goo blog サービス終了のお知らせ 

今だから話そう~障害者のきょうだいとして生きて~

自閉症で重度知的障害者の妹として経験した事、感じた事、そして今だから話せる亡き両親への思いを書いてゆきます。

JR福知山脱線事故に想う

2007-04-26 02:49:28 | 徒然日記
4月24日は、2年前の脱線事故を思い起こさせます。

誰も知らずに、そしてこれから何が起こるのかも知らないまま列車に乗っていた人が、このような事故に遭い、107名もの人命が奪われてしまいました。
絶対にあってはならない悲しい事故でした。
無念にも亡くなられた皆様にご冥福を申し上げます。

実は私が同じ路線の列車に乗ったその翌日にこの事故は起こりました。
もちろんこれから事故が起こってしまう場所も通りすぎていました・・・。

事故が起こってから言うのもなんですが、私は「どうしてこんな線路のそばにマンションが建つのだろう」「このあたりはカーブもきついし、もしも列車が突っ込んできたらどうするのだろう」って感じていました。
「もしかしたら、このJR事故が深刻化させた一因にマンションの存在があったのでは?」
などと素人ながら感じています。
それゆえJRは慎重に運転する義務はあったと思います。

今年の4月24日は3回忌を迎えるといいますが、JRの思い遣りのない態度は腑に落ちません。
もっと被害者やその家族の気持ち汲み取ってあげる必要はあるのではないでしょうか?
しかもJRはいまだにお役人意識が抜けないようで、何か都合の悪いことからは一刻も早く逃げようとしているように見えるのです。

事故後、事故現場は線路を走る列車からは見えないように白い布で覆いかぶされ、事故があったことを感じさせなくなっています。
忘れてはいけないのに!
忘れられてはいけない悲しい事故なのに・・・。
悲しいけれど、広島の原爆ドームのように、阪神大震災の慰霊碑のように、事故の教訓を忘れないためにも、107名の尊い犠牲を無駄にしないためにも、何か形を残してほしいと思います。

ところで企業が重大なミスを犯した場合、必ずといってトップは辞職を迫られますが、実際に安全意識の低い職員を残したままでは、いくらトップを取り替えても無駄な話ではないかと思います。
何よりも恐ろしいのは、安全意識を強化するといいながらも、それは形だけで実体はそれに及ばないということです。
これからはそのような企業には、真っ直ぐで改革意識に富んだ人をトップになってもらって人事を一新してほしいと思います。
また改革者を追い出すような企業の幹部の存在も恐ろしいです。
結局、企業が一部の心無い者に動かされているという現実があったために、もしかしたら事故の連絡も遅れたり、事故の当日にボーリング大会に出席したりできたのかもしれません。

いくら専門家のように詳しくて有能であっても利用者第一で考えられない人が企業のトップに居座ることは非常に恐ろしいことです。
この事故も被害者が何も言えないまま消されてしまわないか心配です。
いまだに信楽高原鉄道事故の問題も解決していないといいますから・・・・。

今一度、JR福知山脱線事故のこと、信楽高原鉄道の脱線事故のこと、その被害者のことを、自分のこととして真剣に考えてみるのもよいのではないでしょうか?

これは何もJRだけではないと思います。
いつ自分が被害者の立場になるかもしれないのです。
他人事として考えるのは寂しいことです。

世間は脳トレブーム?

2007-03-02 22:24:40 | 徒然日記

最近、脳トレブームなのでしょうか?

