A11 Hare, B., Call, J., & Tomasello, M. (2006).
Chimpanzees deceive a human competitor by hiding.
Cognition, online, doi: 10.1016/j.cognition.2005.01.011. [link]
チンパンジーは隠れることでヒト競合者を欺く
ヒト以外の種が故意に他者の心理状態を操作して欺こうとする(たとえば、他者が何を見ているかを操作する)能力があるという実験的証拠はほとんどない。われわれはここで、チンパンジーつまりヒトにもっとも近縁の霊長類の1種が積極的に他者からものを隠そうとすることがあることを示す。具体的には、3つの新奇なテストでヒトと競合したとき、8個体のチンパンジーは、最初のほうの試行〔テストの1回分〕からヒト〔競合者〕の視野から隠れた道筋を通って争っている食物項目に近づくことを選択した(そうするのに迂回路を使用することもあった)。これらの結果は、チンパンジーが他者が何を見ることができるかおよびできないかを知っていることを示す先行研究を確証するだけでなく、食物をめぐって競合するときチンパンジーが自分に有利になるように他者が自分を見ることができるかまたはできないかを操作することに長けていることを示唆する。
キーワード:チンパンジー(chimpanzee)、欺き(deception)、視点取得(visual perspective taking)、社会的認知(social cognition)、認知進化(cognitive evolution)。
毎度毎度毎度だが、マクス・プランク進化人類学研究所の発達および比較心理学分野、ブライアン・ヘア、ジョゼプ・コール、マイケル・トマセロ。
欺き(deception)は戦略的欺きと戦術的欺きとに分けられている。戦略的欺き(strategic deception)は、擬態のように形態的に決まりきった方法で欺くことである(意図性はない)。戦術的欺き(tactical deception)とは、自分の行為を他者が誤解するようにすることである。戦術的欺きの意図性(intentionality)を考えると、自分の行為の目的も相手の心的状態〔相手が何らかを知っている状態〕も理解せず結果的に欺いているのを0次意図性(0-order intentionality)、自分の行為の目的だけを理解して結果的に欺いているのを1次意図性(1st-order intentionality)、自分の行為の目的も欺く相手の心的状態も理解して欺いているのを2次意図性(2nd-order intentionality)と考える。意図性の分類はダニエル・クレメント・デネット(Daniel Clement Dennett)による。デネットは進化論や認知科学にかかわる心の哲学や科学哲学の専門家。この段落は、藤田和生『比較認知科学への招待』による。
ということで、欺きがチンパンジーでテーマになるというのは、チンパンジーが他者の心的状態を理解しうるかという社会的知性にかかわる問題と直結することになる。ここでは具体的には、他者の視線を社会的手がかりとして利用できるか、他者に何が見えているかを理解しているかが問題になっている。
以降のテストでいつバナナを取ることを許すのかが重要になりそうだが、結果的にバナナを取ることを許すことで学習が促進されることはなかったので、とくに明記しない。
テスト1:身体方向。
条件は3つ。
テスト2:遮蔽板。
条件は3つ。遮蔽板がある側からは、自分の姿を実験者に見られずにバナナに近づける。遮蔽板を置く箇所は、図に青い点線で示してある。テスト2では、図に示してある遮蔽板設置箇所のうち、バナナと取り口とのあいだのもののみ用いた。
テスト3:分割遮蔽板。
条件は3つ。テスト3では、図に示してある遮蔽板設置箇所のうち、すべてを用いた。
バナナへの接近の仕方を2通りに分けている。そのまま取りにいくのを直接接近と、1回離れて実験者から見えないくらいのところでまた戻ってくるのを間接接近と呼んでいる。
テスト1、テスト2の実験者がいる条件では、かなりの個体が間接接近を用いた。しかし、テスト3では、実験者がいる条件でも直接接近を用いている。現に、テスト3には遮蔽板が多く、そこまで身を隠す必要性がない。
以上のような結果を踏まえて、上の要約で書かれている結論が得られる。
参加者は、26歳オス(ロベルトRobert)、25歳メス(リートRiet)、9歳オス(フロドFrodo)、9歳メス4個体(ザンドラSandra、ヤハガJahaga、フィフィFifi、トルディTruddy〔ゲルトルディアGertrudia?〕)、5歳オス(パトリクPatrick)。リートについて、論文だとライト(Reit)になっているが、「リート」としたのは、ヴォルフガング・ケーラー霊長類研究センターのウェブサイトでの表記による。各個体の読み仮名はいいかげん。
最後に。チンパンジーの他者理解というのはいろいろと論争の多い問題領域なので、さまざまな論文を参照しなければならない。
Chimpanzees deceive a human competitor by hiding.
