太 極 拳 最 高 

健 康 を デ ザ イ ン す る

太極拳の呼吸の考え方

2006-10-31 16:22:12 | 太極拳
 太極拳では呼吸法のことを 「調息」 といって、とても大切にしています。この調息は太極拳だけではなく、気功でも禅でも大切にされているものです。普段私たちが行っている呼吸法は、自然呼吸法です。

1.自然呼吸法
 これは無意識で行っている呼吸法で、自然呼吸法とか生理呼吸法と呼ばれているものです。意識に左右されない呼吸法で、むらがなく細く柔らかい呼吸法ですが、短く詰まっているという欠点があります。呼吸に意識を向けない呼吸法は、一分間に15~18回行っています。このときの脳波は、周波数13~30ヘルツの β (ベータ) 波です。この呼吸法は立式鍛錬に適しています。

2.深呼吸法
 自然呼吸法を基礎にした深く長い呼吸法で、鼻から吸って鼻から吐く方法と、鼻から吸って口から吐く、「鼻吸口呼法」(びきゅうこうこほう) があります。鼻吸口呼法で気をつけなければならないのは、吐くときに邪気を出すのだという意識を持つことが大切です。そうしませんと大切な 「真気」 が出て行ってしまいますから。

3.胸式呼吸法
 胸腔部を拡張したり縮小したりする呼吸法で、息を吸うときに胸をふくらませ、下腹部を少し縮小させます。呼気は逆にします。息を吸うときには、自然呼吸よりも胸がふくらんでくるのを実感しながら行います。
 息を吸うときに、吸った息が、みずおちの後ろの背骨に張り付いて、下から上に上がって行くイメージで行います。呼気はこの逆を行います。 

呼吸と脳波

2006-10-29 06:14:40 | 太極拳
 呼吸を普通に考えますと、生命活動に必要な酸素を取り入れることと思うのですが、実際には逆です。生命活動に害のある二酸化炭素を、体の外へ排出することができれば、酸素は自然に入ってきますから、呼吸の基本は吐く息にあるといえます。
 私たちが日常生活で行っている自然呼吸は、一分間でおよそ14~18回くらいで、このときの脳波は β 波ですが、呼吸に注意して深い呼吸にしますと、一分間におよそ6~8回となり、脳波は α 波になつて精神的に落ち着くことができるようになります。太極拳に限らず、ヨガや気功、禅などでも最も大切にされてきたのが呼吸法です。武術や声楽にしても基本は呼吸法です。
 白隠禅師の夜船閑話 (やせんかんな) に 「呼は心肺より出で、吸は腎肝に入る。一呼に脈の行くこと三寸、一吸に脈の行くこと三寸、昼夜に一万三千五百回の気息あり。脈一身を巡行すること五十次。火は軽浮にしてつねに騰昇 (とうしょう) を好み、水は沈重 (ちんちょう) にしてつねに下流に務む」 とあります。
 これを要約しますと、静脈血が含んだ炭酸ガスは、吐く息によって心臓から肺へ、そして肺から体外へ排出されます。吸気によって酸素を取り込んだ動脈血は、腎臓と肝臓に入ります。一回の呼気と吸気で血は三寸づつ流れると表現していますが、この三寸は必ずしも三寸を意味するものではなく、流れのよさを表現したものです。一昼夜の呼吸数は13,500回、血が一日に全身を巡ること50回。火に例えられる心臓から拍出する血液は上がりやすく、水に例えられる静脈血は、引力に反して上がりにくいから、からだ全体に気血を行き渡らせるために、呼吸が必要であるということです。

