけど」
「ううん、そんなことないわ。そうよね。私は私だよね」
 アイズは自分に言い聞かせるように呟いていたが、やがてパッと顔を輝かせて手を振り上げた。
「よーし! こーなったら徹底的に力の使い方を研究しまくってバンバン使いこなしてやるぞーっ! ふっふっふっ……これからは今までの私じゃないわよ! “アイズⅡ”って呼んで!」
「あいずつー……言いにくいです」
「……冗談よ、トト。そこは真面目に受け取らないで」

   /

「何なんだ、この城は……?」
 魔女の城を見上げ、オリバーは呟いた。
 オリバーは独立軍を引き連れ、魔女の城の門前に立っていた。ルルドとカエデは既に入っていってしまったのか、何処にも姿がない。
 彼等と行動を共にしているパティ、ケイ、白蘭達も同じように城を見上げていたが、不意に響き渡った爆音と共に幻が一瞬大きく揺らぎ、大きく目を見開いた。
「今のは……! そうか、なるほど。ここがすべての原因だったのね」
「どういうことだ?」
「ここは元リードランス王国国立天文台。私達のお父様であるプライス博士の研究所、ケラ・パストルです」
 オリバーの問いにナーが答える。
 パティも視線を戻して言った。
「以前、ここの関係者に聞いたことがあるわ。対侵入者用に大規模なカモフラージュシステムを開発したってね」
「では、この城の中に?」
「ええ。幻を作り出している原因があるはずよ。まずはそれを止めなきゃ」
 パティが率先して門をくぐり、ケイ、白蘭、ナー、ロバスミが後に続く。
 オリバーは少し考えていたが、
「仕方がない。原因を突き止めるまでは同行させてもらおう」
 溜息混じりに呟くと、独立軍と共に城内に入って行った。

   /

「それにしても……この能力って、魔法なのかな」
 両手を握ったり開いたりしながら、アイズは呟いた。
「フジノとかスケアさんが使ってる魔法とは、随分違うような気がするけど。フジノ、何か知ってる?」
 フジノは子供を抱く母親のようにノイエの髪を撫でていたが、アイズに問われて真剣な表情で答えた。
「憶測でしかないけど。多分、アイズのそれは“すべてを生み出す力”だと思う」
「すべてを生み出す力?」
 アイズとトトが顔を見合わせる。
「ええ。昔、アインスから聞いた事があるわ。この世の中には通常の魔法とはまったく働きを異にする、“創造”の事象を引き起こす魔法があるんだ、って。少し前に、貴女の名前はハイムではありふれてると思うかって尋ねたこと、覚えてる?」
「え? あ、うん。覚えてるけど……それがどうかしたの?」
 フジノは少し躊躇う様子を見せたが、やがて意を決したのか、はっきりと言った。
「“すべてを生み出す力”──それは極めて稀な力で、アインスの知る限り、その力を持つ者は過去一人しか存在しなかったらしいわ。そして、その術者の名前が──」


「アイズ・バイオレット・ガーフィールド──だったそうよ」


「……それって……」
「これ以上のことは私にもわからない。でも、アインスの書いた書物が残っていれば、もしかしたら」
 フジノの言葉に、アイズの手がギュッと握り締められる。
 と、その時。
 部屋の壁を突き破り、深緑の髪の青年が雪崩れ込んできた。
「グラフ!」
「やあアイズ、トトとは会えたみたいだね。良かった良かった……でも、こっちはもうちょいかかりそうだね」
 苦笑混じりに言いながら、グラフが立ち上がる。
 途端、グラフの突き破った壁が爆発した。飛び散る破片からアイズとトトを庇うグラフ、フジノは咄嗟にノイエを抱きかかえて跳躍する。
 もうもうと立ち込める砂煙の中、赤く燃える長剣が大きく振りかぶられ──熱風に切り裂かれた煙の中から現れた二つ目の人影に、意識を取り戻したノイエが息を呑んだ。
「……アート……!」