Cognition, online, doi: 10.1016/j.cognition.2005.01.011. [link]
チンパンジーは隠れることでヒト競合者を欺く
ヒト以外の種が故意に他者の心理状態を操作して欺こうとする(たとえば、他者が何を見ているかを操作する)能力があるという実験的証拠はほとんどない。われわれはここで、チンパンジーつまりヒトにもっとも近縁の霊長類の1種が積極的に他者からものを隠そうとすることがあることを示す。具体的には、3つの新奇なテストでヒトと競合したとき、8個体のチンパンジーは、最初のほうの試行〔テストの1回分〕からヒト〔競合者〕の視野から隠れた道筋を通って争っている食物項目に近づくことを選択した(そうするのに迂回路を使用することもあった)。これらの結果は、チンパンジーが他者が何を見ることができるかおよびできないかを知っていることを示す先行研究を確証するだけでなく、食物をめぐって競合するときチンパンジーが自分に有利になるように他者が自分を見ることができるかまたはできないかを操作することに長けていることを示唆する。
キーワード:チンパンジー(chimpanzee)、欺き(deception)、視点取得(visual perspective taking)、社会的認知(social cognition)、認知進化(cognitive evolution)。
毎度毎度毎度だが、マクス・プランク進化人類学研究所の発達および比較心理学分野、ブライアン・ヘア、ジョゼプ・コール、マイケル・トマセロ。
欺き(deception)は戦略的欺きと戦術的欺きとに分けられている。戦略的欺き(strategic deception)は、擬態のように形態的に決まりきった方法で欺くことである(意図性はない)。戦術的欺き(tactical deception)とは、自分の行為を他者が誤解するようにすることである。戦術的欺きの意図性(intentionality)を考えると、自分の行為の目的も相手の心的状態〔相手が何らかを知っている状態〕も理解せず結果的に欺いているのを0次意図性(0-order intentionality)、自分の行為の目的だけを理解して結果的に欺いているのを1次意図性(1st-order intentionality)、自分の行為の目的も欺く相手の心的状態も理解して欺いているのを2次意図性(2nd-order intentionality)と考える。意図性の分類はダニエル・クレメント・デネット(Daniel Clement Dennett)による。デネットは進化論や認知科学にかかわる心の哲学や科学哲学の専門家。この段落は、藤田和生『比較認知科学への招待』による。
ということで、欺きがチンパンジーでテーマになるというのは、チンパンジーが他者の心的状態を理解しうるかという社会的知性にかかわる問題と直結することになる。ここでは具体的には、他者の視線を社会的手がかりとして利用できるか、他者に何が見えているかを理解しているかが問題になっている。
実験装置は、図のとおり(俯瞰図になっている)。まず実験者は真ん中のチューブにフルーツジュースを流し、チンパンジーを中央に近寄らせる。そのあとチンパンジーがバナナに近づくのを見たら実験者はバナナを取り去るということを、チンパンジーに教えておく。チンパンジーはどう対処するか。
以降のテストでいつバナナを取ることを許すのかが重要になりそうだが、結果的にバナナを取ることを許すことで学習が促進されることはなかったので、とくに明記しない。
テスト1:身体方向。
条件は3つ。
条件1 顔と胸条件:顔を身体も同じバナナのほうを向く。
⇒実験者の顔も身体も向いていないほうからバナナを取る。
条件2 顔対胸条件:顔と身体とで別のバナナのほうを向く。
⇒実験者の顔が向いていないほうからバナナを取る。
条件3 社会的手かがりなし:上2条件との比較。実験者はすぐに場を離れる。
⇒どちらからでもバナナを取る。
⇒実験者の顔も身体も向いていないほうからバナナを取る。
条件2 顔対胸条件:顔と身体とで別のバナナのほうを向く。
⇒実験者の顔が向いていないほうからバナナを取る。
条件3 社会的手かがりなし:上2条件との比較。実験者はすぐに場を離れる。
