どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ボノボのほうがチンパンジーよりも協力にたけている

2008-05-25 21:42:56 | 社会的知性
A43 Hare, B., Melis, A. P., Woods, V., Hastings, S., & Wrangham, R. (2007).
Tolerance allows bonobos to outperform chimpanzees on a cooperative task.
Current Biology, 17, 619-623. [link]

協力課題においてボノボは寛容さのおかげでチンパンジーを凌駕する
協力の進化にかかる制約を理解するため、われわれは、ボノボおよびチンパンジーが協力して食物回収問題を解決する能力を比較した。われわれは、2つの仮説を提出した。「情動反応性仮説」は、寛容の水準がボノボのほうで高いため、ボノボのほうがもっと協力に成功するだろうと予測する。この予測は、馴化動物の研究から着想されている;このような研究は、情動性反応にたいする選択が社会的問題を解決する能力に影響しうるということを示唆している[1, 2]。対照的に、「狩猟仮説」は、チンパンジーのみが野生で協力して狩猟していることが報告されているため[3-5]、チンパンジーのほうがもっと協力に成功するだろうと予測する。われわれは、動物が共採食しているあいだに社会的寛容を測定することで情動反応性を指標化し、ボノボのほうがチンパンジーよりも共採食に寛容であることを発見した。加えて、共採食テストのあいだ、ボノボだけが社会的性行動を示したし、〔チンパンジーと比べて〕もっとよく遊んでいた。独占するのが難しい食物を回収する課題を呈示されたとき、ボノボとチンパンジーとは、同じように協力的だった。しかし、食物報酬が非常に独占しやすいとき、ボノボは、チンパンジーと比べて、それを回収するために協力することに成功した。これらの結果は、情動反応性仮説を支持している。気質にたいする選択〔淘汰〕は、ヒト上科を含む種のあいだに広がる協力能力の相違をある程度説明するかもしれない。
〔[1] Hare B, Plyusnina I, Ignacio N, Schepina O, Stepika A, Wrangham R, Trut L (2005) Social cognitive evolution in captive fox is a correlated by-product experimental domestication. Curr Biol 15:226-230. [2] Hare B, Tomasello M (2005) Human-like social skills in dogs? Trends Cogn Sci 9:439-444. [3] Mitani J, Watts D (2001) Why do chimpanzees hunt and share meat? Anim Behav 61:915-924. [4] Boesch C, Boesch-Achermann H (2000) The chimpanzees of the Taï Forest. Oxford University Press, Cambridge, England. [5] Fruth B, Hohmann G (2002) How bonobos handle hunts and harvests: why share food? In: Boesch C, Hohmann G, Marchant L (eds) Behavioral diversity in chimpanzees and bonobos. Cambridge University Press, Cambridge, England, pp 231-243〕

マックスプランク進化人類学研究所のブライアン・ヘア、アリシア・ペレス・メリス、ヴァネッサ・ウッズ、サラ・ヘイスティングズ、ハーヴァード大学のリチャード・ランガムの論文。

ブライアン・ヘアが2008年5月28日(水)「チンパンジーとボノボの認知の比較」というタイトルで京都大学にて講演をするそうです(こちら)。ヴァネッサ・ウッズも翌日に講演があります。

前回平田と不破の論文を紹介したが(こちら)、その装置を元にしたメリスらの研究があって(こちら)、今回はその発展版。

装置の図はこのようなもの。このブログで3回目の掲載になるが。

何回かまえの記事でドゥ・ヴァールがA1で言及しているのがこの論文だろうと思われます。

霊長類の協力行動の心理学的研究について、いろいろと紹介してきましたが、90年代~00年代についてはあと3回ほどでだいたい尽くせると思います。

チンパンジーが協力行動を学習する

2008-05-25 21:10:36 | 社会的知性
A42 Hirata, S. & Fuwa, K. (2007).
Chimpanzees (Pan troglodytes) learn to act with other individuals in a cooperative task.
Primates, 48, 13-21. [link]

チンパンジー(Pan troglodytes)は協力課題において他個体といっしょに行為することを学習する
われわれは、2個体のチンパンジーに、食物を支えるブロックを手の届くところまで引き寄せるために同時にロープの両端を引くことを求められる課題を呈示した。チンパンジーは、最初のテストでは成功しなかった。彼らは、協力に必要なことをすぐには理解せず、相手といっしょにはたらくように行動を調整しなかった。しかし、成功の頻度は、セッション数が増し、課題が変化するにつれ、徐々に増えていった。彼らは、よく相手を見るようになり、相手がロープをもっていないならば待つようになり、相手と同期してロープを引くようになった。しかし彼らは、行動を同期させるために相互作用行動ないしアイコンタクトを使用しなかった。それから、片方のチンパンジーは、同じ状況でヒトの相手と組まされた。最初の失敗のあと、そのチンパンジーはヒトの相手に協力を求めて誘いかけはじめた:顔を見あげる、発声する、相手の手を引く。このチンパンジーがふたたびチンパンジーの相手と組まされたとき、誘いかけ行動はまったく観察されなかった。かくして、チンパンジーは試行錯誤を通して行動を協調させることを学習できた。コミュニカティヴな行動は課題のあいだに現われたが、コミュニケーションは相手が誰かによって変化した。
キーワード チンパンジー(chimpanzee)・協力(cooperation)・誘いかけ(solicitation)

