どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

オマキザルの道具使用――チューブ課題

2006-01-31 06:32:03 | 思考・問題解決
A4 Visalberghi, E., & Trinca, L. (1989).
Tool use in capuchin monkeys: distinguishing between performing and understanding.
Primates, 30, 511-521.

オマキザルの道具使用:遂行と理解との区別
樹脂ガラスでできた透明な管を水平に固定して中央に食物報酬を入れ、〔道具使用実験の〕経験のないフサオマキザル4個体に呈示した。そのとき、報酬を押し出させるため、適切な棒を与えた。4個体中3個体のサルが自発的に道具を使用し、その課題の解決のスタイルは〔個体ごとに〕大きく異なっていた。より複雑な条件では、棒が有効になるためには、つなげる〔続けて入れる〕必要があったり、積極的に加工する〔棒をまとめているバンドを外す、棒の端についている出っ張りを外す〕必要があったりした。そのような条件で、サルたちはつねに成功したが、それに伴う間違いは、どれだけ試行を重ねても消えなかった。問題を解決することとその理解との乖離の証拠を見つけた。このことが示唆するのは、オマキザルが能動的な〔行為を伴う〕実験を通じて新しい手段を発見することができるとしても道具が有効になるのに必要な特徴を心的に表象している〔意識的に理解している〕とはかぎらなく、また前もっては適切に道具を加工するわけではないということである。このレベルで、チンパンジーとの大きな相違が現われる。
キーワード:道具使用(tool use)、フサオマキザル(Cebus apella)、心的表象(mental representation)。

※「同縮尺」と書きましたが、やっぱりバランスの悪い図です(オマキザルが大きく見えます)。京都市動物園に、チューブ装置があるそうです(こちら)。写真も鮮明なので、私の下手な図よりおおいに参考になります。また、同動物園には、ハチミツ釣り装置もあるそうです(こちら)。ハチミツ釣り装置も、チューブ装置と同じく、フサオマキザルの心理学的な道具使用研究の初期(1980年代後半)から使用されている装置です([link])。

エリザベッタ・ヴィザルベルギは、ドロシー・マンケンベック・フラゲイジーリンダ・マリー・フェディガンとともに『The complete capuchin(オマキザル大全)』(2004)を上梓している。
Fragaszy, D. M., Visalberghi, E., & Fedigan, L. (2004). The complete capuchin: the biology of the genus Cebus. Cambridge, UK: Cambridge Univerisity Press.
ISBN0521661161 ISBN0521667682

オマキザル道具使用には背後にどのような認知能力があるのか。飼育下での実験的研究については、1980年代中盤以降行われてきた。実は1930年代にもあったが、その後下火になり、結局研究が本格化するのは1980年代ということになってしまった。なお、チンパンジーで類似の研究が始まったのは、オマキザルよりも少し早い(ケーラーヤーキスなどの研究)。

このヴィザルベルギとトリンカの研究で使われている装置は、この時点ではたんに水平な透明チューブに食物が入れられているだけだが、90年代中盤以降にヴィザルベルギたち自身によって改良された。つまり、管の中央に落し穴があり、そこに食物が落ちると回収不能になってしまうトラップチューブ課題。たとえば、
ヴィザルベルギ、リモンゲッリ(1994):フサオマキザル([link])――こちらで紹介しました!
リモンゲッリ、ボイセン、ヴィザルベルギ(1995):チンパンジー([link])。
ヴィザルベルギ、トマセロ(1998):実験ではなく概観の論文(link)――こちらで紹介しました!
ポヴィネリ(2000):チンパンジー(下記書籍)。
Povinelli, D. (2000/2003). Folk physics for apes: the chimpanzee's theory of how the world works. New York, NY: Oxford University Press.
ISBN0198572190
2006年1月31日現在Amazon.co.jp、Amazon.comでは買えないが、Amazon.co.uk(ハードカバーペーパーバックともに)、またはAmazon.deAmazon.frの英書コーナー(ペーパーバック版のみ)で購入できる。ペーパーバック版(2003)が出る際に訂正が入っているので、ハードカバー版(2000)を購入するメリットはさほどないと思う。
※ 訂正:上のリストに挙げていたヴィザルベルギたちの比較研究([link])は、トラップチューブ課題ではなく、ふつうのチューブ課題でした(2006-02-25追記)。