テレビ番組も脳トレを推奨するものが多く、脳の健康に気を遣う人が増えたのでしょうね。
寿命が延びて高齢化に伴い、認知症が増えているのだと思います。
実際、認知症になると大変です。
亡父が脳梗塞から認知症になりましたが、記憶障害だけでなく言語障害もあり、ついには嚥下(えんげ)することもできなくなりした。何も飲み込めなくなった父は寝たきりで、目玉を動かすことしかできなくなったのです。
そんなことを考えますと、脳トレも大切ですが、脳梗塞にならないような生活をしなくてはいけないなあって感じます。



ところで最近、任天堂DSが流行っていますね。
どこのお店でも任天堂DSは予約待ちもしくは即完売状態みたいですね。
また授業にDSを取り入れる小学校も現れました。

最近は漢検も流行していますね。
日本漢字能力検定協会監修のDSも存在するようです。

http://blog298.blog25.fc2.com/   →お試し版は終了しています。

(このページの下のほうに漢検DSのお試し版があります。よかったら挑戦してみてください。)

この漢検DSお試し版ですが、いくつかコースがあります。
私はどれも1問ずつ不正解でした。
全問正解できないのは子供の頃からの癖みたいで・・・・。

この漢検DSお試し版では県別順位が出ますよ。
一度お試しあれ!


介護施設内での虐待疑惑報道について

2007-02-21 17:47:42 | 徒然日記

また施設内での虐待疑惑報道が・・・・。

どのようにして撮影されたのかわかりませんが、虐待と思われる写真が公開されました。

そこには檻の中に閉じ込められたり、手首を金属で手錠のように拘束された入所者の姿が・・・。

その施設は認知症の人や知的障害者を入所させているそうですが、もし本当にそのようなことがおこなわれていたとすれば、悲しいです。

患者の中には苦痛から治療に必要な管や点滴の針を勝手に引き抜いてしまう人もいますから、患者を守るという観点から、布や紐のようなもので手首を縛ることはあるようです。その場合は家族の同意書を必要とします。

その施設責任者は同意書をいただいて布で縛ったことはあるといいます。しかし今回のように金属で手首を縛り、まるで手錠のようです。そのようなことが許されるとは思えません。

これによく似たことは昔の障害者施設ではよくあったみたいです。

兄が中学生の頃、家でも学校でも大暴れして毎日のように誰かを叩いたり、施設内のものを壊したりした時期がありました。

悩んだ母は学校の先生・医師・福祉事務所の職員等にしょっちゅう相談に行っていました。

確か福祉事務所からだと思いますが、専門家からすすめられた施設がありました。そこは認可のおりた公設のきちんとした施設でした。

しかし一度母に連れられてそこに見学に行ったとき、私は怖くなってしまいました。そこでは現在では「虐待」と思われることが平然とおこなわれていたのでした。

その施設は知的障害者のほかに奇形で親から捨てられた子供たちが入所していました。
彼らのほとんどが身体に障害をもち、ベッドに寝たきりの人、赤ちゃん用かペット用かわかりませんが檻のようなものの中に閉じ込められた人、腰を紐で縛られて犬のようにつながれたいる人などがいました。
兄のように多動で動き廻る人は部屋に閉じ込められていました。

それを見た母はさすがに兄の入所を拒否して帰りましたが、現在でもこの施設は認可されています。

現在、どのような対応がなわれているのかわかりませんが、私はその施設のことを'障害者の「姥捨て山」だと子供の頃から感じていました。

ただ当時は、現在のように障害者差別はいけないという意識は低かったですね。
兄と一緒に街を歩くと決まって誰かに罵倒されました。大人や子供に関係なく、兄のような障害者をバカにしても、それは自然なことでした。
ですから子供の頃は'''「障害者が街を歩く=バカにされる」'''と、思い込んでいました。

現在のように障害者の人権を訴えられるようになったことは本当にうれしいと思います。昔は同じことを言っても相手にもされませんでしたから・・・。

今回の施設の話に戻りますが、この施設の職員はいったい何をしていたのでしょうか?
確かに施設職員さんは薄給と過重労働でストレスも多い上、利用者からの屈辱的な言動で心を痛めることも多いことでしょう。そして我慢の限界を超えてしまうことも少なくないでしょう。

今回問題となった施設では、入所者の家族はどれだけ入所者や施設と関わってこられたのでしょうか?

