どうぶつのこころ

動物の心について。サルとか類人猿とかにかたよる。個人的にフサオマキザルびいき。

ヒトに似たイヌの社会的技能とヒトの自己家畜化

2006-07-30 12:08:43 | 社会的知性
A18 Hare, B. & Tomasello, M. (2005).
Human-like social skills in dogs?
Trends in Cognitive Sciences, 9, 439-444. [link]

イヌにヒト様の社会的技能はあるか
イエイヌは、ヒトの社会的で伝達的な行動を読むことに――われわれにとって最近縁である霊長類に比べてさえも――異常に長けている。たとえば、彼ら〔イエイヌ〕は、隠された食物を発見するのにヒトの社会的で伝達的な行動(例 指さし身ぶり)を使用するし、さまざまな状況でヒトが何を見ることができて何を見ることができないかを知っている。最近おこなわれたイヌ科種のあいだでの比較によれば、これらの異常な社会的技能は遺伝性の部分であって、ヒトへの恐怖や攻撃を取り次ぐシステムにたいして選択〔淘汰〕が生じた結果として、おもに家畜化のあいだに進化したのだと示唆されている。チンパンジーとヒトとで気質がちがっていることから、〔イエイヌに生じた選択に類似した過程が重要な触媒となって、われわれ自身の種〔ヒト〕で異常な社会的技能が進化したのかもしれないと示唆されている。収斂進化の研究は、ヒト様の協力や伝達に到る進化過程にたいしてさらなる洞察を得るすばらしい機会を与える。
マクス・プランク進化人類学研究所ブライアン・ヘアマイケル・トマセロとによるイエイヌ(domestic dog、Canis lupus familiaris)の社会的知性についてのレヴュー。イエイヌとは、どこにでもいるふつうの畜犬のことである。

マクス・プランク進化人類学研究所は、霊長類の研究だけではなく、イエイヌの研究でも有名である。イエイヌといえば、オオカミとの比較等の研究で、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学行動学部門も有名である。

指さし身ぶり(pointing gesture)などのヒトの社会的で伝達的な行動(human social and communicative behavior)をイヌが理解する。また、ヒトが何を見ることができて何を見ることができないかも理解する。ブライアン・ヘア自身らの研究もこのなかに含まれている。彼らのいくつかの研究については、次の本で触れられている(著者は発達心理学者であるが、もともとは霊長類の心理学の研究者である)。
板倉昭二 (2006). 「私」はいつ生まれるか. ちくま新書 597. 東京: 筑摩書房.
ISBN4480063013

イヌがすごいのは、上のような場面について、チンパンジー以上の能力を発揮するところである。チンパンジーの他者理解の能力については、トマセロとダニエル・J・ポヴィネリとのあいだで論争があった([link][link][link][link])。また、次の本には、トマセロの章とポヴィネリの章との両方が含まれている。
Maestripieri, D. (Ed.) (2003). Primate psychology. Cambridge, MA: Harvard Univeristy Press.
ISBN067401152X[hardcover][paperback]

以前紹介したアメリカカケスの研究ヨーロッパコウイカの研究もそうであるが、最近は(といってもしばらく前から)霊長類以外の動物の他者理解についての研究が盛んである。たとえばウマだと[link]など。

さて、このレヴューで特徴的なのは、次の点。イヌの進化=家畜化の過程で、ヒトはヒトに馴れるように(恐怖や攻撃=ネガティヴな情動反応を減らすように)イヌを選択にかけてきたと考えられてきた。ヒトの進化の過程でもおたがいに恐怖や攻撃を減らすように選択がかかっていたのではないかと、著者は考えている。これを「一種の自己家畜化(a kind of self-domestication)(情動反応を支配するシステムにたいする選択)」と表現している。

