どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ミツバチの記憶における逆向干渉効果

2006-10-21 23:32:46 | 記憶
A21 Cheng, K. & Wignall, A. E. (2006).
Honeybees (Apis mellifera) holding on to memories: Response competition causes retroactive interference effects.
Animal Cognition, 9, 141-150. [link]

記憶を保持するミツバチ(Apis mellifera):反応競合が逆向干渉効果を引き起こす
ミツバチセイヨウミツバチ〕についての5つの実験により、第2の課題の学習がどのように以前に学習したことに干渉するのかを調べた。自由に飛んでいるハチが、標識物を基点とした記憶にかんして、逆向干渉の枠組みにもとづいてさまざまにテストされた。ハチは最初に課題1を学習し、課題1でテストされ(テスト1)、それから課題2を学習し、ふたたび課題1をテストされた(テスト2)。テスト2のまえに60分の遅延を挟んでも(箱のなかでの待機)、遂行の低下は生じなかった。その2つの課題が相反する反応要件をもっている場合には(例、目標が課題1では緑色の標識物の右側で、課題2では青色の標識物の左側)、課題2では〔遂行に〕大きな低下が見られた(逆向干渉効果)。しかし、訓練やテストのあいだに反応競合を最小にした場合には、課題2では〔遂行の〕低下が小さかったないし存在しなかった。結果が含意することは、反応競合が逆向干渉効果の主要な一因であるということである。ミツバチは、記憶を保持していると考えられる。他方、新しい記憶が古い記憶を消し去ってしまうわけでもない。
キーワードミツバチ(honeybee)・標識物(landmark)・空間記憶(spatial memory)・逆向干渉(retroactive interference)・反応競合(response competition)。
ありがたいことに「とある昆虫研究者のメモ」のG-hop様にリンクしていただいたので、いままで読めずにいた論文を読んでみました。

著者は、シドニーのマコーリー大学心理学部および同大学動物行動総合研究センターケン・チェン(Ken Cheng)と、同センターのアン・E・ウィグナル(Anne E. Wignall)。全文がここで手に入ります。

「虫の心理学だって?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、逆向干渉はれっきとした心理学の専門用語です。続けて2つのことを学習したときを考えます。逆向干渉(retroactive inteference)とは、第2の学習が第1の学習に影響(促進または抑制)することです。反対に、第1の学習が第2の学習に影響(促進または抑制)することは、順向干渉(proactive interference)と呼ばれます。一般的には、促進よりも抑制について語られることが多く、2つの学習が異なるものだと順向抑制が、似ているものだと逆向抑制が起こりやすいと考えられています。今回の実験は、
 課題1訓練
⇒課題1テスト(テスト1
⇒課題2訓練
⇒課題1再テスト(テスト2) ※実験5では課題1とは別の課題。
という枠組みでおこなわれるわけですが、「テスト1の成績>テスト2の成績」のとき、逆向干渉効果(retroactive inteference effect)があったとしています。

この研究の話のまえに、ミツバチについて。飛行(ナヴィゲイション)に際して、周囲の風景、飛行した経路、日中の時間、課題の刺激の諸相など、文脈手がかりを使用する。また、ミツバチについては、弁別学習などのオペラント課題、象徴見本あわせ(感覚モダリティを超えた課題さえ)、古典的条件づけの研究もある。

以下、条件ごとに実験を紹介。左右などの器具の位置については、ちゃんと調整されているところもあります。

実験1:遅延実験。
60分の遅延で記憶が減衰するようでは話にならないので、それを確かめた。ちゃんと記憶できていた。

実験2実験5:干渉実験。

逆向干渉効果が起こった条件。これらの条件により、ミツバチの学習で逆向干渉効果が生じることがわかった。
ただ、これらからは次のどちらなのかわからない。
(1) 課題2課題1の記憶を減衰させただけである。
(2) 課題1課題2とで、記憶内容の遂行に反応競合が起こっている。
ここで反応競合(response competition)とは、複数の記憶はしっかりしているのに、どの記憶を実行すべきかが不確実である場合を指している。この(1)(2)のいずれかを決めるため、残りの条件を見る。

反応競合が起こらなくて逆向干渉効果が小さくなったと考えられる条件。まず、課題2で覚えた方向が、テスト2で選択肢としては消えている条件。
次は複雑な結果となった条件。本当なら9と同じく「逆向干渉効果が起こらなかった条件」に入るはずだった。小さいものの逆向干渉効果が生じてしまった説明(著者ではなく論文の査読者による)として、ミツバチの「緑色」受容体にもとづく説明がされている。つまり、課題2で緑色から離れる条件づけをされたせいで、テスト2で黄色から離れる反応をしてしまったのだろうと述べられている。

