太鼓叩きの戯言

原田俊太郎のHPアドレスはhttp://www5.ocn.ne.jp/~shtaiko/index.htmlです

「恋のモンテカルロ・太鼓叩きの純情編」

2006-04-21 14:44:25 | 太鼓叩きは愛を語る
たまにゃ~、俺の恋愛話をしようではないか。

まっ「そんなの聞きたかね~~よ、ド阿呆めが」っという人達がこの世には満載だということはわかっているが、あえて、お叱り、罵声を浴びることを覚悟して書くわけである。

最近、俺はなにかにつけ、昔のことを思い出す。
楽しかったことも辛かったことも。

このお話は大学一年のときから三年までの甘く、また壮大で、そして切ない思い出である。
最後まで読んだ方は必ずや大粒(アーモンドチョコレートぐらい)の涙がチチョギレルことでしょう。

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なんでタイトルがモンテカルロなんだろう?おもいつき。
この物語となんの脈略もござんせん。


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俺は大学一年の夏休みに運転免許証を取りに行った。
東京の品川区にある某教習所である。

俺ははやいとこ学科をとっちまえと、かなりマメに通った。大学のクラスメートに、先に学科をとっちまったほうが後が楽だぜ、っと言われたからである。

ある日の教室、俺はなんとなく、ボッ~~と(現在もかわらん)窓際の席に目を向けた。

おっ~~~、あっ~~、ドッキン、ドクドク、ドッキ~~~ン。
洗いたてのようなキレイなロングヘアー(あっ、この頃はロングが好きでした。いまはショートがスュキデシュ。)、メグ・ライアンをおもわせるような鼻、そして、「私ったら、まだ男の人と経験なんってありません」っと世間に言わしめるかのような澄んだ、そう、まさに、四万十川の清流、宮古島の海、ロタ島の海、モンテカルロの空、もうなんでもいいや、素晴らしい瞳なのだ。

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「我が家に咲く花」

じつに俺の清い心が映し出されいるのだ。

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なんと、なんと、チャーミングなんだ。
俺の好きなタイプ、タイプ、タイプだ~~。

もうこうなったら、授業の内容なんて耳に入らない(もともと)し、ドタマにもはいりゃしない(もともと)。俺はその子をボッ~~と、鼻提灯をぶらさげ、次は鼻血を華厳の滝、もしくはナイアガラの滝のようにたらしながら、ただただ見つめ続ける。膝はワナワナと痙攣し、椅子からはずれ落ちそうになる。

その子がペンを片手に持ち、黒板(黒板だったけな~)を、ちょい、顔を斜めに傾けながら熱心に授業を聴く姿をいまでも鮮烈に覚えている。キャワイ~ったらキャワイ~~。

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「我が家に咲く花」
これも俺の純な心がでているな~。

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俺は声をかけたい。でも、かけられない。今現在もシジョウニうぶな俺だが、この頃は、それはそれは純情を絵に描いたようなうぶな男の子であったのだ。これ本当。

帰りの電車の中も、その子のことばかり。家に帰っても、夜お寝んねする時も、朝起きたときも、学校に行くときも。ただ忘れられるのはジャズ研の部室で猿のように太鼓を叩いている時だけ。しかし、叩き終わるとすぐに思い出す。

そんな辛くもあり、心弾むシビ(日々)を数日過ぎた頃、俺は決心した。今度、教習所であったら絶対に声をかけるのだ。「僕、君のこと好きです~~」って。

チャンスが来た。
相変わらず、彼女は一生懸命に先生の言うことをノートに書き写している。じつは、このとき俺は、やはり女のほうが男よりも真面目であることに気がついたのである。ま、このことはおいといて。

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「我が家に咲く花」
きれいだ。

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けっきょく、俺の心はドッキン、ドクドクで声をかけられずに終わってしまった。
俺はしょげながら(もうこれで人生終わりぐらいの)学校(授業ではなく、太鼓叩きにね)に向かうため、山の手線に乗った。俺は心の中で「俺ってほんとうに勇気のない男だね~、情けねーな~」っと思いながらふと、隣の車両(俺は隣の車両に近い連結のあたりに立っていた)に目を向けた。

あっ~~~、あっ~~~、ドッキン、ドクドク、ドッキ~~~ン。

彼女が本を読みながら窓際にたっている。これ本当。
俺は隣の車両に移動しよう、どうしょう、っと思いながら、ウジウジ、バタバタしている間に乗り換えの駅に着いてしまった。彼女が乗った電車は次の駅に向かって走り去った。俺はその電車を見送り、乗り換え、学校に太鼓を叩きに行った。

それから数日後のこと。
俺は実技を習うため教習車に向かった。まだ俺の時間には早いのだが。とぼとぼと指定場所に行くと、なんと、なんと、彼女が緊張した表情でまっているではないか。

