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oregonian way of life. 

オレゴンでの学生生活から南下して社会人生活へ。IT産業でホットなサンフランシスコ・ベイエリアで地味~に文系の仕事してます

地球温暖化も民主主義で解決!?

2006-06-27 | 歴史
昨日鑑賞したのが、アル・ゴア元副大統領主演(?)のドキュメンタリー映画『An Inconvenient Truth』。地球温暖化は自然の現象ではなくて人間の仕業である事を証明し、皆で協力して温暖化を阻止しようと訴えていたこの映画のタイトル、「都合の悪い真実」とでも訳せるのでしょうか?誰にとって都合が悪いかは・・・、巨大な石油利権を握っていて環境問題に消極的な現在のブッシュ政権?ゴア氏が聴衆の前で地球温暖化について講演しているスタイルで進むこのドキュメンタリー映画、データや画像を豊富に使用し、わたしのように科学に疎い人間でも分かりやすかったです(上の画像は映画の一場面)。

地球温暖化といえば全世界共通の問題ですが、この映画はアメリカ人向けに製作されたようでした。さて、世界最大の二酸化炭素排出国であるアメリカの国民を、地球温暖化防止に取り組もうと鼓舞するためにゴア氏はどうしたか?

歴史に訴えたのです。独立宣言で民主主義を明文化し、奴隷制度の廃止、女性参政権の発効、公民権運動を経て法律上の人種差別の撤廃などにおいて、アメリカは民主主義の精神に乗っ取ってそのような問題を(それなりに)解決してきたのだ、と。以前も言ったように、アメリカ史を紐解くと、そのような一般市民による運動が最終的に連邦政府を動かしてきた例が多々あります(政治勢力の流れが市民という「下」から政府という「上」へ)。政府が法律を制定してそれに一般市民が従ってきたわけではないのです(政治勢力の流れが「上」から「下」へ)。つまり、地球温暖化に関しても、一般市民(下)がまず実際に行動を起こしてその問題に消極的な連邦政府(上)を突き動かそう、というのです。これまでいくつもの難題をそれなりに解決してきたアメリカ人なら、地球温暖化も草の根デモクラシーのスピリッツで解決できる!?

去年わたしが出席したビーガン活動家の講演でも、その方はやはり奴隷解放運動や女性参政権運動などに言及し、草の根デモクラシーのスピリッツで工場制畜産&肉食の撤廃を訴えました。自分たちの歴史を誇りとし、同胞を鼓舞する際に歴史に訴えるアメリカ人活動家たち。ちなみに、現職のブッシュ大統領はエール大学で何を専攻したか?歴史学です。C平均の成績では、きちんと勉強したとは言えない?

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東大寺を建立したのは誰?

2006-03-09 | 歴史
この問題の答えは?

えっ、聖武天皇?東大寺を建立することを「決定」したのは聖武天皇のようですが、聖武天皇は、実際に工具を使って東大寺を「トントントントン」と建築したのでしょうか?

えっ?屁理屈を言ってる?そうは思いません。「東大寺を建立したのは聖武天皇」だと言うことによって、わたし達はエリート(多くが男性政治家)中心の歴史観を無意識に形成していると思います。東大寺建立に実際に関わったのは、農民だったのでしょうか?何千人、何万人が加わったのでしょうか?そのような歴史上無名の多くの人たちだって、一人一人それなりの人生があったはず。実際に東大寺建設に関わった多くの庶民の功績を無視したような、「東大寺を建立したのは聖武天皇」という見方には、わたしは納得しません。

わたし達は無意識にエリート中心の歴史観を持っている、みたいな事は、『リンカーンは「奴隷解放の父」という評価は妥当か?』でも言いました。他の例として、去年ハリケーンで大きな被害を被ったニュー・オリーンズ郊外にある大農園屋敷を、以前見学した時のこと。ヨーロッパの貴族が暮らしていたような大邸宅で(映画『風と共に去りぬ』の世界を想像してください)、ため息が出そうでした。で、この大邸宅を実際にメンテナンスしていたのは誰か?もちろん黒人奴隷です。しかし、屋敷内にあったであろう奴隷の家は再現されていませんでした。いわゆる「いい所」しか残していないし、そのような事しか見学者に伝えようとしないわけです。

エリート中心の歴史観を、無意識に植え付けられる世の中。そんな世の中であるからか、わたし達は知らず知らずのうちに「top dogs(強者、勝ち組)」と自分を比べがち。たまには「underdogs(弱者)」の立場から自分を見つめると、自分の生活がいかに恵まれているか、気付くことがあります。これも先日、蘭丸さんのブログにコメントしたことですが、食料が十分に手に入らない地域では、自分の食生活をコントロールするなど夢の話。飽食の日本であえて「○○を食べない」という選択をする、と言うより選択できるのは、ある意味非常に恵まれた立場にあります(注:ベジタリアンになることを勧めているわけではありません。念のため)。それが、○○を多くの人が「おいしい、おいしい」と食べている現代日本社会をみると、「○○を食べないのはつらい」と否定的な見方をしてしまいがちです。

わたし達は決定を下す多くの場合、無意識のうちに何かと比較しています。その何かとは大抵、多数派やtop dogs。比較の基準を意識して変えるだけで、否定的な決定を肯定的な決定に変えることは可能だと思います。

左翼系運動は、すべて「アブナイ」?

