どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

チンパンジーが隠れることで相手を欺く

2006-03-29 06:23:55 | 社会的知性
A11 Hare, B., Call, J., & Tomasello, M. (2006).
Chimpanzees deceive a human competitor by hiding.
Cognition, online, doi: 10.1016/j.cognition.2005.01.011. [link]

チンパンジーは隠れることでヒト競合者を欺く
ヒト以外の種が故意に他者の心理状態を操作して欺こうとする(たとえば、他者が何を見ているかを操作する)能力があるという実験的証拠はほとんどない。われわれはここで、チンパンジーつまりヒトにもっとも近縁の霊長類の1種が積極的に他者からものを隠そうとすることがあることを示す。具体的には、3つの新奇なテストでヒトと競合したとき、8個体のチンパンジーは、最初のほうの試行〔テストの1回分〕からヒト〔競合者〕の視野から隠れた道筋を通って争っている食物項目に近づくことを選択した(そうするのに迂回路を使用することもあった)。これらの結果は、チンパンジーが他者が何を見ることができるかおよびできないかを知っていることを示す先行研究を確証するだけでなく、食物をめぐって競合するときチンパンジーが自分に有利になるように他者が自分を見ることができるかまたはできないかを操作することに長けていることを示唆する。
キーワード:チンパンジー(chimpanzee)、欺き(deception)、視点取得(visual perspective taking)、社会的認知(social cognition)、認知進化(cognitive evolution)。
毎度毎度毎度だが、マクス・プランク進化人類学研究所発達および比較心理学分野ブライアン・ヘアジョゼプ・コールマイケル・トマセロ

欺きdeception)は戦略的欺きと戦術的欺きとに分けられている。戦略的欺きstrategic deception)は、擬態のように形態的に決まりきった方法で欺くことである(意図性はない)。戦術的欺きtactical deception)とは、自分の行為を他者が誤解するようにすることである。戦術的欺きの意図性intentionality)を考えると、自分の行為の目的も相手の心的状態〔相手が何らかを知っている状態〕も理解せず結果的に欺いているのを0次意図性0-order intentionality)、自分の行為の目的だけを理解して結果的に欺いているのを1次意図性1st-order intentionality)、自分の行為の目的欺く相手の心的状態も理解して欺いているのを2次意図性2nd-order intentionality)と考える。意図性の分類はダニエル・クレメント・デネット(Daniel Clement Dennett)による。デネット進化論認知科学にかかわる心の哲学科学哲学の専門家。この段落は、藤田和生『比較認知科学への招待』による。
藤田和生 (1998). 比較認知科学への招待: 「こころ」の進化論. 京都: ナカニシヤ出版.
ISBN4888484376

ということで、欺きがチンパンジーでテーマになるというのは、チンパンジーが他者の心的状態を理解しうるかという社会的知性にかかわる問題と直結することになる。ここでは具体的には、他者の視線を社会的手がかりとして利用できるか、他者に何が見えているかを理解しているかが問題になっている。

実験装置は、図のとおり(俯瞰図になっている)。まず実験者は真ん中のチューブにフルーツジュースを流し、チンパンジーを中央に近寄らせる。そのあとチンパンジーがバナナに近づくのを見たら実験者はバナナを取り去るということを、チンパンジーに教えておく。チンパンジーはどう対処するか。

以降のテストでいつバナナを取ることを許すのかが重要になりそうだが、結果的にバナナを取ることを許すことで学習が促進されることはなかったので、とくに明記しない。

テスト1身体方向

条件は3つ。
条件1 顔と胸条件:顔を身体も同じバナナのほうを向く。
⇒実験者の顔も身体も向いていないほうからバナナを取る。

条件2 顔対胸条件:顔と身体とで別のバナナのほうを向く。
⇒実験者の顔が向いていないほうからバナナを取る。

条件3 社会的手かがりなし:上2条件との比較。実験者はすぐに場を離れる。
⇒どちらからでもバナナを取る。

テスト2遮蔽板

条件は3つ。遮蔽板がある側からは、自分の姿を実験者に見られずにバナナに近づける。遮蔽板を置く箇所は、図に青い点線で示してある。テスト2では、図に示してある遮蔽板設置箇所のうち、バナナと取り口とのあいだのもののみ用いた。
条件1 顔と胸条件:顔を身体も同じバナナのほうを向く(テスト1と同じ)。
⇒実験者の顔も身体も向いていないほうからバナナを取る。