 アートは一旦F.I.R-Ⅱを下ろすと、ゆっくりと部屋の中を見渡した。
「アイズ・リゲル。No.24『トト』。そしてフジノ・ツキクサ……か。なるほど、どうやらすべて貴様らの思い通りに進んでいるらしいな」
「アート、もうやめよう!」
 再びF.I.R―Ⅱを構えたアートにノイエが叫ぶ。アートは少し驚いたようにノイエを見つめ、やがて安心したように微笑んだ。
「アミの呪縛が解けたのか。そうか……良かった」
「……アート……」
「ノイエ。お前を俺の理想に縛りつけて悪かった。確かに、これは“愛”じゃない」
 アートの自嘲気味な呟きに、フジノが前に進み出る。
 と、それをグラフが片腕で制した。
「悪いな。これは俺とアートの問題なんだ」
「……死ぬ気なの? 貴方」
 フジノの問いかけに寂しげな笑みを返し、再度アートと対峙するグラフ……の背後に音もなく近づき、アイズはグラフをぶん殴った。
「イテっ! ……何だよ、アイズ!」
「バカ! 死んでどうするのよ! あいつがノイエのことを思って行動したように、あんただってあいつのことが大切なんでしょう!? それなら恨まれてでも止めてやりなさいよ、それが仲間ってもんでしょうが! あ~、もう!」
 呆気に取られるグラフの呆けた顔に、アイズは後ろ頭をぼりぼりと掻き。
 一つ大きく溜息を吐くと、


 グラフの顔を引き寄せ、強引に唇を重ねた。
 ゆっくりと唇を離し、まだ呆然としているグラフの胸を軽く叩く。
「まったく。男ってのはすぐに大事なものを見失うんだから。この続きは、無事に帰ってきたらしてあげるわよ」

 フジノとトトを促して、部屋の隅に向かうアイズ。
 その後ろ姿を見つめながら、
「……大事なもの……か」
 やわらかな感触の残る唇に触れ、グラフは軽く笑った。
「アイズ、やわらかかったな……それにいい匂いだし……あれが女の子ってもんなんだな。続きは帰ってきてから……か」

「アイズ、いいの? あのグラフという男、死ぬわよ」
 フジノが不吉な予感を口にする。
 しかし、アイズは平然と言い放った。
「大丈夫。王子様は勝つものなのよ」
「???」
 フジノとトトが顔を見合わせる。

 アートの心は静かだった。
 もう何にも心動かされるつもりはなかった。
 グラフに対する反発も、ノイエに対する思い入れも、すべては兵士になりきれなかった自らの心の弱さが招いたものだ。こうして兵士としての生き方を貫き通す決意をした今となっては、同様に自らの生き方を選択したグラフとノイエも許せる気がする。
 だが……何だろう?
 何かが足りない。
 目の前の二人にあって、自分にはない“何か”が。
(……今は考える必要はない。これから見つけ出していけばいいんだ)
 アートは深呼吸し、キッと前を見据えた。
「決着をつけよう、グラフ」

 グラフは振り返り、見守る者達の方を見た。
 何の心配もしていないかのように、アイズが平然とこちらを眺めている。トトはアイズの腕にしがみつきながら心配そうに、フジノは微動だにせずに静かに佇んでいる。
 そして……今にも泣き出しそうな顔で、この戦いを止めようとする自分を必死に押しとどめているノイエ。
 二人の視線が交わる。
 刹那、グラフは悟った。
(お前も気づいたんだな、ノイエ。俺達に欠けていたものに)
 グラフは穏やかに微笑むと、視線をアートに戻した。
「あとはお前だけだ、アート」

 風が吹き、二人の髪を揺らす。
 崩れた壁の隙間から吹き込む風は強く、二人の戦闘服が音をたててはためく。
 砂埃が舞い、アイズが軽く咳をする。
 ……やがて、風が止んだ。


