この国はいまだ、帝国なのだな――
皇族の慶事などが報じられるたびそう思う。
紀子妃のニュースはめでたい件である。しかし、本来それは純粋に出生によるめでたさであって、それ以上でもそれ以下でもない。普通の家に赤ちゃんが生まれたからって日本全国こんなに大騒ぎすることはない。庶民の母親だって、日本全国の人に祝ってもらいたいことだろう。
問題はもちろん、舞台が一国の王族だということだ。普段最も冷静にニュースを伝えているように見えるNHKでさえ、天皇や皇族には「陛下」「さま」をつけて敬意を払う。そこには何の弁解も存在しない。まるでアニメか童話のような風景に、誰もなんの違和感も感じないのであろうか。天皇は国家統合の象徴って、本当にそんなよくわからないモノのままでいいのか。何か麻痺しているのではないか。どこか見てみぬフリをしているのではないか。誰も触れたがらないだけで、日本は帝国だ。それで別にいいじゃん。
多分いろいろな誤解を招くであろうが、僕は基本的に自分をパトリオットだと思っているし、そうあり続けたいと思っている。右か左かといわれれば間違いなく右だろう。しかしそれは日本という国への愛であって天皇という存在への愛ではない。日本にいくらでもある家系の、その中の一つでしかない天皇家に対して特別な敬意を抱くわけではない。かといって何か恨みがあるわけでもない。今の天皇家は、たまたま太古の昔に瀬戸内海を東へ進んできた一つの氏族の後継であるというただ一点によって特別な保護と教育を受けているというだけのことで、先天的に全国民の崇敬に値する特別な能力を秘めた人間だとか、全国民が命を賭けて守るべき人々だというわけでもない。
守られるべきなのは彼ら自身というよりは寧ろ、世界で最も長く存続している王族という、日本が誇るべき系統だ。彼らを国の象徴と考えるのは国民が勝手に決めたことであって、それでいて彼らには自由も政治力もなく、いや人権すらない。一生そうして、礼儀正しく、心清らかに、国民の模範として生活しなければならない。気まま勝手ということは許されない。1億人の国民のうち何人かの人生を犠牲にしなければ成り立たない政体。友人が「天皇ってのは頼んでやってもらってるんだからその分自分たちは感謝しなければならない」と昔云ったが、なるほどと思った。感謝するどころか申し訳なく思うくらいでなければならない。その気持ちが回りまわって崇敬につながるのかもしれない。
皇帝でいい。帝国でいい。何を隠そう。何で胸を張れない。
とはいえ僕はこの問題に対してはっきりした確信のある答えが出せずにいる。結論もまとまっていない。問題がややこしすぎるし、天皇や皇族に関する知識もないし、疑問点も多い。ご誕生に際しては最先端の医療技術をもって対応がなされたらしいが、それを受けられる人間というのは国内にどれだけいるのだろう。その日に子供をなくした母親もいるだろう。その一日前に流産した母親もいるだろう。本当に、一人残らず全ての国民がこのニュースを希望のしるしとして受け止めたのだろうか。お気楽に加熱するだけの報道は、そのような不幸な人のことまで考慮してあげているのか。ところで、乙武洋匡のブログがこの件に関して炎上している。割と真面目な議論が繰り広げられているようではあるが、削除しきれない右翼の荒らしで途中から読みようがなくなっていたりする。「めでたいニュースはめでたいとはっきり言うべきだ」などの批判派の意見にも確かに一理あるが、やっぱり世の中どこか歪んでいる。謝罪するのもいいけど、めげずに自分の意見を貫き通して欲しいなぁ。別にそんな間違ったこと書いてないし。ファンというわけではないけど、一応僕は擁護派ですよ。右よりだけど。
何はともあれ、一つの命の誕生は祝われなければならないし、一人の人間の人生は保証されなければならない。正当に。
夜書いた手紙は見直せというが、目が覚めたらブログが燃えてたとかもしなったらいやだなぁw
皇族の慶事などが報じられるたびそう思う。