林原類人猿研究センターの平田聡、不破紅樹の論文。

以前にメリスらの論文を紹介したが(こちら)、その装置の元ネタとなったのが、本研究。メリスらの研究が出版されたときにはまだこの論文は出ていなかったので、メリスらは『発達』に掲載された日本語の論文を引用している。日本語が読めるかどうか以前に、海外だと『発達』そのものの入手が困難そうだ。

装置の見た目は違うが、基本的な構造は同じで、ひもを同時に引くことで装置が手前に寄ってきて食べものを獲得できる。ただし、ひとりで片方のひもを引くと、するするとひもが抜けてしまい、食べものは食べられない。なお、平田 & 不破の課題は、ひもの長さがメリスらの課題よりも短めで、ひとりでは確実に両方のひもが引けないようになっている。

上で述べたとおり、メリスらのものとは見た目は違うのだが、メリスらの研究を紹介したときに作成した図を再掲する。

論文のタイトルにはあらわれていないが、要旨にあるとおり、チンパンジーが、協力相手がヒトであるかチンパンジーであるかによって、誘いかけをおこなうかどうかが変わってくるとのこと。おもしろい点だと思う。

ヒト幼児とチンパンジーの協力活動

2008-05-25 20:29:01 | 社会的知性
A41 Warneken, F., Chen, F., Tomasello, M. (2006).
Cooperative activities in young children and chimpanzees
Child Development, 77, 640-663. [link]
幼い子どもとチンパンジーとにおける協力活動
ヒトの18‐24ヶ月齢の子ども3個体の幼いチンパンジーとが、4つの協力活動においてヒトのおとなの相手と相互に行為しあった。ヒトの子どもは首尾よく協力的問題解決活動および社会的ゲームに参加したが、チンパンジーは社会的ゲームに興味がなかった。実験的操作としてそれぞれの課題において、おとなの相手は、活動のあいだの特定の時点で参加をやめた。すべての〔ヒトの〕子どもは、彼〔そのおとなの相手〕にふたたび参加してもらおうと少なくとも1回のコミュニケートする努力をおこなっていて、おそらく彼らが共有した目標を回復しようとしていたことを示唆しているのだろう。チンパンジーはどの個体も、その相手にふたたび参加してもらおうとコミュニケートする努力をおこなうことはなかった。これらの結果は、人生の2年目に生じる共有意図性を含むヒトに特有な協力活動の形式についての証拠として解釈される。

マックスプランク進化人類学研究所のフェリクス・ヴァルネケン、フランシズ・チェン、マイケル・トマセロの論文。PLoS Biologyに関連研究([link])。また、前のヴァルネケンらの研究は、このブログで紹介していました(こちら)。

4つの協力活動とは、次のもの。

相補的な役割をともなう問題解決:エレベータ課題

上下する円柱から物体をとりだす協力課題。「相補的な役割」というのは、協力しあっているものどうしが、たがいを補うような異なる行動をとらねばならないことを意味している。

平行的な役割をともなう問題解決:取っ手つきのチューブ課題

チューブの両口に取っ手がついており、それを外して中のものをとりだす課題。「平行的な役割」というのは、同時に同じことをする必要があるという意味。

相補的な役割をともなう社会的ゲーム:2重チューブ課題

ひとりは2つの傾いたチューブのどちらかに木片を入れ、もうひとりはその木片が出てきたところを缶で受けて音をたてるという課題。

平行的な役割をともなう社会的ゲーム:トランポリン課題

C型の部品を2つ組みあわせることで円とし、中央に布を張ることで成立しているトランポリンを2人で保持するという課題。どちらかが手を離すと円が崩れてトランポリンにならない。