 刹那、二つの影が交錯した。


 折れて弾け飛んだF.I.R-Ⅱの柄が、乾いた音をたてて床に落ちる。
 刃を受け止めたグラフの左手からは、鮮血がとめどなく流れ落ちていた。炎で焼け爛れた上に深く傷つき、見るも無残な様相を呈している。
 そして。
 アートの腹部には、グラフの右拳が深々とめり込んでいた。

「何故……だ……?」
 アートは震える手でグラフの腕をつかんだ。かつて己の危機を救おうとして暴走させ、失われたはずの、右腕を。
「グラフ。どうして俺は負けた……?」
「……お前は間違いなく完璧な兵士だよ、アート」
 呟き、グラフは腕を引いた。支えを失い崩れ落ちるアート、その身体をがっしりと受け止め、静かに言う。
「任務のためにすべてを賭して戦い抜いた、最高の兵士だ。でもな、たった一つだけ。俺達にあって、お前にはないものがある。それが勝敗を分けたんだよ」
「……何だ、それは……?」
「もう、わかってるんだろう?」
 アートが微かに目を伏せる。
 グラフは続けた。
「どんなに意志を強く持っても、その戦いに命を賭けて臨んでも。心の底から本当に信じていないもののために、本当の力が出せるわけがない。ブリーカーボブスの戦いで、スケアやバジルの強さを知ったとき。あのエンデとかいう奴が俺達の身体を乗っ取ったとき、俺達3人とも、本当はとっくに気づいてたんだ。ハイムだけが絶対の正義じゃないってことに。だけど他に何を信じていいのかわからなくて、無意識の内に気づいてないふりをしていた。そのことに、俺とノイエはほんの少しだけ早く気がついた。俺達は運が良かったんだよ」
 グラフは穏やかに微笑んだ。
「なあ、アート。自分は戦闘用人形だからとか、ハイムの兵士だからとか。そんな凝り固まった考えで自分を縛る必要はないんだぜ。もっと気楽にいけばいいんだ。まぁ、今は少し休めよ。人生長いんだ、急ぐことはない……そのうち色々と見えてくるさ」
「……そうだな……」
 アートも微笑み、静かに目を閉じた。


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2010年10月20日 | マリオネット・シンフォニー
 
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 アイズ・リゲル   No.24『トト』   フジノ・ツキクサ
 フェルマータの章 終了記念    スケア&バジル


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  フェルマータの章











































  第1話  予定外の荷物   第2話  トトとの出会い   第3話  守り、導く風
  第4話  浴室にて   第5話  分解   第6話  母と娘
  第7話  悔恨   第8話  二人の姉   第9話  ファンファーレ
  第10話 紅き翼の襲撃者   第11話 稲妻をまとう者   第12話 山道にて
  第13話 迎撃   第14話 閃光   第15話 天才少女
  第16話 リード   第17話 傀儡の刃   第18話 抱擁
  第19話 狙撃   第20話 スカウト   第21話 天使
  第22話 覚醒   第23話 追憶   第24話 その胸の中に
  第25話 降り注ぐ光 1   第25話 降り注ぐ光 2   最終話 旅立ち ※おまけ

  浮遊島の章


















































  第1話  新たなる三人   第2話  再会   第3話  一輪の花
  第4話  歓待   第5話  扉の向こう   第6話  束縛
  第7話  潜む者   第8話  過去との対峙   第9話  黄金の輝き
  第10話  慈愛   第11話    第12話  えーっと……
  第13話  起動   第14話  世界が私を嫌ってる   第15話  発覚
  第16話  仲間入り   第17話  微笑み   第18話 
  第19話  ……あっ   第20話  どうする? ウサちゃん   第21話  ボノボノ君、登場
  第22話  小さな英雄   第23話  見守る少女   第24話  剥奪
  第25話    第26話  あなたは私   第27話  口づけ
  第28話  本当の親子   第29話  舞い降りる絶望   第30話 


●リテイクイラスト

 その1   その2