今だから話そう~障害者のきょうだいとして生きて~

自閉症で重度知的障害者の妹として経験した事、感じた事、そして今だから話せる亡き両親への思いを書いてゆきます。

兄は何のために生きているのか?

2007-05-16 02:23:28 | 徒然日記

私が生まれた頃、兄は2歳でした。
たとえ健常児であっても2歳といえば手のかかる時期です。
兄の場合、普通の子供よりもはるかに多動で少しも目を離すことができなかったといいます。

実はそんな兄もこの世にいなかったのかもしれないのです。

兄は生まれ半年頃に40度を超える高熱と下痢により入院しました。
病院で医師から両親に告げられた言葉は・・・

「高熱のために脳細胞が破壊されてたとえ助かってもお子さんに障害が残るかもしれませんが・・・。」

つまり障害児になってしまうが、どんなことをしても生命を救うべきかということを医師は尋ねているのです。

両親はたとえ障害が残ってもいいから、この子の命を助けてほしいと懇願したそうです。

そして兄は1週間近く生死をさまよった後、危機を脱出しました。

ある占い師から一度死にかけた人はその後の人生は強運だと聞いたことがありますが、兄の場合、とにかく体が丈夫です。
中年だというのに、生活習慣病やらメタボリック症候群とは無縁の健康体です。

兄は自閉症で重度の知的障害がありますが、すごく勘が良くて、周囲の人の心理を読むのが得意です。
言語障害があり、単語しか発せません。
文字の読み書きもできません。
たし算もできません。

でも、勘の良い兄をだますことは難しいとよく聞きます。
学校時代(小・中・高)は先生からも、施設入所後は職員さんからも、兄にはその場しのぎの嘘など言えないそうです。
兄は記憶力がよくて「明日(もしくは明後日)●●してあげるから、待っていなさい」というと、兄はきちんと覚えていて、その日まで待っていて、もしもその約束を守らなければ大暴れするそうです。

また、兄はたいていのことは自分でできます。
食事も服の着替えもトイレも入浴も自分一人でできます。
完璧ではない部分も多いのですが、一応形にはなっています。
ですから、その点では手がかからないかもしれません。

ただ、障害者自立支援法の区分判定においては、この点で兄は非常に不利なんですね~。
特記事項や医師の診断書等で事情をわかってもらわないと困るのですが、兄は目を離すと何をするのかわからないところがあります。
周囲の利用者から何かを言われたりされたり、虫の居所が悪かったりしたら、大暴れして、突拍子もない行動をするのです。
器物破損も何度かやってきました。
施設に入所して間もない頃、玄関ドアの大きなガラスを蹴って破壊して、施設からガラス代10万円請求されたこともあります。(当時は損害保険というのはなかったので・・・。)

というわけで、こんな兄はいつも問題児でした。
これは存在を認めてくれている証拠でもあります。

でも、母方の親戚は問題にもしてくれません。
兄が何かをするのが問題ではなくて、兄がいることが問題なのです。

母が兄を産んだ頃は、きれいな赤ちゃんだった兄は親戚から喜ばれました。
近所でも評判の可愛い赤ちゃんだったのです。
ところが障害児とわかるやいなや、状況は一変したのです。
母方の親戚からは存在を消されてしまったのです。

実は母方の祖母は非常に家柄にこだわる人で、自分の血筋の者に障害者が生まれるなんて何かの間違いだと言い張りました。
そして、100歳を超えて亡くなるまで兄の存在を認めてくれませんでした。
そんな祖母の考えかたは母のきょうだいにも伝わっていました。
おかげで私は、母方の親戚の家にいるときには「一人っ子」ということになっていました。

現在は母方の祖母も亡くなり、母の姉妹であるおばたちが残っているだけですが、そのおばたちはいまでも「あの時死んでくれたらよかったのにね~」としゃあしゃあと話します。
まるで兄は生まれてくるべき人間ではなかったといわんばかりです。
不思議なことに、そのおばたちは元医療関係者(しかも有能で賞もいただきました)で死に直面する患者や家族を思い遣る立場で社会に貢献してきた人たちなのです。

他人にはあんなに優しいのに、障害をもつ甥にはなんと冷たいのか・・・・。

結局、障害者の親戚って、こんなものなのかもしれません。
なかには、理解ある方もいらっしゃるでしょう。
しかし、私の身近な障害者のお母さんたちに伺った話では、親戚ほど残酷なものはないといいます。