ペンギン、オットセイにセクハラされる

2008-05-16 06:59:01 | その他生物科学
A40 de Bruyn, P. J. N., Tosh, C. A., & Bester, M. N. (2008).
Sexual harassment of a king penguin by an Antarctic fur seal.
Journal of Ethology, 26, 295-297. [link]
ナンキョクオットセイによるキングペンギンにたいする性的嫌がらせ
群生鰭脚類〔アシカ科、アザラシ科、セイウチ科からなるアシカ亜目〕のオスは、しばしば同種個体に攻撃的で、メスにたいする性的強制はよくみられることである。鰭脚類のうち何種かのオスは、種間交尾をおこなおうとすることで知られており、ときには首尾よく雑種の子孫を残している。種間の性的強制でもっとも極端な事例では、異なるの当該種がそれをおこなったと報告された。われわれは、脊椎動物の階級をまたぐ〔哺乳綱ナンキョクオットセイによる鳥綱キングペンギンにたいする〕種間の性的嫌がらせにかんする事例を報告する。
キーワード 動物行動(Animal behviour)・キングペンギン(Aptenodytes patagonicus)・ナンキョクオットセイ(Arctocephalus gazella)・マリオン島(Marion Island)・性的強制(Sexual coercion)

南アフリカ共和国プレトリア大学動物学および昆虫学部哺乳類研究所P・J・ニコ・デ・ブライン(P. J. Nico de Bruyn)、シェリル・A・トシュ(Cheryl A. Tosh)、マルターン・N・ベステル(Marthán N. Bester)による短報。この論文の著者ではないが、その研究所のスタッフには、ティム・H・クラットン=ブロック(Tim H. Clutton-Block)がいる。なお、これが掲載された学術誌Journal of Ethologyは、日本動物行動学会の学会誌。

BBC NewsYahoo! Newsになっている。BBC Newsのほうに性的嫌がらせ中の写真がある。日本語だと、こちらこちらで紹介されている。そこではコウテイペンギンになっているが、キングペンギンの誤り。また、下で説明するが、「童貞オットセイ、ペンギンを犯そうとするも経験無しの為失敗」というよりは、若くて経験がないためペンギンに性的嫌がらせをはたらいたのだろう。ペニス挿入の失敗の原因は論文には書かれていなかったが、ただ身体構造があまりにちがいすぎるためだろう。読者におもしろく伝えようとしている記事にこうやって突っこみを入れるのも野暮だけれども。

2006年12月21日の午前中、若いオトナオスのナンキョクオットセイが、南アフリカ共和国マリオン島トライポト浜で、性別不明のオトナのキングペンギンに性的嫌がらせをおこなった。オットセイは暴れるペンギンを力づくで押さえ、休憩を挟みながら性行動を約45分間にわたって続けた。ペンギンは総排出口(直腸、排尿口、生殖口を兼ねる総排出腔の開口部)を狙われたが、オットセイのペニスの挿入は成功せず、また総排出口をふくめてペンギンに目だった外傷はみられなかった。そのあとオットセイは何食わぬ顔で現場から海へと立ち去った。著者らはそれから1時間観察を続けたが、そのあいだペンギンは、頭を立てていたものの、始終立ちあがろうともしなかった。呼吸は荒かったが、それをのぞき別状はなかった。なお、体格差は、体重でペンギンがオットセイの10分の1から5分の1。

これは、次のように説明されている。オスのナンキョクオットセイの性成熟は3歳から4歳だが、社会的な未成熟のため、つまり、もっと年寄りで大きいオスがいるため、繁殖可能なメスに近づくことができない。それで自然に、性的に興奮しているが相手のいないオスというものが出てきてしまう。それで種間の性行動が生ずる。この行動の大半は若いオスでみられ、そのためそういった個体は性的に経験不足なのだといえるとのこと。ローズら(Rose et al (1991) Behaviour 119:171 [link])は、このような「刺激般化」を、性欲が進化したさいに起こりうる産物だと解釈している。

ただ、これが起こったのが繁殖期の終わりにさしかかったころだという点を、著者らは強調している。トライポト浜では、オットセイによるペンギンの狩猟がみられている。著者らは、今回の事例について、オットセイが最初はそのペンギンを食べようとしていたものの、途中で攻撃の興奮が性的な興奮に向けかえられた可能性を示唆している。これを主張する背景としては、多くの種で攻撃行動と性的行動とは関連しながら発達することがしられているとのこと。

しかし、また、遊びの本能が性的な形で現われただけという可能性もあるともつけ加えている。一般にアシカの仲間のワカモノは、遊び好きらしい。これは、後々の交配のための「準備」となる。

(食べようとしてなら別かもしれないが)遊びだとしても、年上のオスのせいであぶれたとしても、若くて未経験であるというのが要因になっていそうである。

ドゥ・ヴァールの霊長類質問箱2

2008-05-15 00:45:55 | 霊長類
長いので前の記事からの続きです。

Dubner S. J. (2008, May 7, 2:10 pm).
Frans de Waal answers your primate questions.
The New York Times.
Retrieved May 14, 2008 JST from http://freakonomics.blogs.nytimes.com/2008/05/07/frans-de-waal-answers-your-primate-questions/
2008年5月7日午後2時10分
フランス・ドゥ・ヴァールが霊長類にかんしてあなたの質問にお答えします
スティーヴン・J・ダブナー

(続き)

Q7:おそらく愚問でしょうが:近親相姦をしている霊長類を観察したことはありますか.もしそうなら,その社会集団は,それを無視したのでしょうか,よいこととして報いたのでしょうか,それとも悪いこととして罰したのでしょうか.