『ガヴァガイ』1-1

2006-07-10 00:34:03 | プレマック
P1-1

プレマック(1986)『ガヴァガイ』を読みます。デイヴィド・プレマック(David Premack)は、現在ペンシルヴァニア大学心理学部の名誉教授。読む本は、
Premack, D. (1986). Gavagai! or the future history of the animal language controversy. Cambridge, MA: MIT Press.
ISBN0262160994[hardcover][paperback]
ですが、邦訳もあります。
プリマック, D. (1989). ギャバガイ: 動物言語の哲学 (西脇与作, Trans.). 東京: 産業図書.
ISBN4782800509
また、この書籍の出版に先行して、同名の論文が出ています。
Premack, D. (1985). "Gavagai!" or the future history of the animal language controversy. Cognition, 19, 207-296. [link]
4点メモ。
* 表題P1-1:「P」は「プレマック」の略。「1-1」は「1ページ目の1段落目」の略。前ページから段落が続いている部分は、前のページに繰り入れています。ページ数が*のときは、アラビア数字でページ数が打たれていない箇所について、またはこの本以外について述べた回。
* 西脇訳:前述の邦訳です。
* コグニション論文:前述のプレマックが書籍に先行して出した同名の論文です。
* 〔 〕(1) 文脈をわかりやすくするための補足。(2) 直前の語句の言い換え(指示語の言い換えには使用していない)。原則として、〔 〕以外の括弧類は、原文にしたがったもの。
ではさっそく。

チンパンジー[*1]言語研究[*2]が始まってまもなくのころ、この主題について話しあう討論会[*3]は、しばしば信仰復興大会の〔同一の信念を繰り返し確認しあおうという〕[*4]雰囲気を帯びていた。覚えているかぎり、聴衆が立ちあがって正式な〔討論の〕進行に割って入り、演壇下で[*5]非正式な討論会を始めてしまうことが3度あった。表面上に細かな違いがあるとしても、これらの非正式な討論会の奥底に潜む主題はつねに同じで、ヒト[*6]は独特であるということだった。 正式な討論会でこの主張を退けることができなかったどころか、討論会が正常に進められた〔非正式な討論会という妨害が入らなかった〕ときには、そのときなりにその主張を再確認するようになってきていたので、それだけいっそう[*7]この内容が目立っていた。まだ、ある人々にとっては、ヒト以外のもの[*8]に言語の可能性を考えることでさえ、人間が独特であるという主張を脅かすものだった。 19世紀末までにはすでにダーウィン[*9]が森をほとんど伐採した〔ヒトとほかの動物との連続性を考える道をほとんど切り拓いた〕[*10]ということをひろく前提しようなどとは[*11]、教養ある人々の仲間うちにかぎって[*12]そう前提しようとすることすら、時期尚早だったのだ[*13]。
[*1] 「チンパンジー」とは、大型類人猿の1種のこと。

[*2] 「チンパンジー言語研究」は、発声→手話→記号素片と変遷してきたが、ここでは手話のあたり(1960年代以降)を指している。この箇所以降も、チンパンジー言語研究といえば、手話以降のパラダイムを指しており、発声を用いた研究は除外されているようだ。

[*3] 具体的にどの会議なのだろうか。

[*4] revival meetingsを「信仰復興大会」と訳した。西脇訳では「再演の会合」となっている。この段落の趣旨は、そのような討論会で「人間は唯一無二である。チンパンジーの言語という着想は論外だ」という確認がたえずおこなわれてきたという苦い事実の指摘にある。その意味で「再演の会合」。ただ、ここでrevival meetingsを「信仰復興大会」とまで訳せるかはわからない。〔 〕で意訳をしてみた。

[*5] 原文はfrom the floor。

[*6] 「ヒト」とは、大型類人猿の1種のこと。この箇所では「人間」と訳したほうがよさそうだが。以降、人間本性(human nature)など「ヒト」と訳しづらい箇所がある。

[*7] 比較級についたtheをこうやって訳すのは、大学受験のようだが。

[*8] nonhumanはヒト以外の動物を指す。

[*9] 「ダーウィン」は人名。

[*10] 直訳しても意味がわからないので〔 〕。

[*11] the widespread suppositionを動詞句に訳しくだした。

[*12] at leastをこう訳した。

[*13] この段落は、コグニション論文と同一。
2006-07-14訂正
「3点メモ」を修正。また1点追加して「4点メモ」に。