A38 Jensen, K., Call, J., & Tomasello, M. (2007).
Chimpanzees are vengeful but not spiteful.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, online, DOI: 10.1073/pnas.0705555104 [link]
チンパンジーは報復的であるが嫌がらせ的ではない
人々〔ヒト〕は、個人的なコストを払って他者を罰することをいとわない。そして、この見たところ反社会的な傾向のおかげで、協力を安定させることができる。ヒトに協力者を罰させようと動機づけるものは、おそらく、〔非協力者がもたらした〕不公正な結果の回避と〔非協力者のもつ〕不公正な意図の回避との両方の組みあわせだろう。ここでわれわれは、飼育下のチンパンジー(Pan troglodytes)でおこなった1組の研究を報告する。結果がただ〔被験者にとって〕個人的に不利である場合には、食物を遠ざけることで同種個体にコストを与えることはしなかった。しかし、同種個体が現実に彼ら〔被験者〕から食物を盗んだ場合には、その同種個体に報復した。ヒトと同じように、チンパンジーは個人的に有害な行為には報復する。だが、ヒトとは異なり、彼ら〔チンパンジー〕はたんに個人的に不利な結果には無関心であり、それゆえ嫌がらせ的ではない。
協力(cooperation)|公正(fairness)|他者考慮(other-regard)|罰(punishment)|互恵性(reciprocity)
ディスカヴァリ・チャンネル [link] やロイター [link] でもニュースになっていました。日本ではニュースになっていなかったと思います。なお、比較認知科学関係のニュースは、ComparativePsychNewsがおすすめです。
マックス・プランク進化人類学研究所(Max-Planck-Institut für evolutionäre Anthropologie)のキース・ジェンセン(Keith Jensen)、ジョゼップ・コール(Josep Call)、マイケル・トマセロ(Michael Tomasello)。
今回重要な用語。定義は私がいい加減に書きましたが、実験結果が統計的にはわかりやすいのでひとまず十分だと思います。報復(retribution, retaliate/retaliatory/retaliation, vengeful/vengefully/vengeance)、嫌がらせ性(spiteful/spitefulness)ともに、自分のコストを払って、自分より有利な結果を得た相手を罰する(punish/punishment)ことである。
装置は、行為者(被験者)と相手とのあいだにあるテーブルで、行為者が紐を引っぱると崩れるようになっている。
==研究1==
次の各条件で、紐を引いてテーブルを壊した頻度を調べた。
紐を引いてテーブルを壊した頻度は、自己給餌条件では、基線条件よりも低かった。このことは、紐引きを抑制していたことを示している。
その頻度は、非給餌条件と相手給餌条件では、基線条件よりも高かったが、両条件間には差はみられなかった。このことは、手の届かない食べものを食べられないことにたいして抱いている一般的な欲求不満に動機づけられていただけで、とくに自分に不利な状況(相手だけが食べられるという状況)に動機づけられているわけではなかったと示している。
==研究2==
ただ、研究1の装置では、相手の食事に立ち会っているだけで、食べられるはずのものを奪われた気はしないかもしれない。装置を改造し、テーブルの上にさらに土台を設けた。基線条件以外では、各試行のまえの30秒間、土台の上の食べものを食べることを許した。
紐を引いてテーブルを壊した頻度は、損失条件、結果不等条件、盗難条件では、基線条件よりも高かった。
その頻度は、結果不等条件では、損失条件とのあいだに差はみられなかった。このことは、たんに不利である(自分が食べられるはずのものを相手が食べている)だけでは、相手にたいして嫌がらせ的にはならなかったことを示している。