A7:非常に折のよい質問です.彼らは多くの動物の配偶システム(優位のオスが自由に多くのメスと生殖できるように若いオスを送りだす)を模倣しているように思われたため,私はテキサスの一夫多妻の宗派を興味深くみますが,一方,すべての動物が近親交配を避ける何らかの方法をもっているため,オーストリアの近親相姦の男性は私が霊長類について知っている何ものにも当てはまりません.実際,娘が父親であるはずのオスといっしょのところで成長することの多い動物園においてさえ,近親交配はほとんど稀です.

霊長類の一般的な規則は,ある性かもう一方の性のどちらかが,成熟すると群れを離れるというものです.多くのサルでは,オスが群れを離れ,別の群れを求めます.類人猿にかんしては(また,驚くべきことにヒトの社会でも),群れを去るのはメスです.移入者が非血縁の異性メンバーに会うことのできる群れを見つけにいくということであるから,これが多くの近親交配の機会に配慮したものだと想像できるでしょう.

これに加えてさらに,動物はいわゆるウェスターマーク効果にしたがいますが,それはヒトにも当てはまると考えられています.その規則は,いっしょに成長したものどうしのあいだにはおたがいに性的回避が生じるというものです.兄弟姉妹や母親‐息子の組みあわせは,それだけで性行動をおこなう欲望をもちはしません.ウェスターマークは,ずっと昔にこの考えを定式化しており,それは多くの動物でテストされ,全般的に支持されてきました.ヒトでも,いっしょに成長したものどうしのあいだでは,たとえ非血縁間であっても,性的関係を回避するという〔イスラエルの〕キブツや中国の婚姻〔中国や台湾のシンプア〕といった証拠があります.


Q8:チンパンジーの群れのあいだで,文化はどれほど変わりますか.チンパンジーがある群れから別の群れに移籍したとき,その個体は新しい群れに前の文化の何がしかを教えるでしょうか.

A8:野外の事例には,女性のチンパンジーが新しい群れに外から加わって,自らとともに新しい知識をもたらしたものがあります.彼女らは劇的な変化をもたらしたわけではなく,たいていはゆるやかなステップであり,たとえば彼女の受けいれ先のコミュニティが触れようとしないある種のナッツが実は食べられると知っているというようなことなのです.


Q9:霊長類に,ビートを保ったまま10秒から1分のあいだ続き,リズムのある,重力の影響に従った動きを教えることはできますか.(速さは,1ステップあたり450から550ミリ秒の割合でなければなりません.)

たとえば:その場で跳びあがって降りてくる,その場で行進する,椅子のうえで2ステップ踏んで降りてまた2ステップ踏む.

霊長類には,新生児の状態で「歩行反射」を示すものはいますか.

A9:この質問は私が答えるのにじつにぴったりで,もちろん,リズムについての優れた感覚は移動様式の一部であるため,多くの動物がその感覚をもっています.

多くの鳥類(これについては,あるいはチョウ)の規則的な羽ばたきを見てください.ゾウのような大きな動物なら,4つの足のリズムを同調させても,リズムを必要とするため〔訳者が英文を解釈しきれていない箇所〕,それほどは優雅に動けないでしょう.

チンパンジーはドラムを叩きますし,じつにすてきにリズムよくそうすることができます.彼らはふだんそれほど長くはそうしませんが,ときおりそれにのめりこみ,みなが夢中になるまで何分も中空の物体を叩きつづけることがあります.

おそらく,鳥類がリズムのすばらしい感覚をもっていることを示す最高の動画は,オウムの雪玉〔このオウムの名前〕のもので,彼はリズムの非凡な感覚をもっているように思われます.跳ねたり弾んだりするトムソンガゼルも思いおこされます:彼らは,より捕まえやすい獲物を狙う潜在的な捕食者に自身の健康さを知らせていると信じられているディスプレイのさいに,何度も跳躍します.


Q10:あなたはデズモンド・モリスから何を学びましたか.

A10:すばらしい質問です.デズモンド・モリスは,その世代でもっとも過小評価されている行動生物学者(動物行動学者)です.彼の本のなかでは,私たちが社会生物学を得るまえに,すばらしいおかしみと眼識をもってヒトと動物とのつながりについて率直に論じられているため,多くの進化心理学見解やそれに類似したものが形づくられています.