二人とも、偶然にも同じ教官にを習っていたのであった。俺は親の知り合いをとうして、この教官を紹介してもらったのだ。彼女もそうだったのだ。

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「我が家に咲く花」
うっ~~~、せつない。

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俺はいましかない、この時だ、そうだ、今しかない。俺は清水の舞台からバンジージャンプする気持ちでとうとう声をかけた。そうそう、俺は今もそうだが、崖っぷちに強いのだ。この頃からそうであったようだ。

お互い同じ教官と言うこともあり、話は一挙に盛り上がる、キャワイー声、きれいな瞳、洗いたてのようなロングヘアー。この日、俺たちは帰りにお茶をしたのだ。名前はA・Sさん。S女子大学に通うお人であった。

なんと、この彼女と約3年付き合いました。一緒にアルバイトもしたな~。
彼女がこんな事を俺に言ったのも今も忘れない。

当時、俺はそれそれは毎日、学校で猿のように太鼓を叩いていた。デートもすっぽかしたし、デートに遅刻もした。
彼女「ねっ?私と音楽とどっちが大事なの~?」
これ本当。


あっ~~~~~、懐かしい。
俺だって、俺にだってこんな時代があったんだ~~~~~~~~。

いまごろどうしているだろうな~~~?
子供に囲まれ素敵な家庭を築いているのだろうな~~。
胸がキュントするな~。

              
              これほんとうに実話です。

PS・・・・・・・
別離の後、2年後ぐらいでしょうか(すでに俺は太鼓で飯を食っていた)、再会したのですがピークは過ぎていました。それっきりです。


              終わり













ニューヨークの片思い

2006-02-15 13:25:57 | 太鼓叩きは愛を語る
「この作品にあたって」

この作品は2年ほど前にホームページ内の「コラム」に発表したものです。
当時、熱烈なる賛辞を多数いただきました。直木賞候補作品になるのではないか、っという勢いであったことを今でも鮮烈に記憶しております。

そこで、今回、ブログに発表するというメデタキ事になりました。

ホームページ内の「コラム」にも多数の作品が満載でございます。
是非とも、ご購読を宜しくお願いいたします。
尚、「コラム」は途中より、ブログと兼用させていただいております。

「前書」

好きだ。僕はメグ・ライアンが大好きだ。兎にも角にも好きなのだ。けして大袈裟ではなく、彼女と同じ時代に生まれてきただけでも、僕は幸せと感じるしだいなのである。では、どこが?どこが?好きなのかと思われるかたもいらっしゃると思うのでお話しましょう。

彼女の演技力の素晴らしさはもちろんのこと、あのチャーミングな瞳、ちょっとツンとしたお鼻(僕は上をちょんと向いている鼻がすこぶる好きなのだ)、僕の大好きなショートカット・ヘアー!もう何も言うことはございません。去年でしたか、NHKで放送された「アクターズ・スタジオ」での彼女のインタビューは最高で、チャーミングな受け答え、オチャメで洒落たユーモア、そして、演技に対する、向上心、熱心さ、信念、自信を僕は感じとったのです。ここまでお話すれば、みなさんもどんなに素晴らしい女性であり、素晴らしい女優さんだということが容易に理解できることでしょう。

特に彼女の出演している映画の中でも、「恋の予感」、「めぐり逢い」(2作とも音楽も素晴らしい)は気絶するほど、また、泡を吹くほど大好きであり、家でビデオを観るときは口を半開きにし、鼻提灯をぶらさげ、膝から下はワナワナと震え、指先は細かく痙攣し、ヘナヘナ!ホトホト!フラフラになり、スクリーンの中に引きずりこまれるのです。

もちろん、共演する男優に対しては「極度の嫉妬感、この野郎感(とくにトム)」をおぼえ、エルボーパンチをおみまいして、一本背負いで投げとばし、ロープの最上からジャンプし、いつも、フットペダルとハイハットを踏んでる25.5の靴で踏みつけてやろうかと思うこともしばしばなのです。

ところが、ところがである。このような純な気持ちを「メグ様」に対して長年に渡って想い続け、ドラムをトントン、チンチン、ドンドン、シャンシャン、スカドドドン、と叩き、平和な日々を邁進してきた僕の前にライバルが出現したのである。なんと、僕の掲示板でずうずうしくも、ずうずうしくも「僕はメグ様のファン」であると告白したのである。しかも、このオッチャンは僕に「メグ様とお呼び」っと命令したのである。そう、オッチャンは僕に挑戦状を叩きつけたのである。許せん!絶対に許せん!!そう、多少のことは許すけど、これだけは許せん。