条件2 遮蔽板条件:左右のどちらかのバナナと取り口とのあいだに遮蔽板を置く。実験者はまっすぐ前を向く。
条件3で遮蔽板を回避した個体を除外すると、遮蔽板のあるほうからバナナを取る。

条件3 社会的手がかりなし:条件2との比較。遮蔽板は左右のどちらかにある。実験者はすぐに場を離れる。
⇒2個体は遮蔽板を回避する。それ以外の個体はどちらからでもバナナを取る。

テスト3分割遮蔽板

条件は3つ。テスト3では、図に示してある遮蔽板設置箇所のうち、すべてを用いた。
条件1 2重遮蔽板条件:左右のどちらかについて、2ヶ所ある設置箇所の両方に遮蔽板を置く。実験者はまっすぐ前を向く。
遮蔽板のあるほうからバナナを取る。

条件2 分割遮蔽板条件:左右の一方には、実験者とバナナとのあいだに分割されていない遮蔽板を置く。他方には、上下に分割した遮蔽板を置く。下部分は実験者とバナナとのあいだに、上部分はバナナと取り口とのあいだに下げる。実験者はまっすぐ前を向く。論文の手続きのところには書かれていないが、チンパンジーが実験者に見られる可能性は、分割遮蔽板を置かれた側のほうが高いということだろう。
分割されていない遮蔽板のあるほうからバナナを取る。

条件3 社会的手がかりなし:条件2との比較。遮蔽板条件2の状態にして、実験者はすぐに場を離れる。
⇒どちらからでもバナナを取る。

バナナへの接近の仕方を2通りに分けている。そのまま取りにいくのを直接接近と、1回離れて実験者から見えないくらいのところでまた戻ってくるのを間接接近と呼んでいる。

テスト1テスト2実験者がいる条件では、かなりの個体が間接接近を用いた。しかし、テスト3では、実験者がいる条件でも直接接近を用いている。現に、テスト3には遮蔽板が多く、そこまで身を隠す必要性がない。

以上のような結果を踏まえて、上の要約で書かれている結論が得られる。

参加者は、26歳オス(ロベルトRobert)、25歳メス(リートRiet)、9歳オス(フロドFrodo)、9歳メス4個体(ザンドラSandra、ヤハガJahaga、フィフィFifi、トルディTruddy〔ゲルトルディアGertrudia?〕)、5歳オス(パトリクPatrick)。リートについて、論文だとライト(Reit)になっているが、「リート」としたのは、ヴォルフガング・ケーラー霊長類研究センターのウェブサイトでの表記による。各個体の読み仮名はいいかげん。

最後に。チンパンジーの他者理解というのはいろいろと論争の多い問題領域なので、さまざまな論文を参照しなければならない。

コウイカの同種同性個体の認知

2006-03-22 08:47:17 | 社会的知性
A10 Palmer, M. E., Calvé, M. R., & Adamo, S. A. (2006).
Response of female cuttlefish Sepia officinalis (Cephalopoda) to mirrors and conspecifics: evidence for signaling in female cuttlefish.
Animal Cognition, online, doi: 10.1007/s10071-005-0009-0. [link]