もしその施設に家族が頻繁に出入りしていたらこのような事態は避けられたのかもしれません。

家族が入所者の状況を把握し、職員と連絡をとることにより、施設側もいい加減なことはできなかったのではないでしょうか?

今回問題となった施設では、その後もさまざまな不適切な対応の問題が噴出しています。この問題はどのような施設でも起こりうる問題だと思います。

入所者を守るためにも知的障害者や認知症の家族・親族はもっと入所者に関心を持ってほしいと思いました。

施設は「姥捨て山」ではないのですから・・・・。


もしも日本が超高齢社会になったら・・・・。

2007-01-25 03:10:11 | 徒然日記
もしも日本が超高齢社会になったら・・・

どうなるのでしょうか?

日本は3年後に超高齢社会になるといわれています。


【社会の高齢化】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96
社会の高齢化(しゃかいのこうれいか)とは、人口構造が高齢化することで、指標としては総人口に占める高齢人口(65歳以上)の比率が高まっていくことをいう。高齢人口の増加の一方、年少人口の減少とが同時並行的に進んでおり、2つの現象を合わせて少子高齢化と呼ぶことも多い。

人口の年齢構造を分析する上で、0~14歳を年少人口、15~64歳を生産年齢人口、65歳以上を高齢人口とする3区分が用いられる。

一般的に、高齢化している社会はその高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)によって以下のように区分・呼称される。

高齢化社会・・・ 高齢化率 7%~14%
高齢社会・・・・  同   14%~21%
超高齢社会・・・  同   21%~

日本は'昭和45年に高齢化社会に、平成6年の時点で高齢社会となった。
平成22年には超高齢社会となる見込みである。

なんと平成22年には超高齢社会が訪れます。
少子化&高齢化
この現実は日本の財政だけでなく国そのものが逼迫するのが目に見えています。

高齢者が増加するということは、言い切れませんが、認知症患者や身体障害者などさまざまな障害を抱えた人が増えてゆきます。
また、自分はまだ運転できると思っている高齢者による事故も多発しますし、運動能力が衰えた高齢者が事故に遭遇することも増えてゆくでしょう。
現在、健康な人でもいつ障害者になるかわからない時代が訪れるでしょう。

現在の小中学校では障害者も一緒に学べる機会が多少あり、昔に比べれば多少は健常者と障害者との交流をはかれるようになったかもしれません。でも、高校以降は振り分けられ、もし入学できても学校側が障害者を排斥しようとするところもあるようです。

しかし、超高齢社会になれば、障害児の進学事情も変わっていくことを期待したいですね。

私はいつも思います。人は誰もが障害者になる可能性を秘めているのに、障害が現れたのが早いか遅いかだけで、こんなにも差別されるものかと・・・・。

超高齢社会になっても、国の事情で障害者を切り捨てられるような事態にならないことを祈りたいです。

何を信じてよいのやら・・・。

2007-01-23 01:50:47 | 徒然日記

久しぶりにブログを更新します。
今回はテンプレートを新しくして気分一新です。

最近、何を信じてよいのかわからないことばかりが多すぎますね。
不二家の期限切れの牛乳使用の事実を隠す「隠蔽体質」には、ほとほとあきれました。
企業側の営利主義というのか、お金儲けのためには消費者のことを無視してしまうという、恐ろしい体質は、たとえ少数といえども9名の食中毒事件を隠してみたり・・・。まるで以前の雪印と同じことをしているのですね。

私も企業の体質に疑問を抱くことがあるのですが、企業に勤める人自身が麻痺しているのではないかと考えることがあります。

これは、ある一流企業の企画部に勤めていた女性の話です。
彼女は日本で知らない人はいないという某食品会社で、インスタント食品部門に所属していました。
そこでインスタント食品に使うスープの開発が彼女の担当でした。
そんな彼女は結婚が決まってから言った言葉に私はショックを受けました。

「私は結婚後、一年間は絶対に子供はつくりません!」

これってどういうことかわかりますか?

