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どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ヒト科の空間表象における戦略

2006-11-04 20:57:35 | 記憶
A22 Haun, D. B. M., Call, J., Janzen, G., & Levinson, S. C. (2006).
Evolutionary psychology of spatial representations in the Hominidae.
Current Biology, 16, 1736-1740. [link]

ヒト科における空間表象の進化心理学
ヒトの認知の基盤となる遺伝的な霊長類的背景、つまりヒトの認知の「野生型」については、比較的ほとんど知られていない。しかし、われわれの最近縁の従姉妹、つまりチンパンジーだけでなくすべての現生大型類人猿の技能と対比し、そうしてわれわれが共通祖先から遺伝させてきているものを示すことで、ヒトの認知能力および傾向の進化を辿ることは可能である [1]。認知発達の初期のヒト幼児を見ることにより、われわれは、われわれの種にある生まれながらにしての認知傾向についての洞察を得ることもできる [2]。ここでわれわれは、中心的な認知領域である空間記憶に焦点を当てる。われわれはまず、すべてのヒト以外の大型類人猿および1歳のヒト幼児が空間記憶にかんする場所よりも特徴という戦略にたいする選好を表わすということを示す。このことは、すべての大型類人猿の共通祖先が同一の選好をもっていたことを示唆する。われわれはそれから、3歳のヒトの子どもを調べ、この選好が反転することを発見している。それゆえ、われわれの種とほかの大型類人猿との連続性は、ヒトの個体発生の初期に隠されている。これらの知見は、系統発生的および個体発生的対比にもとづき、認知的選好の分岐学に支えられている体系的な進化心理学の前途を切り開く。
References [1] Byrne RW (1995) The thinking ape: Evolutionary origins of intelligence. New York, Oxford University Press [link][link] [2] Hespos SJ, Spelke ES (2004) Conceptual precursors to language. Nature 430:453-456 [link]
著者はマクス・プランク心理言語学研究所(Max Planck Institute for Psycholinguistics)のダニエル・B・M・ハウン(Daniel B.M. Haun、現在はマクス・プランク進化人類学研究所)、ガブリーレ・ヤンツェン(Gabriele Janzen)、スティーヴン・C・レヴィンソン(Stephen C. Levinson)、マクス・プランク進化人類学研究所(Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)のジョゼプ・コール(Josep Call)。

実験参加者は、オランウータンPongo pygmaeus)、ゴリラGorilla gorilla)、ボノボPan paniscus)、チンパンジーPan troglodytes)、ヒトHomo sapiens)3歳児、ヒト1歳児。

実験は次のような空間記憶にかかわるもの。3つの物体(それぞれ特徴的なので、場所が入れ替わればすぐわかる)のうちの1つに、被験体が欲しがるものを隠す⇒その3つが被験体から見えないように遮蔽物を置く⇒その物体のうち2つの場所を移動させる(2つの条件がある)⇒遮蔽物をとりのぞく⇒被験体がどれを選ぶかを調べる。ヒト1歳児については、選択肢は2つにした(中央を選ぶ傾向があるため)。

上で述べた実験の途中で現われた条件は次の2つ。特徴条件は、被験体が選択するときに、欲しいものを隠された物体の特徴(形状など)を覚えていればよいというもの。もとあった場所は覚えている必要はない。反対に、場所条件では、欲しいものを隠された物体がもともとあった場所を覚えていればよい。それがどんな特徴をもっているのかは覚えている必要はない。

あとは上の要約で述べられているとおりである。結論だけいうと、ヒト以外の大型類人猿ヒト1歳児とは、欲しいものが隠された物体の特徴を手がかりにせず、欲しいものがもともと隠された場所にこだわった(場所にもとづく戦略)。これにたいして、ヒト3歳児は、欲しいものが隠された物体の特徴を覚えていて、たとえその場所が変わっても、その特徴をもつ物体にこだわった(特徴にもとづく戦略)。

なお、過去の研究で、場所にもとづく戦略をとるもの(例、サカナ [link][link]、トカゲ [link]、ラット [link][link]、イヌ [link])と、特徴にもとづく戦略をとるもの(例、カエル [Williams (1967) Psychonomic Science 9:259-260]、ヒヨコ [link]、ヒトの子ども [link])とがいることがわかっている。

この実験でみられた戦略の選好は、採食および生活様式の選好を示しているだろうと考察している。具体的には、場所にもとづく戦略は安定した縄張りでの採食に有利であり、特徴にもとづく戦略は、新奇の環境での採食に有利である(例、特定の種の樹木の近くに生えるキノコ)。

ところで、先行研究では、動物 [link][Meador et al. (1987) link] やヒト [Bremner (1978) Bulletin of the British Psychological Society 31:164][link] が特徴手がかりを使用できたという報告はある。だから、特徴よりも場所を選好する戦略をとったヒト1歳児ヒト以外の大型類人猿は、特徴条件を解決する能力を欠いているわけではなく、特徴にもとづく戦略よりも場所にもとづく戦略を使用する傾向があるというだけなのだろう。

