シロタビの、B級旅行イバラ道

「るるぶ」片手に定番記念写真を撮るだけが旅行なのだろうか? 観光名所のその陰で、ひっそりと怪しい光が待っている・・・

バブルと宗教・・その残骸・・・~ハニベ岩窟院とユートピア加賀の郷(後編)

2008年11月26日 22時53分30秒 | B級スポット北陸
 ハニベを午後1時に出発した後は、「松井秀喜ミュージアム」や「日本自動車博物館」等を割愛しつつ、一気に南へ下る。
今夜の宿が滋賀の彦根にとってあるので、あまり寄り道出来ないのだ。
しかし、どんなに慌ただしい旅でもココだけは寄らねばならない。 
国道8号を快走していると、加賀温泉駅の後方の高台に見えてきてしまうのだ、巨大な観音様が・・・。

そう、まさにこれこそバブルの残骸、「ユートピア加賀の郷」である。

などと大げさに書きつつ、実は写真は1枚しかないのだが。

併設されていた遊園地が廃墟になっていたのは知っていたが、それ以外のホテルやらジャングル風呂やらもすべて閉鎖で廃墟一歩手前。 その廃退的な澱んだ空気に負けて、ウロウロ散策してシャッターを押す気が起きなかったのだ・・・。


とりあえず唯一の写真がこれ。 バブルの絶頂期に、全国津々浦々にテーマパークが出来まくったワケだが、その波に乗ってここ加賀にも260億も注ぎ込んで造ってしまったのだ。 テーマはスペインでもオランダでもなく、なんと「仏教」。 まあコンセプトとしては牛久大仏と同じようなものだが、あちらは現役バリバリ営業中。 とりあえずバックに控える首都圏人口の多さと、遊園地とかヘンなものに手を広げすぎなかった堅実さが生死を分けたのかもしれない。
牛久大仏と同じように胎内巡りもできるが、そちらのほうは撮影禁止ということもあって、ネット等で検索してみて欲しい。 凄まじい金ピカ世界が広がってるそうで、バブルの恐ろしさをまざまざと見せ付けられる思いである。 本当にあの時代は、「何をやってもカネが稼げる」と人々を狂わせたんだなぁと実感できる物件である。
まさにバブルの狂気を記憶するモニュメントとして残されているかのようだ。
ちなみに牛久大仏の120mに対して、加賀の観音様は73mだそうだ。 いや別に牛久の方がデカ過ぎるだけで、凄まじいジャンボ観音であることは変わりないのだが、ちょっと残念な数字だ。

その後は、ご当地カレーかと興奮してしまったチャンピオンカレーで腹ごしらえし、定番の東尋坊へ。


柵等が一切無く、一番下まで降りて釣りしている人がいるのに驚き。 転落事故とか多いのではあるまいか。
そういえば東尋坊は自殺の名所ということで、あちこちに思いとどまった時のための公衆電話が設置されているのには笑った。


遊覧船に乗って、40分のクルージング。 ついでに下からパシャリ。

お土産物屋にB級臭というか、昭和の香りはしたが、とにかく人が多くて賑わっていた。 
しかし人工の施設はあっという間に老朽化するのに、自然の造形とは、どれほど長い時間、変わることなくそこに存在し続けていることか。
我々がバブルで舞い上がっていようが、不況で喘いでいようが、自然は変わらずにそこに存在しているのだ。

10年かそこらで廃墟になっていく物件の後に東尋坊を訪れると、そのあまりにも対照的な姿になんとも言えない気持ちになる。 これもまたB級スポット巡りのちょっとした面白さかもしれない。


とりあえずこの日はそのまま彦根まで走り一泊。 翌日「忍者選手権」をやっているという事で、「甲賀の里忍術村」へ潜入しようと思ったのだが、1歳の坊やにはあまりにもキツい地形と、1000円というA級スポット並みの料金(笑 に押し返されてしまった。
結局、 「息子が手裏剣投げられるようになったら来よう」 ということで嫁と意見一致し撤収。
名古屋へと帰宅の途についた。


これが、余りにも魅惑的な「甲賀の里 忍術村」の正門。
まだ深夜に放送してた頃の「銭金」で知りました。
とりあえずウチの息子が4歳くらいになるまで潰れないで・・・・

2007年10月7日訪問

バブルと宗教・・その残骸・・・~ハニベ岩窟院とユートピア加賀の郷(前編)