今回のトラップなし管の研究でも1990年代のトラップチューブ研究でも、ヴィザルベルギたちは次のような論法をとる。
i) 課題の解決。
ii) 条件を厳しくする⇒できないまたは間違いが消えないなど、否定的な結果。
iii) 問題の理解に制約があるという結論。
ここで、遂行できても理解が不十分であるということが、タイトルでいわれている遂行と理解との乖離である。

一方、最近では、理解できていても遂行できないということも注目されている。たとえば、サントスたちのこの研究。理解のほうを測る方法として、理解と異なることが起きると注視時間が長くなることを前提とする期待違反法が用いられている。

ところで、道具使用の定義について。上記『The complete capuchin』では、「身体(口、嘴、手、爪など)の機能的延長として物体を使用し至近目標を達成するために別の物体や土台にはたらきかけたとき、動物が道具を使用している」としている。また、目標が明確であること、道具と道具がはたらきかける別の物体ないし土台との関係をその動物自身が産み出すことも条件としている。これらのうち2番めの条件については、あらかじめ道具が配置されていて引くだけで報酬が取れるといったような状況を道具使用から排除する趣旨である。その関係にもとづいて、道具使用が体系化されている。
関係カテゴリ 定義
0次 ひとつの物体にはたらきかける。第2の物体へのはたらきかけはない。 杖の引っかけの内側に食物が置いてあり、まっすぐの部分が手の届くところにあって、その部分を引く。
布の上に食物が乗っていて、その布を引き寄せる。
1次
静的1次関係 目標を達成するため、ある物体で固定された土台(ないし固定された物体)に働きかける。 開いた口に棒を突っ込んで探索する(「釣る」)。
土台上に固定されたナッツをに石を打ちつける。
動的1次関係 物体Aで動いている物体Bにはたらきかける。Aとの行為がBの状態を変えるので、行為を進めながらBをたえず監視しなければならない。 食物を棒で管から押し出す。
物体と棒とがただ引けばよいようには配置されていないときに、〔自分で棒を適切な位置に動かして〕棒でその物体を引き寄せる。
固定されていないナッツに石を打ちつける。
2次
継時2次関係 物体をBを第3の物体C(土台ないし物体)に置いたあとで物体Aで物体Bにはたらきかける。この場合、BとCとのあいだに静的関係が、AとBとのあいだに動的関係が産み出される。 ある石を、第2の石のうえに置いたナッツに打ちつける。
同時2次関係 物体Bの物体C(土台ないし物体)に対する関係を維持しつつ物体Aで物体Bにはたらきかける。この場合、2つの動的関係(AとBとの、BとCとのあいだの)が同時に調整される。 落とし穴を避けながら棒で食物を管から押し出す。
落とし穴のある土台のうえで熊手で食物を引き寄せる。
(ナッツが台石から転げ落ちるのを防ぐために)ナッツを保持しながら、台石土台のうえのナッツに石を打ちつける。
土台とは、例に示されているように、一般的に道具使用のおこなわれる場を指している。0次は表に入ってはいるが、道具使用ではない次数は、目標を達成するのに必要な物体および土台のあいだの関係の数である。

2006-02-04追記
説明画像を追加。フサオマキザルのシルエットは『The complete capuchin』から加工。
2006-02-25追記
最後の表のなかでsurfaceを「表面」としていたのを、あまりにわかりにくいので「土台」に変更。また、1ヶ所勘違いしていたところがあったので、上の本文中に注記した。
2006-04-19追記
図ではサルと装置とが同縮尺であるとしているもののの、やっぱりサルが大きいと思うよ……。
2006-07-31追記
別ブログにリンクさせていただきました。

簡単な案内

2006-01-30 10:50:29 | 案内
原著論文:その著者自身の研究
レヴュー論文:あるテーマの研究を振り返ったもの
プレマック:David Premack (1986) Gavagai!についてのメモ
です。

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通し番号 著者名 (年次).
論文題名
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題名和訳
もとの論文についている要約

これ以降の欄はこの論文についてのメモ。

引用した本はAmazon.co.jpにリンク。Amazon.co.jpになければAmazon.com
著者名等 (年次). 題名. 出版社.
ここにAmazon.co.jpへのリンク

ハンドルネーム「シャクス」の由来は、『ゴエティア』の霊の名前です。シャクスについてはこちら。『ゴエティア』は英訳があります。
Mathers, S. L. M. (trans.), Crowley, A. (ed.) (1997). The goetia: the lesser key of Solomon the king: lemegeton: clavicula salomonis regis, book 1. Paperback. 2nd ed. Boston, MA: Red Wheel/Weiser.
ISBN087728847X
訳者はヘルメス結社ゴールデンドーンの設立者マグレガー・メイザーズ、編者は20世紀最大のオカルティストであるアレイスター・クロウリーです。