こういうことなんです。
彼女はインスタント食品のスープの開発で毎日のように、人工的なスープを飲んできました。そのため、彼女の身体にはそのさまざまな身体に悪い者がいっぱい入ってきたので、もし妊娠して、それらがわが子の健康に影響を与えては困るということなんです。
身体に悪い物質が、自分の身体から抜け切るのに1年かかるというのです。

どう思われますか?
その企業は人の身体に悪いものを作っては消費者に販売して、多大な利益を生んでいます。幸い前述の商品は廃版になりましたが、スーパーでもコンビにでも、山ほど人の身体に悪いものが売られているのが現実です。
このように、企業に勤める人自身が、自らの身体を犠牲にしながらも、一流企業に勤めているという自負心から、どんどん消費者の健康を害するような食品を販売しているのが現実だと思います。
企業側にすれば「大量に摂取しなければ大丈夫」などという意識なのでしょうが、要は身体に悪いものを販売していると思うのですが・・・。

そのほかにも「あるある~」の納豆が「ないない」になってしまった事件も、テレビ局が捏造したということで、いったい何を信じてよいのやら・・・。
大切なのは、消費者自身がテレビ番組や企業CMに踊らされることなく、冷静に食品を選別していくことだと思います。
私たちの大切な健康は私たち自身しか守ることができないということが、今回よくわかりました。
今回、納豆製造会社もスーパーも大変だったと思います。
私は納豆好きなので、これから食べていきたいと思います。
やっぱり納豆がないとさびしいですから・・・。
でも、味や食感を良くするために変なものは加えないでほしいですね。
健康第一です!!

 


いじめに負けないで!! ~障害者のきょうだいの想い~

2006-11-07 07:27:22 | 徒然日記

最近、いじめが原因と思われる自殺がマスコミをにぎわしているようですが、本当に子供も生きるのが難しい時代となりました。

私が子供の頃は障害者の妹という理由でいじめに似たことはいくらでもありました。
当時はまだ障害者への理解も乏しく、私は障害者の妹ということで山ほど差別を受けてきました。
校内暴力やいじめといったものが社会問題として取り上げられはじめていた頃だと思います。
私は特に暴力をふるわれたという経験はありませんが、何度も精神的に辛い目に遭いました。

母親にそのことを言おうと思ってもそんな勇気もなく、自分の心の中に言いたいことも秘めてきました。
時々学校に行くのがいやで「今日はしんどいから学校に行きたくない」と言っても、母は「熱が出ていないから、そんなくだらないことを言わずに学校に行きなさい!」と私を強引に登校させてしまいました。

よく学校や家庭でのフォローが云々なんていいますが、それって無理な話だと思います。私も二度ほど学校の先生に相談したことはありますが、取り立てて問題視することもなく、ただの愚痴を先生が聞いてくれただけ・・という記憶がります。まあそんな風にしか先生は受け止めていなかったのでしょう。
だから、学校の先生に期待しても無駄って思ってしまいます。

第一、先生自身が保身に走るばかりでで、少数の型破りで熱心な先生は、他の先生達から厄介者扱いされていて、結局、熱心な先生自身が保身に走る多数派の先生達から仲間はずれにされている場合が多かったような気がします。

つまり学校の先生自体がいじめや仲間はずれを実践しているのに、生徒がいじめの相談をしたところで無駄足になってしまうような気がするのです。


ところで、'実は私は「いじめ」という言葉が大嫌いです

なぜなら、最初から勝負に負けてしまっているような、そんな気がするのです。

あえて私は「嫌がらせ」という言葉を使いたいと思うのです。

いじめという言葉には強者と弱者という立場が存在します。

いじめられたと自覚した時点で自分自身が弱者になってしまったと認めたことになるのです。自分の人生と向き合う前に逃避して自らを弱者に身をおくことはいけないと思います。

どんなに辛くても踏ん張って生きなければ!!

