唐津城内巡りは、本日までで終わります。
最後に、高取伊好のプロフィールを紹介します。
高取伊好は、佐賀県多久市の儒者の息子として生まれ、工部省鉱山寮で鉱山学を学んだ後、高島炭坑の技師として官営高島炭坑に派遣されました。
技師、技師長として官営~後藤象二郎経営時代の高島炭坑を支えます。
その後、独立し、高島炭坑時代の同僚であった竹内綱とともに唐津炭田に進出し、工部省鉱山寮や高島炭鉱で学んだ技術で、近代化の遅れていた唐津炭田を近代化しました。
その後、杵島炭坑などの経営で成功し、「肥前の炭坑王」と呼ばれました。
旧高取家住宅は、和風を基調としながら洋間を持つなど、同時代の邸宅の特色を備える一方、能舞台を設けるなど、他に類を見ない構成を持つ点に特徴があります。
欄間や建具の意匠や、当時の西洋の最新のデザインであるアールヌーボー調のランプシェードなどには、儒学者の家に生まれ、西洋の技術を学んだ、高取伊好の思想や教養が色濃く反映されています。
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