2008年11月15日 20時06分41秒 | B級スポット北陸
僕が超B級スポット「ハニベ岩窟院」を知ったのは、「探偵ナイトスクープ」で紹介された時だ。 「失楽園地獄」や、「ノーパンしゃぶしゃぶ地獄」などの変な塑像だらけの洞窟で、しかも宗教法人として紹介されたものだから、いかがわしさ十分であった。 院主の都賀田伯馬氏のキャラもなかなかインパクトがあった。

あの時行けば良かったとつくづく思う。
なぜなら、ナイトスクープの放送後しばらくして、院主様が強制わいせつの罪でタイホされてしまったから。
おかげで、時事ネタオブジェもほとんど撤去されてしまった。
しかし、我が家から小松市まで200㌔以上あるんだから、何かのきっかけでモチベーション上がらないと行く気起きないんだよなー・・
などと考えながら、北陸道を快走していた。

今回は1泊2日の北陸旅行である。 泊まりでハニベというのも凄い話だが、これに付き合ってくれる嫁も素晴らしい女性だと思う。

小松ICで降りて、山の方へ向かう。 途中巨大なイオンの前を通って、「どこの街も同じだなー」と思いつつ、ナビの言うとおりにクルマを走らせた。
目的地周辺に到着すると、木陰の向こうからいきなりコレが現れる。


うわさに勝る凄まじいインパクトである。 遠くからは全く見えず、駐車場のそばまで来るといきなり現れるから始末が悪い。
この仏頭、高さ15mもあるのだが、完成すれば全身33mの巨大大仏になるそうな。
院主が例の有様なので完成は果てしなき先となりそうですが。

ちなみにハニベとは、昔の「埴輪」を作る人、すなわち「ハニワ師」が変化したもので、現代で言う所の彫塑家の事だという。 初代院主の都賀田勇馬氏が石切り場の跡地を利用して開洞し、自らが造った多くの仏像を安置したのが始まり。

2代目院主は、ナイトスクープにも出た都賀田伯馬氏。


とりあえず中に入る。 参拝料は800円。 どうでもいいが、B級スポットというヤツは、何故500~800円がほとんどなのだろう。 特に700・800円がスイートスポットだ。
B級スポットなど、内容から言えば200~300円が適正価格だと思うが、値段を半額にすれば客が倍になる訳ではない。
本当に興味のある人だけ見てくれればいいという訳で、多少高めの設定になっているのだろう。
「分かるヤツだけ分かればイイ。俺はもう分かるヤツしか相手にしたくない」(湾岸ミッドナイト風)という訳である。
だからといって、1日楽しめる訳でも無いのに4桁取っては、興味ある人も逃げていってしまうだろう・・・・という事を考えると、700~800円というのは、非常に理にかなってる料金設定かもしれない。

ちなみに上の写真の左側の像は、地元加賀商人の英雄、銭屋五兵衛である。 ここの院主様は、親子2代に渡ってこういう塑像を地元の公園等に寄贈しており、実はけっこう実績のある彫塑家である。 日展等の常連だったようで、少なくとも彫塑家としてはイカサマではない。


入って右側に歩いていくと、小さな池を渡り、そこから結構急な階段で山登りとなる。途中、隆明殿という美術館みたいな小屋があり(院主様のプロフィールも飾ってある)、そこを抜けるとメインの洞窟へと入っていく。
で、いきなり現れるのが上の子供の像。 なんでもお釈迦様誕生の瞬間だそうだ。
生意気なガキにしか見えないが・・・・

ちなみに、洞窟に来る途中に木造のボロ屋があって、その時はスルーしてしまったのだが、後でネットで調べたらそれが「ハニベ道場」だと知って後悔。 写真撮っとけば良かった・・・。


パンフによれば、洞窟の最初は「釈迦一代記コーナー」。
これは断食中のお釈迦様で、アバラの浮き方がすごい。
ハニベは知る人ぞ知る珍スポットだが、作品の出来は素晴らしい。本物だ。

釈迦コーナーが終わると、院主様のアトリエが見えた。 造りかけのブロンズ像が放置されたりしていて、少し今後の創作活動が心配される。


お次は「インド彫刻館」。ここはエロティカルな彫刻が多く、裸の女神様や、男女が凄い体位で絡み合ってるレリーフ等が飾ってある。
坊やも意味も分からず大喜び。


そして次のエリアが、メインの「地獄コーナー」。
ここに足を踏み入れた時、何故ハニベが日本で10指に入る珍スポットなのかを、誰もが身をもって思い知る事となる。

まずは「轢き逃げの罪」。 お土産物屋にあった絵はがきにも使われていたスプラッタシーン。
大阪で3キロも被害者を引きずったという轢き逃げ犯は、こんなモンでは済まないだろう・・・。