メスのコウイカSepia officinalis〔ヨーロッパコウイカ〕(頭足綱)の鏡や同種個体に対する反応:メスのイカにおける信号の証拠
コウイカは、迷彩や個体間信号に用いられる身体模様の膨大なレパートリーをもっている。オスのコウイカによる個体間信号はよく記録されてきているが、メスによる信号の研究は不足している。われわれは、新しく〔この研究ではじめて〕描かれた身体模様を、オスや獲物、無生物に対してではなく自分の鏡像同種メス個体に対して見せることを発見し、この身体模様をスプロッチsplotch)〔斑点〕と名づけた。メスのコウイカは、スプロッチ身体模様を、おそらく〔ほかのメスとの〕敵対的なやりとりを減少させるために用いているのだろう。メスが同種個体や鏡に反応して一貫した身体模様を産みだせることから、ヒト観察者に視認できる性的2型〔同種でのオス、メス間の違い〕がないにもかかわらず、彼女ら〔メスのコウイカ〕が視覚的手がかりを用いて同種同性個体を認識できることが示唆される。
キーワード:動物コミュニケーション(animal communication)、軟体動物門(Mollusca)、身体模様(body pattern)、頭足綱(Cephalopoda)。
カナダのドーセット環境科学センター(Dorset Environmental Science Centre)のM・E・パルメール(M. E. Palmer)、ダルハウジー大学(Dalhousie University)のM・リシャール・カルヴェ(M. Richard Calvé)、シェリー・A・アダモ(Shelley A. Adamo)によって『動物認知(Animal Cognition)』に発表されたヨーロッパコウイカSepia officinalis)の同種同性個体認知についての研究。アダモのウェブサイトはこちら。このウェブサイトに飛ぶといきなりコオロギ、青虫の写真があるので虫嫌いの人は注意。そのページの下のほうには今回被験体となったのと同じ種類のコウイカの写真がある。

頭足綱(Class Cephalopoda)鞘形亜綱(Subclass Coleoidea)は、イカタココウモリダコから成る分類群であり、身体模様をすばやく変化させられることで有名である。研究者たちは、中枢神経系が発達しているということもあって、その身体模様がコミュニケーションで役割を果たすという証拠を探してきた。

イカすなわち十腕形上目(Superorder Decapodiformes)といっても、コウイカ目(cuttlefish、Order Sepiida)、ダンゴイカ目(bobtail squid、Order Sepiolida)、トグロコウイカ目(Ram's horn squid、Order Spirulida)、ツツイカ目(squid、Order Teuthida)に分かれている。ヤリイカLoligo bleekeri)、アオリイカSepiotenthis lessoniana)、スルメイカTodarodes pacificus)はすべてツツイカ目に属している。今回とりあげたヨーロッパコウイカは、名前のとおりコウイカ目コウイカ科(Family Sepiidae)に属している。同じくコウイカ科に属しているイカとしては、シリヤケイカ(Sepiella japonica)がいる。

上の要約の補足。腕広げ(splayed arms)は典型的には採食中に、また潜在的に脅威をもつ相手に対して示されることが知られているが、その腕広げが自身の鏡像同種メス個体に対して見られた。コウイカは同種メス個体を潜在的な脅威とみなしているのだろう。メス個体どうしが出会ったとき、たがいに腕広げをするわけだが、おそらく一方がスプロッチを示したおかげで、ともに腕広げをしていたのをやめている

ただ、今回の研究では一貫した信号(スプロッチ)を出していることがわかっただけで、それをいま述べたようにコミュニケーションに用いているかどうかについては示唆されるに留まる。将来的にはスプロッチに対して信号の受け手一貫した反応を示すかどうかを調べる必要があると、著者らは考えている。また、信号の送り手、受け手にどのような利益があるのかについても調べなければならず、可能性としてはスプロッチ同種個体による攻撃を減らすことがあるだろうとしている。

ちょうど、ケリ・V・ラングリジが『ロンドン王立協会紀要 シリーズB:生物科学(Proceedings of the Royal Society of London Series B: Biological Sciences)』の最新号(273巻1589号)に「コウイカSepia officinalisにおける対称的隠蔽色と非対称的信号」という論文を書いている([link])。要約を読むかぎり、内容は次のとおり。コウイカはヒトと同じく左右対称の動物であるが、その模様は自由に、非対称にも変えられる。左右対称のほうが模様としては目立つわけだから、脅威となる相手に対して迷彩の効果を出すには非対称の、何らかの信号を出すには対称の模様にすればよいと予想される。しかし、論文の題に表わされているとおり、結果は予想と逆になった。

チンパンジーは他者の利益に無関心

2006-03-19 14:57:10 | 社会的知性
A9 Jensen, K., Hare, B., & Call, J., & Tomasello, M. (2006).
What's in it for me? Self-regard precludes altruism and spite in chimpanzees.
Proceedings of the Royal Society of London Series B: Biological Scieces, online, doi: 10.1098/rspb.2005.3417. [link]