2006-02-10 | 歴史
去年亡くなったとき、女性として初めて国会議事堂に棺が安置された「市民権運動の母」Rosa Parksさん。(国会議事堂に棺が安置されるのは、大統領経験者が普通。)功績を称え、1月に祝日が設けられているキング牧師。先週亡くなった牧師の妻・Coretta Scott Kingさんの葬儀には、現職のブッシュ大統領を含めた大統領経験者が4名出席し、「市民権運動のファースト・レディ」に敬意を表しました。そして、『社会を改良するのは女性?』で紹介したBetty Friedanさん。この4人の共通点とは?

みんな、白人男性が優勢だったアメリカ社会に異議を唱えた「左翼系運動家」だった方たちです。Friedanさんは、1966年にNational Organization for Womenを設立し、今では、アメリカで一番大きな(?)男女同権論者(feminist)の団体になっています。残りの3人は、言わずと知れた市民権運動家。大手マスコミを含めた大多数のアメリカ人が、アメリカ社会をより良い方向へ導いたこの方たちの「運動家としての功績」を認めている、と言ってよいと思います。

左翼系運動家をそれなりに評価しているアメリカ。日本はどうでしょう?日本では、運動家の功績というのは認められているのでしょうか?多くのブログを見ていて感じることは、日本では、環境保全や自然食は「危険思想」というか、そのようなことに興味を持つ人は「過激派」と思われているような・・・。エコや自然食に興味を持っていると言っても、「でもね、運動系ではないの!わたしはそんなのには走らず、おしゃれに楽しく実践してるの!」などと弁解がましい(apologetic)ことを言わないと、日本社会から「危険人物」のレッテルを貼られると思っている、と感じます。

わたしは、左翼系運動と距離を置こうとしている人たちを、批判しているのではありません。わたしが問題にしているのは、市民運動を含めた左翼系運動に対する日本社会の評価。日本で実際、どのような学生運動や市民運動があったのか、わたしは知りませんが、そのような運動というのは、実際「アブナイ系」だったのでしょうか?それとも、そのような反体制派に対して体制派が「アブナイ」というレッテルを貼り、それを一般庶民が鵜呑みにしているだけなんでしょうか?それとも、実態は知らずに、「運動系はアブナイ」というイメージがあるだけなんでしょうか?

アメリカにも、過激派と呼ばれる人は常にいます。キング牧師が主張した白人と黒人社会の「統一」に対して、1992年に映画になったアフリカ系指導者・マルコムXは「分離」を説き、主流の(mainstream)アメリカ社会からは危険視されていました。今でも、「エコ・テロリスト」と呼ばれる暴力に訴える環境保護主義者が、オレゴンにもいるようです。でも、左翼系運動にも、非常に大雑把に言ってしまえば、「普通のアメリカ人」にも受け入れられる運動と、そんな人には受け入れられない、つまり「過激な」運動と二種類あるような・・・。左翼系運動を全部ひっくるめて「アブナイ」と見てはいないと思います。

そもそも、何が普通、何が危険/過激というのは、時代の流れとともに変わってきます。分かりやすい例が、民主主義という思想でしょう。この民主主義、アメリカでも日本でも、基本的には「いいもの」というか、肯定的な思想だと思われているはず。17世紀にイギリスの哲学者だったジョン・ロックが、民主主義思想の基になった政治論を説き、アメリカ独立戦争やフランス革命に大きな影響を与えた民主主義思想。しかし、ヨーロッパ王権政治の権力者からみると、国民に主権をゆだねる民主主義思想など、反体制的な危険思想に他なりませんでした。アメリカ独立後も同じこと。「Founding Fathers (建国の父)」と呼ばれた政治家の多くが、民主主義は快く思っていませんでした。なぜ?「おバカで、自分の私利私欲にしか興味がない一般市民」に政治を委ねたら大変なことになる、と思ったからです。独立戦争後に制定されたアメリカ憲法も、国民主権の考えを受け入れながらも、「おバカな一般市民」が政治権力を握るようなことがないような仕組みを作ったとか。逆に今では、「民主主義反対!」などと叫んだら、それこそ危険人物扱いされるのでしょうが・・・。時代とともに変わる普通と変/危険の基準。例えば遠い将来、肉を食べないことが普通で、肉食を主張する人が「危険な動物食い人種」というレッテルを貼られる日が来るかもしれません・・・。

左翼系運動はすべて「アブナイ」、と思われているような日本社会。運動をそのように評価する日本社会自体には、どのような評価を下すことができるのでしょうか?