これは「食べ物を粗末にする罪」。 食べ物を無駄にすると、自分が地獄で鬼の食料になってしまいますよ、というわけ。
道徳的にはいい事を言ってるのだが、これを子供たちに見せて教育効果があるかどうかは分からない。


で、鬼の食卓に並ぶと。 メニューは当然グロいモノだが、ちゃんと煮物の具が人間の耳の形になっていたり、造り込みは細かい。


で、鬼の食卓専属シェフ。地獄コーナーはほとんど、息子である現院主の作なのだが、どういう感情でこういうモノを造っていたのだろうか。
なんか変に興奮しながらグロい部分を彫ったりしてたら嫌だなぁ・・・


地獄を抜けると、不動明王、エンマ大王と続く。 この辺は父上である初代院主の作。
息子もなかなかやるが、やはり父親の造形は見事だ。

洞窟はこれでお終い。 外に出ると、少しの山登りで涅槃像に出会えるらしいのだが、地獄巡りで流石の坊やも疲れたっぽいので撤収することにした。

80年代までは、本気で巨大大仏を完成させるつもりだったらしく、参拝料や水子供養料で豪遊できるほどだったという。 しかしバブルも弾け、思うようにカネも集まらず、いつしか客寄せのためにB級オブジェ造りに傾倒していったのかもしれない。
「北陸の稀代の彫塑家親子の美術館」として考えれば、なかなか作品の出来からいっても800円の価値はあると思うが、やっぱり「宗教法人も喰ってかなきゃいけないんだよな」というドロドロした部分が見えてきてしまう。 「人が集まるんなら・・・」と、あらぬ方向に暴走してしまう、珍スポットはこうして出来るんだというひとつのパターンを垣間見た気がした。

あと、どうでもいいことだが、パンフには「傘1000本用意してあります」と印刷されている。 雨が降っても大丈夫ですという事だが、1000本は多すぎやしないだろうか・・・・(後編に続く)

2007年10月7日訪問


伊吹山からゴールデンルートをゆく・・・~関ヶ原ウォーランドと養老ランド再訪(後編)

2008年11月11日 23時06分51秒 | B級スポット岐阜
関ヶ原を出発し、R365から県道へ入り養老へ向かう。
この道は、岐阜県の「花街道プロジェクト」の一環で、「薩摩カイコウズ街道」と呼ばれている。
なんで薩摩かというと、沿道に植えられたカイコウズが鹿児島県の県木で、岐阜県と鹿児島県が「姉妹県」(そんなのあったのか・・・)だからだそうである。

そんな川沿いの快走路を20分ほど走り、養老へ到着。 今回はいきなり養老ランド専用駐車場に入るが、ここでも300円取られる。他の養老公園の駐車場も有料だし、なにげに養老駅から近いというのもあるのだろうが、駐車場有料は養老ランドにとって集客面では大きなハンデだ。


というわけで正門。 晴れた土曜日の午後1時だが、人影は皆無だ。
入って左手にある「レストランひまわり」でとりあえず昼食。 ここはまあまあ綺麗なレストランだった。 孤独なランチを覚悟したが、自分ら以外にも1組食事中でとりあえず安心。
ちなみにここの調理師のおじさん、いきなり外に出たかと思ったら、室内メリーゴーランドを動かしていた。
まーいろいろやらなきゃいけないんでしょう(笑  人件費も大変だし。


そして遊園地エリアへ。 期待通りの閑散とした風景。 真ん中にポツンといるのがウチの坊主。
前回見れなかったいろいろな施設をじっくりと検分して回る。


一通り見回った後は乗り物へ。 まずは回転ボート。


お次はマニヤ感涙、デパートの屋上ですら絶滅寸前であろうレトロな観覧車。
ちなみに養老ランドでは、「ワンダーホイール」と呼ぶ。
もともと山の中腹の遊園地なので、こんな小ささでも景色はいい。


最後にテールタワールなるアトラクションへ。
こいつは養老ランド髄一の絶叫マシンだった・・・。

今回は動物広場には行かずここで退散。


これは退色激しい園内案内図。 検分して分かったが、ちょこちょこと変わってはいるようだ。 下の拡大画像にある「流しソーメン」は完全にご臨終だった。


流しソーメンの左に「料亭・瓢」というのがあるが、これがまたいい感じにくたびれた物件だった。 HPによると、高級しゃぶしゃぶを食べさせてくれるそうなのだが、とてもしゃぶしゃぶが美味そうに感じる外観では無かった。
予約があるときだけ一生懸命掃除してくれるのだろうか?