そこには自分のために何があるのか。チンパンジーにおいて、自己への関心が利他と嫌がらせとを阻害する
公平への感受性は、個体が相互に利益のある利己的な利他的な、あるいは嫌がらせの活動に携わることを選択するかどうかに影響するだろう。一連の3つの実験で、チンパンジー(Pan troglodytes)は〔2本のうち1本の〕ロープを引いて届かないところにある食物を手に入れることができた。そうすることに伴って、別の〔引かなかったほうのロープにつながれた〕食物は遠ざかることになった。第1の実験で彼ら〔チンパンジー〕は、自分自身のみが利益を受けるか(利己)、自分自身ともう1個体いるチンパンジーとの両方が利益を受けるか(相互)の選択をすることができた。次の2つの実験では彼ら〔チンパンジー〕は、もう1個体いるチンパンジーのみが食物をもらうか(利他)、そのもう1個体いるチンパンジーが利益を受けるのを妨害して両者ともに食物をもらえないか(嫌がらせ)のあいだで選択することができた。すべての研究を通じてのおもな結果は、チンパンジーが個人的な利益のみにもとづいて選択をおこなっていて、同種個体に及ぶ結果には関心をもたないということだった。これらの結果は、ヒトの協力行動の起源についての疑問を呈する。
キーワード:行動生物学(bihavioural biology)、進化心理学(evolutionary psychology)、ゲーム理論(game theory)、不衡平(inequity)、チンパンジー種(Pan troglodytes)。
キース・ジェンセン(Keith Jensen)、ブライアン・ヘア(Brian Hare)、ジョゼプ・コール(Josep Call)、マイケル・トマセロ(Michael Tomasello)によるチンパンジー社会的知性の研究。前回に紹介した研究と同じく、マクス・プランク進化人類学研究所発達および比較心理学分野のチームによる。

全体を通じた実験方法としては次のとおり。2つの選択肢を与えられるわけだが、どちらの選択肢を選んでも自分自身は食物をもらえる。あるいはどちらの選択肢を選んでも自分自身は食物をもらえない。では選択肢間でどう違うのかというと、もう1個体チンパンジーが別にいて、その個体が利益をもらうかどうかである。下図を参照。
中央にいるのが著者らが行動を見ようとしている個体。左にいるのが中央の個体の行動によって食物がもらえたりもらえなかったりする個体。ここで「到達可能」「到達不可能」は受益者にとって可能か不可能かという意味である。ロープを引いたほうの食物は近づくが、すると他方の食物は遠ざかる。このような装置を用いて、受益者が受益者部屋にいるとき統制部屋にいるときとで行為者(研究ターゲット)の行動が変わるかどうかを見る。もちろん、統制部屋にいる受益者は、行為者が何をしても食物をもらえない。

ウィリアム・ドナルド・ハミルトン(William Donald Hamilton)にしたがって([link])、利得行列(payoff matrix)を示している。相互(mutualism)、利己(selfishness)、利他(altruism)、嫌がらせ(spite)の分類に注意。
受益者
利益(+)損失(-)
行為者利益(+)相互(+、+)利己(+、-)
損失(-)利他(-、+)嫌がらせ(-、-)

実験の具体的な流れは、次の表のとおり。バナナ入ったカップの番号は上図を参照。
バナナの
カップ
行為者の行為
到達可能テーブル
引く頻度が高い
到達不可能テーブル
引く頻度が高い
何もしない
実験1すべてふたりともに利益
相互
行為者だけに利益
利己
実験2(1)(4)のみ受益者だけに利益
利他
誰にも利益はない
嫌がらせ
誰にも利益はない
嫌がらせ
実験315秒後に受益者のみに利益
利他
実験3で行為者が何もしないと、しばらく後に受益者のみに利益が渡される(実験者が装置を操作して、到達可能テーブルを部屋に向かって動かす)。

実験1では、到達可能テーブルを引く割合が大きかった。しかし、受益者が受益者部屋にいても統制部屋にいても到達可能テーブルを引くというのは変わらなかったので、それは受益者の利益を考えてのことではなかったのだろう。

