A4 Visalberghi, E., & Trinca, L. (1989).
Tool use in capuchin monkeys: distinguishing between performing and understanding.
Primates, 30, 511-521.
オマキザルの道具使用:遂行と理解との区別
樹脂ガラスでできた透明な管を水平に固定して中央に食物報酬を入れ、〔道具使用実験の〕経験のないフサオマキザル4個体に呈示した。そのとき、報酬を押し出させるため、適切な棒を与えた。4個体中3個体のサルが自発的に道具を使用し、その課題の解決のスタイルは〔個体ごとに〕大きく異なっていた。より複雑な条件では、棒が有効になるためには、つなげる〔続けて入れる〕必要があったり、積極的に加工する〔棒をまとめているバンドを外す、棒の端についている出っ張りを外す〕必要があったりした。そのような条件で、サルたちはつねに成功したが、それに伴う間違いは、どれだけ試行を重ねても消えなかった。問題を解決することとその理解との乖離の証拠を見つけた。このことが示唆するのは、オマキザルが能動的な〔行為を伴う〕実験を通じて新しい手段を発見することができるとしても、道具が有効になるのに必要な特徴を心的に表象している〔意識的に理解している〕とはかぎらなく、また前もっては適切に道具を加工するわけではないということである。このレベルで、チンパンジーとの大きな相違が現われる。
キーワード:道具使用(tool use)、フサオマキザル(Cebus apella)、心的表象(mental representation)。
※「同縮尺」と書きましたが、やっぱりバランスの悪い図です(オマキザルが大きく見えます)。京都市動物園に、チューブ装置があるそうです(こちら)。写真も鮮明なので、私の下手な図よりおおいに参考になります。また、同動物園には、ハチミツ釣り装置もあるそうです(こちら)。ハチミツ釣り装置も、チューブ装置と同じく、フサオマキザルの心理学的な道具使用研究の初期(1980年代後半)から使用されている装置です([link])。
エリザベッタ・ヴィザルベルギは、ドロシー・マンケンベック・フラゲイジー、リンダ・マリー・フェディガンとともに『The complete capuchin(オマキザル大全)』(2004)を上梓している。
オマキザルの道具使用には背後にどのような認知能力があるのか。飼育下での実験的研究については、1980年代中盤以降行われてきた。実は1930年代にもあったが、その後下火になり、結局研究が本格化するのは1980年代ということになってしまった。なお、チンパンジーで類似の研究が始まったのは、オマキザルよりも少し早い(ケーラーやヤーキスなどの研究)。
このヴィザルベルギとトリンカの研究で使われている装置は、この時点ではたんに水平な透明チューブに食物が入れられているだけだが、90年代中盤以降にヴィザルベルギたち自身によって改良された。つまり、管の中央に落し穴があり、そこに食物が落ちると回収不能になってしまうトラップチューブ課題。たとえば、
※ 訂正:上のリストに挙げていたヴィザルベルギたちの比較研究([link])は、トラップチューブ課題ではなく、ふつうのチューブ課題でした(2006-02-25追記)。
今回のトラップなし管の研究でも1990年代のトラップチューブ研究でも、ヴィザルベルギたちは次のような論法をとる。
一方、最近では、理解できていても遂行できないということも注目されている。たとえば、サントスたちのこの研究。理解のほうを測る方法として、理解と異なることが起きると注視時間が長くなることを前提とする期待違反法が用いられている。
ところで、道具使用の定義について。上記『The complete capuchin』では、「身体(口、嘴、手、爪など)の機能的延長として物体を使用し、至近目標を達成するために別の物体や土台にはたらきかけたとき、動物が道具を使用している」としている。また、目標が明確であること、道具と道具がはたらきかける別の物体ないし土台との関係を、その動物自身が産み出すことも条件としている。これらのうち2番めの条件については、あらかじめ道具が配置されていて引くだけで報酬が取れるといったような状況を道具使用から排除する趣旨である。その関係にもとづいて、道具使用が体系化されている。
土台とは、例に示されているように、一般的に道具使用のおこなわれる場を指している。0次は表に入ってはいるが、道具使用ではない。次数は、目標を達成するのに必要な物体および土台のあいだの関係の数である。
2006-02-04追記
説明画像を追加。フサオマキザルのシルエットは『The complete capuchin』から加工。
2006-02-25追記
最後の表のなかでsurfaceを「表面」としていたのを、あまりにわかりにくいので「土台」に変更。また、1ヶ所勘違いしていたところがあったので、上の本文中に注記した。
2006-04-19追記
図ではサルと装置とが同縮尺であるとしているもののの、やっぱりサルが大きいと思うよ……。
2006-07-31追記
別ブログにリンクさせていただきました。
Tool use in capuchin monkeys: distinguishing between performing and understanding.