その頻度は、盗難条件では、損失条件や結果不等条件よりも高かった。このことは、自分が不利である(自分が食べられるはずのものを相手が食べている)のが相手の意図によるものであるときに、報復していたことを示している。
また、怒りがテーブルを壊す頻度に影響しているかどうかを調べるため、ディスプレイや癇癪(かんしゃく)の起こる頻度を調べた。この頻度は、盗難条件では、損失条件よりも高かった。しかし、この頻度は、結果不等条件では、盗難条件と損失条件とのあいだにあったが、統計的にはどちらの条件とも差はみられなかった。またどの条件においても、ディスプレイや癇癪がみられるときに、よりテーブルを壊す傾向にあった。ここに怒りは介在しているが、どのような影響を与えているかは不明だった。
(この実験では、ディスプレイはよく相手のチンパンジーに向けられていたと書かれているが、実験者にたいして不平をあらわす行動(オッという発声など)が結果不等条件と盗難条件とで異なっていたら、おもしろいだろうと思う。)
==結論==
チンパンジーは報復的であるが嫌がらせ的ではないという結論となった。端的にいうと、たんに不公平を回避するかどうかではなく、不公平の原因を相手の意図に帰属できるかどうかというところまで調べることにより、それがわかった。
Chimpanzees are vengeful but not spiteful.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, online, DOI: 10.1073/pnas.0705555104 [link]
チンパンジーは報復的であるが嫌がらせ的ではない
人々〔ヒト〕は、個人的なコストを払って他者を罰することをいとわない。そして、この見たところ反社会的な傾向のおかげで、協力を安定させることができる。ヒトに協力者を罰させようと動機づけるものは、おそらく、〔非協力者がもたらした〕不公正な結果の回避と〔非協力者のもつ〕不公正な意図の回避との両方の組みあわせだろう。ここでわれわれは、飼育下のチンパンジー(Pan troglodytes)でおこなった1組の研究を報告する。結果がただ〔被験者にとって〕個人的に不利である場合には、食物を遠ざけることで同種個体にコストを与えることはしなかった。しかし、同種個体が現実に彼ら〔被験者〕から食物を盗んだ場合には、その同種個体に報復した。ヒトと同じように、チンパンジーは個人的に有害な行為には報復する。だが、ヒトとは異なり、彼ら〔チンパンジー〕はたんに個人的に不利な結果には無関心であり、それゆえ嫌がらせ的ではない。
協力(cooperation)|公正(fairness)|他者考慮(other-regard)|罰(punishment)|互恵性(reciprocity)
ディスカヴァリ・チャンネル [link] やロイター [link] でもニュースになっていました。日本ではニュースになっていなかったと思います。なお、比較認知科学関係のニュースは、ComparativePsychNewsがおすすめです。
マックス・プランク進化人類学研究所(Max-Planck-Institut für evolutionäre Anthropologie)のキース・ジェンセン(Keith Jensen)、ジョゼップ・コール(Josep Call)、マイケル・トマセロ(Michael Tomasello)。
今回重要な用語。定義は私がいい加減に書きましたが、実験結果が統計的にはわかりやすいのでひとまず十分だと思います。報復(retribution, retaliate/retaliatory/retaliation, vengeful/vengefully/vengeance)、嫌がらせ性(spiteful/spitefulness)ともに、自分のコストを払って、自分より有利な結果を得た相手を罰する(punish/punishment)ことである。
報復:不公正な結果を生んだ相手の不公正な意図にたいするもの。
嫌がらせ性:不公正な結果そのものにたいするもの。
今回の実験では、至近的な水準の嫌がらせ(spite)について触れているだけで、究極的な水準(適応)の嫌がらせではない。それを明示するため、嫌がらせ的(spiteful)/嫌がらせ性(spitefulness)という言葉を使用している。嫌がらせ性:不公正な結果そのものにたいするもの。