反応競合が起こらなくて逆向干渉効果が見られなかったと考えられる条件。

以上から、ミツバチの学習における逆向干渉効果については、「(1) 課題2課題1の記憶を減衰させただけである」わけではなく、「(2) 課題1課題2とで、記憶内容の遂行に反応競合が起こっている」といえるだろう。

霊長類の逸話引用の正確さ

2006-10-01 10:47:55 | メタ研究
A20 Sarringhaus, L. A., McGrew, W. C., & Marchant, L. F. (2005).
Misuse of anecdotes in primatology: Lessons from citation analysis
American Journal of Primatology, 65, 283-288. [link]

霊長類学における逸話の誤用:引用分析からの教訓
この研究は、行動にかかわる霊長類学の刊行物で引用された逸話の正確さを分析する。道具使用を詳述している逸話(n = 1事例)を、4つの主要な霊長類学雑誌で探しだした。 3つの基準を満たした科学文献での逸話の引用を、認識と正確さとについて体系的に符合化した。結果は、60 %の程度で、逸話を引用した著者がそれらをそのようなものとして明示的に認めていない〔逸話を逸話として明示的に言及していない〕ということを示した〔認識について〕。〔60 %より〕もっと低い程度では、引用において、逸話事象の頻度が誇張され、それらの状態が不正確に述べられていた〔正確さについて〕。とくに道具使用について、行為者は、道具ないしその目標物よりももっと頻繁に誤報された〔正確さについて〕。複数〔の逸話〕を引用しているものは、ひとつ〔の逸話〕を引用しているものよりも頻繁にまちがっていた。全般的に、逸話の引用は問題を孕んでいて、また過剰な一般化を誤り導くことにかかわる広範囲におよぶ含蓄があるだろうと思われる。霊長類学者は、唯一の事象ないしめったにない事象を引用するさいには気をつけるべきである。
キーワード:引用の正確さ(citation accuracy);逸話(anecdote);道具使用(tool use)、方法論(methodology)、チンパンジー(chimpanzee)、オマキザル(capuchin monkey)。
ローレン・A・サリングハウス(Lauren A. Sarringhaus)、ウィリアム・クレメント・マグルー(William Clement McGrew)、リンダ・フランシーズ・マーチャント(Linda Frances Marchant)による引用分析論文。レヴュー論文ではないが、ほかに分類するカテゴリをつくっていなかったので、レヴューに分類した。

叙述的記述における唯一またはめったにない行動の出来事が、逸話である(著者らはこの定義のために以下の書籍の章を引用した)。
Mitchell, R. W., Thompson, N. S., & Miles, H. L. (1997). Taking anthropomorphism seriously. In R. W. Mitchell, N. S. Thompson, & L. H. Miles (Eds.), Anthropomorphism, anecdotes, and animals (pp. 3 - 11). Albany, NY: State University of New York Press.
ISBN0791431266[paperback][hardcover]

この論文で設けられた逸話の「3つの基準」(上の要旨にも出ている)とは、次のもの。
(1) その論文は、逸話に焦点を当てていなければならなかった。引用されたとき、言及されているものを最小限にとどめ、混乱がないように。
(2) その逸話は、野生ないし放飼下の霊長類についてのものでなければならなかった。飼育下での行動の遂行はヒトの接触に影響を受けているかもしれないので。
(3) その逸話は、個体または集団によって1度だけ遂行された活動にかんするものでなければならなかった。ある個体に特有の活動でも、それを何回もしているときには、排除された。

逸話を探した雑誌は次のもの。
Primates 1957年第1巻から2003年第44巻まで。
International Journal of Primatology 1980年第1巻から2003年第24巻まで。
Folia Primatologica 1970年第12巻から2003年まで。
American Journal of Primatology 1981年第1巻から2003年第60巻まで。

逸話の引用が誤っているかについて、今回の論文で検討された項目は次のもの。
項目名称 内容 分類
不認識 行動がn = 1事象だったと明示的にも暗示的にも述べられていなかった 一般的な問題 認識の問題
誇張 行動の頻度が大げさに述べられていた 正確さの問題
装飾 引用情報が現に元の逸話にあるものを超過していた
行為者 個体や集団の遂行行動が不正確に記述されていた 道具使用だけの問題
目標物 道具が作用している物体が不正確に記述されていた
道具 目標物に作用している物体が不正確に記述されていた

霊長類にかぎらず、動物の行動を研究している人は、気をつけないといけません。