呼吸のこと

2006-10-28 20:39:30 | 太極拳
 呼吸といいますのは、「呼」 が先で 「吸」 が後ですから、吐くほうが先で吸うほうが後ということになります。息を吐ききってしまえば、吸うほうは自然に入ってきますから、吐く息に意識すれば、吸う息は意識しなくてもいいわけです。
 私たちの体の細胞が元気になるためには、食物とともに酸素が必要です。特に多くの酸素を必要とするのは脳です。脳は酸素だけではなく、エネルギーも一日500キロカロリーと、たくさんのカロリーを必要としています。
 私たちの命は、親から受け継いだ 「先天の原気」 と、食物と酸素によって補われる「後天の気」 によって成り立っています。命を保つためには、取り入れた酸素と栄養素を、エネルギーに変える必要があります。
 呼吸の目的は、人間としての体と、外界との気体交換です。肺が酸素を取り入れて、血液によって各細胞に運び、代わりに二酸化炭素を吸収して体外へ排出します。肺には3~5億個の 「肺胞」 があり、1マイクロメートル (千分の一ミリメートル) の細胞膜でおおわれていて、その膜を介して空気と血液がふれあって、血液が通過する僅か1秒の間に、素早くガス交換をしています。
 呼吸は、肺が行っているわけではなく、吸気をするときには胸鎖乳突筋、斜角筋、外肋間筋、外腹斜筋、肋軟骨間筋の助けを借りて行っています。呼気のときには内肋間筋、内腹斜筋、腹横筋、腹直筋などの助けを借りて行っています。息を吸うときには横隔膜が下がり、肋間筋などの働きによって胸郭が押し広げられ、肺胞の一つ一つがふくらんで空気が入ってきます。呼気は逆になります。
 これらの動作は、大脳の指令によって、呼吸筋運動を支配する脊髄神経根と、延髄によって行われています。息を吐くと横隔膜が上がって弛緩し、副交感神経が刺激されて働きが旺盛になり、交感神経が抑制される結果、リラックスすることができるようになります。

息のこと

2006-10-25 06:05:53 | 太極拳
 インスピレーションという言葉がありますが、これはイン (入る) とスピリット (息) を組み合わせてでき上がっています。ひらめきも元気も息から生まれたものであることを、昔の人は言葉で残しておいてくれたのですね。「いきる」 とは 「息る」 ことであり、 「いきもの」 は「息もの」 であり、「いのち」 とは 「息の内」 であるといわれています。生きるとは当に 「息をする」 ということでした。
 太極拳でこの息を扱うことを、「調息法」といいます。調身・調息・調心の三調の一つで、太極拳の第二段階ということができます。三調のうちどれが一番大切かということは、鼎 (かなえ) の軽重を問うという言葉の通り、三本足の 「鼎」 のどの一本が欠けても鼎は倒れてしまいますから、結論を出すのは難しいものがあります。
 ただし三調の第一段階である調身ができていませんと、動作に呼吸を合わせる 「調息」 をするのは難しいですから、基本は調身であるということはいえますでしょう。
 私事で恐縮ですが、昨日母の満中陰・四十九日の法要を済ませ、ホッと肩の荷を下ろしたところです。心身リフレッシユのため紅葉を尋ねてきます。ブログはしばらく休ませてください。

にんげんの呼吸

2006-10-24 06:09:44 | 太極拳
 人間の呼吸回数は、一日に約2万回、一生を通じては1億回以上も、ひとときも休むことなく続けられています。一分間の平均的吸気量は、安静時で7.6リットル、起床時には15.2リットル、ジョギングをしているときには52.0リットルあります。
 呼吸は肺が勝手にやっていると思っているかもしれませんが、呼吸に注意を向けずに呼吸をしていますと、弱く浅く力のこもらないものになってしまい、自分では気がつかないうちに気力が衰えて、精神的な逞しさがなくなり、考え方もネガティブになり悲観的になっていきます。
 呼吸と人の能力には因果関係がありまして、落ち着きのない人や集中力の乏しい人は、決まって呼吸の浅い人です。呼吸が浅いとイライラしたり、キョロキョロと落ち着きをなくしたりします。
 動物のことを英語で animal といいますが、これはラテン語の anima 「呼吸」「生命」からきています。精神・心・霊魂を英語で spirit といいますが、ブランデーなどの強い酒もスピリットといいます。このスピリットの語源は、ラテン語のスピラーレで 「息」 の意味です。西洋でも息が魂であり、生きる力であったわけです。

