どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ドゥ・ヴァールの霊長類質問箱2

2008-05-15 00:45:55 | 霊長類
長いので前の記事からの続きです。

Dubner S. J. (2008, May 7, 2:10 pm).
Frans de Waal answers your primate questions.
The New York Times.
Retrieved May 14, 2008 JST from http://freakonomics.blogs.nytimes.com/2008/05/07/frans-de-waal-answers-your-primate-questions/
2008年5月7日午後2時10分
フランス・ドゥ・ヴァールが霊長類にかんしてあなたの質問にお答えします
スティーヴン・J・ダブナー

(続き)

Q7:おそらく愚問でしょうが:近親相姦をしている霊長類を観察したことはありますか.もしそうなら,その社会集団は,それを無視したのでしょうか,よいこととして報いたのでしょうか,それとも悪いこととして罰したのでしょうか.

A7:非常に折のよい質問です.彼らは多くの動物の配偶システム(優位のオスが自由に多くのメスと生殖できるように若いオスを送りだす)を模倣しているように思われたため,私はテキサスの一夫多妻の宗派を興味深くみますが,一方,すべての動物が近親交配を避ける何らかの方法をもっているため,オーストリアの近親相姦の男性は私が霊長類について知っている何ものにも当てはまりません.実際,娘が父親であるはずのオスといっしょのところで成長することの多い動物園においてさえ,近親交配はほとんど稀です.

霊長類の一般的な規則は,ある性かもう一方の性のどちらかが,成熟すると群れを離れるというものです.多くのサルでは,オスが群れを離れ,別の群れを求めます.類人猿にかんしては(また,驚くべきことにヒトの社会でも),群れを去るのはメスです.移入者が非血縁の異性メンバーに会うことのできる群れを見つけにいくということであるから,これが多くの近親交配の機会に配慮したものだと想像できるでしょう.

これに加えてさらに,動物はいわゆるウェスターマーク効果にしたがいますが,それはヒトにも当てはまると考えられています.その規則は,いっしょに成長したものどうしのあいだにはおたがいに性的回避が生じるというものです.兄弟姉妹や母親‐息子の組みあわせは,それだけで性行動をおこなう欲望をもちはしません.ウェスターマークは,ずっと昔にこの考えを定式化しており,それは多くの動物でテストされ,全般的に支持されてきました.ヒトでも,いっしょに成長したものどうしのあいだでは,たとえ非血縁間であっても,性的関係を回避するという〔イスラエルの〕キブツや中国の婚姻〔中国や台湾のシンプア〕といった証拠があります.


Q8:チンパンジーの群れのあいだで,文化はどれほど変わりますか.チンパンジーがある群れから別の群れに移籍したとき,その個体は新しい群れに前の文化の何がしかを教えるでしょうか.

A8:野外の事例には,女性のチンパンジーが新しい群れに外から加わって,自らとともに新しい知識をもたらしたものがあります.彼女らは劇的な変化をもたらしたわけではなく,たいていはゆるやかなステップであり,たとえば彼女の受けいれ先のコミュニティが触れようとしないある種のナッツが実は食べられると知っているというようなことなのです.


Q9:霊長類に,ビートを保ったまま10秒から1分のあいだ続き,リズムのある,重力の影響に従った動きを教えることはできますか.(速さは,1ステップあたり450から550ミリ秒の割合でなければなりません.)

たとえば:その場で跳びあがって降りてくる,その場で行進する,椅子のうえで2ステップ踏んで降りてまた2ステップ踏む.

霊長類には,新生児の状態で「歩行反射」を示すものはいますか.

A9:この質問は私が答えるのにじつにぴったりで,もちろん,リズムについての優れた感覚は移動様式の一部であるため,多くの動物がその感覚をもっています.

多くの鳥類(これについては,あるいはチョウ)の規則的な羽ばたきを見てください.ゾウのような大きな動物なら,4つの足のリズムを同調させても,リズムを必要とするため〔訳者が英文を解釈しきれていない箇所〕,それほどは優雅に動けないでしょう.