彼はまた,ほかの研究者が彼を引用することなく採用(盗用?)した考え,たとえばヒトのおしゃべりはいくぶん霊長類の毛づくろいに似ているということや,ヒトの家族がオス間の競合を小さくするために生まれ,それにより家に帰ればそれぞれに配偶者がいるという知識のもとにいっしょに狩猟に出かけることができたということなどを定式化しました.

これらは非常におもしろい考えですが,ただしいくぶん検証不可能であるものの,大事な点は,モリスがヒトの起源やそれが動物の行動にどう関係しているのかについての議論を始めたということです.彼は,なべてこのことを,人々が理解できる方法で,また読みたくなる方法でなしとげました.

しかし,そのような大衆に「通俗化させるもの」になることは,実際の科学者はときに蔑みます.

彼の通俗性の歴史はおもしろいのです.彼の本を出している出版社から聞くところによると,モリスは,彼の1960年代の大ベストセラーである『裸のサル』(当時にしては非常に挑戦的な表題と表紙をもつ)以前にも多くの書物を著していました.しかし,それらの以前の本は,それほどよくは売れませんでした.

彼は,ヒトと動物との行動を通俗的な見解で比較することで,ロンドン動物園を訪れるものを楽しませていたのでしょう.みな,それがおもしろく教えられるところが大きいと考えていて,出版社の人が彼の話すのを聞き,「それこそあなたの本です」といったとのことです.

それがすでに頭のなかでできあがっていたため,彼は3ヶ月でそれを書きあげられたのだと,私は信じています.

それを書くには度胸を必要とするため,私はその人に感服します.教授が私たちにデズモンド・モリスを読むと注意を促したため,私は学生として彼の本について学びました.もちろん,その結果,私たちはそれを読まねばならないと思うようになりました.

私はこのようなことを学びました:どんなことであれ読者の興味を惹きつづけよ.真実を裏切らぬ限り.


Q11:私は最近,幼児が自己意識をもつかどうかを知る簡単でおもしろいテストがあると学びました;ただ鏡の前で鼻に赤い点を施し,子どもがそれを消そうとするかどうかを見るというものです〔「鏡の前で」の位置が異なっているように思われるが,原文儘〕.これでわかるのはもちろん,自己意識だけです;子どもがどのように他者を意識しているのか,どのように他者と自身との差異を意識しているのかについてはわかりません.ここで疑問に思ったのですが,霊長類はどれほど自己意識的なのですか.

A11:自己鏡映像認識はそのようにテストされます.子どもは18ヶ月から24ヶ月のあいだにこのテストに合格しますし,これまで合格した動物はといえば,4種の類人種(チンパンジーをふくむ),イルカ,ゾウのみです〔「類人」とは,大型類人猿と訳されていたもの〕.私たちは,ブロンクス動物園でジャンボサイズの鏡を用いてゾウのテストをおこないましたが,ウェブでこの実験の動画を見られるようにしてあります.


Q12:ヒトの進化にかんするいわゆる水生類人猿仮説について,個人的であれ専門的であれ,何か考えをもっていますか.(〔故〕アリスタ・ハーディ卿による投稿〔故人による「投稿」というのは洒落だろうか〕.)

A12:まさにその仮説を展開したあなたからこの質問を受けるとは光栄です.私は,その考えにはおおくの魅力的なおもしろい要素,たとえばヒトを特徴づける皮下脂肪層や潜水反射といったものがあると思います.しかし,ヒトの祖先が水際で生活していておもに水生植物や動物を食べて生き延びてきたという証拠が揃うまでは,それは仮説のままです.

水がヒトの起源のなかで主要な進化的な力となるためには,私は,一定の期間のあいだこれが私たちの祖先の生き延びる唯一の術だったということをわかる必要があるだろうと推測するため,実際のところ,ひとつないしふたつの合致点を見つけただけでは不十分でしょう.

いままでのところ,その証拠はありません.しかし,あなたは古生物学者がしかるべき場所を見てきていないと感じるでしょう.

ずっと昔(『仲直り戦術』,1989において),水生類人猿としてのボノボについてからかい半分で推測を述べました.彼らは,自発的に水に入り,それを楽しんでいるようにみえる唯一の類人猿です.その時代には彼らが浅い川なら2足で歩行できるのだという噂がありましたが,それは水面から頭を出す姿勢を維持してみるなら,論理的に辻褄のあうことです.

近年,私はそのような話が誇張して語られていると思われる話を聞くにおよびました.しかし,じつは,そのような行動はベルギー動物園でしかみられない光景なのです.

私にとって水生類人猿理論は,消滅してはいませんが,かなり証拠を欠いているものなのです.


Q13:動物は「非道徳的」でありうるのでしょうか,それとも「無道徳的」なのでしょうか.

