A44 de Oliveira, M. M., &
Langguth, A. (2006).
Rediscovery of Marcgrave's capuchin monkey and designation of a neotype for
Simia flavia Schreber, 1774 (Primates, Cebidae).
Boletim do Museu Nacional: Nova Série: Zoologia,
523, 1-16. [
link]
マルクグラーフェオマキザルの再発見と新基準標本の指定
ゲオルグ・マルクグラーフェ(Georg Marcgrave)は、1648年の著作ではじめてブラジルの北東大西洋岸森林から採取した動物や植物を記述した。オマキザルを「カイタイア」(
caitaia
)として言及した。1995年に出版された『第1の者の書(リーブリー・プリーンキピス)』(
Libri Principis
)に複写されている記述と絵画によると、これは、パライーバ(Paraiba)州やペルナンブーコ(Pernanbuco)州、アラゴアス(Alagoas)州の大西洋岸森林のなかにいる
Cebus (Sapajus) の種と完全に一致する。これらの種は、近隣の地域に生息する種である
Cebus xanthosternosや
Cebus libidinosusとは異なっている。最近になるまでは、科学的な蒐集のなかにこの種の標本はなかった。この理由のため、シュレーバー(Schreber)(1774)の著作の図版31-bに描かれた動物は、
Simia flaviaと名づけられていたものの、正確に同定されることはなかった。それで、長年にわたり、その起源と同定にかんして、分類学者のもとで広範だが決定的でない議論に曝されていた。ここで言及した地域から採取して調べたオマキザルの標本は、シュレーバーの図版31-bに明らかに類似している。それゆえ、
Simia flavia Schreber, 1774は、この種にとって利用可能な名前のうちもっとも古いものである。客観的に名義分類群を定義し、その分類学的地位を明らかにするために、
Simia flaviaにかんする新基準標本を指定し、
Cebus flaviusという組みあわせ〔の学名〕を確立する。
Cebus flaviusの記述とオマキザルの近縁種との比較を与える。
キーワード:
Simia flavia Schreber。新基準標本指定(Neotype designation)。北東大西洋岸森林(Northeastern Atlantic Forest)。オマキザル(Capuchin monkey)。
Cebus flavius。
「
新種ブロンドオマキザル」の続報といえる論文。その記事を書いた以上、今回の記事も書かないといけないと思いながら、今まで書けずにいました。
その記事で「
ブロンドオマキザル」(
blond capuchin,
Cebus queirozi Mendes Pontes & Malta 2006)という新種がいるということを述べた。しかし、今回の論文の著者である
ブラジル環境・再生可能天然資源院(Instituto Brasileiro do Meio Ambiente e dos Recursos Naturais Renováveis, IBAMA)
ブラジル霊長類保護センター(Centro de Proteção de Primatas Brasileiros)のマルセーロ・マルセリーノ・ジ・オリヴェイラ(Marcelo Marcelino di Oliveira)と
パライーバ連邦大学(Universidade Federal da Paraíba)系統学および生態学部門(Departamento de Sistemática e Ecologia)のアロンゾー・ラングート(Alonso Langguth)によると、それは新種ではなく、シュレーバー(1774)の描いた
Simia flaviaであるとのことである。これは、そのような種のサルがいることは記述されてはきたが、この論文が出版されるまで基準標本のない種であった。著者らは、
S. flaviaという学名を、現在の属名である
Cebusにあわせ、
Cebus flavius Schreber, 1774
としている。この論文のとおり、
C. queiroziが
C. flaviusの若い別名であることが受けいれられれば、今後はこの学名で通されることになる。たしかに、今年2009年に出た分類の概説では、
C. flaviusののみ掲載され、
C. queiroziはその若い別名ということになっている。
Rylands, A. B., &
Mittermeier, R. A. (2009). The diversity of the New World primates (Platyrrhini): An annotated taxonomy. In P. A. Garber, A. Estrada, J. C. Bicca-Marques, E. W. Heymann, & K. B. Strier (Eds.),
South American primates: Comparative perspectives in the study of behavior, ecology, and conservation (pp. 3-54). New York: Springer Science+Business Media.
著者らは通称として「
マルクグラーフェオマキザル」(
Marcgrave's capuchin monkey)を提案している。上の分類の概説では、「
マルクグラーフオマキザル」(
Marcgraf's capuchin)と「
ブロンドオマキザル」(
blond capuchin)を併記している。マルクグラーフは、もちろんマルクグラーフェと同一人物。
いくつかほかのウェブサイトにある図を紹介しながら、下で順を追って述べる。上でリンクした今回の論文には、下であげるものを含めて、いくつか図が掲載されている。また、下であげた著者以外にも、この種に携わっている研究者はいる。詳しくは、今回の論文に書かれている。
1. ゲオルグ・マルクグラーフェ(Georg Marcgrave)
MARCGRAVIUS, Georgius. (1648). Liber sextus: De quadrupedibus, et sepentibus. In G. Marcgravius,
Historiae rerum naturalium Brasiliae (pp. 221-244). Lugdunum Batavorum: Franciscus Hackius; Amstelodamum: Ludovicus Elzevirius. [
link]
マルクグラーフェのこの著作の
227ページに「
カイタイア」(
caitaia)記述がある。マーモセットの絵の右下あたりから始まる段落である。その絵は
226ページにある。
2. ヨハン・クリスティアン・ダニエル・フォン・シュレーバー(Johann Christian Daniel von Schreber)
SCHREBER, Johann Christian Daniel von. (1774-1846).