だってそんな嵐は過ぎ去ってしまえば、のちには笑い話で済むことも多いのです。

確かに思春期には誰でも感受性に優れて必要以上に思い悩む傾向はあると思います。

今でもすごく悩み苦しんでいる子供たちはたくさんいると思います。
でも、いじめている側はいじめていると自覚していない場合が多いと思います。


だから、そんな状態で死んでしまっては明らかに損だと思うのです。


だから、もっと自分に得になることを考えて生きてほしいと思うのです。


辛いからこそ、その時間を思いっきり生きてほしいのです。


私自身も思春期には、障害者の妹として生まれた自分の人生を悔やみ、それによってさまざまな抑圧を受けてきました。
自分の将来さえも限定されるような、そんな思いをしたことがあります。

もう生きているのがいやになったことは山ほどありましたが、今にして思えばあの時死ななくてよかったと思います。

今、いじめに遭っていると感じている子供たちには、何としても乗り越えて欲しいと思うのです。

マスコミでいじめが原因で自殺なんて取り上げられていますが、今が自殺のチャンスではないのです。
いつでも死のうと思えば死ねます。
誰かにやられたからといって未成年の間に自分の死を決定する必要はないでしょう?

まだ人生の意味もよくわかっていないのに、戦う前に死に逃げてしまってはもったいないと思うのです。

若い頃に苦労しておくことは大切だと思います。
どうせ大人になったらイヤでも苦労をすることが増えます。
若いうちに頑張る力を身につけておくことはけっして無駄ではないと思います。

私はいじめをけっして肯定していませんが、いじめる側の人間は実は弱者なのだと思います。
本当に強い人間は弱いものいじめしませんから・・・。
強いものに強く、弱いものい弱くなれるのが本当に強い人間だと思います。


私の母は弱音を吐きそうな私に同情することは一切ありませんでしたが、もし母が私に真剣に向き合って同情してくれていたら、きっと私はもっと逃避して死んでしまいたいと思ったかもしれません。


前を向いて歩こう! ~障害者のきょうだい~

2006-10-20 02:18:11 | 徒然日記

私っていつも自分のことを抑えてきたような気がする。

言いたいことも言えずに、したいことも我慢してきた。

障害をもつ兄がいるから親にも甘えられなくて・・・。

だけど何も知らない人は私を「お気楽な人」だと言う。

いつもニコニコしているから「あなたは幸せな人」だと言う。

そうかな?

見かけによらず苦労したんだけどなあ~。

でも、かまわない。

幸せそうに見えたほうがいいものね~。


よぉ~し、明日も歩き出そう!

もう後ろを振り返らなくてもいいんだよ!


人生、出会いと別れを繰り返しながらも人は歩いてゆくんだね。

やっと自分らしく生きたいと思えた私がここにいる・・・・。

今度は私が私のために生きる時・・・。

さあ、前へ向かって歩き出そう!!




素敵な動画(歌入り)を見つけましたので、紹介させていただきます。

http://blogs.yahoo.co.jp/sayakayamase/21804759.html


今日から10月 ~社会のしくみも変わります~

2006-10-01 23:16:12 | 徒然日記
今月からいろいろな社会の仕組みが変わりますね。

<医療費が増加>
・70歳以上の窓口負担負担が2割から3割に
・70歳以上の長期入院費用(食費・居住費・光熱費)が負担増
・高額費用自己負担限度額の引き上げ

<年金>
・厚生年金の保険料が0.354%幅上げ14.642%に増額
・「年金の離婚分割」情報提供開始

<食品>
・加工食品の原産地表示義務の拡大
   (味付けカルビ、こんにゃく、緑茶、餅などが追加される)

<福祉>
・障害者自立支援法の本格施行
   (障害別だったサービスを一元化、障害程度で分ける認定制度を開始)
・出産育児一時金が赤ちゃん1人につき30万円から35万円に
・「認定子供園」(幼稚園+保育園の機能を一体化)入園児募集開始