実験23では、何もしない割合が大きかった。なお、これは受益者がどちらの部屋にいても同じだった。

全体として、行為者は自分への関心にもとづいて選択していて、他者の利益への関心は見られなかった。

同じようにチンパンジーが他者に関心をもたないという研究は、ジョウン・B・シルクらによってもおこなわれている([link])。

しかし、前回紹介したとおり、チンパンジーの子どもは自分に利益がないにもかかわらず他者を手助けすることがある。

ヒト、チンパンジーが利他的に他者を手助けする

2006-03-15 14:10:18 | 社会的知性
A8 Warneken, F. & Tomasello, M. (2006).
Altruistic helping in human infants and young chimpanzees.
Science, 311, 1301-1303. [link]

ヒトの幼児および若いチンパンジーにおける利他的手助け
他者が目標を達成するのを手助けすることは、ヒトではふつうのことである。手助けするものがその場で利益を受けとらない場合でさえ、そうするものである。(非血縁者にたいする)そのような利他的行動は、進化的にはきわめて稀であり、それら〔利他的行動〕がヒトに特有であると提案しさえする理論家もいるほどである。ここでわれわれは、18ヶ月(言葉を話せない、もしくはちょうど話しはじめるころ)のヒトの子どもが、さまざまに異なる状況で他者が目標を達成するのをじつに進んで手助けすることを示す。このこと〔手助け〕は、他者の目標の理解および手助けしようという利他的な動機づけを必要とする。加えてわれわれの研究では、3個体の若いチンパンジーが〔ヒトの幼児の場合と〕類似した技能と動機づけとを示しているが、〔ヒトの幼児と比べると〕それほどはしっかりとしたものではない

マクス・プランク進化人類学研究所(Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)のフェリクス・ヴァルネケン(Felix Warneken)とマイケル・トマセロ(Michael Tomasello)。前回紹介した『サイエンス』の論文のすぐ後ろに掲載された研究。

社会的認知、それも進化的には維持されにくいとされる見返りのない利他的行動にかんする研究である。

[1] ヒトHomo sapiens):24人。およそ18ヶ月齢

どうやって手助けを見るかというと、実験者(幼児にとって非血縁者である成人)が困っている状況で、幼児が自発的にどう行動するかを調べる。菓子や褒め言葉などの報酬はない。たとえば、実験者が物を誤って落として手を伸ばしているが届かないとき(もちろん演技ということになるが)と物をわざと落として手を伸ばしていないときとで、手助けの頻度に差があるかを調べた。差があれば、手助けしたとみなす。

課題は10個あったが、それらは4カテゴリに分けられた。実験者が (i) 手が届かないから、(ii) 手がふさがって障害物をどけられないから、(iii) 結果的に失敗してしまったから、(iv) 手段が間違っているから困っている場合の、4カテゴリである。4カテゴリそれぞれに複数の課題があり、課題の合計数が10ということである。幼児全員の結果を併せると、それぞれのカテゴリで少なくとも1つの課題で、幼児は手助けした。

幼児さまざまな状況利他的手助けをすることが示された。

[2] チンパンジーPan troglodytes):3個体。アレクス(Alex)36ヶ月齢、アレクサンドラ(Alexandra)54ヶ月齢、アネット(Annet)54ヶ月齢ヒトに養育されてきた。

ヒトでは4カテゴリのすべてわたって手助けが見られたが、チンパンジーでは1カテゴリだけしか見られなかった。つまり実験者が (i) 手が届かないから困っている場合のみだった。

ヒトの子どもチンパンジーの子どもも、他者を手助けしようという動機づけをもっている。しかし、ヒトの子どもとチンパンジーの子どもとでは、状況によっては、他者の目標の理解に違いが出てくるのだろうと、著者らは述べる。

この研究でチンパンジーでそれなりに実験がうまくいったのは、食物のような報酬がないからと、著者らは考えている。報酬がかかわってくるとチンパンジーが他者の状況に無関心になるという研究は、キース・ジェンセンら([link])や、ジョウン・B・シルクら([link])によっておこなわれている。