チンパンジーはドラムを叩きますし,じつにすてきにリズムよくそうすることができます.彼らはふだんそれほど長くはそうしませんが,ときおりそれにのめりこみ,みなが夢中になるまで何分も中空の物体を叩きつづけることがあります.

おそらく,鳥類がリズムのすばらしい感覚をもっていることを示す最高の動画は,オウムの雪玉〔このオウムの名前〕のもので,彼はリズムの非凡な感覚をもっているように思われます.跳ねたり弾んだりするトムソンガゼルも思いおこされます:彼らは,より捕まえやすい獲物を狙う潜在的な捕食者に自身の健康さを知らせていると信じられているディスプレイのさいに,何度も跳躍します.


Q10:あなたはデズモンド・モリスから何を学びましたか.

A10:すばらしい質問です.デズモンド・モリスは,その世代でもっとも過小評価されている行動生物学者(動物行動学者)です.彼の本のなかでは,私たちが社会生物学を得るまえに,すばらしいおかしみと眼識をもってヒトと動物とのつながりについて率直に論じられているため,多くの進化心理学見解やそれに類似したものが形づくられています.

彼はまた,ほかの研究者が彼を引用することなく採用(盗用?)した考え,たとえばヒトのおしゃべりはいくぶん霊長類の毛づくろいに似ているということや,ヒトの家族がオス間の競合を小さくするために生まれ,それにより家に帰ればそれぞれに配偶者がいるという知識のもとにいっしょに狩猟に出かけることができたということなどを定式化しました.

これらは非常におもしろい考えですが,ただしいくぶん検証不可能であるものの,大事な点は,モリスがヒトの起源やそれが動物の行動にどう関係しているのかについての議論を始めたということです.彼は,なべてこのことを,人々が理解できる方法で,また読みたくなる方法でなしとげました.

しかし,そのような大衆に「通俗化させるもの」になることは,実際の科学者はときに蔑みます.

彼の通俗性の歴史はおもしろいのです.彼の本を出している出版社から聞くところによると,モリスは,彼の1960年代の大ベストセラーである『裸のサル』(当時にしては非常に挑戦的な表題と表紙をもつ)以前にも多くの書物を著していました.しかし,それらの以前の本は,それほどよくは売れませんでした.

彼は,ヒトと動物との行動を通俗的な見解で比較することで,ロンドン動物園を訪れるものを楽しませていたのでしょう.みな,それがおもしろく教えられるところが大きいと考えていて,出版社の人が彼の話すのを聞き,「それこそあなたの本です」といったとのことです.

それがすでに頭のなかでできあがっていたため,彼は3ヶ月でそれを書きあげられたのだと,私は信じています.

それを書くには度胸を必要とするため,私はその人に感服します.教授が私たちにデズモンド・モリスを読むと注意を促したため,私は学生として彼の本について学びました.もちろん,その結果,私たちはそれを読まねばならないと思うようになりました.

私はこのようなことを学びました:どんなことであれ読者の興味を惹きつづけよ.真実を裏切らぬ限り.


Q11:私は最近,幼児が自己意識をもつかどうかを知る簡単でおもしろいテストがあると学びました;ただ鏡の前で鼻に赤い点を施し,子どもがそれを消そうとするかどうかを見るというものです〔「鏡の前で」の位置が異なっているように思われるが,原文儘〕.これでわかるのはもちろん,自己意識だけです;子どもがどのように他者を意識しているのか,どのように他者と自身との差異を意識しているのかについてはわかりません.ここで疑問に思ったのですが,霊長類はどれほど自己意識的なのですか.

A11:自己鏡映像認識はそのようにテストされます.子どもは18ヶ月から24ヶ月のあいだにこのテストに合格しますし,これまで合格した動物はといえば,4種の類人種(チンパンジーをふくむ),イルカ,ゾウのみです〔「類人」とは,大型類人猿と訳されていたもの〕.私たちは,ブロンクス動物園でジャンボサイズの鏡を用いてゾウのテストをおこないましたが,ウェブでこの実験の動画を見られるようにしてあります.