そこで!!冷静になって。

これから告白する僕の「実話」は、「実話」ですよ。さきほど、ちらっと掲示板に書きましたので、多少、重複することをお許しください。なにせ、腹の虫がおさまらないのと、イロハから説明しなければオッちゃんにはわからんと判断し、こと細かくあえてここに詳しく記します。いくらなんでも、この美しくもはかない物語を読めば、僕の心意気にかなわんと、おっちゃんも諦めてくれるでしょう。


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”追想”
「ニューヨークの片思い」・・・・・・・原田俊太郎




「約12年前、エンパイアステートビルの屋上でメグを待つ著者。若い。髪の毛が黒い。後ろにツインタワービルがみえます。考えさせられます。」

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あれは、たしか、日本に飛来し子育ても終わった渡り鳥達がそれぞれの故郷に帰るべき身支度をし始めた季節だったような気がする。僕はそろそろ、なにか刺激が欲しい、良い音楽の風を感じたい.、よし、ひさしぶりにN.Yに行こう!!そう、これはひさしぶりにN.Yに行った時のお話である。

できれば新幹線かバスで行きたいが、たまたたま、非常に安いチケット!東京←→N.Yがなんと¥570ーをみつけたのだ。そのかわり、この航空会社は、成田→韓国→モスクワ→北極→また成田→ホノルル→台湾→シドニー→ペルー→メキシコ→ラスベガス→シアトル→アンカレッジ→またホノルル→デトロイト→セントルイス→ニューヨークと言うじつに気の遠くなるようなフライトなのである。

掲示板でもお話したが、僕は大の飛行機嫌いである。成田から搭乗した僕はすでに飛行機嫌いの症状がでてき、心臓の鼓動はマックスにちかづき、目はうつろ、足は内股になり、ヨダレは流すは!そんな僕に気がついたのか、一人のスチュワーデスが「オキャクサマ!ヘイキデスカッ~~?ダイジョウブデッスカッ~~?ナニカ、オモチシマショウカッ~~?ワタシノ ナマエハ キャサリンデッス~~!チュッ!」っときたのだ。ところで、この飛行機の中の話は、この物語のなんの重要性もないので、これ以上は省略させていただく。ちなみに、このキャサリンはN.Yに着くまで愛想がよかった。なんだかんだ、57時間ほどの気絶するほど嫌いな飛行機から解放された僕は、陽気に「ニューヨーク・ニューヨーク」をフランク・シナトラもビックリするほど上手に口ずさみながらマンハッタンに滑りこんだのである。

今回の旅は約一月滞在するということもあり、心にも余裕があり、N.Yライフ(あらゆる音楽、ミュージカル等)を楽しんでいたのである。そんなある日、今日こそはメグ様におあいするのだ、本日は音楽なし、メグ様一本に絞るぞと、マンハッタンに出向いたのである。あっ、そうそう、今回の旅ははブルックリンに住む友人の家にステイさせてもらっていたのである。

僕はまず、セントラル・パークに行き、あの広い公園で一人黄昏たのである。あっ~~、なんと美しいお話なのだ。我ながらシビレルのだ。すっかり黄昏た僕は、54町目あたりまでトコトコと歩き、とってもキレイな花屋さんを見つけたのだ。そのお店で僕はメグ様にプレゼントする薔薇を100本買い、ほんとは100万本と(シャンソンの曲)いきたいところだが、まだティファニーで宝石も買わないといけないので、これでいいのだ。

100本の薔薇をもった僕は、まわりのニューヨーカーの視線もきにせず、一路、ティファニーにまっしぐら。どかっとショーケースのうえに薔薇を置き、開口一番!「ねっ?宝石ちょうだい?」 自ら「ジェニファー」と名乗ったすこぶるキレイな店員のおねーちゃんが「ご予算は?チュッ」と聞くので、僕は「30億~40億円ぐらい」と言ったのだ。すると、その「ジェニファー」はかしこまりました。では、お客様が必ずや満足される、世界最高品質を誇る、「特別最高級これ以上ないジュエリーコーナー」にご案内いたしますと言うので、地下におりたのだ。ま、これからさきの店員おねーちゃんとの押し問答は話が長くなるので省略させてただく。結果、スイス銀行からの一回引き落としで35億円の宝石を買ったわけである。

さあ、これで役者は揃った。僕は薔薇を抱え、宝石を胸ポケットにしまい、意気揚揚と5番街を歩き出した。もちろん、心の中はスキップしているのである。僕は意気揚揚とメグ様にあえそうなありとあらゆる所を歩き回ったが、一向にあえない。もうあきらめかけたとき、そうだ、エンパイアステート・ビルだ。そうだ、そうなのだ。たしか、メグ様はエンパイアの閉館時間ギリギリにエレベーターでトムの野郎にあいに行った過去があったのだ。