<その他>
・国際線航空運賃の値上げ
・携帯電話の番号持ち運び制開始
   (転入の手数料は無料、転出は2100円かかる。24日から開始)


4月と10月はいつも何かが変わって行きます。

障害者の家族としては、やっぱり「障害者自立支援法の施行」と「医療費負担の増加」がこたえるだろうなあって感じます。

いろいろなブログで障害者自立支援法について書かれていますが、本当に弱いものいじめのような法律だと思います。

人は人を支えているのだし、お互い様だと思うのですが・・・。
誰もが年を取って心身ともに弱ってゆけば、障害者のように人にお世話にならなければならないのに・・・。
障害を持つのが早いか遅いかの差でこんなに差別されるなんて、つらいですね。


さて、日本は世界的に見ても医療費が安く、国民が気軽に病院に通える国です。
しかし、これからは徐々にそうではなくなってゆきます。
お薬を服用することでなんとか生活されている方はどうなってしまうのでしょう?
別に病院に世間話をしに行っているわけでもないのに・・・。

本当に医療を必要としている人までターゲットにするのはいかがでしょうか?
弱者がより弱者になってしまう。そんな世の中がすぐそこまで来ているのですね。


それから、あれだけ不正流用で問題を起こしていたNHKが、支払い拒否者に督促状を出すらしいですね。
差し押さえもできるそうですね。
契約を一度でも結ぶと裁判まで持ち込まれてしまうらしいです。
おもしろいことに、一度も契約していない未契約者は、差し押さえの対象外らしいですね。


国といい、NHKといい、国民が納めたお金をきちんとつかってくれなかったのに、国民に負担を強いる。

おかしな国ですね。

もっと国民が理解しやすいように、明朗会計でお願いしたいものです。
そうすれば、負担が増えても、より多くの国民が納得すると思うのですが・・・・。


どうなのでしょう?

ちょっと愚痴ってしまいました。

亡き母へ ~障害者のきょうだいの想い~

2006-09-26 01:59:46 | 徒然日記

うちの母はものすごく我慢強い人でした。
何でもギリギリまで我慢してしまう癖があって、大病ばかりしていました。
若い頃はひどい盲腸炎で死にかけ、事故に遭っては死にかけ、ついには再生不良性貧血という白血病の一歩手前の病気になってしまいました。
最後は腹膜が破れて入院したはずなのに、そのための手術で母のお腹を開いたら、末期の大腸ガンが発見されました。
「2週間の命です」
結局、医師の宣告から4ヶ月後に母は亡くなりました。
・・・・私は思いました。




「亡き母へ」


どうしてしんどいことをすべて一人で抱えてしまうの?
 私がそばにいて聞いてあげたでしょう?
それでも言い足りないくらい、お母さんは大変な目に遭っていたんだもの・・・。
自分の親きょうだいにも頼れず、誰にも言いたいことも言えず・・・。
 だから、病気になってしまったのですね。

私が小学生だったある日、私は見てしました。
母が声をあげて泣いているのを・・・。
そのそばで兄が機嫌よく飛び跳ねていました。
私に気づくと「ごめん」と言いながら、母は私に微笑みました。


お母さん我慢しなくてもいいのよ。

泣きたいときには思い切り泣いてほしい。

素直な気持ちで私に接してくれたらいい。

子供だから言えなかったけど、

子供だから言えなかったけど・・・・。



本当はお母さんにはあまり我慢してほしくありませんでした!

弱虫でもいいから、ただ長生きしてほしかったです!

無理して自分の命を削るような生き方はしてほしくなかったのです。


今、私はお母さんと同世代の方と出会うたび、お母さんが生きていたらこんなふうになるのかと想像 しています。

子供のために生きて、そして亡くなってしまったお母さん・・・。



あなたの人生っていったいなんだったのですか?


あなた自身の幸せって、


 どこにあったのですか?

 

 

 

 

親きょうだいのことを書いています。
http://blogs.yahoo.co.jp/sayakayamase