⇒どちらからでもバナナを取る。
テスト2:遮蔽板。
条件は3つ。遮蔽板がある側からは、自分の姿を実験者に見られずにバナナに近づける。遮蔽板を置く箇所は、図に青い点線で示してある。テスト2では、図に示してある遮蔽板設置箇所のうち、バナナと取り口とのあいだのもののみ用いた。
条件1 顔と胸条件:顔を身体も同じバナナのほうを向く(テスト1と同じ)。
⇒実験者の顔も身体も向いていないほうからバナナを取る。
条件2 遮蔽板条件:左右のどちらかのバナナと取り口とのあいだに遮蔽板を置く。実験者はまっすぐ前を向く。
⇒条件3で遮蔽板を回避した個体を除外すると、遮蔽板のあるほうからバナナを取る。
条件3 社会的手がかりなし:条件2との比較。遮蔽板は左右のどちらかにある。実験者はすぐに場を離れる。
⇒2個体は遮蔽板を回避する。それ以外の個体はどちらからでもバナナを取る。
⇒実験者の顔も身体も向いていないほうからバナナを取る。
条件2 遮蔽板条件:左右のどちらかのバナナと取り口とのあいだに遮蔽板を置く。実験者はまっすぐ前を向く。
⇒条件3で遮蔽板を回避した個体を除外すると、遮蔽板のあるほうからバナナを取る。
条件3 社会的手がかりなし:条件2との比較。遮蔽板は左右のどちらかにある。実験者はすぐに場を離れる。
⇒2個体は遮蔽板を回避する。それ以外の個体はどちらからでもバナナを取る。
テスト3:分割遮蔽板。
条件は3つ。テスト3では、図に示してある遮蔽板設置箇所のうち、すべてを用いた。
条件1 2重遮蔽板条件:左右のどちらかについて、2ヶ所ある設置箇所の両方に遮蔽板を置く。実験者はまっすぐ前を向く。
⇒遮蔽板のあるほうからバナナを取る。
条件2 分割遮蔽板条件:左右の一方には、実験者とバナナとのあいだに分割されていない遮蔽板を置く。他方には、上下に分割した遮蔽板を置く。下部分は実験者とバナナとのあいだに、上部分はバナナと取り口とのあいだに下げる。実験者はまっすぐ前を向く。論文の手続きのところには書かれていないが、チンパンジーが実験者に見られる可能性は、分割遮蔽板を置かれた側のほうが高いということだろう。
⇒分割されていない遮蔽板のあるほうからバナナを取る。
条件3 社会的手がかりなし:条件2との比較。遮蔽板は条件2の状態にして、実験者はすぐに場を離れる。
⇒どちらからでもバナナを取る。
⇒遮蔽板のあるほうからバナナを取る。
条件2 分割遮蔽板条件:左右の一方には、実験者とバナナとのあいだに分割されていない遮蔽板を置く。他方には、上下に分割した遮蔽板を置く。下部分は実験者とバナナとのあいだに、上部分はバナナと取り口とのあいだに下げる。実験者はまっすぐ前を向く。論文の手続きのところには書かれていないが、チンパンジーが実験者に見られる可能性は、分割遮蔽板を置かれた側のほうが高いということだろう。
⇒分割されていない遮蔽板のあるほうからバナナを取る。
条件3 社会的手がかりなし:条件2との比較。遮蔽板は条件2の状態にして、実験者はすぐに場を離れる。
⇒どちらからでもバナナを取る。
バナナへの接近の仕方を2通りに分けている。そのまま取りにいくのを直接接近と、1回離れて実験者から見えないくらいのところでまた戻ってくるのを間接接近と呼んでいる。
テスト1、テスト2の実験者がいる条件では、かなりの個体が間接接近を用いた。しかし、テスト3では、実験者がいる条件でも直接接近を用いている。現に、テスト3には遮蔽板が多く、そこまで身を隠す必要性がない。
以上のような結果を踏まえて、上の要約で書かれている結論が得られる。
参加者は、26歳オス(ロベルトRobert)、25歳メス(リートRiet)、9歳オス(フロドFrodo)、9歳メス4個体(ザンドラSandra、ヤハガJahaga、フィフィFifi、トルディTruddy〔ゲルトルディアGertrudia?〕)、5歳オス(パトリクPatrick)。リートについて、論文だとライト(Reit)になっているが、「リート」としたのは、ヴォルフガング・ケーラー霊長類研究センターのウェブサイトでの表記による。各個体の読み仮名はいいかげん。
最後に。チンパンジーの他者理解というのはいろいろと論争の多い問題領域なので、さまざまな論文を参照しなければならない。