この研究と前回紹介した研究とについて、ジョウン・B・シルクが『サイエンス』の同じ号にコメントを書いている([link])。

チンパンジーは誰が協力者にふさわしいか理解する

2006-03-09 23:56:22 | 社会的知性
A7 Melis, A. P., Hare, B., & Tomasello, M. (2006).
Chimpanzees recruit the best collaborators.
Science, 311, 1297-1300. [link]

チンパンジーは協力者としてもっともふさわしいものに助けを求める
ヒトは〔ほかの種にはない〕特殊な方法で非血縁者と協力するが、これらの協力技能進化的基盤はいまだ不明である。われわれは、チンパンジー協力問題を呈示した。その問題でチンパンジーは、〔実験1で〕協力者にいつ助けを求めるかを、また〔実験2では実験者が設定した2個体の〕潜在的な協力者のうちどちらに助けを求めるかを決定しなければならなかった。最初の研究〔実験1〕では、個体〔チンパンジー〕は、協力を必要とする問題を解決するときにのみ協力者に助けを求めた。第2の研究〔実験2〕では、個体〔チンパンジー〕は、協力者のそれぞれと前日に〔協力問題の〕経験をしていて、それにもとづいて2個体の協力者のうちより効果的なほうに〔協力して食物を回収できる可能性が大きいほうに〕助けを求めた。この結果からわかるように、いつ協力が必要かを認識すること、および誰がもっとも協力者としてふさわしいものかを決定することは、チンパンジーとヒトとの両方に共有された技能であり、それゆえそのような技能は、ヒトが特有の複雑な協力形式を進化させるまえに、それら〔ヒトとチンパンジーと〕の共通祖先がもっていたのだろう。
つい先週の『サイエンス』(2006年3月3日)に掲載された論文。本ブログには珍しく速報

チンパンジー社会的知性に関する研究。具体的には、協力行動をとるうえで、協力を求める側が協力すべきなのはいつ誰となのか理解しているかどうか。

アリシア・ペレス・メリス(Alicia Pérez Melis)、ブライアン・ヘア(Brian Hare)、マイケル・トマセロ(Michael Tomasello)が著者。ドイツのライプツィヒにあるマクス・プランク進化人類学研究所Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)に所属する研究者であるが、研究をおこなったのは、アフリカのウガンダにあるンガンバ島チンパンジーサンクチュアリNgamba Island Chimpanzee Sanctuary)である。このサンクチュアリは、ウガンダのエンテベ(Entebbe)近郊、ヴィクトリア湖のンガンバ島にある。ウガンダのエンテベでは、2006年に第21回国際霊長類学会(21st Congress International Primatological Society)がおこなわれる。

上の要約は論文付されているものだが、その要約だけでは具体的な内容がよくわからないので、若干の補足。

協力問題で使用された装置は、図のようなものだった。装置が部屋の外に置かれていて、チンパンジーはロープをつかんで引き寄せることを求められた。装置の幅が一定の長さ以上であるとき、ひとりでは両方のロープの端が同時につかめず、ロープがするすると抜けて失敗する。つまりこの場合は協力者の助けが必要である。

被験体のチンパンジーは、協力者のいる隣の部屋へのをもっていて、その鍵は被験体が開けたいときに開けられるようになっていた。隣の部屋とテストをしていた部屋とは、柵で仕切られていただけなので、おたがいに丸見えである。

実験1では、2条件があった。どちらの条件でも、協力者となりうるものは1個体で、被験体の選択肢は、その個体に助けを求めるか求めないかのいずれかだった。
条件1 装置のロープの両端は、ひとりで手が届く範囲にある
条件2 装置のロープの両端は、ひとりで手が届く範囲にない
チンパンジーは、条件2協力者が必要なときにのみ協力者に助けを求めた。

実験2では、2日に分けて行われた(上の要約で「前日」と書かれているのが第1日)。両日とも協力が必要な問題で、協力者となりうるものは2個体いた。その2個体は別々の部屋にいて、被験体はどちらを協力者とするのかを選択できた。

選択肢として2個体いれば、協力したあとの結果がよい個体と悪い個体との違いが出てくる(論文では、協力するによい相手を効果的effective)と呼んでいる)。第1日には、もちろん効果的な個体とそうでない個体の区別はなかった。しかし、第2日には、効果的な個体に協力を求める割合が、効果的でない個体に協力を求める割合より大きかった。