「息」 とは 「生き」 のこと

2006-10-23 09:12:08 | 太極拳
 私たちは十日くらい食べなくても生きていられますが、呼吸は五分も止まったら生きてはいられません。五分くらい大丈夫という人も中にはいるでしょうが、それでも脳のほうには影響が出ます。なにしろ脳は大食いの臓器で、カロリーも酸素も並大抵ではありませんから。
 私たちは呼吸のことを 「息」 と呼んでいますが、息といいますのは、自と心を合わせた字で、自分の心と同じくらい大切なものという意味なのでしょうか、それとも自分の心で自由になるものという意味なのでしょうか。漢和辞典を引いてみましたら、自というのは鼻のことで、心は体のこと、とありました。昔の人もいまの人も、自分のことを指すときにはきっと、人差し指で鼻を指していたのでしょう。
 鼻と体の組み合わせが息ということですから、「息」 はやはり 「生き」 に通じていたのですね。太極拳では呼吸法のことを 「調息」 といい、三調の一つとして大切にしています。三調は 「調身」「調息」「調心」をいいます。

技は尾を引くように

2006-10-22 10:17:15 | 太極拳
 太極拳の技は、前の技と後の技をとぎらせないようにつなげます。それを太極拳用語で「相連不断」(そうれんふだん) あるいは 「連綿不断」 といいます。そうした様子を太極拳論では、「長拳者、如長江大海、滔々不絶」 長拳 (ちょうけん・太極拳)は、長江 (揚子江) や大海のように、滔々として絶えることがない。という表現をしています。
 この前段に 「勿使有凸凹処」 凸凹する処あるなかれ。 「勿使有断続処」 断続する処あるなかれ、と、頭の高さを高くしたり低くしたりする、凹凸をせずに、また、技と技の間がとぎれたりしないように、滑らかに舞うことが要求されるわけです。
 後年楊派の楊澄甫 (ようちょうほ) が太極拳術十要の中に相連不断を組み入れ、技が切れたり繋がったりすると、それが相手に乗ずる隙になるから要注意だとあります。太極拳は力を使うものではなく、気のエネルギーを使いますから、気の通りを良くする上でも技の断続があってはならないわけです。

上体を垂直に

2006-10-20 16:34:16 | 太極拳
 明日は朝早く出かけなければなりませんので、明日の分を今日の内に書いておきます。
 9月24日付けの、からだを垂直にという記載がありますが、それとは視点が違いますので、申し添えます。
 上体を垂直に保つといいますのは、コマが勢い良く回っている時のように、ジッと動かずに、澄んだ状態と同じ状態を保つということです。
 脊椎動物は、脊椎を軸にして体躯を支持していますので、左右対称になっています。特に人間の場合には、立って動作していますから、左右だけではなく前後のバランスを取ることも必要です。
 上体を垂直にするには、まず背骨のS字型を修正しておく必要があります。スポーツでは尻を後ろに突き出して出っ尻にしますが、太極拳では尻を前に出して背骨を真っ直ぐにします。そうしておいて肛門を締めて 「提肛」(ていこう) にしますと、尾骨の先端にあります長強 (ちょうきょう・尾閭・びろ) が少し巻き上がり、頭のテッペンにあります百会 (ひゃくえ) のツボとが垂直になります。これを太極拳用語で尾閭中正といいます。
 同じような表現に 「立身中正」「身宜中正」「頂頭懸」 などがあります。
 「提肛」の効用
  ① 体の中の精気が外に漏れ出さないので、活力が
    増す。
  ② 背中の正中線の督脈の気の流れが促され、全身
    の十二の正経と八の奇経の全ての経絡を刺激
    して、全身を活性化させる。
  ③ 会陰のツボを刺激して、腎陽の気を泥丸 (でい
    がん・視床下部の辺り) に上げ、考え方を
    ポジティブにしますと同時に、全身に活力が
    みなぎります。
 

太極拳は奥が深い

2006-10-20 08:38:57 | 太極拳
 太極拳には奥行きがあります。追いかければ追いかけるほど先に行ってしまう、逃げ水のように…
 それは一年経験すれば一年だけの、三年経験すれば三年の結果をもたらしてくれます。簡化二十四式太極拳では、およそ一年で型を覚え、この型の次はどの型だっけというようなことがなくなって、型のことを考えずに舞うことができるようになります。
 この頃から、動作に呼吸を合わすことができるようになってきます。すると、体の中で変化が出てきます。血液の流れが良くなってくるのです。太極拳の背景には、易経 (えききょう) の陰陽、五行の思想がありますから、その動きも理にかなっています。ですから太極拳を演舞しますと、血液だけではなく、リンパ液、消化液、唾液などの津液と呼ばれる体液の流れも促してくれます。
 私は十八年余り経験を積んでいますが、これでいいというところがありません。 「拳は三術を講ず」 という言葉があります。 「拳講三術、技・医・芸術」というのがもとの言葉ですが、拳は技術、医術、芸術の三つを極めるということで、技術は武術としての技、医術は体の成り立ちを弁えた上で、養生術や鍛練の法を実践する意味での医、さらに芸術といいますのは、完成された武術の技は、それ自体が芸術であるということです。

