どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ネアンデルタール人の話せた可能性

2007-10-23 07:43:52 | 言語・コミュニケーション
A39 Krause, J., Lalueza-Fox, C., Orlando, L., Enard, W., Green, R. E., Burbano, H. A., Hublin, J.-J., Hänni, C., Fortea, J., de la Rasilla, M., Bertranpetit, J., Rosas, A., & Pääbo, S. (2007).
The derived FOXP2 variant of modern humans was shared with Neandertals.
Current Biology, online, doi:10.1016/j.cub.2007.10.008 [link]

現代のヒトは派生FOXP2変異をネアンデルタール人と共有している
多くの動物が音声でコミュニケートするが、言語能力で現代のヒトに匹敵する現生生物はいない。ゆえに、われわれの言語能力がいつどのような進化圧のもとで進化したのかを知るのは、大いに興味をひく。ここでわれわれの発見によれば、われわれにもっとも近い絶滅した近縁種、すなわちネアンデルタール人において、現代のヒトと同様、FOXP2のなかの2ヶ所で進化的な変化が起きていた。FOXP2とは、発話や言語の発達に関係があるとされている遺伝子である。われわれはさらに、ネアンデルタール人では、これらの変化が現代のヒトで共通のハプロタイプにあることも発見している。そのハプロタイプは、以前にselective sweep(選択的除去)を被りやすいことが示されてきた。これらの結果は、これらの遺伝的変化とselective weepとが(30万年前から40万年前に存在した)ネアンデルタール人と現代のヒトとの共通祖先よりも前にあったことを示唆している。比較的近年にも現生のヒトの多様性データにもとづいてそのselective sweepの年代推定がなされているが、これ〔著者らの結果〕はその年代推定とはずいぶん異なっている。したがって、これらの結果は、古代の化石から直接的な遺伝的情報を引きだすことが、現世のヒトの進化を理解するうえでいかに役にたつかを示している。

マックス=プランク進化人類学研究所(Max-Planck-Institut für evolutionäre Anthropologie)のヨハネス・クラウゼ(Johannes Krause)、ヴォルフガング・エーナルト(Wolfgang Enard)、リチャード・エドワード・グリーン(Richard Edward Green)、エルナーン・A・ブルバーノ(Hernán A. Burbano)、ジャン=ジャック・ユブラン(Jean-Jacques Hublin)、スヴァンテ・ペーボ(Svante Pääbo)、バルセローナ大学(Universitat de Barcelona)のカールレス・ラルエーサ=フォクス(Carles Lalueza-Fox)、リヨン高等師範学校(École Normale Supérieure de Lyon)のリュドヴィク・オルランド(Ludovic Orlando)、カトリーヌ・ヘニ(Catherine Hänni)、オビエード大学(Universidad de Oviedo)のハビエール・フォルテーア(Javier Fortea)、マールコ・デ・ラ・ラシーヤ(Marco de la Rasilla)、ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)のハウメ・ベルトランプティ(Jaume Bertranpetit)、スペイン科学研究高等会議(Consejo Superior de Investigaciones Científicas)のアントーニオ・ローサス(Antonio Rosas)によるいわゆる「言語遺伝子」FOXP2についての研究。FOXはforkhead boxの略。

FOXP2遺伝子がはたらかないことは、口腔顔面運動や言語処理に悪い影響を与え、これは成人発症型ブローカ失語症(adult-onset Broca's aphasia)に似た症状である。FOXP2遺伝子そのものはマウスなどにもみられるが、ヒトではアミノ酸が2ヶ所で置換が起こっている。今回の研究でも、この置換の起こっているアミノ酸に焦点を当てている(タイトルの「派生FOXP2変異」)。ただし、この2ヶ所のうち1ヶ所については、食肉目のある種でもヒトと同じ置換が起こっている。以上については、Enard et al (2002) Nature 418:869-872 [link]、Vargha-Khadem et al (2005) Nat Rev Neuroci 6:131-138 [link]、Zhang et al (2002) Genetics 162:1825-1835 [link]。

いくつかニュースにも出ている(ロイター [link]、ワールド・サイエンス [link]、ニューヨーク・タイムズ[link])。論文のなかでは、結局ネアンデルタール人が話せたかどうかについては議論していないので、これらのニュースをみてみる。ロイターではニュースのタイトルが「ネアンデルタール人は話せたかもしれない」になっているが、本当に「かもしれない」のレベルの話。上で食肉目の話などもみるとわかるように、FOXP2だけでは決定打にならない。つまるところネアンデルタール人が話せたかについては、そのロイターのニュースの中身でクラウゼがいうように、「ネアンデルタール人が話せたかどうかは誰にもいえないが、この知見〔今回のクラウゼたちの研究〕は、少なくとも彼ら〔ネアンデルタール人〕の遺伝子には発話に必要な重要な変化が起きている」までしか主張できない。著者らとしては、要旨の最後の文にあるように、今までの年代推定とはちがう結果が得られたところが大事なのだろう。今までは、20万年以内、だいたい現代のヒトの出現とほぼ同時にFOXP2の変異が起こったと推定されていた。それで、「かもしれない」であっても、ネアンデルタール人が話せた可能性を指摘することは重要なのだろう。私が年代推定についてはほとんど知らない素人なので、でたらめを書いているかもしれません。

2007年11月の『月刊言語』の特集が「文法はどのように育つか」だった。
言語編集部 (編) (2007/11). 月刊言語. 36(11). [link]
ASINB000WGN8Z6
特集よりも、庄垣内正弘のエッセイや佐倉統の連載が気になった私。特集のなかでは、とりあえず冒頭の「回帰性から見える文法の発達と進化」(藤田耕司)を読んだ。幼児の2語文にさえ内心構造がみられる。たとえば、milk cupが「ミルクのカップ」を意味するように。一方で、milk cupがmilk & cupを意味することがないというところもおもしろい。著者は内心性が失われるせいだろうと推測している。このmilk cupの調査は、トム・レーパー(2007)が元ネタ。
Roeper, T. (2007). The prism of grammar: How child language illuminates humanism. Cambridge, MA: MIT Press.
ISBN0262182521
買ってないのでどんな本なのかわかりませんが、この本が気になりました。

動物関係だと、『月刊言語』のこの号では、渡辺茂が書いている。たまたま手元にある35年前の第1巻第7号の『月刊言語』では浅野俊夫、室伏靖子、神尾昭雄が書いている。室伏靖子、浅野俊夫、今は亡き神尾昭雄、ともにアイ・プロジェクトの草創期メンバ。『月刊言語』は第1巻の段階からいろいろなテーマをとりあげていたようだ。
川本茂雄 (編) (1972/7). 月刊言語. 1(7).