2回にわたり養老ランドを楽しんできたのだが、これほど昭和の遊具だけで営業を続けているという所はそうそう無いだろうから、非常に貴重、かつ素晴らしい所である。 園内も綺麗で、花壇とかの手入れもしっかりされていて、頑張って営業を続けて欲しいところだ。

しかし、これらの遊具にガタが来た時、どうなるのだろうか。
部品の調達も難しそうな古い遊具の寿命が来た時、新しいアトラクションを入れる体力が養老ランドにあるように思えない。
悲しい事だが、単なるコンクリ人形だけでしぶとく営業しているウォーランドよりも、施設の老朽化による経営断念は早いような気がする。

僕の息子を楽しませてくれた養老ランドは、僕の息子が大きくなってパパになった時も、変わらずこの養老の森の中にいてくれるだろうか?

2007年9月22日訪問

伊吹山からゴールデンルートをゆく・・・~関ヶ原ウォーランドと養老ランド再訪(前編)

2008年11月04日 21時49分22秒 | B級スポット岐阜
2007年9月22日、小生は妻と息子を連れて岐阜県は関ヶ原方面へクルマを走らせていた。
養老ランドで衝撃を受けてからしばらく、ネット等でB級施設をいろいろと調べて回っていたのだが、その中で気になったのが「関ヶ原ウォーランド」だからだ。
自分の実家の近くに「五色園」という宗教公園があるのだが(これも何気に有名な珍スポットである)、五色園のコンクリ人形を製作した浅野祥雲御大の作品が散りばめられた、壮大な戦国ジオラマパークらしい(ちょっと大げさかw)

さらに、養老ランドももう少し詳しく検分したいと思い、帰りに寄ろうと思っていた。

関ヶ原から養老へ・・・実はどうして、なかなか極上なB級ドライブルートである。しかし同乗する妻には、B級ドライブすぎてクレームが入りそうだったので、とりあえず「天気もいいし伊吹山に行こうよ」ということで出発してきたのだ。

しかしB級色を薄めるために快晴の伊吹山に来たのはいいが、いきなり料金所で3000円(高!!)を徴収されてしまったのは計算外だった。 初めから財布に厳しい旅になってしまった。


とはいえさすが日本百名山。来て後悔するような場所ではない。


8合目付近には広大な駐車場があり、そこから山頂までハイキング気分で登山が楽しめる。長浜の市街地もよく見える。琵琶湖が霞んでよく分からなかったのが残念。

しかし、つくづく自然とは素晴らしいものだと思い知らされる。
3000円払っても高いとは感じず、また違う季節に来よう・・・と思う事なんて、B級スポットには逆立ちしたって出来ないことだから(笑


などと言いつつ伊吹山を降り、R365の向かいにあるB級スポット・関ヶ原ウォーランドへとクルマを走らせる。
しかしここで僕は目を疑った。 なんとウォーランドの駐車場に交通整理の警備員が立っているではないか・・・!
ここはそれほどの人気スポットだったのか・・?  と動揺するのも束の間、すぐにレストハウスが見えてきて、そこに観光客がぞくぞくと入っていくのだった。


それがそのレストハウス。 「麗守都」という当て字が素晴らしい。というか意味不明。 華麗に都を守る???

で、この麗守都関ヶ原の駐車場の西側に、ウォーランドの駐車場があるのだ。
先客はクルマ1台のみ。

入場料金は700円。伊吹山に3000円も払っておいてナンだが、これは明らかに高い。
僕がそう思うのだから、レストハウスに寄ったついでに入ってしまった一般人は、相当後悔してしまうかもしれない。

ゲートをくぐると、いきなり謎の演歌が大音量で流れていて、その筋の人にはたまらないB級オーラを放っている。
無論一般人は、「どうしよう。やっぱ払い戻してくれないよな」となるだろうが。


この施設、東京ドームくらいの広さの土地に、関ヶ原の合戦を地形も含めて大雑把に再現してある。
関ヶ原の浅野祥雲人形はこんな感じ。 微妙に右肩から上あたりのデッサンが狂っているのが愛おしい。