Primates, 30, 511-521.
オマキザルの道具使用:遂行と理解との区別
樹脂ガラスでできた透明な管を水平に固定して中央に食物報酬を入れ、〔道具使用実験の〕経験のないフサオマキザル4個体に呈示した。そのとき、報酬を押し出させるため、適切な棒を与えた。4個体中3個体のサルが自発的に道具を使用し、その課題の解決のスタイルは〔個体ごとに〕大きく異なっていた。より複雑な条件では、棒が有効になるためには、つなげる〔続けて入れる〕必要があったり、積極的に加工する〔棒をまとめているバンドを外す、棒の端についている出っ張りを外す〕必要があったりした。そのような条件で、サルたちはつねに成功したが、それに伴う間違いは、どれだけ試行を重ねても消えなかった。問題を解決することとその理解との乖離の証拠を見つけた。このことが示唆するのは、オマキザルが能動的な〔行為を伴う〕実験を通じて新しい手段を発見することができるとしても、道具が有効になるのに必要な特徴を心的に表象している〔意識的に理解している〕とはかぎらなく、また前もっては適切に道具を加工するわけではないということである。このレベルで、チンパンジーとの大きな相違が現われる。
キーワード:道具使用(tool use)、フサオマキザル(Cebus apella)、心的表象(mental representation)。
エリザベッタ・ヴィザルベルギは、ドロシー・マンケンベック・フラゲイジー、リンダ・マリー・フェディガンとともに『The complete capuchin(オマキザル大全)』(2004)を上梓している。
オマキザルの道具使用には背後にどのような認知能力があるのか。飼育下での実験的研究については、1980年代中盤以降行われてきた。実は1930年代にもあったが、その後下火になり、結局研究が本格化するのは1980年代ということになってしまった。なお、チンパンジーで類似の研究が始まったのは、オマキザルよりも少し早い(ケーラーやヤーキスなどの研究)。
このヴィザルベルギとトリンカの研究で使われている装置は、この時点ではたんに水平な透明チューブに食物が入れられているだけだが、90年代中盤以降にヴィザルベルギたち自身によって改良された。つまり、管の中央に落し穴があり、そこに食物が落ちると回収不能になってしまうトラップチューブ課題。たとえば、
ヴィザルベルギ、リモンゲッリ(1994):フサオマキザル([link])――こちらで紹介しました!
リモンゲッリ、ボイセン、ヴィザルベルギ(1995):チンパンジー([link])。
ヴィザルベルギ、トマセロ(1998):実験ではなく概観の論文(link)――こちらで紹介しました!
ポヴィネリ(2000):チンパンジー(下記書籍)。
リモンゲッリ、ボイセン、ヴィザルベルギ(1995):チンパンジー([link])。
ヴィザルベルギ、トマセロ(1998):実験ではなく概観の論文(link)――こちらで紹介しました!
ポヴィネリ(2000):チンパンジー(下記書籍)。
Povinelli, D. (2000/2003). Folk physics for apes: the chimpanzee's theory of how the world works. New York, NY: Oxford University Press.