また、両日を通して、うまくいったら次もその個体を選びつづけ、うまくいかなかったら次はその個体を選ばないという戦略(win-stay / lose-shift strategy)と、うまくいっても次はその個体を選ばず、うまくいかなくても次もその個体を選びつづけるという戦略(win-shift / lose-stay strategy)とを比べた。win-stay / lose-shift戦略をとる割合のほうが、win-shift / lose-stay戦略をとる割合より大きかった。

以上の結果からチンパンジーには、いつ協力者が必要かを判断する能力、2個体のうちどちらが協力者としてふさわしいかを判断する能力があると考えられる。

なお、実験参加者は全部で12個体。うち8個体がテスト被験体となった。そのうち6個体はテストの相手としても参加し()、2個体は被験体としてのみ参加した()。残り4個体はテストの相手としてのみ参加した()。

同じ号には、フェリクス・ヴァルネケンとマイケル・トマセロが論文を([link])、ジョウン・B・シルクがこれらの2つの研究の簡単なまとめを([link])書いている。
2006-03-14追記
実験参加者たちについて。

道具使用の伝播における母親の役割――飼育下

2006-03-05 20:54:15 | 社会的知性
A6 Hirata, S. & Celli, M. L. (2003).
Role of mothers in the acquisition of tool use behaviours by captive infant chimpanzees.
Animal Cognition, 6, 235-244. [link]

飼育下の幼児のチンパンジーが道具使用行動を獲得するときに果たす母親の役割
この論文は、幼児のチンパンジーPan troglosytes)が道具使用行動を獲得するときに果たす母親の役割を調べている。蜂蜜釣り課題は、野生で見られるアリ/シロアリ釣りを模するものである。蜂蜜釣り課題が、3対の母子チンパンジーに導入された。母親は全員が蜂蜜釣り課題を経験しており、幼児は全員がそれを経験していなかった。4つの釣り場と20個の物体8組とが利用可能だった。物体は道具として使用されることになっているもので、すべてが適切であるわけではなかった。母親のうち2個体は、一貫して課題を遂行し、おもに2種類の道具を使用した。一方、3個体の幼児は、その2個体の母親を観察した。幼児は、観察に費やした時間の量に関係なく、およそ20-22ヶ月齢で課題の遂行に成功した。これは野生で記録されてきたものより早い。幼児のうち2個体は、成体がおもに使用したのと同じ型の道具を使用した。このことは、道具選択性〔何を道具として選択するか〕が伝播されることを示唆している。結果は、また、成体が幼児にたいして、それが血縁のない幼児でも、寛容であることを示している。幼児は、成体が遂行するのを間近で観察するのを許され、また、ときに道具を舐めることを許され、たいていは蜂蜜のついていないものであるが、道具をもらった
キーワード:獲得(acquisition)、チンパンジー(chimpanzees)、母子(mother-infant)、道具使用(tool use)、伝播(transmission)。
平田聡とマウラ・ルチア・チェリ(Maura Lucia Celli)とが京都大学霊長類研究所でおこなった研究。

チンパンジーのいわゆる文化については、生態学で野外調査が行われてきた。文化行動の伝播過程は、師弟関係master-apprenticeship)と特徴づけられる。つまり、積極的な教示行動(言葉で説明したり、じかに手をとって型をつくる)がなく、ただ見せる(見るのを許す)だけである。

この研究では、母親の師としての役割が心理学的な側面から調べられている。母親の役割といっても2面あり、子どものほうがどのように観察するかということと、成体のほうがどの程度まで寛容的かということとである。

実験参加者の3母子は、アイAi)+アユムAyumu)、クロエChloé)+クレオCleo)、パンPan)+パルPal)。実験開始時、アイは24歳、クロエは19歳、パンは16歳、子どもは5-7ヶ月。

このような母親の役割を野生ヒガシチンパンジーPan troglodytes schweinfurthii)のシロアリ釣りで調べた研究が、エリザベス・V・ロンズドーフによってなされている([link])。