しかし園内は草ぼうぼうでこの有様。一応有料なんだから、雑草で廃墟のような風格を出すのは勘弁してもらいたいところ。


園内の北西に再現されていた西軍大将、石田三成陣地。
旗指物にツタが絡まってますが・・・・(哀


こちらは有名な武田信玄の亡霊。 相変わらず雑草がすごいが・・・ちなみに、園内にあったベンチは雑草に覆われてまったく座れず。
とりあえず夏に行くと悲惨な事になりそうだ。 雑草と虫で武将の像とふれ合えそうに無い。

現役の有料施設にもかかわらず、これだけ手入れされていないと言うところが、ネタとしてはトップクラスのB級スポットたる所以だろう。

ここは本当に、ただ戦国時代の武将のオブジェがあるというだけで、それ以外はただの手入れの行き届いていない団地の公園と同じである。
想像してみてほしい。 ちょっと面白い遊具(ゾウさんの鼻の滑り台とか)のある、草ぼうぼうの団地の公園が、突然有料になったら。 あなたは行くだろうか?
そんな状態で、40年以上もここで生き続けているのだ。
これが浅野祥雲作品の出すB級な魅力のおかげかどうかはともかく、人形のペンキの塗り直し以外ほとんどコストのかからないこの有料施設は、もしかしたらとてつもない未来まで生き残っていくかもしれない。


(画像は関ヶ原町HPより)
入って正面には、関ヶ原の合戦資料館があり、ここのパネルはなかなか読み応えがあって勉強にはなる。
というか、本当に歴史が好きで、「関ヶ原の戦いの博物館」的感覚でマジメに見に来た人の役に立つのはここくらいだろう。
 
ちなみにお城をかたどった正門の2階は、武具・甲冑等の資料館になっているのだが、こっちの老朽化ぶりも必見だろう。とにかく手入れがされていない鎧兜が、薄汚いガラスケースに入っていて、しかも照明が暗い。
合戦の資料うんぬんの前に、この廃退的雰囲気を味わいたいところだ


駐車場内にはこのような観音様が。
一応「ノーモア関ヶ原」がキャッチフレーズで、反戦を謳っているようです。そういえば中にも大仏様みたいなのがあったな。

とりあえずウォーランド堪能した後、関ヶ原メナードランド跡地に向かう。


ここは僕が子供の頃はCMもやってて、結構有名だった。
しかしリピーターを呼び込むには、アトラクションのリニューアルは必須で、老朽化してくればこうなる運命なのだろう。

そう考えると、ロクなリニューアルもせずに何十年とそこに息づいている「関ヶ原ウォーランド」や「養老ランド」は、なんと偉大な存在か。


一時休園の看板。しかし再開することなく、メナード化粧品はアミューズメント事業を諦めたはず。 今やるなら遊園地ではなく、ショッピングモールとかだろうが・・・・さすがに関ヶ原の山中では厳しいだろう。
ウォーランドが生き続け、なぜメナードランドは死んだのか・・・そんなことを考えつつ、薩摩カイコウズ街道で一路養老へ向かうのだった。   (後編へ続く)


2007年9月22日訪問

それはここから始まった・・・~養老天命反転地と養老ランド

2008年11月02日 00時52分37秒 | B級スポット岐阜
2006年に待望の長男が生まれたのはよいのだが、1つ問題が出てきてしまった。
つまり子守をしなければならないので、休日に家にいてもマッタリ出来ないということだ。子供を寝かしつけるのも一苦労だった。
ところが子供というヤツは、乗り物に揺られていると良く寝るのだ。
また、いろいろ風景が変わって刺激があるからか、退屈がってだだこねたり泣いたりということも少ない。
いつしか我が夫婦は、休日ともなれば子供を連れて公園やイオンあたりを巡るという日々になっていった。
お出かけする事が子守を兼ねていたのだ。
当然ネタ切れとなっていくので、ネットで面白そうな公園や遊び場を探すことも怠らない。
そんなことをしてるうちに、出会ってしまったのだ。 B級スポットというヤツに・・・

昔からバイクツーリングが好きで、知らない土地をウロウロするのが好きではあった。 そういう素質はあったと思うが、今こうして家族とともに寂れたスポットを巡る事に幸せを感じてしまうとは。 
まあ、長い人生、こういう変な事を自分はやっていたんだという記録も兼ねて、こうしてブログに残していこうと思う。