A13:それは大きな問いであり,短い文章では答えられません.私たちがそうであるように,生物は,道徳という取り決められたシステムの部分であって,それを遵守しているかぎりにおいて,はじめて非道徳的であることができます.チンパンジーやほかのヒト以外の動物が私たちと同じ意味で道徳的な存在者であるのだとは,私は思いません.

しかし,彼らを無道徳的であると呼ぶことも正しくありません.無道徳的とは,完全に道徳を欠くことを意味しており,道徳の積み木(共感,同情,協力,社会的規則)が私たち以外の動物にも見出しうることは明らかです.

自然界が「無道徳的」であるとの見解は,チャールズ・ダーウィンの同時代人であるT. H. ハクスリに由来しますが,彼は自然がヒトの道徳性を産みだせないと思っていました.彼は自然を本質的に不潔なものと考えていました.

ダーウィン自身がそれに反対したように(『人間の由来』において),私はこの暗澹とした見解には絶対に与しませんが,ハクスリの見解は不幸にもまだ人口に膾炙したままです.私はその見解に反駁するために本を1冊著しました:『霊長類と哲学者』.

全訳してみました.リンクはすべて原文のもの.〔 〕は私の補足.QやAの番号も私の補足.1ヶ所英文を解釈しきれないところがありましたが,放ってあります.

2008-05-16追記

そういえば最後に紹介されている『霊長類と哲学者』にドゥ・ヴァールのサインをもらっていたのですが,途中で読むのをやめていたのに今日気づきました.この本は,上のドゥ・ヴァールの言葉から予想されるように,かなり理論的な内容になっていて,『仲直り戦術』や『あなたのなかのサル』ほどは一般向けではなさそうです.ドゥ・ヴァール→何人かのコメント→ドゥ・ヴァールの返答という構成になっていて,なぜかコメントのなかにピーター・シンガーがいます.なぜかAmazon.co.jpにない.
de Waal, F. B. M. (1994). Primates and philosophers: How morality evolved. Princeton, NJ: Princeton University Press.
ISBN0691124477[紀伊國屋書店]

ドゥ・ヴァールの霊長類質問箱1

2008-05-15 00:33:38 | 霊長類
Dubner S. J. (2008, May 7, 2:10 pm).
Frans de Waal answers your primate questions.
The New York Times.
Retrieved May 14, 2008 JST from http://freakonomics.blogs.nytimes.com/2008/05/07/frans-de-waal-answers-your-primate-questions/
2008年5月7日午後2時10分
フランス・ドゥ・ヴァールが霊長類にかんしてあなたの質問にお答えします
スティーヴン・J・ダブナー

霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァール宛ての質問を近日募集していました.彼はさまざまな実績をもっておりますが,もっともすばらしい実績といえば,学問的な知見を幅広く一般向けにわかりやすく伝えることができるということです.それについて彼はこのように説得力のある助言を述べています:「どんなことであれ読者の興味を惹きつづけよ.真実を裏切らぬ限り」.

彼は以下の部分で,(なかんずく)一夫多妻制の宗派がどのように動物の配偶システムを模倣しているのか,またボノボがなぜ性行動のあと食事をするのかといったことについて,率直に論じており,さらに「神を問う壮語」について意見しているのだが,たしかにそれらは彼の哲学に悖っていません.また,サルがいかにして一部のヒトのように「不公平回避」――利得最大化が目標であるなら,不合理性のたしかな兆候です――を示すのかを論ずるとき,彼は経済学にたいする深い理解を披露しています.

フランスには魅力的な回答に感謝し,読者には価値ある質問に感謝する次第です.


Q1:ボノボというサル以外の霊長類種は,コミュニケーション/絆/親密を深める形式として性行動を用いますか,それとも純粋に子どもをつくる目的でそれを用いますか.

A1:ボノボは,非生殖的な性行動を示すもっともよい例です.たいていは社会的と思われる理由によって――喧嘩のあとの和解のさいや,食物をめぐる競合が起こりそうなとき――すぐさま性行動を使用します.彼らは,緊張を和らげるために性行動を用います:性行動のあとに食物を分配します.ボノボはチンパンジーとともにわれわれにもっとも近縁な動物の親戚なのです *〔この*印は下の注に続いている〕.

ボノボがチンパンジーとどれほど異なっているかに焦点を当てた近年の実験では,類人猿は,いっしょに協力することで引き寄せることのできる台を提示されました.食物が台のうえに載せられたとき,ボノボは,明らかにチンパンジーよりもよい成績で,それを獲得しました.

食物があると,ふつうは対立関係をもたらすものなのですが,ボノボは性的接触をおこない,いっしょに遊ぶことで,協力して食物を幸福に分配しました.チンパンジーは,対照的に,競合に打ち勝つことはできませんでした.