僕はいち早くタクシーをつかまえ、37町目のエンパイアステートまで急いでくれと運転手に告げたのである。その運転手は「俺はガンジーと言い、インドのゴアという町の出身だ」っと自己紹介をするのである。だからなんなんだ?おまえの名前なんて聞いていない。インド人だろうが、なに人だろうが、今の僕には関係ないのである。ところが、ふと僕は思った。ゴア?俺、行ったことあるよ。ゴアね?あっ、なんか懐かしいな!ガンジーは「なにをしにゴアまで行ったのだ」っと聞くので、僕は、ドラムを叩きにいったのよ。悪いかっ?っと言ってやったのだ。このタクシーの中の会話はこの物語にはなんの関係もないので、これで終わりにさせていただく。ま、こんなくだらない話をしているうちにタクシーはエンパイアの前に滑りこんだのである。僕は釣銭はいらない、っと偉そうに言い、タクシーを降りたのである。

時間をみると、まだエンパイアの閉館時間にはまだ早いし、さて、どうしたもんだろうと考えてた時に、目の前に素敵なオープン・カフェがあるではないか。よっし、ビールでも呑んで勢いをつけるか。そうだ、そうだ、これでいいのだとテラスに座り、ビールとピッツァを注文!!2杯目のビールをグビグビと流しこんでいるときに、隣の席から、「ハッ~~~イ!ワタ~~シ、シンシア!チュッ,コノアタリデ、ハタライテル~~~ノ、アッナ~~タノ ナマエハ~~?チュッ!」僕は声のする方向を見た。なんと、なんと、チャーミングな、そう、僕好みのブロンドのショート・ヘアー!そして、タイトなミニスカートをはき、素敵なハイ・ヒールを履いた女性が僕を見つめているではないか?「ハッ~~イ、ボクノナマエハ シュンタロウネッ!イイテンキダネ べービー」 この話もこの物語にはなんの重要性ももたないので、これで打ちきらせていただく。

僕はビールで勢いがつき、しかし、シンシアに後ろ髪をひかれながら、カフェを後にしたのだ。いよいよ、エンパイアに登るぞ。そろそろ良い時間だ。僕はチケットを買い、心を弾ませながら最上階までいったのだ。この日はすこぶる天気もよく、上から見るマンハッタン、ニューヨークの景色は素晴らしいものであり、ちょうど夕暮時とも重なり、またもや黄昏てる時に、「ハッ~~~イ」 おいおい?またかよ。今日は何人から声をかけられるのだ?「ワタシハ ブッシュネ テキサスカラ キッマシ~~タ。コノヒト オクサンネッ~~」 そうかい、そうかい、あんたらテキサスから来た田舎もんの御上りさんかい?「アナタハ サッキカ~~ラ ナガイコ~~ト、ココニイマ~~スガ、ナニシテル~~~ノ デスッカ~~~??」僕は答えるの面倒だったが、ま、これからの、日米の関係も考慮に入れ、すこぶる愛想よく、「ワタシッハ~~、イトシ~~ノ、ベービート ココデアイマッ~~ス。モウスグデッ~~ス」っと言ったのだ。そのテキサス野郎は「ソレハ、スバラシ~~イデスネ!アナタガ、ベービート、アエルコト、カミニ、オイノリ。シッテマ~~ス、グッバイ」っと言って、階下に下りていったのである。

いささか疲れた僕は、マンハッタンの夜景を見、「オータム・イン・ニューヨーク」を「ハリー・コニック・ジュニア」もビックリするほど上手に歌いながらメグを待つことにした。しかし、いっこうにメグは現われないではないか?なんでだろう?トムには会いにきたではないか?なんで?なんで?トムと僕とどこが違うのだ? 僕は大粒の涙を流しながら,、100本の薔薇を空中に放り投げ、宝石はもったいないので、そのままポケットにしまい、エンパイアを後にした。 数分後、マンハッタンはシトシトと雨に濡れ、薔薇が舞ったのである。町を行く人はあわてて傘をさし、薔薇が舞う空を見上げながら家路に急ぐのであった。


「主要登場人物」

僕:・・・・・・・・・・・・・・・・原田俊太郎 
メグ・ライアン・・・・・・・・メグ・ライアン
トム:・・・・・・・・・・・・・・トム・ハンクス
ティファニーの店員・・・・ジェニファー
スチュワーデス・・・・・・・・キャサリン
テキサスからきた見物客の老夫婦・・・・・・・・・・あほブッシュ&あほブッシュのあほ女房
タクシーの運転手・・・・・・ガンジー
オープン・カフェのお客・シンシア

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注意
この作品は実話をもとにしたフィクションでございます。