Q12:ヒトの進化にかんするいわゆる水生類人猿仮説について,個人的であれ専門的であれ,何か考えをもっていますか.(〔故〕アリスタ・ハーディ卿による投稿〔故人による「投稿」というのは洒落だろうか〕.)

A12:まさにその仮説を展開したあなたからこの質問を受けるとは光栄です.私は,その考えにはおおくの魅力的なおもしろい要素,たとえばヒトを特徴づける皮下脂肪層や潜水反射といったものがあると思います.しかし,ヒトの祖先が水際で生活していておもに水生植物や動物を食べて生き延びてきたという証拠が揃うまでは,それは仮説のままです.

水がヒトの起源のなかで主要な進化的な力となるためには,私は,一定の期間のあいだこれが私たちの祖先の生き延びる唯一の術だったということをわかる必要があるだろうと推測するため,実際のところ,ひとつないしふたつの合致点を見つけただけでは不十分でしょう.

いままでのところ,その証拠はありません.しかし,あなたは古生物学者がしかるべき場所を見てきていないと感じるでしょう.

ずっと昔(『仲直り戦術』,1989において),水生類人猿としてのボノボについてからかい半分で推測を述べました.彼らは,自発的に水に入り,それを楽しんでいるようにみえる唯一の類人猿です.その時代には彼らが浅い川なら2足で歩行できるのだという噂がありましたが,それは水面から頭を出す姿勢を維持してみるなら,論理的に辻褄のあうことです.

近年,私はそのような話が誇張して語られていると思われる話を聞くにおよびました.しかし,じつは,そのような行動はベルギー動物園でしかみられない光景なのです.

私にとって水生類人猿理論は,消滅してはいませんが,かなり証拠を欠いているものなのです.


Q13:動物は「非道徳的」でありうるのでしょうか,それとも「無道徳的」なのでしょうか.

A13:それは大きな問いであり,短い文章では答えられません.私たちがそうであるように,生物は,道徳という取り決められたシステムの部分であって,それを遵守しているかぎりにおいて,はじめて非道徳的であることができます.チンパンジーやほかのヒト以外の動物が私たちと同じ意味で道徳的な存在者であるのだとは,私は思いません.

しかし,彼らを無道徳的であると呼ぶことも正しくありません.無道徳的とは,完全に道徳を欠くことを意味しており,道徳の積み木(共感,同情,協力,社会的規則)が私たち以外の動物にも見出しうることは明らかです.

自然界が「無道徳的」であるとの見解は,チャールズ・ダーウィンの同時代人であるT. H. ハクスリに由来しますが,彼は自然がヒトの道徳性を産みだせないと思っていました.彼は自然を本質的に不潔なものと考えていました.

ダーウィン自身がそれに反対したように(『人間の由来』において),私はこの暗澹とした見解には絶対に与しませんが,ハクスリの見解は不幸にもまだ人口に膾炙したままです.私はその見解に反駁するために本を1冊著しました:『霊長類と哲学者』.

全訳してみました.リンクはすべて原文のもの.〔 〕は私の補足.QやAの番号も私の補足.1ヶ所英文を解釈しきれないところがありましたが,放ってあります.

2008-05-16追記

そういえば最後に紹介されている『霊長類と哲学者』にドゥ・ヴァールのサインをもらっていたのですが,途中で読むのをやめていたのに今日気づきました.この本は,上のドゥ・ヴァールの言葉から予想されるように,かなり理論的な内容になっていて,『仲直り戦術』や『あなたのなかのサル』ほどは一般向けではなさそうです.ドゥ・ヴァール→何人かのコメント→ドゥ・ヴァールの返答という構成になっていて,なぜかコメントのなかにピーター・シンガーがいます.なぜかAmazon.co.jpにない.
de Waal, F. B. M. (1994). Primates and philosophers: How morality evolved. Princeton, NJ: Princeton University Press.
ISBN0691124477[紀伊國屋書店]

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