装置は、行為者(被験者)と相手とのあいだにあるテーブルで、行為者が紐を引っぱると崩れるようになっている。
==研究1==
次の各条件で、紐を引いてテーブルを壊した頻度を調べた。
基線条件:テーブルの上には食べられないものがあり、相手はいない。
自己給餌条件(統制条件):テーブルの上には食べものがあり、行為者は食べものに手が届かない。
非給餌条件(統制条件):テーブルの上には食べものがあるが、行為者は食べものに手が届かないが、相手もいない。
相手給餌条件(実験条件):テーブルの上には食べものがあり、相手だけが食べものに手が届く。
自己給餌条件(統制条件):テーブルの上には食べものがあり、行為者は食べものに手が届かない。
非給餌条件(統制条件):テーブルの上には食べものがあるが、行為者は食べものに手が届かないが、相手もいない。
相手給餌条件(実験条件):テーブルの上には食べものがあり、相手だけが食べものに手が届く。
紐を引いてテーブルを壊した頻度は、自己給餌条件では、基線条件よりも低かった。このことは、紐引きを抑制していたことを示している。
その頻度は、非給餌条件と相手給餌条件では、基線条件よりも高かったが、両条件間には差はみられなかった。このことは、手の届かない食べものを食べられないことにたいして抱いている一般的な欲求不満に動機づけられていただけで、とくに自分に不利な状況(相手だけが食べられるという状況)に動機づけられているわけではなかったと示している。
==研究2==
ただ、研究1の装置では、相手の食事に立ち会っているだけで、食べられるはずのものを奪われた気はしないかもしれない。装置を改造し、テーブルの上にさらに土台を設けた。基線条件以外では、各試行のまえの30秒間、土台の上の食べものを食べることを許した。
基線条件:テーブルの上には食べられないものがあり、相手はいない。
損失条件(統制条件):その30秒後、実験者が現われて、土台を誰もいないケージのほうに遠ざける。
結果不等条件(実験条件):その30秒後、実験者および相手が現われて、実験者が土台の上の食べものを相手に与える。
盗難条件(実験条件):その30秒後、相手が現われて紐を引くことで土台を奪ってしまい、食べものが相手のものになる。
損失条件(統制条件):その30秒後、実験者が現われて、土台を誰もいないケージのほうに遠ざける。
結果不等条件(実験条件):その30秒後、実験者および相手が現われて、実験者が土台の上の食べものを相手に与える。
盗難条件(実験条件):その30秒後、相手が現われて紐を引くことで土台を奪ってしまい、食べものが相手のものになる。
紐を引いてテーブルを壊した頻度は、損失条件、結果不等条件、盗難条件では、基線条件よりも高かった。
その頻度は、結果不等条件では、損失条件とのあいだに差はみられなかった。このことは、たんに不利である(自分が食べられるはずのものを相手が食べている)だけでは、相手にたいして嫌がらせ的にはならなかったことを示している。
その頻度は、盗難条件では、損失条件や結果不等条件よりも高かった。このことは、自分が不利である(自分が食べられるはずのものを相手が食べている)のが相手の意図によるものであるときに、報復していたことを示している。
また、怒りがテーブルを壊す頻度に影響しているかどうかを調べるため、ディスプレイや癇癪(かんしゃく)の起こる頻度を調べた。この頻度は、盗難条件では、損失条件よりも高かった。しかし、この頻度は、結果不等条件では、盗難条件と損失条件とのあいだにあったが、統計的にはどちらの条件とも差はみられなかった。またどの条件においても、ディスプレイや癇癪がみられるときに、よりテーブルを壊す傾向にあった。ここに怒りは介在しているが、どのような影響を与えているかは不明だった。
(この実験では、ディスプレイはよく相手のチンパンジーに向けられていたと書かれているが、実験者にたいして不平をあらわす行動(オッという発声など)が結果不等条件と盗難条件とで異なっていたら、おもしろいだろうと思う。)
==結論==
チンパンジーは報復的であるが嫌がらせ的ではないという結論となった。端的にいうと、たんに不公平を回避するかどうかではなく、不公平の原因を相手の意図に帰属できるかどうかというところまで調べることにより、それがわかった。