チンパンジーがハイラックスを捕まえて遊ぶ

2006-01-25 14:51:38 | その他生物科学
A3 Hirata, S., Yamakoshi, G., Fujita, S., Ohashi, G., & Matsuzawa, T. (2001).
Capturing and toying with hyraxes (Dendrohyrax dorsalis) by wild chimpanzees (Pan troglodytes) at Bossou, Guinea.
American Journal of Primatology, 53, 93-97. [link]

ギニアのボッソウの野生チンパンジー(Pan troglodytes)がハイラックス(Dendrohyrax dorsalis)を捕まえておもちゃにする
チンパンジーPan troglodytes verus)がニシキノボリハイラックスDendrohyrax dorsalis、イワダヌキ目)を捕まえ、おもちゃにしているところを観察した。ある思春期のメスが、1頭のハイラックスを15時間運び、自分の巣でそのハイラックスと眠り、そのハイラックスの毛繕いをした。その捕まえられたハイラックスが食べられることはなかった。近くの成体チンパンジーはそのハイラックスを無視していた。別の事例では、2個体の思春期のオスが、ある小さなハイラックスをおずおずと念入りに調べていた。これらの観察から、ボッソウのチンパンジーがハイラックスを食べる動物とみなしていないことが示唆され、このことは、食べる機会があるとしても捕食可能な相手を食べない理由がありうるという考えを支持している。
キーワード:チンパンジー(chimpanzee)、ハイラックス(hyrax)、狩猟(hunting)、道具使用(tool use)。

第1著者の平田聡は現在林原類人猿研究センターに所属。林原グループは、岡山では知らない人はいないと思う。

食べるわけでもないのに動物を捕まえるのは、何もヒトにかぎるわけではない。この報告は、チンパンジーにもそれが可能であることを示している。ただし、力加減にかんしては、相手のハイラックスのことはまったくかまっていない。

チンパンジーが力加減を自分では制御できないのか、それとも単純にチンパンジー一般に備わっている気質なのか、どちらなのか。参考になるのは、野生ゴリラの行動である。私は山極寿一のエッセイでしか読んでいないが、マウンテンゴリラはハイラックスのような小動物に合わせて力を加減できるそうである。チンパンジーも力加減は不可能ではないが、気質がそうさせないだけなのかもしれない。
山極寿一 (2000). ゴリラの思いやり. In 日本エッセイスト・クラブ (編), 司馬サンの大阪弁: '97年版ベスト・エッセイ集, 文春文庫, 東京: 文藝春秋, pp. 228-231.
ISBN4167434156

では、彼らより大きい動物にたいしてはどうなのか。チンパンジーやゴリラが彼らより大きい動物と戯れることはまず考えられないので、ここではフサオマキザルが参考になる。成体どうしで比べるとハナグマはフサオマキザルの2倍あるのに、フサオマキザルはハナグマと遊ぶことがある。かといってフサオマキザルが自分たちより小さい動物にたいして力加減が制御できないわけではない。それについては、近いうちにその内容の事例報告が出る(まだ公式には発表されていない)。

2006-02-01追記
ここを「ビデオ図書館」⇒「ボッソウ」⇒「ハイラックス (451KB)」と辿るとmpeg動画で見られます。

ノドジロオマキザルの物体使用

2006-01-24 13:05:45 | 思考・問題解決
A2 Panger, M. A. (1998).
Object-use in free-ranging white-faced capuchins (Cebus capucinus) in Costa Rica
American Journal of Physical Anthropology, 106, 311-321. [link]

チンパンジーオマキザルは、ほかのヒト以外の霊長類と比べて、道具使用が多様でその頻度も高い。オマキザルは飼育下では広く研究されてきたが、フリーレインジング条件のもとでの道具使用データは限られている。これは、オマキザルの複雑な物体操作を体系的に調査した最初の長期研究である。この研究の目的は、1) フリーレインジングのオマキザルの道具使用物体使用頻度文脈を調査すること、2) フリーレインジングのオマキザルの物体操作行動が飼育下での行動と類似するものか調べることである。データは、3群のノドジロオマキザルCebus capucinus)についてのもので、コスタリカのパロベルデで1995年2月から1996年1月まで収集した。データは、フォーカルアニマルサンプリングとアドリブサンプリングを用いて収集した。道具使用と物体使用の出来事は、すべて記録した。道具使用は、11ヶ月の研究のあいだに1度も観察されなかった。物体使用(打ちつける、こすりつける、支点を使用する〔実を枝に垂直に置き、上から実に力をかけて割る〕)は、1時間あたり0.19回の割合で生じ、サルの時間の1 %にも満たなかったかった(年齢、性を基準に分類したが、その分類間に差はなかった)。その結果は、フリーレインジングのオマキザルの道具使用行動が飼育個体ほどは広くないことを示している。この原因として考えられることは、物体に反応しようとする動機づけの違い、樹上での生活様式、十分な道具材料がないこと、道具使用を必要とする食物資源がないこと、あるいはこれらの原因の組みあわせだろう。