紀子妃のニュースはめでたい件である。しかし、本来それは純粋に出生によるめでたさであって、それ以上でもそれ以下でもない。普通の家に赤ちゃんが生まれたからって日本全国こんなに大騒ぎすることはない。庶民の母親だって、日本全国の人に祝ってもらいたいことだろう。
問題はもちろん、舞台が一国の王族だということだ。普段最も冷静にニュースを伝えているように見えるNHKでさえ、天皇や皇族には「陛下」「さま」をつけて敬意を払う。そこには何の弁解も存在しない。まるでアニメか童話のような風景に、誰もなんの違和感も感じないのであろうか。天皇は国家統合の象徴って、本当にそんなよくわからないモノのままでいいのか。何か麻痺しているのではないか。どこか見てみぬフリをしているのではないか。誰も触れたがらないだけで、日本は帝国だ。それで別にいいじゃん。
多分いろいろな誤解を招くであろうが、僕は基本的に自分をパトリオットだと思っているし、そうあり続けたいと思っている。右か左かといわれれば間違いなく右だろう。しかしそれは日本という国への愛であって天皇という存在への愛ではない。日本にいくらでもある家系の、その中の一つでしかない天皇家に対して特別な敬意を抱くわけではない。かといって何か恨みがあるわけでもない。今の天皇家は、たまたま太古の昔に瀬戸内海を東へ進んできた一つの氏族の後継であるというただ一点によって特別な保護と教育を受けているというだけのことで、先天的に全国民の崇敬に値する特別な能力を秘めた人間だとか、全国民が命を賭けて守るべき人々だというわけでもない。
守られるべきなのは彼ら自身というよりは寧ろ、世界で最も長く存続している王族という、日本が誇るべき系統だ。彼らを国の象徴と考えるのは国民が勝手に決めたことであって、それでいて彼らには自由も政治力もなく、いや人権すらない。一生そうして、礼儀正しく、心清らかに、国民の模範として生活しなければならない。気まま勝手ということは許されない。1億人の国民のうち何人かの人生を犠牲にしなければ成り立たない政体。友人が「天皇ってのは頼んでやってもらってるんだからその分自分たちは感謝しなければならない」と昔云ったが、なるほどと思った。感謝するどころか申し訳なく思うくらいでなければならない。その気持ちが回りまわって崇敬につながるのかもしれない。
皇帝でいい。帝国でいい。何を隠そう。何で胸を張れない。
とはいえ僕はこの問題に対してはっきりした確信のある答えが出せずにいる。結論もまとまっていない。問題がややこしすぎるし、天皇や皇族に関する知識もないし、疑問点も多い。ご誕生に際しては最先端の医療技術をもって対応がなされたらしいが、それを受けられる人間というのは国内にどれだけいるのだろう。その日に子供をなくした母親もいるだろう。その一日前に流産した母親もいるだろう。本当に、一人残らず全ての国民がこのニュースを希望のしるしとして受け止めたのだろうか。お気楽に加熱するだけの報道は、そのような不幸な人のことまで考慮してあげているのか。ところで、乙武洋匡のブログがこの件に関して炎上している。割と真面目な議論が繰り広げられているようではあるが、削除しきれない右翼の荒らしで途中から読みようがなくなっていたりする。「めでたいニュースはめでたいとはっきり言うべきだ」などの批判派の意見にも確かに一理あるが、やっぱり世の中どこか歪んでいる。謝罪するのもいいけど、めげずに自分の意見を貫き通して欲しいなぁ。別にそんな間違ったこと書いてないし。ファンというわけではないけど、一応僕は擁護派ですよ。右よりだけど。
何はともあれ、一つの命の誕生は祝われなければならないし、一人の人間の人生は保証されなければならない。正当に。
夜書いた手紙は見直せというが、目が覚めたらブログが燃えてたとかもしなったらいやだなぁw
それで赤ん坊生まれたーっていって祝福の報道があるのもある種のスキャンダルみたいなものだと思えば判る
ただちょっと騒ぎ過ぎだなとは思う。