ミツバチの記憶における逆向干渉効果

2006-10-21 23:32:46 | 記憶
A21 Cheng, K. & Wignall, A. E. (2006).
Honeybees (Apis mellifera) holding on to memories: Response competition causes retroactive interference effects.
Animal Cognition, 9, 141-150. [link]

記憶を保持するミツバチ(Apis mellifera):反応競合が逆向干渉効果を引き起こす
ミツバチセイヨウミツバチ〕についての5つの実験により、第2の課題の学習がどのように以前に学習したことに干渉するのかを調べた。自由に飛んでいるハチが、標識物を基点とした記憶にかんして、逆向干渉の枠組みにもとづいてさまざまにテストされた。ハチは最初に課題1を学習し、課題1でテストされ(テスト1)、それから課題2を学習し、ふたたび課題1をテストされた(テスト2)。テスト2のまえに60分の遅延を挟んでも(箱のなかでの待機)、遂行の低下は生じなかった。その2つの課題が相反する反応要件をもっている場合には(例、目標が課題1では緑色の標識物の右側で、課題2では青色の標識物の左側)、課題2では〔遂行に〕大きな低下が見られた(逆向干渉効果)。しかし、訓練やテストのあいだに反応競合を最小にした場合には、課題2では〔遂行の〕低下が小さかったないし存在しなかった。結果が含意することは、反応競合が逆向干渉効果の主要な一因であるということである。ミツバチは、記憶を保持していると考えられる。他方、新しい記憶が古い記憶を消し去ってしまうわけでもない。
キーワードミツバチ(honeybee)・標識物(landmark)・空間記憶(spatial memory)・逆向干渉(retroactive interference)・反応競合(response competition)。
ありがたいことに「とある昆虫研究者のメモ」のG-hop様にリンクしていただいたので、いままで読めずにいた論文を読んでみました。

著者は、シドニーのマコーリー大学心理学部および同大学動物行動総合研究センターケン・チェン(Ken Cheng)と、同センターのアン・E・ウィグナル(Anne E. Wignall)。全文がここで手に入ります。

「虫の心理学だって?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、逆向干渉はれっきとした心理学の専門用語です。続けて2つのことを学習したときを考えます。逆向干渉(retroactive inteference)とは、第2の学習が第1の学習に影響(促進または抑制)することです。反対に、第1の学習が第2の学習に影響(促進または抑制)することは、順向干渉(proactive interference)と呼ばれます。一般的には、促進よりも抑制について語られることが多く、2つの学習が異なるものだと順向抑制が、似ているものだと逆向抑制が起こりやすいと考えられています。今回の実験は、
 課題1訓練
⇒課題1テスト(テスト1
⇒課題2訓練
⇒課題1再テスト(テスト2) ※実験5では課題1とは別の課題。
という枠組みでおこなわれるわけですが、「テスト1の成績>テスト2の成績」のとき、逆向干渉効果(retroactive inteference effect)があったとしています。

この研究の話のまえに、ミツバチについて。飛行(ナヴィゲイション)に際して、周囲の風景、飛行した経路、日中の時間、課題の刺激の諸相など、文脈手がかりを使用する。また、ミツバチについては、弁別学習などのオペラント課題、象徴見本あわせ(感覚モダリティを超えた課題さえ)、古典的条件づけの研究もある。

以下、条件ごとに実験を紹介。左右などの器具の位置については、ちゃんと調整されているところもあります。

実験1:遅延実験。
60分の遅延で記憶が減衰するようでは話にならないので、それを確かめた。ちゃんと記憶できていた。

実験2実験5:干渉実験。

逆向干渉効果が起こった条件。これらの条件により、ミツバチの学習で逆向干渉効果が生じることがわかった。
ただ、これらからは次のどちらなのかわからない。
(1) 課題2課題1の記憶を減衰させただけである。
(2) 課題1課題2とで、記憶内容の遂行に反応競合が起こっている。
ここで反応競合(response competition)とは、複数の記憶はしっかりしているのに、どの記憶を実行すべきかが不確実である場合を指している。この(1)(2)のいずれかを決めるため、残りの条件を見る。

反応競合が起こらなくて逆向干渉効果が小さくなったと考えられる条件。まず、課題2で覚えた方向が、テスト2で選択肢としては消えている条件。
次は複雑な結果となった条件。本当なら9と同じく「逆向干渉効果が起こらなかった条件」に入るはずだった。小さいものの逆向干渉効果が生じてしまった説明(著者ではなく論文の査読者による)として、ミツバチの「緑色」受容体にもとづく説明がされている。つまり、課題2で緑色から離れる条件づけをされたせいで、テスト2で黄色から離れる反応をしてしまったのだろうと述べられている。

反応競合が起こらなくて逆向干渉効果が見られなかったと考えられる条件。

以上から、ミツバチの学習における逆向干渉効果については、「(1) 課題2課題1の記憶を減衰させただけである」わけではなく、「(2) 課題1課題2とで、記憶内容の遂行に反応競合が起こっている」といえるだろう。