1998年の論文であることに注意。この調査では道具使用は見られなかったが、オマキザルの道具使用といえば、ナッツ割りがもっとも有名(フサオマキザルの事例としては、野生でも、準フリーレインジングでも見られる)。

フリーレインジングfree-ranging)は「放し飼い」の意味だが、野生(wild)と明示されていないかぎり野生そのものではなく、餌づけなどがあることを言い含めている。

オマキザルとひとくちにいっても、種の分類の仕方はいくつかあって、大雑把なものだと、
ノドジロオマキザル(white-faced capuchin Cebus capucinus
シロガオオマキザル(white-fronted capuchin Cebus albifrons
ナキガオオマキザル(weeper capuchin Cebus olivaceus
フサオマキザル(tufted capuchin Cebus apella
の4種。ノドジロ=white-faced、シロガオ=white-frontedと、和英の対応が微妙である点に注意。細かい分類はここを参照。

ここでは、物体使用は、動物が直接ある物体を変化させること。道具使用は、動物が自分以外の物体を介してある物体を変化させること。

直接関係はないが、パロベルデ国立公園この紹介サイトでGallery⇒CR5-04A1 white-throated capuchinとリンクを辿ると、頭をトーテムポールのように乗せて共同で威嚇しているポーズが見られる。おもしろい。

認知発達を動物間で比較する意義

2006-01-23 10:58:25 | メタ研究
A1 Gómez, J.-C. (2005).
Species comparative studies and cognitive development.
Trends in Cognitive Science, 9, 118-125. [link]

幼児の発達や動物の認知を種間で比較すると、認知能力の性質や起源について深く考えることができます。この論文では、同じ方法論、同じ理論的な枠組みにもとづく比較研究について、最近の高まりを振り返ります。その研究は、ヒトで見られる2つの認知能力――対象の永続性視線追従――が別の種ではどう発達していくのかについてのものです。発達の変化をどう説明するかについては現在さまざまな説が対立しているのですが、これらの比較研究の結果を解釈するには、その対立をまとめなければなりません。そして、それらの結果は、進化が発達装置を産み出してきたと示唆しています。発達装置のおかげで、適応に必要な核の部分を守りつつ、また、さらなる適応的な変化に対応していくことができます。つまり、外界の環境と作用しあうだけではなく、ともに発達していくほかの認知システムとも作用しあいます。

フアン=カルロス・ゴメスのレヴュー。ゴメスについては、Gómez, J. C. (2004), Apes, monkeys, children, and the growth of mind, Cambridge, MA: Harvard University Pressの邦訳が出た。その邦訳のほうは「フアン」ではなく「ファン」となっている。細かいことであるが。
ゴメス, J. C., 長谷川眞理子 (訳) (2005). 霊長類のこころ: 適応戦略としての認知発達と進化. 東京: 新曜社.
ISBN4788509628

比較といえば、こういった文脈では動物の種と種の比較という意味で用いられることが多い。

対象の永続性とは、物体が何かに隠されたりなどしても、別にその物体が世界が消えるわけではないこと。ここでは、ヒトやある種のほかの動物が理解する世界の物理的性質の代表として挙げている。発達は、結局のところ、各知覚/行為システムのダイナミズムによって引き起こされると見ている。

視線追従とは、他者の視線の向かう先まで追っていくこと。ここでは、ヒトやある種のほかの動物が有する社会的能力の代表として挙げられている。

発達装置とは、発達の観点から見たときの各認知システムのこととされる。発達装置が認知能力にかかわる以上、各発達装置が外界の環境と作用しあうのは当然だが、発達装置どうしも相互作用しあっていると考えている。最後に、認知発達とは、これらの装置を高次の適応システムへと統合する進化上の道具であると述べ(システムの統合は、上のシステムのダイナミズムと同じ意味)、発達個体発生)と進化系統発生)とを関連づけている。