でも、兄はこの世に生まれてきました。

両親の願いが届いたのか、無事に生還し、今では生命力に溢れています。

すでに両親は他界してしまいましたが、兄は私たち家族にさまざまな問題を提示し、私たち家族に人生というものを深く考えさせてくれました。

いわば兄のおかげで人の命の大切さとか心の問題について深く考える機会を与えてもらえたのです。

そんな家族の中で育った私は、幼い頃から、人間の美しいところも醜いところもいっぱいいっぱい見てきました。
どこかで人間が恐ろしくあり、人間とはいいものだと思い、人間の生きる意義について幼い頃から考えてきました。



ところで、障害者家族はどこか宗教的な思想をもちやすいのか、人の道であるとか、悟りに近い考え方とする傾向があるのかもしれません。

私たち家族も、悲しみに遭遇するたび、人の道というものを考えさせられてきました。
それは兄がいたからできた経験でしょう。

もし兄が障害児でなければ、私はきっと冷たい人間になっていたことでしょう。

兄は悲しみと同時に喜びも与えてくれる存在なのです。

親戚にとって兄は“闇の存在”であっても、私たち家族にとって“光のような存在”です。

兄は生まれてきたことでさまざまな課題を提起し、そのことで関わった人たちを成長させてくれたのではないでしょうか。

私も兄を関わることで人生の幅が広がったと思います。



兄が生まれてまもなく障害児になったことには非常に意味があるのです。


兄は昨日も今日も明日も、誰かに何かを教えてくれているのです。





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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
障害者自立支援法の区分判定 (チェリム)
2007-05-16 09:50:54
こんにちは。

感動とそして人間の非常さが伝わる文で考えさせられました。

障害者自立支援法の区分判定での不利さは 今上の子で感じています。このままでは施設への入所の希望がかなわず 高校卒業後は自宅かと思うと子供がかわいそうで・・まだ小学生ですが(考えるの 早いかな)
手帳の判定も障害のある部分が正しく判定されず軽度になっています。本当は重度だと思うのですが・・

世の中の非常さを 最近感じて一晩悔しくて眠れない夜が最近ありました。
障害があるというだけで 阻害されて 疎ましく思われ 拒否されました。
公的機関でのこと。。。
親である私が門戸を開かなくては突破できそうもありません。
今の私にそんな力があるかと 凹んでいましたが sayaka01424さんのblogで ちょっと 元気がでました。

では

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チェリムさんへ (まあちゃん)
2007-05-19 00:40:17
コメントありがとうございます。
障害の判定ですが、医師によって判定の基準がさまざまですから、理解ある精神科医と出会うことが大切だと思います。医師の度量によって随分判定が異なってしまうみたいです。
いつもお子さんと関わっておられるお母さんが重度だと思われるのでしたら、一度別の医師に相談するのもいいかもしれませんよ。うちの兄などは判定しにくいタイプなので何十年も同じ医師のお世話になりました。判定はA1です。

チェリムさんは子育て真っ最中で心理的に辛い目に遭うこともたくさんあると思います。
うちの母も、何度もそんな目に遭うことで度胸がついたようで兄が成人する頃にはそれはたくましいお母さんになっていました。

子育て真っ最中の時には試練かもしれませんが、お子さんが成人後にはかなり状況が変わると思いますよ。
チェリムさんが前進する勇気を持たなければいけませんが、いつかは道は開けます。
だからチェリムさん、明日を信じて負けないで!!



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活かし、活かされ (Heart さん)
2007-05-20 10:39:05
お久しぶりです。
お兄様のことを読ませて頂くたびに胸がつまります。
障害を持たれた方と日々生活していると、
彼らがどれほど社会に影響を与えられる存在であるかを
身をもって感じることができます。

しかし、現実には社会から隔絶された施設などで、
社会の目に触れることもなく、過ごされている方も大勢いるのでしょう。
人は一人としていらない人はいないと思っています。
そこに居てくれるだけで、命の尊さを教えてくれていると思います。
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Heartさんへ (まあちゃん)
2007-05-21 21:03:07
いつもコメントありがとうございます。

私は最初は兄の障害をマイナスだと思っていました。
でも、兄の純粋さや何ものにも縛られない人間としての自然な生き方を知るにつれ、障害は決してマイナスではなく、私たちに教えてくれる存在だと感じています。
Heartさんのおっしゃるようにそこにいるだけでさまざまなことを教えてくれる大切な存在だと思います。
障害者のきょうだいは一見不遇だと思われますが、案外いいのかもしれません。


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