歴史家は「時の通訳者」

2005-12-31 | 歴史
視点を変えると、同じものが違って見えます。Aにとっては普通でも、Bにとっては変とか。『クレヨンしんちゃん』のあるエピソードで、パパのひろしが上司を連れて夜に帰宅。あのしんちゃんが呆れるほどのドンちゃん騒ぎを二人で繰り広げますが、翌朝にはピシッとして出勤する二人。それをみてしんちゃん、「大人ってわかんないゾ。」会社員には当たり前のこの光景が、子どものしんちゃんには奇怪に写ったようです。

視点の違いとうのは、アメリカと日本の間でも当然あります。男と女の間でもあるでしょう。子どもが生まれて親になったら、社会が違ってみえるようになった、というのもよく聞きます。一般的に認識されていないとわたしが思うのが、「過去」と「現在」の視点の違いです。「過去」からみて「現在」、逆に「現在」からみて「過去」が変だと思うことはたくさんあります。昔は貧乏人が食べるものとされていた肉が、現代ではご馳走とみなさている日本。(少なくとも表面上は)人種平等を重んじる現代からみると、奴隷制度に代表される大っぴらな人種差別があった過去が信じられないアメリカ。時の視点を変えるというのも、この現代社会を考える一つの方法論です。このブログの多くの記事を読んで下さった方はお分かりのように、わたしは、現代のこの世の中を考察する一つの手段として、過去の視点を取り入れることがよくあります。過去の視点から現代をみると、現在のわたし達には当たり前であることが、実はおかしなことに思えることがよくあるからです。

わたしが考える歴史家の役割というのは、過去と現代の橋渡しをする通訳者。この「橋渡し」という言葉は例えば、「将来、日本とアメリカの架け橋になりたい」というように、二国間の間によく用いられる言葉ですが、時の区分にも使えます。そして、日本語と英語の通訳者が、それぞれの文化背景や言葉の文脈を把握していないとうまく訳せないように、歴史家というのも、時代背景を把握する必要があります。そうしないと例えば、「アフリカ人を奴隷にしてたんだって。昔の人はひどいことするね~。アフリカ人だって同じ人間なのにね~」などと、現代の視点からみた道徳的判断(moral judgment)だけで終わってしまいます。しかし、奴隷制度が行われていた時代背景を把握すれば、なぜそのような、現代の視点からみると野蛮なことが平然と行われていたか、自分なりに理解できるはず。「アフリカ人を奴隷にするなんてひどい!」だけでは、その時代を理解したことにはなりません。

日本では、「歴史の勉強=年代の暗記」だと思われているような節があります。特に受験においては、歴史は暗記科目扱い。歴史上の人物や事柄を暗記することに、一体何の意味があるのでしょうか?歴史の勉強をするというのは本来、過去と現代という異なる時代の間に立って、通訳、つまり解釈の仕方を学ぶこと。ベジタリアンというのも非常に誤解されていると思うけれど、歴史の勉強というのも誤解されているように思います。

追悼 Rosa Parksさん(1913-2005)

2005-10-26 | 歴史
またまたこのブログのテーマから少し脱線します。

日本でどの程度報道されたか知りませんが、Rosa Parksさんが亡くなりました。享年92歳。日本で知名度はありませんが、1950年と60年代にアメリカ社会を揺るがした市民権運動がはじまるきっかけになった方です。1955年アラバマ州モントゴメリーで、バスの前のほうに座っていたアフリカ系のParksさんは、乗ってきたヨーロッパ系の乗客に席を譲らなかったため、逮捕され監獄いきとなりました。これがきっかけとなって、あのキング牧師が指導したバスのボイコット運動が始まりました。市民権運動の始まりです。

この運動は、草の根レベルの市民運動が最後には連邦政府まで動かしたいい例です。50年前には逮捕されて牢屋に入れられたParksさんも、90年代にはその勇気が称えられ、アメリカ市民の最高の栄誉であるCongressional Gold Medalを6年前に授与されています。40年たっただけで「犯罪人」から「アメリカで最も名誉ある市民」へと、同じ行為に対して政府の対応はこんなにも異なるのですね。

この市民権運動や60年代のベトナム反戦運動など、草の根レベルでの政治活動の高まりを受け、多くのが歴史家がアメリカ史を従来の「Top-down」、つまり大統領などのエリートの立場から歴史をみるのではなく、「bottom-up」、つまり労働者、家庭の主婦など一般市民の目から歴史をみるようになりました。歴史は、エリートがつくって一般市民がそれに流されていっただけではなく、ほんじゃそこらの一般市民が積極的に歴史をつくって、それにエリートがついていったという例もあります。Rosa Parksさんはそんな一般市民の典型でしょう。

来たる12月1日は、Parksさんが座席を譲るのを拒否してからちょうど50年。その日を目前にして他界されたのは残念です。合掌------。

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