生殖が不可能な場合にさえ,たとえばメスが妊娠しているときでも,あるいはたとえば同性のメンバーのあいだでも性行動をおこなう動物は,ボノボのほかにもたくさんいます.そこでも同じように性というものは,絆をつくる機能のために,あるいは順位の優位を知らせるのに役だちます.そのため,性が生殖を志向するものであり,それゆえ排他的に生殖のために用いられるべきであるとの考え(カトリック教会がコンドーム使用に対抗して用いる論法)は,多くの動物について誤っており,そのことは私たち自身の種にも当てはまります.

* ボノボやチンパンジーは,サルではなく類人猿です.類人猿は,大きな脳をもち,尾のない,平らな胸と肩とをもつ大きな霊長類のことです.サルは,もっと小さく,尾があり,たいてい顔(鼻)がもっとつき出ています.ヒトは明らかに,サルではなく類人猿に似ています.


Q2:宗教を動機として進化が拒否されることがありますが(例,創造論),そういったことが研究の妨げになったことはありますか.

A2:科学では進化論が明らかに優勢なパラダイムであり,そのような抵抗の憂き目に遭ったことはありません.創造論者は,ときに多くの科学者が進化論に疑いをもっているかのように印象づけようとしますが,私がそのような科学者に会ったことは,いまだかつてありません.積極的な生物学研究者のうち0.1パーセント以上がそのような疑念をもっているとしたら,私は驚きます.

25年以上も前に私がこの国へ〔オランダからアメリカ合衆国へ〕来たとき,創造論がいまだ真剣に受けとめられていることに驚きましたが,創造論はじきに忘れ去られるだろうと思っていました.しかし現実には,そうではありませんでした.私にとってそれは,おびただしい反証を無下のこととする中世風の思考の残滓としか思えません.

同時に私は,近年高まりをみせている神を疑う壮語が役にたつとは思えないともいわなければなりません.そのようなやり方では問題を分裂さてしまいますが,私が思うに,宗教を集合的な価値体系とみて,科学を物理的な世界の動作の仕方を教えるものとみることは,大いに可能でしょう.私自身は信仰心をもってはいませんが,科学と宗教との葛藤というものは不要であり誇張であると思います.


Q3:あなたの研究室では,ブドウ/キュウリ研究をおこないましたか.サルが課題をおこなってブドウまたはキュウリを得て……

A3:はい,セイラ・ブロズナンとともに,私たちは単純な課題にたいしてオマキザルがブドウ片かキュウリ片を受けとる研究をおこないました.

2個体のサルが同じ報酬を得るなら,決して問題は生じませんでした.ブドウのほうをずっと好んでいますが(私たちのように実際の霊長類として,彼らは糖分を好みます),2個体ともがキュウリを受けとるのであれば,彼らはそのまま何度も課題を続けるでしょう.

しかし,〔同じ課題にたいして〕2個体が異なる報酬を受けとるようにすると,貧乏くじを引いた〔同じ課題にたいしてキュウリを受けとることになった〕ほうの個体の反応がぐらつきはじめ,すぐに課題を拒否したりキュウリを食べることを拒否したりして反抗を始めます.

利得最大化が生命(および経済学)の狙いであるなら,個体はそれが得られるものをつねにとるべきであるということになりますが,この研究でみられたものは,その意味で「不合理な」反応です.私たちがキュウリ片をサルに与えたとき,彼らはつねにそれを受けいれて食べるはずなのに,〔隣で同じ課題をこなしている〕パートナが自分よりもよいものを得ているときには,見たところそうしませんでした.ヒトでは,この反応は,「不公平回避」として知られています.

私は,実際のところその反応がまったく不合理であるとは思いませんが,協力システムにおいては,ある個体は,何を投資して何をかわりに得たのかを見極める必要があるという事実に関係しているとは思います.あなたのパートナがつねにあなたよりも大きな分け前をもらっていたら,このことはあなたが不利な立場に置かれているということを意味しています.そのため,そこですべき合理的なことは,報酬の分割が向上するまで協力を差し控えることです.

このことは,日ごとに公正でなくなりつつあるアメリカ社会にとって重要なメッセージをもっています.

ジニ指数〔係数〕(収入の不公平を測る)は上昇しつづけ,いまやほかの産業国家というよりはむしろ第3世界の国に連なるものとなっています.サルがすでに収入の不公平を受けいれることに困難を感じているのなら,それが私たちに何をもたらすのかは想像に難くないでしょう.それは社会のなかにひどい緊張を産みだしますが,私たちは,その緊張が心理学的また物質的幸福に影響することを知っています.アメリカの見るに堪えない統計(世界の長寿順位でいまや42番)の原因を不公平な社会の社会的軋轢に求めるものもいます(リチャード・ウィルキンソン,2005:『不公平の衝撃』を参照).