ものを見つめない

2006-10-19 05:55:45 | 太極拳
 私たちは自分が気が付かないでいると、どうしても対象物を見つめています。例えばテレビがいい例です。自分のお気に入りの番組なら尚更です。ではどうして見つめてはいけないのでしょうか。それは目から気が出て行ってしまうからです。気の無駄遣いということです。
 太極拳では、両眼を正面に向けて、平行的に対象物に目を向けますが、目は凝視をせずに遊ばせておきます。これを二目平視といいます。この場合見つめないとはいいましたが、目からは、出きるだけ多くの情報を取り入れる必要がありますから、漫然と見るのではなく、注意深く見る必要はあります。
 太極拳は普通は型だけを独りで行いますが、二人で行う推手というのがあります。推手で相手と向かい合った時、相手の動き、呼吸、心理状態、状況の変化などの全てを読み取るのは目です。
 このことを古人は 「拳技以眼為尊、眼為心之苗」   拳技は眼を以て尊しとなす、眼は心の苗となす、といっております。心に思うことは必ず目に表れます。これが眼は心の苗ということです。つまり、相手の目の動きや輝きから、その意図を見抜くことができますし、それができれば素早く対処ができるということです。
 二目平視と同じような意味の言葉に 「八方眼」 があります。
 

動きの中に静けさを求める

2006-10-18 06:11:00 | 太極拳
 太極拳の動きの中に、ゆったりとした心と体の環境を作り出し、変化する動きの中でも、心だけは、波間にたゆとう小船のように、ゆったりした気持ちでいることを太極拳では、動中求静 (どうちゅうきゅうせい) といいます。
 太極拳は動く禅といわれておりまして、動きの中に静けさを求めて演舞しますと、精神が安定して“行禅”の状態に入ります。この状態を入静といいまして、脳波はユックリとした曲線を描く8~13ヘルツの α 波になります。このアルファ波が前頭前野にあるA10(エーテン) 神経を刺激して、エクスタシー状態にしてくれます。
 この動中求静を昔の人が言い表した言葉があります。
 黙然としているもまた動なり。 (孫殯)
 静は静動にして、不動にあらず。 (王夫子)
 静は動を含み、動は静を捨てず。 (王夫子)
 静中動にふれ、動なお静の如し。 (王夫子) 

何はともあれ 力を抜きましょう

2006-10-17 10:27:33 | 太極拳
 今日は腰の力の抜き方を勉強しましょう。立つときの姿勢は、武道でもスポーツでも尻を後ろに出っ張らせて、出っ尻にしますが、太極拳では逆に尻を前に出して、尻と背筋が一直線になるようにします。横から見た人間の体はS字状をしていますから、それを半円の形に近づけるようにします。太極拳では「弧は気を通す」といわれておりますように、できるだけ弧に近づけるようにします。
 腰といいますのは、仙骨の上からベルトラインまでの腰椎の部分をいいます。この腰の部分は普段、上側が前に倒れていますから、尻を前に出すことによって垂直にします。こうすることによって、気の通りをよくするわけです。
 腰は重要な場所ですから、それを知っていただきたいとして、多くの格言が残されています。「腰で主宰する」「絶えず腰間に心を留める」「気は車輪の如く腰を車軸とし…」「機を得、勢を得ない所があれば、その欠点は必ず腰、脚に求めなければならない」など。
 太極拳論をみてみますと「主宰于腰」腰が主宰するとあります。また「練拳不練腰・終生芸不高」武術を修練するときには、腰の鍛錬を怠っていると、一生かかっても上達は望めない、といわれるのも、うなずけます。腰は体の主軸であり、手を動かす場合にも、腰の動きに従って動かすようにしたいものです。