Die Säugethiere in Abbildungen nach der Natur, mit Beschreibungen. Leipzig: Siegfried Leberecht Crusius.
シュレーバーの
この絵が
、Simia flavia Schreber, 1774である。このリンク先では、分布が誤っている。正しい分布は、上の要約にあるとおり、ブラジルの北東大西洋岸森林である。この誤りは、下の荒俣宏の同定に影響されたものだろう。荒俣宏は、この種が再発見される2005年よりもずっとまえに、この絵のサルをヘンディーウーリーモンキーと同定した。今回の論文によると、これは結果的に誤りである。
荒俣宏. (1991). Fantastic Dozen: Vol. 6. 悪夢の猿たち. 東京: リブロポート.
3. アントーニオ・ロッサーノ・メンジス・ポンチス(Antonio Rossano Mendes Pontes)、アレシャンドリ・マールタ(Alexandre Malta)、パウロ・エンリーケ・アスフォーラ(Paulo Henrique Asfora)
MENDES PONTES, Antonio Rossano,
MALTA, Alexandre, &
ASFORA, Pauro Henrique. (2006). A new species of capuchin monkey, genus
Cebus Erxleben (Cebidae, Primates): Found at the very blink of extinction in the Pernambuco Endemism Centre.
Zootaxa,
1200, 1-12. [
link]
これについては、以前の記事「
新種ブロンドオマキザル」に書いた。「
ブロンドオマキザル」(
Cebus queirozi Mendes Pontes & Malta 2006)という新種を掲載している。
しかし、今回の論文の著者らによると、このメンジス・ポンチスらの記述では、標本となるはずの個体を意図的に逃がしており、標本としての基準を満たしていないとのことである。そのため、下のジ・オリヴェイラらの標本が基準標本とみなされる。また、メンジス・ポンチスらの論文では、数が少ないということが書かれているが、たしかに数は少ないものの、1群のみということはなさそうである。
4. マルセーロ・マルセリーノ・ジ・オリヴェイラ(Marcelo Marcelino de Oliveira)、アロンゾー・ラングート(Alonso Langguth)
DE OLIVEIRA, Marcelo Marcelino, &
LANGGUTH, Alonso. (2006). Rediscovery of Marcgrave's capuchin monkey and designation of a neotype for
Simia flavia Schreber, 1774 (Primates, Cebidae).
Boletim do Museu Nacional: Nova Serie: Zoologia,
523, 1-16. [
link]
今回の論文である。採取された標本のうち、新基準標本となったのは、メス個体で、2005年6月4日にP・ラロック(P. Laroque)が採取した。発見場所はブラジルのペルナンブーコ州の
南緯7度28分35.95秒西経34度59分4.85秒。Googleマップだとじゃっかんずれているようだ。
この論文において、マルクグラーフェのカイタイア、シュレーバーの
Simia flavia Schreber, 1774、
Cebus queirozi Mendes Pontes & Malta, 2006が同一視された。あとはこの記事の冒頭で述べたとおり、
S. flaviaの
flaviaを現在のオマキザルの属名
Cebusにあわせて
flaviusとし、学名は
Cebus flavius Schreber, 1774となった。
それにしても、記述だけが先行して231年ぶりに標本が採取されるということがあるのですね。驚きました。
最後に、2009年2月21日の時点でのWikipediaについて。英語版では、
C. flaviusの項目はなく、
C. queiroziが立てられている。おそらく、blond capuchinの名前のまま、
C. flaviusの項目に落ちつくだろう。日本語版には、どちらに対応する項目も立てられていない。
また、
C. xanthosternosに対応する項目として、
アゴヒゲオマキザルが立てられている。この和名は、その項目で参考文献としてあげられている小原らの文献によるのかもしれない(未確認)。しかし、アゴヒゲオマキザルを英語に訳したbearded capuchinは、
C. libidinosusの英語の通称として定着している。加えて、
C. xanthosternosの学名を日本語に訳しても(黄色い腹のサル)、その英語の通称であるyellow-breasted capuchin, golden-bellied capuchin, buff-headed capuchinを日本語に訳しても(それぞれ黄色い胸のオマキザル、金色の腹のオマキザル、淡黄褐色の頭のオマキザル)、アゴヒゲオマキザルという日本語は出てこない。項目名を改名したほうがよいと思うのだが、困ったことに、一般的といえる和名は存在しない。上で英語版の
C. xanthosternosにリンクしたのは、このため。
小原秀雄,
浦本昌紀,
太田英利, &
松井正文. (Eds.) (2001). 動物世界遺産: レッド・データ・アニマルズ: Vol. 2. アマゾン. 東京: 講談社.
こちらにオマキザル属の分類を示した。