Q4:誰彼かまわず性交するゲイの男性とボノボとには,何か共通点はありますか.

A4:ボノボはたいてい同性の仲間と性行動をおこないますが,異性とも性行動をおこなう点でゲイではありません.彼らは「バイ」です.彼らはたいてい社会的な理由のために,つまり緊張を和らげたり,友情を形成するために性行動を求めます.私はこのことがヒトのゲイの乱交にも当てはまるとは思いませんし,ゲイの乱交というものが純粋に快楽を追求しているものかどうか私にはわかりません.


Q5:あなたやあなたの共同研究者が得た知見の多くは,実験者が野外でおこなったとしても,類似の知見を得られると思いますか.

A5:霊長類についての野外研究と飼育下研究との関係は重要なものです.

なるほど,野生ザルがヒトから食物をもらうのに馴れていないという単純な理由から,われわれのブドウ対キュウリテストは野生ザルでおこなうことはできません.しかし,私たちがみつけた印象的な心理学的メカニズムはサルに動揺を引きおこすことになりましたが,これが青天の霹靂でしかないとは考えられません.

すでに述べてきたように,私は,骨折りと同等の保証するために,それが協力の文脈で進化してきたものと考えています.そのため,私は,イヌやオオカミでも同じ不公平回避がみられるだろうと考えていますが,ネコ(単独の狩猟者で,他者の獲得したものにそれほど配慮しなくてもよい)ではみられないだろうと考えています.

協力は野生のオマキザルでも観察されてきました.彼らはときに,巨大なリスやハナグマの子どもをいっしょに協力して捕獲し(て食べ)ます.狩猟のあと,彼らは戦利品を楽しみます――そのとき報酬の分配がおこなわれるのです.

オマキザルが協力をおこなうことができるという事実から,不公平回避のためのまさに進化的な起動力が示唆されるのです.

実際,私の知るかぎり,訓練なしで発揮される能力については,野生の同じ種では決してみられないが飼育下でだけみられるといったものはありません.たとえば,道具使用ははじめ動物園の類人猿で知られており,みなそれは重要なものではないといっていました――もちろんそれは,野生の類人猿で道具使用がみつけられるまでのことでした.

あるいは,私が動物園のチンパンジーのコロニーで発見した和解行動を考えてみましょう――そのときみな,明らかに野生の霊長類はそのようなことはしていないといいました.しかし,私たちはいまや,30にも近い異なる霊長類(また,霊長類以外でもイルカやハイエナなど)が喧嘩のあとに和解をおこなっていることについてのデータをもっており,その証拠には野生のサルや類人猿がふくまれています.

しかし,私は,飼育下の研究が野生の研究にとってかわることはないと信じています.それらは,たとえばチンパンジー文化の研究のように,ただ異なった洞察を提供するものなのです.

アフリカにいる多くのチンパンジーの群れは,ナッツ割りや社会的慣習のようなそれぞれ独自の伝統をもっています.野外研究者は,彼らが模倣をとおしてたがいからこれらの行動を学習するのだと推測します.しかし,彼らはこれを証明することはできません.ここで飼育下研究が登場し,類人猿が何を学習できるのかを私たちがテストすることができるのです.私たちの研究は,類人猿がたがいから新しい技能を身につけることができると示したという点で,野外研究を強く支持しています.


Q6:赤ん坊のサルは,ヒトの赤ん坊と同じように寄る辺なきものであって,母親(やほかの大人)に頼らざるをえないものなのですか.

A6:すべての霊長類が長い期間の依存を特徴とします――マカク〔ニホンザルの仲間〕やヒヒなどのサルにおいては,ふつう生後の2年間です.しかし,このあとも,〔母親との〕絆は維持され,母親は支援や毛づくろいをおこないます.

類人猿においては,依存の期間はずっと長くなります.養育は4年間,とくに5年にわたり続き,母親は子どもを最初は腹にくっつけて,その後は背中に乗せて運びます.この子どもに相応する荷があるため,彼女はそれほど多くの子孫をもてません.そのため,いちどにひとりの赤ん坊をもち,野生での出産の間隔は4年ないし6年です.若いチンパンジーは8歳までに比較的独立するようになりますが,12歳をこえるまでは大人とみなされません.

(続く)

全訳してみました.リンクはすべて原文のもの.〔 〕は私の補足.QやAの番号も私の補足.長いので次の記事に続きます.

妙にマニアックな質問が多いのですが,いずれにしてもドゥ・ヴァールの主張に沿った解釈が提示されているということには注意しながら読まないといけなさそうです.

元のサイトでは書きこみも可能なので,英語の堪能な方はコメントなどしてみては.