あなたは気のことが 気になりませんか

2006-10-16 09:08:50 | 太極拳
 太極拳というのは、元をただせば、気を扱う武術なんです。だから体の中を気が通りやすいように、体の力を抜くのです。力の入る場所というのは筋肉ですから、筋肉を緩めるということになります。
 「気」 といいますのは、人間の生命活動を担うもので、血液やリンパ液などを輸送したり、体を温めたり、外の世界から入ってくる病原菌に対処したり、体の中の重要なものを外に出させないようにしたり、取り入れた栄養素などを変換したり、さまざまな役割をこなしていると、中国医学ではみています。
 太極拳で気を分類しますと、次のようになります。
 ①元気  両親から受け継いだ先天の気
 ②宗気  胸の奥、中丹田にある気
 ③営気  経絡を循環する気
 ④衛気  血管以外の皮膚や筋肉を流れる気

おさらい的に気のキーワードを探ってみましょう。
 (1)気とは、周波数を持った、人間の生命エネルギー
    である。
 (2)気はそのままでは、人間が目にすることはできない
    が、電磁場の形で存在する。
 (3)気はその特徴として、「生命情報」 を持っている。
    電気的な情報収集によって、そのエネルギーを
    集約、凝縮しているとみられている。

東洋的に 気 をみる

2006-10-15 07:28:32 | 太極拳
 私たちの体は水素60.3%、酸素25.5%、炭素10.5%、窒素2.4%など29種類の元素で出来上がっていますが、29種類の元素を組み合わせただけでは、生命は備わりません。そこで登場するのが気です。
 人間の体を構成し、生命活動をする上でも、気が存在しなければ、人間としての生命は成り立たないということです。その生命を持つ人体は、目に見える有形の肉体と、目には見えない精神などの無形のものとがあります。目に見えるたましいを「魄」といい、目には見えないたましいを「魂」といいます。両方を合わせた魂魄 (こんぱく) という言葉は、お聞きになったことがあると思いますが。
 体の29種類の元素の内の4種類だけでは、飽き足りないでしょうから、あとの分も書き加えておきましょう。上記の4種類で既に98.7%を占めていますから、残りの1.3%については元素名だけを列記しておきます。
 ナトリウム、カルシウム、リン、硫黄、カリウム、塩素、鉄、亜鉛、銅、フッ素、ヨウ素、セレン、ケイ素、ヒ素、ホウ素、マンガン、モリブデン、コバルト、クロム、バナジウム、ニッケル、カドミウム、スズ、鉛、残りの25種類でした。
 

気のことが気になって

2006-10-14 08:55:47 | 太極拳
 気のことが気になって、気と付く言葉を辞書で調べてみましたら、何と200以上もあるではありませんか。余り沢山あるので200を超えたところで、調べるのを止めてしまいました。あとどのくらいあるのか見当もつきません。
 「気」 というのはどうも、あるにはあるが形のハッキリしないもの、例えば空気だとか電気などというようなものに、気とつけているようです。気のことを西洋では 「プネウマ」 といい、東洋では 「気」あるいは 「プラーナ」という呼び方をしています。昔は、洋の東西を問わず、人体には生命エネルギーがあると信じられていて、生体エネルギーの呼称として、世界各地で呼び方が異なっていました。
 西洋では
 ① 自然治癒力(ヒポクラテス)
 ② ニューマ (ピタゴラス)
 ③ アルケウス (パラケルスス)
 ④ 動物磁気 (アントン・メスメル)
⑤ オードの力 (カール・フォン・ライツェンバッハ男爵)
 ⑥ 生命力 (サミュエル・ハーネマン)
 ⑦ オルゴン・エネルギー (ウイルヘルム・ライヒ)
 ⑧ オーラ (欧米の霊能者) 
などと呼ばれていました。近年に入りますとデカルトが、心と体は別物であるとする 「二元論」を唱えて以来、全ての面において二元論が、科学の根底に据えられることになりました。現代に入りますとそれはさらに徹底して、物事を細分化して発生源を探ることが 「科学的」 であるとして、マクロからミクロへの挑戦が始まりました。