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去年の9/1に妻と息子と泊まりで旅行をしようと思ったものの、予約が取れずあえなく玉砕・・・仕方なく日帰りで、ちょっと興味のあった養老天命反転地に行ってみようということになった。
もともと「子供と遊べる公園」という、至ってマイホームパパな検索をしていたらなぜか引っ掛かってしまったのだが、この養老の小旅行が、果てし無きB級スポット巡りの始まりになろうとは・・・・


で、愛知の家を出発して1時間。ナビの言うがままに養老公園に入ったところで、遊園地の廃墟らしきものを発見! 興奮する我が夫婦。しかし数秒後、さらに衝撃を受ける事になった。
なんと廃墟と思った遊園地の観覧車が、微妙に動いているではないか!!
これは調査せねばと思ったが、とりあえず先に天命反転地をクリアすることにして養老公園駐車場へ。 ガラガラだが300円取られる。駐車場の奥は楽市楽座というフードコートになっていて、その先に写真のような芝生広場。天命反転地はさらにその奥だ。


入場料は710円。消費税なら通常735円だろうから、ナゼ710円なのかは謎だ。

ここは、荒川修作なる芸術家が、マドリン・ギンズという詩人と組んで作った、巨大な芸術作品だそうだ。
英名は「サイト・オブ・リバーシブル・ディスティニィ・ヨーローパーク・ギフ」である。


養老天命反転地のメインの1つ「極限で似るものの家」へと突き進む。
岐阜県の地図が全体に描かれているが、今は平成の大合併で全然違うものになってしまっている。


「極限で似るものの家」の内部にて。
これは天井から生えている電話。迷路のような家の中に、いろいろな家具が壁や天井に埋め込まれている。 自分の家の似た部分を探せという事なのかよく分からないが、とりあえず公式サイトに「極限で似るものの家の使用法」があるので熟読してみよう。


で、天命反転地中央にある日本列島のくぼみの真ん中部分「宿命の家」にて。
迷路のようになっているが、壁が低すぎて迷路としては使えず。
とりあえず何かを感じようとしたのですが何も感じず。

平地が無く、すべての地面、壁、天井が「平行」や「垂直」となっていない風景は確かに不思議な感覚に包まれるが・・・まあ710円の価値はあるかも。

はたして自分の「ディスティニィ」は「リバーシブル」したのでしょうか・・・


で、楽市楽座で腹ごしらえした後、謎の観覧車をリサーチすることにした。

その名も「養老ランド」


ゲートをくぐると、まずは室内遊園地。ここはこざっぱりしていたが、外の遊園地に降りていったらありえない光景が。

「なぜこんなに(土曜日の午後に)客がいないのか。(ついでにナゼ潰れないのか)」

ここはまさに、探偵ナイトスクープでいうところの「パラダイス」である。
うちの息子がいなければこんなとこ来なかっただろうから、とりあえず息子に感謝。


で、まずは引退間近の0系新幹線へ。
楽勝で最前列のパノラマ席へ座れます。


お次はゴーカート。マシンは新しかった。(ついでに客が3組ぐらいいて、少し並んだw)
とにかくそれ以外にも、メンテナンス代すらペイできるかどうかわからないアトラクションが多くて感動。


最後に100円払ってふれあい動物園へ・・・つってもイヌとウサギくらいしか居ないんだけど、ウチの坊主にはこれで十分。
動物園の係りのお姉さんはとても親切だったので楽しかったが、30分の滞在のうち、15分くらいは我が家の貸切だった。
この動物園、1日の収入は2000~3000円くらいじゃなかろうか。


ただここは、遊園地としては悪くない。昭和ムードもさることながら、意外と綺麗でサービスもいい。係員さんも優しいです。しかし駐車場代がかかる上に、大人600円、さらに2歳児!!から400円取るのはどうかと。(せめて3歳からだろう)
入場無料にして、乗り物の料金を100円くらい(そっと)値上げするほうがいいような気がする。
これだけ閑古鳥だと、僕みたいなコアな野郎は喜ぶけれど、普通の夫婦は引いてしまうような気がするから、とりあえず場内を賑やかにしないと。

まあそれ以上に驚いたのが、養老ランドが公営ではないらしい事。養老天命反転地を含めて、このへんは養老公園として岐阜県が整備してるから、養老ランドも税金で庇護されてるのかと思いきや、養老公園には属してないらしい。

なぜ経営が成り立っているのかとアタマを抱えつつ、再調査を誓い帰路についたのであった。


2007年9月1日訪問