2006年1月31日現在Amazon.co.jp、Amazon.comでは買えないが、Amazon.co.uk(ハードカバー、ペーパーバックともに)、またはAmazon.de、Amazon.frの英書コーナー(ペーパーバック版のみ)で購入できる。ペーパーバック版(2003)が出る際に訂正が入っているので、ハードカバー版(2000)を購入するメリットはさほどないと思う。
2006年1月31日現在Amazon.co.jp、Amazon.comでは買えないが、Amazon.co.uk(ハードカバー、ペーパーバックともに)、またはAmazon.de、Amazon.frの英書コーナー(ペーパーバック版のみ)で購入できる。ペーパーバック版(2003)が出る際に訂正が入っているので、ハードカバー版(2000)を購入するメリットはさほどないと思う。
今回のトラップなし管の研究でも1990年代のトラップチューブ研究でも、ヴィザルベルギたちは次のような論法をとる。
i) 課題の解決。
ii) 条件を厳しくする⇒できないまたは間違いが消えないなど、否定的な結果。
iii) 問題の理解に制約があるという結論。
ここで、遂行できても理解が不十分であるということが、タイトルでいわれている遂行と理解との乖離である。ii) 条件を厳しくする⇒できないまたは間違いが消えないなど、否定的な結果。
iii) 問題の理解に制約があるという結論。
一方、最近では、理解できていても遂行できないということも注目されている。たとえば、サントスたちのこの研究。理解のほうを測る方法として、理解と異なることが起きると注視時間が長くなることを前提とする期待違反法が用いられている。
ところで、道具使用の定義について。上記『The complete capuchin』では、「身体(口、嘴、手、爪など)の機能的延長として物体を使用し、至近目標を達成するために別の物体や土台にはたらきかけたとき、動物が道具を使用している」としている。また、目標が明確であること、道具と道具がはたらきかける別の物体ないし土台との関係を、その動物自身が産み出すことも条件としている。これらのうち2番めの条件については、あらかじめ道具が配置されていて引くだけで報酬が取れるといったような状況を道具使用から排除する趣旨である。その関係にもとづいて、道具使用が体系化されている。
関係カテゴリ | 定義 | 例 |
0次 | ひとつの物体にはたらきかける。第2の物体へのはたらきかけはない。 | 杖の引っかけの内側に食物が置いてあり、まっすぐの部分が手の届くところにあって、その部分を引く。 |
布の上に食物が乗っていて、その布を引き寄せる。 | ||
1次 | ||
静的1次関係 | 目標を達成するため、ある物体で固定された土台(ないし固定された物体)に働きかける。 | 開いた口に棒を突っ込んで探索する(「釣る」)。 |
土台上に固定されたナッツをに石を打ちつける。 | ||
動的1次関係 | 物体Aで動いている物体Bにはたらきかける。Aとの行為がBの状態を変えるので、行為を進めながらBをたえず監視しなければならない。 | 食物を棒で管から押し出す。 |
物体と棒とがただ引けばよいようには配置されていないときに、〔自分で棒を適切な位置に動かして〕棒でその物体を引き寄せる。 | ||
固定されていないナッツに石を打ちつける。 | ||
2次 | ||
継時2次関係 | 物体をBを第3の物体C(土台ないし物体)に置いたあとで物体Aで物体Bにはたらきかける。この場合、BとCとのあいだに静的関係が、AとBとのあいだに動的関係が産み出される。 | ある石を、第2の石のうえに置いたナッツに打ちつける。 |
同時2次関係 | 物体Bの物体C(土台ないし物体)に対する関係を維持しつつ物体Aで物体Bにはたらきかける。この場合、2つの動的関係(AとBとの、BとCとのあいだの)が同時に調整される。 | 落とし穴を避けながら棒で食物を管から押し出す。 |
落とし穴のある土台のうえで熊手で食物を引き寄せる。 | ||
(ナッツが台石から転げ落ちるのを防ぐために)ナッツを保持しながら、台石土台のうえのナッツに石を打ちつける。 |
2006-02-04追記
説明画像を追加。フサオマキザルのシルエットは『The complete capuchin』から加工。
2006-02-25追記
最後の表のなかでsurfaceを「表面」としていたのを、あまりにわかりにくいので「土台」に変更。また、1ヶ所勘違いしていたところがあったので、上の本文中に注記した。
2006-04-19追記
図ではサルと装置とが同縮尺であるとしているもののの、やっぱりサルが大きいと思うよ……。
2006-07-31追記
別ブログにリンクさせていただきました。